役割という物
「人の部屋の前でウロチョロしないでくれる? 気になって仕方ないんだけど」
「ご、ごめんなさい」
扉が開かれると、不機嫌そうな顔をしたティオネが立っていた。既に服も着替え終わり、一日の始まりまでは準備万全のようだ。
とはいえアイズにとってそこは気にするべきところではない。彼女はティオネの顔を見に来た訳ではないのだ。
「あの、いきなりだとは思うんだけど、シオンのこと、知っている事を教えてくれませんか!」
「は? シオン……? ああ、そういう。まぁ私のところに来たのは、妥当なのかな」
アイズのお願いに怪訝な顔をしていたが、納得の表情に変わるティオネ。
【ロキ・ファミリア】でシオンの事をよく知っている人間は限られる。フィン達は恐らく教えないということを察し、その上でアイズの取った行動からティオナは同類か何かと思い――昨日のあのやり取りで共感するところでもあったんだろう――ベートは多分だが、あの気性から判断されたんじゃないか。
残ったのはティオネだ。確かに彼女は『化けの皮』が剥がれていなければ、皆を纏めるお姉さんのような感じなので、訪ねてきたのは間違ってはいない。
「ちょっと、待ってなさい」
ティオネはそう言うと部屋の中に戻る。自然と閉められていくドアを、緊張感から覚えてしまった不安を押し殺すために手で止める。とはいえ人に部屋を見られるのは不愉快に思うと考え、視線は別方向に向けていたが。
「んーと、まぁこれだけでいいか。ダメだったらまた取りに来ればいいし」
ガサゴソと漁っていたティオネは手に何かを持って戻ってくる。
「別に扉支えてなくてもよかったのよ?」
「あ、これは、ちょっと、なんていうか」
扉を支えていた事を不思議がられたが、扉が閉まったら二度と出てきてくれないんじゃないか、なんて不安に思ったのを言える訳が無い。しかし誤魔化す経験など無いせいで、どうしても声が上擦り眼が斜めを向くのがわかる。
ティオネはそんなアイズをどうしたのかと思ったが、やがて思い当たる節を見つけたのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
うぐっ、と息を詰まらせるアイズは一体何を言われるのかと身構えるが、
「じゃ、行きましょうか。少し歩くから、ちゃんとついてきてね」
ティオネは何を言うでもなく、背を向けて歩き出した。
何も言われなかった事に安堵しながら拍子抜けするが、助かったのも事実。アイズはホッと息を吐き出しながら素直にティオネについていった。
少し歩く、と言ったとおり、しばらく歩かされた。ホームの1階、その隅っこ。恐らく誰も来ないんじゃないかって場所にある扉に鍵を差し込み、開ける。
部屋に入ってまず思ったのが、武器庫かな、ということ。
家具はほとんどない。部屋の真ん中にテーブル一つに椅子が四つ。端の方に棚はあるが、それ以外だと剣やらナイフやら防具やらが無造作に置かれている。
「うちのパーティの共同部屋よ。団長とロキが使わない部屋を融通してくれたの。ここで4人集まったりして話し合うのが目的ね」
置いてある椅子のどれかに座っといてと言われたので、座る。
その間にティオネは棚から何かを探しているのか、適当に漁り始める。そうしながら、アイズに向けて言った。
「悪いんだけど、私がシオンについて言える事はあまり無いの。私は普段団長とティオナと過ごしている事が多いし、そうでないならオラリオの友達と出かけてるから」
「そう、なの? 同じパーティなのに?」
「同じパーティだからこそ、っていうのもあるわ。内輪だけに目を向けてると、世界に対して目を向けづらくなる。だから、シオンはパーティ全体を。私はパーティ以外をって分担してる、のかしらね。その辺り相談したこと無いからわかんないかな」
思わず苦笑。最近相手が何を考えているのか大雑把にわかってしまうため、半ばこれでいいだろうと考えている自分がいるのを自覚する。
流石に甘えすぎだ。そろそろ本腰入れて話し合わないと、すれ違う可能性が高い。
「とにかく、私はシオンについて詳しく知らない。代わりに教えられるのは」
脇に紙を挟み、手に箱を持って戻ってくる。それをテーブルの上に置くと、紙をアイズの目の前に差し出された。
「【ステイタス】の差異……?」
「そう。日常面は教えられないけど、非日常なら、私も教えられる」
しかし差し出された紙には何も書き込まれていない。
