唯依ちゃんとのお出かけから数週間たった五月。鈴ちゃんと弟くんは相変わらずすれ違ったままだ。それどころか日増しに鈴ちゃんの機嫌は悪くなっている。全方位に『怒ってます』オーラ全開でだ。
「冬夜、来週からいよいよクラス対抗戦ですね」
「そうだね」
放課後、かすかに空が山吹色へと染まるのを眺めながら、弟くんの特訓に付き合うために第三アリーナへと向かう。弟くんだけでもアリーナの客席が満員となるのに男子二人が揃うとなると一体どうなることやら。見世物パンダは弟くんだけで十分だ。ちなみに、その席を『指定席』として売っていた二年生が先日ちーちゃんに制裁された。首謀者グールプは三日間寮の部屋から出てこれなくなったらしい。学園内での商売や賭けだけは絶対にやめておこう。絶対にだ。
「それにしても、織斑くんの成長は本当にすごいですね。尊敬します」
「代表候補生からIS操縦、全国大会一位の剣道少女から剣術を習ってるからね」
話しながら第三アリーナのAピットへ向かっているとなにやら、言い争いが聞こえてくる。唯依ちゃんに黙って見ておこうと提案して二人で観戦する。
「だから、なんでだよ!約束覚えてただろうが!」
「あっきれた。まだそんな寝言言ってんの!?約束の意味が違うのよ、意味が!」
そういえば、豚を使った沖縄料理にそんな名前の料理があったな。えーと、ミミガーだっけ?
「冬夜、なに考えるんです?」
「くだらないことかな」
「???」
そんなことは置いといて、今回は確かに意味を覚えてないと意味がないな。
「くだらないこと考えてるでしょ!?」
うわっ。まさか、俺の考えてること弟くんと同レベル?そこはかとなくショックだ……。
「あったまきた。どうあっても謝らないっていう訳ね!?」
「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」
「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!それに冬夜はすぐに気付いてくれたわよ!」
「俺は、冬夜兄ぃじゃないんだよ!」
「じゃあこうしましょう!来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」
「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」
白紙の小切手を切るなんて二人とも頭に血が上り過ぎだろ。てか、女の子にあの約束の説明をさせるのはちょっとかわいそう。
「せ、説明は、その……」
「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」
「誰がやめるのよ!あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」
「なんでだよ、馬鹿」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」
「うるさい、貧乳」
………弟くん、それはダメだろ。いくら、鈴ちゃんが平均よりかなり控えめだからってそれは言っちゃマズイでしょ。昨今、セクハラが特に厳しく取り締まられてるのに。
なんか、唯依ちゃんの視線が下がってる。なるほど、唯依ちゃんも気にしてるのか。
「唯依ちゃんは今でも問題ないけど、まだ成長中だから気にしなくてもいいと思うよ?」
「なんでそんなこと知ってるんですか!?」
「今回の件から唯依ちゃんが得るべき教訓は、誰が何を知っているか分からないということだよ」
ドガァァンッ!!!
いきなりの爆発音、そしてこっちまで届く衝撃。見ると、鈴ちゃんの右腕は部分展開されたIS装甲に覆われている。
「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」
ぴじじっとISアーマーに紫電が走り、鈴ちゃんが本気で怒ってるのが伝わってくる。
「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」
「今の『は』!?今の『も』よ!いつだってアンタが悪いのよ!ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわよ、希望通りにしてあげる。──全力で、叩きのめしてあげる」
そして、鈴ちゃんはピットから出て行った。
試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは弟くんと鈴ちゃん。噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全席満員。それどころか通路まで立って見ている生徒で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで観戦するらしい。俺は、ちーちゃんと山田先生と一緒にピットで観戦中。
「ちーちゃんは、どっちが勝つと思う?」
「織斑先生だ、馬鹿者。……恐らくは凰だ。織斑も以前よりマシになったとは言え代表候補生と勝負になるレベルではない」
「弟相手でもそこははっきりしてるね。おっ、衝撃砲じゃん」
「空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化した撃ち出す第三世代兵器ですね」
山田先生が丁寧に説明してくれる。確か、砲身も方弾も不可視なのが特徴だったけ。
「『
ズドオオオオンッ!!!
