英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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アウフタクト・クインテット

 市壁から降りたシオンとアイズは、まず位置の把握をする事になった。デタラメに走り回ったアイズはもちろん、痛みに耐えながら走ったシオンも道を覚えていない。

 しかしオラリオはバベルを中心に八本のメインストリートからなる都市。最悪あの目立つバベルまで行けばホームには戻れる。

 何とか小道から大通りまで出て、ホッと一息吐く。

 「北西のメインストリートか、運がよかった」

 「ここならそう遠くないし、三十分くらい歩けば戻れるかな」

 ホームがある北のメインストリートまでは比較的近い。大通りを歩き出し、そこでシオンは自分が衆目を集めているのに気づいた。

 全身ズタボロで、返り血も酷いシオンは自然人目を集める。外見が子供なのも相まってか、あまり気持ちのいい視線ではなかった。

 自分はともかくアイズまでその目を向けられるのは気分的に良くない。そう判断して、シオンは急遽進路を変更した。

 「ど、どこ行くの? そっちはホームじゃないけど」

 「寄るところができた。【ディアンケヒト・ファミリア】のところに行く」

 どうしてか鈍い動きで歩き出すシオンを慌てて追っていく。

 シオンの言う【ディアンケヒト・ファミリア】にはすぐについた。純白の石材一色で作られたその建物には彼の【ファミリア】を示す光玉と薬草のエンブレムが飾ってあった。

 幾人かにジロジロと見られながら、シオンは一人の少女の元へ行った。

 「はい、はい。そうですか、わかりました。それでは案内の者をつけますので、少々お時間頂きますね。……あれ、シオン? 久しぶりですね、随分と傷だらけですが」

 よそ行きの笑顔を浮かべていた少女がシオンを見る。その顔に驚きはあるものの、怪我に何かを言う様子はなかった。

 アイズは、着飾れば人形のように可愛らしいと言える少女を見上げる。

 年の頃は十七くらいだろうか。桃色の髪を左即頭部辺りにリボンで小さく括っている。勝ち気な瞳は空色で、けれどどこか優しさを滲ませていた。服装は白を基調とした、医療師を想起させる制服だ。

 「久しぶり。こんな格好で訪ねて悪いな」

 「構いません。元気な姿が見れるだけでも十分なのですから」

 嫌な顔一つせずにシオンの頭を撫でる。同時に、シオンの肩から力が抜けた。今まで纏っていた緊張の糸がプツンと切れて、そのまま意識を闇に落とした。

 「シ、シオン? 大丈夫なの!?」

 慌てて駆け寄ろうとしたアイズに、少女はしー、とジェスチャーを送る。

 「単に肉体的、精神的な疲労が限界を超えただけです。適切な治療を施せば、命を落とすことはありませんよ。私はプレシス・ウェザーベール。一応、シオンとは友人関係にあります。友を見捨てる程非情ではないので、落ち着いて私についてきてください」

 「ア、アイズ・ヴァレンシュタインです。シオンのこと、お願いします」

 アイズが言うと、プレシスと名乗った彼女は立ち上がり、近くにいた同僚に用事ができたと告げる。その理由は隣にいたからすぐにわかってくれたのだろう、笑顔で頷いてくれた。

 そのやり取りだけで、彼女がよっぽど信頼されているのだとわかる。そうでなくてはいきなり抜けたせいでできる穴に文句を言わないはずがない。

 「では、行きましょう。私事ですので診療所は貸せませんが、私の部屋にも一通り医療道具はあるので」

 「わ、わかりました」

 初対面の相手、とあってアイズはどうにも気後れする。プレシスの後ろに引っ付き人の視線から逃れる事に全力を注いでいたら、いつの間にか止まっていた彼女にぶつかりかけていた。

 扉を開けて部屋に入るプレシス。妙な臭いがすると思ったら、異様な量の紙と薬と、それらの材料が棚と机に置かれていた。

 「一応、整理してはいるんですけどね。使う量が多くなると、雑多に見えるでしょう?」

 「いえ、そんな事は。もっと酷い部屋を見たことがありますから」

 そこがロキの部屋であるのは言うまでもない。

 プレシスはアイズの返答を冗談と受け取ったのか、苦笑しながら自らのベッドの上にシオンを寝かせ、端っこにあった救急箱を持ってくる。

 「とりあえず消毒と、止血と、包帯と……」

 必要な物を取り出し、ベッドの横にある小さなテーブルの上に置く。それからシオンの持っていた装備を外してから上半身を裸にし、そして小さく眉をひそめた。

 「……これは」

 「なにか、あるんですか?」

 「少なくとも、このまま応急処置をしても無駄なのはわかりました」

 プレシスの視線はシオンの肩甲骨辺りに向けられていた。小さく、湧き水のようにこぼれ落ちてくる血と、その周囲の『異様に盛り上がった』筋肉を。

 ――無理矢理、止血したのですか。

 傷の痕から察するに、鋭い刃物でかなり深く切り裂かれたのだろう。放っておけば死ぬと判断して肩に力をこめて筋肉を凝固させて止めたのだ。

 理屈ではわかるが、こんな子供がそうできるだけの筋力など持っているはずがない。証拠に周辺の肉が歪んでいる。

 ――これでは傷痕が残ってしまいますね。

 そしてそれを、後ろの少女は気にするだろう。だからプレシスは明言を避けたのだ。シオンにとって少女の存在がどれだけ大事なのかは一目でわかったから。

 一度立ち上がり、適当な材料を持って簡単にできる回復薬を作る。プレシスの腕ならばすぐにできるそれをシオンに飲ませ、多少マシになった背中に包帯を巻く。

 「私にできるのはこれくらいです。なの、ですが」

 小さく言い淀み、言おうかどうか悩む。

 「お願いします。教えてください」

 「……そうですか、わかりました」

 プレシスは、気づいたことをアイズに教える。

 注意して触診したから気づいたが、外よりも中が酷い。相当にだ。体の各所の骨に罅が入り、特に酷いのは右腕。原型を留めているのが奇跡というレベルで骨が砕けている。右腕を中心に大きな衝撃を与えられたのか。