精々が、下の方に横並びで力、耐久、器用、敏捷、それに左端の上からS、A、B、C、D、それと上中下の文字がついているのみ。これではまるで、
「グラフか何か?」
「おお、大正解。ちなみに書き込まれてないのはわざとね。人に見られると弱点晒すことになるから」
【ステイタス】とは、冒険者にとって生命線だ。
『力』が高いのなら、それを振るえない状況にすればいい。
『耐久』が高いのなら、それが通用しない、例えば溺死などを使えばいい。
『器用』が高いのなら、数で押せばゴリ押しできる。
『敏捷』が高いのなら、狭い部屋にでも入れば動き回れなくなる。
もちろんスキルや魔法の存在もあるため一概に言い切れないが、自分にとって有利で相手にとって不利な状況に持って行きやすくなるのは、それだけで大きなアドバンテージだ。
だからできるだけそれを秘匿しなければならない。そう判断したため、彼ら4人もこういった紙に自分達の情報を残さない方法を取っている。
「それが、この石」
「うわぁ、綺麗だね」
「わざわざ店で買ってきたものだから当然よ」
キラキラと輝く白、黄、赤、青の石を取り出す。
白はシオン、黄はティオナ、赤がティオネ、青はベート、と言ったように区別している。
「例えば私の『力』が、そうね。Bの873だとしましょう。その場合はここに置くの」
力と書かれた場所の上、そのBの上に置く。
「あんまり細かくやると一々書くのが面倒でしょ? だから0から29までが下、30から69までが中、70から99までが上って感じに分けてるの」
元々【ステイタス】の評価はSを頂点に、AからIまでの十段階で区別される。そのためこういった物で複数人を同時に見比べるのは結構面倒くさいのだ。
そんななので、多少大雑把になるのは許してもらいたいところ。
「でもそれだと細かい判断ができないと思うんだけど」
「その時はその時ね。あくまでシオンが判断するための資料的な物だし、これ」
口を動かしながら、ティオネは十六ある石を動かしていく。魔力については、まだ魔法を覚えている人がいないのか、空欄のままだ。
「【ランクアップ】してからのも含めるとちょっと面倒だから、これはあくまでLv.1の最終値になるわね」
置き終わるとティオネは一歩下がり、アイズが見やすいようにする。
『力』はティオナが一番高く、ティオネ、シオン、ベートと続く。
『耐久』も一番はティオナ、次にシオン、ティオネ、ベート。
『器用』はティオネ、シオン、ベート、ティオナ。
『敏捷』はベート、シオン、ティオナ、ティオネだ。
とはいえ、これを見たところでアイズにはどういう事なのか判別しようがない。言い方は悪いがだから何、と言ったところだ。
アイズが困っている事をわかっているのだろう、ティオネはちょっと笑っていた。
「【ステイタス】はそれを上げるのに適した行動を取らなければ伸びない。そのグラフは、私達の役割をわかりやすく教えてくれてるんだけどね」
『力』を伸ばすためには腕を振るう必要があるのに、走って伸びたらおかしいだろう。つまりはそういうことだ。
だがそんなことアイズにもわかっている。
アイズがわからないのは、単純に知識と経験不足のせいだ。
何だかティオネがイジワルに思えてきて、アイズはむうう……と頬を膨らませてしまう。そんな反応にティオネは優しい笑顔を浮かべてしまった。
「しょうがないわね。ちゃんと説明してあげるから、そんな顔するんじゃないの」
「別に。拗ねてないし」
「はいはい、私はわかってるから」
なんとなく彼女の頭を撫でると、不貞腐れていた彼女はむごむごと口を動かし、そして弛緩してうにゃ~と猫のような声を出す。
――やだ、可愛い。
ティオネだって女の子。可愛いものにはそれなりの興味だってある。
とはいえ今は相談を受けているのだ。ふざけていられる状況ではない。変な方向に行きかけた思考を急いで戻し、手を離す。
「私達はそれぞれ役割を決めて、そこから逸脱した行動は取らないようにしてるの。それを決めてなかった時に、酷い目にあったからね」
「何か、あったの?」
6層に降りるまでは、力押しでも何とかなった。
フィン達からの指導で徐々に伸びていった【ステイタス】と人数という利点。そこだけを見た結果、全員ボロボロになって生き延びるところまで追い詰められた。
「ウォーシャドウだけで軽く二十……乱戦状態になって、死にかけたわ。あの時シオンが指示をくれたらどうなっていたか」
