英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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仲間(パーティ)

 

 

 

 

 

 『戦争遊戯』翌日から数えて一週間。ロキによりベルに強制休暇が与えられた。その間勉強は禁止、鍛錬も禁止、冒険はもっと禁止とのお達しである。したいことしいやーという、ありがたいお言葉も一緒に貰ったのだが、オラリオに来てからは冒険者になるための勉強修行しかしていなかったベルは、したいことと言われてもすぐには思いつかなかった。

 

 そんな生真面目な人間であるから暇を持て余したら隠れて鍛錬勉強をすると思われていたのだろう。流石に監視まではついていないが、強制休暇を与えられたという話はギルドや他の冒険者にもロキ手ずから伝えられた。万が一それらしき場所でベルの姿を見かけたり、もしくは鍛錬勉強冒険をしている現場を目撃したら、即座にロキ・ファミリアに告げ口が行くことで話がまとまっている。ある意味全ての冒険者とギルド職員が監視役と言えた。

 

 ついでに言えばオラリオの街の人々も同様の役目を担っている。ベルは今や時の人。人間種族はオラリオで最も人口比率の高い種族であるが、赤目に白髪でおまけに少年で冒険者という特徴に当てはまるのはオラリオ広しと言えどもベル・クラネルだけだった。

 

 ベルがおいたをしているのを見かけたら告げ口をするだけで、ロキからご褒美がもらえるのである。むしろおいたをしてくれないかと期待する者までいる始末だ。じゃが丸くんを買いに出かけたら街の人々にぎらぎらした目を向けられ、流石のベルも大人しくしておいた方が身のためだな、ということが骨身にしみて理解できた。

 

 ならば知人と時間を潰せないものかと周囲を見回してみても、そも知人の数そのものが少ない。そのほとんどが集中しているロキ・ファミリアの仲間たちも、ベルの戦いに奮起してダンジョンにでかけたりしている。

 

 では僕はどうしたら良いのでしょう。こういう時まず真っ先に相談の相手として思い浮かぶリヴェリアであるが、彼女とは『戦争遊戯』後のパーティ以降、一度も顔を合わせていなかった。

 

 何でも体調を崩してしまったそうで、しばらく……特にベルは絶対に面会謝絶と、仲介役となったアリシアから伝言を受け取った。その際アリシアが終始苦笑を浮かべていたことが気にはなったが、リヴェリアとて神ならぬ地上の子供である。体調不良になることもあるだろうと気にしないことにした。

 

 だが、そうなると一つ問題が発生する。

 

 ベルは『戦争遊戯』での功績によってめでたく、しかしひっそりとレベル3にランクアップした。それ自体はベルも喜んだのだが、これによってかねてから考えていたことを実行に移すべき時が来てしまった。幸いなことに時間は一週間もあるので、時間を置かずに実行したい。

 

 問題はベルにはその手段がほとんどないことだった。元よりこの計画の実行にはリヴェリアを大いにあてにするつもりだったのだが、面会謝絶とまで言われては如何ともしがたく、相談することも叶わない。

 

「何か困りごとですか?」

 

 こんなことになるならもっと早めに相談しておけば良かった。十代半ばにして『ほうれんそう』の大切さを実感し途方に暮れているベルに、助け船を出したのはアリシアだった。

 

 リヴェリアを中心としたロキ・ファミリア、そのエルフの派閥において、リヴェリアに次ぐ顔役である。後継者ということであればレフィーヤがそれと目されているが、冒険者歴とレベルにおいてアリシアはレフィーヤの上を行っている。

 

 冒険者としての信頼、力量ということであれば、少なくとも現時点ではリヴェリア以外でもっとも頼りになるエルフである。ほとんどのエルフにとって、リヴェリアは神々よりも声をかけにくい存在であるから、エルフ関係の相談はまずアリシアというくらいに、ロキ・ファミリアのエルフの間で頼りにされていた。

 

 そんなアリシアであるからリヴェリアからの信頼も厚い。体調不良で面会謝絶のリヴェリアであるが、その彼女は実は体調不良でも病でも何でもなく、恥ずかしさのあまりベッドから出れないでいるだけだった。

 

