英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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『お茶会』

 

 

 

 

 ロキによって約束されていた神フレイヤとのお茶会の当日である。

 

 冒険者にはおなじみのバベル、その最上階にフレイヤの居室はあった。『戦争遊戯』が終わった後、アポロンに対して沙汰があった『会議室』の更に上。オラリオを一望できるこの都市で最も眺めの良い場所だ。

 

 他所の神様をお訪ねするのである。ダンスパーティ同様粧し込むのかと思えば、親愛なる主神は普段着で良いとの仰せである。フレイヤと会うためだけにめかし込むのもバカらしーで、という主神本神の主張に従い今日のベルは平服でロキもいつものへそ出しルックだ。

 

 ところで、田舎育ちで他人との交流の少なかったベルの男性観は実の所とても単純である。英雄譚大好きなベルは『英雄のような男性こそ至高』という動かし難い観念があり、自身もそうありたいと日々努力を重ねている。

 

 かわいい女の子に沢山モテたいという邪な考えこそあるものの、己を高めたいという欲求は大抵の冒険者が持っているものでありそれほど特異なものでもないのだが、ベルには具体的な目標というか着地点というものが存在していなかった。

 

 英雄と言っても形は一つではない。種族、年齢、性別、主義主張など様々であり、そのどれにもベルは敬意を持っている。アルゴノゥトなどのお気に入りはいるにはいるがそうありたいと入れ込む程でもない。強いもかっこいいも千差万別なのだということを、ベルはオラリオに来て初めて自覚した。

 

 そんな訳なので、高位の冒険者であれば手当たり次第リスペクトを抱くのも当然のことで、それは他のファミリアであっても変わることはない。自分の先を行く彼ら彼女らは自分にないものを持っており、自分にない強さがある。それは本来とても尊敬すべきことなのだ。

 

 今日、フレイヤはバベルに到着した旧友とゲストを案内するためだけに高位の冒険者を配置した。『ただの案内』などとても高位冒険者にやらせるような仕事ではないが、女神フレイヤの眷属にとって女神からの直接のお願いは他の何よりも優先される。不満はあっても文句はない。彼ら彼女らにとって神命というのは絶対なのだ。

 

 この日、女神フレイヤの神命を受けたのはアレン・フローメル。『女神の戦車』の二つ名を持つ第一級冒険者でありフレイヤ・ファミリアの副団長でもある。『猛者』オッタルに次するレベル六の猫人。勇猛な槍の使い手でありベルの遥か先を行く非常に尊敬すべき相手……なのだが、女神フレイヤの眷属によくある傾向として、判断基準が女神、自分、身内、それ以外という非常に明確な線引きをしているため、それ以外に属する者に対する態度は無関心か敵対のどちらかとなる。

 

 荒っぽいアレンは特に『敵対』を選ぶ傾向が強い。加えて口が悪いことから一部の冒険者やギルド職員からの評判はあまりよろしくないのだが、それはベルにはあまり関係のないことだった。口が悪い人間ならば同じファミリアのベートで慣れているし、ベートに対するベルの認識は『かっこいい先輩』だ。アレンもその立ち姿から自分には全くないかっこよさを感じ取り、目をキラキラとさせていた。

 

 アレンも、何も知らない子供が向けてくるような無邪気な視線にむず痒さを感じていた。力の限り罵って窓から放り投げてやりたい気にかられるが、粗相のないようにということは女神フレイヤより厳命されている。ここでベルに邪険な対応をし神ロキの不興を買えば、女神に失望されることは想像に難くない。

 

 それはアレンにとって死よりも辛いことであった。だから努めて感情を殺して事務的に対応しているのだが、無視するにはベルの視線は鬱陶しすぎたし、それをおもしろがっている神ロキにも苛立ちが募っていた。それをよく解っていたロキはベルに水を向ける。

 

「ベル。アレンに何か聞いときたいことはないか?」

「え? でもアレンさんに失礼では……」

「なぁに、ベルは最近大活躍したばっかりやからな。おまけの一つくらいしてくれるやろ」

 

