英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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タイトルが違うのは理由があります。
前書きはあんまり書きたくないので、後書きで詳細をば。


『神会』

 さて、とシオンは早朝の太陽を全身に浴びながら伸びをする。運動前の柔軟は大事だ。ある程度までは適当に、しかし大事なところはしっかりと。

 この時間、比較的早起きの部類に入る【ロキ・ファミリア】の面々もまだ起きていない。例外はシオンと、彼を鍛えるために起きていたフィン達。

 その例外に、今日、一人が追加される。

 「それじゃ、始めようか――アイズ」

 軽く笑いながら告げると、何故か彼女は不服そうに頬を膨らませていた。

 「……シオン、正気? 頭大丈夫?」

 「なんでいきなりズタボロに言われなきゃなんないのかな、おれ」

 ジットリとした目で見つめられながらボヤくと、シオンはアイズの格好を見る。動きやすさを追求した、シャツとズボンの簡素な姿。それでも彼女の可憐さは損なっていないのだから、この辺り母親の血を継いでいるとよくわかる。

 戦いなんて知らない人生なら――なんて横道に逸れた思考を戻して、彼女の『手元』を見る。

 「そうだな、片手剣をいきなり手渡されたのがそんなに不満か?」

 「そっちじゃなくて。あーもう、どうして私が鉄製なのに、シオンの持ってるのは()()()()()なのって疑問なの!」

 そう、シオンが持っているのは何の変哲のない木でできた剣。対してアイズが握っているのは普段シオンが使っている武器だ。

 これじゃ危ない、そう思って伝えてるのに、

 「大丈夫大丈夫。それで特に問題ないから」

 全然意図を理解してくれなくて、アイズはムッとしてしまう。

 そんなアイズの変化を見て取り、シオンは甘いなぁ、と思ってしまった。

 ――疑問に思うのはいいけど、『その先』に思考が及んでないんだよな。

 ふ、と息を吐いて、シオンは言う。

 「ほら、剣を振ってきて。そっちからやんないと始まるものも始まらないよ」

 「……どうなっても知らないからね、私!」

 気合は十分。

 たった十日程度とはいえそれなりに鍛えられたのだろう、体が剣に振られていない、多少様になった剣閃が迫ってくる。

 それを見て浮かんだのは、緊張でも無ければ困惑でも無い。

 ――素直だなぁ、アイズは。

 しょうがないと言う目の、苦笑いだった。

 まるでどこか遠くから見下ろしてくるかのような目にアイズはゾッとしながら、それでも後ろに下がらず前へ出る。

 「てやぁ!」

 両手で振るわれた剣はシオンの肩に吸い込まれ、

 「――え」

 気づけば次の瞬間、アイズの首元に木の剣が添えられていた。

 「うーん、やっぱフィン達の指導じゃこんなもんか。まあ、剣はフィンとリヴェリアの門外漢だし、ガレスは教えるより叩き込むって感じだからなぁ」

 固まるアイズを放ってシオンは剣を下ろし構えも解く。

 「い、今何したの?」

 「何って、振られた剣の軌道に木剣を添えてズラしてから、逸らした勢い利用して首に置いただけだけど」

 「だけ、って」

 アイズが剣を振るったのは横斬り。単純だが上下か後ろに避ける場所は無いのに、どうやってやったのか。

 そもそも不思議なのは、アイズの手に何かがぶつかった感触がしなかった、ということ。

 「剣の刃の部分に当てないように、こう、木剣を斜めに添えて上方向に若干軌道をズラして、できた隙間に体を屈めて通した――んだけど、意味わかんないかな」

 わかる。

 わかりはするが、針に糸を通すような作業を軽々としないでほしい。頭が混乱する。そもそもシオンは何を教えたいのか、それさえまだ教わっていない。

 色々な想いを込めてシオンを睨むと、当の彼は視線を上に向けて、

 「教えるのはいいんだけど、その前に一つだけ。アイズ、おれに向けて全力の縦斬りをしろ。反動とかそこらへん考えない、文字通り全力で」

 言われた指示に、理解できないと言いたげに見てくる。

 当然といえば当然だ。縦斬りを全力でやれば、今のアイズでは踏ん張りが利かず地面を強打して痛い目を見るハメになる。

 それでも数十秒程目を合わせたままでいると、諦めたようにアイズは頷き、上段に構えた。

 そして一度息をふっと吐き出し、

 「――ハッ!」

 後先考えず、ただ真っ直ぐに振り下ろした。

 同時に、シオンのいた地面が抉れる。木剣の切っ先を地面に向け、アイズの剣に添うようにそっと剣を置く。

 チッと小さく火花が散って。