 内蔵の損傷もかなりのもの。特に腹部周辺の臓器。この部位は骨が折れているので、何か強烈な一撃を貰った可能性が高い。骨が内蔵に刺さっていないだけマシだ。

 そこまで言われ、アイズは愕然とした。ダンジョンから出て走り回され、アイズに抱きつかれたりと、シオンにかかった負担は想像に難くない。

 それでも耐え切ってほとんど苦痛を顔に出さなかったのは何故か。

 決まっている。

 ――アイズ・ヴァレンシュタインという少女に、不安を与えないためだ。

 プレシスは黙っていたが、他にも筋肉が断裂しかかっていたりと、色々とあった。しかしアイズに告げた言葉は、

 「――数ヶ月は安静にしていないと、死にます」

 「そ、んな」

 硬直するアイズに、プレシスの泰然とした視線が向けられる。少女と少年の傷の差を見れば、どうしてこうなったのかを大体は予想できる。

 プレシスは彼女を責めるつもりはない。彼女を助けると決めたのはシオンだ。外野がどうこういうのは筋違いにすぎる。

 「例え高等回復薬(ハイ・ポーション)でも、シオンの傷を完全に癒す事は難しいでしょう。ある程度品質の保証された、万能薬(エリクサー)なら話は別ですが」

 「その万能薬は」

 「最高品質で五〇万ヴァリス。最低品質でも十数万はしますよ」

 提示された額に、アイズは何も言えない。

 五〇万ヴァリスなんて大金、アイズは持っていない。初心者の冒険者の稼ぎ数ヶ月……いや、何年分だろうか。

 縋るようにプレシスを見るが、彼女は首を振った。

 「申し訳ありませんが、私にも通すべき仁義はあります。友といえど、タダで私達が作り上げた商品を渡すのは、【ファミリア】に対する裏切りです」

 そして、

 「ツケをするにも、シオンがすぐに金を返せるアテが無ければできません。金の貸し借りは、友情を壊しますから」

 シオンが起きていれば、その辺りを聞けたのに。

 そう思いながら、プレシスは『これ以上の手伝いはできない』と告げる。元よりこの程度の災難を振り払えなければ冒険者は務まらない。彼女は心を痛めながら、鬼になるしかなかった。

 それでも、自分を責める少女に言った。

 「シオンの手を、握ってあげてください」

 「でも、私がそれをする資格なんて、無いよ。私のせいでシオンが」

 「そんなのはどうでもいいのです」

 ピシャリと言い放ち、肩が跳ねるアイズに笑いかける。

 「傷ついたとき、傍に人がいる。それだけで、人は心安らげるのですよ」

 彼女の後ろに回り、トンと背中を押す。戸惑う少女は幾度か逡巡し、シオンの手を握った。それを見たプレシスはドアに手をかけ、

 「私は子供達の服を取りに行きます。お下がりになりますが、その服でいるよりはいいでしょうから」

 「あ、ありがとうございます。迷惑をかけて」

 そして部屋を出る瞬間、プレシアはこう言った。

 「まあ、何とかなるでしょう。シオンは妙なところで運がいいですから」

 パタンと閉じられたドアに不思議そうな目を向けたあと、アイズはシオンに目を落とす。スゥスゥと一定の感覚で胸を上下させるシオンに異常はない。

 「ごめ……」

 口からこぼれた言葉を押し込めて、別の言葉を吐き出す。

 「ありがとう、シオン。……お兄ちゃんのおかげで、私、生き残れたよ」

 きっと謝っても、シオンは受け入れてくれない。

 だから彼に告げるのは、感謝であるべきだ。無事な方の手である左手を握る。常とは違う感触に涙ぐみながら、祈った。

 強くなりたいと願って、強くあろうとするこの人の歩みを止めないで、と。

 数ヶ月という期間はあまりに長い。勘は鈍るし、何もできないという状況はゆっくりと人の心を腐らせる猛毒だ。その状況にシオンが耐えられる保証はない。

 ふとシオンの顔を見る。若干残っている涙の後を指で拭って、そして気づいた。

 ――隈、できてる?

 薄くではあるがシオンの目の下に黒い物が浮かんでいる。十分な睡眠が取れていない証だ。どうしてなのか、と思いかけて、気づく。

 ――ダンジョンに行って、フィン達から指導を受けて、私に鍛錬をして、休日も用事があるから出かけて……どこで、寝てるの?