「二十!? そんなのまともに相手なんてできないはずなのに、どうやって」
「ま、その話は後にしましょう。戻すわよ」
そこから4人はそれぞれ役割という物を決めた。
「ティオナは
そのため『力』と『耐久』が高い。最も敵に攻撃し、最も敵からの攻撃を受ける彼女はそれだけ伸びていく。
逆に彼女はシオン達と違って一番最後にフィン達からの指導を始めたため、技術的な点で劣っている。小器用さについては諦めるしかない。
「ベートは
「それ、絶対違うと思う」
本人が聞けば激怒するような事を言うティオネ。先程からパーティメンバーの評価が酷いと呆れるアイズだが、ちゃんと説明はしてくれるので静かに聞く。
ベートは一撃離脱を信条としているのと、短剣二本による双剣のため、『力』と『耐久』はかなり低い。逆に常に動き回るのと、モンスターの弱点を狙い続けるために『敏捷』と『器用』は高くなっている。
「私は
本当はティオネも前に出たいのだが、視野の広さ、という点においてシオンの次に位置する彼女は、どうしても後ろにいたほうがパーティの安全を確保できる。
そのため普段は投げナイフを使って支援。『器用』の値が高いのはそのせいだ。
たまに前に出て戦うため『力』と『耐久』もそこそこだが、逆にそれ以外ではほとんど動かないせいで『敏捷』はパーティで一番低い。
「ちゃんと役割を決めて、自分の得意な事だけをする。そうすれば安定するってわかったのが6層時点で助かったっていうのが本音。じゃなきゃとっくに私達は死んでるでしょうね」
「それだけダンジョンは危ないの?」
「というより、やっぱり子供っていうのが大きなハンデなのよ。大人と比べて手足は短いし体重軽いから踏ん張れないし、何より無茶するとすぐ
ひらひらと手を振るティオネに絶句する。
『壊れる』というのはつまり、手足がイカれる、ということだろう。そして言い切れるということは、本当になった事が、少なくとも数回はある、ということになる。
「そんなのはどうでもいいか。それより肝心のシオン、だけれど……そうね。ここまでを踏まえて、自分で少し考えなさい」
「え!?」
「ヒントは沢山上げたわよ? 答えを貰うだけじゃなくて、少しくらい自分で考えないとダメになっちゃうからね」
クスクス笑うティオネの顔を見れば、アイズが答えを出さなければずっと教えてくれないのだとわかってしまう。
しかしアイズが知っている事はそう多くない。
シオンはこのパーティの指揮をしていること。
剣だけでなく、双剣も多少扱えること。
それからこのグラフ――……グラフ……?
「……あれ?」
何となく気になって見直すと、シオンはこのグラフで一番を取っている物がない。というより、全ての値がAの上を記録してはいても、Sを超えていない。
もっと言い換えれば、特化している物がない。全てがほぼ平均を記録している。
だが、そんな事がありえるのだろうか。
ソロでやる、と考えたが、ソロはその性質上軽い怪我をしただけでも一気に不利となるため、どうしても『耐久』は伸びにくい。
あるとすれば、それこそパーティでの役割全部こなすくらいしか思いつかないが、それだって限度はある。
「全部やる……でもシオンは指揮役なんだし……」
ついに頭を抱えるが、どうしても矛盾してしまう気がする。
「うん、大体正解」
「……何が?」
「全部やるが、よ」
なのに、ティオネはパチパチと手を叩いてアイズを褒めている。目をパチクリさせるアイズをよそに、言う。
「シオンの役割は
それでも一番は後ろで指揮することだけど、とティオネは言った。
だから、シオンは知っているのだ。
「誰よりも色んな役割をこなして、誰よりも頑張る。だからシオンは知ってるのよ。『ダンジョンではあっさり死ぬのが普通なんだ』って」
シオンは、いつも『死ぬ』という言葉を使う。
それは皆の危機意識を煽って、無茶をさせないためだ。『もっと行ける』という意識を殺し、調子に乗らせないために。
考え込むアイズに、ティオネは紙を差し出す。
シオン
Lv.1
力:A887 耐久:A883 器用:A896 敏捷:A892 魔力:I0
「これがシオンのLv.1最終【ステイタス】よ。ああ、ちゃんと本人には確認取ってるから、これを見せても問題ないから」
「…………………………」
ティオネが何か言っているが、アイズの耳には届かない。
――……何、これ?