 地面に当たる前に、剣が止まった。

 「ほら、これが上段からの縦斬りの仕方。覚えられたか? 覚えられたら体に染み付くまで反復練習な」

 「ま、待って! もしかしてシオンが教えたいのって」

 「単純明快『剣の振り方』だよ。それだけは、おれが一番うまく教えられるからね。フィンにもリヴェリアにも、もちろんガレスにもできないこと」

 アイズが己が武器として選んだのは、剣だ。

 しかし大きな問題が一つある。

 それは、剣術を教えられる人がいないこと。正確に言うといるにはいるが、彼あるいは彼女は別の人に教えているため、アイズのための時間が作れないのだ。

 アイズに教えている教師三人は、シオンが言った通り教えられない。

 フィンは小人族故、その小さな体躯を補うための間合いの確保、つまり槍しか使わない、というより使いにくい。後は指揮するための視野の広さ、圧倒的な勘の良さなどを特技としている。

 リヴェリアはエルフであり、この種族は全体的な傾向として近接戦闘が苦手だ。彼女はその弱点を補うほど杖術が巧みで、今でも【ステイタス】をLv.2時点に抑えたリヴェリアに負けてしまうほどだが、あくまで杖が得意なのであって、剣は専門外。

 ガレスはドワーフで、あの見た目通り近接戦闘が最も得意ではあるが、彼は技術的な物よりもその圧倒的な【力】で持って敵を粉砕することを好む。彼が持つ技術は、自分の得物を『相手に当てる』ための技術であり、それ以外は結構適当だ。

 つまり剣術という分野に限って言えば、アイズに教えられる人間の中で一番秀でているのがシオンになる。

 ただし、ここでまた一つ問題になる。

 シオンは基本的に彼らから説明を受けたことがない。その時々でやることを一方的に告げられたらそれをとにかく繰り返すだけであり。

 要するに、『人に教える方法がわからない』状態にあった。

 「疑問に思うくらいなら剣を振れ! 間違ってたら木剣で動きを調整するから、どこがどう間違っていたのかを自分で理解しろ!」

 貫くような視線を感じて、アイズは悟った。

 ――アレ、もしかしてシオンって結構容赦ないタイプなのかな?

 その後、剣ダコができてそれが潰れて、回復薬で強制的に治され、それらをアイズが気絶する寸前まで繰り返されるのだった。

 なお、終わったのは三時を過ぎた頃だったという。

 

 

 

 アイズがシオンの特訓を受けている頃。

 ロキは沈んだ表情で、北のメインストリートを歩いていた。

 「やばい、ごっつ気分悪い。行きとうないで、マジで。なんで『神会(デナトゥス)』なんて存在するんやいっそ潰れてしまえ……!」

 そんな恐ろしい怨嗟の言葉を吐き出しながら、背中を丸めるその姿には哀愁が漂っている。

 ――結局どうにもならんかった。

 6歳の子供4人が同時に【ランプアップ】を果たすという情報は、ギルドに報告した時点でバレた。というか叫ばれた。

 その結果、それを聞いていた他の【ファミリア】所属の冒険者から主神に伝わり、その主神と接点のある神に話が行き、気づけばかなりの人数がその子供達に注目していたのだ。

 ――6歳でLv.2とかありえるのか?

 ――もし本当なら欲しいぞ、うちに!

 ――【ロキ・ファミリア】んとこの子供だと!? 手が出せねぇじゃないか!

 ――クソッ、妬ましい。

 ――きっと何か怪しげな薬でも使ったんだろ。

 ――もしかしたらスキルのおかげかもしれんぞ。

 外に出歩くだけで、そんな噂話が聞こえてくる。

 フィンの時とは状況が違いすぎて、手回ししても無駄だと、わかってしまった。これだけの注目を浴びてしまえば、はりきったアホ神連中がけったいな二つ名を付けるに決まっている。武力で方を付けようにも、相手取る【ファミリア】が多くなれば当然規模は増え、必然こちらにかかる負担は相応のものとなるため難しい。

 それだけ今回の【ランクアップ】が神々に与えた影響は大きかった。

 そうやってどんどん深みにハマり、ロキの気分も沈んでいっていたのだ。

 「ハァ~……」

 元々神会はこの都市に住む神が暇潰しの一環として始まったものだった。

 そこそこの規模を持ち安定した収入を得た【ファミリア】の神は堕落しがちになり、必然余った時間はぶっちゃけ暇になる。それを埋めようとした結果同郷のよしみで集まった神々は定期的に集まるようになった。これが神会の雛形だ。

 数人程度の歓談はやがて一人二人と増えていき、気づけば数十人と集まるようになった。そうなるとただの雑談で話は終わらず、自分のところの子供達を自慢するようになっていき。様々な情報をぶつけあうそこにギルドまでもが入り込み、一種の『催し(あそびば)』となった。