 図々しい! というのがアレンの率直な感想であるが、冒険者特有の流儀としてレベルアップしたばかりの後輩に対しての所謂『ご祝儀』は、内容にも依るがあってしかるべきものだ。冒険者本人が直接要求してきたのならばまだしも、その主神が言い出し眷属がそれに追従したのであれば、それが例え自分と異なる主神であり、自分と異なる旗を仰ぎ見ている冒険者であったとしても、これを無視するのはアレン・フローメルの冒険者としての度量に関わった。

 

 この場限りのことと言うなかれだ。度量や矜持というのは周囲の自分に対する評価であるだけでなく、冒険者自身の内面にも深く関わってくる問題である。心の狭い人間なのではと自身で感じてしまうことは特にアレンのようなタイプには受け入れ難いことだった。

 

 アレンの無言をロキは肯定であると解釈しベルに視線を向ける。と言っても、いきなり質問OKと言われても思い浮かばない。普段どんな鍛錬をしてるとかありきたり過ぎるかも……と考えた結果、ベルは目の前で動くアレンの尻尾を見て一つのことを連想した。

 

「あの、アレンさんはにゃって言わないんですね!」

 

 ぶっ殺すぞクソが! と怒鳴らなかったのは、偏に女神フレイヤへの忠誠心故である。ベルの横ではロキが少しも堪えずに大笑いしているのがまたアレンの怒りを煽った。ただのアバズレであれば怒鳴れば大人しくなるが、この糸目は地上の子供が敬意を払うべき神でありアレンの主神の旧友であり何より本日の客人である。

 

 そして客人というのは白髪頭も同様だった。下手に言い返すと話題を続けそうなので、アレンは自制心を最大限に動員してベルの発言を完全に無視した。普通の感性をしていれば怒りを堪えているというのが伝わるはずで、しかもその相手が高位の冒険者ともなれば何をおいても口を噤むはずなのだが、ベル・クラネルというのは良い意味でも悪い意味でも、冒険者としての常識の外にいた。

 

 アレンの様子に気づかなかったベルは、構わず話を続ける。

 

「豊穣の女主人亭のクロエさんとアーニャさんって猫人の方がいるんですけど、お二人ともニャっていうんで猫人の方は皆そうなのかと思ってました。と言ってもうちのアナキティさんは違うんですが……あぁ、そのアーニャさんなんですけど、今度僕と二人きりの時――」

「てめえあの愚図とどういう関係――」

「え、あの今度お歌を歌ってくれるとかで……」

 

 その瞬間、アレンの心に久方ぶりに訪れたものがあった。それは遠い過去に置き忘れてた慈愛だの優しさだのといった、他人を慈しむ気持ちである。

 

「…………キツい物言いして悪かったな。辛いことがあったら何でも言えよ。力になるから」

 

 ワイルド猫人がいきなり優しくなったことに流石のベルも不信感を覚えた。それと同時に猛烈な不安に襲われる。ヤバいヤバいとは聞いていたが、そこまでアーニャさんのお歌はヤバいのかしら。

 

「お前の所の団長を『勇者』なんて世間は呼ぶらしいがとんでもねえ、お前こそが真の『勇者』だ」

「いえ、あの……僕はどうしたら?」

「死にゃしねえだろう気にすんな。まぁ俺なら、あの愚図の歌なんざ聞くくらいなら使い古した油を一気飲みする方がマシだと思うが」

 

 お歌はそもそもいつだかの差し入れのお礼にとアーニャの方から言い出したことだ。その時はたまたま周囲に人がおらず、同僚である彼女らが止めに入ったのはベルが二つ返事で受けた後だった。止める理由は何となく察しがついたものの、一度受けたことを後から反故にするのも悪いとシルたちの忠告を無視する形で現在に至っている。

 

 日時はまだ決定していないが、最後に会った時にはそろそろと言っていたので近いうちに実行されるだろう。アレンの言葉を聞いた後だと感じる恐怖もまた一入だが、何をするにも今更だ。古い油を一気飲みする選択肢を最初からとれなかった以上、ベル・クラネルにはもう大人しくお歌を聞く以外の選択肢はないのである。