 贔屓目に見れば体調不良というのは事実と完全に異なる訳ではない。アリシアの判断による面会謝絶も事実だ。特に今ベルと顔を合わせたらリヴェリアはショックで心臓が止まりかねない。アリシアにそう確信させるほど、今のリヴェリアは酷い有様だった。まるで絵物語で英雄様を前にした処女のようである。

 

 何があの『九魔姫』をここまでさせるのか。全ては『戦争遊戯』の祝勝パーティで起こったことが原因であると推察するのは簡単だった。中で何が起こったのかは参加していない者には解らない……

 

 というのが普通なのだが、人の口に戸が立てられないのに神の口に立てられるはずもない。噂話は凄まじい速度でオラリオ中を駆け巡り、あくまで噂だけど、という前置きをした上で真実よりも真実らしく語られている。問題はそれが非の打ちどころのない事実であるということくらいだ。

 

 当然それはロキ・ファミリアにも知れ渡っていた。別人のふりをしてドレスアップしてダンスである。主のまさかの姫ムーヴにリヴェリアを崇拝する女性エルフたちからはきゃーきゃー黄色い悲鳴があがったかと思えば、付き合いの長いガレスなどは腹を抱えて大笑いしていた。アリシアは直接見てはいないが、フィンもそれに近い反応をしたと言われている。

 

 パーティの後はしばらくこの話題で持ち切りだったのだが、ひとしきり騒いだ後、ロキ・ファミリアのエルフに連なるものたちの間に一つの疑問が持ち上がった。

 

 リヴェリアくらい高貴な存在になると、社交的な場に出る場合身の回りの世話をする者が必ずつくと言われている。リヴェリアが出たがりでないためにこういうイベントの時は大体フィンが顔を出してお茶を濁してきたのだが、そういうお世話係は必要だろうと、いつか必要になった時のために常々エルフたちの間では言われていたことだ。

 

 その時は私が! と腕に覚えのあるエルフも何人かいたのだが、パーティ当日、それらの誰もリヴェリアからは声をかけられなかった。リヴェリアとて王族である。身繕いの心得くらいは当然あるが、社交の場に出る際のドレスアップを一人で行うには無理がある。最低でも一人は世話係がいたはずなのだが、アリシアを始めロキ・ファミリアのエルフはその誰もが声をかけられていなかった。

 

 では誰がという疑問には、答えをもたらしたのはロキである。

 

 リヴェリアのおしゃれを手伝ったのは、ファミリア外のハーフエルフだという。事実だけを聞いた時エルフたちは何よりファミリア外ということに面白くなさを感じたものだが、それがかの『女傑』アイナ・レゴラス――今は結婚してチュールという姓を名乗っている――の実娘であり、そのアイナから高貴な人物の身繕いについて手ほどきを受けたとなれば黙らざるを得なかった。

 

 アイナ・レゴラスの名は特にロキ・ファミリアのエルフたちの中では畏怖と共に広く知られている。

 

 エルフの王族というのはとにかく閉鎖的な環境で生きており、純潔、血統を貴ぶ。その王族の側仕えともなれば競争率は凄まじいもので、大抵の場合は王族に準じる血統の由緒正しい家柄のエルフが選ばれるのだが、アイナ・レゴラスは所謂貴族の生まれではないのにリヴェリアの側仕え、それも筆頭の地位を獲得した。

 

 王族とて付き合いもある。こういう配置には政治的配慮が欠かせないものだが、そういったものを加味してさえ、リヴェリアの両親祖父母にアイナ・レゴラスしかいないと思わせる程、彼女は飛びぬけて優秀だった。

 

 古今のエルフの風俗に通じ、芸術方面の造詣も深い。学問においても優秀な成績を修め、アールヴ領都の学校で歴代最高の成績で入学し、一度も他人の背中を見ないまま卒業した傑物中の傑物である。

 

 下手な王族よりも遥かに優秀であることから、故郷にいた頃はアイナにも大分叱られたものだとリヴェリアはいつも懐かしそうに語る。そのリヴェリアの語る所によれば彼女の口癖は、

 

姫様(ひいさま)はご自分で思ってらっしゃるほど賢くありませんし、ご自分で思ってらっしゃる以上に短気です。何かする時は必ずこのアイナめに相談し、苛立ちを覚えた時には頭の中で十数えてください。その間にアイナが代わりに怒りますから』

