英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ベル・クラネルの決死行②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千草さん、香水とか使ってます?」

「いいえ。私ではないですね」

 

 千草の言葉にベルは首を傾げながら周囲を見回した。確かに周囲にはそれらしい香りが広がっている。ダンジョンには不釣り合いなもので自分ではないのだから隣にいる者が……というのは自然な考えではあった。

 

 香りを纏うというのは男女を問わず――女性の方が圧倒的に多くはあるが――嗜まれるおしゃれでオラリオでも様々な手段が用意されている。一番普及しているのが香水でこれは器具が用意でき手順さえ理解していれば専門的な知識がなくても作成できるのが売りの一つであるが、そこは冒険者の街オラリオである。

 

 素人では及びもつかないような品質の商品を展開するファミリアは数多く、ファミリアが冒険者以外に売る商品としては食料品に次ぐ規模を誇っている。比較的安価で購入できる故に個人でも多くのバリエーションを用意して楽しむというのが一般的で、化粧品の中ではぶっちぎりで売れている商材だ。

 

 故に男性から女性へのプレゼントとして定番でもあった。基本的に女性は男性の趣味を全く信用していないので無難に普段使いの商品か似た系統でお高い商品を渡すのが喜ばれる――と販売側が頑張って周知しても何故!? という事故が後を絶たないという。

 

 愛があるなら普段から相手に興味を持ちましょうという身につまされるオラリオ小話の一つである。その点この薄い香りを香の一種であると判断できたベルは男性の中ではまだマシな方だ。男性、特に冒険者に顕著であるが彼らは女性の普段の美容について全く無頓着であることが多い。

 

「香水の知識があるなんて少し驚きです」

「リヴェリア様のご友人がそういうのに詳しいらしくて先週の講義の時にその話になったんです。リヴェリア様、30種類くらい香水を持ってるそうなんですが全部そのご友人のオリジナルだって言ってました」

「聞いたことがあります。調香系ファミリアでも舌を巻く完成度であるとか」

「僕には全部良い匂いくらいにしか解らないんですがレフィたちには凄い受けが良くて……」

 

 女所帯の中で男一人でぽつんとしているのはそりゃあ居心地が悪いだろう。美少女を侍らせてうっはうはのスケベ野郎と一部の層には思われているようであるが、モテ男はモテ男なりに苦労しているようである。

 

「それで今度自分たちで作ってみようということになったんですよ。こういう香りが良いというアイデアを皆で持ち寄ってそれを全部作る予定です」

「素敵な話ですね」

 

 少なくともタケミカヅチ・ファミリアでは考えられないことである。そもそも道具を揃えるのにお金がかかるというのもあるが、男性陣全員が香水を作るというイベントに乗ってこないという確信があった。主神の指導もあって彼らは男性冒険者にしては身なりに気を使って清潔にしているが、ファッションだのおしゃれだのにはとんと興味がない。

 

「千草さんも良ければどうですか?」

「とても興味はありますが、最初は皆さんだけでの方が良いですよ」

 

 このボケナス、という言葉は心中のみで呟くことにする。ベルのパーティの少女らが誰のためにおしゃれしてるのか考えればここに女の身でのこのこ参加することがどれだけ無謀なことか考えるまでもない。遠まわしにもっと女の子の方を見ろと伝えてみるのだが時の人『白兎』はイマイチピンときていないらしい。ついでに言えば。

 

「これは香水や香油ではなくお香ですね。主に香木を焚き染めて発生する煙が由来の香りです」

「……ダンジョンでですか?」

「やるのは入る前ですが煙の匂いって結構残るんですよ。お肉を焼いた時とか。ああいうものの雅な感じだと思っていただければ」

 

 ベルはぴんと来ていない様子である。物を買ってきてそれを使えば済む香水や香油と違ってこの手の商品はもう一手間二手間かかる上に、商品そのものが他の二つと比べて割高である。千草たちの故郷でも金持ちの趣味でこれはオラリオでも同様だった。身近に使っている者がいなければ存在さえ知らないということもあるかもしれない。

