かくして、私は裏ボスになりました   作:ツム太郎

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不思議の国へ、ようこそ。


真意

真意

 

ニンマリと。

 

ただニンマリと笑ったまま、その表情を一切変えない。

しかし、いつもと様子が違う、彼女のファミリアに属する面々はそう感じていた。

なんというか、いつもの飄々とした雰囲気が感じられず、なんというか。

 

(…ロキ、もしかして怒ってる?)

 

ファミリアの一員であるヴァレンシュタインはそう思った。

しかも、いつものように怒鳴ったり暴れたりする怒りではない、今まで見たことのない怒り方であった。

 

「…おや、狂神様。 もう動けるように?」

 

「あぁ、前にアレを喰らった時から腰にずっと付けてたモンが役に立ったわ。 …んで」

 

彼女はパンドラの目の前まで歩みを進めて彼と少しだけ交わすと、その糸目を少しばかり開いて隣にいる女神を見た。

 

「アンタはいつまでパンドラの腕を持ってんねん、フレイヤ」

 

「あら、久しぶりに会ったのに随分な挨拶ねロキ。 近い将来のファミリア筆頭と親睦を深めているだけよ、何の問題もないわ」

 

さも当然のように、微笑みを絶やさないままフレイヤはそう言い切った。

するとどうだろう、ロキはその笑みをより一層深め、さらには眉間に皺を寄せ始めた。

 

「…ははぁん、悪いけどソイツはウチが先約済みや。 もう何十年も前からそう決まってる」

 

「あら、別に時間が全てではないわよ。 ねぇ、アリス?」

 

そう言って、彼女はパンドラの下顎を優しく撫でた。

対するパンドラは一切の抵抗を見せずなされるがままの状態である。

 

「…パンドラ、この茶番いつまですんねん?」

 

すると、ロキはもう一度パンドラに話しかけた。

彼は困った顔をしてフレイヤを見るが、フレイヤは微笑みを返すだけで何もしない。

ヤレヤレと首を振ると、彼はロキを見つめた。

 

「狂神様…申し訳ありませんが…」

 

「…はぁ、仕方ないな。 貸しイチやで、ほらフレイヤもいい加減離れぃ」

 

「あら、もう終わり? 残念ね」

 

ロキは彼が何を求めているかすぐに察し、その表情を崩すとため息を吐いた。

ソレと同時にフレイヤも残念そうな顔をしながらパンドラから離れて数歩ほど下がった。

同時に彼女は発していたピリピリとしていた空気が和らぎ、周りにいた者はようやく安堵することが出来た。

 

「まず、なんていうかな…パンドラが発したアレの事なんやが。 アレな、別に体にダメージを与えるモンやないんや」

 

「ダメージを与えない? そう言えば、先ほど飲んだ薬も麻痺直しと言っていたが…どういうことだ?」

 

ロキの言葉にアールヴが問いかける。

そんな彼女をロキは待て待てと手を広げて落ち着かせる。

 

「落ち着き、今から話したるから。 あの馬鹿でかい魔力の塊な、人にあたると全身に強烈な痺れを起こさせて動けなくさせるんや。 まぁ、逆を言えばそれだけの効果しかない」

 

「麻痺? それでロキは動けなくなったの…?」

 

「その通りやアイズ。 …かなぁり昔に喰らったことがあったんやが…酔うとったせいか忘れてたんや…はぁ」

 

自分が情けないと頭を掻きながらため息を漏らす。

なるほど、見かけは醜悪だが、蓋を開けてみればただの麻痺魔法だったと。

周りの人々は納得しかけて…否定した。

ただの麻痺魔法、そんなはずがなかろう。

 

ただ見た目が悪いだけの麻痺魔法だと言うのなら、なぜヴァレンシュタインの、そして神であるへファイストスの剣に使用不可能なほどの傷を一瞬にして与えたのか?

