英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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【経験値】泥棒?

 17層階層主『迷宮の孤王(モンスターレックス)』ゴライアス。

 かのモンスターを一言で言い表すのならば、巨人と表現する他無いだろう。

 筋骨隆々の成人男性を数倍にしたような、巨大な体躯。『人型』である事の恐ろしさは、同じ人型である自分達が最も知っている事だ。

 脂をぶちまけたような黒髪はまだしも、屍人のような灰褐色の皮膚は見る者に嫌悪を感じさせるのが普通なのだろうが――、アレは、そんなレベルじゃない。

 生物としての段階が、違いすぎる。

 個体としての実力差が、開きすぎている。

 『上層』の「迷宮の孤王』だったインファント・ドラゴンでさえ霞む存在力。

 もしあの肉体から放たれる拳や蹴りがシオン達に当たれば、一瞬で肉塊のできあがりだ。そも質量からして違うのだから、当然かもしれない。

 シオン達の発育は同年齢に比べてかなりよく、一四〇Cに近い。それでも、五倍以上あるゴライアスは、見上げなければその顔を視認すらできなかった。

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッ!!』

 そんな怪物が、吠える。

 巨人を討伐せんと包囲網を作り上げていた冒険者に、その拳を振り下ろす。爆音と、衝撃。まだ数十M先の事なのに、耳元で叫ばれたかのように響いてきた。

 「何やってんだ前衛壁役(ウォール)共! もっと肩ぁ並べて密集しろや!」

 「後ろで指示してるだけの奴がいきがってんじゃねぇ! 吠えるならお前が盾になれ! 肉の盾だクソが!!」

 と、言いつつも指示には従う。元々彼等自身そう思っていたのだろう。肩が触れるまで接近すると、腕の筋肉に血管が浮かび上がるまで力をこめ、腰を落とし、盾を構える。

 『ゴオオオオオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 そして、もう一撃が、降ってきた。

 ビリビリと空気が揺れ、それに押されるように前衛壁役が地面を抉り、後退を余儀なくされる。それでも、拳を振り下ろした反動で身動きができないゴライアスに、前衛攻役(アタッカー)たる冒険者が果敢に斬りかかって行く。

 その間に後方の魔道士達が詠唱し、強大な一撃を撃ち込むための準備に入っている。そんな彼等を襲う雑兵(モンスター)から守るために、後方支援役(サポート)の冒険者達がそれを狩り取っていた。

 現状、戦況は五分五分だ。このまま行けば、回復薬の備蓄次第だろうがゴライアスを押し切って勝てる。逆に何かトラブルがあったり事前準備――回復薬の量なんか――が足りなければ、負けるだろう。