 

「冒険者がやる……というイメージが沸かないですね」

「私もです。でもその匂いがするということはそれをやった者が近くにいるということのはずなんですが……」

 

 見回してみても周囲に人影はない。薄い香りが残っている以上近くにそれらしい者がいるのが道理だと思うのだが、人っ子一人見当たらない。周囲でお香かそれに近いものを焚いた可能性もないではないが、それならもっと匂いは濃くなるはずだ。

 

「まぁダンジョンですからね」

 

 そういうこともあるでしょう、と話を結ぼうとするベルだが千草はどうにも腑に落ちない。これを見逃すと危険、という類のものとまでは思わない。しかし気にはなるのだ。小話を途中で打ち切られたような居心地の悪さを感じる。

 

 だがそれも自分たちの生存に優先すべきものでもない。違和感は頭の片隅に残しながらベルの後に従ってダンジョンを行く。

 

 16層から一路18層リヴィラへ。行程にしてたったの二層。それも普段と異なるパートナーというのは高位の冒険者であればいざ知らず、その辺りが適正レベルの冒険者にとっては死を意味する条件が揃っていたが、千草とベルの道行は順調の一言に尽きた。

 

 高レベルの冒険者が近くにいるということがこんなに安心できるものなのだと実感している。それは負傷しているベル一人の方が普段の千草たち6人よりも強いという証明でもあった。同じ冒険者として忸怩たる思いはあるが、千草の状態に気を払ったまま周囲を警戒し怪物が出てくれば近づかれるよりも先に投げた石で確殺する様は、嫉妬や尊敬よりも先に諦観を抱かせた。

 

 この人といれば自分は助かるという安心感をぼんやりと抱いている千草と対照的に、ベルの方は幾分焦燥感を抱いていた。自分一人であればまだ良い。足には自信がある。命の危機に直面しても走って逃げるということができた。

 

 普段の面々であればレベル3のレフィーヤが近くにいた。自分の手がふさがっていてもある程度は彼女に任せることができる。レベル1で荷物持ちのリリルカや春姫がいても安心して自分の役割を全うできたのは彼女の存在が大きい。

 

 千草はタケミカヅチの眷属で冒険者である。決してひ弱な一般人ではないというのはベルも理解しているが、例えば戦闘になった時どの程度まで戦えるのか、逃げなければいけない時にどの程度の速さで走れるのか、それを知らないことは必然的にベルから行動の自由を奪っていた。

 

 なるべく千草の近くを離れずに行動する。その上で常に気を張って怪物は見つけてすぐに殺して安全を確保する。全部自分一人だ。とりあえず千草に戦わせてみるという手段が取れれば良かったのが、致命傷を負った所から回復したばかりの、他のファミリア所属の女性で、自分よりもレベルが低いという千草の肩書のことごとくが、千草は自分が守るべき人だという思いを強くさせていた。

 

 死ねばそれまで蘇生の手段はない。とりあえずで他人の命を賭けることはできないのだ。困難であっても、自分一人で達成できるのであればそれで良い。ベルは焦る内心を出さないようにしながら、ダンジョンの地図を脳裏に思い浮かべた。

 

 18層リヴィラまでは何度も往復している。マッピングは主にリリルカの担当でダンジョンの構造については彼女の方が熟知しているのだが、自身だけでなくパーティの生存に関わるということで、各層の最短ルートはパーティの全員がリヴェリアの指示で覚えさせられていた。

 

 それ以外の選択肢がないということでもあるが、()()()()()()()()()()()()()事態でも発生しなければ、最短ルートが塞がるということは早々ない。ダンジョンのあるべき形であろうとする力は冒険者が想像する以上に強いのである。

 

 そのルート上において、ベルたちの位置は概ね行程の八割を消化していた。負傷者二人、連携のできない普段と異なるメンバーで始めたのに何事もなくここまでこれた。ベルからすれば僥倖の一言に尽きる。このまま最後まで行ければと思ってやまないが、こういう時に楽観的になることができないのが生き残った冒険者の常である。

 