 

 だったという。これを直接王族であるリヴェリアに何度も言い、それでもまだ首が繋がっているのだからどれだけ彼女が優秀だったのか解るというものだが、その才媛にまつわる話でエルフならば誰もが知っているものが、その仕える姫様を故郷から連れ出したことだった。

 

 発案は確かにリヴェリアである。それは本人が言っていたことだが、発案をしただけで計画の中身は全てアイナが考え、実行に移した時も嬉々としてその腕を引いていたという。正気にては大業ならずとはよく言われることであるが、エルフの常識からするとアイナの行動は正気の沙汰とは思えないものばかりだった。

 

 エルフの法律はその全ての氏族で、特に王族に対しての行いは罪が重い。他種族によるリヴェリアに対する不敬にロキ・ファミリアのエルフが騒ぎ立てることが多いのは偏にこのエルフの慣習と法による。

 

 不敬罪は王族に関する罪の中では比較的軽い罪であるが、略取誘拐となると話は変わってくる。アールヴの法律では王族でない人間が実行してそれが成立した場合、いかなる理由があったとしても死罪である。略取誘拐せよという提案がされる当事者である王族や、それ以外の王族からの物であったとしても覆ることはない。

 

 今でこそリヴェリアの脱出劇は『女傑』の活躍と共に語られているが、リヴェリアの両親が訴え出ていれば、アイナ・レゴラスはオラリオに到達する前に捕まり、リヴェリアは連れ戻されていただろう。リヴェリアの両親が娘の行動に対して寛容であったことは、ロキ・ファミリアに属するエルフとしては神に感謝せざるを得ない。

 

 もっとも後から聞いた話では『女傑』はリヴェリアの両親祖父母にさえきっちり根回しをしていたのだとか。話を聞けば聞くほど、本当にどういう人物だったのか謎が深まるエルフである。

 

 そんな『女傑』もリヴェリアと共に流れ流れてオラリオへ。色々あってロキの所で冒険者をやると決めた後も、最初はギスギスしていたフィンやガレスに対してさえ猛然と食ってかかったそうだ。自分の代わりに怒る彼女を見て、リヴェリアは少しずつ冷静になれるようになったという。

 

 『女傑』という二つ名は一般人のくせに冒険者に対しても全く怯まず、好き放題に物を言うアイナに感心したフィンとガレスがその当時に贈ったものである。何にしてもその胆力を市井に置いておくのは惜しいと当時から団長であったフィンがアイナを『冒険者にならないか』と口説いたこともあるそうだが、アイナは一言。

 

『私は姫様と違って杖を振り回して喜ぶような野蛮人ではないので』

 

 とすまし顔で断ったそうだ。故郷を飛び出した大冒険も偏にリヴェリアがいたからこそ。アイナ本人は別に冒険心など持っていなかったのだ。怒りと羞恥で顔を真っ赤にしているリヴェリアの横で、フィンとガレスは腹を抱えて笑ったらしい。ロキの子供がまだ少なかったころの懐かしい思い出である。

 

 そんな『女傑』もフィンとガレスが信頼に足りリヴェリアが一人でもやっていけると判断するとあっさりと結婚相手を、それも人間の男性を見つけて彼の家に嫁入りした。生まれた二人の娘の内、上の娘が今回、リヴェリアのお世話をしたエイナ・チュールである。

 

 そんな『女傑』の娘に世話をされてめかし込み、姫ムーブを楽しんだ結果、リヴェリアはベッドから恥ずかしさで起き上がれなくなってしまった。普段固すぎるのだから、祝い事の席でくらい羽目を外しても良いと思うのだが、根が真面目なリヴェリアはそう考えなかったらしい。

 

 多分に勢いでやったことであるからこそ、熱が冷めると凄まじい羞恥が身体を駆け巡ったらしく、もう二日も部屋からさえ出てこない。それでもベルとレフィーヤへのフォローを忘れない辺りは流石だと思う。これでベッドから出て平然としていれば格好もついたのだが、世の中上手くいかないものだ。

 