そんな疑問が、納得しかけた頭を震わせたのだ。

 

「ちょっと待って、ロキ。 それなら私の剣は何で…」

 

そんな周りの人々を代表するかのように、ヴァレンシュタインがロキに話しかける。

 

「壊れてしまったか。 それを聞きたいんやろ? そこで絡んでくるのがコイツの持つ唯一のスキルや」

 

その瞬間、その場にいた全員の時間が停止した。

パンドラにスキルが存在する、そんなこと今まで一度も聞いたことが無かったからだ。

ただ存在するだけで街一つ吹っ飛ぶとまで言われた正体不明の化け物、ジャバウォックの名を冠する彼に、スキルが存在するなど。

 

「…ロキ、本当に裏ボスにスキルが…」

 

「勿論しっかり確かめたワケやないで? 随分と前やけど、神会で神の間だけで決めたんや。 そもそも、スキルの定義からしてファミリアにも入っとらんコイツにスキルなんてありえへん…が、とりあえずスキルで括らんと、それこそ説明のしようがないからなぁ」

 

「神の間だけで…そんなことを我々に喋っても…?」

 

「大丈夫やフィン、近々子供たちにも広めようって話やったからな。 少し早まっただけや。 別にエエやろ、提案者?」

 

そう言って、ロキは近くでこちらを見ていたガネーシャを見やった。

 

「…是非もなし。 元々は子ども達を無意味に怖がらせないための提案だったが、逆に今では分からなさすぎて恐怖となっている有様。 ならばすぐにでも伝える必要がある。 故に問題ないッ」

 

ガネーシャは彼女の言葉を肯定し、キラリと歯を光らせた。

 

「と、言うわけや。 それで肝心のスキルなんやがな…例えばティオナ、これ持ってみ」

 

彼女は近くにあった小石を拾うと、直ぐ近くにいた自分のファミリアの一員であるティオナ・ヒリュテにヒョイと投げた。

それをティオナは目を丸くしながら受け取ると、そのまま少しばかり沈黙が流れた。

 

「え、えっと…ロキ。 受け取ったけど、コレがどうしたの?」

 

「…ティオナ、その石持ってどう感じた?」

 

「どうって、別に軽めの石が飛んできて、受け取っただけだよ?」

 

ヒリュテがそう言うと、ロキは満足げに頷くと話を続けた。

 

「せや、普通やとそれだけ…何の問題もあれへん。 …せやけど、パンドラはその石を触れた人類だけが粉々になる凶悪な魔石に変えることが出来るんや、それも一瞬で」

 

いつもと同じように、あっけからんと途轍もない事実をその場にいる全員に突きつけた。

その事実を知る神々は各々思う所があるのか皆瞳を閉じて一言も喋らない。

 

「えっ、えっ? ちょっとロキ、それってどういう意味なの?」

 

全員が何を聞いたらいいか分からない状態で、石を投げられたティオナがかろうじて口を開けた。

 

「…ホンマ、ウチらも未だに信じられへんし、分からんところも多いんやけど…パンドラは自分の魔力でモノの本質を変えることが出来るんや」

 

「本質を…変える?」

 

「そう、それも一つだけやない。 さっきの魔の塊も『肉眼で見れること』、『人が当たると麻痺すること』、『武器が当たると砕けること』。 この三つの作用があの魔には同時に掛けられてたんや。 いや、もしかしたらそれ以外にもあったかもしれへん」

 

ソレを聞いて全員が絶句した。

そして理解ができなかった。

無理もない、ロキの言うことが本当なら、パンドラはこの世のすべてを自分の思いのままに変化させることができる、ということになる。

 

「それの応用でコイツは自分だけの鉱物でできた、これまた強烈な武器を生成できるんやが…確か名前は『ジャバウォックの爪』やったな。 せやろ、パンドラ?」

 

「…概ね、違いはありません」

 

ロキが本人に問いかけると、パンドラも特に否定せず肯定した。

 

「ま、待ってくれロキ、それに裏ボス殿」

 

その会話にアールヴが待ったをかけた。

 

