英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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カウントダウン③

 

 

 

 

 

 

 

 

 通称『白兎』パーティの陣形は現状は一択である。唯一前衛を請け負うリーダーであるベルが先頭を歩きついでに斥候の役割までこなす。その間にリリルカ、春姫が入り、後衛ではあるがベル以外の残りの三人の中ではレベルが高いレフィーヤが最後尾を歩く。今回は春姫がいないので三人での実行だ。

 

 いずれティオナが入ることは内定しているので編成をどう弄るかを考えるのがベルがリヴェリアから出された宿題である。いっそ違うファミリアの冒険者とパーティを組んではどうかという案も出ているがそれは現在のパーティメンバーから反対されていて実現していない。筆頭候補としてアイシャが挙げられているためである。

 

 未来のパーティ構成はともかくとしてリーダーとしての自覚を持ち責任をある程度負うようになってからベルの視点は格段に広がった。何でもかんでも自分が僕がといった状態から他人を信頼し任せるようになったというべきか。

 

 フィン曰く『ほぼ全ての冒険者が徒党を組む意味を身体で実感した』ということである。その方が便利でその方が強くそれ故に生きて地上に戻れる確率が上がる。それを実感できれば良い意味で他人を頼れるようになるし、リーダーとして他人を使うことも覚えられる。

 

 ベルももうレベル4だ。大抵の団はレベルによって職位が決められているのでオラリオに存在するほとんどの団で団長が務まるレベルであるのだが、あらゆる最短記録を更新中である彼はいくらなんでも才能では補いきれないくらいの経験不足という問題に直面している。

 

 ダンジョンの探索は命がけだ。そういう状況で命を預ける相手としてベルはまだ不安が残るのだ。少しでも経験を積むためにリーダーをさせ自分で考えさせようとリヴェリア発で行われている訳だが、全幅の信頼を置くパーティメンバーに恵まれていることもあってかこの育成も上手く行っていた。

 

 既に準幹部であるレフィーヤはある程度そういう教育を受けていたこともあり、ベルの良き相談相手となっていた。リリルカも不遇を託っていたが頭は良く回り、今も知識を貪欲に吸収している。唯一春姫だけが総合能力において開きがある状況であるが――先ごろまで面倒をみていたアイシャなどはダメ狐やらポンコツなどと評している――それも時間が解決するだろうとベルたちは楽観的だ。

 

 大規模な乱闘が続いたこともあってロキ・ファミリアの貯蓄は底が見えつつあり、大遠征が無期限に延期されたのも奏功している形である。このまま順調に成長すれば次の大遠征の時には人を預けることになるだろうというのが教育担当であるリヴェリアの読みだった。

 

「ボウガンはどう?」

「リリの腕力でも使いやすい狙いやすいというのはあるんですが……」

 

 せっかくだからと様々な武装のお試し期間をしているリリルカが現在の武器であるボウガンを見下ろす。ボウガンとしてはそれほど大きなものではないのだが、小人族であるリリルカが持つと大きさが際立って見える。しかし先ほどもモンスターを仕留めて見せた相棒を見るにしてはリリルカの視線にはどうにも熱が籠っていなかった。

 

「リリが貧乏性というのもあると思いますが矢の消耗が頭をちらついてしまいます」

「武器を使ったって消耗はしますよ。ティオナさんたちの話を聞くと弓というのはむしろ安上がりにさえ思えます」

「不壊属性を修復するという話を最初に聞いた時は何の冗談かと思いました」

 

 リリルカの言葉にベルも大きく頷いた。

 

 武器そのものの形質をその効力が切れない限り保全する力が働くというだけで、その力そのものは摩耗するしそれを超過するダメージが入れば武器は破損するのだ。武器に付与できる程度のものはそこまで便利な代物ではないというのはベルの専属鍛冶師であるヴェルフの言である。

 

「そう言えばリリもリヴェリア様に課題を出されたんだよね」

「何か一つ近接戦闘ができるように武器を決めておくようにとのことでした」

「パーティでの適正レベルの階層に行く時はベルにほとんどお任せですが、そうでない時には出番もあります。いざという時に動けるかそうでないかは大事ですよ。私も最初に言われた時は半信半疑でしたが今はありがたみを実感しています」

 