 ベルはアリシアの目の前でうんうん唸っていた。相談するならまずリヴェリアとでも決めていたのか、違うエルフ相手に話しても良いものか決めあぐねている風である。表裏がなくて結構なことだ。まっすぐなレフィーヤが好感を持つのも良く解る。自分がレフィーヤと同じ立場で、年齢が近ければ彼女と同じような反応をしただろうことは想像に難くない。

 

 基本的には真面目、固いというのはエルフにとって美点であり、上流に行くほどこの傾向は強くなる。言い換えれば過度に保守的ということだが、上も下も奔放というのでは組織は回らないし伝統も守れない。種族的な動きの固さと引き換えに、伝統を守りエルフという種族が社会的な地位を守れたと思えば受け入れるべき所ではあるのだろう。上も下も奔放になり、伝統を守れなくなった種族など枚挙にいとまがないのだから。

 

 だが全てのエルフがそういう考えをしている訳ではない。そうでない者が一定数いるからこそ、伝統を守るが固いということになるのだ。一生を森の中で過ごすエルフも少なくない中、冒険者など、世界を放浪する選択をするエルフも少なくはない。

 

 どういう事情でそれを志したのか。その辺りは個々の思いが強いものの、外に出ることを選択したエルフは森に残ることを選択したエルフよりも開放的な傾向が強い。それでも『ドワーフは豪放磊落』という動かしがたいイメージがあるように『エルフは堅物』というイメージが定着する程度には、開放的であると言っても保守的な傾向が強いと、少なくとも周囲は思っている。

 

 そしてそれは事実その通りなのだ。ファッションであったり男の好みであったり様々であるが、やはり野蛮、短気、喧嘩っぱやい、無知、と大体の男性冒険者に当てはまる傾向にある特徴はエルフ女性には好まれない。言い換えれば冒険者っぽくない男性が好まれる傾向にあるということだが、その点ベルはこの特徴に合致すると言っても良い、かもしれない。

 

 アリシア・フォレストライトの目から見れば大分頼りなく思えるのだが、そこが良いという者はロキ・ファミリアの中にも少なからずいる。リヴェリアのお気に入りでなければ、レフィーヤという相方がいるのでなければ、と考えている女性冒険者は少なくない。

 

 かわいいけれど整っている顔立ちが成長してまで維持できるとは限らないし、幼い頃はかわいかったのにという話はエルフの中にもある。アリシアのベルに対する男性としての評価は良くも悪くも『今後に期待』の域を出ないのだった。

 

「ベルが何を考えているのか。リヴェリア様から伺っています」

「え? でも――」

「相談も何もしていない? ベルの考えくらいリヴェリア様はお見通しですよ」

 

 自分のことでもないのに得意そうにアリシアが言うと、ベルは素直に感嘆のため息を漏らした。そうしてリヴェリア様への敬意を深めるが良いのです。従者根性を発揮したアリシアはベルの食いつきっぷりに満足しつつ、言葉を続ける。

 

「目的を成すには商人を頼るのが良いでしょう。エルフ専門の商いをしているお店を紹介しますから、そこに行って『それ』を見せなさい」

「それって…………これですか?」

 

 それは常にベルの首からぶら下げられている。レベル2になったお祝いに、リヴェリアが彼に送ったエンブレムだ。表に刻まれているのは天上の神々が地上に降りたつ前、エルフが信仰していた精霊の紋章である。アールヴ氏族だけでなく広くエルフ社会には見られるもので、これ自体は特に珍しいものではない。

 

 問題なのは裏面。エルフの古語で文面が二つ刻まれている。古い方の文は『リヴェリア・リヨス・アールヴより』となっており、最近彫られた新しい文面は『ベル・クラネルに捧ぐ』となっている。

 

 エンブレムそのものは、リヴェリアが生まれた時両親から与えられたものだ。二組一緒に渡される物で、一つは両親から生まれた子供に。両親から子供へという趣旨の文言が、個々人によって細かな違いはあるが刻まれている。

 

 もう一つは前半に子供の名前が刻まれ、後半は空白となったものだ。この空白は渡す相手の名前を子供が刻む為にあけられているもので、これに相手の名前を刻んで渡すことは最大限の信頼の証とされている。

