誰かのとまる被りしてたらと思うと……。
約束を交わした日の次の夜。死神は月明かりに照らされる病室でベッドの傍らの椅子に座り、少女の質問に答えていた。
「そういえば、どうして私には死神さんが見えるんですか? 誰にでも見えるわけではないんですよね」
「そうですね。比較的、貴方のような病人には死神を何かしらで感じる事のできる人が多いです。それでも少ないのですが」
「そうなんですか?」
「ええ。死神と言うのは『死』の象徴ですので、存在を感じるうえで必要なのが『死を身近に感じる事』。そのような人は限られてきます」
「霊感とかでは無いんですね」
「そうですね、関係ありません。そもそも『霊感』というものがあるのかも怪しいところです。何年か前に自称・霊能力者の所に寄ったのですが、あの人は私どころか目の前の魂すら見えていませんでしたからね」
思い出しながら語る死神の声には侮蔑や嘲りのようなものが含まれていた。本当は霊が見えていないのに、霊能力者を語るという嘘をついていることが心底気にくわないのだろう。
対して、少女は少しガッカリした様子で言った。
「あ、そうなんですか……でも、それなら確かに病気の人が多そうですね」
「ええ。ただ貴方の場合は見えるだけでなく、言葉を聞くことも触ることも出来るので特に珍しいのですが」
「珍しいんですか?」
何となくは分かるものの、自分がそうである為にピンと来ていない様子の少女。それを見て死神が説明を始める。
「そもそも見える事と聞こえる事と触れることは条件がそれぞれ違いますから」
「見えるだけだったり、触れるだけの人もいるんですね」
その言葉に首を縦に振って肯定する。
「いますよ。その中だと触れるだけの人が多いですね。条件が『死に触れた経験がある事』ですから」
「つまり、死にかけたことがあるかないかってことですね」
「そうなりますね。生死の境を彷徨ったとも言えます」
「確かに私もそう言う経験があります」
「ですからこうして、私に触る事が出来るのです」
差し出された手に少女が触れると、感慨深い様子で「そうだったんですね……」と呟いた。
「次に見える為に必要なことですが、これは『死と正面から向き合う事』。これが大事です」
「正面から向き合う事……」
「死から逃げず、目を逸らさずに向き合う心。これがある人はそうそういません。死を直視するというのは怖いものですから」
「……私は、死と向き合う事が出来ていたんですかね」
視線を落とし、死神に問いかける。それを見て死神は、優しく語りかけるように言葉を口にしていった。
「あなたに自信が無くても、死神が見えたのですから。向き合う事が出来ていたんです」
「そうでしょうか……?」
「ええ。死神は嘘をつきません」
「……」
「……」
「……ふふ、そうですね。死神さんは嘘をつかないんですよね」
僅かな静寂の後、おかしそうに笑う少女。その笑顔は窓から差し込む月光も相まって、とても美しく幻想的で、綺麗に見えたという。
「もちろんです。それが信条のようなものですから」
「それなら間違いはないですね。それで、言葉を聞くにはどういう条件があるんですか?」
話を戻す少女の顔には、すでに先程までの影は無くなっていた。
「言葉を聞くには『死を理解しようとする事』が大事です。死というものがどういうものなのか、そもそも死ぬとはなんなのか。そういう事をしっかりと考えた人が、死神の声を聞く事ができるのです」
「……そうだったんですね。確かにそのことは、直る見込みがないと知った時に考えましたことがあります」
言いながら窓を見る少女。恐らく月を見ているであろうその顔は見えないが、死神にはとても穏やかな表情をしているように思えた。だから、
「そうですか」
とだけ言って、その後は静かな時間を帰る時になるまで過ごしたのだった。
雨の降る別の日の夜。2人は取り留めも無い話をしていたのだが、ふと、少女が思い出したかのように尋ねた。
「死神さんって名前は無いんですか?」
「名前、ですか。今は無いですね」
「昔はあったんですか?」
「そうですね。何も、生まれたときから死神だったわけではありませんから」
「え、違うんですか?」
何かを懐かしむかのように天井を見上げ答えた死神に対して、少女は驚きを口にする。どうやら死神は最初から死神なんだろう、と思っていたようだ。
「ええ。元々はあなたと同じ人間ですよ。それが死んだ後に死神になったのです」
「そういうこともあるんですね」
「誰でもなれるわけではないのですが、そういう事もあります……それで私の名前に関してですが」
「はい」
若干、言葉を濁すように話を本題に戻す死神。しかし少女は特に違和感を持つことなく、死神が話すのを待った。
「死んだ者が生前の名を名乗るというのは、いわば自らの死を認めていないことになります。その人物は既に死んでいるのですから……なので、死神である以上は生前の名を名乗ることは禁止されています」
「そうなんですか……それなら普段は何て呼ばれているんですか?」
「基本的には所属地名、もしくは番号ですね。ちなみに私は『
「その番号は死神になった順、とかですか?」
規則なく並べられた番号に推測を立てるが、死神は首を横に振った。