 

 青い顔になり、急に無口になったベルにアレンは大いに満足した。足取りも軽く、機嫌良さそうにふりふり揺れる尻尾を見ていたのは、神ロキの糸目だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオの一等地に位置するフレイヤの居室は、当然、個人の邸宅その一室としてはオラリオで最も広く設計されている。ワンフロア全て占領しているのだからそれも当然で、生活用品などは全て眷属が運んでくる手はずとなっているがそれらを保管するための倉庫もあり、無補給だったとしても一週間は快適な生活を維持するだけの蓄えがある。

 

 これに加えてフレイヤは自らのファミリアのホーム『戦いの野フォール・クヴァンク』にも私室を持っている他、オラリオ各地に『別荘』なども所有している。本拠地以外の『別荘』は使用頻度が極端に低く、実質的には所有しているだけの物件が数多いのだがともあれ、最大手ファミリアの一角、その主神であるフレイヤは、オラリオの中でもトップクラスにセレブな生活を堪能できる立場にあった。

 

 田舎暮らしの長いベルの人生の中で、今まで最もキラキラしていた場所は『戦争遊戯』の戦勝パーティの会場であったのだが、眼前に広がるのはそれ以上にキラキラした光景だった。そこかしこにお金がかかっているというのが、ド平民のベルにもはっきりと解る。

 

「ようこそ、うさぎさん」

「今日はお招きいただきありがとうございます!」

 

 これまた豪奢な造りのテーブルに、ロキとべル、その向かいにフレイヤが着席する。配膳をするのはオッタル一人だ。筋骨隆々の男が黙々と作業をする様はある種異様な光景であったけれども、食器を運ぶのもお茶を入れるのも中々堂に入っており、ベルは別の意味でも感嘆の溜息を漏らしていた。

 

 それが微妙に面白くないフレイヤは努めて感情を押し殺していたが、付き合いの長いロキにはフレイヤの感情の機微は一目瞭然だった。

 

「ベルはフレイヤよりもオッタルに夢中なようやな!」

「…………」

「ベルー、オッタルのどこがええんや?」

「それはですね!」

 

 待ってましたと言わんばかりにベルのオッタル口撃が始まる。よくもまぁそこまで見てるものだというくらいに冒険者としてのオッタルをほめる言葉がずらずらと出てくる。

 

 そんなベルとオッタルを見てケケケと下品に笑うロキに、フレイヤは無言で返した。視線を集めることに慣れているフレイヤは特に意識せずとも他人の視線を感じ取れる。それが自分に向けられていなくともだ。種族年齢、あるいは性別を超越してフレイヤは視線を集めるが、ベルの視線は自分に向いていることは解るものの、そこまで注視はしていないことが肌で解ってしまうのだ。オッタルが近くにいる時は特に顕著である。

 

 彼は明らかに自分よりもオッタルに熱い視線を向けている。

 

 オッタルは今のファミリアの団長で自慢の子供だ。彼が注目を集めることは主神としてとても鼻が高いことではあるが、流石に自分よりも視線を集めている現状に不満を覚えないではない。

 

 とは言えそれで自分の子供に当たり散らすのは格好悪いことだとフレイヤ本神も、それをからかうロキも分かっている。神としての完璧な体面を保つのであれば、ここは何も言わずに静かに我慢すべき場面だ。行き場のない燻ぶったようないら立ちを、フレイヤは紅茶と共に喉の奥に流し込んでいく。元来自由である神であるが、神には神なりの矜持があるのだった。

 

 生きた心地がしないのはオッタルである。寡黙で鉄面皮である彼の表情は傍目には動じているようには見えないが、フレイヤ・ファミリアの団長であり側仕えでもある彼はとりわけフレイヤの感情の動きに敏感であり、己が主神が今まさにご機嫌ななめであることが良く解っていた。

 

