「ああ、そういうことかい……」
ため息と共に吐き出された言葉が地下水道に消えていく。連れだって降りてきた眷属たちは既に制圧されていた。地下水道で待ち構えていたのはこれでもかという程のトラップとフル装備の冒険者たち。深層にでも挑むのかという程の装備で揃えた連中を見てイシュタルは一連の出来事が誰の絵図なのかを遅まきながら理解した。自分が詰んでいることもだ。
「そういうことなのさ。悪いねイシュタル」
へらへら笑う男神がそれを告げてくる。殴り殺したくなるほど憎らしいはずなのに殺意は沸いてこない。極まった状況でイシュタルの顔に浮かんだのは笑みだった。追い詰められもうどうしようもない状況なのに、それが楽しい。
「そう言うんだったらもう少し悪びれたらどうだい?」
「常にこうってのが俺の性分なもんでね。だがこれでしばらくお別れと思うと名残惜しくもあるね。どうだい、最後に一服ってのは」
「ヘルメス様!」
その言葉に一際ゴツい兜とゴーグルで武装した冒険者から抗議の声があがった。女の声――団長のアスフィとかいう女だろう。逆転の目があるとすれば魅了の効果による戦線の崩壊くらいだが、その対策も万全ということだ。万が一にも逃がさないという強い意志は平素のヘルメスには似つかわしくないものだった。
それに忌々しさを覚えないではないがどうにも口寂しい。イシュタルがしかめ面で促すとにやけ面の男神は懐から葉巻を取り出した。カッターで先を落とし差し出された葉巻を咥え、火種に近づける。思い切り煙を吸い込み、そして吐き出す。紫煙が地下水道の淀んだ空気に広がった。長い長い煙たい息の後に、イシュタルは口の端を上げて笑う。
「美味いじゃないか。地上で作られたもんにしちゃ上出来だ」
「デメテルのとこの試作品だ。中々だろ?」
たっぷりと時間をかけて葉巻を吸うイシュタルを、ヘルメスはにこにこほほ笑みながら眺めている。下水道の中、周囲には武装した冒険者がずらり。そんな風景など気にもとめないとばかりにイシュタルは葉巻を最後まで楽しみ、ヘルメスが差し出した灰皿に押し付けた。
「手引きしたのはアイシャか」
「どうにも外に助けを求めたい気配だって話を聞いたんでこっちから接触したんだ。かわいい狐人の後輩を守りたいなんて言われたら、男として助けない訳にはいかないだろ?」
「よく言うよ……」
義理人情だけで人助けをするような神であれば、イシュタルも裏をかかれたりしない。自分の眷属であるアイシャに裏切りの気配を見出せなかったこともそうだが、ヘルメス本人の態度からも不審な点は見られなかった。
おそらくアイシャには決行日から作戦の内容まで、その一切を知らせなかったのだろう。いつどこで誰がの全てが解らないからこそ、腹芸の苦手なアイシャからボロが出ずに済んだのだ。そんな計画に命を預けるアイシャもアイシャなら、実行させるヘルメスもヘルメスである。
「それじゃ、長居してもなんだ。さくっと頼むよヘルメス」
「歓楽街の今後とか気にならないのかい?」
「見るだけなら天でもできるだろう? これから干渉できなくなるってのにあれこれ口出すのも忌々しいからね。好きにしたらいいさ」
「悪いねイシュタル。俺は君のこと結構好きだったぜ」
「なら次に会うまでにもっとマシな下半身になっておきな」
はっと笑って中指を立てたイシュタルの胸に、ヘルメスはためらいなく大振りのナイフを突き立てる。致命傷を受けたイシュタルはゆっくりと仰向けに倒れていくが、不遜な笑みと立てた指は最後までヘルメス一人に向けられていた。
やがて夕闇のオラリオに一筋、光が天へと還った。
魔剣以外にも決め手が必要。それに頼り切るのも問題であるが、手札は多ければ多い方が良いというリヴェリアの発案で、魔法を覚えたばかりのベルはそれを決め手にするための方法を色々と試してみた。
ワンフレーズで発動できる魔法は戦術としては最上級の手広さを持つ。詠唱が必要な魔法に比べて威力が低いという弱点こそあるが、それは術者の感性で威力が調整しやすいということでもある。長い呪文が必要な魔法の威力を調整するのは、それこそ繊細なコントロールが必要なのだ。
