英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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『戦争遊戯』 その後③

 

 

 

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキ・ファミリア副団長。レベル6。『九魔姫』の二つ名を持つ第一級冒険者であるハイエルフの王族。ベルにとっては冒険者となってから影に日向に面倒を見てくれる大事な人でありほとんど同じ年のレフィーヤを姉のような存在とするなら、母親のような存在でもある。

 

 そのリヴェリアが何やらドレスを着てめかし込んでいた。地味な装いを好む普段の延長として、居並ぶ女神達に比べると幾分地味な装いではあったが、リヴェリアの美貌にはよく似合っていた。

 

 リヴェリアだ。リヴェリアである。それは間違いない……はずなのに、ベルは心中で断言するのをためらっていた。

 

 ベルにとってリヴェリアは母親のような存在である。

 

 なのに今日はどういう訳か幼く見える。それでも人間の少年のベルよりは年上に見えるだろう。人間の容姿の基準を物差しにするとエルフの見た目から年齢を推察することは非常に困難だ。あくまで人間の男性であるベルの見た基準で判断するなら普段のリヴェリアを母親とすると、今のリヴェリアは少し年の離れた姉で通用する。

 

 それを正直に言って褒めてもらえるかは微妙な所だと思った。今若く見えるということは相対的に普段が年寄りに見えると言っているに等しい。おじいちゃんも女から聞かれて困る質問の一つに『私いくつに見える?』を上げていたくらいだ。女性にとって実年齢と同様にいくつに見えるかというのは切実な問題であるという事をベルは知り合いの女性らしき人にタコ殴りにされるおじいちゃんを見て学んでいた。

 

 今日はどうしたんですか? と聞きたいが聞けない。エルフにとってこれが普通のおめかしであるならリヴェリアに余計な恥をかかせることになってしまう。こういう時かっこよく問題を解決できるような男になりたいと心中で切に願いながら、ベルは全ての疑問を押し込めて流れに身を任せることにした。余計な事をすると墓穴を掘ると悟ったのである。

 

「あの……リヴェリア様?」

「いやですわ。『白兎』様。それは『九魔姫』様のことでしょう? 私はそんな大それた方とは何の関係もありません」

 

 えー、と口にしなかったことを自分でも褒めてやりたいくらいだった。目の前のエルフがリヴェリアであることは流石のベルでもここに来て確信が持てていた。いつもより幼く見える装いには何か理由があるのだということも解るが、それでも別人と勘違いする程ではない。

 

 少し落ち着いて考えてみれば当たり前のことだった。

 

 リヴェリアというのはちょっとその辺ではお目に掛かれない程の美人さんであり、仮にそれに匹敵するような存在が神以外にいるのならばベルの耳にだって入ってこなければおかしい。髪の色も瞳の色も種族もおそらく一緒。これで別エルフですと通すのはいくらなんでも無理があるが、

 

(もしかして別人として扱ってほしいのでは……)

 

 遅まきながらその可能性に行きついた。それにどういう得があるのか知れないものの、それがリヴェリアの意向であるならば否やはない。

 

 ベルにとっての問題はもっと別の所にあるからだ。別人として扱う。このまま押し切る。それはそれで良いのだが、この先どうしたら良いのか解らない。周囲はベルとリヴェリアを残して遠巻きになってしまっている。ロキでさえベルからは少し離れていた。今もダンスのための曲は演奏されているが、そもそもベルはダンスの誘い方は元より踊り方も良く解らない。

 

 途方に暮れるベルの横をナァーザが通り過ぎた。視線を向けるとちょっとだけ目を細める。見てろ。と彼女の声が聞こえた気がした。ナァーザはリヴェリアの横に立つとそれに向かい合うように神ミアハがベルの隣に立つ。ミアハは優美な動作で一礼すると、左手を差し出しながら言った。

 

「レディ、よろしければ一曲踊っていただけませんか?」

「喜んで」

 