この
当たり前ではあるが、【ステイタス】の伸びはどうしても得手不得手があるため差が出る。それは誰であろうと例外はない。
例えば、フィン。彼の種族は小人族で、この種族はどうしても身体的な部分で他の種族に劣ってしまう。それ故『敏捷』と『魔力』は伸びやすいが、逆に『力』と『耐久』についてはかなり伸びにくい。
例えば、リヴェリア。エルフは『魔力』の適正において他の追随を許さぬが、その分身体能力は低く、『力』『耐久』『敏捷』はとにかく伸びない。彼女の場合杖術でその辺りをカバーしているが、それだって限度はあった。
例えば、ガレス。ドワーフである彼は『力』と『耐久』に目を見張る物があるが、筋肉質な体型のせいで『敏捷』は伸びず、また、種族的傾向による性格的な部分もあって『器用』も低い。『魔力』については、彼が魔法を覚えているかどうかわからないので割愛。
このように、Lv.6として有名な第一級冒険者にでさえ有利不利はある。なのにシオンは、そんなの知ったことかと全ての【ステイタス】で高い記録を叩きだしている。
ティオネは驚愕で声も出ないアイズに何とも言い難い複雑な顔を向ける。その後椅子から立ち上がると、アイズを置いて扉の前に移動する。
「私が教えられるのはここまでね。これ以上はちょっと厳しいかな」
「あ、その……ありがとう! 教えてくれて!」
慌てて我に帰るアイズに、ティオネは背を向けたまま、
「もしもっと知りたいんだったら、ベートを訪ねなさい。アイツが一番詳しいだろうから。今だったら多分、一番上で剣でも振るってると思うから、早い内にね」
一方的に言い残すと、彼女はドアノブを回して部屋を出て行ってしまう。
「ベートが、知ってる……」
顔合わせしかした事のない、気難しそうな狼人の少年。少し気後れするが、それでも知りたいのなら、行くしかない。
「……喧嘩、ならないといいんだけど……」
目下の心配事は、それだった。
ホームの1階から最上階まで階段を登るのに、それなりに足を痛めたアイズ。この時点でかなり疲れ果てたが、根性で屋根の上へ。
――ホントにいた。
ティオネが言っていたとおり、双剣を振るうベートがいた。
サマーソルトで蹴り上げ、回転しながら双剣を一閃。そのまま片方を逆手に持ち替えて真後ろに剣を突き刺す。突き刺した剣をグルリと捻じ曲げ体を反転、もう一本を喉に押し当て引く。
それからバックステップで距離を取り、足に力をこめ、
「――用があるなら声をかけろ、そうじゃないなら気が散る、どっかに行きやがれ」
『アイズのいる方へ』駆け出した。思わず身構えるが、ベートは睨みつけてくるだけで特に何もしてこない。
「……ん? テメェは、そうか。シオンの事でも聞きに来たのか?」
「なんで」
「わかるかって? 話したこともねえ、まともに考えてあまり接したくない俺んところに来る理由はそれしかないだろうが」
一応、自分が好かれていない自覚はあるらしい。というより、敢えてそう振舞っているからこそわかるだけだが。
ベートはフンと鼻を鳴らすと、双剣をしまう。
「んで、もう一度聞くが何の用だ? ちゃんと、テメェの口から言いな」
真っ直ぐにアイズの目を見据えるベートの目は、綺麗だった。誰に対しても媚びないとわかるからかもしれない。あるいは、口に反して心は真っ直ぐだからか。
何となく、見た目と違って優しいのかな、と思う。こうしてアイズが何か言うまで待ってくれているのだって、優しいからではないか。
「――シオンのこと、教えてほしい。ベートが知ってること全部」
「……ハッ。まあ、いいぜ」
鼻で笑うかのような態度を取ると、ベートは壁に背を預ける。
「言っておくが、俺の知ってる事がテメェの知りたい事だとは限らねえ。それでもいいなら教えてやるよ」
