弟くんたちが作戦に失敗してから三時間以上経った。
「それで、ちーちゃん。これからどうする?」
「現状では福音の位置がわかっていない以上どうすることもできん」
気絶した弟くんを回収した後、ちーちゃんはずっと指令室にこもって福音の探索を続けている。ほんとは、弟くんの顔を見たいだろうに。
「白崎」
「なに?」
「お前なら福音をどうにかできるか?」
どうにかというのは、福音を無力化出来るかということだろう。
「一人でなら。他の専用機持ちがいると戦いづらいかな」
「では、発見次第すぐに出撃してもらう。準備をしておけ」
「りょーかい」
さてと、福音が相手ということは久しぶりに本気を出さないといけないかな。弟くんたちの戦闘記録を見ただけでも福音の異常な戦闘能力の高さがわかったし。
「となると、やっぱり極超長距離からの狙撃が一番安全かな。
「で、やっぱりこうなるよね……」
ちーちゃんから福音を発見したと報告があった場所から三五○キロ程離れた場所で《試作1200mm
「後で、ちーちゃんに怒られても知らないからな」
隣に置いたFCSセンサーと同期させた超望遠スコープを除くと何故か福音と戦闘中の一夏LOVERsが見える。大方、弟くんの敵討ちだー!とかそんなのだろう。ただどうも、五対一にも関わらず箒ちゃんたちが劣勢みたいだ。
「まあ、俺は俺の仕事を始めようか」
ドンッ!!!とOTHキャノンが強烈な反動と爆音と共に砲弾を撃ち出す。そして、スコープの中の福音の翼が一枚砕ける。
「初弾命中。バリア付きのIS装甲を一撃で破壊とかやり過ぎたかな……?」
大きく体勢を崩した福音へ箒ちゃんが追撃し残った翼を斬り落とす。両方の翼を失った福音は海へと落ちていく。
「これで、任務終……っ!?」
「終了」と言おうとした瞬間、海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ。
「ま、まさかっ!」
球状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が止まっているかのようにへこんだままだった。その中心、青い雷を纏った『銀の福音』が自らを抱くかのようにうずくまっている。
「『
言い終わると同時にスコープから福音が消える。急いで周囲を見回すとボーデヴィッヒさんの足を掴んだ福音の頭部からゆっくりとエネルギーの翼が生えるのが見えた。
「厄介だな……」
どう対処すべきか考えているうちに今度は箒ちゃんが捕まり、エネルギー状へと進化した『銀の鐘』が紅椿の全身を包んでいく。
(考えている暇はないか……。絶対防御があるとはいえ、直接撃ち込むのは避けたかったが仕方ないか)
出来るだけ装甲の厚い部分へと狙いを合わせ、トリガーに指をかける。
「恨みっこなしにしてくれよ、福音のパイロットさん。……っ!?」
トリガーを引こうとした瞬間、荷電粒子砲の狙撃を受けて福音が吹き飛んだ。
「ふっ……美味しすぎるタイミングだね、弟くん」
そこにいたのは、白式第二形態・雪羅を纏った
そして弟くんと一夏LOVERsのコンビネーションで、なんとか福音を機能停止まで持っていけた。
「作戦完了──と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。白崎以外は帰ったらすぐ反省文と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「……はい」
戦士たちの帰還は、それはそれは冷たいものだった。
腕組みで待っていたちーちゃんに弟くんたちはきつく言われ、勝利の感触さえおぼろげな感じだ。今は、俺以外のメンバーは大広間で正座中。
や、やめるんだ、セシリアさん!そんな目で辛いのはわかるけどそんな目で俺を見るなっ!