 何故我が女神を見ないのだ。フレイヤの眷属としてはベルの行動そのものが疑問であるのだが、それは同時にベルを観察した結果、己の主神が立てた仮説を裏付ける行動でもあった。

 

 授かった恩恵の一環として魅了の類が全く効かないか、効くとしてもとてつもなく効果が薄いと、フレイヤはベルの能力を分析している。神としての力のほとんどが封じられている現状で発揮できる力では、この能力を突破することはできないだろうとも。

 

 何しろ密着して視線を交錯させた上に一曲ダンスをしてもベルは多少興奮した程度だったのだ。美の女神を前にした人間の反応として、それはとてつもなく薄いものであり、ベルのその行動は美の女神としてのフレイヤの矜持を酷く傷つけていた。

 

 直前に翡翠色の髪をしたエルフを相手にした時よりも反応が薄かったことが、その思いに更に拍車をかける。ふつふつと沸きたつ苛立ちを抑えている間にも、ベルのオッタル攻撃は続いていた。

 

「――たくましい腕や厚い胸板には憧れます! 僕も鍛えていけばこんな風に……」

「あなたにはまだ早いと思うわ」

 

 苛立ちながらも話はちゃんと聞いていたフレイヤの言を受けてベルは素直にしょぼんと落ち込んだ。

 

 急スピードで成長したとは言えベルのレベルはまだ3である。冒険者の平均は上回っているものの、目の前にいるオッタルはオラリオでただ一人のレベル7であり、実質的な最強の冒険者である。比較するのもおこがましいというのを、優しい女神様はやんわりと指摘してくれたのだ。良い神様だ……と内心で感動しながらお茶を啜るベルの顔を見ながら、当の優しい女神様である所のフレイヤは、彼の内心を見透かしていた。

 

 そういう意図もないではない。分不相応な思いは時に薬となるが往々にして毒となる。ベルには類稀な才能があるが、それはあくまで磨く前提のものである。磨ききる前にダメになってしまう例など、永い時を生きる神の前では枚挙に暇がない。

 

 ベルにはそうなってほしくないという思いがその言葉を口にさせた、と言うと聞こえは良いが、本心は単純に邪な思いからだった。

 

 美の女神とされるフレイヤであるが本人が人智を超越した容姿を持っているだけに、眷属の容姿にはそれほど拘りがない。無論のこと整っているに越したことはないのだが、重視するのは真に内面である。ベルに心惹かれるのはその魂の輝き故。そこに嘘偽りは全くない。

 

 だが究極の美というものの形がたった一つではありえないように、美にも方向性というものがあり、個々によって合う合わないがある。時代によって、あるいは見方によってさえその時々変わるものであるが、不均衡、不調和というのは、それそのものに美を見出すのでない限りいつの時代も敬遠される傾向にある。

 

 フレイヤの美的感覚からすれば、人間でかつ童顔であるベル・クラネルに、オッタルのような筋骨隆々は許容できるものではなかった。ベルとて人間の、しかも少年であるからいずれ成長し、老いさばらえていくのだろうが、それが今である必要はないのだ。

 

「ウサギさん、お祝いがあるの」

 

 その言葉に、オッタルは部屋の隅に用意してあった箱をベルの前に持ってくる。簡易な包装をされたそれを見て、ベルはフレイヤに視線を送った。美の女神はそんなベルを眺めてにこにこしている。プレゼントは開けても良いという意味だと解釈したベルは、いそいそと包装を解いて箱を開けた。中から出てきたのは……

 

「本ですか?」

「魔導書よ。それを読めば魔法が使えるようになるわ」

 

 え!? とベルも思わず驚きの声を挙げる。その反応を見ることが一番の目的だったフレイヤは笑みを深くした。何故と言われれば一番の理由は『親切心』であるのだが、トータルすればそれよりも打算の方が遥かに強い。

 

 冒険者がパーティを組む場合、その役割分担は『何ができるか』によって決定される。近接攻撃しかできない者が後衛になることが決してないように、武器を振るい身を守る手段を持たない者もまた前衛を務めることはできないのだ。

