英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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カウントダウン①

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った空間に、自分の息遣いが酷く印象に残る。上から下までダンジョン行きの完全装備。ただし靴だけは脱いで裸足になったベルは、居並ぶ面々の前で型を披露していた。

 

 上座に座るのは武神タケミカヅチ。二刀指導の一つとしていくつかの型を教えてくれた神であり、今ベルが行っているのもその一つだ。戦闘行動より遥かにゆっくりした動きであるのに剣先一つの動きにも気が抜けない。

 

 歩法一つ、指先の動き一つおろそかにしないからこそ必要な動きが筋肉と共に身に付くのだというのがタケミカヅチの弁だ。実際一通りの型に取り組むようになってから動きも格段に良くなった気がする。その話をしたら小太刀に関しては最初の師匠と言っても良いリューが微妙にへそを曲げてしまったのだが。

 

 雑念が入った。無心、無心で身体を動かす。目の前に怪物がいるかのように身体を動かし周囲を冒険者に囲まれているかのように身体が動く。複数の状況を想定した一連の型は終盤に行く程に激しさを増していく。

 

 右の小太刀を振り、蹴りを入れて左の小太刀を繰る。斬り、蹴り、防ぎ、そして最後の渾身の右の突き――時間が止まったような沈黙の中、ベルは残心すると両の小太刀を納刀しタケミカヅチに向かって一礼した。ふむと彼が小さく頷いたのを見てベルは深々とため息を漏らす。

 

「まだ固い。だが動きは物にしつつあるようだ。急成長する身体にどうやって中身が追い付くかというのは種族に関わらず冒険者の永遠のテーマだが、お前はきちんと向かい合えているように見える」

「ありがとうございます」

「新たな型は必要ないだろう。教えた型をもう少し滑らかにできるようになったら次の段階だな。うち以外にも出稽古に行っているんだったか?」

「こちら以外だとアテナ・ファミリアとフレイヤ・ファミリア。個人だとリューさんにたまに面倒をかけています」

 

 アテナ・ファミリアでは主に格闘の指導を受け、フレイヤ・ファミリアではうんざりするくらいの基礎訓練と試合形式の稽古をして皆で沢山ごはんを食べる。どちらのファミリアも付いていくのがやっとだが、非常に充実した時間だ。

 

 その二つに比べるとリューの指導は回数が少ない。お仕事をしているリューの休みに合わせるのだから当然というかベルとしてはたまの休みに付き合ってもらうのは非常に申し訳がないのだが、リューは時間を見つけては声をかけてくれる。最近はアーニャも無理やり顔を出してきていて試合形式の稽古に付き合ってくれるのだ。

 

 歓楽街の騒動でレベルが4になりいつの間にか同じレベルになっていたアーニャは、ベルに十本勝負でぎりぎり勝ち越した事実に愕然とし、もっと早く始めればよかったにゃ! と心の底から絶叫した。先輩風をふかして色々したかったらしい。

 

「動きを見る限り個人指導にも問題はなさそうだ。ファミリア二つも継続で問題ない。アテナもフレイヤも同じ判断をするだろうが俺がお前を囲うつもりだと思われても面倒だから、あの二柱に何か言われたら俺がそう言っていたとそれとなく伝えておいてくれ」

 

 人の良いタケミカヅチの顔には金持ちと面倒を起こしたくないという感情がありありと見えた。眷属の質と稼ぎによってオラリオにおいての神の発言権は決まるという。ベルの所属するロキ・ファミリアやお世話になっているフレイヤ・ファミリアは上澄みも上澄みであり、主神自ら出稼ぎに行くタケミカヅチファミリアは零細も零細と言える。

 

「ベル様、お疲れ様です!」

 

 タケミカヅチの話が終わったと見た春姫が笑みを浮かべて手拭いを差し出す。ありがとうと応えてそれを受け取ったベルは、どこか寂しさの感じる板張りの道場にも映える艶ややかな金髪と赤い着物の美少女の存在にほっこりとした気持ちになっていた。

 

