「グオオォォォォォォ……!!」
決闘に敗北し、虚ろな瞳のポセイドラは弱々しい咆哮をあげる。
しかし、傷ついてなお闘争本能は失われていない。
ゴボゴボゴボ……
海竜の喉元に属する器官、水袋が激しくうがいをするような音を立てる。
コーヒーをドリップするように飲み込んだ水を泡立て、嵩を増やしているのだろう。
「最後の一撃か……。……来い」
アバンスは龍種が全身全霊を込めて打ち出す一撃を予期し、刀を鞘に納める。
そして……深く深呼吸。
「スゥ…………フウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
体内の酸素を吐き出し、極限まで脱力を行う。
全ては、目の前の敵の攻撃に対する最大の称賛のために、全力全霊を以て正面から迎え撃つ。
「ゴ、ガアァァァァァァァァァァァッ!!!」
ポセイドラの海を荒らす咆哮と共に、アバンスめがけ一直線に高圧水流のブレスを放つ。
海面を裂くスピードでアバンスに迫り来るそれは、まともに食らえばアバンスとて無傷では済まないだろう。
だが、アバンスは動かない。
「斬」
その言葉に一瞬遅れて、ブァンッ、という音が響いた。
そして、アバンスは動かなかったのではない。
何のモーションすら見せず、既に刀を鞘から抜き放っていたのだ。
その証拠に、高圧水流のブレスは真っ二つに割れ、口から適度に回転するように打ち出されていた水流は逆にそれが仇となったように全く別の方向に逸れた。
「ガウ……ッ!?」
ポセイドラが呆気にとられたように驚く。
アバンスが何をしたか、と問われればこう答えるしかない。
向かってきたから斬った、そう、ただそれだけだ。
目視すらされない神速の居合。
アバンスのそれは、物理法則もちょっと捻じ曲げる。
「大人しくしてろよ、暴れ海竜。今、楽になる」
縮地、とでも言えばいいだろうか。
彼我の距離を空間を素っ飛ばしたように詰め、抜身の刀で斬り上げる姿勢に入っていた。
「弐の太刀」
「ガウアアァァァァァァァッ!!!!」
狙った部位から始め、喉から首、首から口へと向かうように刀を沿わせて斬り上げる。
剣閃は見事な半円を描き、ポセイドラの鱗を削ぎながら確実に仕留められる一撃となった。
「ガ、ガァァァ……」
そして、最後の断末魔を上げると共に、長い首からポセイドラは崩れ落ちた。
その途中に、上へ向けられた口の中から、頑丈に封をされた箱が上空に飛び出て重力に逆らわず、アバンスの手元へと落ちる。
「……安心しな、峰打ちだ」
刀を鞘に納めると、アバンスは静かにそう告げた。
「えー!?逃がしちゃったの!?」
「まぁ、うん、そう……なるな」
ビーチに戻り、一応エミリアに報告をする。
彼女の目的は、研究サンプルの捕獲。
アバンスはお叱りを受けるのを覚悟はしていた。
「……そっか。まあ、アバンスらしいかもね」
「……(ほっ)」
エミリアはどうやら結果に納得してくれたようだ。
どうしても必要だったというわけでもなかったようで、この件は丸く収まるらしい。
「ちぇー。目的の一個は失敗かぁ……」
「……一個?」
どうやら目的は複数あったらしい。
流石に彼女の狙いが全て失敗に終わるのは思わしくない。
いい旦那を気取りたいアバンスとしては、せめてもう一つの目的くらいは達成させてあげたい。
「あー……エイミィ、その、失敗の件についてはもう一つの方で埋め合わせさせてもらえないか?俺にできる範囲でなんでもする」
「『俺にできる範囲でなんでもする』……ね。言質、とったよ?」
何故か背中に走る悪寒。
エミリアは、なんでもする、というセリフに目をギラつかせる。
「お、おお……。お手柔らかにな……?」
「じゃあ、あのね……?」
「リチュア・アバンス、A・O・Jアトランティス支部より帰還致しました」
「ああ、ご苦労。また今日からここで頑張ってくれ」
「うっす」
1週間後、アバンスは出張から帰還した。
……どことなくやつれた気がするのは気のせいだろうか。
「よう、アバンス。どうだった?ハネムーンは」
「ハネムーン言うな、仕事だ」
「嫁同伴でか。いいご身分なことで」
「…………何スネてんだよ、お前」
1週間ぶりに会ったというのに、悪友がいつも以上に嫌味っぽい。
ダルクのデスクの上の灰皿に吸い殻が積み上がっているところを見ると、嫌な事でもあったんだろう。
「何、お前がいないから、お前の机に溜まっていた書類をダルクが処理した、それだけの話だ」
「あぁ……そんな事か」
「そんな事か、ってお前な……。書類溜めすぎなんだよ。苦手だからって放置すると俺にお鉢が回って来るんだから勘弁してくれよな」
ダルクが不貞腐れたように、煙草をふかす。
「スマンスマン。ほら、土産もあるから機嫌直せ、な?」
「土産?」
「ああ、アトランティスの漁協から海の幸を大量に戴いてな。エイミィが煮物作ったから、お裾分けだ」
「やりぃ!」
チョロい。
ダルクは意外と食い物で釣れる。
「それと……ハストールさん、これを」
「……これは……」
アバンスがハストールに渡したもの、それは1枚のカード。
『No.64 古狸三太夫』だった。
「今回、討伐対象が暴れていたのは、恐らくそのカードの力で暴走したからだと考えられます。漂流していたところを飲み込んだんでしょう」
「なるほど……。改めて言わせてもらう、ご苦労だった」
ハストルがそれだけ言うと、アバンスは短く返答し自分の席に戻る。
「カードの力で暴走、か……」
つい2日前まで、とあるカードの影響で穢れたように変色していた右手を撫でる。
「ダルク、お前も気をつけろよ。……アレ、想像以上にヤバい……」
「……肝に銘じておく」
『RUM-幻想虚身』
No.の真の力を引き出す為に、使用者の身体を異界からのコネクタ代わりにするカード。
運命を引き込めれば、望んだ時に手札に来る性質を持つが故の代償を、使用者自身の肉体で支払う事となる。
「……ま、使うのは躊躇わないけどな」
ダルクはそう呟くと、また煙草をふかし始めた。
「本当に挑むのかい?」
「無論だ。何の為に、お前をここに呼んだと思っている、ナイアルラ」
アランレイヴとナイアルラは、とある遺跡の扉の前で向かい合っていた。
ナイアルラは、いつもの不敵な笑みを消し、至って真面目な様子でアランレイヴに問う。
しかし、アランレイヴはその問いにすっぱりと答えを返す。
「……ああ、君は既に覚悟は終えているんだったね。なら、覚悟を問うのは無粋か」
「……ナイアルラ」
「わかっているよ、アランレイヴ。君は、この扉の先に用があるんだね。なら、僕も覚悟を決めよう。……試練の証を」
ナイアルラがそう言うと、アランレイヴは2枚のカードを手渡す。
『No.63 銀河眼の光子竜皇』
『No.107 銀河眼の時空竜』
その2枚をナイアルラが扉の窪みへと納める。
「我、彼の者の覚悟を以て真理の天秤に掛ける。左の皿には光の竜の祝福を。右の皿には時空の竜の洗礼を。此度の儀、我、ナイアルラの真名と御魂を以て見届ける事を誓う」
ナイアルラの誓いの言葉と共に、石造りの扉が開く。
「さぁ、行こうアランレイヴ。この先に君の望む力がある」
その言葉にアランレイヴは頷いて、扉の先に一歩を踏み出した。