なんせ、問題文すら提示されてないのだから、答えを述べることはできない。
できるとすれば、羅列するだけ。そんな意味をこめて聞いたのだが、
「お願い」
真っ直ぐに見返してくる目の強さに負けてしまう。
「ったく、面倒な事を押し付けてくれやがって、ティオネ……」
と大体の事を察しながら口の中だけで呟き、
「まず知っておきな。アイツは――シオンは、もう『壊れてる』ってことを」
「……っ」
単純な事実を、あっさりと言い放つ。
アイズは一瞬身を固くするが、驚いた様子はない。知っていたのだろう。ただ、それをベートから言われて再認識しただけで。
「シオンは強くなることにしか興味がない。その過程で腕が吹き飛ぼうが死にかけようが、痛がりはしてもトラウマにまではならないだろうな」
「……その途中で、死んでも?」
「というより、下手すると死んでもいいなんて無意識で考えてるかもな。アイツの中にある優先順位だと、自分の命は相当下らしいからな」
普通、そうはならないはずなのに。
【ロキ・ファミリア】に来る前からそうだったシオンは、きっと、最初から破綻していた。狂っていた。表面上そうは見えないからなおさらタチが悪く、ベートでさえ、気づいたのは一緒にパーティを組んでからずっと後のことだった。
「何があったのかなんて知らねえし、興味もねえ。だがアイツは俺らのリーダーなんだ。死なれたら困る」
それが照れ隠しなのは、アイズにもわかった。
「だからテメェも協力しろ」
「え?」
唐突にかけられた声に顔をあげると、ベートはアイズをジッと見ていた。
「アイツにとって、テメェは随分と大切らしい。だからテメェは、シオンの枷になれ。我が儘言って困らせて、シオンがダンジョンに行き過ぎないよう努力しろ」
「そ、それはちょっと、厳しいような」
「うっせぇ黙れ。情報の対価だ、ちゃんとやってもらわなきゃ困るんだよ」
と、ベートは気持ちを落ち着かせるように息を吐き出す。
どこか疲れたその様子に、アイズはずっと悩んでいたのだろうか、と思う。ベートはガリガリと頭を掻くと、
「――とりあえず、シオンは『賢いバカ』だってのも教えといてやる」
「……何それ」
「ダンジョンでは賢いが、それ以外はバカって事だよ。テメェはシオンが『鋭い眼』をしてたところ、見たことはあるか?」
「一度だけ、ダンジョンで」
あの時の眼は今でも思い出せる。
一瞬『喰われる』とさえ思った程に、恐ろしかったのだから。
「それが『賢い』ときだ。鋭い眼んときはとにかく警戒心が強いし、頭の回転も早い。こっちの体調もすぐに看破してくるから誤魔化しも無理だ」
「……それで?」
「逆に眼がほんわかしてるときは『バカ』だな。とにかく鈍い。人の気持ちなんかは特に察してくれないせいで、俺が余計な仲介するときもあったくらいだからなぁ……!」
拳を握り締める彼は、何を思い出したのか笑いながら怒っていた。
アイズはというと、言われてみればそんな感じだったなぁ、と思っていた。確かにダンジョン中では色々反応が早いのに、一ヶ月間指導してくれた時はほとんど自分本位だった。
「よく、見てるんだね」
「あ?」
「シオンのこと。詳しいみたいだし」
「ああ、まあ、な。良くも悪くも距離は近かった。アイツの良いところも悪いところも、全部見えるくらいに」
そういうことじゃないのだけれど、ベートは小さく笑っていた。
「他にも詳しく知りたいなら、聞きに来い。俺は一度戻る」
「何か用事?」
「これからガレスんとこにな。……それで、できればでいいんだが」
一度躊躇したが、それでもベートは言った。
「シオンのことを、守ってほしい。アイツは少しでも目を離すと死にかけるからな。……あんなんでも、友人なんだ。死んでほしくはねえ」
「言われるまでもないよ」
強気に言い返すと、ベートは口元に笑みを浮かべた。