 タケミカヅチ・ファミリアの『本拠地』兼修行場になっているボロい――趣のある建物である。ベルたちは出稽古ということでそこにお邪魔していた。主に指導を受けるベルはほとんど立ったままだったが、それを観戦に来たパーティメンバーたちはずっと板張りの床に正座である。

 

 春姫などは文化的になれたものであるが、そうでない者には中々キツい姿勢だ。まだ身体が柔らかい方であるリリルカのダメージは辛うじて平静を保っていたが、レフィーヤなどはベルが頑張っているという事実を前にしていてもそろそろ限界だった。

 

 春姫が立ったのに合わせていざ離脱、と動こうとしてバランスを崩したレフィーヤは、隣のリリルカが支える間もあればこそ、その場で尻もちを――つかなかった。

 

「レフィ、大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 手を握られ、支えられたレフィーヤの顔は赤く声はか細い。最初にあった時は大分先輩だったはずなのにあっという間にレベルを追い抜かれてしまった。童顔なのは相変わらずだが流石に毎日真面目に鍛錬しているだけあって身体も一回り――とはいかなくとも半回りくらいは大きくなったように思う。

 

 頼りがいは――出てきてはいない。力及ばなくても身体を張るのも他人に優しいのも最初からだ。力を手にしても変わらずにあるというのは冒険者としては好ましい性質だとレフィーヤは強く思うのだが、無軌道に振りまかれる優しさのせいなのか、最近はベルの周囲に女性の影が()()増えてきたように思う。これからはより一層気を張ってベルの近くで目を光らせなくては、と他所のファミリアの『本拠地』で気持ちを新たにしたレフィーヤは、足をもつれさせたふりをして、周囲から見れば実にわざとらしくベルの腕の中に飛び込む。

 

 それに強く声をあげるリリルカと控えめに抗議する春姫をタケミカヅチ・ファミリアの男性陣は物欲しそうな顔で眺めていた。

 

 女にモテたいと日頃から強く願っている訳ではないものの、モテ期の到来している同性というのはどうしても目を引いてしまうものだ。異性にちやほやされたいというのは程度の差こそあれ、あらゆる生物普遍の願望なのである。

 

「今日はこれからどうする予定だ?」

「修理点検を頼んでいた防具と魔剣を引き取りにヘファイストス・ファミリアに。その後、備品の補充で『青の薬舗』まで行く予定です」

「ロキ・ファミリアと契約しているのはディアンケヒト・ファミリアではなかったか?」

 

 神付き合いの広い方ではないタケミカヅチであるが、流石に著名な神の基本的な交友関係は頭に入っている。というよりも、ある程度の規模のあるファミリアの薬品関係の取引は基本的にディアンケヒト・ファミリアが受け持っているため、それ以外を覚えておいた方が早いというのもあった。

 

 タケミカヅチとしてはただの世間話くらいのつもりで聞いたのだが、対するベルの反応は明朗快活な彼にしては歯切れの悪いものだった。

 

「それは、その……僕の個人的な事情があると言いますか……」

 

 見ればベルの周囲の面々の反応も良くはない。そこまでして行かねばならない事情があるようであるが、世情に疎いタケミカヅチには皆目見当がつかなかった。見かねたミコトが歩みより、主神に小声で耳打ちする。得心の行った武神は苦笑を浮かべた。

 

「強く気持ちを持っていれば拓ける道もあるだろう。精進しろよ」

「お気遣いありがたく頂戴します」

 

 新進気鋭時の人。地上の子供の身でこれほど名誉と耳目を集めれば気持ちも何もかも浮足立ち足が地から離れそうなものであるが、件の『白兎』はそうではないようである。良いことだと個神的には思うが、神ならぬ身の命は短い。もう少し欲張っていても罰は当たらないように思う。

 

 周囲の女たちがそれを補ってくれればと思わないでもないが、それこそ余計なお世話というものだろう。自分が武の神であって、若人を愛の祭壇に導くのが役目ではないのだ。

 