 この人が自己鍛錬をしていないはずがないので、それを考えると一日の睡眠時間は大幅に削られてもおかしくはない。

 アイズが来るまでは回っていたスケジュールに狂いが生じたせいだ。この隈は、その結果。

 ポタ、ポタとシーツにシミができる。

 「頑張りすぎだよ、お兄ちゃん。疲れたって言ってくれれば、私だって……」

 涙を流しながら、シオンの手の甲を額に押し当てる。強くは当てない。

 ただ、バカな自分の泣き顔を見せたくなかった。例えシオンに意識がなかったとしても。新たな罪悪感を覚えたアイズが、妙な意識を抱く寸前。

 「やっほーシスっち! なーんか表にいないから来ちゃったぜ。今日も調合談義に勤しも――ってあれ、いない。そして代わりに子供発見!」

 ……テンションが振り切れた少女が、部屋に入ってきた。

 「……誰?」

 唐突に現れ嵐のようにトークを撒き散らす少女に、アイズは固まってしまう。

 楽しそうに笑っている少女は、ちゃんとお洒落すれば綺麗なのだろう。

 だがボサボサの黒い長髪。黒のブラウスに青のスカートを着て、その上に白衣を纏っている。コバルトブルーの瞳には好奇心を宿していた。

 それだけならちょっと変な美少女と言えただろうが、その白衣には何かをぶちまけたかのように一部変色していて、奇妙な臭いがアイズの鼻を刺激する。

 残念な美少女。それがアイズの第一印象だった。

 「んー、シスっちの部屋にいるって事は訳アリ?」

 首を傾げながらアイズに近づいてきた彼女は、横になっていた人物を見て驚いたように目を瞬かせた。

 「これまた随分と重症ね、シオン。一体何があったらこうなるのさ」

 「知り合いなの?」

 彼女の言う『シスっち』なる人物は、十中八九プレシスだ。その彼女の知り合いなら、シオンと面識があってもおかしくはない。

 が、聞かれた少女はどう答えようか迷っているようだった。

 「私達の関係は複雑だねぇ。友達だけど、依頼人と請負人で、売り手で買い手で、そんで」

 一瞬の間。

 「()()()()()()()、かな」

 「なんですかそれえええええええええええええええええええええ!??」

 アイズの絶叫。当然の反応に、少女は困ったように頬を掻いた。

 「ま、まぁシオンも了承してるわけだから、ね? うん。何ともないって、別に命の危険があるわけでもない、し?」

 「し? って何ですか、し? って! 命の危険があったの!?」

 目を逸らす彼女に不信感を募らせる。シオンに近づかせるのは危険だという当然の判断を下そうとしたアイズに慌てる少女。

 「ストップ、ストーップ! 私怪しくないから! ちゃーんと神会で二つ名貰えるくらいの腕のある薬師だから!」

 それでも胡散臭いとジト目を向けるアイズ。

 「【奇薬】のユリエラ・アスフィーテ! 聞いたことない!?」

 「無い」

 「即答!? これでも有名なんだけどな!」

 正直、うるさい。シオンの怪我に触る。いっそ追い出そうか、とまで考えると、

 「――とりあえず、その子の怪我、治そうか」

 今までのおふざけがどこかに消えたかのように真剣な表情で、ユリエラが言った。音を立てない静かな動作でシオンに近づき、その体を見下ろす。

 冷徹な視線に見られていないのに竦められたアイズは、それでも問いかけた。

 「それ、ほんとにできるの?」

 「うんうん、とーぜん。なんせ、私だからね。……うーんと、確か入れてあったは、ず!」

 白衣に隠れて見えなかったポシェットをガサゴソと漁る。キン、キン、と金属がぶつかる音がして、数秒後、ユリエラはちょっと大きな瓶を取り出した。

 ここで話は変わるが、アイズは自分の視力はかなりいいという自負がある。

 その眼が、捉えていた。

 『回復薬(しおんのとらうま)』と書かれた、そのラベルを。

 「んじゃ、これをシオンに飲ませ」

 「てたまるかああああああああああああああああああああああ!?」

 口調なんてかなぐり捨ててアイズはユリエラからその瓶をぶん取る。そのまま瓶を両手で抱えると必死に抱きしめて距離を取る。流石にシオンの近くで暴れることはしないだろう、という打算からだ。

 やっぱり全然信用できない!

 「ありゃ、取られちった」

 そう言っているのに、彼女の口調からは深刻さが感じられない。

 それをアイズが疑問に思う前に、彼女はニヤッと笑うと、

 「ほいっと」

 「シオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!??」

 懐に隠し持っていた()()()を、シオンに飲ませた。

 そして、シオンの体が震える。

 カッと目を見開くと体を抱えて喉を押さえる。時折口から漏れる吐息から、シオンが吐き気を堪えているのだとわかった。

 「はい吐いちゃダメだよー。吐いたら効果切れちゃうから」

 ……鬼畜だ。

 シオンの顎を笑顔で押さえるユリエラの姿にプルプルと怯えながら、アイズはシオンを助けられなかったと涙目になる。目から血の涙を流すシオンを見ていられなくて、アイズは思い切り目を閉じて顔を逸らした。