 そうやって戦場を俯瞰して見ているシオンを、4人はただ待っていた。

 「……うん、行ける」

 ポツリと呟き、何となく視線を感じてそちらを向くと、ベートがいた。

 「疑問が有るなら答えるけど」

 「どうやって勝つ?」

 「……………………」

 あまりに単刀直入すぎて、一瞬言葉を失わされた。

 しかしベートの言葉を理解すると、その顔に笑みが広がっていく。

 「『戦う』じゃなくて、『勝つ』か」

 「ハッ、負けるために戦うなんざごめんだ。テメェだって、こんなところで負けるの前提の作戦なんてしねぇだろうが」

 「信用されてるなぁ。ま、そうだね。――短期決戦。一撃離脱だ、それしかない」

 ケラケラ笑って……即座に真顔に戻る。

 『自分より強い相手』と戦って学んだことだ。ダラダラ戦闘を長引かせれば、それだけ勝機は遠のいていく。全てを乗せた一撃を叩き込んで、それで勝てなければまず負けると。

 フィン達のような指導形式じゃない、生死がかかった戦闘で、覚えたことだ。これは、アイズ以外の3人はわかるだろう。

 地力で負けている相手に、勝とうとする厳しさが。

 「インファント・ドラゴンの時みたいな戦い方は無理だ。幸いちょうどよく使える『肉盾』がいるんだし、ゴライアスが背を向けるのを待とうか」

 ク、ククク……と、暗黒オーラを纏わせるシオンに、ティオナはちょっとドン引きだ。

 「何だろうティオネ。なんか、シオンが、真っ黒い……」

 「諦めなさい、アレもシオンの一面よ」

 「……私は何となく共感できるから、何も言えない」

 シオンとはまた少し違う意味で『親のいない』アイズにとって、あの挑発はムッとしてしまう程度の効果はあった。

 その後のシオンのキレっぷりで、冷静になってしまったが。

 表現しがたい微妙な表情でシオンを見ていると、思い出したかのようにアイズの方へ振り返り、

 「ああそうだ。アイズ、ゴライアスが()()()()()来たら、全力で突きを放て」

 「え?」

 刹那、アイズの背中に熱が灯る。

 シオンのスキル『指揮高揚』だ。五重にかかった命令が、アイズの【ステイタス】を底上げするのを感じた。

 つまり――この命令は、行動可能な類のもの?

 「シオン、使ったほうがいい?」

 「ん、いや、この程度で使うような事でも無いだろ。いらない」

 反射的に聞いた言葉を切り捨てながら、シオンはバックパックをティオネに投げ渡す。その意味を理解したティオネは、湾短刀をしまい、代わりにそれを背負う。

 その後アイコンタクトでベートを見、そしてゴライアスに視線を移す。アイズの位置からではその視線の先がわからなかったが、ベートにはわかったらしい。

 小さく笑って、頷き返した。

 「ティオネ、ベートはシオンが何言ってるのか、わかったの?」

 「ん、わかったよ。シオンも結構、大胆だよねぇ」

 苦笑してはいるが、ティオネに反対意見は存在しない。

 背負っていた大剣を手に持ち、肩慣らしで数度振る。それに満足すると、ティオナはシオンの合図を待つ。

 一歩、シオンが前に出て、襲いかかってきたモンスターを袈裟懸けにして殺す。シオン達がいるのはほぼ端っこの方で、冒険者達もモンスター達も、乱戦状態故かほとんど気にしていない。それは大きな隙だった。

 悲鳴と怒号が響きあう戦場の縮図みたいな中、冷静でいられるのは、きっと、シオンというリーダーがいるからだろう。

 信ずる者がある人間は、強いのだ。

 モンスターと、人とに隠れているゴライアスが、背を向けた。

 「――行くぞ!!」

 小さく叫び、最高速度で駆け出す。追い縋るように一瞬遅れてベート、ティオナと続く。その場に残ったのはティオネとアイズの2人。

 「追わなくて、いいのかな」

 「むしろ行ったらダメなのよ。……アイズ、これから少し私は無防備になるから、守ってね?」

 そしてティオネは、()()()()()()()

 「【束縛の鎖よ――】」

 ティオネから感じる魔力、それは奇跡を行使するための力だった。

 「魔法――!?」

 アイズの驚愕など露知らず、シオン達はモンスターを無視して、ただ一直線にゴライアスを目指していく。

 途中攻撃されそうになったが、無視。シオンよりも速度の出るベートは、後続のティオナのためにさり気なくフェイントを織り交ぜておいた。そのかいあって、ティオナは重い大剣を持っていても関係なくついてこれている。