「そうかい。ありがとよ」
ベートがいなくなり、アイズは目的も無くホームを歩き回る。ダンジョンでのシオンと、日常にいるときのシオンの違い。スイッチの切り替えが激しすぎるのだろうか。
多分、単に緊張の糸の張り詰め具合が違うだけのような気もする。
ふと窓を見下ろすと、シオンがフィンと武器を重ねているのが見えた。
どれだけ攻撃しても届かず、逆に撃ち落とされて反撃される。
――あのやり方って。
シオンとアイズのようだった。ただアイズと違うのは、フィンが容赦なく反撃してくるため、シオンの体にどんどん傷が増えていく事だった。
槍が頬を、腕を、脇腹を、足を、掠めていく。その度に血が噴出するが、シオンは気にも留めずフィンに突っ込んでいく。
攻撃の度にシオンもフィンもパターンを組み替えていく。シオンはフィンの防御を突破するために、フィンはシオンの攻撃から身を守るために。
「――あ」
槍の石突きによって思い切り吹き飛ばされるシオン。それでも空中で体勢を立て直して着地しながら、追いかけてきたフィンの槍の穂先を逸らす。けれどバランスを崩してしまい、シオンはフィンの蹴りを腹に打ち込まれた。
嘔吐くシオンは、嘔吐感を押し殺してフィンの槍を掴んで揺らす。けれど両腕に力を込めていたフィンの槍を揺らすことはできず、それでもその間に下半身に力をこめて、完全に体勢を立て直せた。
それでも結局フィンにぶちのめされたのは、言うまでもないだろう。
アイズは階段を降りて、シオンのところまで行く。既にフィンはどこかへいなくなっていて、いるのはシオンのみ。
そのシオンはというと、包帯をグルグルと巻いていた。回復薬は使わなかったのだろうか。
「ん、アイズか。何か用でも?」
「あ、うん。聞きたいことがあって。でもその前に、回復薬、飲まないの?」
「おれはパーティで指揮する立ち位置だからね。痛みで判断鈍らせないように、軽い傷で痛みに慣れておかないとって思って。おかげで死にかけても普通に戦える程度にはなったし」
おどけていうが、アイズとしては笑い話にはならない。
つい昨日、死にかけていたシオンを見たのだから、なおさらだ。
「……そんな気にするな。あの傷は本当に色々あったせいだから。アイズがいなくても、いつかは負っただろうよ」
「でもやっぱり、気にしないのは無理だよ」
「あーもう面倒くさい。だったら何か言え。言える事なら答える」
ションボリするアイズを見たくなくて、敢えてそう言う。アイズはチラチラとシオンを見ていたが、やがて決意したのか、声を張り上げて言った。
「そ、それじゃ、シオンの【ステイタス】が知りたい!」
「……そんなんでいいのか」
覚悟を決めていったのに、シオンはかなりあっさり目だった。
アイズがこれを聞いたのには訳がある。シオンを守りたいと思っていても、シオンの苦手分野が全くわからなければ意味が無い。
シオンに比べればまだまだ弱い自分。それだけ差があるのなら、シオンが苦手な一分野を極めるしかない。そうしなければ追いつけないのだから。
シオンはガリガリと地面に自らの【ステイタス】を記す。
「ほら、これがLv.2の【ステイタス】だけど」
シオン
Lv.2
力:F326 耐久:F341 器用:F337 敏捷:F334 魔力:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【
・命令した相手の【ステイタス】に補正。
・補正の上昇率及び持続時間は命令内容によって変動。
・自分自身には効果が無い。
「基本的におれの【ステイタス】は指揮の都合上比較的増えやすいのと増えにくい物が結構あるんだけど……昨日のアレで耐久が増えたみたいだ」
シオンの【ステイタス】で増えやすいのは、上から『器用』、『敏捷』、『力』、『耐久』となる。それでも『耐久』が高いのは、こうしてフィン達からいつもボッコボコにされているためだ。