「今の話、すまないがやはり信じきれない。 魔術を主とする身だからこそ言えるが、限定的な性質の変化…それも一瞬で二つ三つも作るなど到底できる芸当ではない。 たとえそういったスキルがあったとしても、ソレをするには通常の何千倍、何万倍の集中力と魔力が必要になる。 もし、それが出来る者がいたとしたらソレは正真正銘の…ッッ!?」

 

アールヴは、最後まで言い終えることが出来なかった。

自分の言おうとすることが何に直結するか、ようやく理解できたのだ。

目を見開き、額から汗を滲ませながら、目の前にいる男を凝視する。

 

「…正真正銘の人外…やろ?」

 

そして彼女が言おうとしたことをロキが言った。

もう誰も、何も口に出すことが出来なくなってしまっていた。

 

 

 

「…『不思議の国』。 正式名は『ワンダーワールド』。 それが現段階で名づけられた、パンドラの馬鹿げたスキルの名前や」

 

 

 

その名前は、意外にも全員の耳をスルリと抜けるほど、妙に丁度良い名だった。

パンドラの、パンドラだけの世界。

馬鹿げた魔力とずば抜けた精神力。

ソレを両立させたうえで為しえた、神を超えた極技。

 

「…結局、パンドラはベートを殺すつもりなんか最初から無かったんや。 コイツが言うた『お絶え下さい』っていう言葉な。 アレは動きを絶やし、何もするなっていう意味を持っとる。 別に死ねって言うてるんやない」

 

沈黙が続く中、ロキの言葉だけが響いた。

妙に清々しい顔でパンドラを見つめると、そのままロキは頭を下げた。

 

「すまんなぁ、ずっと前に教えて貰うたのに…。 勝手に怒って勝手に暴れて」

 

「…お止め下さい。 何も言わず、ただ攻撃した自分に非があります」

 

「…そっか。 なら、これで仲直りさせてな…フフッ」

 

対するパンドラもロキに頭を下げた。

笑い合う二人の姿は人間よりも人間らしく、到底世界を揺るがす化け物にも見えなかった。

ソレを見たこの時は、今夜で一番心が安らいだ時間であったという。

 

 

 

 

 

「…さて、そろそろ帰ろうかしら」

 

数分後、口を開いたのはフレイヤだった。

彼女はソレだけ言うと踵を返し、自分の住処へと歩いていく。

 

「ん? もう帰るんか?」

 

「えぇ、もうこれ以上の進展は無理そうだし、今日は帰るわ。 また会いましょう、アリス」

 

そう言うと、彼女は夜の闇に姿を消していった。

 

「うむ、ならば私も帰ろうとするか。 正直眠いしなッ!」

 

「そうね、大丈夫そうだし私も帰ろうかしら」

 

そう言って、ガネーシャとへファイストスも姿を消していく。

 

 

 

「うー、結局ベル君はいないし、他を探そうかな…」

 

「そうだな。 せっかくだ、手伝うよヘスティア」

 

「うん、ありがとうタケミカヅチ」

 

同時に建物の陰から何やら声がすると、二つの影が闇に溶けていった。

 

 

 

そうして残ったのはロキとそのファミリアの面々。

そしてパンドラのみであった。

 

「んー、とりあえず一件落着かぁ…。 せや、パンドラ。 ちょっと飲み足りひんから、ifでちょっと飲ませてや!」

 

「えっ!?」

 

ヴァレンシュタインはテンションをすぐに戻して大声で話す主神のタフさに驚きの声を上げると同時に、パンドラは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「…申し訳ありません、今から行くところがございまして…そのお誘いはまた今度に」

 

「ん? アンタが用事なんて珍しいな。 一体何があるんや?」

 

何の気なしに問いかけたロキを尻目に、彼は笑みを浮かべて足に魔力を込めた。

 

「…少々、道に迷った白ウサギを導きに」

 

そう言うと、彼の姿は一瞬にして消えた。

 

 




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