 ベルたちを眺めている視線の中に『そんなことを考えているんだろうな』と察したミコトは心中で深々とため息を吐いた。神であれば全てお見通し。そういう訳ではないという事実に神を呪うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちはヴェルフ」

「よう。お揃いだな」

 

 ヘファイストス・ファミリア『本拠地』内、団員個人に割り当てられる工房で事実上のベル専属の防具兼魔剣職人であるヴェルフはベルたちを出迎えた。

 

 ベル一人で来る時には上半身裸のラフな格好でいることが多いヴェルフであるが、連れがいるという話は事前に聞いていたためちゃんと服は着ており、サウナの方がまだマシと言われる

火事場も窓を全開にして空気の入れ替えが行われている。

 

 ざっくばらんな青年であるが付き合ってみるととても気遣いのできる人でベルも密かに大人の男だと尊敬しているのだ。

 

 大手のヘファイストス・ファミリア所属の鍛冶師であり、『魔剣鍛冶』クロッゾの末裔であり没落した本家と異なり実際に魔剣を打てる。防具作成の腕も悪くないというのは時の人であるベルが自ら広告塔となって宣伝され、ヴェルフの名前も一緒に広まっていた。

 

 実際彼を指名しての依頼はあるそうであるが、ベルの防具の調整及び作成以外は新規の仕事を受け付けていないらしい。それ以外の時間は全て鍛冶の勉強とその試行錯誤に充てているというからまさに鍛冶漬けの毎日である。

 

 密かにモテているという噂もベルの耳にさえ入ってくるが、これでは女性に時間を使う暇もないだろう。一度勉強なり作業に打ち込んだら一週間でも二週間でも誰とも会話しないということもザラである。

 

 もっとも、寝食忘れて仕事に打ち込み作業場で倒れているというのは職人界隈には良くあることのようで、ヘファイストス・ファミリアでは定期的に作業場を見回りする制度が導入されている。今のところその世話になったことはないぜ、というのがヴェルフの自慢の一つだ。

 

 椿などは駆け出しのころに十や二十ではきかないくらいの回数世話になっているそうで、酒の席でその話を持ちだされると容赦なく拳で応戦してくるそうだ。

 

 その椿は現在『本拠地』を留守にしている。新作のインスピレーションが降りてきたということで、試作品を山ほど抱えてダンジョンに出掛けいつ帰ってくるのかは未定だという。団長がそれで良いのかと思わないでもないが、鍛冶に情熱を捧げた結果というのであれば多少のことは許されるのがヘファイストス・ファミリアである。許されている以上団長の帰還日未定というのはベルにとっては驚くべきことであるが多少の範疇なのだ。

 

「点検は済んでる。まだしばらくは大丈夫だろう。流石にベルトは摩耗してたから新しいのに変えておいた。調整したいから一度試着してもらえるか?」

 

 調整してぴかぴかに磨いた防具のパーツをヴェルフはベル本人ではなくリリルカに渡す。防具の装着手順をベル以外に正確に理解しているのはリリルカだけだ。ベル様のために何かしたいですと言い出した彼女が覚えたことで割と接触の機会があることに気づいたレフィーヤも後から覚えようとしたのだが、その頃には防具のお手伝いはリリ担当という役割分担がベル本人の中でできあがっていた。

 

 私もやりますと言えばベルも受け入れるとは予想できるものの、少女のプライドが邪魔をしていた。大抵ベルは自分で防具を装着するので手伝う機会はそう多くはないのだが、0と1の違いは非常に大きい。0に何をかけても0でも1のその先は無限大だ。

 

「ヴェルフ様、ベルトが少し長くなってませんか?」

「預かる時に採寸したんだが身体に少し厚みができたみたいだからな。若干だが余裕を持たせておいた。成長中だってことを加味しても次のメンテまではもつだろう」

「確かに……少し筋肉がついてきましたね、ベル様」

「そうかなぁ」

 