ダンジョン内では怪我はあまりしない方、らしい。
――何というか……つくづくシオンって指揮役なんだね。
自分自身に影響の無いスキル。代わりに命令を与えた人間の【ステイタス】に影響を与えるという、ある意味脅威的なスキルだ。
例え小補正であろうと、補正のかかる人数が十人二十人と増えれば、それは十分恐ろしい事となる。
とはいえ、一つ問題点はあった。
――決定打になるスキルじゃ、ない。
このスキルは恒常的な意味では便利だが、瞬間的な火力という点では劣るかもしれない。しかしこれは予想にすぎない。
「シオン、このスキルって……?」
「メリットデメリットがはっきりしてるスキル」
なんでも命令の『数』によって補正が変わるらしい。
例えば仮に、
『アイズ、ウォーシャドウに全力の縦斬り!』
と命じたとする。
この場合は、誰が、誰に、どんな風に、どのような攻撃をするのか、という事になる。
一つ命令が増える毎に小、中、高、超と補正が増えていくため、この命令をこなすとき、アイズはかなり強くなる。
ただしこれには大きな問題があり、
「これが通用するのって、モンスターくらいなんだよな……」
「人間相手とかだと、『こう攻撃するから避けてね!』って言ってるような物だよね……」
わざわざどんな攻撃をするのか教えるなど、バカの所業でしかない。しかもこの命令だとその行動を終えた瞬間補正が切れるため、後の事は完全にアイズ任せになる。
逆に『アイズ、ウォーシャドウの相手を!』とかの抽象的な表現であれば、高補正且つその相手を倒しきるまで補正がかかる。
このように、シオンの『指揮高揚』はその場その場で状況を判断して命令を下さなければならないため、かなり使いどころの難しいスキルになる。
わかりやすく言えば『頭を使う』スキル、という事だ。
シオンには得手不得手が無い代わりに、ここぞという時頼りになる物がない。現状では誰かに頼らなくては、自分より遥かに強大な敵には勝てない。
――なら、私がなればいい。
シオンの『最強の剣』に。
どんな敵をも切り裂く、絶対の剣に。
ただ一つ、気になる事があった。
シオンが最後、さり気なく付け足したもの。
悪運:I
【ランクアップ】した事で得られる『発展アビリティ』だろうそれは、アイズは一度として聞いたことがない。
ただその事実が、妙に胸に突き刺さった。
昨日更新予定が、病み上がりだからか体力無いし頭痛はするしでどうにも集中できず今日更新に。申し訳ない。
さてやっとこさシオン中心に大雑把ながら【ステイタス】を公表できました。当初から『アイズの三人称視点で公開する』と決めていたせいで、遅すぎだとは思いますけどね。
前回ティオナマシマシだった分『お姉さんティオネ』と『ツンデレベート』の出番を増やしてみました。
ただティオネはともかくベートの出番は……どうしても彼の性質上出し続けるのが結構厳しいと気づいた(そもそも考えていたセリフと展開ど忘れしたのが一番の敗因。頭痛で色々吹っ飛んだ)
シオンの【ステイタス】は冒険者の中では異端な方。まぁベル君見てると感覚麻痺するけど普通アレありえないんですよねぇ……。
ってわけでシオンはどれ一つとしてSにはなりません。決定です。
ちなみにシオンが原作開始までに覚える『スキル』及び『魔法』は決まっています。仮に問題があるとすれば『詠唱』を全く考えついていない点ですが……気にしたら負けだ。
あと悪運についてはロキの影響……なのかなぁ?
効果は考えてますけど正直書き手としては合っても無くてもほぼ変わらないのが『発展スキル』と思ってます。
ぶっちゃけこの設定一部以外いらな(ゲフンゲフン)
次回はちょっとダンジョンダンジョンするかな? こーご期待!