 不幸は重なるものだ。不幸というのは幸福な道の最後にあるものだ。

 

 異変に最初に気づいたのは気を張っていたベルではなく、後ろを歩いていた千草だった。空間そのものが軋むような音を聞いた千草は反射的に前を行くベルの袖を引いた。ここまでなかった千草の行動にベルは足を止め振り返る。

 

 有無を言わせず腕を引いて抱え、全力で走るのが正解だったと気づいたのはその次の瞬間だった。

 

 ベルたちを包囲するように周囲の空間全てが軋み始めた。壁から地面から、怪物が次々に湧き出してくる。怪物の大量発生。同じ日に二層続けて。どんな不幸だと嘆く間もなく、怪物は地に足を付けてベルたちを視界に捉えた。

 

「リヴィラ側に血路を開きますので全力で走ってください。僕がここで足止めをします」

「嫌です」

 

 千草の返答にベルの目は点になった。命がかかった状況である。両方生存するための最善の手を訴えたつもりだったが、千草の言葉はにべもなかった。短い言葉の中に梃子でも動かないという意思を感じる。

 

 一方で、千草はその言葉を考えた上で発した訳ではなかった。反射的に口をついて出てしまったその言葉を取りけせと彼女の理性は訴えていたが、口から紡がれたのは先の言葉に追従するものだった。

 

「私の命を救うためにベルさんが二度も命を危険に晒すことを許せません。ベルさんに救われた命なんですから、ベルさんのために使います。二人で生き残るか二人で死ぬかどちらかにしてください」

「僕の案でも、二人助かる可能性はあると思う、んですが……」

「仲間なら共に戦うべきだと、私は思います」

 

 こちらを見ないでの言葉にベルは千草の内心を悟った。どういう経緯であれ一人でダンジョンに取り残されて一人で死のうとしていたのだ。それがどんなに心細いことか。仲間のできた今ならばベルにも解った。足手まといがどうしたとかそういうことではないのだ。

 

 仲間ならば。千草の言葉にベルも覚悟を決めた。

 

「小太刀は使えますか?」

「一応は、というくらいですけど」

 

 なら良かったとベルは予備の小太刀を差し出した。リューと鍛錬する時に彼女から譲られたものでかつては彼女の仲間の持ち物だったという。リューが刃物を使わない主義のために彼女の元では出番がなかったが、これだって中々の業物である。

 

 鞘から抜き放った小太刀を構える千草にベルは背中を合わせた。二人とも死ぬ前に全ての怪物を倒す。言葉にすればそれだけだ。楽な仕事だ。

 

「……なら二人で生きるということにしましょうか」

「頑張りましょう!」

 

 千草に悲壮感はない。今度こそ困難な状況を打破するのだという力強い返事に、ベルは気合を入れ直した。命の危機に女性が信じてくれているのだ。ここで奮起できないようでは男ではない。生き残るために、一歩踏み出す――。

 

「無様」

 

 突然現れた音に動きを押し留められた。背中合わせに立ったベルと千草の真横。確かに何もなかった空間にいつの間にか立っていた。夜闇のようで真っすぐな黒髪。春姫よりも暗い赤色の着物。17層に降りた時から感じていた香りが強くなる。これはこの女の匂いだったのだ。

 

「弱い」

 

 女の手に『果てしなき蒼』と『紅椿』が握られている。いつの間にとベルが驚いた時には壁際の怪物が全て切り刻まれていた。空いた壁際を示した女にベルと千草は慌てて移動する。二人を守るように立った女は両手の小太刀を振るうと、静かに構えた。

 

 物が違う。タケミカヅチに師事するようになり小太刀の取り回しがそれなりに形になってきた程度の自分では、比較するのも烏滸がましい程の技術の差が構え一つで感じられた。女が息を漏らす。次々に襲い掛かってくる来る怪物を左右の一刀一振りで持って確実に切り伏せていく。

 