 生まれてから毎日付き合っている自分の身体であるが、冒険者になって以降昨日よりも強くなれたという実感はあっても身体に関してはそこまででもない。ヴェルフやリリルカの言うように確かに筋肉はついたように思うが、ベルの筋肉の基準はオッタルなので、実測してようやく解る程度の厚みではないのと変わらないのである。

 

「僕としてはもう少し身長も欲しいかな……」

「もう一年くらいは悲観することもないだろ。冒険者になったからって身長が伸びたって話は聞かないが、ただの人間よりは可能性は高くなってる……はずだ」

 

 ヴェルフの声にも微妙に力がない。ベルにしても自分の年齢を考えるとそろそろ横はともかく縦に伸びるのは厳しい時期だということは解っている。成長期には個人差があると言っても限度があるのだ。それでも身長というのは知性ある生物にとっては中々デリケートな問題。ベルのように平均を若干下回っている男性だと猶更気になるものだ。

 

 ベルの内心が想像できるからこそ、彼とは逆に身長においては若干平均を上回っているヴェルフには声のかけにくいことだった。

 

「つけてみて違和感はないか?」

「ばっちりだよ。ありがとうヴェルフ」

「いいってことよ。仕様について注文があったら都度言ってくれよ。次に作る時の参考にするから」

「鎧もいくつか持っておいた方が良いと思う?」

「現状はいらん。鍛錬してるのを見る限りお前は足を使った前衛寄りの中衛タイプだからな。お前が前に出て身体を張らにゃならなくなる状況を何としても避けるために常に動く必要がある。動きを阻害しない鎧一つ。これで十分だろうというのが防具職人としての意見だが、破損した時の予備はあった方が良いと思って用意しておいた。今の鎧の試作品を同じように調整しておいたから、ベルトの予備と一緒に持っていってくれ」

「魔法攻撃やブレスにも対応する時はどうしたら良いのでしょうか?」

 

 リリルカの問にヴェルフは顎に手を当てて小さく唸る。

 

「それが必要になるのはもう少し先の話になると思うが、防具そのものに付与するよりは各々対応できるような外套を用意した方がベルの場合は良いだろうな。こういうものが欲しいというリクエストと素材を持ってきてくれれば作るから言ってくれ。とは言え、バックラーくらいは持ってても良いとは思う。試作品がその辺に転がってるから持って帰って使ってみてくれ」

 

 その辺と言われるとざったに聞こえるが作品の扱いに関しては割と几帳面なヴェルフである。残すと決めた物は試作品であってもきっちり整理されており、目当てのバックラーはすぐに見つかった。

 

 さ、とリリルカが正面に構えたバックラーに春姫がえいえいとパンチをして遊んでいるのを横目に眺めつつ、ベルはそう言えば、と話を続ける。

 

「新作の魔剣はどう?」

「正直上手く行ってない」

 

 想像していた通りの内容とヴェルフの渋面に、ベルも苦笑を返した。彼の差し出す鞘に納められた魔剣を抜くと、緑色の透き通った刀身が露になる。

 

「第一号の『不滅ノ炎』に続いてこいつは『緑の賢帝(シャルトス)』と名付けた。補充可能な風の魔剣を目指して作って実際にもう俺の想定を満たす水準には達しているんだが」

「すごいじゃありませんか。何が問題なんですか?」

 

 魔法使いの立場からレフィーヤが目を丸くして褒めるが、ヴェルフの顔はそれに反して非常に渋かった。

 

「事実上俺はベルの専属だからベルが使うことを想定して作ってる訳なんだが……ベルにはこいつを補充する手段がない」

 

 あー、と一同から気のない声が漏れた。

 

「現状のコンセプトだと、他の属性の魔剣を作っても同じ属性の魔法を使える奴じゃないと使いにくい訳だな。それでも炎はまだ良かったんだ。炉にでも放り込んでおけば勝手に補充できたからな。だが他の属性だとそうはいかない。ちなみにこの『緑の賢帝』を工房の外に天日干しで補充しようとすると、満タンになるまで百年はかかる計算だ」