 「ほら、もう大丈夫。気分どう? 意識ハッキリしてる?」

 「……何とか」

 そんな声と共に、聞き慣れた声が届いてきた。ハッと我を取り戻したシオンに近寄り、声をかける。

 「シオン、大丈夫? 記憶無くなったりしてない? 正常だよね!?」

 見たところシオンに異常はない。青白かった顔は赤みが戻っている。怪我は治っているし、ちゃんと効果はあったようだ。しかし肝心の中身が無事でなくては意味が無い。

 「いや待て、なんで起き抜け直後にそこまで言われるんだ」

 「ああ、それはね、これ、飲ませたから」

 若干引き気味のシオンに、ユリエラは瓶を見せた。

 「………………は、い?」

 反応は劇的だった。

 赤みの戻った顔が一瞬で真っ青になり、ベッドから転げ落ちるとアイズの後ろに戻ってガタガタと震えだす。

 あまりの反応に呆気にとられたアイズだが、ユリエラは苦笑するだけだ。

 「大丈夫だって。ちゃんと改良してマシになってるから。……二度と使いたくないって、言われたけど」

 「当たり前だ! 『全身から血を吹き出す』とか、そんなの良薬は苦いってレベルじゃないだろうが! アレに比べたらユリが今まで作った怪しい薬のがまだマシだ」

 「それ最初だけ! しょうがないじゃん試薬だったんだから! っていうか怪しいってちょっと酷くない?」

 「正当な評価だ。危うく死にかけた経験、忘れてないからな、おれは」

 噛み付かんばかりにユリエラ――ユリを責めるシオン。感情剥き出しのシオンという珍しい姿に目を白黒させてしまう。

 「たはは、参ったなぁ。実はアレから新しい薬がいくつか――」

 「これにてゴメン!」

 アイズの背から飛び出しベッドを飛び越えユリの横を駆け抜ける。

 「逃がさないよ!」

 足を出して邪魔をするユリだが、シオンは慌てず小さくジャンプして避ける。けれど巧みに体を動かし、ユリは空中に浮かんでいる体を捉え、蹴り飛ばす。

 「チッ」

 全力ではないけれど、軽いシオンの体は吹き飛んだ。だがただでは転ばない。吹き飛ばされた位置は扉の前。あとはドアノブを回して逃げれば――

 「アイズ、戻りましたよ。ユリはここを訪ね、キャッ!?」

 ちょうど部屋に戻ってきたプレシスに、ぶつかった。服を抱えていた彼女は受身を取れず、背中から倒れこみ強打する。反射的に飛んできた何かを抱きしめて庇った。

 「い、たた……あれ、シオン? ってことは」

 視線を部屋に向け、目的の少女を見つけた、その瞬間。

 「ユ~リ~? あなたは一体何をしてるんですか……?」

 「待って待って! 私のせい? 飛び出したのシオンじゃん!」

 「あなた以外にいるとでも? 毎度毎度あなたが起こすトラブルの尻拭いをする私の身にもなってください。まったく……大丈夫ですか、シオン」

 「う、うん、何とか……」

 まだ本調子ではないのか、フラついているシオンを支える。血が足りていないのだろう。それも仕方がない。

 ついユリにジト目を向けてしまう。プレシスの目に冷や汗を流しかけたユリだが、

 「くっ、ふ、ふふ……」

 どこからともなく聞こえてきた笑い声に、3人は視線を向ける。

 アイズが、笑っていた。堪えきれない、と言いたげに口元を押さえ体を曲げている。

 「……今回は、アイズの笑みで手を打ちましょう。助かりましたね、ユリ」

 「ほんとだねー……うん、助かった」

 溜め息を吐いて妥協してくれたプレシスに乾いた笑みを浮かべるユリ。そんなやり取りを見たシオンは言う。

 「少しは懲りたらどうなんだ? 全然成長してないんだが」

 「そこまで言わなくても」

 「今更でしょう。この人に成長なんて期待するだけ無駄です」

 「いいかなーなんて……泣いちゃうぞ私! いいんだね、本気だぞ!」

 「「うわっ、うっざ……」」

 それを見て、アイズは本格的に笑いだした。瞬時にアイコンタクト。

 ――道化を演じさせてごめん。

 ――ユリの場合は素のような気もしますが……。

 ――いーじゃんいーじゃん。やっと笑顔見せてくれたんだからさ。

 気丈に振舞っていても、悲しそうにしていたアイズが浮かべた満面の笑顔。

 その事に安堵しつつ、そうと察せられないよう、3人はまだまだ道化を演じ続けた。

 

 

 

 

 

 上機嫌にナイフで魚を切り分け、フォークで口に含む。

 フレイヤの気分が良いのは食べている料理が美味しいというのもあったが、シオンが期待以上だった喜びが主だ。

 頼んだ仕事をこなした従者に労いの意味をこめ、バベルの中に出店しているレストランで食事をしていた。

 『最も空に近いレストラン』という事、そして何よりその味によって値段は相応。味に好みをつけなければ五〇ヴァリス程度で腹を満たせるが、ここの料理は最低でも一〇万手前、最高だと一〇〇万を超えるお値段となる。差額で大体察せられるだろう。庶民にはまず手が出せない。

