リチュア・アバンスの朝は早い。
朝5時には起床し、朝7時までトレーニング、そしてシャワーを浴びてから、愛妻の用意してくれた朝食を食べ、身支度を整え、出勤する。
……そう、それが、彼の変わらぬ日常……だった。
「ぐへー……」
「うわぁ、アバンスが壊れた」
買い出しから帰ってきたダルクがオフィスで見たのは、魂の抜けた相棒の姿だった。
「もうやだ働きたくないお家に帰りたい」
「ニャル先輩、アバンスがホームシックにかかってるんですけどどうしましょう」
「あー……放って置くしかないね」
今日で3日間、家に帰らずの勤務である。
『ゼロ』も一応は公共機関の一部。
『No.』回収の任務が無ければ、他の部署から押し付けられた厄介ごとを処理するのが主な業務となっている。
要領のいいダルクやナイアルラ、生真面目なハストルは自分の仕事を早々に片付けているが、アバンスはこの手の書類仕事が苦手だった。
「……まぁ、2日間の調査の上、帰ってきたら徹夜の事務仕事。とてもお役所とは思えないねぇ……」
何本もの触手をうねらせキーボードを操るナイアルラは苦笑する。
「あー……やっと終わった……」
数時間後、すっかり朝日が昇ったころ。顔中に洗濯バサミ、腕にはシッペの痕、転がる栄養ドリンクの瓶。
「はぁー……。ヒッデェ顔。シャワー浴びて来るか……」
「おはよぉございます。クロハいますかぁ?」
「おわ」
ドアを開いたら、若干間延びした声。
そしてアバンスよりも二回りほど小さい青髪の少女。
「……早いな、姉ちゃん。泊まり込み?」
「うん、機材の検査で仕事が長引いてね。……で、クロハは?」
少女、リチュア・エリアルはアバンスの義姉に当たる。……年齢?ナイショ。そして、クロハとはダルクの愛称である。
「張り込みに出た。今はこっちにはいないよ。伝言なら伝えておくけど」
「ううん、いないならいいや。直接引っ張ってこないと意味無いし。……戻ってきたら、わたしの部屋まで連れてきてね?」
「はいはい」
適当に返事を返すと、エリアルは自分の研究室に戻る。
背が低いからか歩き方が子供っぽいので危なっかしい。
「さて、シャワー浴びて……」
そう呟いた途端、ポケットの携帯電話が鳴り始める。マナーモードだというのに、高い音を立てて強く振動する。
つまりこれは……
「緊急連絡……!?もしもし、ダルク、どうした!?」
『ザおう、繋がザザか。……ザザクソ、電ザ悪い。マニュアル03、座標2387、6791、0145オーバー」
「おい!ダルク!ダルク!!」
砂嵐に混じってダルクの声が聞こえるも、交戦地域だからか、電波が悪くノイズに阻まれる。
しかし、座標だけはしっかりと聞き取れた。
「……」
パチン!とアバンスは自分の両頰を強く叩く。
睡眠不足で鈍った頭が、目覚め始める。
「……さて、行くか。アラゴトの時間だ」
そう呟くと、アバンスはデスクの横の刀を手に取り、抜く。
「神秘と友愛の徒よ、我が身を捧げる」
凛とした雰囲気の中に獰猛な竜の波動を纏わせる。
「我が身を汝と一つと為せ」
身体が、熱い。
全身を輪廻の炎で灼いたようだ。
身体が、冷たい。
深く昏い海の底に沈んだようだ。
矛盾した感覚が無くなった頃には、アバンスの姿に人の面影は無く、群青色の鱗と、柴色、紅色の髪を流した竜となっていた。
そして一体の竜は、扉を抜けた後、暁の空へ飛び立った。
『No.』が眠るという林。
普段は鬱蒼とした雰囲気に包まれたただの林。
だが、その中を走り抜ける一つの影があった。
「ッ……あー、クソ、こいつはちとヤベェ、か?」
交戦地域の林の中、その大樹の影にダルクは隠れていた。
『…………( ? _ ? )』
『…………( ̄^ ̄)ゞ』
『…………( ̄◇ ̄;)』
『…………Σ(゚д゚lll)』
大樹の影から確認できる敵の数は4、ただし、敵には声も、暦とした形も無く、影だけがある。
蠢く無形の黒い影。
つまり、ただの使役されている使い魔の可能性が高い。
できる限り無駄な戦闘を避け、救援を待ちたい。
無論、ダルクとて、使い魔を倒せない程弱くは無い……が、今は状況が悪い。
「まさか義手が壊れるなんてなぁ……。ちょっと調子悪い気はしてたんだが……」
頼りになるのは自分の足と、頭と、腰に下げた魔法で強化された拳銃。
無限ポップする使い魔相手には数が足り無いが、気休め程度にはなるだろう。
「まずは、アバンスが来るまで生き延びねぇと……。…………」
『…………(O_O)』
見つかった。
目が合った。
ガン見している、されている。
『ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3』
「逃すかぁっ!!」
周囲の使い魔に連絡を図ろうと、一目散に逃走を図った影に一瞬で抜き打ち、発砲。
どこがどの部位か分からず、適当な中心部分に着弾し、ドピュッ、と墨汁のような何かが漏れはしたが、大したダメージは無さそうだ。そのまま走り(?)去っていく。
「まっず……どげんかせんといかん……!」
チャキ
「………っ!!」
銃を下ろした途端、背後から薄っぺらい、無骨な大鎌が首筋に突きつけられる。咄嗟に振り返ると、鎌を持った、『それ』は先の不定形と違い、はっきりとした人型を取り、石の仮面をつけていた。
『汝、この林に、何用、か?』
「喋った……!?」
『汝、何用、か?な、によう、か?』
首筋に突きつけられた鎌がカタカタと音を立てて震える。
だが、決して怯えが混ざってなどいない。
『な、によ、によ、なに、カ、カァァァァァッ!!!』
「くっ!!」
そこから感じられるのは殺意と狂気。
鎌を振り回す、人の形を取った影はただ一心不乱にダルクの首を狙う。
「っ、うぉっ、危なぁっ!?」
『カ、カカ、カカナナナン、ババババッ!』
「は?ナンバ……。『No.』?……そうか、こいつが……。なるほどな」
片腕を使えないにしても、素早いフットワークで鎌をかいくぐり、徐々に接近する。
『っ!か、カカッ!』
多少焦りが見える動きで、鎌のスイングが大振りになっていくが、ダルクの身体を掠めもしない。
「ふっ飛べや、『No.』の守り人ぉ!!」
ドォンっ!!