 

 その『何ができるか』の中でも魔法使用の可否は決定的な要因の一つである。忌々しい『運命のエルフ』のように近接技能と魔法を高いレベルで両立させる者もいるが、冒険者全体として見ればそれは稀な方だ。

 

 それ故に魔法の専門職は死にもの狂いで魔法を磨く訳だが、ここで前衛がいきなり魔法を使えるようになると話は変わってくる。パーティとして戦術の幅が広がるようになるのは好ましいことではあるものの、魔法を使えるようになった前衛から見ると、ほんの僅かではあるが、後衛魔法使いの価値が相対的に下がってしまう。

 

 それで不和を起こすようであれば元よりパーティなど組むべきではない。変化を許容できないようであればそもそも冒険者などやるべきではない。例え不和が起こったとしてもいずれ修正されるだろう。

 

 フレイヤが望んでいるのはそんなことではない。

 

 ここ最近、フレイヤを最もイラつかせたあの翡翠色の髪をしたエルフは後衛特化の魔法職であり、前衛と魔法を高度に両立させた戦闘の指導はできない。足を止めて魔法を撃つ指導ならばできるかもしれないが、それは後衛の仕事であって、前衛もできる人間に学ばせるべきことではない。

 

 ロキ・ファミリアの中で候補を立てるのであれば、『戦姫』アイズ・ヴァレンシュタインの仕事となるのだろうが、天才肌の彼女では他人に物を教えるのには向いていまい。

 

 ならばとファミリア外に目を向ければ……おそらく、ベルが最初に白羽の矢を立てることになるのはこれはこれで忌々しい『運命のエルフ』だろう。最近ベルと共に行動しているのも翡翠髪のエルフの弟子とされる茶髪のエルフであり、ギルドでベルを担当しているのも翡翠髪のエルフの縁者であるハーフエルフであるという。右を見ても左を見てもエルフと、とかくベルの周辺にはエルフが多いのだ。

 

 だがその中でどれが一番マシかと言われれば『運命のエルフ』だ。翡翠と茶髪はロキの眷属(ロキ・ファミリア)だが、『運命のエルフ』は『豊穣の女主人亭』に籍を置いており、あくまで一応ではあるがフレイヤ・ファミリアの管理下にある。同じファミリアにいないだけ大分マシだ。

 

 そして、魔導書である。

 

 自分の主神を見つけて契約さえできれば授かれる『恩恵』とは異なり、それによってどういう力を授かるかは本人の資質なり、種族血統なりに依存する。魔法を使えるかどうかはほぼ本人の資質で決まるため、才能が全くない者はどれだけ待っても鍛えても魔法が目覚めることはない。

 

 そも攻撃向きでなくとも資質があるのであれば、レベル1でも魔法は覚えるものだ。レベルが2や3になっても覚えていないのであれば、それは先天的な資質が皆無に近いと判断しても良いだろう。

 

 魔術書というのはこの法則の例外に属するもので、後天的にその才能を付与するものだ。本人の資質のみでは開花しなかった才能を、強引に目覚めさせるものであり、その確実性故に数は少ない。

 

 ただ、元々魔法が使えなかった子供は向いていないから目覚めなかったのであって、強引に目覚めさせた魔法は天然物に比べて総じて威力が低い。ただの前衛職がステイタスを伸ばすのと大きく勝手が違うのも相まって、その威力は『使えないよりはマシ』という悲惨な状況にもなりかねない。それにより元々才に恵まれていた分野まで伸び悩むようなことがあればそれこそ本末転倒である。

 

 その点、ベルは何の心配もない。それがどういう理屈であるのか。正確な所は勿論主神ではないフレイヤには解らないものの、全てのステイタスが驚異的に伸びていることはこの前の『戦争遊戯』を見れば解る。ベルの動きそのものは冒険者歴が浅いこともあって、駆け出し特有の青臭さが残るが、動きの鋭さ、身体の頑強さはレベル2にしては相当高水準にまとまっている。レベル1の段階で相当に貯金をしていたのだろうことは想像に難くない。