 

 これはアールヴ系の氏族に広く見られる風習であるが、エルフ全体においては流行しているとは言難く風習としては古典に分類される。その伝播もエルフ内で止まっているローカルな風習だ。親から子へという似たような風習はどの種族にもあるが、この紋章をということであれば行っているのはエルフとそれに連なる者だけだ。

 

 英雄譚に精通しているベルもこれは知らなかったらしく、ただのエンブレムとして感謝の言葉を述べていた。人間にしてはそうだろうが、これがエルフになると話は違ってくる。王族であるリヴェリアが最大限の信頼を向けているという証は、翻って彼女の言葉を代弁しているということにもなりかねない。

 

 当然、法的にも倫理的にもそこまでの拘束力はないのだが、ベル・クラネルがリヴェリアに目をかけられているという事実が広く知られていても、それに形が与えられることにはまた別の意味がある。エルフ専用と看板を出してる店でもこのエンブレムがあれば門前払いはされまい。きっと最大限の敬意を払って迎えられることだろう。それほどまでにこのエンブレムは、特にエルフ社会では意味がある。

 

 ベルの目的を成すにはこの上ない助けになることだろう。そのためにはより多くのエルフの助けが必要に違いないのだが、仮にこのエンブレムがなかったとしても、ベルが何故これを成すのかを聞けばエルフの商人たちは喜んで協力してくれるだろうという確信が、アリシアにはあった。

 

 英雄譚に精通しているだけあって、ベルの考えは古典的な部分が目立つ。言い換えれば古臭いそれは、エルフの中でもより保守的な者に刺さるものである。商人たちはエルフの中年が主であり、彼らは若者よりも遥かに伝統を貴ぶ。人間の男性がエルフの女性に対して、そのエルフ的な伝統を持ち出すのだ。

 

 当のエルフの若者がその伝統を顧みない傾向にあることを鑑みると、彼らはベルが例え人間であっても喜んで協力するだろう。人間の少年がこんなにもエルフのことを理解しているのにお前らは何だ、ということである。どの種族も最近の若い者は、という中年や老人がいるのは一緒なのだ。

 

 ありがとうございます! と頭を下げてダッシュで『黄昏の館』を出ていくベルを見送ったアリシアは、腰に手を当て一人、深々と溜息を吐いた。

 

 これで頼まれた仕事は全て終了した。後は頼んだ本人であるリヴェリアがベッドから出てくるのを待つばかりだが、こればかりはいつになるか見当もつかない。せめてベルの強制休暇が終わるまでには何とかしてほしいものだが、こればかりは天上の神のみぞ知る所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤ・ウィリディスはベルの面倒を見るようになって初めて孤独を感じていた。

 

 この前の『戦争遊戯』によってベルは無事にランクアップを果たした。レベル2の時と同様レベル3への最速ランクアップ記録を大幅に更新したベルにオラリオは沸いた。

 

 ファミリア内でもそれは同様である。最大手のファミリアの一角であるロキ・ファミリアであってもレベル3ともなれば、団員の平均を上回る。ダンジョン最深部への遠征部隊への参加が現実味を帯びてくる位置だ。

 

 レフィーヤがリヴェリアの後継と目され、準幹部の一員に名前を連ねているのと同様、レベルだけを見ればそろそろ下の者を従えて指示を出すことも真剣に考えなければならない立ち位置である。レベル3というのは本来それくらいの立ち位置なのだが、冒険者になって一年にも満たない少年にそれを求めるのは流石に酷だった。

 

 レベル3がそうあるべしとなっているのは、ベル以外の全ての者はそこに到達するまでにベルの十倍以上の時間をかけているからだ。神でない地上の子供たちは経験を蓄積して成長していく。才能も勿論あるが、それも磨かなければ輝くことはない。冒険者歴だけを見ればベルはまだまだ新人の域を出ないのだ。

 

 これだけ短期間にランクアップを果たしただけありベルの素質は類稀なものがある。それは誰しも認める所であるが、その素質に技術と知識が追いついていないのは容易に想像ができることだ。

 

 レベルに相応しい実力を身に着けるのは急務と言って良いだろう。今までの訓練だって決して軽かった訳ではないのだが、レベル3になったことでその密度は一段と濃くなる見込みである。充電期間が終わればベルはまた厳しい訓練を始めることになるだろう。