「からっとした良い風が吹きそうですね」

「洗濯物乾かすには良いな。まったくベルが炎を魔法を使えるようになったのは俺にとっては天の助けだな」

 

 ころころ上品に笑う春姫にヴェルフの顔は渋い。作る前に想定できたはずのことを作ってから気づいた職人の顔である。苦り切った顔のままのヴェルフは工房内に視線を彷徨わせる。

 

「お前らのとこのヴァレン某は確か風の魔法使えたような気がするが」

「アイズさんは近づいて斬るのが大好きな女性ですからあまり使ってはくれないんじゃないかと。後はその、何と言いますか……大分感覚派の人なのでレポートには向かないと思います」

「そうか……」

「一応僕が預かるってことで良い?」

「それが良いだろうな。あまりお前と遠い奴に貸し出すと受けるつもりのない魔剣作成依頼が今より増えちまう」

「随分高い壁にぶつかっておられるようですが、解決のアテはあるんですか?」

「痛い所を突いてきやがるなぁリリスケ。だが現状のまま進めていっても効率化ができるだけで理想の実現はできんように思う。素材の問題形状の問題。突き詰めていけるところはまだ腐るほどあるが、魔法に関しても真剣に学んでいく必要があるんだろう。俺も別に全く使えない知らない訳じゃないが、本職に比べると知識はさっぱりだ」

「私と同じロキ・ファミリアでベルとそれなりに親しくて口が堅く貴方に喜んで協力してくれる魔法使いに一人心当たりがありますよ」

「本当か!?」

「はい。アリシア・フォレストライト。覚えておいでですか?」

 

 ヴェルフは首を傾げる。職人というのは複数の顧客と並行してやり取りをするのが普通のため人の名前と顔を覚えるのが苦手という者には務まりにくい職業である。ヴェルフも実家にいた頃から職人としての対応をしてきた手前、顔と名前を覚えることはそれなりに得意であると自負していたのだが、アリシアという名前はともかく、その姓がフォレストライトである魔法使いには全く覚えがなかった。

 

 だがロキ・ファミリアで魔法使いでレフィーヤに関連があるならエルフだろうと思索を進める。その条件で自分に接点のある冒険者は少ない、というか一人しかいなかったためすぐに思い出せた。

 

「俺が『黄昏の館』に行った時に突っかかってきたエルフの姉ちゃんだな。すげえ剣幕だった気がするが……協力してくれるって?」

「ええ。あの後ベルや私から話を聞いて考えを改めました。貴方に関係のないことで一方的に批難したことを謝罪したいとずっと言ってましたから、一度食事にでも誘って改めてお願いすれば二つ返事で引き受けてくれると思います」

「そんなもんかね?」

「そんなもんです」

「解った。じゃあ、お前さんに仲介を頼めるか? 俺が合わせるからそっちの都合の良い日を教えてくれ」

「承りました。連絡をお待ちください」

 

 すまし顔で小さく頭を下げつつもレフィーヤは内心でほくそ笑んでいた。どうですか私はこれくらいデキるエルフなんですよと得意気にちらりとベルを見てみたりもする。アリシアとは知らない仲ではないがそんなことになっていたとは知らなかったベルは、いきなりぎろりと視線を向けてきたレフィーヤに腰が引けていた。

 

 何か悪いことをしたかしらと考えてみても思いつかない。程度の差こそあれ女の子というのは機嫌が急降下することのある生き物だと最近学んだベルは、慣れないドヤ顔は睨みつけるのと大して変わらないのだということまで学んでいなかったのでフィンの真似をして曖昧に笑って受け流すことにした。

 

 ベルが笑みを返したことで自分の意図が伝わったのだと勘違いしたレフィーヤは今度は普通に花咲くように微笑んですまし顔になる。ベルはますます意味が解らない。さっきの怖い顔は何だったんだろうと内心で首を傾げるも、答えはどこからも返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎧と魔剣を受け取ったベルたちは一路『青の薬舗』に向かった。ミアハ・ファミリアの『本拠地』でもあるそこはオラリオに複数ある薬師系ファミリアの営む商店としては――団員の友人としての気まずさを押し殺して正直に言うのであれば、零細寄りのファミリア()()()

