かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

6 / 13
裏ボスは、挑まれたら拒まない。


最強

最強

 

最初が恐怖、次が羨望、そして最後が嫌悪。

ソレがアイツに抱いた感情だった。

 

初めてアンタを見た時震えが止まらなかった。

タダの優男にしか見えないのに、勝てる気が全くしなかった。

なんだろうな、本能っていうか…カエルがヘビに睨まれて動けなくなるような、そんな感じだった。

戦ってもいない相手にそう思ったのは今も昔もあの時だけだ。

 

 

 

次に会ったのは街中だったな。

俺がいつものようにモンスター共を狩って仲間と一緒にギルドに戻ろうとした時、挑戦者がお前に挑む所を見た。

その時の挑戦者の顔には見覚えがある、全員レベル5以上の相当な手練れだったはずだ。

そいつ等が本気で放つ魔法や斬撃を、アンタは涼しい顔で全部受けきって、その歩みを止めようとすらしなかった。

 

その時にさ、純粋にすげぇって思ったんだ。

有象無象の雑魚どもを高みから見物する…真の強者っていうか、そう思った。

アンタの強さは主神や仲間から何回も聞いてたけどよ、あそこまで圧倒的だと笑っちまうな。

どう頑張っても越えられない壁の、そのまた先の先の先にアンタはいるんだって痛感した。

俺も、アンタ程じゃなくても、せめてアンタが本気で戦えるくらいにはなりたいって思った。

 

 

 

でもよ、最近その気持ちが分からなくなってきた。

なぁ、お前は最強なんだろ?

自分に反抗する屑どもを力でねじ伏せて従わせる…正真正銘の頂点だろうが。

なのに、なんで笑ってられるんだ。

お前に負けた挑戦者たちが、陰でお前のことをなんて言ってるか知ってるか?

臆病者、守るだけの能無し、言いたい放題だ。

お前には、そんなことを言う奴らをぶちのめす権利があるだろうが。

なんで何もしねぇんだよ。

 

三回目にお前を見かけた時、お前は自分の店の壁を掃除してたよな。

屑どもが腹いせに書いた落書きをよ、惨めったらしく何回も何回も必死に雑巾で拭いてよ。

それでも笑い続けてるお前を見てさ、俺は何を目標をしてたのか分からなくなった。

俺が夢見た最強は、こんな惨めなもんだったのかよ。

ふざけんなよ、なんでお前がそんなことしてんだ。

 

お前がそんな姿をさらすなら、そうしろよ。

テメェをぶちのめして、俺が最強になる。

テメェの代わりに、最強になってやる。

テメェみたいな奴が、俺の憧れになってんじゃねぇよ…クソが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンドラが豊穣の女主人にて声を発した瞬間、店の中で一切の音が消えた。

皆一斉に彼を見つめ、なぜここにいるのか、何が目的なのか、そう考えるだけで精一杯だった。

いや、思考を巡らせるだけでも十分であった。

弱い冒険者は彼という存在に耐え切れなくなり、白目をむいて気絶してしまっている。

 

「あの…」

 

そう言っただけで、数名の冒険者は武器を構えた。

額から汗をにじませ、今から戦争でも起きるのかというほどの緊張が走る。

 

「ん? あぁ、お前さんか。 酒は厨房の奥に運んでおくれ」

 

その緊張を解いたのはこの店の主人であるミア・グランドだった。

彼女はパンドラの来店に気付くとともに、すぐさま用件を伝えた。

 

「分かりました…それと、御代は原価で結構ですので」

 

「嫌なこと言わないでくれよ、ちゃんとお礼分も含めて払いに行くさ」

 

「そうですか…では、何かお手伝いできることでも…」

 

そんな会話をしながら厨房へ向かおうとした時、何者かがその口を開いた。

 

「…おい、待てよ。 裏ボス」

 

その言葉に反応してパンドラが振り向くと、その方向には古くからの知り合いが主神となっているファミリアが陣取る席があった。

パンドラはその声色に聞き覚えがあり、故にすぐさま返事ができた。

 

「何かご用でしょうか? ローガさん」

 

そう、彼に話しかけたのはロキ・ファミリアの一人ローガであった。

彼は席についたまま右腕をテーブルに乗せ、今にも襲い掛かりそうな目つきでパンドラを睨み付けていた。

 

「何か、じゃねぇよ。 テメェ、なんでこんな所にいやがる」

 

「えぇ、このお店にお酒を数本頼まれまして…その配達に参ったところです」

 

「…チッ。 なんでテメェがそんなパシリみたいなことしてんだ。 第一、頼まれたんなら頼んだ奴に持って行かせるのが当然じゃねぇのか? あぁ?」

 

「いえ、さすがに女性に夜道を歩かせるのは忍びなかったもので」

 

「はんっ、テメェらしい甘ちゃんな言い分だな。 反吐が出るぜ」

 

パンドラに対して明らかに喧嘩腰なローガを見て、店内に先ほどとは別の緊張が走った。

そんな彼を見かねて、ロキが本気で止めようとするが、彼は止まらない。

 

「おい、ベート。 やんちゃすんのもエエ加減にせえ」

 