 

 その相手は、レフィーヤ・ウィリディスではないが。

 

 そう。ベルのレベルは3になった。レフィーヤと同じである。お揃いですね! と喜んでばかりもいられない。レフィーヤは魔力特化の純後衛職であり近接戦闘は専門外である。対してベルは速度特化とは言え他のステータスも満遍なく上昇しており、レベル3になりたてにしては破格の総合ステイタスを誇っている。

 

 レベル2の段階でも時々遅れを取りそうになることがあったのだ。レベルで追いつかれたらベルの動きはもう目でも追えない。レベルで追いつかれた段階でレフィーヤはベルに関する役割の半分を失った。今後の組手の相手にはティオナが内定しており、それを察している彼女はベルがレベル3に上がった直後からうっきうきである。

 

 当初は気持ち悪ぃと直接文句を言っていたベートも、あまりにうっきうきのままのティオナを気味悪がり視界に入れないようにする始末だ。

 

 それだけならばまだ良い。全く何も良い所はないがしょうがないと割り切ることができる。レフィーヤが気にしているのはランクが上がってからのベルが何だかつれないことだ。

 

 二週間骨を折られ続けたことと『戦争遊戯』で勝利したことにより、ベルには一週間の休暇が強制されている。その間、お茶にでも誘ってみようかしらと色気づいたレフィーヤだが、その悉くを断られている。

 

 予定が入っている雰囲気ではない。そもそも強制休暇の最中なのだから勉強も鍛錬も冒険もなしのはずで、では何をしているのかと言えばレフィーヤにはどうもオラリオを走り回っているということしか分からなかった。

 

 何か目的があるのは解るけれどもその目的をレフィーヤは知らない。今まで一緒に頑張ってきたのに、秘密を作られるというのは何というか寂しい話だ。別にお互いを知り尽くした仲という訳ではないし知りたいです! と言った記憶もない。それでも何というかこう、もう少し女を気にかけてくれるのが男性の仕事なんじゃないんですか、と年若いエルフは思うのだった。

 

「それで愚痴を言いに来るのが私の所っていうのは相当追い詰められているのね……」

 

 レフィーヤの鬱屈した物言いを聞いて実はどういう事情かを全て知っているどころか、サプライズの片棒まで担いでいるアリシア・フォレストライトは深々とため息を吐いた。

 

 ロキ・ファミリアに限らず、大所帯になってくると種族なり出身地なりで固まることがある。特にロキ・ファミリアにはリヴェリアがいるため、エルフのグループはハーフも含めて頭数が多い。最大多数はここでも人間であるが、人間はどういう訳か人間という種族では固まらないので、種族派閥としての最大数はエルフがトップだ。

 

 なお、獣人は獣人という括りでは固まらない。彼らは種族ごとに縄張り意識が強く、狼人なら狼人で、猫人ならば猫人で固まる。そもそも獣人と彼らを一括りにしたがるのはそうでない種族たちに見られる傾向であり、狼人や猫人からすれば、他の奴らと一緒にするなということなのだろう。種族ごとに隔意がある訳ではないようなのだが、一緒にされるのは嫌らしい。

 

 と言ってもエルフだってエルフだけの派閥に属している訳ではない。エルフに限らず普段のパーティやらはレベルの近いもので組むことが多いので、後衛職が多いエルフだけではパーティが成り立たないのだ。アリシアも普段はエルフでない者たちとパーティを組んでいる。パーティ全員種族が同じということはイシュタル・ファミリアのように特定の種族の数が突出しているのでもない限りあることではない。

 

 そんな訳で、アリシアとレフィーヤの接点は種族が同じの割りにはそこまである訳ではないが、別に疎遠という訳ではない。同じエルフということで話はするし、たまに二人でお茶くらいはする仲だが、最近は鬱陶しいくらいにベルベルしていたので、二人で顔を合わせるのはご無沙汰だ。ベルが入団してからは初めてだろうと思う。

 

 お茶をしようと言い出してきたのはレフィーヤの方だ。話を、それもそこそこ深刻な話を聞いてほしいというサインであることはアリシアにはよく解った。

 