 レフィーヤの場合はほぼ選択の余地なく杖術ということになった。ポジションがリヴェリアと同じかつ、既に彼女が杖術を修めていたからだ。故郷では親友以外には負けたことがないというリヴェリアの杖術の指導は中々に苛烈で自他共に認める真面目さんであるレフィーヤをしても指導の度に憂鬱になるほどだったが、それなりにはなったと言われる今では同じレベルの前衛相手にもちょっとは時間を稼げるようになった。

 

 そもそも後衛職でありながらレベルが下の時のベルの組手の相手ができたのは、憂鬱になりながらもリヴェリアの指導を受けきったからである。終わってから実感するありがたみとはこのことだと後になって感動したものだ。

 

「武器はもう決まったの?」

「無難に短剣ということになりそうです。動く時に邪魔になりませんし」

「まぁそうだよね……」

 

 本職としないのであれば邪魔にならないというのは十分、武器を選ぶ理由になる。

 

 身体が小さい手足が短いそれ故に非力という近接戦闘においては壊滅的なハンデを抱えている小人族は冒険者をやるにあたって種族としての売りがない。少なくともリリルカはそのように認識している。

 

 それでは諦めますでは野垂れ死ぬしかないので試行錯誤自体はソーマ・ファミリアの頃から続けている。もっとも、前ファミリアの時に自分の力量で生存を第一にするなら一番手をかけるべきはブーツという結論に達したので装備にまで気を遣う余裕もお金もなかった。優しい仲間に安心して眠れる寝床に明るい未来を信じられる日々。改宗して良かったと心の底から思える瞬間である。

 

「重い武器に適性があれば良かったんですけどね」

「以前にリリも何度か試しましたが立ち回りに不安がありました。斧の専門家のガレス様の意見ならやはり尊重するべきかと」

 

 先日リリルカのスキルである『縁下力持』で重い武器を振り回せるのではとレフィーヤからの発案があったのだ。ベルもそれは考えたのだがリリルカのスキルが発現したのは昨日今日の話ではない。

 

 彼女くらい頭が良ければ一度はそれを試したのではないかと思ったのだが、真剣な表情のレフィーヤに押し切られる形で先日試してみたのだ。

 

 確かに軽々と身の丈を超える斧を持ち上げることはできた。常に己の体積の二倍以上ある荷物を背負っているのだから当然ではあるのだが、それが武器ともなると趣も変わるもので事前に持てない理由があると考えていたにも関わらず皆で一緒になってすごいかっこいいと囃し立てる側になってしまったベルである。

 

 そうなるとリリルカの方も悪い気はしないもので斧やらティオナの大双刃やらを借りてきてかっこかわいくポーズを取ってみたりもしたのだが、たまたま通りかかったガレスがリリルカの立ち姿を一目見て危険だからやめた方が良いと言ってきた。

 

 明らかに身体ではなくスキルで振っている。ガレスとて腕力の大半は恩恵によって生み出されているものであるが、それはロキとの契約が切れない限りガレスの身体に宿っているものでいきなり途切れる類のものではない。

 

 リリルカの場合は持ち上げて動かすことはできるが振り回すには不安の残る立ち回りをしているというのだ。そんなことはレフィーヤも反論したが、じゃあ振ってみろとガレスに言われて斧を一振りしたリリルカはその場でひっくり返ってしまった。斧の慣性に身体が追い付いていない証拠である。

 

 状況に応じて発揮され増減する力はとっさの時に踏ん張りがきかないのだ。受け止める時には力がみなぎっていなければいけないのに受け止めてから力を発揮するのではどう考えても遅い。

 

 実演はこの時初めて見たがベルもガレスと同意見だった。斧の慣性にもスキルは効果を発揮しているようではあるが、かかる慣性ではなくかかった慣性に応じて力が発揮されているように見えるため力の瞬発力にもかけている。重い岩を持ち上げることはできても転がってくる岩を受け止めるのに難儀するのであれば、重い武器を持って重い攻撃を受けるのは自殺行為である。

 

 レベルが上がればラグも減るだろうことは想像に難くないが、重量武器を使いこなすために危ない橋を何度もわたって身体で覚えなければいけないのであれば得られる成果がリスクに見合わない。前衛はそもそもリリルカの役割ではないのだ。保険をかけるために危険を冒すのでは本末転倒である。

 

