やはり俺は浮遊城にいること自体が間違っている(凍結中) 作:毛利 綾斗
..........ト...........ア...ト............ハト.......
何かが聞こえる。でもまだ寝ていたいんだ。それに俺を呼ぶ奴なんていないしな。別の誰かだろう。
「アハト!」
体が揺すられる。どうやら俺のようだ。
まだ目を閉じながら寝る前の事を思い出すと、勢いよく体を起こす。予想通り目の前にいた鼠の肩を掴み
「おい鼠、身体は大丈夫か!」
やはり俺らしくない。此処まで俺が感情を見せるようになってしまったのはやはりあの場所のせいだろう。
「私は大丈夫、それよりアハトの方が大怪我してたけど大丈夫?」
「ポーションは飲んだしHPは回復したさ。問題は圏内に入れなくなった事だ」
どういうこと?と鼠から返された言葉。
つか、見たらわかるだろ普通。
「俺のカーソルはイエローになっち.....まった?
って何でグリーンに戻ってるんだ」
「ちょっと今の発言はいただけないなぁ。キリキリ吐こうねアハト」
その後俺は自分のカーソルが黄色になった事、盗賊のリーダーが狼男でエリアボスだったことを話した。そして俺はドロップアイテムを具現化する。
「今回は助けてくれてありがとう。でももし次にこんな事があったら私よりも自分の命優先にしてよね」
「まあ善処する」
「じゃあ暗い話は此処まで。この鉱石私は見た事ないね。もしかしたらレアな新鉱石かも。後は短剣、名前は『狼牙』.......。これも始めて聞く名前だよ、ってなんだよこのステータス、耐久無限になってる。.....あ、でも攻撃が低すぎだね。使い物にならないよ」
「そうか、後は此れだ」
そう言って俺は三枚の羊皮紙を出す。
「これが今回のボス情報だ。
ボスの弱点は王冠、ブレスを撃つ、ブレスには麻痺付与、らしい。
わざわざブレスを2回説明する言い回しに違和感があるがどう思う?」
「そうだね。もしかしたら今回も何か起こるかもしれない。でもこれで全部集まった事になるんだよね」
「そういう事だな」
俺はそう言っていつも通りを装う。俺が想像した最悪の場面を振り払うかの様に。
それにしても俺のカーソルは確かに黄色になった。なのに今じゃグリーンに戻っている。あれはなんだったんだ.......。
「そういや、目が腐ったプレイヤーを知らないかって依頼が来てるんだ。
アハトの事だと思んだけど情報を売っていいかい」
「あー、売らなくていい。ただ明日会えるようにセッティングしてくれ。
ただし、お前は付いてくんなよ。
もしかしたら俺に復讐する為かも知れん。お前がいたら足手まといだ」
「あはは、違いないんだけどそこまではっきり言われると辛いなぁ。分かった、じゃあ今からメッセ飛ばして落ち合う事にしよう」
俺と鼠は重い腰を上げ激闘の行われた家から走り去った。
約束の場所は圏内にあるとある喫茶店。
約束の時間よりも30分も早く着いた俺はローブを被りコーヒーを啜りながら思考を巡らせる。
これは罠だろう。まあ圏内だからPKは起こらないだろう。それに何人で来ようが俺に追いつける奴がいるとは思えない。
だが違和感が残るといえばただ一つ。攻略組の奴が俺に報復するならばハナっから《アハト》を呼び出せばいい。
だから引っかかる。俺の名前は悪名として広まっているが他の情報は全くと言っていい程出回っていない。
攻略組の誰かなのかそれとも準攻略組か.......。
腐った目.......か........。あの場所でそうやって言われてたな。
懐かしい。
まだ閉じ込められて二ヶ月くらいしか立っていないというのにもう遠の昔の様だ。
「貴方がアルゴさんが言っていた人ですか?」
考え事をしていた俺に問われた問いは何処かあざとさが見え隠れしている。そして少し懐かしさを感じるこの声。
まさかそんなことあるわけがない。
俺は顔を上げる事が出来なかった。見てしまうと彼女がこの世界にいるという現実を受け入れてなければいけないから。
「ああ、そうだ。あんたはどうして目の腐った奴を探してるんだ。友達か何かか?」
「先輩を探してるんです。βテストに選ばれたのを自慢げに話してるの聞いたんでこの世界にいるとは思うんですが.......この2ヶ月見つけるどころか情報すら手に入らなかった。
失礼な事は理解しています。私に顔を見せていただけませんか」
「どうしてその先輩とやらに執着するんだ。
今の会話だけでも分かる、あんた程のコミュ力なら直ぐに仲間を作れるだろ」
「いえ、先輩じゃなきゃダメなんです。だからお願いします」
深々と頭を下げる彼女。俺はそんな彼女の行動に驚いている。
彼女と俺の関係....利用し利用される関係のはずだ。彼女は俺のワガママで生徒会長になった。俺は償いのために彼女の仕事から私事迄幅広く手伝いをしている。
そんな友達未満の関係の俺を探すためにだ。
「最後に聞かせてくれ、どうしてその先輩とやらにそこまでこだわるんだ」
「先輩は自分が悪役になる癖があるんです。だから首輪を繋いでおかないと心配で......。って冗談は置いときますね。本当は大切だからです。先輩は私を救ってくれた、私にとってはヒーローなんです。だから私は先輩のそばに居たいんです」
少し照れながらもでも目には迷いがなくただ覚悟だけが見えた。
真剣な瞳だ、嘘では無いのだろう。だからこそ俺は尻込みをしてしまい、言い訳を考えてしまう。
彼女は葉山隼人が好きで俺はそれの手伝いをしているのだ。だから先ほどの言葉には嘘は無いが裏が在るのでは無いかと。
俺は
「悪いがお前は勘違いをしているぞ。俺はお前の事を知らない」
と答えるつもりだった。俺のようなエリートぼっちは一を聞いて十の裏を読むんだ。
と突然俺の肩に手が置かれる。
「ねぇキリトくん、アハト君が女の子と密会してるんだけどどうする」
「そうだな。取り敢えずそのまま捕まえててくれるか」
より肩を掴む手に力が入る。早く逃げたいが目の前の呆然としている彼女を放っては置けない。
唯一の救いは俺を掴んでいるのはアスナだけという事だ。一瞬の気の緩みがあれば逃げられる。
来いキリト、そして俺に手を伸ばして来い。
キリトが俺の服に触れる。お互いがちゃんと掴んでいると思い気が緩む一瞬。
今だ!