 何より瞠目すべきは女がその場からほとんど動いていないことだ。似た規模の軍団を相手にしたベルは千草を背後に見つつも動ける範囲で動き回り魔法魔剣まで使ってどうにか凌ぎ切った。対して女は壁を背にしたベルたちを背後に守りながら、時間差を付けてもあるいは同時に襲い掛かってきても関係なく一体また一体と討ち果たしていく。

 

 べルにとっては命がけの行いが、女にとっては造作もない。同じ武器を使って、実力差を見せつけられている。悔しさは沸かない。むしろ女の立ち回りにベルは自分の命の危機も忘れて言いようのない興奮を覚えていた。

 

 やがて動くものが周囲になくなると、女は残心を解き深々とため息を吐いた。

 

「こんな身になっても御守とは……とかく私は青二才に縁があるようだな」

「危ない所をありがとうございました!」

「いい、いい。訳の分からん呼び出しを受けたから来てやった、それだけのことだ」

 

 面倒くさそうに手を振った女から二本の小太刀を受け取る。

 

「大層な業物を二本同時とは欲張りもここに極まれりだな」

「お恥ずかしい限りです……あのお名前を聞いてもいいですか?」

「風情がないがないにも程がある」

 

 ばっさりだ。女の否は構ってくれのサインだよ! とはヘルメスの言葉であるが、その見極めをするには自分はまだまだ経験不足だと思うベルである。力強い否の言葉から感じられるのは力強い否の意思だけだった。

 

 普段であれば。例えばレフィーヤなどに明確にこれくらいの態度を取られれば、よほど命に関わるような状況でもない限り引き下がる。女性の言葉というのはそれだけ尊重すべきものであるからだ。女の子ばかりのパーティで生き残るために、ベルが自然に習得した精神性の一つであるが、基本的に女に口答えをしないベルにしては珍しく、引き下がらなかった。

 

 ベルの態度にお、と女の口から軽い音が漏れる。

 

「どうしても知りたいという顔だな」

「命を助けてもらったので」

「ではこういうのはどうだ? 私の頼みを聞いてくれたら、次に会った時に改めて教えてやろう」

 

 それが風情があるということなのかベルには解らなかった。唐突に現れたこの女は唐突に消えるだろう。そういう存在なのだとベルの直感は訴えてきていた。次はない。それは目の前の女も解っているはずのことである。

 

 それでも、というのが風情なのだろうか。あるはずのない再会の祈って約束をする。無駄なことなのかもしれないが、お互いに希望を持って別れるというのは凄い良いことのように思えた。体よく誤魔化されているのだとしても、許せるくらいには。

 

「リヴィラの北北西、大体15キロくらいの場所に朽ちた武器ばかりが突き立った作った者の神経を疑う非常に辛気臭い場所がある。その武器の中に一本だけ刀があるから、それを持ってお前に剣術を教えた()()()にこう言え」

 

 その文言を聞いてベルははっきりと乗り気ではない声をあげた。それを女は察知していたが気にも留めない。提案は受け入れたのだから、彼に拒否権など存在しないのだ。

 

「刀はやる。それなりの業物だから打ち直しせば実用に耐えうるだろう。ヘファイストス・ブランドをオーダーメイドしてるんだ。それくらいのコネはあるだろう? さて――まだ時間があるみたいだな。先達として手間賃くらいはくれてやる」

 

 女がベルから距離を取る。ふと、その姿が『戦争遊戯』の前に鍛錬に付き合ってくれたリューの姿に重なった。あの時彼女は絶対に動くなと言った――と思い出していたベルの顔の真横に既に刃があった。突きの姿勢の女が口の端を上げて笑っている。

 

「いくつも見せた所で覚えられんだろうからな。これだけは覚えて帰れ」

 

 女は今度は横を向き、一連の動作をゆっくり――それでも目にも留まらぬ速さで繰り出した。

 

「目に焼き付けたか?」

「忘れられそうにありません」

「そりゃ良かった。これでエルフの度肝を抜いてやれ」

 

 約束だ、と女が小指を立てる。真似をしてベルも小指を立てると女はベルのそれに自分の小指を絡めた。上下に三度、腕を振るうと勢いよく小指を離した。

 