肉薄した距離で拳銃を抜き打ち、ゼロ距離のヘッドショット。
顔を覆った仮面を叩き割り、その後ろの顔面が爆ぜる。
『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎っっっ!!!!』
悲鳴にならない悲鳴を上げて、顔を抑え呪詛ともつかぬうめき声を漏らして蹲る。
「……っしゃあ。今の内にトンズラこいて……ん?」
ダルクは勝ちを確信し、その場を離れようと、視線を外し、後ろを向く。
だが、ダルクはすぐに身体の異変に気付いた、
「ぐおっ……!!」
長時間正座でもしていたかのような脚の痺れがダルクを襲う。脚の感覚がなくなり、もつれて転んでしまった。
『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』
「っ!テメェの仕業かぁっ………!!」
ずるり、と緩慢な動作で仮面の人型『No.』の守り人』は鎌を握りしめ、再度動き始める。非常に微かな声で、呪詛を放ち続けており、おそらくそれが原因でか、ダルクの脚の動きが封じられている。
『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎』
形勢逆転、とばかりに仮面の口の端が歪んだように見えた。狙いは外さない、とばかりに鎌を最上段に構える。
(殺られるッーーー!!)
『死、ネェェッ!!!』
脳天めがけて、鎌を振り下ろされた瞬間、
シュィンッ!!
『!!?』
「待たせたな、ダルク」
「待たされたよ、アバンス」
上空から飛来した蒼い竜、リチュア・アバンスが振るった刀が、振り下ろされた鎌を弾いた。
「ダルク、思いっきりヤっちまっていいんだな?」
「ああ、軽〜く叩きのめせ。なるべく、強くな」
「了、解っ!」
ズンッ、とアバンスが一歩前に踏み出す。それとほぼ同時に、抜き身の刀の斬り上げが守り人に襲いかかる。
『カカァッ!!?』
ゴッ、という短い打撃音の後に、力負けしたのだろうか、守り人の鎌が腕ごとおかしな方向に曲がる。
「無駄、無駄、無駄、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァッ!!!」
『ディオォッ!!?』
腕を上げられ、ガラ空きになったボディを、アバンスの斬撃が襲う。
斬り、切り、突き、裂き、刺し、払い、殴り、潰し、咬み千切り、無数の攻撃が五分刻みにせんと、嵐のように放たれる。
『▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎………ッ!!ガ、アァ……!』
「はンっ、この程度か。」
守り人の身体が剣戟により歪み、身体が崩れ、割れたままの仮面はそのままに、スライム状の不定形へと姿を変えた。
「アバンス、逃げるぞ」
「……いや、残念ながらそりゃ無理だ」
「アァン!?」
「見ろよ、あれ」
スライム状の守り人がどんどん膨張していく。守り人にその使い魔がくっついて融合しているのだ。
そして、5m程背後から黒い霧に覆われていく。元々林であることが認識できない程の、墨汁を気化させたような濃密な黒い霧だ。この中では方向感覚もあったものじゃない。林から脱出などできないだろう。
「……な?」
「……だな。これは、ここで仕留めるしかない」
『グググ……ごガァ……。でュ、エル……!』
スライム状から、また人型へと形を変えた守り人が唸る。
そして、アバンスを指差した。
「はッ、俺をご指名か。いいぜ、相手になってやるよ」
刀を鞘に戻し、竜から人へと姿を変える。
そして、アバンスと守り人、二人をドーム状に囲うように霧が深くなる。
霧の中でも、アバンスとダルクは完全に隔絶されたようだ。
「さっさと家に帰って嫁の飯が食いたいんでな、さっさとカタをつけさせてもらう」
「『決闘!!』」