 とはいえ、ここでプロポーズをする者は相当数いるため、この店は繁盛し続けるだろうが。

 最も眺めのいい席、そして最高級の料理。【フレイヤ・ファミリア】だからこそできるコネで確保したものを眺めながら、オッタルに問う。

 「それで、『期待以上だった』っていう言葉の詳しい内容を聞きたいのだけれど。説明してくれるかしら」

 「わかりました」

 相変わらず大きな図体で料理を運んでいた手を止める。そしてどこかに思い馳せるように楽しそうな、何かを待っているかのような笑みを見せる。

 少しだけ、驚いた。

 オッタルがこんな笑みを最後に見せたのは、どれくらい昔だろうか。

 「突出した才能はありません。強いて言えば、全ての才がかなりのレベルで纏まっている。得手不得手が無い、といったところでしょうか」

 「それは……でも、ここぞと言った場面で苦労しそうね」

 「そうなるでしょう。しかし、彼には知恵があった。諦めない勇気があった。流石、【ロキ・ファミリア】の3人が手ずから育てるだけの事はある」

 今は弱くとも、いつか。

 そう言いたげな評価に、フレイヤは嬉しそうにする。

 「どうかなさいましたか?」

 「いえ、久しぶりに楽しそうな顔をしてるから、つい、ね。子供みたいに嬉しそうに、でも大人としての顔もある」

 「……『育てる』のも、また一興かと思っただけです」

 年甲斐もなくはしゃいでいると思ったのか、顔には出さずとも耳がピクピクと動いている。大の男がそんな動作をすると、何故だか可愛らしく思ってしまった。

 「悪いけれど、しばらく彼には干渉できないわ」

 「わかっています。一度接せられただけで上出来でしょう。これ以上の干渉は、誰かに悟られます」

 「その辺り鋭いものね、ロキは……。ごめんなさい、折角の楽しみを奪ってしまって」

 いっそ【フレイヤ・ファミリア】に誘うのも、という考えも浮かんだが、それはそれで一騒動起きそうなのでやめておいた。

 【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】には実質そこまで大きな戦力差は無い。下手に手を出して火傷をするつもりはさらさらなかった。

 つまり、フレイヤとオッタルが彼にもう一度会えるのは最低でも数ヶ月後。

 なのにオッタルは、楽しそうな笑みを崩す事はなかった。

 「待ち続けるのも、存外楽しいのだと気づいたのです。あの子供が、いずれ私のところへ辿り着くと期待していましょう」

 その時こそ、本当の決着を。

 武人としての血を騒がせるオッタルの姿は、フレイヤの琴線に触れた。

 「ふふ、久しぶりに愉しもうかしら、ね――?」

 その妖艶さを見た者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まる道を、アイズと2人で歩く。

 アレからてんやわんやの大騒ぎをしてしまい、プレシスの同僚から『うるさい』とたたき出されてしまった。まぁ、あそこには怪我人の治療をするところでもあるので、むしろ黙認していてくれた方だろう。

 「服、返しに行ったほうがいいのかな?」

 「あげると言われたから、返すのも、何だかな。それよりはお礼の品でも持っていったほうが現実的だ」

 「あ、やっぱり? でもお礼かぁ」

 うーん、と悩むシオンとアイズの服は、普段と違う物だった。

 シオンとアイズは基本、明るい服を好む。白、赤、黄、アクセントとしてなら他の色もあるが、基本色はそういった色だ。

 だが今回はその反対で、シオンは単色の灰色のシャツと青のズボン。アイズは黒のシャツに藍色のスカートだった。肌触りから結構な安物だとわかる。一度着るだけなので、特に文句は言わないが。

 「薬の材料の買い出しとか、単純に行くなら食べ物とかがセオリーかな」

 「うーん、あんまり凝ってても重くなっちゃうし、そんな感じだよね」

 そこで話は途切れ、ふと気になった事を問う。

 「そういえばあの2人って、結構有名なの?」

 「ん、ああ、かなりな。2人ともLv.4の冒険者でもあるから」

 格上だった。

 シオンの動きに当たり前のようについていったから相当な物だとはわかっていたが、まさかそこまでとは思ってもいなかった。

 「あの2人は正反対な薬師で有名だ。プレシスは過去を、ユリは未来を目指してる。後は【ディアンケヒト・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】に所属してるって意味で。あそこは妙に仲悪いからなぁ」