「いえ、私の体から魂が抜けた月と日、時間と分と秒です。ですのでこの場合は『10月26日18時9分43秒』に体から魂が抜けたということになります」
「そうだったんですね……う~ん……」
死神から知らされた事実にそう呟くと、何かを考えるように唸り始めた。
暫くの間考え込んでいた少女だったが、その唸りが不意に止む。そして、
「――そうだっ!」
言葉同時にグーにした右手の横で手のひらをポンッと叩き、
「それなら私が考えても良いですか? 死神さんの呼称を」
そんな突飛な提案をしたのであった。
「……え、呼称を?」
まさかの提案だったので理解をするのに時間がかかった死神が問い返す。すると少女は輝くような微笑で死神を見つめた。
「それなら問題ないですよね?」
「それは……まぁ、問題はありません」
その気迫に少し押されながらも正直に承諾する死神。それをマイナスに捉えたのか、少女の顔から輝きが消えて、様子を窺うようなものになる。
「もしかして……嫌、ですか?」
「いえ、そのようなことはありませんよ」
「よかったぁ……それなら少し待っててくださいね。今考えますから」
「ええ、分かりました」
許可を得た少女は死神から視線を外し、ベッドの頭部分に寄りかかる様にして目を閉じると、ブツブツと呟き始める。
そんな少女を見て、死神は温かい気持ちを感じながら見守るのであった。
「黒井さん、しーさん、こうさん、もりさん、鎌田さん、黒沼さん、黒木さん、黒田さん、びょーさん、しょーさん、るいさん、ふびさん……」
自らのすぐ近くにいる死神をイメージしているだろう呼称の候補を楽しそうに次々と上げていく。しかし、時々混じる妙な呼称に死神は多少の不安を覚え始めていた。
数分は経っただろうか、少女が呟くのを止めて目を開く。
「決まりました。これからは死神さんの事を『しょーさん』って呼びますね」
「いいですよ。ですがどうして『しょーさん』なのでしょうか?」
そうして少女の口から出た呼称は以外にも普通なもので、一安心した死神が疑問を投げかける。すると少女は少し恥ずかしそうに、しかし自信たっぷりに理由を説明した。
「私たちがこうしてお話していられるのも、書類の不備があったからじゃないですか。だから『書類』の『しょ』で『しょーさん』です」
「なるほど……確かにそうですね」
理由に納得し、「しょーさん……しょーさん……」と口の中で自らの呼称を反復して響きを確かめる。どうやら理由も含めて気に入ったようだ。
「はい。だからこれからもお願いしますね……しょーさん」
「ええ、もちろんです」
今はまだ呼び慣れていないためにぎこちない少女だが、それはこれから呼び続けることで慣れていくのだろう。
こうして死神の呼称が決まり、元々遮るものが無かった二人の距離をさらに縮めることになるのだった。
呼称が決まり、少女が呼ぶことに慣れてから数か月後。月の浮かぶ外は暑く、病室は快適だった。
「そう言えば、どうして死神って鎌を持っているイメージなんでしょうか? 実際にしょーさんも持ってますし」
死神の持っている、いかにも死神が持っていそうな大鎌を見て尋ねる。
……そもそも、今まで訊ねなかったことがおかしなくらいなのだが、それくらい死神のイメージに違和感なく溶け込んでいたのだろう。
「そもそもの死神のイメージは、私たち死神を見た人が広めたのでしょう。ですから、いわゆる死神という感じの恰好なのも当然と言えば当然です」
「火の無いところには煙は立たない、ってことですね」
「ええ。それで鎌についてですが、これには通信以外にも魂を回収する機能があります」
「鎌で回収するんですか?」
「そうですね。鎌で魂を切ることにより、魂が鎌に吸収されます。それを持って帰って転生輪廻の渦に放り込むのです」
「そうだったんですね……でも鎌って扱いづらそうですよね。どうして鎌なんでしょうか?」
鎌で回収しているさまを頭の中で想像し、思ったことを口にする。
確かに少女の言うとおり、大鎌と言うのは扱い辛いにもほどがある。刀身が持ち手に対して横向きに生えているのもそうだし、そもそも内側に刃がついているというのがあり得ない。どう考えても武器としては実用的ではないのだ……そう、武器としては。
「鎌というのは普通に持つと刃が自分に向くようになります。こういう風に」
鎌の刃が水平になる様に持ちあげる。すると、鎌の刃は死神の言うとおり自らに向いていた。
「確かに、自分の方を向いてますね」
「これは自らに刃を向ける、つまり『自らの死』を意味しています。お前は死んでいるのだと、自分自身に投げかけているのです」
「そんな意味があったんですね」
「ええ。それ以外にも自ら――すなわち死者――に刃が向いている事で、生者を殺さないという意味合いもあります」
「意外と深いんですねー……」
少女は死神から語られた説明に納得した様子でそう言った。
……今回の事もそうだが、死神の話す内容はどこか非現実的ながらも、少女にとっては身近に感じるという不思議な感覚だった。
また、自らの本心を自然体で受け入れてくれる……それだけで、少女にとって死神と過ごす時間はとても楽しいもの。故にこの後も続けられる他愛も無い話も、終わりの時までの日々も全て、少女にとってはとてもとても大切で大事な時間……もしかしたらそれは、死神にとっても。
次で最後です。