アイズ・ミィス 作:BIGBAG
アイズ・ヴァレンシュタイン7歳。
【ロキ・ファミリア】に加入す。
その少女は僅か期間1年、8歳でLv.2へ到達し、さらに上へと駆け上った。
そして今、16歳でLv.6に。
迷宮都市オラリオ内で最強の女性剣士と言われる存在へと成長した。
そんな彼女も独力だけで強くなれた訳では無い。
時々思い出す。
さりげなく見守ってくれた一人の剣士の姿を。
かつての、この――『不壊属性』を持つ愛剣《デスペレート》の持ち主だった者を。
「君も頑張るねぇ」
そう語る、口許に涼し気な微笑みを受かべる細身の若い人物。
銀の長い真っ直ぐな髪が美しい少年――エラン・マルセン。
Lv.4のヒューマン、18歳。
白地に青のアクセントのある服装。
腰には紺の持ち手な細身の愛剣《デスペレート》を帯びる。
目元は、切り揃えた前髪が目の下までを隠していて、その表情は半分しか読み取れない。
アイズは、そんな彼の華麗な剣技を密かに尊敬していた。
彼女が彼を思い出せるもっとも多い光景それは、【ロキ・ファミリア】のホームの木々の並ぶ広い庭の木陰なテラスで静かに本を読んでいる彼の姿。
その少し離れた日差しのある芝を育む場所で、延々と鍛錬を続ける彼女を、微妙に窘めるかの様にそう表現してくれる。
「私は……弱いので」
感情に乏しい表情の少女は、口調も淡々としたものの答えた。
アイズは周りにいる仲間の強さを知っている。肩を並べるには努力しかない。
7歳で入団した彼女。
当時の服装は、ピンクに白のストライプの入った可愛らしい衣装。
武器は身長に合わせた細身の短剣だ。
もちろん、この大きな組織の【ロキ・ファミリア】でも冒険者としては過去最年少の入団になる。
冒険者であったアイズの両親らは、地上で運無くモンスターの集団に遭遇し他界。少女は生き延びたがもはや親族に当ては無い。彼女はその時、単にこれからも生き残るために冒険者になることを選び、オラリオまで辿り着き【ロキ・ファミリア】の門戸を叩いた。
主神ロキの採用方針は『お気に入り』と『心と体』。技は後でいい。身体能力が高ければ自然と身に付くものだと知っている。
エランは、読んでいた本を椅子へ置くと立ち上がった。
「ふーん、よし、じゃあちょっと打ち合おう」
「えっ?」
「全力で掛かって来なよ」
「……はい」
結果は、当然エランによる完封劇で、アイズは彼の華麗な剣技の峰打ちで何度も失神していた。
「うん。はい、これまでだよ」
「――!」
アイズはその声にハッと目が覚め、飛び起き反射的に短剣を構えた。もう十度は軽く超えていた失神のあとの目覚め。
だが、打ち合いは終わったようだ。
彼女は入団三日目で、初めて対人での真剣な組手をしてもらった。
他の仲間は皆、随分年上で優しい。
『焦ることは無いぞ、基本をまず大事にな』
大柄なドワーフで古参のガレスなどもそう言ってくれる。
しかし、両親が殺され死に掛けた戦場では『強さ』がなければ死ぬだけなのだ。
基本が大事なのも当然理解している。
しかし、彼女が求めるのは優しさでは無く厳しさ――そして、まさにいかなる状況にも生き残る『強さ』。
「あの……エランさん、私に剣技を――」
「イヤだよ。時間は貴重なんだ。さっきの打ち合いで君の課題は一通り見えたはず。じゃあね」
そう言って彼は、アイズの言葉を待たずに片手を上げ、背を向けると再びテラスの席に着き本を読み始める。
手厳しい。
だがその様子にアイズは不思議と満足していた。
彼からは少女へ、その見た目の子ども扱いな雰囲気を感じなかったから。
彼女は、エランとの打ち合いを思い出す様に、一振り一振りに気合を込めて再び日の差す場所で剣を振り始めた。
『グルォォォォォァーーーーーー!』
岩肌の影からコボルトが飛び出してくる。
ここはすでにダンジョンの2階層目。
「そこよ、アイズ!」
「はい」
少女の素早い短剣捌きで大柄なコボルトを瞬殺する。
入団から今日で五日目。
初めてのダンジョンだが、早くも20体以上のモンスターを無傷で倒していた。
彼女の傍には、今日は非番だというハイエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールブが付き添ってくれていた。
リヴェリアは【ロキ・ファミリア】の副団長だ。
「少し休む?」
「いえ、大丈夫です」
ダンジョンに入った当初から、少女の気迫は凄いものが有った。
その集中力は途絶えることが無い。
この年齢にして、確かに大した事だ。