 このような曖昧な会合、有って無いような物だが一応諮問機関として認められている。その影響力は冒険者達にも及んでいる。

 先にも述べた冒険者の称号(ふたつな)、それもその一つだった。

 嫌だ嫌だと思っていても、その時はやってくる。

 摩天楼(バベル)の三十階、そこが神会の会場だ。

 なんとわざわざ一つの階層を丸ごと改造して設けられた大広間は、かつてあった仕切りを全て取り払い、太く長大な柱が並んで遥か先の天井を支えていた。その広い空間は柱を除けば巨大な大広間に反して中央にポツンと円卓が存在するだけだ。奥の壁には硝子が張り巡らされており、そこから広大な大空が見える。

 神会のためだけに作り上げられた会場。空中に浮かんでいると錯覚するような神殿。

 そこで神々は、己等の興を満足させようと、今日この時も肴を楽しむ。

 円卓にある席の一つを引いて座る。それまでの間に集まった神から面白そうな、嫌らしい笑みを向けられていた。

 「あ゛――……しんどいわ」

 そんな濁声を出しながら、ロキは机に突っ伏す。それで全身に突き刺さる視線が止むようなことは無く、むしろグサグサと突き刺さってきた。

 「どうしたの? って聞くのも野暮でしょうね。ご愁傷様かしら」

 「ん、おー……ファイたんか。久しぶりやな、そっちは前回来てなかったし、半年ぶりってとこか?」

 ロキの隣に腰掛け、横目で彼女を見つめていたのはこの都市でも特に有名な神。

 この都市にいる武具を作成する鍛冶師達の集団、その中で最も有名な【ヘファイストス・ファミリア】の主神、それが彼女だ。

 目を引き寄せられる紅髪背に流し、軽装を好む彼女の姿は男装に近い。しかし、例え遠くから見ても彼女を男だと勘違いする者はいないだろう。

 その、デデンとある標準以上の胸の存在のおかげで。

 ――べ、別に羨ましいなんて思っとらんわッ!

 誰に問わず心中で言い訳するロキの視線を察したのか、ヘファイストスの目元が緩み、視線は優しげな物へと変わっていく。

 その視線に思うところがありつつも何とか堪えていたが、

 『……おい見ろ、まだ諦めきれてねぇみたいだぜ』

 『……夢を見たいんだろう。いいじゃないか、夢を見るだけならタダだ』

 ただでさえ苛立っていたロキは、一瞬でキレた。

 「そこの二人ィ、今すぐ【ファミリア】潰したろうか、ア゛ァン゛ッ!?」

 「「すいませんでした!!」」

 即座に土下座を敢行した二神を笑うものはいなかった。

 後に彼らは語る。あそこでああしなければ、本当に潰されていた、と。

 ロキから発せられる殺気に冷や汗を掻きつつ、平然とした表情で各々席についていく。普段は二十人から三十人程度しか集まらないそこに、今は倍近い四七人もの神がいた。

 神会に参加できるのは、己の眷属に一人でもLv.2がいる神のみ。つまりここに参加している神の数だけ、実力を認められた【ファミリア】がいるということになる。

 出席している神は多く、そのいずれもが美男美女。とはいえ奇抜な格好をしている者も多く、己の美貌を独自のファッションが打ち消すどころかマイナスにしている者さえいた。

 「はいはーい、皆注目! そろそろお待ちかね、数える事すら億劫なくらいやってきた『神会』を開催するぞ! 今回の司会進行は風の旅人ことヘルメスがやらせてもらおうか」

 時間となり、円卓の中心に現れたのは中背の神。最早彼のトレンドマークと化している旅人の服と羽根付き帽子を身に纏っている。とはいえ流石に帽子は邪魔だと感じたのか、帽子を外すと机の上に置いた。

 橙黄色の髪を整え、優男然とした笑みを浮かべている彼が、今回の会議の中心役だ。

 「おうおう、いきなりいてぇ自己紹介だなヘルメス」

 「ハッハッハ、これくらいのテンションが良さそうだと思ってね」

 飛んできた茶々に余裕の笑みで返す。調子がノってきたのか、周囲の男神がヒューヒューと一部が妙に上手い口笛ではやし立てていた。

 「あいつ、オラリオに戻ってきてたんやな」

 ふーん、とどうでもよさげにロキは言う。

 ヘルメスは神々の中でも奔放の代名詞として知られている。

 その理由は単純であり、彼は己の眷属である【ファミリア】のホームをオラリオに置いてはいるものの、当の本人は世界中を旅しているせいだ。ちなみにロキはヘルメスが一箇所に半年以上留まっているという話を聞いたことがない。それだけ旅をするのが好きなのだ。