 にこやかにほほ笑んだナァーザはミアハの手を取りダンスに興じ始める。男性が誘い女性が受ける。ここに例外は一切存在しない。それがマナーであり、男気の見せどころである。

 

 無論のこと誘っても必ず受けてもらえるとは限らない。女性の側にも断る権利はあり、事実何十柱もの男神がフレイヤにアタックしていたが、彼女はその全ての誘いを断っていた。今宵最初にダンスをする相手は決めているのだという。それが誰のことなのかは考えるまでもない。

 

 そんな美の女神のことを知らないベルは、翡翠色の髪をしたハイエルフを前にまだ動けずにいた。誘い方は解った。相手は難物だが誘わないといつまでも話は先に進まない。五月蝿い鼓動を無視しながら、汗ばんだ手を服で拭き、上ずった声と共にベルは手を差し出す。

 

「リ…………レ…………お、お姉さん、僕と踊っていただけませんかっ!!」

 

 踊り方など解りませんが! とは口にしない。誘っておいて相手にリードをお願いするというかっこ悪いことこの上ない有様である。ベルは今までの人生で最高に恥ずかしい思いをしていたが、顔を真っ赤にして手を差し出す様は女神たちと一部の男神には好評だった。

 

 勿論、眼前のハイエルフにもだ。時の人『白兎』が羞恥に耐えながら自分のために勇気を振り絞っている様は普段から立場やら何やらで私情を押し殺して行動している彼女の心を刺激した。それを顔には出さない。高貴な生まれである彼女にとって、腹芸はお手の物だ。

 

 内心を押し殺してにこやかに微笑む。男性誰もを恋に落とすその笑みはベルの視線も釘づけにした。握り返された手はほんのり暖かい。いつも髪を梳いてくれる手のはずなのに、全く違う女性の手に感じられた。

 

「喜んでお受けいたします。小さな英雄様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンスと一口に言っても色々な種類がある。地域年代によっても様々であり、特に長い時を生きる神々は各々得意なダンスが異なる。激しいダンスが好みの神もいれば静かなダンスが好みの神もいて、一人で二人で集団でと誰がどういう目的で主催するかでもバラバラになる。

 

 なので特に神々で主張がバラバラになる事柄については、ギルドを仲介してある程度のルールを設けられている。所謂『フォーマル』をギルド主導で制定したのだ。面倒なドレスコードなども一緒に制定されたそれは無駄な争いを回避することに一役買っていた。

 

 フォーマルとして静かな音楽静かなダンス穏やかな服装が採用されたため、そういう穏やかな宴を好まない神々からは苦情が出たものの、これらは公的な行事に限るということで納得させていた。好きなダンスをしたいなら同好の士を集めれば良いのだ。個々神主催のイベントにまで、ギルドは関知することはない。

 

 さて、今回の宴は『戦争遊戯』の祝勝会ということで半分は公的なイベントとされる。主催は勝利したロキ・ファミリアが行い、出費は全額アポロン・ファミリアが負担している。普通ならばロキが全て決めているはずの場面であるが、面倒な仕切りは任せるでと今回の宴はアポロン・ファミリアが――より具体的にはその団長であるヒュアキントスが担っていた。

 

 神の代理でその眷属が取り仕切る場合、その主神の好みが大きく反映されるのが通例であるが、ヒュアキントスの主神であるアポロンもロキの代理であるので、彼の知るロキの好みが迂遠に反映された形となる。

 

 厳密にロキの好みが反映されている訳でないのは一重にアポロンとロキの関係の薄さによるものだ。細かなことを言えばあれがダメこれがダメと口を挟みたいロキだったのだが、何よりも楽しむことを優先する神である。宴の席でそれを言うのは無粋であると解っていたし、何より自分の子供の晴れ舞台だ。

 