しかし、リヴェリアは少女に些かの危うさを感じる。
(……ずっと突っ込み過ぎるはね。必死になる状況ではない時に気負いすぎると、いざというときに気勢が持たなく途切れてしまうんだけど)
その後も、アイズはモンスターを狩りまくった。
結局、昼食を挟みつつこの日、計40体以上のモンスターを危なげなく無傷で倒し終わる。
時間はまだ早かったが、リヴェリアはアイズとホームへ引き上げた。
その日晩餐の席で主神ロキを始め、団長で小人族(パルゥム)のフィンや皆が、アイズのその戦果を褒めてくれる。
しかし、あの少年エランは一言「お疲れ様」とくれるだけであった。
それから連日、幼いアイズは交代で【ファミリア】の誰か一人に付き添われてダンジョンの3階層目まで進む。
少女の基本的な身体能力が高いことも有り、この数日での【ステイタス】の伸びは目を見張るものが有る。
アイズの闘いぶりは、3階層にいるゴブリンやダンジョン・リザードは敵で無くなっている。
今日はLv.2の獣人、ドッグピープルの女性クラルが付いていた。
「あの……クラルさん、私は4階層へ降りたいのですが」
「えっ? でもアイズちゃん……」
「お願いします」
その犬人へ、アイズは金色の強い意志の視線を向け続ける。
しばし考えたクラルは、4階層まではさほどモンスターの種類が変わらない事を思い、アイズの要望に応えた。
そうして二人は4階層へと降りていく。
多少数と強さの頻度が上がっているが、ここでもアイズが一対一で後れを取ることは無かった。
そうして、しばらく過ぎ獣人のクラルが『心配は杞憂だったワン』と思った時の事だ。
そこは、5つの出入り口が有る部屋であった。
本来この階層ではあまり起こらない、モンスターとの集中遭遇(オールレンジ・エンカウント)が起こったのだ。
恐らく四方の色々な箇所で誕生したり、移動したり追われたりしていた個体らが、同じ場所へ偶々偶然に集まってしまったのだろう。
その数、なんと40体近く。
Lv.2の獣人クラルが前面に立って切り倒すも、同時に四方から来られては流石に手が回らない。
いくら身体能力が高いアイズでも、Lv.2が手こずる状況に、それ以下の能力しかない彼女は何度も同時に押し寄せるモンスター達に殴られ、そうして一人孤立し劣勢な状況で袋小路な通路の壁際へと追い込まれていった。
そして休憩もろくに取らず、ずっと張りつめさせていた気勢がしぼみ始めて来る。
(くっ……こ、こんなところで……)
さらに限界の力で踏ん張っていた膝が、カクリと落ち始める。
何という現実の厳しさ。怖さ。自身の無力さ。
もうダメか――。
その時だ。
彼女の前方で閃光の華麗な連撃が瞬いた。
アイズの前に群がっていた大柄なコボルトら十数体のモンスター達は一瞬で灰のように霧散する。
その霞の中から、腰ほどまで戦(そよ)ぐ銀色の髪の少年――エランが右手に《デスペレート》を握り現れた。
(――やっぱりエランさん……す、すごい)
その剣速は、自分と打ち合って貰った時と比べるべくもない。圧倒的な強さと全く見えない速さであった。
これが、Lv.4――いや、それ以上の速さに思えた。
「エランさん、ありが――」
「君か? この階層に降りようと勝手な事を考えたのは」
アイズが、お礼を言うつもりで見上げた少年の長い前髪の隙間から覗く目は、その初めて見た『銀色』の目が怒っていた。
「――!」
「私の耳の片隅には、団長が君へ『ここ数日は3階層まででね』と、言っていた風に記憶しているんだけど?」
そう、団長のフィンはその経験からあと数日、彼女の【ステイタス】の伸びを見てから下層へと考えての指示があったのだ。
それを、彼女はついイケると破っていた。
「認めたクラルさんも、クラルさんだけどあの人は優しいからな。そもそもそんな勝手を彼女は言い出さないだろ? 君も団員なら、団長や仲間の言葉や立場をよく考えて行動しろ」
「は……はい。勝手にすみません……でした……」
少女は、力なく頭を垂れた。
「それに毎日潜っていれば、この辺りの階層で今の私でも、年に一、二度ぐらいは危険だと思う事が起きるんだ。そうして、冒険者達は不意に命を落とす。ここは、なんでも起きる場所なんだ」
その現実に、アイズは小さく震えていた。
エランは、教訓としてアイズへと静かな声ながらはっきりと伝える。
「ダンジョンを――舐めるな」
その言葉を残して、エランは少女へ背を向けると去って行った。
獣人クラルもモンスターを倒し終わり此処へ来たが、目線を落として立ち尽くしていた――。
To be continued