六月頭、日曜日。
俺は久々にIS学園の外──以前、お世話になっていた京都の唯依ちゃんの家に来ている。
「栴納さん、お久しぶりです。それと、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
「冬夜さん、お久しぶりです。お元気そうで何より」
俺が挨拶をしてるこの人は『篁 栴納』、唯依ちゃんのお母さんだ。
「お世話になっておきながら勝手に出て行ってしまったこと、本当にすいませんでした」
「あなたなりに私と唯依を思ってのことだったのでしょうから気にせずとも大丈夫です。ただ、唯依は大変泣いてました。今度はあの子を泣かさないようにお願いしますよ」
「はい、必ず」
「なら、この話はこの辺で終わりましょう。冬夜さん、お昼はもう食べましたか?」
「ああ、そういえばまだ、食べてませんでした」
「なら、少し遅いですが食べていってくださいな。今日は素麺ですよ」
「では、お言葉に甘えまして」
栴納さんの対面に座る。
「では、いただきます」
「どうぞ、召し上がってください」
暑くなってきたし、素麺が上手い。なんで、麺と麺つゆだけなのにこうも味に差が出るのかな?
「唯依はしっかりやれていますか?」
「ええ、すごくまじめですよ。それに唯依ちゃんのおかげですごく楽しい日々を過ごさせてもらってますよ」
「そうですか。それで孫の顔はいつ見れそうですか?」
「ブフゥーー!?」
ま、孫!?この人はいきなり何を言いだすんだ!?
「食事中に口の中の物を吹き出すだなんてそんな無作法な真似をあなたに教えた覚えはありませんよ?」
「い、いや、これはって、孫!?」
「あなたたちは互いに好き合ってるじゃないですか。それに私もあなたが唯依と夫婦になるのには賛成ですし、残るは孫じゃありませんか」
「きゅ、急にそんなことは言われても、お互いに学生の身でありますので」
「当然です。学生の内に唯依が身籠るようなことがあれば私はあなたを許しません」
「えと、栴納さんは何が聞きたいんですか?」
「ですから、卒業して結婚後どのくらいで見れるものかと」
そんな、先まで予定済みだと!?
「み、未定です」
「あら、甲斐性のない。親目を抜きにしても唯依はかなり魅力的に育ちました。それなのに、手を出す勇気がないと?」
マズイ!この話は非常にマズイ!以前もこんな感じで栴納さんの前で唯依ちゃんの魅力を語らせられたんだよ!親の前でその娘の魅力を語るのがどれほど恥ずかしいか!
「ごちそうさまでした!素麺、おいしかったです!」
「あらあら、仕方ない人ですね。……冬夜さん」
その場から足早に立ち去ろうとすると以前と変わりない栴納さんの優しい声が聞こえる。
「ここは唯依の家でもありますが、あなたの家でもあります。そして、私はあなたを本当の息子のように思っています。ですから、いつでも帰ってきてくださいね」
ほんと、栴納さんには頭が上がらないな。
「ええ、是非そうさせてもらいます」
時刻は六時過ぎ。寮の自室に帰って来た俺はベッドに寝転びながら栴納さんの言葉を思い出して悶えていた。
(唯依ちゃんとの孫って、つまり、その、あれだよな……)
ああ、もう!なんで、こんなに俺が恥ずかしがらないといけないんだよ!
「冬夜、帰ってきたんですか?」
ガチャッと扉を開けて唯依ちゃんが入ってくる。
「え、あ、うん!帰ってるよ!?」
「どうしたんですか?」
「な、なんでもないかな。あはは、はは」
「???」
ふぅ、なんとか怪しまれてはいないな。
「そろそろ夕食にしませんか?」
「ああ、いいよ。じゃあ、食堂に行こっか」
栴納さんのとこで食べてたからあんまりお腹すいてないんだけど、いいか。
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「え、何の話?」
「だから、あの織斑君と白崎君の話よ」
「いい話?悪い話?」
「最上級にいい話」
「聞く!」
「まあまあ落ち着きなさい。いい?絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで──」
いつものことながら、思春期女子で埋め尽くされた食堂はかしましい。俺と唯依ちゃんはまず奥の方で数十名がスクラムを組んでいる一団に気がついた。
「なんか、すごい人だかりだね」
「ええ、なんでしょうか」
その盛り上がり方はいつもよりも熱気を増していて、何かのたびにどよめきが起きる。一体、なんだ?
「えええっ!?そ、それ、マジで!?」
「マジで!」
「うそー!きゃー、どうしよう!」
何かよほど面白いことでもあるのだろうか、きゃあきゃあと黄色い声が津波のように押し寄せてくる。何にせよ、楽しそうなのはいいことだ。人間、笑顔が一番だし。特に女の子は。ちなみに俺と唯依ちゃんの夕飯のメニューはチキンの香草焼きと山芋と野菜の煮物、だし巻き卵、それにほうれん草の赤だし味噌汁だ。
「おっ。弟くんじゃん」
「あっ。冬夜兄ィも今から夕飯?」
「ああ」
「だったら──」
「あ───っ!織斑君と白崎君だ!」
「えっ、うそ!?どこ!?」
「ねえねえ、あの噂ってほんと──もがっ!」
件の一団の中で俺たちの存在に気づいた女子が雪崩れ込んでくる。──うん?噂って何だ?
「い、いや、なんでもないのなんでもないのよ!あははは……」
「──バカ!秘密って言ったでしょうが!」
「いや、でも本人だし……」
一人が俺たちの前で大の字になって通せんぼ、その陰でなにやら二人が小声でぼそぼそ喋っている。
「噂って?」
「う、うん!?なんのことかな!?」
「ひ、人の噂も三六五日って言うよね!」
いや、言わないと思う。てか、そんなに長い噂って嫌すぎるだろ。
「な、なに言ってるのよヨミは!四十九日だってば!」
いやそれも違う思う。っていうか──
「何か隠してる?」
「そんなことっ」
「あるわけっ」
「ないよ!?」
連携技を決めてから即撤退。この間わずかに二秒。さすがの俺も状況が飲み込めずぽかんとするしかない。
「なに?あんたら、またなんかやらかしたの?」
あっ、鈴ちゃんだ。
「何で俺が問題児扱いなんだよ」
「そうだそうだ。弟くんだけならまだしも」
「問題児じゃないつもりなの?」
「冬夜、自覚ないんですか?」
……………。
「あっ。弟くん、学年別トーナメントではお互いに良い勝負をしよう」
「おう、望むところだ」
「逃げたわね」
「逃げましたね」
失礼だな、君たちは!なにを根拠にそんなことを言っているのかね!
「そろそろ僕たちも席に行こうか」
「……。まあ、いいですけど」
「そういえば、母様のところへ行ってきたんですよね?何か、仰ってましたか?」
「っ!?」
動揺のあまり茶碗を落としかける。
「えーと……しっかりと励むようにだって」
「そうですか」
本当は『孫の顔が見たい』だったなんて言えないので当たり障りのないことを言っておく。
夕食を終えた俺は唯依ちゃんと部屋に戻っていく。翌日、あんなことが起きるとは思いせずに。