合宿二日目。今日は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。
「ようやく全員集まったか。──おい、遅刻者」
「は、はいっ」
ちーちゃんに呼ばれて身をすくませたのは意外にもボーデヴィッヒさんだった。軍人にしては珍しく五分の遅刻だ。
「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」
「は、はい。ISのコアはそれぞれが相互位置情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので………」
「さすがに優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう」
そう言われてふうと息を吐くボーデヴィッヒさん。胸をなで下ろしているのはドイツ教官時代にイヤというほど恐ろしさを味わったからだろう。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
はーい、と一同が返事する。さすがに一学年全員がずらりと並んでいるので、かなりの人数だ。さて、俺も機体の調整でも始めるか。
「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
打鉄用の装備を運んでいた箒ちゃんは、ちーちゃんに呼ばれてそちらへと向かう。
「お前には今日から専用──」
「ちーちゃ〜〜〜〜〜〜ん、ふーく〜〜〜〜〜〜ん!!!」
ずどどどど……!と砂煙を上げながら人影が走ってくる。無茶苦茶速い。
「……束」
「……束ちゃん」
この天災には立ち入り禁止は関係ないみたい。
「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん、ふーくん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ──ぶへ」
さすがちーちゃん。顔面をアイアンクローとか容赦ない。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」
そしてその拘束から抜け出す束ちゃんもさすがだ。
よっ、と着地した束ちゃんは、今度は箒ちゃんの方を向く。
「やあ!」
「……どうも」
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」
がんっ!
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ……。し、しかも日本刀の鞘で叩いた。ひどい!箒ちゃんひどい!ふーくん慰めて〜」
頭を抑えがなら涙目になって抱きついてくる束ちゃん。豊満なおっぱいは嬉しいがそれ以上に後ろから突き刺さる殺気が怖いです。
「え、えっと、この合宿では関係者以外──」
「んん?珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私とふーくんをおいて他にいないよ」
「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね……」
山田先生見事に撃沈。束ちゃんには基本的に何を言っても無駄だ。好きにさせておくしかない。
「束ちゃん。みんなが困ってるから自己紹介くらいしようよ」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
そう言ってくるりんと回ってみせる。ぽかんとしていた一同も、やっとそこでこの目の前の人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと気づいたらしく、女子が、にわかに騒がしくなる。
「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」
「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」
「うるさい、黙れ」
「あはは……」
そんな旧知の間柄のやりとりに、おずおずと割り込んだのは山田先生だった。
「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」
「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」
「わ、わかりました」
「むむ、ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。このおっぱい魔神め、たぶらかしたな〜!」
言うなり、俺から離れて山田先生に飛びかかる。その手はさっそく豊満な膨らみを鷲づかみにしている。
「きゃああっ!?な、なんっ、なんなんですかぁっ!」
「ええい、よいではないかよいではないかよいではないかー」
どこの悪代官だよ……。てか、じぇらしぃはどうしたじぇらしぃは。
ちなみに束ちゃんの胸はちーちゃんよりちょっと上で、山田先生と多分同じくらい。巨乳ふたりがくんずほぐれつな光景は、唯依ちゃんLOVERでも来るものがある。
「やめろバカ。大体、胸ならお前も十分にあるだろうが」
「てへへ、ふーくん好みの胸に仕上がっております」
やめて。これ以上、俺のお姫様を怒らせないで。本気で後が怖いから。
「それで、頼んでおいたものは……?」
ややためらいがちに箒ちゃんがそう尋ねる。それを聞いて束ちゃんの目がキラーンと光った。
「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」
びしっと直上を指差す束さん。その言葉に従って箒ちゃんも、そして他の生徒たちも空を見上げる。
ズズーンッ!