俺は自分の速力全開で走り出す。
「すまん」
すれ違い様に発した言葉は届いただろうか?彼女の事だ、俺の情報を直ぐに集められるだろう。そして俺のボス戦での行動を知るのも時間の問題だ。
「アハトさん........ですか。何処か先輩に似てた気がする」
少しアハトさんについて調べてみようかな。
俺が圏内を走り回っていると、少し遅いがそれでも俺に付いてくる奴がいた。
「鼠、『体術』ってのは何処で覚えられるんだ」
「どうしたのいきなりそんな」
「俺はもっと強くなる必要があるんだ。頼む」
「ハァ、仕方ない。私とアハトの仲だしね、タダで教えてあげるよ」
それから俺は2日で『体術』を取得し、1日で東側を全て、3日で迷宮区を完全に網羅していた。そんな俺は二層最大の街の広場で攻略会議に参加している。『隠蔽』を発動し周りの視線を避けながら黙って話を聞いている。モヤットボールの姿は..........居た。
「大まかな話は今した通りだ。誰か質問はあるか?」
自称一層で死んでいった青髮、ディアベルの意思を継ぐもの、のリンドという青髮のプレイヤーが質問を受け付ける。
周りからは特に手も挙がらず張り詰めていた空気が緩み始める。
「ジャ、オレッチの話を聴いてクレ」
そう言って手を挙げる鼠。鼠の発言に緩み始めていた気を引き締める姿は一人一人に攻略組としての自覚があるがゆえだろう。
「オレッチはボスに関しての情報ヲ手に入れタ」
それから鼠が説明をしていく。攻略組の面々は感心すると同時に微かだが安心したようにも見える。
辺りからは、麻痺付与のブレスか......事前に知れてよかった、などが聞こえてくる。
さあ此処からが茶番のスタートだ。感情が露わになるこの世界で何処まで演技が出来るのか試してみますか。
「ちょっといいか?」
俺が声を出した瞬間に『隠蔽』が解け、視線が集まる。中には今にもとびかかってきそうな奴までいるようだ。
「ナンダ、おかしな点でもアッタカ?」
「お前の事だ、情報は正確なんだろう。β版ではどんなボスだったんだ?」
「ナト大佐とバラン将軍の二体の討伐ダ。大佐の方は中ボス扱いだったカナ。
最後にダガ、これはβ時代の情報ダ。変更点があるかも知れないカラ気を抜かないでクレ」
「アルゴさん、貴重な情報をありがとう。アルゴさんが言った事をちゃんと胸に留めて明日の攻略を成功させよう。じゃあ今日は解散」
リンドが話を締めて解散を宣言する。俺は再び『隠蔽』を発動させて立ち去ろうと思っていたがいつの間にか俺の隣に来ていたキリトに腕を掴まれる。どうやら鼠は鼠でアスナに捕まったらしい。
「それでさっきの茶番はなんだ?」
キリトの問いに鼠が
「茶番ダッテ?オレッチには意味分からないゼ」
「なあアハト、さっきの会話にどんな意味が隠されてるんだ。何故あんな茶番を打ったんだ?」
「鼠の信用を上げるためだよ。それに俺が言ったところで誰も聞きゃしない。なら他の奴経由でってことだ」
そうだったのか、と納得するキリト。このまま話が終われば万々歳なんだが.........。
「それはそうとアハト君。今から私と楽しいお話をしない?」
そんなに上手くいくわけ無いですよね。
笑顔で俺に提案するアスナだったが目は笑ってないし、何より後ろに般若が見える。
どうしたものか、この状況を打破するためには..........。
「スマンな、それは無理だ」
「どうしてダメなのよ。訳を言ってよ」
拒まれた事に憤怒して鬼のような顔をするアスナ。
頼むから俺にそんな顔をむけないで欲しい。まあ、雪ノ下や雪ノ下さんに比べたら全然怖く無いがそれでも嫌なもんは嫌だ。
「ただでさえ悪目立ちしている俺がSAO屈指の美少女プレイヤー、アスナと一緒にいるところを見つかるともっと目立つだろうが。俺は自ら恨まれるネタをつくる趣味はない。それにもう少しレベル上げしたいんでな」
そう言って立ち去ろうとする。
アスナと鼠は何かブツブツ言っている。正直関わりたくない。キリトはただ運ばれてきた料理を食べている。
じゃあ、俺行くわ
そう言って席を立ちそのまま迷宮区へと向かう。
誰にも気付かれないように『隠蔽』を発動させ目標を設定し狩りに勤しむのだった。
チートなのかチートじゃ無いのかよく分からない武器を手に入れたアハト。
次回は2層攻略編です。