 よほどふざけた真似をされでもしない限り口を挟む気は一切なかった。何より今は自分の子供たちが手を取り踊っているのを嬉しそうに眺めている。これ以上の至福はないと満面の笑みを浮かべるロキに、旧友であるフレイヤが歩み寄った。

 

「何や話があるんやったら後にしフレイヤ。ウチは今忙しいんや」

「それなら用件だけ二つ伝えるわ。私、ウサギさんとダンスがしたいの。とりなしてもらえる?」

「ええで。もう一つは?」

「ウサギさんをお茶に招待するわ」

「何かしよったら戦争やからな」

「心配なら貴女もくれば良いわ。ここしばらく、貴女とゆっくり話す機会もなかったことだし」

「…………どういう風の吹き回しや?」

「さあ。どうしたのかしらね。そういう気分、ということではダメ?」

「ダメやないんやけどな……」

 

 怪しい、というのがロキの感想だ。欺瞞の神、トリックスターとして知られている彼女は基本、全てを疑う所から始める。その長い長い神生の中で、最も疑ってかかるべき存在がこのフレイヤだ。一筋縄ではいかないこの女は、どうやら自分の子であるベルに執心のようである。

 

 お茶の誘いもその一環と思えるが、この女神は自分の同席も許すと言っている。自作自演ということが知れ渡ってはいるが、対外的にはロキ・ファミリアはフレイヤ・ファミリアに借りを作ったようにも見える。

 

 誰のせいでこうなったのかを考えれば、ロキがフレイヤに何かしてやる義理は欠片もない。むしろ取り立ててやっても良いくらいの気持ちでいるが、少なくとも実際に戦ったベルはフレイヤとその眷属たちに恩義を感じていることだろう。

 

 迂遠な神々の戦いによってある程度の結末は定められていた。ベルの勝利もその賜物であるという傷がつくようなことはロキも本意ではない。この戦いの裏に何があったのか。冒険者を続けていればベルもいずれ知ることになるだろうが、偉業を達成し壁をまた一つ越えたベルの勝利を祝う。その気持ちに比べれば自分の確執など忘れられる程度のものだ。

 

「諸々決まったら連絡してや」

「そちらこそ。忘れちゃいやよ? 今日のダンスのことも忘れないでね」

「ロキ」

 

 ん、とロキは鷹揚に頷いた。今回の『戦争遊戯』の勝者の主神であるため、ロキの元には神々がわんさかやってくる。適当な連中であるため大抵は一言二言お祝いの言葉をかけて去っていくだけなのだが、律儀な神はここが良かったあそこが良かったと丁寧な感想を言ってくるのだ。

 

 子供が褒められて悪い気はしないが、少々対応が面倒になってきた所である。次は適当にやり過ごそうかと密かに考えていたのだが、フレイヤと入れ替わるようにしてロキの前に現れたのは、あまり付き合いがあるとは言えない女神だった。

 

「アテナか。久しぶりやな」

「ええ。今回の『戦争遊戯』はとても見ごたえがありましたからそのお礼をと。貴女の子供たちの戦いは小賢しくてあまり好きではありませんでしたが、あの『白兎』は見どころがありますね。やはり戦いは素手でやってこそです」

 

 ぐっと拳を握って力説する女神は、見た目だけを見れば楚々とした深窓の令嬢といった風であるが、それは見た目だけだ。子供たちが殴り合うのを見るのが三度の飯より大好きな変神は、他の神々と同じようにお供を連れている。

 

 金髪の背の高い人間の男性だ。アテナ・ファミリアは伝統的に団長を『教皇』と呼ぶのだが、彼がその『教皇』なのだろう。ロキが視線を向けたことに気づくと、青年は小さく一礼する。

 

「あと、預かっているルートたちですが無事に全過程を終了しています。卒業試験を突破したらそちらにお返ししますから」

「卒業試験ってあれか? 十二時間ぶっ通しで幹部一人ずつと戦い続ける」

 