 

 経営が上向いたのも最近のこと。その原因である女性に会いに行くのはベルとしてもどうにも気まずくそれ以上に気まずく思っているらしい春姫などは『青の薬舗』が近づくにつれてどんどん挙動不審になっていた。

 

 できれば行きたくないと顔に書いてあるが、春姫は連れて来いと言われているのでそういう訳にもいかない。ベルの手を掴んで離さない春姫を半ば引きずるようにしながら『青の薬舗』の前に着くと、ちょうど見知った顔がぞろぞろ出てくる所だった。

 

「おう『白兎』じゃねえか」

 

 よっすと気さくに手を挙げるのは元イシュタル・ファミリアのアマゾネスたちである。いかにもアマゾネスという服装の彼女らはどちらかと言えば閑静なこの場所では若干浮いていたがそんなことを気にしないのがアマゾネスだ。

 

 先頭のサミラ以外は名前も知らない間柄であるが、歓楽街で大立ち回りをしたベルはアマゾネスたちには特に有名なのだ。

 

「こんにちは皆さん。備品の調達ですか?」

「おうよ。最近本業ばっかりで身体鈍っちまったからな。ちょっとばかし気合入れて遠出するから、アイシャに色々見繕ってもらったところさ」

 

 アマゾネスたちは五人組であるが、全員薬品の入った大袋を下げている。全員が前衛という尖ったパーティであっても必要な薬品の量というのはそう変わるものでもない。足が早い訳でもないから、この手の商人は基本多めに買うというのが定番である。余ったら同業者に売るか分ければ良いのだ。

 

「アイシャさんは中に?」

「お前のこと首を長くして待ってるぜ。やっぱりアマゾネスに生まれたからにゃああなりたいもんだな。お前らんところの姉妹の姉もまぁまぁキマってたがアイシャに比べたらまだまだだ。アイシャはこれ以上ないってくらいのガンギマりだ」

「そんなに違うものなんですか?」

「まぁアマゾネス以外にゃ解りにくいかもな。だが、あたしたちなら一目で解る。『白兎』も精々あがいてみな。あのアイシャは手ごわいぜ」

 

 がははと笑ってアマゾネスたちは去っていく。アイシャが手ごわいなどと言われるまでもない。世界で二番目にそれを実感しているベルはレフィーヤとリリルカにそっと目配せをする。

 

「それでは春姫はお外で平和に日向ぼっこでもしていますのでどうぞ皆さまはご歓談をお楽しみくださいませ――」

「さ、皆行くよー」

「離して! 離してください!」

 

 世界で一番アイシャの手強さを実感している春姫を逃げないように三人で拘束し、『青の薬舗』へと入る。ポーションの製造販売を担う施設はどこも似たような香りがするものだが、ロキ・ファミリア御用達のディアンケヒト・ファミリアの販売店と比べて、ここは薬品の香りが濃い気がする。

 

 それが落ち着いた雰囲気の店内には合っているように思えた。薬品がずらりと並んだ奥にあるカウンターの手前。アマゾネスたちの外での会話が聞こえていたのだろう。ギルド職員のようなスーツの上にエプロンをつけたアイシャは、ベルたちの姿を見て穏やかに微笑んだ。

 

「いらっしゃいませ、皆さん。『青の薬舗』へようこそ」

 

 

 

 

 

 

 

 全員が娼婦という元イシュタル・ファミリアのアマゾネスたちのほとんどは、歓楽街を根城にする他のファミリアにあっさりと就職を決めた。本人たちは娼婦を続けられるならばどこでも良く、彼女らを受け入れるファミリアも、これまではライバルとして彼女らの実力を知っていたから受け入れるのもすんなりだ。

 