「「「!?」」」
弟くんの刃が鈴ちゃんに届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体に走り、ステージ中央から煙が上がる。
「い、一体何が起こったんですか!?」
「敵だな」
「そうだね。しかもアリーナの遮断バリアを貫通する程の出力を持った機体だ」
冷静に敵の分析をしていると煙が晴れて敵の全容が明らかになる。
「『
深い灰色をしたそのISは手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。しかも首がなく、肩と頭が一体化しているような形状をしている。
「お前のIS以外で『
通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。なぜなら必要がないから。防御はシールドエネルギーが行っている。だから、見た目の装甲というのはあまり意味がなく、俺のISのように装甲そのものに意味があるような機体にしか装備されない。無論、防御特化型ISや補佐的な意味で物理シールドを搭載することもあるが現行機で肌が一ミリも露出していないISは聞いたことがない。そして恐らくあのISは無人機だ。
「もしもし!?織斑くん聞いてますか!?凰さんも!聞いてますー!?」
ISのプライベートチャンネルは声に出す必要がないことを失念するくらい山田先生は焦ってる。
「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
「お、お、織斑先生!何をのんきなことを言ってるんですか!?」
「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りてないからイライラするんだ」
「このちーちゃんがのんきに見えるんですか?」
「へ?……あの、先生。それ塩ですけど……」
「…………」
ぴたりとコーヒーに運んでいたスプーンを止め、白い粒子を容器に戻す。砂糖と塩を間違えるくらい弟くんが心配みたいだね。
「なぜ塩があるんだ」
「さ、さあ……?でもあの、大きく『塩』って書いてありますけど……」
「…………」
「あっ!やっぱり弟さんのことが心配なんですね!?だからそんなミスを──」
「そんなの決まってるじゃないですか、山田先生。なんたってちーちゃんは言わずと知れたブラ──」
言い終わる前に強烈なヘッドロックが襲いかかってきた。
「い、痛い!ちーちゃん、めちゃめちゃ痛い!」
「何度言っても理解しない馬鹿者には教育的指導をしなくてはなっ!」
「あ、あの織斑先生──」
「山田先生、コーヒーをどうぞ」
「へ?あ、あの、それ塩が入ってるやつじゃ……」
「どうぞ」
ずずいっとコーヒーを押しつける。こら、ちーちゃん。山田先生が涙目になってるじゃないか。
「無駄なことを考えられるくらいには平気らしいな」
「ちょ、タンマ!これ以上はマズイって!出ちゃう、出ちゃうから!」
「篁へセクハラを繰り返すその脳髄、一度出して取り替えてみたらどうだ?」
ギャァァァアアッ!
「山田先生も早く飲むといい。熱いので一気にな」
悪魔だ。デビルちーちゃんだよ!
「先生!わたくしにIS使用許可を!すぐに出撃できますわ!」
オルコットさん、華麗にスルーしないで助けて!
「そうしたいところだがっ、──これを見ろ」
やっと、解放された。頭の形、変わってないかな?
「遮断シールドがレベル4に設定……?しかも、扉が全てロックされて──あのISの仕業ですの!?」
「そのようだ。これでは避難することも救援に向かうこともできないな」
落ち着いて話してるけどかなり苛立ってるらしくせわしなく画面を叩いてる。
「で、でしたら!緊急事態として政府に助勢を──」
「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できればすぐに部隊を突入させる」
益々募る苛立ちを感じ取ったオルコットさんは頭を押さえながらベンチに座る。
「はぁぁ……。結局、待っていることしかできないのですね……」
「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」
「な、なんですって!?」
「お前のIS装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」
「そんなことはありませんわ!このわたくしが邪魔だなどと──」
「では、連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定してある?連続稼働時間──」
「わ、わかりました!もう結構です!」
「ふん。わかればいい」
大人気ないよ、ちーちゃん。
「はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……。あら?篠ノ之さんと白崎さんはどこへ……」
静かにピットを後にして、アリーナの観戦席へと向かう。