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……。け、けが人もいますし、ね?」
「ふん……」
怒り心頭のちーちゃんに対して山田先生はおろおろわたわたしている。さっきから緊急箱を持ってきたり、水分補給パックを持ってきたりと忙しい。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。──あっ! だ、男女別々ですよ! わかってますか、織斑君、白崎君!?」
唯依ちゃん以外の裸に興味はないです。
てか、『脱いで』のあたりで一夏LOVERsがそれとなく自分の体を隠してのが、驚きだ。特にボーデヴィッヒさん。いつも裸で弟くんのベッドに入り込んだりしてるのに。
「それじゃあ、みなさんまず水分補給をしてください。夏はそのあたりも意識しないと、急に気分悪くなったりしますよ」
「先生、僕は狙撃してただけなので戻ります。唯依ちゃん成分が不足して死にそうなので」
「え、ええーーー!?だ、ダメですよ、白崎君!ちゃんと診察しないと!」
「白崎、お前狙撃で肩をやっただろう。念のためだ。一応診せておけ」
あらら、バレたか。
「わかりました。じゃ、弟くん。一旦外に出ようか」
「ん? なんでだ?」
…………。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
この女子たちの視線で気づかないとないわー。
「あの、織斑君?みんなの診察をしますから、ええと──」
「「「「「とっとと出てけ!」」」」」
五人の声に押された弟くんと一緒に廊下へと出る。
ぴしゃりと閉じた襖に、俺たちは背中を預けて深く息を吐いた。
「ふう……」
「冬夜兄ぃ」
「なんだ?」
「俺は、俺と白式は──仲間を、守れたよな?」
なんだ、そんなことか。
「ああ、胸を張っていいと思うぞ」
こうして、今回の戦いは終わった。
「機密でしょうから今回の件については聞きませんが、無茶はやめてくださいね」
「無茶はというか、これは自業自得というか、そんな感じだよ」
山田先生に肩の骨折と診断されて右手が使えないので唯依ちゃんに夕食を食べせてもらう。なんたる役得か。OTHキャノン最高!
「では、自業自得の人に食べさせてあげる必要はありませんね」
「ああ〜!ごめん!ごめんなさい!今後はできるだけ無茶しないから!」
「ふふっ」
この楽しみを奪われてたまるか!ゆるんだ浴衣の胸元から覗く唯依ちゃんの谷間!これほどの至高の光景があったのか!
「ちなみに冬夜」
「はっはい!」
「女の子は男の子の視線に敏感なんですよ?」
「重ねてすいません……」
「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四二パーセントかぁ。まあ、こんなところかな?」
空中投影のディスプレイに浮かび上がった各種パラメーターを眺めながら、その女性は無邪気に微笑む。
子供のように。天使のように。
月明かりが照らすその顔は、いつも変わらない。
いつだってどこか退屈そうな顔の、篠ノ之束その人だった。
「んー……ん、ん〜」
鼻歌を奏でながら、別のディスプレイを呼び出す。そこでは白式第二形態の戦闘映像が流れていた。
「は〜。それにしても白式には驚くなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで──」
「──まるで『白騎士』のようだな」
「コアナンバー○○一にして初の実戦投入機体、俺と束ちゃんが心血注いだ一番目の機体に、かな」
俺と一緒に森からちーちゃんが姿を現す。漆黒のスーツに身を包んだその姿は、夜の闇すべてを引き連れているかのような威厳に満ちていた。
「やあ、ちーちゃん、ふーくん」
「おう」
「こんばんわ」
お互いに背中を向ける。束ちゃんは岬の柵に腰掛けぶらぶらと足を揺らし、ちーちゃんは木に身を預ける。
どんな顔をしているかは別に見なくてもわかる。
──そんな確かな信頼が俺たちにはあった。
「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに行ったんでしょうか?」
「……白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」
「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。白騎士を乗りこなしただけのことはあるね」
かつて白騎士と呼ばれた機体は、そのコアを残して解体され、第一世代作成に大きく貢献した。そしてそのコアはとある研究所襲撃事件を境に行方がわからなくなり、いつしか『白式』と呼ばれる機体に組み込まれていた。
「それじゃあふーくんにも、問題です。なんで『白騎士』と『暮桜』が同じワンオフ・アビリティーを開発したんでしょうか」