 元商売敵ということでそれなりの確執があっても、そこはプロである。色々あった過去を同僚になった今蒸し返すのもプロのすることではない。お互いにプロ意識を持っている娼婦たちは自分たちの利益が脅かされないのであれば、大抵の物事は飲み込み上手く世界を回すのだ。あれ以来歓楽街には周囲の目が怖くて足を運んでいないベルの耳にも、アマゾネスたちの好意的な評判は届いている。

 

 そんな中、きっぱりと娼婦から足を洗ったアマゾネスが一人。それが目の前にいるアイシャである。誰もが何故にと思うミアハ・ファミリアという就職先であったが、友達のナァーザに聞いた所に依れば働きぶりは真面目の一言であるらしい。

 

 彼女も最初は元娼婦ということで風紀の乱れやら客層の悪化を警戒していたそうだが、自分と同じく肌の露出の全くない服装に、仕事の合間には薬学の勉強。レベルの低いナァーザのことを団長先輩ときっちり立て、果ては彼女目当てのアマゾネスたちを顧客として掴み売り上げにまで貢献してくれている。

 

 今では少し年の離れた友人として仲良くしているそうだ。オススメの香水やらお化粧の仕方を教わったんだと楽しそうに話すナァーザにはベルもほっこりしたものだが、それが彼女らが女性同士で、同僚だからである。

 

 穏やか真面目であるアイシャのベルに向ける視線は熱のこもったものだった。獲物を狙う怪物の方がまだマシというその熱は非常に粘着質であり、ベルの身体にまとわりついてくる。それは当然錯覚ではあるのだが、異性との機微に鈍いはずのベルでさえも理解できてしまうほどアイシャの視線は質量と指向性を持っていた。

 

 ベルに近づく女性には何かと警戒心を持つレフィーヤとリリルカも、どういう訳かアイシャにはそれなりに好意的だ。オススメポーションの説明を聞いている二人は、アイシャは娼婦から足を洗って真面目に更生したのだと半ば信じているようである。

 

 ベルとて信じていない訳ではない。真面目な恰好もポーズではなく、驚くべきことに本心からやっているらしい。同じような変化をしたアマゾネスとしてティオネが知られているが彼女は努力して今の立ち振る舞いをしているものの時々地が出ており、そこまで馴染んでいないのがベルからも見て取れる。

 

 だが目の前にいるアイシャはそうではない。元同僚のアマゾネスたちが言うようにガンギマりであり今の状態が元からであったかのように馴染んでいる。中身が入れ替わったんじゃないかと見紛う変化はアマゾネスの界隈では一生を捧げる程の相手を見つけた状態で、全てのアマゾネスの羨望の的なのだ。

 

 元々アイシャがイシュタル・ファミリアでも責任のある立場でコミュニケーションをしっかりとっていたというのもあるのだろうが、決して大手ではない『青の薬舗』にまで態々アマゾネスたちが足を運んでいるのは、アイシャの幸運にあやかろうと思ってのことである。

 

 友達のお店が繁盛してベルも喜ばしく思うが、その変化を好意的に受け入れることができない者が一人いた。

 

「ベル。春姫は迷惑をかけていませんか?」

「凄く助かってます。皆ともすぐに打ち解けてくれました」

「そうですか。だと良いのですが……」

 

 アイシャの目がちらと春姫を見る。頼みのレフィーヤがポーションの物色を始めてしまったので春姫はベルの背中から動こうとしなかった。今もアイシャの視線から隠れるように身を縮こまらせている。

 

「イシュタル・ファミリアでは私が主に面倒を見ていたのですが、この娘は本当に鈍くさくて冒険者ができるのか心配でした。ベルや皆さんが一緒なら大丈夫だとは思いますが、春姫のことよろしくお願いしますね」

「お任せください」

 

 微笑ましいやり取りにも、春姫はがたがた身を震わせるばかりだ。ベルたちの中では唯一ある程度の付き合いがあったせいか、春姫は精神的にアイシャの変化を受け入れることができないらしく、穏やかに話すアイシャを見るとこうなってしまうのだ。

 

 今のアイシャはとにかく怖いのだという。怒られる覚えがある子供が、笑顔の親を見た時に悪寒を覚えるとか、そういうものの親戚だろうとリリルカは分析している。

 