それを熟知するには地道な練習が必要であるが、最終的には剣で切りつけるのと同じような感覚で魔法を使えるようになるはずで、そこまで行けば十分魔法〇〇を名乗ることができるようになるだろうというのがリヴェリアの見立てである。〇〇に入るのが剣士になるか戦士になるかはたまた別の単語になるのかはベルの今後の努力の方向性次第だ。
とは言え、威力の低さを調整できるのが売りであると言っても、威力の高さを放棄して良い訳ではない。『白兎』の魔法は致命傷にはなりえない。その認識が広まってしまうと戦術の幅が狭まってしまう。その認識を逆手に取るにしても、結局はそれで相手を倒せるだけの威力が必要なのだ。
幸いにしてベルにはそれをやるための手段が存在する。速度の時程スムーズではなく、現状では足を止める必要があったがそれでも、他のステイタスを犠牲にして魔力を向上させるというベルだけの手段で、魔法の威力を上げることには成功した。
後は本番で試すだけというレベルにまで仕上げることができたのはベルにとって幸運だった。全ての練習に付き合ってくれたレフィーヤには感謝しかないが、現状の完成度はお世辞にも高くはない。その弊害が――
「ベル様! お手が!」
春姫がベルの手を見て悲鳴を挙げる。ほぼ密着した状態での発射は吹っ飛ぶ以外にも反動がありアイシャを吹っ飛ばした炎はベルの手もこんがりと焼いていた。魔法の効果範囲がどの程度かを身体で把握できていないため、その反動による実害が出るというのが難点の一つである。
凄まじく痛いがベルにとってはそれだけだ。リューとの激しい修行を経てポーションで治る程度の怪我は大したことがないという認識になりつつある。
大丈夫大丈夫と軽く言いながら、ポーチからポーションを取り出しドバドバかける。もくもくと煙があがって治癒が始まるが、自分でも惚れ惚れする威力だったせいか治りが遅い。虎の子のエリクサーを使えば一発なのだが自分に使うのはもったいない。治るという結果は一緒なのだ。痛いのを我慢すれば安く済むのであれば、ベル・クラネルは我慢できるのだ。
自分の治療を続けながら、春姫を促し吹っ飛んだアイシャの方へ歩いていく。実はお腹も刺されて痛いのだが、どうやらぽんこつらしい春姫はベルが先ほど刺されたばかりということを綺麗さっぱり忘れてくれたらしい。
死ぬほど痛いが血を流しすぎたということもないようだし、ナァーザが作ってくれたポーションを飲んでいればその内治る……はずだ。ちびちびポーションを飲みたいというリクエストに応えて彼女が作ってくれた程よく頑丈な紙ストローでポーションをちびちび飲みながら春姫の後ろからアイシャを見ると、壁にぶつかって転がったままの彼女は全身から煙をあげていた。
煙をあげているということは炎に巻かれたということで、炎に巻かれれば当然衣類は燃えるものである。つまり今のアイシャは全裸だ。治療目的とは言え果たして見ても良いものか。
本音を言えば見たいのだが、本音で生きても許されるのは神様くらいのものだ。地上の子供である所のベルは煩悩を押し殺し、春姫にエリクサーを託すと明後日の方を向いた。夕闇の降りた歓楽街には喧噪がある。一見さんであるベルに普段の喧噪との違いなど解るはずもないが、剣戟の音も魔術による爆音も聞こえてはこない。
どこかで起こっていたと思われる戦闘も、終了したか小規模になったのだろう。どういう経緯で大乱闘が始まったのか知らないし、そう言えばアイシャも誘拐がどうしたとかよく解らないことを言っていた。自分と世間の間に深刻な行き違いがある気がする。
一先ず当事者ではあるらしいアイシャに事情を聞きたい所だが、どういう事情があったにせよ他所のファミリアの本拠地でその副団長を半殺しにしてしまったのだ。ここは逃げる――ではなく、理性的な話し合いをするために一度時間を置くべくだろうと思う。
ベル・クラネル誘拐という話が外にまで広まっているのであれば、ロキ・ファミリアが動いている可能性が高い。先の二度の爆発にも関わっているのであれば、歓楽街が廃墟になる前に無事な姿を見せておくべきだ。