 アテナ・ファミリアには教皇を含めて十三人の幹部が存在する。卒業試験はその内教皇を除いた十二人と十二時間という時間制限をつけた上で戦い()()()頭のおかしいイベントだ。卒業要件を満たすのは最後まで戦い続けること。戦意が挫けたら落第である。

 

 幹部たちは猛者揃い。対して預けられている面々は高くてもレベル2であり、そのほとんどがレベル1である。人数がいるとは言え、最低でもレベル3である幹部と戦うのは自殺行為であるが、訓練生たちの場合は倒れた傍から回復魔法やらポーションやらを用いて即座に復活させられる。戦意さえ挫けなければ戦い続けられるという、まさにアテナのために誂えられたようなイベントだ。

 

 そしてこれは訓練生を相手にする幹部にとっても容易いことではない。自分よりもレベルで劣る者たちが相手とは言え、倒れたそばからすぐに回復されて戦列に復帰してくるのだ。対する幹部は一人ずつ戦うことが義務づけられておりしかも回復不可だ。流石に十二時間以内に全ての幹部が敗北することはないものの、最初から三番目くらいまでの幹部は毎回死ぬ思いをしている。

 

 それでも幹部はじめ団員たちがストを起こすようなことはない。アテナの眷属をやり続けられるだけあって彼らもまた少し頭がおかしいのだ。

 

「良ければロキも見にきてね? うちの子たちの晴れ舞台でもあるのだから」

「であれば、次の卒業試験は聊か具合が悪いかもしれませんな。何せ一番手は弟ですから。奴一人で十二時間しのいだとあっては、他の連中の見せ場がなくなってしまいます」

「……本当、貴方はデフテロスのことが大好きね」

 

 趣味が特殊なだけで、彼女の子供に対する愛情はオラリオに存在する神々の中でも一際深い。彼女はアテナ。全ての戦意ある子供を愛する戦神である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでダンスをしていると言ったら本気でダンスをやっている人には怒られるかもしれないとベルは思った。本当に流れに乗っているだけなのだ。右に左に動くリヴェリアに釣られている。それをダンスというならダンスなのだろうが、仮に自分を俯瞰してみる機会があったとしてもベルは絶対に見たいとは思わないだろう。とてもかっこわるい動きをしているのが見なくても解る。

 

 人前で醜態をさらすことは年頃の少年には我慢のならないこと。少年というのは皆女の子の前でかっこつけたい生き物なのだ。

 

 高貴な生まれであるリヴェリアにとってダンスのリードなど造作もないことだ。相手に恥をかかせないことも技術の一つ。ベルのように腕に全く覚えのない者が社交界に出てくることはそうないことだが、腕に差がある相手とペアを組まされることは往々にしてある。

 

 そういう時は、腕が上の者が下の者をリードするのは半ば義務のようなものでそこに性別は関係ない。相手に触れることを忌避する慣習のあるエルフなどはよりその傾向が強いと言えるだろう。人前でダンスを踊ることのできる異性というのは、それだけお互いを信頼しているということの証明となるのだから。

 

 概して、高貴なエルフほどその傾向が強いと言われている。普段リヴェリアが肌をほとんど晒さず異性に近づかないのは周囲のハイエルフのイメージに近しい行動と言えるが、全てのエルフがあらゆる状況で肌をさらさない訳ではない。

 

 神々は無論のことそれを知っているが、そのお供でやってきた眷属などは女神たちに比べれば楚々としているものの肌を晒しているリヴェリアに男女問わず視線を奪われていた。

 

 その向かいに立って踊る――と見せかけて半ば引きずられるようにしてステップを踏まされるベルは、リヴェリアに視線を奪われていた。息が触れる距離にリヴェリアの顔があるがここまで距離が近づくことは珍しいことではない。

 

 だが正面から本当に視線を奪われるのはこれが初めてのことだった。女神も嫉妬するほどの美貌というのも解る。ベルが今まで出会った女性の中で、神様を除けば間違いなく一番の美人さんだ。これで高貴な生まれで高位の冒険者というのだから、神様というのは不公平であると本気で思う。