 春姫も今のアイシャのことが苦手なだけで彼女のことを嫌いな訳ではなく、アイシャの方も春姫のことを心底大事に思っているのはベルも解っている。仲良しにだってちょっとした行き違いはあるものだ。春姫たちのこれもそのうち治るだろうと楽観視している。

 

「これはナァーザさんから。今日はミアハ様について外に出ているので。試作品のポーションです。使った感想を聞かせてほしいとおっしゃっていました」

「いつものですね。ありがとうございます」

「ご要望の品などありますか?」

「ではこちらのポーションを――」

 

 パーティの備品管理をしているリリルカが共用分のポーションを一括で注文していく。ベルたちのロキ・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアから一括で商品を購入しているがそれは眷属全員の共用である。それが少なくなってきたら発注担当の眷属が持ち回りで足を運んで必要な分を注文するという仕組みだ。

 

 購入した商品は『黄昏の館』まで届けられ、眷属はレベルに応じた費用を支払ってファミリアから購入する。大量購入の割引に加えレベルの低い眷属ほど更に割り引かれるため収入の低いうちは非常に助かる一方、収入のあるレベルの高い眷属はできる限り遠慮するという暗黙の了解がある。

 

 リリルカと春姫はレベル1だがベルとレフィーヤはそれぞれ4と3であるため、一括購入した商品は微妙に使いにくい。レベルの高低はパーティを組んでいる場合、その平均レベルで判断されるためだ。個人で購入しようとロキ・ファミリアであるというだけでディアンケヒト・ファミリアの割引はある程度適用されるため、品質と価格を秤にかけるとあちらで購入した方が費用は安く済むのであるが、こういうお付き合いも大事ですよねとお財布を預かるリリルカも納得の上で付き合いは続いている。

 

 リリルカとアイシャのやり取りを横目に見ながら、ベルは『青の薬舗』の店内をぐるりと見渡す。すると店内の一角に空になっているスペースがあることに気づいた。商品はなくなり次第補充する仕組みであるから、ここにあったものを購入したのは先のアマゾネスたちだろうと察しはつく。

 

「アイシャさん、あそこには何があったんですか?」

「セット販売のポーションです。普通のポーション、マジックポーション、解毒ポーションを2:1:3の割合で混合できるように分量を調整したものを売っています」

「混ぜる前の状態で売ってるんですか?」

「混ぜて売ると目を付けられる可能性がありますので」

「……危ないものですか?」

「生命に危険があった、という事例は聞いてませんね。『女主の神娼殿』では混ぜた状態のものを原価の三十倍で売っていましたが飛ぶように売れていましたよ」

 

 ああそういう類のものなんだなとベルでも解ってしまった。ナァーザがアイシャをすんなり受け入れた理由が解った気がする。いずれにせよ僕には早いと判断したベルはそうなんですかと話題を切り上げて逃げようとするが、アイシャはさり気なくさりげない動きでベルの足先に回り込む。ベルより10Cも身長が高いため、近い距離で正面に立たれると目のやり場に困ることになる。

 

 露出がないのにものすごい存在感のある胸部に目を向けないようにしつつ、小言を言われる覚悟で視線で助けを求めるも、レフィーヤたちはポーション片手に女同士で話の花を咲かせている最中だ。アイシャがベルにかかりきりになると見るや、春姫は一目散にレフィーヤの方に逃げてしまった、そのタイミングを狙ったのだろう。アイシャの声は徐々に小さくなり、ベルにしか聞こえないくらいの囁き声になっている。

 

「イシュタル・ファミリアのアマゾネスたちは各々隠し味を加えていました。私も最近、新しいブレンドを開発しましたので――」

 

「――今晩、私と一緒にいかがですか?」

 

 己の身体でレフィーヤたちの視線を遮ったアイシャは、ふっとベルの耳に息を吹きかけた。

 

 身も世もないまるで少女のような悲鳴が『青の薬舗』に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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