 そんな主神の適当さは当然【ファミリア】に迷惑をかけている。当たり前だ、ヘルメスが都市に戻ってくるのは年に数回、満足に【ステイタス】更新もできないのだから。

 つまり、彼のところは『実質ほったらかし状態』だ。

 そんなヘルメスが戻ってきた、更に司会を自ら買って出てる理由は、あいにくと一つしか心当たりがない。

 「ま、下手な(ヤツ)がやるよりはマシか」

 「というより、誰がやるか揉めた結果、彼に任されたような気もするけどね」

 どっちでもいい。ヘルメスがやるのであれば、他のことは些細なものだ。

 ヘルメスはその気風からか、このオラリオでも珍しいほぼ完全な中立だ。流石に付き合いのあるところや様々なしがらみから完全に脱する事はできないせいなのだが、それを除けばどこにも肩入れしない、深入りしない。

 だから今回も、きっと彼は中立を保つだろう。

 【ロキ・ファミリア】という派閥と敵対しないために彼が打てる手は、淡々と会議を進めていく以外にはありえないのだから。

 「……ロキ、もうちょっと大人しくできないかしら。気のせいかヘルメスの顔が汗で濡れてるんだけど」

 「あはは、気のせいやろファイたん。目の錯覚や」

 隣を見やれば頭に手を当てているヘファイストス。ロキは笑わずに笑顔を作っている。ロキの周囲の神がどこか縮こまっているのを見ながら、ヘルメスは司会役に徹した。

 「それじゃまずは面白可笑しいネタでも――と、思っていたんだけどね」

 ヘルメスの言葉に何故か全方位から『空気読めやヘルメス』的な視線を浴びせられて、心中涙しながら道化を演じる。道化師はロキじゃないのか、なんて素朴な疑問は即座に投げ捨てると、

 「皆がうずうずして待っていられない、命名式から始めようじゃあないか!」

 『『『『『『『『『『『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』』』』』』』』』』』』』』』

 そんな野太い声にロキと、ヘファイストスが顔をしかめる。他の女神達もあまりいい顔をしていなかった。

 『さっすがヘルメス、話がわかるぅ!』

 『いやー三か月前からこの時を待ってたんだよ、もう待てねぇって』

 『さぁて、今日はどんな痛……いや、カッコイイ二つ名を付けようかね?』

 最後の神の言葉に、数人の神の顔色が悪くなる。

 それを見てニタァ、とその美貌を悪人面に変える神共のあの顔に思い切り拳を叩き込みたいと思ったのは、ロキだけではないはずだ。

 神と下界の者の感性は、ほぼ変わらない。個々人でうまいまずい綺麗醜いと差はあるが、それだってその人の個性にすぎず、超越存在(デウスデア)といえど人知を超えた超感覚を有している、なんて話は聞いたことがない。

 が、しかし。

 どこのボタンをどう掛け間違えたのか、決定的に違う点があった。

 命名に対する考え方と、受け取り方。それが全くと言っていいほど違ったのである。

 神々が『ありえねぇそれ!』と悶絶するような名前でさえ、子供達は『カッコイイ!』と瞳を輝かせて受け取る。

 この際どちらの感覚がおかしいのかなんてどうでもいい。

 重要なのは、二つ名を決めて喜んでいられるのは、この会議に関係のない傍観者(めいめいしゃ)達だけであるということのみ。

 あまりの怒りでプルプル震えるロキを、まるで今にも爆発しそうな爆弾に思えてきたヘファイストスが、座る席を間違えたかしら、と思っていたかどうかは定かではない。

 各自が手元に有る資料を開き、最初の犠牲者――ではなく名誉ある称号を得られる人物に目を通す。

 「最初の犠牲――う゛うん。トップバッターは、セクメトのとこの、ティリアって娘だな」

 「おいヘルメステメェ、私の子を犠牲者って言いかけたな!?」

 怒り心頭の女神を周りの神が何とか押さえ――というか拘束し、ティリアとやらの話に移る。

 「ふむ、可憐だ」

 「ああ、まるでベッドの上で本を読んでいる病弱なお嬢様だ」

 そう評した神の通り、ティリア嬢は美しい少女だった。参考にするための似顔絵にある仄かな笑みもそれを後押ししている。

 ただ、その後に書かれていた人物評価が酷すぎた。

 「なんやのこれ、ストーカーて。っていうか、ヤンデレやないかコイツ……」

 見た目と裏腹に彼女は恋に恋する乙女であり、絶賛想いを寄せる相手の名前身長体重年齢住所はもちろん、その日の行動その日の食事、果てには笑顔を浮かべた回数まで覚えているというのだから唖然とする。