 

 普段と違う匂いがする。香水の匂いだ。化粧っ気のない人なのでこの日のためにということなのだろう。普段よりも活動的で幼い雰囲気に似合っていると思う。

 

「どうかされましたか?」

 

 踊っている最中に顔を赤くしながらも気も漫ろということを気づかれる。少し怒っていますというポーズで顔を寄せるリヴェリアに、ベルはダンスの途中であることも忘れて急に身体を離そうとした。転ぶ! と反射的に身構えるベルを見越していたリヴェリアは、ベルが身体を離すと同時に強く腕を引き、強引にターンを決めた。

 

「ダンスの途中に他のことを考えるのは良くありませんよ」

「いえ、あの貴女のことを考えてました」

「あら嬉しい。小さな英雄様に見てもらえるなんて光栄ですわ」

「見てというか……その、良い匂いだなと」

 

 誰にでも想定外というのはあるものだ。自分の匂いについて言及されるなど、リヴェリアにとってはほとんど生まれて初めてのことだった。あっけにとられた表情を浮かべたリヴェリアがミスをする。体勢を崩しかけた彼女をベルが慌てて支えた所でちょうど音楽は終了した。背中から倒れそうになっているリヴェリアをベルが支えている形。たまたまダンスの終わりでこの形になった訳だが、意図してそうしたと見えなくもない。

 

 尤も、周囲にいる半分は神々である。それが偶然の産物というのは見ていた誰もが理解していたが、それを口にするような無粋なことはしない。むしろ『白兎』の方からエルフの美女にアプローチをかけたことにして囃し立てる。

 

 悪目立ちしていることに気づいたベルは慌ててリヴェリアから距離を取る。対するリヴェリアは落ち着いたもので周囲とベルに小さくカーテシーをすると、そそくさと会場を出て行ってしまった。ダンスを申し込もうとしてた男神は残念そうにしているが、それはベルも同じである。

 

 しかしあくまで別人として振る舞うのであれば長居しない方が良いことは解る。どうしてあんなことをしていたのかさっぱりだが、いつもと違うリヴェリアが見れたことは、ベルにとっても嬉しいことだった。

 

「目立っとったな!」

 

 ロキの元に戻ると、何が嬉しかったのかバシバシと背中を叩かれる。彼女の機嫌が良い時の振る舞いの一つだ。嬉しいことがあった時、彼女は何かと身体に触れたがるのである。

 

 次は私の番とオッタルを伴ったフレイヤがベルたちの元に歩み寄ってくる。フレイヤ本人が目立つのは元よりオラリオ最強の冒険者であるオッタルの巨躯は集団の中でも目を引いた。ベルもほどなく一組の主従の接近に気付くが、

 

「オッタルさん! 先日はありがとうございました」

 

 彼の視線を捉えたのは美の女神ではなく最強の大男だった。笑みを浮かべたまま、フレイヤは凍り付いた。ロキはその隣で必死に笑いを堪えている。あの美の女神が! 男相手に! スルーされる所を見れるなんて! 今回の『戦争遊戯』は良いことばかりではなかったが、旧友のこの姿だけでおつりがきそうだった。向こう百年はこのことでからかい倒せるだろう。近い未来遠い未来のことが、今から楽しみでならない。

 

 ベルも全てにおいて色気よりも食い気という訳ではない。普段であれば十分、フレイヤの美貌に目を奪われていたことだろうが、先ほどまでリヴェリアとダンスをしていた彼は美女についてある程度の耐性ができていた。

 

 そこに筋骨隆々の大男の登場である。フォーマルな服装をしていても隠し切れない圧倒的な体躯と見れば強者と解る佇まいは、冒険者になってまだ日が浅く、あまり体躯には恵まれていないベルにとって憧れなのだった。