「アンタは黙っててくれ。 …なぁ、テメェは最強とか言われてるがよぉ…ホントのトコどうなんだ? 戦ってる姿なんか見たことネェし、見るといったら今みたいに雑用やってるとこばっかだ」

 

「………」

 

「ホントは全然強くないんじゃねぇのか? ただ周りが持て囃してるだけでよ…ほら、悔しかったらなんか言ってみろよ、おい」

 

まるでワザと怒らせようとしてるような言葉をパンドラは黙って聞き、しばし沈黙が流れる。

本当にパンドラが怒り狂うんじゃないのか、そう思って何人か逃げ出してしまっていた。

それ程までに緊迫した中、パンドラの返事は実に彼らしいモノだった。

 

「…確かにそうですね。 まぁ、自分が一番強いだなんて私は思っていませんし…むしろそうでない方が私としても嬉しい限りですがね」

 

「嬉しい…だと? ………ク…ククッ…ハハッ…ハハッハハハハッ!!」

 

その言葉を聞いて、ローガは一瞬顔を歪ませた後、盛大に笑った。

先程クラネルをバカにした時とは比べ物にならないくらいに、狂ったように笑った。

その姿を見て、ロキはおろか彼の仲間もその異様さに誰も声をかけることが出来ない。

 

「…表出ろ、今すぐぶちのめしてやる」

 

そしてひとしきり笑った後、彼に宣戦布告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょうど周りに人もいねぇ、巻沿いは気にしなくて良いみたいだな」

 

腕を軽く回し、周りを見ながらローガはそうつぶやいた。

その近くには決闘をする相手であるパンドラが立っている。

彼は一言も喋らず、ただ彼を見つめているだけであった。

 

「…おい、何か話せよ。 それとも、ビビッて何も話せないのか?」

 

ローガはそう言って彼を挑発するが、当のパンドラは一言も喋らないでいた。

 

「ベート! 今ならまだ取り消せる、早く謝るんだ! 今のキミじゃ彼には敵わない!」

 

ロキ・ファミリアの団長であるフィン・ディムナはローガを必死に止めようとするが、ローガは全く聞く耳を持たない。

他の面々は既に諦めており、せめて彼が殺されないことを祈るばかりである。

ただ、ロキだけはパンドラが彼を殺さないことを確信しており、故にこれが彼にとっていい教訓になるだろうと考えていた。

 

「フィン、もうええ。 黙って見とき」

 

「ッ!? しかし…!」

 

「大丈夫や、アイツはベートの馬鹿を殺したりせぇへん。 それよりも、一度アイツにボコボコにされた方が為になるわ」

 

ソレを聞いてディムナは反論できず、ローガを見守ることしかできなくなった。

そんな仲間たちの様子を見てローガは満足そうに笑い、対面するパンドラに改めて話しかけた。

 

「邪魔する奴はいねぇ。 いつでも始められるが…合図は?」

 

「…もう既に」

 

「ハハッ、上等ォッ!!」

 

刹那、ローガとパンドラの距離は一気にゼロに縮まり、パンドラの顔面に強烈な蹴りが叩き込まれた。

長く彼と共に戦っていたメンバーは、ソレが本気の一撃であることが一目で分かった。

 

「ダリャァッ!!」

 

次いで何発ものラッシュが叩き込まれる。

勢いで砂埃が舞い、その全容を捉えることが出来ない。

そこに一切の隙もなく、防御の構えをとる余裕すらない。

強力なモンスターを何体も屠ってきた、彼の得意技の一つだ。

 

「ッ!?」

 

しかし、攻撃の途中でローガは後ろに飛び退き、冷や汗を流した。

一見ローガの優勢に見えたが、そうではなかったのだ。

 

「…今までにない殺気、単純に倒したいという気持ちだけでない…複雑な感情が混じっている。 …何を考えていらっしゃるのですか?」

 

砂埃の先には、一切のダメージを受けていない様子のパンドラが立っていた。

ソレを見て、ローガは忌々しそうに彼を見つめる。

 

「チッ…なんで攻めてこない!? テメェだったら俺に反撃するタイミングなんざ腐るほどあったはずだ!」

 

「…貴方は誤解しています、確かに貴方に抵抗する機会はありました。 しかし、ソレが逆転の一手になるとは思えなかったから行わなかったのです」

 

「いい加減にしろよバカがッ! お前がそうやってなんでも受け入れてたお蔭で、街の雑魚どもは調子に乗って好き勝手やってんだぞ!!」

 

今までで一番の大声でそう叫んだ。

まるで自分が一番言いたかったことのように。

 

「…あのドアホ」

 

ソレを聞き、ロキはようやく彼が何をしたかったのか理解した。

彼が最初にパンドラを見た時以来何を感じ、何を夢見たのか。

それを一番近くで見ていたからこそ、その気持ちが痛いほど理解できた。

 

「なぁ、テメェは最強なんだろ!? なんでやり返さねぇんだ! どうして何もしねぇんだ! テメェがそうやって全部許してるから挑戦者なんて粋がった馬鹿野郎も減らねぇし、テメェは虐げられたままだ!」