 

 元来には魔法を扱う才能には恵まれなかったようだが、一度魔法を覚えればベル特有のステイタスの伸びで威力の程はカバーできるだろう。後は本人が使いこなせるかどうかであるが、こればかりは彼本人に頑張ってもらうより他はない。

 

「でも、ロキ様……」

 

 もらっても良いのかとベルは不安そうに視線で問うてくる。くれるというのだからもらっておけば良いというのがロキ個人の考えであるが、タダより高いものはないということを、特にフレイヤ相手は油断ならないことをロキは骨身に染みて理解している。

 

 何か裏があるのだろうと考えるのは極々自然なことであるのだが、ロキがそう考えることをフレイヤが読めぬはずもない。

 

「裏なんてないわよ、ロキ。これは本当に、本当にただのお祝いなの」

「せやかて魔導書なんて虎の子やろ? なんで自分のところの子にやらんねん」

「あげるつもりで用意してたものなんだけどね……いずれまた手に入れる見込みではあるし、それに私の邪魔をした神をやっつけるなんてことをしてくれたウサギさんにはご褒美をあげないと」

 

 マッチポンプを仕掛けた側の癖に……しかもそれが崩壊した後のシナリオを書いたのはフレイヤ本神ではなくロキであるにも関わらず、ここまで自然に開き直れるのだから旧友ながら大したものだとロキも感心する。

 

 そんな中、ロキとフレイヤの間で視線を行ったり来たりさせていたベルが、口ごもった。なんや? とロキが気軽に問うと、ベルは彼にしては珍しく言いよどんだ口調で、

 

「その、色々な所からお話を聞くんですが、ロキ様とフレイヤ様は仲が悪いって……」

 

 ベルの言葉にロキとフレイヤは顔を見合わせた。他人の認識ならばまぁそうなのだろう。事実、眷属たちの仲ははっきり言って悪い。状況さえ許せばいつまでも殴り合っていそうなくらい、どちらが上でどちらが下かをとても気にする実に微笑ましい間柄だ。今でこそ大分落ち着いているが、口論から乱闘に発展したことも十や二十ではきかない。

 

 ただ、眷属たちの仲ほど本神たちの認識ではロキとフレイヤの仲は悪くないのだ。たまに差し向いでお茶くらいはするしこっそりとではあるが相談ごとくらいはする。眷属たちの仲は悪くとも二つのファミリアが事実上の共同歩調を取っていることは察しの良い冒険者は気づいており、だからこそ、二頭体制がしばらく続くことを察し、他のファミリアに属している冒険者は暗澹たる気持ちになったりもするのだが、まさしく神ロキの眷属であるベルには関係のない話だった。

 

「そんなことないわ。私たち不仲ではないわよね? 喧嘩は万ではきかないくらいしたものだけど」

「せやんなー。一時期のトールとかに比べたら、フレイヤとは仲良しこよしや」

「あの頃の貴女たちほんと仲悪かったわよね」

「ウチは悪ないでー。『助けて』とかやらされてみぃや。投げられる役はいつもウチなんやぞ?」

 

 軽口を言い合いながら笑いあう二人を見て、ベルは安堵の溜息を漏らした。しかし、ロキはあくまで相対的にしか物を言っていないし、フレイヤも仲良しであるとは言っていない。加えて悪くはないというのも神の基準であり、地上の子供視点で見ると彼女らの仲というのは概ね世間の評判の通りであったりする。

 

 しかれども、神の感性というのは真には子供に理解できるものではない。神同士が『不仲ではない』というのであれば、それは真実であるのだ。額面以上に、かなり好意的に解釈したベルは、二人は仲良しなのだという認識を持つに至り、今までの不安を過去のものにした。

 

 良かったです! とにこにこ微笑むベルを見て、穢れがないというのはこういうことを言うのだなと女神二人はしみじみと思った。

 

 




どうしてうちのフレイヤ様は俗っぽくなってしまうのか。

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