 そしてそのそこそこ深刻な事情というのにも察しが付く。現状ロキ・ファミリアでベルのサプライズについて全く察しがついていないのはレフィーヤただ一人だ。その状況をかわいそうだと思わないではない。最終的に良い思いをすると解っているのはレフィーヤ以外の者たちであるので、彼女自身が今感じている孤独感は、俯瞰してみれば的外れとは言え、今の彼女にとっては本物だ。

 

 それにアリシアは仕掛け人の一人でもある。ベッドでうんうん唸っているリヴェリアに代わって、商人やらにつなぎを作ったのは主にアリシアだ。かわいそうだし愚痴くらいは聞いても良いかな、と思ったのが思えば運の尽きだった。

 

 ぐちぐちぐちベルぐちベルぐちベルぐちベルベル。

 

 ネガティブなことを言っていたかと思えば、ベルへの惚気話とも取れるような話も差し込んでくる。その割合も、愚痴をカモフラージュに惚気話を聞いてほしいんじゃないかと思えるくらいに、ベルの話の割合が多いのだ。

 

 こいつらまとめて爆発しないかしら。

 

 半ば無意識に自分の杖に手が伸びていたのを慌てて引っ込める。衝動的に襲い掛かりそうになってしまったが、今回のサプライズはリヴェリアの肝入りであるから、エルフの自分がぶち壊す訳にはいかない。どうせ最後には良い思いをするのだから、たまには男関係で歯痒い思いをするが良いのだ。

 

 結局、アリシア相手に色々愚痴を吐いてもストレスは払拭できず、更にネガティブになってしまったレフィーヤは奇しくも師匠であるリヴェリアと同じ決断をした。自室に引きこもり、ベッドで布団をかぶり丸くなっているとドアがゴンゴンとノックされる。

 

 この遠慮のない音はティオナだ。ある意味今一番顔を見たくない相手である。

 

「レフィーヤー、ベルが呼んでるよー」

「嫌です。私は会いません」

 

 大体今更ベルにどんな顔をして会えば良いのか。悪い話でも切り出されるのだとしたら会わない方が良いまである。いつまでも会わないで済む話ではないかもだが、会わなければ少なくとも話は進まない。

 

 力の限り、ベッドから一歩も出ないのだと心に決めたレフィーヤだったが、迎えに来たティオナはレベル5のアマゾネスであり、レフィーヤはレベル3のエルフ。しかも後衛職だ。腕力の差はいかんともし難く、無理やり布団をひっぺがされると、嫌々するレフィーヤをティオナは無理やり引きずって行った。

 

 連れられてきたのは正門前の広場である。屋外で周回をやる時の定番の場所であり、つい数週間前までベルがレフィーヤに杖でぶっ叩かれていた場所だ。思い出してきたら何だか涙が出てきた。これからはもうベルを杖で叩くこともないんですねとしみじみしているレフィーヤの目に、ベルの姿が入った。

 

 後ろ手に何かを隠しながら、いつにも増してもじもじしている。何か言いにくいことがあるのだということは、レフィーヤの目にも一目で解った。しかし、ネガティブなことを言おうという様子ではない。ベルは良くも悪くも良い奴なので、どういう意図であれ他人を傷つけるようなことをする時にははっきりと顔や態度に出るはずである。あの顔と態度は『ベル本人にとっては良いことだけれども、それを実行するのは恥ずかしい』という時の顔だ。

 

 それに自分を呼び出したということは、自分に関係あることである。今の今まで会わないと布団をかぶっていたレフィーヤだ。言われることはネガティブなことだと決めてかかっていた。考えても考えても、ベルがこういう態度を取るような理由に心当たりがない。

 

 混乱するレフィーヤともじもじするベル。やがて、意を決してベルがきり、と表情を引き締めた――つもりで言葉を切り出した。

 

「レフィーヤ・ウィリディスさん!」

「はい! なんでしょうか!?」

「僕は先日、貴女の協力のおかげもあってレベル3になることができました。まだまだ、その頼りない僕ではありますが、ようやく、貴女と並びたてるようになりました。なので、改めてお願いします!」

 

 