ロキ・ファミリアの爆破担当は概ねリヴェリアかレフィーヤであるが、理性的で思慮深いデキる女の見本のようなリヴェリアはともかく、レフィーヤはかわいくて優しくて凄く賢いが少々危なっかしい。ベルが攫われたと聞いたらすっ飛んで行って大暴れしましたと言われてもレフィならありそうだとベルも納得する。
レフィーヤのようなかわいい女の子が自分のためを思ってやってくれたのだと思うと男として凄く嬉しいものの、それでレフィーヤにオラリオの暴れん坊な異名がついてしまうのも本意ではない。思いつめるとちょっと突っ走る傾向があるだけで、本当にかわいくて情が深い良い娘なのだ。レフィーヤの名誉のためにも早く戻らねばと決意を固めていると、春姫から終わりましたと声をかけられた。
エリクサーを使っただけのことはある。あれだけ焼け爛れていた皮膚は綺麗な褐色に元通りである。ベルの装備箱に入っていた布に巻かれたアイシャの意識はまだ戻っていないが、エリクサーを使って外傷なしであればほどなく目覚めるだろう。
それじゃあ僕はこれで、とアイシャを春姫に任せて逃げようとしたその時、アイシャが小さく声を上げて身じろぎした。それを見た春姫は何故かベルの袖を引っ張り、アイシャの前に放りだす。こんがり焼いたことを謝れという流れだろうか。しかし、怪我の具合は一方的にアイシャの方が酷いとは言え、レベル差のある立場で尋常な立ち合いをして勝利したのだ。
駆け出しの冒険者としては褒めてほしいというのが正直な所であるものの、謝っておいた方が良いというのも理解できる。女性を魔法でこんがり焼くなど、字面だけを見れば男のして良いことではない。
謝ろう。そしてアイシャを労わろう。自分を焼いた人間と仲良くできるかという疑問はあるが全身の骨を余すところなく砕き二週目まで達成しかけたリューとはたまに二人でお出かけするくらいには仲良しである。一度こんがり焼いたくらいなら笑って許してくれると期待する。
「アイシャさん、具合はいかがですか?」
「だ、大丈夫です、だ」
何か田舎者みたいな口調になっている。呼吸も不安定で目も焦点が合っていない。詳しく検査をするまでもなく明らかに挙動不審だ。まだどこか痛みを感じる場所があるのだろうか。顔を近づけるとアイシャはひ、と小さく息を漏らしずりずり後退する。
「痛いならちゃんと言ってくれないとですよ。僕がやった手前できることならしますからちゃんと言ってください」
「……胸が苦しい、です」
「それは僕にはできないことなので春姫さんお願いします」
「お任せください!」
「なんでお前がしゃしゃり出てくるんだよダメ狐!」
「怪我人は大人しくしていてくださいませ!」
レベル4と1では大人と子供以上に歴然とした力の差があるはずだが、迫る春姫にアイシャは全く抵抗できていなかった。されるがままに抱えられお腹と背中を摩られるアイシャの姿はベルの目から見ても哀愁を誘う。何より反応が一々弱々しい。とても歴戦のアマゾネスには見えないし、さっきまで殺し合いをしていた相手とも思えない。
やはり何か深刻な症状を隠しているのかも。ベルが踏み込んで尋ねようとしたその時、周囲を眩い光が包んだ。本能的に、光の範囲から飛び退って外に出る。光は床を貫通し、天高くまで一筋に伸びていた。自然現象ではありえない光景。目を奪われるベルを現実に引き戻したのはアイシャの悲鳴だった。
身も世もない声にベルが慌てて駆け寄ると、アイシャは春姫に力の限り抱き着いていた。息苦しい様子で先ほどまで胸と背中をさすっていた春姫が今度はアイシャの背中をバシバシ叩いている。
「アイシャさん、春姫さんが苦しそうですよ?」
「ごめんなさ……すま、ないね。いや、本当に。大丈夫か春姫」
「……アイシャ様が、アイシャ様が何だかお優しい!」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないよ。あたしはいつでも優しいだろ?」