「そうだな。たとえばの話、コア・ネットワークで情報をやりとりしていたとする。ちーちゃんの一番最初の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜』が。それなら、もしかしたら、同じワンオフ・アビリティーを開発するかもね」
「……………」
ちーちゃんは黙り、束ちゃんが続ける。
「それにしても不思議だよねえ。あの機体のコアは分解前に初期化したのに、なんでなんだろうねー。私がしたから、確実にあのコアは初期化されたはずなんだけどね」
「そうだね、不思議だね」
確かにそれについてはわからないのが本当だ。俺にも束ちゃんにも。
しかし、束ちゃんにとっては別にわからなくても問題はない。
「……そうだな。私も一つたとえ話をしてやろう」
「へえ、ちーちゃんが。珍しいねぇ」
「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験場所を意図的に間違えさせることができるとする。そこで使われるISを、その時だけ動けるようにする。そうすると、本来男が使えないはずのISが使える、ということになるな」
「ん〜?でも、それだと継続的には動かないよねぇ」
「そうだな。お前は、そこまで長い間同じものに手を加えることはしないからな」
「えへへ。飽きるからね」
「……で、どうなんだ?とある天才」
「どうなんだろうねー。うふふ、実のところ、白式がどうして動くのか、私にもわからないんだよねぇ。いっくんはIS開発に関わってないはずなのにね」
「ふん……。まあいい。次のたとえ話だ」
「多いねぇ」
「嬉しいだろう?」
束ちゃんは違いないね、と返す。
「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」
束ちゃんは答えない。そして、ちーちゃんも言葉を続ける。
「暴走事件に際して、新型の高性能機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」
「へえ、不思議なたとえ話だねぇ。すごい天才がいたものだね」
「ああ、すごい天才がいたものだ。かつて、十二カ国の軍事コンピューターを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな」
かつてISを認めなかった世界に対して束ちゃんがとった行動だった。
「ねえ、ちーちゃんにふーくん。今の世界は楽しい?」
「そこそこにな」
「楽しいよ」
「そうなんだ」
岬に吹き上げる風が、一度強くうなりを上げた。
「────」
その風の中、何かをつぶやいて……束ちゃんは消えた。
忽然と。突然と。
「……………」
俺とちーちゃんの口元から漏れる声は、潮風に流れて消えた。
翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。そうして十時を過ぎたところで作業は終了。全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は帰りのサービスエリアで取るらしい。
「あ〜……」
弟くんが座席にかけた瞬間にため息をつくが自業自得なので無視だ。どうも旅館を抜け出して一夏LOVERsとイチャついていたらしい。それが旅館に戻ったちーちゃんにばれて大目玉というわけだ。
「? 唯依ちゃん、どうかした?」
いつもと様子の違う、唯依ちゃんに声をかける。
「い、いえ、何でもありません。気にしないでください」
「なら、いいけど……」
「「「「い、一夏っ」」」」
「はい?」
一夏LOVERsの声に弟くんが振り向くと同じタイミングで、車内に見知らぬ女性が入ってくる。
「ねえ、織斑一夏くんっているかしら?」
「あ、はい。俺ですけど」
弟くんを呼んだその女性は金髪の二十歳くらいで、ちーちゃんとは違うおしゃれ全開のカジュアルスーツを着ている。
「君がそうなんだ。へぇ」
「あ、あの、あなたは……?」
「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」
「え││」
へぇ、あの人があれの操縦者だったのか。
そして、ナターシャさんは困惑している弟くんの頬に口付けした。
「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」
「え、あ、う……?」
「じゃあ、またね。バーイ」
「は、はぁ……」
弟くんはひらひらと手を振るナターシャさんを見送る。
簡単にこの後の展開が予想付くな。
「浮気者め」
「一夏ってモテるねえ」
「本当に行く先々で幸せいっぱいのようですわね」
「はっはっはっ」
軍靴の音をたてながら弟くんに近づく一夏LOVERs。
「「「「はい、どうぞ!」」」」
投げつけられるペットボトル×四。
金髪美女からのキスの対価がそれくらいなんて感謝すべきだぞ、弟くん。
こうして、俺たちの臨海学校は終わった。