さらに時は経って、外には落ち葉が地面に舞い始めるころ。月が良く見える少女の病室には変わらず、死神が座っていた。
「そう言えばしょーさんは亡くなられた後に死神さんになったんですよね」
話の流れから数か月前の会話を思い出して、死神に確認をとる。
「ええ」
「他の死神さんもそうなんですか?」
「そうですね。他の死神も元は人間です」
当たり前のことだが死神も全ての死神にあったことがあるわけではない。しかし例外は無いと聞いていたのでそう答える。
「何か、死神になったのには理由があったんですか? 亡くなった人がみんな、なるわけではないですよね」
もしそんなことになっていたら死神の人口? はとんでもないことになっているだろう。
「理由、といいますか、条件があります」
「条件って、前に話してくれたようなものですか?」
つまり以前に話した「死神を感じるための条件」のことである。それを死神は頷いて肯定した。
「ええ、同じではありませんがそのようなものです」
「どのような条件があるんでしょうか?」
「そうですね……『死を受け入れる事』『死を重く捉える事』『死を否定しない事』『死を実感する事』の4つです。このうちの『死を実感する事』というのは、多くの人が死ぬ際に実感するので無いようなものですがね」
条件をあげていくと同時に指を立てていき、そのまま首を切るようなジェスチャーをして死を表現する。
「でもそれだと、生前に死神を見たりできなくても死神にはなるという事ですか?」
「そういうこともあります。ただ、死神も元病人が多いのは同じですから、生前に死神を感じる事のできていた人は多かったと思います」
その言葉に、少し躊躇いながらも気になったことを正直に問いかけた。
「……それなら、しょーさんも病気で亡くなったんですか?」
「いえ、私は病気では亡くなっていません。それどころかいたって健康で、風邪を引いたのも片手で数えられるくらいでした」
「そうだったんですか」
「ええ。まぁ、最近は死神になれる人も少ないようで、昔に比べれば死神の数も減ったそうです。そんな状況なので、私みたいなのは珍しかったらしいですよ」
どうやら死神の人口は減少傾向にあるようだ。もしかしたら、それだけ現代人の死に対する概念のようなものが軽くなってきているのかもしれない。はたまた死をやたらめったらに否定する人や、死をとにかく受け入れられない人が増えているのか……真相は不明。
まぁそんなことは今はどうでもよく、少女は人口減少と言う意外な事実に驚く。
「死神さんの数が減っているんですか?」
「そうですね。死神といえども永遠に存在し続けられるわけではありません。半永久的には存在できますが」
「半永久的にってことは、寿命とかは無いんですよね?」
「ええ。そもそもが『死』というものですから、寿命は在りません。ですが消えることはあります」
「消える……?」
いまいち分からずに首を傾げる。それを見て死神が説明を始めた。
「例えば生者から魂を回収した死神は消えてしまいます。それと、自らの死を忘れた死神や回収した魂の重さに耐えきれなくなった死神も同様に」
「魂の重さって……魂に重さがあるんですか?」
「物理的な重さではありません。正確には『回収した魂が過ごした人生の重さ』です。そしてこの鎌には、回収した魂の重さが蓄積されていきます。それに耐えきれなくなると消えてしまうのです」
「……しょーさんは大丈夫なんですか?」
心配するようにかけられた言葉に、死神は笑って答える。
「ええ。性格的なものもあると思いますが、死神になってそれほど経っていませんし、まだまだ平気ですよ。大体の現界する死神は200年くらいは余裕だそうです」
「そうですか……よかったです」
まだまだ死神が存在していられることを知り、ホッと平坦な胸をなでおろす。
「私の知っている中では2200年ほど存在している死神もいたはずです」
「に、2200年ですか……長いですね」
「そうですね。途方もない年月です」
余りの途方もない年月にどもる少女。対して死神は淡泊に答えた。
それもそうだろう、2200年前と言えば紀元前の話である。そんな年月を過ごすという事がどういうことなのか、まだ十数歳の少女には分かるかけがない。そして死神になって短い死神にも分かるかけがない。
しかし少なくとも死神にとっては2200年とは言わずも、いずれ分かる時が来るのだろう。その時はまだまだ長い。
ある冬の日。外では雪が降り続け、窓は白く曇り月どころか何も見えそうにない。そんな外とは切り離された病室で、いつも通りの2人。
「しょーさんは生きていたころ、どんな人だったんですか?」
「生前の私ですか……そうですね、ひねくれ者でした」
「ひねくれ者ですか。想像できませんね」
「今はもう軽減されていますから」
意外そうな顔をする少女を見て、死神がおかしそうにそう言った。