アイシャに笑みを向けられると、春姫はこくこくと頷いた。言わされている感があるのは気付かなかったことにする。どうあれ仲良しの二人だ。
「さっきの光は何なんです?」
「イシュタル様が天に還られたのでしょう。私の恩恵も消えてしまいました。アイシャさんも同じはずですが、レベルが高ければ高いほど恩恵を失った時の喪失感は強いものと聞いております」
「それでアイシャさんが何だか少しだけ頼りなくなってるんですね……」
その反面、レベル1で後衛と思しき春姫はそこまでの変化がないという訳だ。ベルには実感の沸かない話であるが、レベルが一つあがっただけでできることが格段に増えたことを考えるとそれがいきなりできなくなるというのは違和感が凄まじいだろうと想像がつく。強気なアマゾネスが弱気になることだってあるだろう。挙動不審にも拍車がかかっているようにも思う。先ほどまではちらちらと視線を送られていたが、イシュタルが天に還ってからは視線を向けようともしていない。全力で目を逸らされているのはベルもちょっと傷ついた。
「外が心配なので僕は行かないといけません。具合が悪いならアイシャさんを別の場所まで運びますがどうしますか?」
「……恩恵が、なくなったとは言え、ここはあたしたちの『本拠地』で……だ。寝る場所くらい解り、るよ」
「解りました。それでは僕は行きますので、お気をつけて」
「は、ああ。お、気を付けて」
言葉遣いが既に怪しい。それだけでもベルの後ろ髪を引くには十分だったが、今は自分とファミリアの危機を優先しなければならない。それではとその場から去ろうとするとベルを呼び止める声があった。
「ベル様、私も。何かお役に立ちます」
春姫が身を乗り出してくる。何か、と言われてもベルには春姫の使いどころが解らないどころか話がややこしくなる未来しか見えなかったが、春姫の決意はどういう訳か固いようである。助を求めアイシャを見ると、彼女はこちらに絶対に視線は向けまいと足早に去っていってしまった。女性の誘いをお断りするような根性をベルは持ち合わせていない。
「解りました。よろしくお願いします」
素早く荷物を回収し、嬉しそうに微笑んだ春姫を連れ出して階段を降りた。そこまでは良かったのだが、『女主の神娼殿』を出るよりも先に、春姫を伴った弊害は早速現れた。元々レベルに開きがあった上先ほどイシュタルが送還されたことで彼女は恩恵さえ失ってしまった。少し走って息切れし始めた春姫を見かねたベルは彼女を抱きかかえて走ることにした。
何故背負わないのかと言えば、背中には空から降ってきた装備箱を背負っているからである。重量は冒険者故にどうとでもなるが、アテナ・ファミリアの装備箱は背負う前提に設計されているためお腹の方に回すこともできないのだ。
胸元で指を組み静かにしている春姫は、黙ってベルに視線を向けている。その熱っぽい視線から逃げるように視線を逸らせば、先ほど揉みしだこうとして失敗した胸元が見えた。ベルが走るのに合わせて柔らかそうに揺れるそれは、春姫から漂う汗と香の入り混じった匂いと合わせて青少年には毒だった。
やっぱりおいてきた方が良かったかも。そう思っても上手い言葉が出てこない。こんな時アレンであれば何も言わずにダッシュで逃げるという方法が取れるのだろうけれども、まだ男レベルの低いベルにはそこまでの行動はできなかった。女の人を雑に扱うことにはどうにも抵抗があるのである。
とっとことっとこ。そんな気持ちだから走るスピードも遅い。一先ず野蛮な魔法使いに爆破されたと思しき場所に向かうと決め、『女主の神娼殿』を出て歓楽街へと出たが、土地勘の全くないベルはその場で立ち往生してしまった。
白髪赤目、武装した上で負傷しアテナ・ファミリアの装備箱を背負い、腕には一目で娼婦と解る狐人の少女を横抱きにしている。歓楽街で人目を集めないはずもない。ロキ・ファミリアのカチコミという惨事の中でも、ぎらりとした注目を集めていたベルだったが、春姫のおっぱいに気も漫ろな彼は気付きもしない。ベルのことしか見ていない春姫もそれは同様だった。
「ベル様、どちらまで?」