 

「それは…」

 

「人と関わりが持てるから、か? それがまず違うだろうが! 話をしたいなら話をさせたらいいだろうが。 弱い奴を好きにできる、それが世界最強の特権だろうが」

 

彼の叫びをパンドラは、仲間たちは、主神は黙って聞く。

その姿はいつもの勇ましいソレではなく、路上で迷子になった子供のように痛ましく、儚げで、弱弱しく見えた。

 

「俺はずっと待っていたんだ アンタがいつかブチ切れて、挑んできた奴らを全員倒すのを。 俺が夢見た「最強」にアンタがなってくれるのを。 でもアンタはずっとソレになってくれない。 それどころか、本当は強くないだの臆病な奴だの言われたい放題だ」

 

「………」

 

「なぁ、お前はホントは強いんだろ? あんな雑魚どもが言ってるのはタダの噂なんだろ? 頼むよ、確信させてくれよ! アンタが最強なんだって…コレが俺の目標なんだって胸張って言える証拠を見せてくれよ!!」

 

心から叫ぶ、彼の本音だった。

そこにどれだけの想いが含まれているか分からない。

 

彼の種族である狼人は、強さに重きを置く種族であった。

故に最強たるパンドラを尊重し、己の憧れとし、目標としていた。

しかしその目標であるパンドラが他の有象無象に虐げられている。

その事実が許せなかった。

そして、一切の報復を行わないパンドラにも苛立っていたのだ。

 

 

 

 

 

「………」

 

その叫びの意図を理解し、パンドラは目を閉じ黙っていた。

自分のするべきことは何か。

未だ信じられぬ己の力を振るうか。

 

しかし、もし彼の話が本当だとしたら、本気を出したら彼はどうなってしまうだろうか?

それだけはいけない。

最悪の結果を頭に浮かべ、掻き消すように頭を振った。

そして、自分のするべきことを導き出す。

 

ほんの少しだけ、「抵抗」しよう。

 

もしそれで彼が落胆したとしても、傷つくのは自分だけだ。

それに、自分が弱いことが証明できたらヒトと接する機会が増えるかもしれない。

そう考え、彼は少しだけ腕に力を入れた。

 

 

 

 

 

その異変に一早く気づいたのはヴァレンシュタインだった。

皆ローガの叫びに夢中だったために気付かなかったのだ。

対面する裏ボスが、強烈な何かを放っていたことに。

真っ黒で邪悪な気を孕んだソレは、明らかに人間が持てる力ではなかった。

 

それに気づけたのは、最早本能レベルだったのだろう。

しかし、気付いた時には遅かったのだ。

 

「なに、あれ…」

 

彼女の言葉に反応して全員パンドラの方を向き、目を見開いた。

 

「まさか…魔そのもの…なのか?」

 

彼の姿を見て、アールヴはそう呟いた。

 

魔法の発動方法は二つ存在する。

体力と対を為す精神力、マインドを削る方法。

魔、神秘を含めた魔導書を読み発動する方法。

他にもいくつか方法はあるが、一つだけ不変の理がある。

 

その魔法の根源たる魔力は流れなどを感じることはできても、肉眼で捉えることは出来ない。

 

そう、魔法は発動し世界に出現させたときに初めて視認することが出来る。

故に、それ以前のマインドや魔、そして神秘を見ることは叶わない。

叶わないはずなのだ。

 

しかし、今目の前でパンドラが放っているそれは魔以外で説明できる代物ではなかった。

見たことは無い、しかしそれ以外であてはまる言葉が彼女の知識には存在しなかった。

では次に、なぜ本来見えないはずの魔が見えるのか。

アールヴが導き出した答えは、自分でも信じれない答えだった。

 

(まさか、視認できるほど高密度の魔力を腕に宿したというのか? 一瞬で…詠唱の一つもなしに…? そんな、ありえない。 そもそも密度うんぬんで魔が見えるようになる筈がない…だが、ならば目の前のアレはどう説明する!?)

 

アールヴが思考を巡らせる中、最初に動いたのはヴァレンシュタインだった。

彼女はパンドラを止めるため、彼の前に立ちふさがる。

 

「…何か?」

 

「ベートのことは、私が謝ります。 だから、この場は引いて下さい」

 

「…これは、彼が望んだことです」

 

「ッ!」

 

そう言うと、彼はローガの下へと歩を進める。

ソレを見てヴァレンシュタインは威嚇のために剣を抜いた。

 

そして、彼に向けて剣を構えた瞬間、それは起きた。

 

 

 

ビキリ

 

 

 

鈍い音が彼女の剣から響き、見ると彼女の剣にヒビが入っていた。

 

「え…?」

 

突然の事に、ヴァレンシュタインは状況を飲み込み事が出来なかった。

自分の武器は不壊属性を持っていたはずだ。

それなのに、なぜ触れてもいないのにヒビが入った?

 

「…さて、ローガさん」

 

動けなくなった彼女を尻目に、パンドラは自分を見て笑みを浮かべるローガに話しかけた。

 

「…お相手、仕りましょう」

 

 




ご感想、ご指摘がございましたら、よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。