「まぁ、ひねくれ者だったからこうして死神になれたのですけどね。生前は『死』について無駄なぐらいに考えていましたから、それが結果的に条件を満たすことになったようです」
「そういう事もあるんですね……」
なんとも気楽な感じで話す死神とは違い、少女は呟いた後に何かを考え込む。とりあえず落ち込んでいるわけでは無いようだ。
そして、
「……しょーさんは、生きていたころは結婚とかはしていたんですか?」
少女は死神の過去をさらに掘り下げて訊ねる。それも人によっては答えづらそうな質問を、だ。
しかし死神は特に躊躇うことなく、キッパリサッパリと事実を述べる。
「いえ、していませんよ。見ての通り20歳で亡くなったので。まぁそのまま生きていても、ひねくれ者だったので結婚できていた可能性は低ですがね」
「……え、20歳で亡くなったんですか?」
死神が結婚していなかった事に安堵する暇も無く、20歳で死んだという言葉に驚く。
「ええ、そう言えば話してませんでしたね。死神の見た目は死んだときから変わらないのです。なので『永遠の二十歳』と言う所でしょうか」
「……」
「……どうかしました?」
声をかけるが返事は無い。死神は少女が黙ってしまった理由が分からずに疑問符を浮かべる。
少しして、ようやく少女が口を開く。
「あの、しょーさんは病気では亡くなってないんですよね」
「ええ、私は事故で亡くなったので。仕事帰りに車に突っ込まれて、そのまま」
「そうだったんですね……」
まるで他人事のように淡々と話す死神とは逆に、少女は声のトーンを落としてそう呟いた。その様子を見て、死神は笑みを浮かべたまま諭すように語りかける。
「貴方が気にすることは無いですよ。もう起こってしまった事です。それにそれがあったからこそ、今の時間があるのですから」
「そう、ですね……確かにその通りです」
言いながら小さな笑顔を向ける少女。どうやら死神の言葉で心の整理がついたようで、いつもの雰囲気に戻ったようだ。そのことに先程とはまた違う、優しい笑みを浮かべて頷く死神。
その後は普段通りの調子で、ただし明らかに最初のころとは違う距離で会話を進める2人。この関係は何時まで続くのだろうか……それは誰にも分からない。しかし、1年という期間は着実に進んでいるのであった。
雪が解け、窓の曇りも無くなり月がよく見えるようになった。少女の様態は目立って何かがあるわけでもなく、最初のころと何も変わっていないように見える。それでも期限は迫っていた。
そんなある日、少女が窓の外を見て死神の呼称を呼ぶ。
「しょーさん」
「はい」
死神の返事を聞いて、そちらを振り向く。そして、今までは無かったこんなお願いをした。
「桜を見に行きませんか? 看護師さんが向かいの公園の桜が綺麗だと言っていたんです」
「ええ、いいですよ」
「それならさっそく、見つからないように行きましょう」
お願いに対し快く答える死神。すると少女はベッドから足を降ろしてスリッパをはき、人差し指を口に当てながらそう言った。その様はまるでこれから悪戯をする子供のようだ……いや、ある意味これも「悪戯」で、少女も「子供」の範疇には含まれるので間違いではないのだろう。
そしてそれ見た死神は、これまた中々に突飛な提案をする。それは――
「それなら窓から外に出ましょうか? その方が見つかりにくいでしょう」
――と、言うものだった。
流石に意外だったのか、少女は窓を一度見てから死神に視線を戻して再確認をする。
「窓から、ですか? でもここは5階ですよ」
「大丈夫です。私は死神ですから、今は立っていますが浮かぶことは可能です。それに貴方は私に触れることができます」
その説明に納得しながらも、それとは別にある疑問が少女の中に発生する。
……むしろ何故その疑問を今まで持たなかったのかが疑問であるのだが、ようやく少女それを訊ねた。
「……そう言えば、しょーさんは物には触れるんですか?」
「いえ、触れませんよ。今は場を形成することで立っていますが、形成しなければこのように通り抜けます」
言いながら場を消して自らの右足を床に沈めて見せる。下の人間に死神が見えて居たらさぞ驚いたことであろう。なにせ天井から足が生えて来るのだから……ただ、幸いにも下は空き部屋であったために事態は起こらなかった。
「そういう原理だったんですね」
「ええ、浮いてばかりでは疲れますから……っと、話はこのくらいにして、中庭に下りましょうか」
「はい、お願いします」
「それでは……失礼しますね」
「わっ――」
足を静めるのを止めた死神は少女のそばにしゃがみ、そのまま少女をお姫さま抱っこして立ち上がる。体はベッドをすり抜けるのでとてもやり易かった。
「しっかりと掴まっていてください」
「……はい」
死神の言葉に静かに頷いて、首にしっかりと掴まる。ひやりとした感覚が少女の体に伝わっていき、それがとても心地よかった。
少女がしっかりと掴まったことを確認し、死神はそのまま少女に窓を開けてもらい外へと下りていく。もちろん、窓の外に人がいないことを確認してからだ。