 指切った。その声と共に名も知らぬ女は消えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ日に二度も怪物の大量発生に遭遇したベルたちは今日は最悪の厄日だと遅まきながら理解した。身体を慮るなど後で良い。とにかく今は少しでも早く。限界まで身体を動かし急ぎに急ぎ、飛び込むようにして18層に辿り着いた二人はそれでもしばらく歩き続け、ここが安全なのだと頭で理解できるとようやく深々と息を吐き全身の力を抜いた。

 

 千草などその場に崩れ落ちている。ベルもそうしなくなるのを堪えた。不運の連続の中に幸運が起きた。無事に二人でここまでこれたのはその幸運のおかげである。次にその幸運は起こらない。

 

(戻ったらもっと鍛錬しないと……)

 

 自分がもっと強ければ千草を安全にここまで連れてくることができた。千草を恐怖に直面させたのは自分の弱さが原因だ。

 

 一息つくのも良いが、リヴィラまでは後一息だ。早く移動しようと千草に手を差し出す。息を落ち着けた千草はベルの手を取った。段取り通りに進んだのはそこまでだった。本人が思っている以上に消耗していたベルは、千草の力を見誤った。踏ん張り損なったベルは、千草に引き倒される形で倒れ込む。

 

 とっさに地面に両手をついた。間に千草の驚いた顔。押し倒したような形、息がかかる距離に千草の顔がやけに鮮明に見える。長い前髪に隠れた藍色の保富。血と泥に汚れた肌は熱に浮かされたように紅潮している。やけにうるさく聞こえる荒い息はどちらのものか。瞳を閉じたのはどちらともなく――。

 

「お取込み中失礼します」

 

 声にならない悲鳴をあげた千草は反射的に巴投げを放った。かつてない程綺麗に決まったその投げは美少女を前に完全に油断していたベルの身体を宙に舞わせた。わーという悲鳴が遠くなると千草にも冷静さが戻ってくる。今自分は二度も命を救ってくれた人を投げ飛ばしたのだ。

 

 慌てて立ち上がろうとする千草を声の主が制した。ギルド職員のようなかっちりしたスーツの上に簡素な皮鎧を着こんだその女は千草も知っている顔だった

 

「アイシャさん……でしたよね?」

「ええ、ミアハ・ファミリアのアイシャ・ベルカです。先ほどの話の続きですが、外でお楽しみなら人の目を気にした方が良いかと、もうすぐここに人が来ます」

「楽しむなんて……」

「先ほどまでの貴女の顔は紛れもなく雌でしたよ。あのままベルに身体を求められたとして、拒む自分が想像できますか?」

 

 そんなまさかと考えて、千草は愕然とした。拒む自分が想像できない。自分のことを身持ちが固い人間だと思っていた千草にとってその事実はショックだった。

 

「アイシャは何故ここに?」

 

 受け身を取ることに成功したベルがのろのろ戻ってくる。『青の薬舗』に通っている内にナァーザのように呼び捨ててくれと言われてそのようになった。年上の女性にそうするのは照れくさいところがあるのだが、言った本人はこういうのは慣れだと押し切ってきたのでそのままにしている。

 

「素材採取の遠征です。自分で採取すれば無料ですからね」

 

 アイシャが加入した所で歓楽街の娼婦という一定の顧客を確保し、売り上げが伸びたので色々なことに投資したりもできるようになったが、まだまだ零細ファミリアからの脱却はできていないでいる。ミアハに任せているといつまでも零細のままだからと最近はナァーザと協力して新商品の開発に乗り出しているそうだ。

 

「その上で、17層で怪物大量発生の気配ということでリヴィラから来ました」

 

 その頃にはリヴィラからやってきたと思しき冒険者たちがベルの周囲にぞろぞろと集まっていた。皆一様にベルと千草に視線を向けている。どうみても一戦闘してきたと思しきベルから少しでも情報を引き出そうという腹だが、ベルには渡せるような情報はなかった。

 

「僕らが16層と17層で遭遇しました。どちらも一通り倒したので――」

 