 正確には、ディアンケヒト神が一方的に敵視してるだけだが。

 「未来は、新しい薬を作ってるってわかるけど、過去は?」

 「紛失した薬品を再現すること。失った文献の一部から研究したりしてね。【彼方への追跡者(ソウル・チェイサー)】プレシス。それが彼女の二つ名だ」

 ちなみに本人はあまりこの二つ名を気に入っていない。

 『私が追い求めているものは過去の薬品であって魂ではありません!』

 との事だ。

 別にそういう意味ではないと思ったけれど、まぁ、詮無い事か。

 「それじゃ、ユリは?」

 「あー、うーん……一つ聞くけど、ユリは【奇薬】って名乗ったか?」

 「そうだけど、違うの?」

 嘘を言われたと思ったのか、ムッとした顔をするアイズに、シオンはどこか乾いた笑みでこう言った。

 「【奇妙な薬品(ゲテモノ)】のユリエラ。まぁ、名乗りたくないわな」

 引き攣った顔のシオンに釣られてアイズの笑顔も変な感じになってしまう。なぜそうなったのか気になって恐る恐る聞くと、

 「おれが飲まされた薬で察してくれ」

 ――大体わかった。わかってしまった。わかりたくなかったけれど。

 「でも、なんでシオンはLv.4の薬師と友達になれたの?」

 「偶然であり、必然でもあった。それだけ」

 シオンとユリは、打算からその道を結び始めた関係だ。

 元々ユリはオラリオにおいて五指に入るレベルの薬師であり、高々Lv.2の冒険者にすぎないシオンでは彼女の作る回復薬を使う機会など、ありはしなかった。

 本当に、偶然に過ぎない。

 『求む、薬の実験台! 報酬は私の作る薬で出しますっ!』

 そんな胡散臭い内容を見れたのは。

 最初は実験台になるつもりなどさらさらなかった。しかし広告を出しているのが【ミアハ・ファミリア】の【奇妙な薬品】のユリエラと聞いて、思ってしまったのだ。

 ――ダンジョンで使う回復薬を作ってもらえれば……。

 それはきっと、役に立つ、と。

 後で知ったことだが、ユリの作る回復薬は最高品質の物ばかりで、欲しいとねだる者は後を立たないらしい。ただユリ自身は【ファミリア】に対する献上金と、薬に使う材料費を稼ぐ以外ではまともな薬を作ろうとしないため、妙なプレミアがついているようらしい。

 あんな態度ではあるが、腕が確かなのは事実、というわけだ。

 あの時は話を通すためにミアハと呼ばれていた神に話かけ――その時、何故か周囲の団員含む全員から『命を粗末にするんじゃない!』と言われたが――ておき、交渉。

 シオンの条件は『即死する薬品は使わないこと、万が一が起きたら【ロキ・ファミリア】に相応の金銭を支払うこと』に。

 ユリは『Lv.2になってから実際に薬を飲んでもらう』ということで契約。

 実際の細かい内容になると話すのが面倒なので割愛。

 とかく、シオンが実際にユリの薬を飲みだしたのは、四ヶ月前が初になる。その間の経験についてはまぁ、かなり酷い物だった。

 痛みと毒物に対する耐性は無駄についたような気がするレベルで。

 あの薬(しおんのとらうま)も、一週間くらい前に飲まされた物である。全身から血を噴出した上に視界がグルグル回って平衡感覚を弄りまわされ、最後に色々吐き出した。

 あの時は本気で死を覚悟した。血が噴出したのは体の中にある悪質な成分を外に出すためだったようで、効果が切れた後はむしろ体の調子が良くなったけれど。

 とはいえ死にかけたのは本当で、代わりにかなり効果の高い、恐らく最高品質以上……秘薬レベルの回復薬と高等回復薬、今は使わないが精神力回復薬(マジック・ポーション)、更に虎の子として、二個、万能薬までくれた。

 どうやら噂が広がりすぎて誰も実験台になってくれないから、とのこと。報酬がいいに越したことはないので何も言わなかったが、

 「薬の凄絶な味と終わらない痛みに耐えればいいだけなんだから……うん、一時の苦痛で命を買えるんだと思えば安いものだよ。……そう思わなきゃやってられない」

 瞳から光が消えてしまうのは、避けられなかった。

 話を変えるために、アイズは努めて明るい声でシオンに言った。

 「で、でも、どうしてユリ、さんは、そんなに変な薬を作ってるの? 聞いた限りじゃ、まともに作れば色々手に入るのに」

 「それは……」

 『ごめんなさい……助けられなくて、ごめん、ミリ……』

 「……色々、あるんだよ」

 納得してないアイズに、シオンは笑う。

 「おれとアイズが強くなりたいと思ってるのに理由があるみたいに、ユリも、今ある薬じゃ足りないと考えた理由があるんだよ」

 シオンも、アイズも、ユリも。

 皆何かしら失って、それでも前に進もうとしてる。その訳を暴き立てる必要はないし、したところで意味はない。

 結局のところ、強くなるのも弱くなるのも、自分次第なのだから。

 仄かに笑うシオンは、なんでか小さく見えた。

 このままではシオンがどこかに行ったまま戻ってこなさそうな気がしたので、思い切ってえい、とシオンの腕に抱きついた。アイズの重みに引っ張られてよろけるシオンは、戸惑うようにアイズを見た。

 「ちょっと、疲れちゃった。腕貸して?」

 「お、おう。おれの腕ならいくらでも貸すけど」

 オッケーを貰ったので、結構体重を傾ける。

 アイズの顔は嬉しそうに笑っていて、でも恥ずかしいのか、あるいは夕暮れのせいか、耳まで真っ赤に染まっていた。

 銀と金、二種類の色合いが重なり、綺麗な輝きを生む。全く似ていないのに、誰の目から見ても兄妹と錯覚するほどに。

 「……帰るか。アイズ、今度は逃げるなよ」

 「ふっふーん。そう言うんだったら、私を逃がさないように抱きしめさせてね」

 ギュッと更に両手に力をこめて抱きしめる。位置が悪かったのか、シオンは小さく身動ぎして姿勢を変える。

 優しい風によって髪が絡み合うほど密着し、互いの温度を確かめながら、2人はホームへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 「うーん、遅いなぁ……何かトラブルでもあったのかな」

 窓から身を乗り出し、外を見ていたティオナはそう独りごちる。その視線の先はホームの正門前に向けられていて、誰かを待っているのが伺える。

 その様子を見ていたティオネは読んでいた本から顔を上げ、

 「何時間そこに張り付いてるつもり? そろそろ離れたらどうなのよ」

 「フィンが帰ってくるのを待つのは?」

 「退屈じゃないわね」

 と、ほぼ反射的に答えてから、しまったと思う。ここ最近、ティオナは強かになっているような気がしてならない。同じ誰かに恋する乙女である以上、共感する部分が多いのは仕方ないが。それにしたって簡単にあしらわれすぎだ。