「今まで以上に頑張ります! 改めて、僕とパーティを組んでください!!」

 

 

 後ろでにベルが隠していたのは、腕一杯の花束である。色は薄い赤。レフィーヤの故郷の森の原産であるオラリオではめったにお目にかかれない花だ。故郷にはあれだけ咲いていたのに、とエルフ向けの店でたまにドライフラワーを見かけると郷愁にかられていたものであるが、ベルが抱えているのはその生花だ。

 

 品種にもよるが、この辺りの気候で栽培が簡単な品種であるならばいざ知らず、そうでない品種の生花はドライフラワーの最低十倍の値段がする。デメテル・ファミリアなどの土地に強い技術を持つファミリアが決して少なくない予算をかけて栽培しているもので、数自体が少ないために入手も困難だ。

 

 それを腕一杯集めたのだ。お金もかかったろうし、足も使っただろう。これを自分のために……と思うと胸が熱くなるレフィーヤだった。そっとベルの手から花束を受け取る。故郷の匂いだ。冒険者になろうと決意する前、ただ草むらに寝そべり、木々の間から青い空を見上げたのを思い出す。

 

 やがて森の外に希望を抱き、機会を得て冒険者になった。今の生活に不満はないけれども、たまにあの頃のことを思い出す。思えば最近は忙しくて、それもなくなっていた。胸一杯に花の香を吸い込むと、何だか懐かしくて涙が出てきた。

 

「レ、レフィ、その……」

 

 ベルが何やらもじもじしている。一世一代の告白をしたのだ。返事が聞きたくて仕方がないのである。ベルとて冒険者。一応、ここには二人きりということになっているが、視覚化できかねない程の密度の視線が自分たちに降り注いでいることは理解していた。一刻も早くここから立ち去りたい! というのは年端もいかない少年の気持ちを考えれば無理からぬことだ。

 

 これはレフィーヤの人生にとっても大事なことである。ゆっくり考えてくださいと言うのが普通なのだろうが、そこまで頭が回っていないらしい。断られるのを想像しているのだろう。赤くなったり青くなったりしているのが、何だかかわいい。そんなはずはないのに、と涙をぬぐうとレフィーヤに笑みがこぼれる。

 

 置いていかれるのではと心配していたのは自分の方だ。彼の方から手を差し伸べてくれるのなら、これを断る理由はレフィーヤにはない。

 

「返事なんて、決まってるじゃないですか――」

 

 花束を抱え、ベルの元に駆ける。そして目いっぱい力を込めて抱きしめた。今までは苦しいかな、ゴリラみたいな女と思われたりしないかな、と思って手加減していたけれども、同じレベルになったのなら気にしない。これからは力の限り抱きしめることができるのだ。

 

「――喜んで、お受けします!」

 

 返事よりも先に体当たりをされるとは思っていなかったベルは、その場でひっくり返った。公衆の面前で男を押し倒したレフィーヤに、周囲から歓声があがる。そこでちゅーや! とエキサイトするロキを横目に見ながら、ベル担当の一人であるティオナはにこにこしながら、ベルとレフィーヤを見つめていた。

 

「あんた、ムカついたりしないの?」

「するわけないじゃん。あれ、未来の私の姿なんだから」

 

 私の時は何してくれるんだろーと考えるとティオナのにやにやも止まらない。憎からず思っている男性が自分以外の女にうつつを抜かしているのだ。普通であれば面白いはずもないのだが、いずれ自分にもアレをしてくれると思えば許せる気がした。ここ数日、そう遠くないだろう未来を想像して幸せいっぱいだったティオナだが、その幸せっぷりは周囲には大層評判がよろしくなく、気持ち悪いから何とかしてくれと双子の姉であるティオネの元に苦情が寄せられていた。

 

 普段喧嘩ばかりしているベートでさえ、気持ち悪がって視界に入れないようにするくらいだ。

 

 とは言うものの、懸想した相手に色ボケするのはアマゾネスの本能というか習性のようなものだ。それが気持ち悪さに直結しているのであれば手の施しようがないのだがティオネの見る限り、どうやら当たりのようだった。

 

 これはしばらく気持ち悪いままだな、とティオネは諦めの境地に達した。

 

 

 

 


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