 この書類を纏めた者は、最後に『愛しの彼との時間を奪った』と言われ、生気の無い目で見つめられた……らしい。ご愁傷様である。

 「ティリア……流石に、これは」

 「うん、言わないでくれ。私だってどうしてこうなったのかわからないんだから!!」

 ちなみにロキは、類は友を呼ぶんやなぁ、なんて他人事に思っていたが。その辺りの詳しい事情は長くなるので割愛する。

 「どうするよ、おい。『コレ』にまともな二つ名なんて、いらなくねえか」

 「……愛と這い寄る……【忍び寄る愛(バックラブ)】とか?」

 「この娘の話はあんまりしたくないから、もうそれでいいと思う……」

 生活を見守ら(ストーカーさ)れるという恐怖に男神が顔を青ざめながら話を打ち切る。トップバッターからこんな調子でいいのか、と思いつつ、死罪を待つ罪人のような気持ちでロキはその時を待ち続けた。

 神会は基本的に冒険者に与えられる二つ名を考える場所だが、主な用途は結局のところ『神の暇潰し』である。とにかく『痛い名前』を考えそれを渡し、悶絶する神と誇らしげな子供の落差に指差しながら笑い転げるのだ。

 その中で特に酷いのが新参の神とその子である。上位の【ファミリア】を率いる神達が、神会において先達であるのを利用し、新神を嬲るのである。ロキは嫌な相手には容赦しないが、それ以外はまとも、と意外と中立な方である。というか、いびりは大体男神がやっていた。

 男って、ホントバカ。

 「んじゃコイツは【堕天炎空(ブレイズウィング)】で」

 「イヤだああああああああぁぁぁぁぁ!??」

 泣き叫ぶ神を笑いながら、次々と犠牲者が増えていく。最早ヘルメスは機械のように【ランクアップ】した冒険者の名を告げるだけだ。

 それは一重に、自分の運命が捻じ曲がるかもしれないからだった。

 遂にほとんどの命名が終わる。残っているのは、()()()4()()()()

 射殺すようにヘルメスを睨むロキの、【ロキ・ファミリア】の子供達。

 即ち、今日の会議の大本命。

 「ベート、ヒリュテ姉妹、そして――シオン。この4人の二つ名を決める」

 いよっしゃあああああああああああ、と湧き上がる神々の絶叫に、中心にいたヘルメスの顔が一瞬歪む。そこをすぐにいつもの笑顔に戻したのは流石の一言か。

 今もなお騒ぎ立てる神達に、どうどうと手をあげ諌める。このまま続けてもいいのだが、

 「ロキ、一つ確認しておくが、この場で決まった二つ名に異論は唱えない。それについて同意してくれるか?」

 それでも一応、ヘルメスはロキに『お伺い』を立てておく。

 ロキはこの場にいる神の中で、最も手を出してはいけないと言われている【ファミリア】の一つを率いている。そんな彼女の不況を買えば、様々な点で不都合が出るのは避けられない。