 リリルカは以前に試していたこともありガレスの言葉はその追認でしかなかったのであるがこれにレフィーヤがやたら食い下がった。

 

 武器を持ちダンジョンを駆け仲間のために戦う。冒険者を志すのであれば誰もが一度は夢に見る光景だ。各々には適性があり生存のために向いている方向にシフトしいずれ妥協するものであるが、華は華で夢は夢である。そのチャンスがあるのであれば掴ませてあげたい。長い時間一人で燻っていたリリルカのことを思えばレフィーヤの言葉にも力が籠った。

 

 それでも言葉で早々現実は覆ったりしない。ティオナも交えてメンバーで協議した結果、重量武器を振り回すのはしばらく様子を見ようということで落ち着いた。それでもレフィーヤは食い下がったのであるが、最終的にリリルカの安全を持ち出すことで渋々引き下がった。

 

「レフィーヤ様」

 

 この話を持ちだす度に無念を顔に滲ませるレフィーヤにリリルカの心は逆に温かくなる。自分のためにここまで考えてくれる仲間がいるのだ。これからもっと頑張らねばと気持ちを新たにすると共に、レフィーヤの手を握る。

 

「リリのためにありがとうございます。大好きです!」

 

 感謝と好意は言葉にして伝えよう。ティオナの発案で決めたパーティの決まり事である。言い出した本人だけあってティオナはこれに全く抵抗はなかったのであるが、気持ちを言葉にするというのは性格によっては中々ハードルが高いものだ。

 

 それでもティオナと既に仲良しになっていたリリルカがこれに続き勢い任せの行動は誰よりも得意な春姫が羞恥心を克服した。この時点でレフィーヤはパーティ女性陣の中でドベになってしまった。そういう行動に抵抗はあるのだが皆がやっているのにやらないという選択肢はない。羞恥心が邪魔をしているだけで感謝好意を形にするというのは良いことなのだ。

 

 これは正しいこと。これは必要なこと。これが初めてではないのに羞恥心に言い訳をしないと動いてくれない身体を叱咤しながらそれでもじっと自分を見つめるリリルカの視線から逃れるようにしぼそりと呟く。

 

「仲間として当然のことです。私も大好きですよリリ」 

「レフィーヤ様!」

 

 ひしと抱き着いてくるリリルカの身体をレフィーヤは黙って受け入れる。抱きしめ返してやれば絵にもなろうがいつもの荷物が背負われたままなので抱き着かれている側としては微妙に暑苦しいし重苦しい。

 

 それでも好意を言葉と行動で示し示されるのは悪いものではないと思った。単純明快に生きる方が物事の真理に早く辿り着くことがあるというが、ティオナの発案の割に中々良いじゃないかと照れ隠しの上から目線で気を逸らしているレフィーヤを他所に、そんな二人を眺めていたパーティリーダーのベルは別のことを考えていた。

 

 緊急時にこそリーダーであるベルの判断が他全員よりも優先されるが、それ以外の方針は全員での話し合いを経た上で多数決で決めるというのが『白兎』パーティのルールだ。先の仲良し行為はティオナが発案しベル以外の全員の賛成でもって可決され晴れてパーティの規則として追加されたのだが、それは当然パーティメンバー全員に適用されるため、リーダーであるベルも対象となる。

 

 それは女の子同士だけで良くない? という善の心と女の子と触れ合うチャンスだ! という悪の心がベルの心中では大激闘を繰り広げている。羞恥心込みで今のところ善の勢力が勝っているためまだベルは一度もアレをやったことがないのであるが、レフィーヤを抱きしめながらそんな葛藤するベルを見てリリルカは後一押しだなと察した。

 

 時の人『白兎』とて人の子。どれだけ奥手に見えても性欲はあるのだ。

 

 仲良しになるという名目に嘘は勿論ないが、本来の目的はベルにこれをやらせることとパーティとそれ以外の異性に精神面において今よりも明確に線引きをさせることだ。後者の目的は達成されつつようであるので、後はベルにこれをやらせるだけ。行動が伴えばより自分たちを意識するようになるだろう。

 

 お泊りの際にティオナからこの話を聞いた時はこんなに賢い人だったのかと驚いたリリルカであるが、男をハントすることにかけてはあらゆる種族の雌よりも研鑽を積んだアマゾネスである。その血のなせる業だろうと思うことにして率先して同意した。