 「そろそろ日も暮れるし、日没前には戻るでしょ」

 「そう、だよね。でもちょっと不安なんだ。万が一って考えると、ね」

 楽観的に言うティオネだが、ティオナとしては一抹の不安が拭えない。

 ――……大丈夫……だよね。

 そう思ってしまうのは、いくらなんでも時間がかかりすぎているからだ。シオンがホームを出たのは正午過ぎ。そこからダンジョンに行って、仮に5層まで行ったとしても、シオンの実力ならどんなにゆっくりでも往復で四時間もいらないはず。最速で行けば一時間だろうか。

 アイズとの和解に時間を取られたとしても、そろそろ帰ってこなければおかしい頃だ。ティオナが不安を覚えるのもおかしくない。

 どうしてもそわそわしだすティオナ。いっそフィンに報告しようか、とティオネが考えていたそのとき、

 「――あ、帰ってきたっ。アイズもいる!」

 「やっとか。ほんと時間かかったわね」

 門と門番に隠れてほとんど見えないが、陽光に照らされる眩い白銀はシオンの髪色だ。見間違えるなどありえない。

 膝立ちから直立に変えて上半身を窓の外へ。手を振ろうと片手をあげた瞬間、目に見えた光景にティオナがピシリと石像のように固まった。

 「……? どうしたのよ?」

 一体何を見て固まったのだろう、そう思って窓の外を見る。

 そこでは、とても嬉しそうな笑顔で少年の腕に抱きつく少女と、その少女に仕方ないなぁと苦笑を返す少年の姿。

 「あれま、随分と仲良くなったわね。一体何をどうしたんだか」

 とはいえティオネとしては、アイズよりもシオンの方が優先順位は上だ。シオンが笑っているのならばいいことだ、と割り切れる。

 だがしかし、そうと割り切れない少女もいるわけで。

 固まっていたティオナは小さく震えだすと、

 「う」

 「う?」

 「羨ましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!」

 唇を噛み締めて、そう言い放った。

 「……。……はい?」

 思わず目を瞬かせたティオネは、なんのこっちゃと思いながら聞く。地団駄を踏むティオナからは、日中見せたあの大人っぽさが微塵も感じられなかった。

 「他の子がシオンを好きでも、関係ないんじゃ無かったの?」

 「それはそれっ、これはこれ! 羨ましい物は羨ましいんだよ!」

 「――私の感動を返せ」

 真顔で言い放ったティオネだが、その言葉は届いていなかったらしい。

 「私もシオンに抱きつきたい!」

 言って、窓の外へ身を投げ出す。この場所からなら飛び降りても問題ないだろう。ティオナは地面に降り立つと一直線にシオンの元へ移動し、アイズとは反対の腕に抱きついた。

 『ちょ、ティオナどこから来た!?』

 『だ、誰!? シオンは今私と一緒にいるんだから離れてよ!』

 『いいじゃん別にっ、私だってシオンと一緒にいたいんだもの!』

 『いや一緒にいたいならいくらでもいるから――い、痛っ!? 全力で腕掴むなあああああああああああああああああああ!??』

 「うわ、痛そう……」

 ふと口から吐息が漏れる。同時に全身から力が抜けた。何だかんだ心配していたのはティオネだって同じだ。ただティオナの手前、それを表に出さなかっただけで。

 「ったく、なんかうるせぇと思ったら。まーたテメェ等かよ」

 「私を巻き込まないでくれる? うるさいのは大体ティオナなんだから」

 嫌味を言いながら入ってきたベートに一言物申す。ベートはティオネの横に立つと、ぎゃいぎゃい騒ぐ3人を見下ろした。

 「よくわかんねぇが、なんかうまくいったのか?」

 「まぁ、いったんじゃない? ああそうそう、多分だけどあの金髪の子、うちのパーティに入るかもしれないわよ。そこんとこどう思う?」

 「わざわざ俺に聞くか。いいんじゃねぇの。俺は反対しないぜ」

 その意見に、思わずベートを見る。

 「意外。あんたの事だし『雑魚なんざ余計な荷物だ』とか言いそうなのに」

 「ハッ、一応シオンから金髪女の話は聞いていたからな。【ステイタス】だけで見りゃ確かによええけど、荷物にゃならんだろ」

 それに、とベートはどこか苦々しく顔を歪める。

 「シオンを縛る鎖は多い方がいい。あのバカ、俺の方が努力してると勘違いしてやがるが、アイツの方がおかしいんだよ」

 「でしょうね。パーティあるいはコンビでダンジョン、フィン達の指導、自己鍛錬。ここ最近はあの女の子の指導もしてるみたいだし……普通なら精神が参るわよ」

 休日は設けているが、それだってフィン達に言われたから作っただけで、そうでなければ毎日ダンジョンに行っていてもおかしくはなかった。

 それだって、どこまで役に立っているのか。

 「しかもソロでダンジョン行く時もあるぜ。自重しちゃいるが、いつ心と体が擦り切れてもおかしくねぇんだ。自覚無いのがなおさらタチ悪い」

 だから、鎖が必要だ。

 シオンを非日常ではなく、日常に居続けさせるための強い鎖が。ティオナだけでは足りない。ティオネとベートでは鎖になれない。それ故に新たな鎖を求めた。

 そのためなら、多少の足手まといは容認する。

 『シオンに死んでほしくない』、それは全員の共通する想いだからだ。

 「四重奏(カルテット)から五重奏(クインテット)へ、か」