 ――というより、オレが余計な波風を立てたくないだけなんだが。

 なんて本音は隠しつつ、いつもの笑みをロキに向ける。

 驚いたことに、問われたロキは、机に肘を乗せ、泰然自若としていた。拳に乗せた頭をゆっくりと動かし、この場にいる神の顔を一つ一つ確認する。

 「……まぁ、異論無いわ。うちだって似たような事はしとる。最初の頃は痛い名前だって付けられた事もあったから、今更や」

 「そうか、それは」

 「でもな」

 安堵に破顔しかけたヘルメスに、重ねてロキは言う。

 「あの子等は、ほんに頑張ってるんや。4人が喜ぶ二つ名なら、うちは恥辱も我慢する。だけど逆に泣くような事があったら」

 一泊の間を置き、再度全ての神の顔を見回す。今度はその視線の意味に気づいた神の顔が真っ青になっていくのを理解したロキは、笑みを浮かべた。

 かつて『暇潰し』と称して神々を殺し合わせた道化師が、嘲笑う。

 「名付けた神とその【ファミリア】が一つ――いや、複数オラリオから消える事になるかもしれんから……そこは、堪忍な♪」

 ニッコリと笑うロキの笑みに、ヘファイストスはゾッとした。それと同時、彼女は己の考えが()()()()()()()()()()と悟る。

 かつて神々を騙し殺し合わせた程の悪神は確かに丸くなった。しかしその残忍性は彼女が確かに持ち合わせていたものであり。

 『残虐さの方向性が変わったから丸くなったように見える』、それが正しい認識だ。

 妙に冷静だったのはこれか、とヘルメスは思う。

 金銭で解決するのは参加する神の数から無理。

 口車に乗せるのは、ノリと勢いを加味しても一人程度。

 見目の麗しさから施される神の気紛れに頼るには、あまりにも運任せすぎ。

 最も頼りとなる武力は、己の【ファミリア】の被害を想定して取り止めるしかない。

 それをわかっていたからこそロキは悩みに悩み、その苦悩を笑い転げながら見ていた神は、この瞬間ロキが()()()()()()と理解した。

 即ち、ロキはまともな二つ名をシオン達に送るのを『諦めた』。

 代わりに武力で脅す内容を参加する神々全員から単一に絞ることで、『下手な名前付けたらどうなるかわかってんやろなぁ?』と、無難な名前で落ち着けると決心した。

 それ故の変化。

 本気になった道化の女神を止められる者は、いない――。

 「そこまで行くと、ちょっと横暴ではないかしら」

 そう思われていたそこに、遅れて現れた『女神』がロキを諌めた。

 神会に来るのに遅れた結果三時を過ぎた頃に到着し、それでも呑気に意見を言えるのは、否、そもそも参加できるような神は、ロキの記憶の中にもそうはいない。

 「フレイヤ……!?」

 その中の一人であり、長年の好敵手(ライバル)であり、ロキが羨む(モノ)をお持ちしていたりと、まぁ上げればキリが無いが。

 今ここで上げるとしたら、この名が正しいか。

 探索系最強の【ファミリア】の主神、フレイヤと。

 「どうやってここに……なんて聞くのは、野暮ってもんやな」

 「ええ、そうね。ちょっと『入らせてもらっても?』って聞いたら、素直に通してくれたわ」

 ――これだからコイツは。

 フレイヤは数多い女神の中でも郡を抜いて美しい。

 当たり前だ、彼女が司る物の一つは『美』、この世の女の美しさ全てを集めたような物。いいやそれさえ生温い。美という概念自体が彼女の元へ集っていくかのようなその魅力に抗える子供達はまずいないと言っていい。

 白皙の肌も、細長い手足も、柔い臀部とくびれた腰も、直視するだけで頭のどこかがプッツンしそうなくらいの真ん丸な胸も。

 何よりその背筋が凍えるような美貌に。

 全てが彼女のために誂えたものであり、彼女の微笑みに、仕草に、そして声に魅入られ落ちるものは男女問わない。

 だからきっと、遅れてきたとしても誰も文句は言わない。いや、言えない。

 何故なら、

 「おお、フレイヤじゃないか。来ないからどうしたと思ってたぞ」

 「あの美貌が見れるなんて、今日は幸福な一日だ……!」

 「「「「「「「「「「ハァ……」」」」」」」」」」

 これ、である。

 男神――中には女神までもが――彼女の登場に喜んでいる。ロキ1人が帰れと言ったところで効果なぞあるはずがない。

 ロキが作り上げた緊迫の空気を容赦なくぶち壊してくれた。何のつもりだと睨みつければ、何故かフレイヤは笑みを浮かべて移動すると、わざわざ空いていたロキの隣に座る。

 「ちょっと、気になることがあって。それが聞きたいから参加しようと思っていたのだけど、少し面白いものが見えて、つい目が奪われてしまったの」

 ふぅ、と溜め息を吐けば男共の気持ち悪い感嘆の息が聞こえてくる。元々虫の居所が悪かったロキが尋ねる。

 「余計な事言ってないで、さっさと吐けや、おら」

 「……ねえ、あなたいつにも増して苛烈過ぎな――ああもう、わかったから。本題に入るから落ち着いて」

 あのフレイヤさえ慌てさせる今のロキにどよめく神々。

 ちょっと引き気味のフレイヤはわざとらしく咳を一つ、そして言う。

 「単刀直入に聞くわ。どんな魔法(てじな)を使ったら、たった6歳の子供を【ランクアップ】させられるのかを、ね。しかも、わずか九ヶ月という()()()()()()で。その前の記録は一年。約三ヶ月という大幅な記録更新を果たした子供達の事を知りたいと思うのは、不思議じゃないわ」

 瞬間、ロキは神会にいる者全ての視線が集まったのを感じた。

 「……結局のところ、知りたかったのはそれかいな」

 「当然でしょう? 【ランクアップ】がそう簡単にできないのは、ここにいる誰もが知っていること。私は代表して尋ねただけで、遅かれ早かれ誰かが聞いていたわ。もしかしたらあなたにではなく、あなたの大事な子供達に、ね」

 その言葉にイラッと来たのは悪くない、とロキは思う。この駄神共をシオン達の前に晒すなどありえない、検討する価値すら無いと思っているのだから。

 とはいえ、だ。

 「どんな魔法を、と言われてもなぁ。うちは何もしとらんよ。うちがしたのはただ手を差し伸べて、道を示しただけ。愚直に突っ走ったのはあの子等や」

 そう、本当にそれだけ。ロキが直接シオンに関わったのは【ステイタス】更新が主であり、それ以外では雑談以外に接していない。下手すると団員よりも接していない可能性さえあった。