僅かな浮遊感の後に地面に着陸する。衝撃は全くなかった。
「着きました。降ろしますから、足元に気を付けてください」
「ありがとうございます。さっそく行きましょう」
丁寧に降ろされて、歩道に足をつける。少女にとっては久しぶりの外であったが、それよりも2人で桜を見に行きたい気持ちが強く、感慨に浸ることも無くそのまま並んで歩き出したのであった。
数分ほど歩いて公園へ。そこには満開の桜が僅かな月明かりや街灯に照らされて咲き誇っている。
2人はそれをベンチに座って眺めていた。正確には死神は場に座っているのだが、それは些細なことだ。
「桜、綺麗ですね」
「ええ、綺麗です」
「……」
「……」
暫く無言でいた2人だが、少女がポツリと呟く。
「……しょーさんと出会ってからもう少しで1年ですよね」
「そうですね」
「私はあとどれくらい生きていられるんでしょうか?」
他の人なら聞けないような質問も、相手が死神なら聞く事が出来た。死神が正直に答えてくれるのが分かっていたからこそ、聞く事が出来たのだ。
「あと一週間ほどです」
「そうですか。何か、不思議な感覚です。だって今はこんなにも落ち着いているんですから……でも現実なんですよね」
その言葉に悲壮感のようなものは感じられず、ただ事実を述べたに過ぎない。
「しょーさん」
少女が桜から死神へと視線を移す。
「はい」
「あの時の約束、叶えてくれませんか?」
「あの時の約束……」
「はい。あの時は叶わなかった私との約束」
少女は死神の手を両手で包み、目を見つめて、あの約束を口にした。死神と少女が出会った時に交わした、約束を。
「私の最期を……見届けてくれませんか? 現界していられる時間に私が死んだのなら、その時はしょーさんにいて欲しいんです」
力強く、静かに紡がれた約束の言葉に、死神は微笑んだまま頷く。
「……ええ。もちろんです。約束しましょう」
「約束、ですよ」
「はい。安心してください。死神は嘘をつきませんから」
「ふふ……そうでしたね」
「ええ」
こうして2人は再び約束を交わした。それは前回とは違い、間違いのないもの。近い未来に果たされる約束だった。
あれから片手を重ねたまま桜を見ている2人。互いの間に会話は無く、時々吹く風が枝を揺らして囁くように音を鳴らしていた。
そして、そろそろ24時が近づいてきたころ。
「もう1つ、聞きたいことがあります」
「はい、なんでしょう」
「しょーさんは……私の事をどう思っていますか? ……何て、卑怯ですよね」
桜を見たまま隣の死神に訊ねた少女だったが、言い終えると自嘲するように笑って下を向いてしまう。
そして、桜を見たままそれを聞いていた死神の口から出た次の言葉は肯定だった。
「……確かに、卑怯です。私が嘘をつけないのを知っているのですから」
まるで少女を非難するような内容だが、そのような感情は一切こめられてない。死神の言葉は非常に穏やかで、優しかった。
「ですが――いえ、ですから言わせてもらいます」
そう言って、死神は少女の手を取って向き直る。同時に少女も顔を上げて死神を見つめた。
そして――
「私は貴方の事が好きです。これは私の嘘偽りの無い、本当の気持ちです」
――そう、告げた。
「……死神さんは嘘をつかないんですよね」
「ええ」
死神の目を見つめる少女の目から一筋の涙が流れる。それは死神にとっては始めて見る、少女の涙だった。悲しみの涙ではない、喜びの涙だった。
「私も……私も、しょーさんの事が好きです。大好きです。これは私の本当の気持ちです」
「そう、ですか」
見つめあう二人。風は止み音が消え、あたりには誰もおらず、2人だけの世界がそこにはあった。
そして顔が次第に近づき――――。
24時になり病室に戻った2人。いつもなら既に死神は帰っているのだが、今夜はまだその場所にいた。
「私、死んだ後に死神になれるでしょうか」
「……分かりません。貴方の気持ち次第です」
「そう、ですよね」
「ええ」
「……」
「……」
「……私、死神になります。ですから嘘はつきません。必ず、死神になります」
「分かりました……待っています」
「はい。約束、です」
約束を交わして眠る少女。死神はそれを確認してから頭を1回撫でて、病室を後にした。
その1週間後、少女は深夜、死神に看取られて亡くなったそうだ。
少女の死から数日後の死界。
1人の死神が書類を確認するために椅子に座っていると、不意に声をかけられた。
「しょーさん」
聞きなれたその呼称に死神は顔を上げる。するとそこには1人の死神が立っていた。それを見て微笑む「しょーさん」と呼ばれた死神が、目の前の死神に言いたかった言葉を口にする。
「……待っていました。なれたのですね、死神に」
「はい。だって――」
その言葉に死神は笑って、答えた。
「――死神は嘘をつきませんから」
死神は嘘をつかない 完。
稚拙な文章をここまで読んでくださった方々、
有難う御座います。