 

 レフィーヤから離れて視線を向けるとベルは慌てて顔を逸らした。そんなに凝視するなら混ざれば良いのに。リリならいつでも大丈夫ですよ! と本心は言葉にしない。あまりオープン過ぎるのもベルには受けないのだと春姫や運命のエルフとの距離感を見て学んだリリルカである。

 

 ここにきてアイシャが急に距離を詰めてきているが、あれは娼婦として積んできた膨大な経験があるからだろう。あれが本来のアマゾネスの姿なのだと考えると、ティオナの方針が余計に子供っぽく見えるがそれはともかく。こっちで囲い込んでおけば外からのアプローチもある程度は防げるはずだというのがリリルカが賛成した理由でもあった。

 

 ベル・クラネルはモテ要素の塊だ。高位の冒険者というだけでもアレなのに彼は十代の少年と若く何より種族が人間だ。異種族同士のカップルは珍しいものではないが、こと婚姻となると同じ種族に収束される。異種族では子供ができないからだ。

 

 例外は三つ。どの種族の雄とも子供が作れるが生まれる子供が例外なくアマゾネスとなるアマゾネスと、雌雄どの種族とも子供が作れる人間、および人間の血を引くハイブリッドだ。このうちハイブリッドは人間の血が薄くなるほどに子供のできる確率が下がる傾向にあるが、純血の人間であればこの点は関係ない。

 

 稼げる冒険者、交配可能、加えて容姿に優れるとなればオラリオの雌どもが放っておく理由がない。ここまで見越していた訳ではあるまいが、早い段階でリヴェリアが囲いこんでいなければ、誰かがとっくに手を付けていたことは想像に難くない。ベルは奥手ではあるが女からの押しには弱い。だからこそ囲いこんで守ることと、定期的に悪い虫がついていないかをチェックする必要があるのだ。

 

「ところでベル様。最近随分おモテになるようですが、どなたからかお誘いを受けたりしませんでしたか?」

 

 最近随分とはいうがこれと言ってそう感じたことがあった訳ではない。ある種のかまかけだったのだが、リリルカに問われたその瞬間、ベルの顔に面白いくらいに動揺が走った。女としては笑いを誘う光景であるが当事者の一人ともなるとそうも言っていられない。僕はできれば皆には黙ってたいようなことを女の人に言われました。顔にはっきりそう書いてあるベルにレフィーヤとリリルカは無言で視線を向けた。

 

 ダンジョンにレフィーヤがかつん、かつんと地に杖の石突を打ち付ける音が響く。機嫌が下降している時の彼女の癖にベルの顔が青くなっていく。これだけ態度に出るのだから一夜を共にしたとか深い関係になったとかあるはずもない。言いたくないことでも少年らしい微笑ましいことであるのは想像がつくが、それを許せるかどうかは別問題だ。

 

 無言の圧力に耐えきれなくなったベルが、絞り出すような声音で言う。

 

「アミッドさんから食事に誘われました……」

「それはそれは。どういう口実で?」

「ファミリアの新作のポーションを作る予定だから顧客として意見を聞きたいって。制作班の団員も連れて行くって言ってたから二人きりとかではないよ本当だよ」

「その制作班は急な予定が入って来られなくなります。待ち合わせの場所には妙に胸元の開いた服を来たアミッド・テアサナーレ様がいることでしょう。全財産賭けても良いです!」

 

 リリルカの全財産を賭けるは相当な確度がある時に出てくる言葉である。ベルとしては首を捻るような予想であるが、彼女の中では確信に近いものがあるのだと解った。ちらとレフィーヤを見れば難しい顔をしたまま首を縦に振っていた。こちらも同意見のようである。

 

「……断った方が良い?」

「いいえ。一度お受けした話をこちらの都合で断ると言うのは角が立ちます。リリとしては甚だ不本意ではありますが、そのままお受けしてください」

「あっちが他に誰か来るって言ってるなら、こっちも僕の他にいても良いと思うけど」

「かの『白兎』が保護者同伴と思われてはお名前に傷がつきます。紳士的な対応を心がけていれば何も問題はありません。ただ、アミッド様が『安心』とか『安全』とか『今日は大丈夫』とか連呼し始めたらそれは罠なので適当な理由を付けて走って逃げてください」