そして激しい衝撃を伴って、金属の塊が砂浜に落下してきた。
そしてその中身は──
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
真紅の装甲に身を包んだ最新鋭にして最高性能のISだった。
「さあ!箒ちゃん、今からフィッテングとパーソナライズを始めようか!私が補佐するからすぐに終わるよん♪」
「……それでは、頼みます」
「堅いよ〜。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチーな呼び方で──」
「はやく、はじめましょう」
取りつく島もないとはこのことか。
「ん〜。まあ、そうだね。じゃあはじめようか」
ぴ、とリモコンのボタンを押す束ちゃん。刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移る。
「箒ちゃんのデータはある程度先行していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」
コンソールを開いて指を滑らせる束ちゃん。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、膨大なデータに目配りをしていく。それと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いてった。
「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは装備も自動支援つけておいたからね!お姉ちゃんが!」
「それは、どうも」
やっぱり箒ちゃんと束ちゃんの仲は難しいようだ。
「ん〜、ふ、ふ、ふふ〜♪箒ちゃん、また剣の腕前があがったねえ。筋肉の付き方をみればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻がたかいなぁ」
「……………」
「えへへ、無視されちゃった。──はい、フィッテング終了〜。超速いね。さすが私」
態度はこんなのでもやっぱり超天才だなぁ。
「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……?身内ってだけで」
「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」
ふと、群衆の中からそんな声が聞こえた。それに素早く反応したのは、なんと意外なことに束ちゃんだった。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」
まあ、その通りだけどね。
「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」
「え、あ。はい」
「データ見せてね〜。うりゃ」
言うなり白式の装甲へコードをぶっ刺す。
「ん〜……不思議なフラグメントマップを構築してるね。なんだろ?ふーくんのとも違うみたいだし」
「束さん、そのことなんだけど、どうして男の俺や冬夜兄ぃがISを使えるんですか?」
「ふーくんは知ってるけど、いっくんは私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで分解すればわかる気がしするんだけど、していい?」
ちなみにこれは弟くん含めてだ。
「いい訳ないでしょ……。冬夜兄ぃが使えるのは何でなんですか?」
「ふーくんはISのコアを調整してるからだよね〜」
「まあ、そういうことだね」
「それってめちゃめちゃ凄いんじゃ……。ちなみに、後付装備ができないのはなんでですか?」
「そりゃ、私がそう設定したからだよん」
「え……ええっ!?白式って束さんが作ったんですか!?」
「うん、そーだよ。っていっても欠陥機としてポイされてたのをもらって動くようにいじっただけだけどねー。でもそのおかげか第一形態から
「馬鹿たれ。機密事項をべらべらバラすな」
べしん!と手加減オフの打撃が束ちゃんの頭にヒットする。もちろん、手を出したのはちーちゃん。
「いたた。は〜、ちーちゃんの愛情表現は今も昔も過激だね」
「やかましい」
さらにもう一発べしん!と束ちゃんが叩かれたところで一人の女子が束ちゃんに声をかけた。
「あ、あのっ!篠ノ之博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」
誰かと思えば、セシリアさん。でも、相手が悪いかったね。
「はあ?誰だよ君は。金髪に私の知り合いはいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんとふーくんといっくんと数年ぶりの再開なんだよ。そういうシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出て来てるのか理解不能だよ。っていうか誰だよ君は」
「え、あの……」
「うるさいなあ。あっちいきなよ」
「う……」
はぁ。これでもマシになった方なんだよ?昔は本当に無視してたし。
「ふー、へんな金髪だった。外国人は図々しくて嫌いだよ。やっぱ日本人だよね。日本人さいこー。まあ、日本人でもどうでもいいけど。箒ちゃんとちーちゃんとふーくんといっくん以外は」
「あと、おじさんとおばさんもでしょ?」
「ん?んー……まあ、そうだね。あっ、後はふーくんをたぶらかした女の子にも興味あるかな」
「たぶらかされてません。唯依ちゃんはそんなことしません」
「そうそう、唯依ちゃんって子だよ。ふーくんをかけて私と勝負だね」
「唯依ちゃんの代わりに謹んで辞退しておきます」
「ぶーぶー。なんだよ、束さんも魅力的だよ〜」
「はいはい」
「じゃあじゃあ、いっくんを女の子の姿にするのはどうかな!」
「おっ。それは面白そう。ぜひ一緒にやろう」
「勝手に人の体を改造しようとしないでください」
「「ええ〜」」
「あー……こっちはまだ終わらないのですか?」
と、箒ちゃんが咳払いをして話に入ってくる。
「んー、もう終わるよー。はい三分経った〜。あ、今の時間でカップラーメンができたね、惜しい」
最近のカップ麺は三分じゃないのが多いらしいよ。
「んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」
「ええ。それでは試してみます」
プシュッ、プシュッ、とケーブル類が外れ、紅椿がかなりの速度で飛翔した。
「おおっ!」
紅椿は一気に二百メートルほど上昇していた。
「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
「え、ええ、まあ……」
「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータをおくるよん」
そう言って空中に指を踊らせる束ちゃん。武器データを受け取った箒ちゃんは、しゅらんと二本同時に刀を抜き取る。
「親切丁寧な束おねーちゃんの解説つき〜♪雨月は対単一仕様の武器で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!する武器だよ〜。射程距離は、まあアサルトライフルぐらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫」
束ちゃんの解説に合わせて箒ちゃんが突きを放つと、周囲のくうかんに赤色のレーザー球がいくつも現れ、光弾となって雲を穴だらけにした。
「次は空裂ねー。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利。それじゃあこれ打ち落としてみてね、ほーいっと」
言うなり、束ちゃんは十六連装ミサイルポッドを呼びし、一斉射撃する。
「──やれる!この紅椿なら!」
その言葉通り、右脇下に構えた空裂を一閃すると帯状の赤いレーザーがミサイルを全弾撃墜する。
「なかなか……」
スペックデータ通り、圧倒的だ。
(だけど……)
「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生っ!」
いきなりの山田先生の声にちーちゃんが向き直る。ああ、この感じはまた、緊急事態だな……。