「爆破のあった北東の出入り口まで」
「でしたらそこの十字路を右に。裏路地を通ってまいりましょう。一人では歩くなとアイシャ様には言われておりますが、今はベル様がおりますし」
大冒険ですねと春姫は微笑む。笑顔一つで全てが許されるのだ。美少女は得だなと自分もその許した一人であることを自覚しながら路地に入る。相変わらず注目は集めたままだが、声をかける者はいない。ましてベルが向かった先は、大乱闘があった北東部だ。これには関わるまいと危険に敏い歓楽街の住民たちはベルたちから視線は逸らさず距離だけ取った。
そのことでベルたちの周りにスペースが空き、より遠くからでも彼らが見えるようになった。
例えば意見を求めずに人通りが多いことを覚悟の上で大通りを行っていれば入れ違いになっていたはずの面々と、通り一本近くなり周囲に人影がなかったことで気づかれてしまうというようなこともある訳だ。
何故か大回りを指示されたため時間ばかりかかってしまったと、道を急いていた茶髪のエルフは視界の端に見慣れた白髪を見て、思わず声をあげた。
「ベル!」
毎日聞いているパーティーメンバーの声に、ベルは身体を震わせた。居心地の悪さは気のせいではない。身に覚えがある上に歓楽街で女性を抱えてうろうろしている様は言い訳のしようなどあるはずもなかった。
レフィーヤはベルの白髪頭を見て喜色を浮かべて駆けてきたが、ベルが武装していることに違和感を覚え、近寄り、着崩した着物から一目で娼婦と解る女を抱えていることに気づいて顔をこわばらせた。最近ずっと一緒にいるベルには理解できた。アレは怒れる内心を強引に理性で押さえつけた時の顔だ。選択を誤れば爆発し、杖のフルスイングが来る。
ダメージとしては大したことがなくても精神的に痛いその攻撃が来ることが確信できたベルはもはや全てを受け入れてレフィーヤに向き直った。お姫様だっこをしていた春姫は申し訳ないが隣に立ってもらう。
怖い笑顔を浮かべたレフィーヤは、ことさら笑みを深くして春姫の前に立った。
「私はロキ・ファミリア。レベル3『千の妖精』レフィーヤ・ウィリディス。ベルのパーティメンバーです。貴女のお名前を聞かせていただけますか?」
「イシュタル・ファミリア。レベル1、サンジョウノ・春姫です。春姫が名となります。『女主の神娼殿』の娼婦です」
「へー、娼婦ですか。娼婦の方が、うちのベルと、何を?」
レフィーヤの視線はベルと春姫を交互に見つめている。言葉を区切るのが凄く怖い。修羅場の気配を察知したロキ・ファミリアの団員たちは『自分は無関係です』と言わんばかりに明後日の方を向いたり雑談に興じている。対して、我関せずを装っていた周囲の人々は遠巻きにではあるがベルたちの方に更に強い視線を向けていた。
自分が関係ないとなれば修羅場は格好のゴシップである。その当事者の片割れが時の人ベル・クラネルならば盛り上がりも一入だ。エルフだ、狐人だ、あいつ人間に興味ないのかと小声で好き放題言っている野次馬の声に耳を傾けながら、ベルはぼんやりと杖をぎりぎりと握りしめているレフィーヤを見つめていた。
そんなレフィーヤに何を? と聞かれた春姫は、はいと元気よく返事した後、おそらく深く考えずにありのままを返答した。
「この身を一晩お買い上げいただきましたので、同伴しました!」
「……なんですか金髪ですか狐耳ですか尻尾ですか着物ですか全部ですか言ってくれれば私だってそれくらい」
「え」
着てくれるの!? という内心が顔に滲み出ていたのだろう。ベルの顔を見たレフィーヤは顔を真っ赤にして羞恥と怒りを爆発させた。
「この、エロウサギっっ!!!」
誤算だったのは。杖を振りかぶったレフィーヤの突撃が思いの他激しかったことと、ベル自身の認識よりも、肉体が疲労していたこと。ポーションの回復を過信していたベルの身体は想像よりも相当に踏ん張ることができず、歓楽街の裏通りで二人ひっくり返ってしまった。
すわこのままおっぱじめるのか。無責任な歓声に包まれた歓楽街の路地裏は、ある種、この日一番の盛り上がりを見せた。