 

 他にもこれはダメあれはまずいなどリリルカの注意が続く。途中、指定された店の名前を聞いた辺りで『とんだ聖女がいたものですね!』と興奮も頂点に達したのだが、ともあれ、紳士で真摯とはどういうことかとパーティとしての索敵を行いながらリリルカの話に耳を傾けていた矢先、ベルは左手をあげた。

 

 瞬間、リリルカは言葉を切って荷物を地に降ろし、レフィーヤの近くに寄る。ベルの出した『警戒』の合図にレフィーヤも耳を澄ませる。

 

「足音……正面からですね」

「二人。でも足音が重い。怪我人がいるのかも。助けよう」

「ベル様先行してください」

「ありがとう。先に行くね!」

 

 荷物を背負いなおしたリリルカをレフィーヤに任せ、ベルは足音の方に走りだす。荒く弱い息遣いが遠く聞こえる。次いで血の匂い。怪物の気配は今のところない。追跡は振り切ったのか……いずれにせよ窮地はまだ脱していない。

 

「ロキ・ファミリアのベル・クラネルです! 大丈夫ですか!?」

「『白兎』か!? すまない、助けてくれ!」

「桜花さん!?」

 

 知人の声に足を速めると、そこにいた面々はベルの想像を超える重症だった。

 

 まずもって全員が頭から血を被ったように赤い。無事な人間は一人もおらず、一番マシに見える桜花でさえ右肩と右足に大きな切り傷を負っていた。次に無事な男性も桜花と似たようなものだったが、問題は桜花が二人、男性が一人抱えていた負傷者の方だった。

 

 特に桜花が抱えていた命が酷い有様である。見た瞬間は死体に見えたほど顔色が悪いが不規則な弱い呼吸がまだ彼女が生存していることを示していた。ベルは自分のポーチからエリクサーを取り出し、見える範囲の症状から魔力の欠乏が起きていることに気づきマジックポーションも取り出す。

 

 マジックポーションを口から少しずつ含ませつつ、身体の見える範囲にエリクサーを少量ずつ振りかけていく。死人も蘇らせるという過剰な触れ込みの通り白い煙を挙げた後命の傷はみるみるふさがっていく。魔力が回復して落ち着いたのか命の呼吸も徐々に規則的なものへと変わっていった。

 

「ベル様!」

 

 この頃には荷物を抱えたリリルカたちが追い付いてきた。リリルカの対応はベルよりも迅速でパーティ用のポーションを広げててきぱきと応急処置をしていく。女性二人はまだ意識を取り戻さないがどうやら峠を越えたようだ。安堵のため息を漏らしたベルが辺りを見回し――そこで気づく。

 

「千草さんは!?」

「置いてきた」

「どこにです?」

「少し先の広間だ。出入口を命の魔法で――」

 

 桜花の言葉が終わるよりも先にベルは走り出し――その袖を力強く掴むものがあった。レフィーヤが真剣な表情でベルを見つめている。

 

「反対します。今すぐここにいる全員で地上に戻るべきです」

「僕は、助けたい」

 

 時間がない。議論をしている暇はない。結論は今すぐに出さないといけない。緊急時はリーダーであるベルの意思が優先。それはこういう時に迅速に動くために決めておいたことのはずだが、レフィーヤは引かないと強い意思を込めてベルを見つめた。

 

 返ってきた視線はあまりに真摯なものである。彼は心の底から生きているのかすら解らない知人のために窮地に飛び込もうとしているのだ。打算もなにもない。ただそうするべきだと思うからそうするのだと赤い瞳が雄弁に語っている。

 

(貴方は今、最高に英雄をしていますよ?)

 

 調子に乗るだろうから言いませんけどと心中で呟いたレフィーヤは全身の力を抜いて苦笑を浮かべた。

 

「…………貴方を支持します。ご武運を」

「ありがとうレフィ。大好きだよ」

 

 軽くレフィーヤを抱きしめ、ベルは踵を返して走り出す。え、と魂の抜けたようなレフィーヤの声を聴かなかったことにして全速力で走る。決意とか願望とか英雄になりたいという冒険者になった動機とか。そんな全てを置き去りにして駆けて残ったのは身を焦がすような熱。

 

 感謝と好意は言葉にして伝えよう。ティオナの提案は間違ってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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