 ベルの言葉が終わるのを待たずにリヴィラの冒険者たちは我先にと17層へとあがっていく。17層の端から徒党を組み安全を確保した上で進めば大量の怪物というのは金のなる樹と化す。駄目そうならば逃げれば良いし、そもリヴィラを拠点にしているような冒険者はそこそこに腕が立つ。稼ぎ時ともなれば多少の危険にも目を瞑るレベルの彼らが、既に怪物が倒されたとなれば徒党を組む必要はない。

 

 集団を倒したのにベルたちは手ぶら。つまり戦利品はその場に放置されているということだ。装備品でさえダンジョン内で習得した際は所有権が移ることだってある。倒したのに放置された戦利品は目の前で横取りというのでもなければ放置した方が悪いということで拾った冒険者の物になる。要は早い者勝ちだ。

 

「アイシャさんは行かないんですか?」

「私の場合は物のついでということだったので。今は貴方たち優先です」

 

 どうぞ、と差し出されたエリクサーをベルはためらいなく千草に渡す。千草は一度視線で確認してからエリクサーを受け取り、一気に飲み干した。あー、と熱い風呂に入った時のような声を漏らす千草を微笑ましく眺めながら、ベルもエリクサーを受け取る。

 

「活躍したようですね」

「困難の連続でした。でもまぁ、何とか生きてます」

「良いことです」

 

 生きて戻ってくること。それが冒険者の最優先すべき課題である。エイナには口を酸っぱくして言われるが、そうしなければならないほど冒険者の功名心に対する執着は凄まじい。ことあるごとに思い出しておかないと、自分の命は元より他人の命にも気を払わないようになる。そうなったら冒険者以前にヒトとしてお仕舞だと、ベルたちはなるべく言葉に出してそれを確認するようにしていた。

 

「この後は?」

「レフィたちが桜花さんたちを回収して地上に向かったのでその援護をしに――」

 

 表情を引き締めたアイシャが、ベルたちの腕を強引に引っ張り自分の背後に回す。アイシャに遅れて、ベルも何者かが高速でこちらに向かってくる気配を察知した。

 

 アイシャは前方を警戒し鞘から武器を抜き放つ。ミアハ・ファミリアに移籍した際、それまでに持っていた装備は心機一転のためにほとんど処分してしまったので、この武器は移籍してから選んだものだ。

 

 飾りの一切ない質実剛健にも程があるロングソード。見た目だけなら市販の数打ちにも見えるが、実際には椿が練習用に打ったものを出来の割に安いからという理由で、ベルの紹介であるだけ売ってもらった、その内の一本である。

 

 今まで取りまわしていた武器の半分以下の重量であるだけに経験から言えばこの剣の重さは頼りなく思えたのだが、アマゾネスとしての本能はこれで行けと言っていた。本能がそう言うのであれば従うより他はない。こと男の色に染まる前提であれば、アマゾネスの感性は神の予言のごとき。

 

 そんなアイシャの警戒する中で、高速で移動してきた冒険者はベルたちの前で急停止した。土煙と轟音。身体からは湯気のように熱気が立ち上っている。鎧などのない軽装。手には愛用の槍だけを持ち、荷物は小さなザックが一つだけ。武器を覗けばその辺を散歩するような出で立ちだが、それでもこの猫人がオラリオでも屈指の冒険者であることをベルは良く知っていた。

 

「アレンさん!」

「ようベル。やっぱり元気そうだな」

 

 アレンは大きく伸びをすると背負っていたザックをベルに放り投げた。

 

「『戦場の聖女』から預かってきた。エリクサーとマジックポーションの詰め合わせだとよ」

「ありがとうございます?」

 

 言葉の通りありがたいことであるのだが、アレンの俊足を考慮しても到着が早すぎるように思う。助けを求めに地上に向かったレフィーヤたちは、まだダンジョンの中だろう。ザックを抱えたまま不可解、という顔をするベルにアレンは頭を掻きながら面倒臭そうに言った。

 

 

「我が女神の神命によりここに来た。事情も説明してやるから、とにかく移動しようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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