 「……未だ弱き五重奏(アウフタクト・クインテット)、ってか?」

 ふいに思いついた単語を口にする。そこにベートまでもが追従してきたのには驚いたが、何故だかしっくり来た。

 今までは4人で奏でられた音が、5人になる。

 それは一体どんな音になるだろう。今までになかった音が混ざって、どこまで響かせられるのだろう。

 ベートの言う通り、今はまだ、小さく、か弱い音でしかない。

 それでも、いつか。

 オラリオどころか世界中に届くような五重奏を、響かせてみたい。

 『もっと、強く』

 5人の胸に刻まれている想いは、きっと留まることはないだろう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふと、アイズは目を覚ました。

 ん、んん、と背筋を伸ばす。久しぶりにゆっくり眠れた気がする。あの後シオンと一緒に寝ると言ってからまた一騒動あったが、何とかティオナという少女を説得してくれたシオンと共に夜を過ごせた。

 久しぶりに誰かと体温を交わらせながら寝る事に深い安堵を覚え、ここ一ヶ月毎日見ていた悪夢を見る事はなかった。残念なのは、もうシオンが隣にいないことか。微睡みながら、お母さんにしていたみたいに抱きついてみたかったのだけれど。

 また次の機会に、と考えて、ぶんぶんと頭を振る。

 甘えてばかりではいられない。それで痛い目を見たのだ。多少なりとも自重すべき。

 頭ではそうわかっているのに、心は後一回、もう一回だけ、という甘さがひょっこり顔を出すのは止められなかった。今度はピシャリと頬を叩く。

 「……痛い」

 当然の感覚にちょっと落ち着いた。いつまでもシオンの部屋にいるのも悪いかな、そう思って部屋を後にする。

 部屋を出て一度大きく深呼吸をする。覚悟を決めるためだ。

 昨日、シオンと一緒に寝ながら考えた事がある。

 シオンを知りたい。でもそれは、シオンの主観から見た話以外、つまり、第三者から見たシオンの姿を知りたかった。

 アイズの目から見ればシオンは強く、優しく、格好良い。でもそれはシオンがアイズよりも上位に位置する人間だからであり、同じ位、あるいはシオンよりも上位の人間から見たらどうなるのかはわからないのだ。

 そして何となくだが、フィン達は教えてくれない気がする。彼らは最低限導いてくれるが、答えに辿り着くのは完全にアイズ達自身の力に任せていた。今回のこれも、それに該当する可能性が高かった。

 だから、アイズは色々といる候補の中で、シオンをよく知っている人間、最も単純に考えてパーティを組んでいる相手を選んだ。

 そうして今、アイズは一つの扉の前に立っていた。

 ここまで来てなんだが、今はまだ六時前後。人が起きる常識的な時間を考えると早すぎる。まだ相手は寝ているかもしれない、そう思うと気後れしてしまう。

 どうしよう、と悩む。せめて後一、二時間後ならノックしても問題はなかったのだが。とはいえ時間を開けたら部屋の主がいなくなってしまうかもしれない。そう考えると……と、アイズは自分が思考の袋小路にはまりかけていたのに気づく。

 完全なドツボに入る前に、ええい、ままよとほぼヤケになって、腕をあげた。

 けれど、その腕が扉をノックする事はなかった。

 中にいた人物が、内から扉を開けたからだ。

 そして――。




一応、今回で一区切りって感じです。
前回で区切らなかったのはダンジョンという非日常から日常へ回帰するシーンを入れたかったのと、次章への伏線的な感じ。

アイズがシオンを『兄』と呼ぶ条件は
・アイズとシオンの2人きり。
・シオンが気絶してる状態。
です。実質1人の時にしか呼ばないって事じゃ(ゲフンゲフン)

ちなみに今回出たユリエラとプレシスの2人はオリキャラ。私がやってるネットゲームに出てくる操作キャラを性格と名前改変したので完全なオリキャラとは言えないかな……。

オッタルさんとフレイヤさんはしばらく傍観。まぁベル君の時とは状況違いますから仕方ないですよね。

感想で
『頼れるシオンに依存してベッタリのアイズ、そしてヤキモチを焼くティオナ………とてもいいと思います』
ってのを結構前に貰ったんでまた組み替えて使ってみた。
わかりやすい嫉妬シーンでしたが、どうですかね?

で、四重奏五重奏についてですが、ダンまちイラストレーターの方が書いてる漫画作品から流用。折角なので(笑)

あと、前回二話投稿して閑話を入れようかなって話しましたが。
すいません、家族から風邪移されて体中ガッタガタです。この後書きも結構無理して書いていたり。

一応頑張れば書けそうなのですが、無理しても意味ないかなと。なので、閑話については今日治してできれば明日か明後日投稿するつもりです。

まぁそんな訳で、次章はちょっと遅れそう。申し訳ない。

あと活動報告書きました。『原作書きますか?』とか色々聞かれたので、かなり大雑把にですがこれからどうするかっていう個人的な考え載せています。
ただし、どこでどういうイベント内容するかは直接的には触れません。ネタバレ、ダメ、絶対。原作読んでれば予想は出来るでしょうけどね。
ちなみに必読ではないので、暇潰し程度に考えてください。

では次回ノシ

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