 しかしそれで納得できる者がいるかと聞かれれば、当然ノーだ。むしろ納得してくれた方が気持ち悪いレベルで神の好奇心は巨大だ。

 狼人のベートとアマゾネスの姉妹は『まだ』わかる。

 一番の問題は、シオンが……あの子がヒューマンである、という点だ。ヒューマンは全種族内で最も身体能力、知識、技術が劣っている種族。取り柄といえばその数だけで、それだってシオンには現状関係がない。

 なのに現実として誰が見てもシオンが中心なのは一目でわかる。気難しい狼人の少年も、種族的に力を重視する傾向になるアマゾネスの姉妹も、素直にただのヒューマンの少年の指示に従っているのだから。

 そもそも【ランクアップ】を果たすには自分が戦い、モンスターに打ち勝たなければ【経験値】を手に入れられないのだから、当たり前か。

 不思議が更なる不思議を生み、疑問が新たな疑問を呼ぶ。

 そうして好奇心という火種が爆発的に高まっていくのだ。これを解消するには、きちんと種明かししなければ無理だろう。

 正直話すのには若干抵抗が有る。当たり前だ。子供達が歩んできた道を、ペラペラ吹聴して回るつもりなど無いのだから。それでもこの状況を何とかするには、一つしか選択肢が無かった。

 「話すのはこの際構わへん。……でも、最初にはっきり言わせてもらうで。『子供だから』って理由で口出しするのだけは、やめてほしいんや」

 そして、ロキは話し始める。

 紙面でしか確認することしかできなかった、シオン達の歩みを。

 

 

 

 実際んとこ、シオン達が【ランクアップ】を果たしたのは『神の恩恵』を授かってから一年と三ヶ月になる。ダンジョンに潜る前の約六ヶ月、つまり半年間は準備期間として、とにかくひたすら鍛えられてた。

 ん? 誰にって?

 うちんところの団長始めLv.6のあの3人やな。贅沢やと思うかもしれんけど、それだけあの子に期待してたんよ。

 そう、最初に鍛えてたのはシオンだけ。他の3人は後から参加しただけ。

 ティオネはシオンが気に食わないから本気で殺しに行って、ベートはその性根から勘違いをさせて殺し合いに巻き込まれて。ティオナは、まぁ、ようわからん。フィン達は何となく察してるみたいやけど、教えてくれへんかった。うちはたまにあの子等の話聞くだけやから、何とも言えん。

 とにかく、その事があってからもっと過激になったわ。回復薬はほぼ必須、というか飲まなきゃ死んでたな、アレは。

 わかるか? シオン達は毎日『生きるか死ぬか』を生きてきた。血涙流して、吐血して、体中いじめ抜いて、たった半年で子供ながらに強うなった。

 普通、無理や。子供は当然、大人でも諦める。

 なのに、あの子等は誰も『やめたい』なんて言わなかった。一度もな。多分、意地になってた部分もあると思う。

 特にシオンとベートは同い年で、男同士やからな。『コイツより先に諦めるなんて――』って、目が言ってたで。

 それでやっとダンジョンに行けるようになってからは、本当にあっという間やった。

 最初の頃は息つく間もなくダンジョンに行って。

 無傷で帰ってきた時もあった。

 逆に全身ボロボロになって、お互いの肩を貸し合いながら帰ってきた時もあった。そのまま部屋に戻って、疲れた体にムチ打ってどこが悪かったのか、次はどうすればいいのかっちゅう反省会。そのまま気絶して雑魚寝してた時もあったなぁ。

 まるで……まるで、フィン達みたいやった。

 うちが下界に降りてできた、名も知られてなかった頃の3人。初めての【ファミリア】。罵り合って、なのにいつの間にか手を取り合って、意見をぶつけながら、強うなって。

 その頃のあの子等と、今のあの子等はよう似てる。

 でもそれだけや。フィン達がした『冒険』と、シオン達がしてる『冒険』は違う。

 

 

 

 「だから……だから、邪魔するな。うちは見たい、シオン達のしてる『冒険』の果てを。終わりを。物語の終幕を。邪魔立てするなら」

 その先を言わずとも、ロキの目が語っていた。

 ――邪魔立てするなら、殺す、と。

 「なるほど、確かに聞いても参考にならなさそう」

 ――だからフレイヤは率先して、手を叩いた。パチパチと、褒めるように。あまりにも場違いな音に衆目を集めているのを知りながら、フレイヤは敢えてそうした。

 「凄いわね、その子達。本心からそう思うわ。あなたが躍起になるのも当然ね。もしもそんな子供がいたら、陰ながら手を貸したくなっても当然。私でもそうするもの。皆もそう思わない?」

 それを皮切りに、小さな声で神が言葉を交わし、そして同意を生んだ。それはそのまま、シオン達に対しての好印象へと()()()()()

 ――コイツ、一体何を……?

