第10話 入学式
沖縄侵攻より一年と八か月。――西暦2094年4月4日、日曜日――
東京都八王子国立魔法大学付属第一高校――通称『一高』の入学式当日。
悠真は講堂の前に立っていた。
まだ周りに他の新入生の姿は見えないが、在校生はちらほらと見えた。
(国立魔法大学付属第一高校、魔法師育成のための国策機関であるこの学校に入学を許されたこと自体、魔法という希少な才能を認められたエリートである、か。)
「あなたが桜井悠真君?初めまして、私はこの学校の副生徒会長をしている七草真由美です。」
後ろから声をかけられて振り向くと、そこには長い髪の女子生徒が立っていた。
かわいい容姿は周りの人を引き付けるが、それよりも前に名前に注意がいった。
七草――十師族の一つでそのなかでも最有力の家だ。それは四葉も同じなので人のことは言えないが。
「初めまして、桜井悠真です。」
手を差し出されたので軽く握手する。
「悠真君って呼んでもいいかしら?」
「はい、構いません。」
「それじゃあ、悠真君。時間も迫っていることだしリハーサルに行きましょう。」
くるりと方向を変え、歩き出した七草先輩に続いてリハーサルが行われる講堂の中へと入った。
◇ ◇ ◇
入学式が始まった。
校長の式辞、来賓の挨拶、生徒会長の送辞と長い話が続く間、悠真は数か月前の屋敷でのことを思い返していた。
四葉本家にある真夜のプライベートルーム。
向かい合うソファーに座り、静かに紅茶を飲んでいた真夜はそっとカップを机に置いた。
「――それで、一高に通う許可がほしい、と言うの?」
「はい。」
学校に通うか、通わないか。どこの学校に通うか。それらは全て当主である真夜の一言で決まる。
それ以前に本来なら一高ではなく、本家に近い四高に行くはずなのだから、なお不信がるだろう。
「それは、私の命を違えたとしても?」
「――はい。それでも俺は外の世界を見てみたい。」
生まれてから今まで四葉の庇護下で育ってきた悠真はほとんど外に出ていないといってもいい。どこに行っても四葉の目の届く場所だった。
だから、高校生活の3年間を四葉の外で見てみたいと思ったのだ。
悠真と真夜の間で高まる緊張感。
ときが止まってしまったかのごとき緊迫感の中で、――世界が「夜」に塗りつぶされた。
闇に浮かぶ、燦然と輝く星々の群れ。
天井が、月のない、星の夜空に変わっていた。
星が光の線となって流れ、悠真に向かって襲ってきたが、
それは一瞬で現れた黒球によって一か所に引き寄せられ、消えた。
部屋の中に光は一切なく、それまで「夜」だったものが「闇」へと姿を変える。
それを見た真夜が嬉しそうに笑い、魔法を解いた。
部屋の様子は元に戻る。
見つめあう二人。先に口を開いたのは悠真だった。
「俺は――俺だけは何があっても裏切りませんから。」
「えぇ、そうね。貴方は裏切らない、あの人とは違うもの。」
一瞬悲しそうな顔をした真夜だが、すぐにいつも通りの顔に戻った。
「いいわ、許可をしましょう。ただし、条件付きで――。」
真夜はそうにっこり笑って告げた。
◇ ◇ ◇
「では、新入生総代の桜井悠真さんによる答辞です。」
悠真は壇上に上がった。
今、悠真がここにいるのは真夜の条件をのんだからだ。あおの条件のうちの一つが『四葉』の姓を隠すことだ。もちろんパーソナルデータも『桜井悠真』のものが用意された。
式壇の前に悠真が立つ頃にはざわめきが大きくなっていた。
黒すぎる髪と対照的に透き通るような白い肌、細い身体ながら虚弱な印象を一切与えない絶妙なバランスの体型。
それでいて女子とは見間違わない「典型的な美少年」と呼ばれるような容姿だ。
優れた容姿に対して普通上がるはずの男子の怨嗟の声は一切上がらず、女子の黄色い声だけが響いている。
悠真は会場を見渡した。
(一科生が前、二科生が後ろ、最も差別意識が強いのは差別されている者、か。)
決まりがあるわけでもなく、自然とそうなっていることに対して小さく息を吐く。
「麗らかな春の日差しが降り注ぐこの良き日に名門第一高等学校に入学できたことを嬉しく思います。
この学校は魔法力が強い一科生と一科生より劣る二科生がいるが、魔法力はイコール強さではない。
努力や工夫次第でどうにかなることもある。
自分を劣等生だと認めてしまえばそれ以上伸びることは無いし、優等生と驕ればいつか下のものに抜かれてしまうこともある。
そのことを胸に刻み一人一人が切磋琢磨し成長していくことをここに誓います。」
壇上から降りてステージの裏へと入る。
そこには七草先輩が待っていた。
「お疲れさま、悠真君。素敵な答辞だったわ。」
「ありがとうございます。」
七草先輩に頭を下げてから、前を見ると、七草先輩の横に背の高い男子生徒が立っていた。打ち合わせで一度顔を合わせているのでその人が生徒会長だということを思い出した。
「本当にすごいわね。入試平均95点。魔法工学と魔法理論は文句なしの満点。前代未聞の高得点だって先生方驚いていたわよ。」
七草先輩が楽しそうに話すなか、コホンと咳払いが聞こえた。
「七草さん。そろそろ本題に入ろう。」
「あ、すみません。会長。」
「――桜井君、我々は君を生徒会に迎え入れたいのだが、入ってくれないだろうか?」
改めてと真剣な表情になる生徒会長。
生徒会になれば、校内でのCADの使用は可能となる。CADがなくても魔法は使えるが、目立ってしまう。それならば生徒会になったほうが都合がいい、か。
「わかりました。謹んでお受けします。」
悠真が頭を下げ引き受けたのと同時に周りの空気が少しだけ軽くなった気がした。
真由美の役職を都合のいいように捏造しました。