 

 内外に寡黙で知られるオッタルは、珍しく焦りを覚えていた。そういう視線を向けられたことがないではないが、女神の共をしている場では初めてのことだった。凍り付いている主神を見るに、彼女にとっても想定外のことなのだろうと思う。

 

 アレン辺りがこの場にいればベルの振る舞いに激怒したろうが、この場は祝いの席である。神々も離れているからこのやり取りはフレイヤとロキの格差のある胸の内に収められるはずである。

 

「『白兎』よ。我が主神を紹介させてもらっても良いだろうか」

 

 これが元々の流れですという風を装って、ありがとう凄いですと周囲でちょこちょこ動くベルの視線を強引にフレイヤの方に向ける。自分の前に立つ人間が従者に水を向けられて初めて自分に視線を向ける。フレイヤが久しく味わっていなかった屈辱であるが、波立つ感情をフレイヤは強引に抑え込んだ。ここにはロキがいるのだ。感情に任せて事を荒立てたら恥の上塗りである。

 

「これなるは我らが女神フレイヤである。お前の奮闘した『戦争遊戯』について、我らが助力したのは女神のご決断あってのことだ」

「それは……ありがとうございました。僕が勝つことができたのは、フレイヤ様の助力あってのことでした」

 

 ベルの言葉にフレイヤは僅かに眉を顰める。何もされなくても勝てたと言うのは問題外であるが、来なければ勝てなかったというのも勝者の言葉としては頼りない。フレイヤ・ファミリア以外の助力もあったのだから猶更だ。かわいい子である。将来性もある。それでも英雄としてはまだまだだなというのが現時点でのフレイヤの見立てだが、人間種族の十代の少年であればこんなものだろうと気にしないことにした。

 

 至らない部分はこれから成長させていけば良いのだ。何しろ将来性については『白兎』は申し分ない。今このオラリオで最も将来が楽しみなのが彼である。ロキの子供というのは玉に瑕だが、焦らされるのもまた楽しみだ。後々になってみれば予定調和というのは神々の最も嫌う所だ。退屈を愛する存在など天界広しと言えどもそういないのである。

 

「良いのよ。私もアポロンには思う所があったから。難しいことはロキにでも任せて、貴方はしばらく褒められていなさい」

 

 フレイヤの視線を受けて、ロキはベルの背を軽く小突いた。振り向いたベルに視線でフレイヤを示す。男性の方から誘うというのは、神であろうと子供であろうと変わらないこの場のルールだ。今宵勝利者であるベルの仕事は、会う女神会う女神にダンスを申し込むことである。

 

 勿論、乗り気でない女神もいるだろうが、そういう女神はわざわざベルの前までやってこない。ベルの前まで移動してくるイコール、ダンスに誘ってほしいという意思表示だ。誘いを催促するというのも厳密にいえばはしたない行為であるものの、冒険者歴以上に社交界歴に浅いベルの自由意志に任せていては順番待ちの列が減ることはない。そう確かに認識した女神たちは無言で視線を交わし合い、連れて来た眷属に自分を紹介させるという名目で、暗にベルに誘わせる作戦を実行し始める。

 

 ベルは認識していなかったが、彼の知らない所で順番待ちの女神は既に二十柱を超えていた。二週目はなしということは全員が認識していても、ダンス一回の時間を考えれば全てを処理しきる頃には日付が変わっていることも考えられる。

 

 勝利者であるベルには遅れてくることも途中で退席する権利もあるにはあるが、次から次へと切れ目なく紹介されるなか退席する程の面の皮の厚さは彼には存在しなかった。

 

「その……フレイヤ様、よろしければ一曲いかがでしょうか」

 

 まだ慣れないのか、顔を真っ赤にして言葉と共に差し出された手を、フレイヤはにっこり微笑んで取った。

 

「お誘いありがとう、小さな『白兎』。よろこんでお受けするわ」

 

 

 

 

 


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