 ロキの話を聞いて、この場にいた神は好奇心から子供達を刺激していたのに気づいて罪悪感を抱いていた。もしかしたらこのまま大人になり、かつていた英雄と同じ『神話』として語られるかも知れない存在を自分達の手で消しかけたのだから、仕方ないか。

 そんなところにフレイヤのあの言葉。

 ここにいる神の大半はこの女神に対して大なり小なり差はあれ好意を抱いている。だからフレイヤは己に向けられた好意を利用し、その好意をシオン達に向けたのだ。そしてそれに、彼らは気づいていない。あくまでフレイヤに同意したと『思い込んでいる』。

 「……礼は、言わんぞ」

 ロキは気づいている。フレイヤが来る前の自分の態度の意味を。

 もしあの時フレイヤが現れず二つ名を決めていれば、まともな名前は手に入ったかもしれない。代わりにあの横暴さはここにいる神達に疑念という種を植え付け、自分の【ファミリア】との交渉を受け付けてくれなくなる可能性があった。

 ロキのせいでかかる負担はそのまま子供達に流れていく。ヘファイストスやディアンケヒトのところは長年の付き合いから察してくれるだろうが、そうでない神は、きっとロキから離れる。

 その離れた神の中に、有名になるかもしれない【ファミリア】があれば。

 その【ファミリア】と敵対関係になってしまえば。

 今は良くても、未来を考えれば……ロキのやった事は、悪手以外の何物でもなかった。

 しかし今回の件はフレイヤが勝手にやった事であり、ロキには関係がない。礼を言う理由がなければ、言えばむしろ余計な疑惑を生んでしまう。

 だが、貸しは出来た。

 そう思ってしまった時点で、ロキは負けている。

 「あら、何のことかしら。私はただ褒めて、それを皆に聞いただけだもの。何もしてないわ」

 この大人な対応に、ロキは不貞腐れる事しかできなかった。

 ヘファイストスはフレイヤの対応に少し眉根を寄せていたが、現時点でできる対応は無いとして封殺した。

 女神3人が押し黙る中会議が進み。その中で一度だけロキが発言し。

 『『『『『『『『『『決まったぞォ――――!!!』』』』』』』』』』

 シオン達の二つ名が、決められた。




ぇー、前書きで書いた通り詳細書きたいのですが。

すいませんでしたあああああああああああああああああああああああ!!!

シオン達の二つ名に悩んでうだうだ書き連ねつつ10話完成させたら、なんと合計26000文字超えとかいう、インファント・ドラゴン戦の時以上の文字数になったんです。日常系でここまで書き綴るとは思ってもなかった。

このまま載せるかどうか悩みに悩んで挙句、結局分割することにしました。分けると丁度13000文字ずつになったのも後押ししましたが……。

後もう一つ謝罪。今まで書いていた文章で設定と神の名前誤字ってるところがあったので修正しました。本編には関係ありませんが、一応記載。

【ステータス】→【ステイタス】
ディアケンヒト→ディアンケヒト

今気づいて良かったと本気で思います。10話全部誤字修正しましたので、これから間違えないよう気をつけます。


とりあえず今回の解説をば。

・シオンは教えるのが苦手?
別にシオンは完璧超人ではありません。教えたことがないのに上手な教え方がわかるはずもなく、自分にされた指導内容をそのままトレースする感じになりました。

・ロキの頑張り。
今回珍しくロキさんの魅せ場。実は分けた理由の一つに、ロキさんの魅せ場を残すにはここまでがちょうど良かったから。
彼女が登場するのはギャグか超シリアスのどちらかな気がする……。

とはいえこちらのロキさんは原作の面影残しつつ中々真面目。ただ振り切れると原作のおっさん部分がご登場しますけど。

他にも色々ありますが、この後の展開がつまらなくなるのでここまでで。

さてここからが本題です!

前回私は『彼らの二つ名』を投稿すると後書きにて書きました。しかし今回は書きすぎて分割、その結果シオン達の二つ名も当然次回に持ち越しです。
楽しみに待っていてくれるであろう(そう、思いたい……うん、多分楽しみに待ってくれてると思う)読者をガッカリさせたくありません。

なので!

次回の更新『彼らの二つ名』は、明日の21時更新にします!
ウンウン悩んで考えたシオン達(特にベートとティオネ)の二つ名も、明日発表と相成ります。

……ストック? んなもん知るかぁ! 書けばいいんだよそんなの!(ヤケクソ)

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