 「もっと気張れや前衛攻役! モンスターが増えてきてんじゃねぇか!?」

 「だったらゴライアスの攻撃やめっか!? そしたらあんなの全滅させてきてやらぁ!!」

 恐らく急造の臨時パーティ集団が集まったからなのだろうが、連携が杜撰すぎる。お互いがお互いの足を引っ張るなんてザラだ。

 前衛攻役を突っ切って魔道士の1人に襲い掛かり、それを撃退するため唱えていた魔法を仕方なく放つ者もチラホラ見える。

 ――何というか、おれ達が混ざっても違和感無かったんじゃないかな。

 と思ったが、意味のない思考だ。すぐに断ち切る。

 そして、シオン達は魔道士達の集団に飛び込む。

 「な、なんだモンスター……じゃない、同業者(にんげん)だ! やめろ撃つな!?」

 ほぼ反射的に迎撃行動に移ろうとしていた魔道士が、必死に魔力を制御して別の方向へと魔法を解放する。ただし、代償として折角完成させた魔法が目標(ゴライアス)ではなく、そこらのモンスターへと向かっていった。

 「っ……いくらなんでも声をかけないのは危険だろう!? それに、君達みたいな子供はまだアレを相手にすべきじゃ――聞いてるのか!!」

 恐らく、あの魔道士は善良な人なのだろう。魔法だってタダで撃てる物じゃない。相応のリスクを抱えている。それを一つ無駄にしたのに、怒鳴らず、危ないからと理性で説き伏せられる人間なんて、そうはいない。

 それでも――シオン達は、行く。

 あの魔道士の声が聞こえたのか、一部の冒険者がこちらを振り向き、その顔が驚愕に彩られていく。

 なんでガキが――アイツ等は何を――おい、止まれ!――仕方ねぇ、前衛壁役どけ!――様々な声を聞きながら、

 「行っくよー!」

 ティオナは足を止め、その反動を足から腰、上半身、腕へ伝わせ。

 逆手に持った大剣を――投げた。

 それに色めきだったのは周囲の冒険者達。大暴投を恐れて一気に仰け反る。

 空間が、出来上がった。

 ティオナの莫大な『力』によって放たれたそれは、ベートを追い越し、シオンに迫る。シオンはそこに空いた空間で、知らずティオナと似たようなポーズを取ると。

 飛んできた大剣を掴み、半回転。

 そして半回転し終えた一瞬、勢いを殺す。次いで腕にグッと何かが引っかかるのを感じ、大きく笑った。

 「行っけえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ、ベートオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッ!!」

 減速させた剣を、加速させて――上に、振り上げる。

 大剣の『腹に乗った』ベートは、飛ばされる瞬間踏み込んで更なる勢いを乗せる。シオンの腕に一気に負担がかかったが、文句は言わないだろう。

 まるで射出機(カタパルト)から放たれたかのような速度で、ベートは宙を飛んでいった。

 その時、シオンの声と何かが飛んでくる気配を感じたゴライアスが振り返る。

 そこにいたのは、自身の顔目掛けて飛んでくる羽虫。その小さな反撃にせめてもの礼をと拳を振りかぶったゴライアスに、

 「――【リスト・イオルム】!!」

 ティオネの魔法が、放たれた。

 その魔法はゴライアスに当たると、鎖となって全身を縛り上げる。拳を振り上げた姿勢の、完全な無防備状態。

 束縛魔法――成功確率はティオネの『魔力』の値に依存するが、成功すれば対象を強制停止(リストレイト)させる凶悪な効果を持つ。

 固まるゴライアス。

 「ハッ――いい鴨だぜ」

 それを前にしたベート、否【頂き見上げる孤狼(スカイウォルフ)】は、犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべた。

 さあ――食らいつけっ!

 踏み込めない空中。それでも両手に握られた双剣を後ろに回し、できるだけ反動を込めて、ベートは突き放った。

 ゴライアスの中で、恐らく最も脆い部位、即ち『眼球』に。

 『グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォアァァァァァァァァァァッッ!?』

 敵を屠らんとする気概を持った雄叫びではない、痛みに耐えられずに叫んだ悲鳴。

 両目を抉られたゴライアスは全力で暴れだし、ティオネの束縛を破壊する。このまま暴れられれば、冒険者側に壊滅的な被害が出るだろう。

 ただ――ゴライアスの行動は、遅すぎた。

 「ティオナ、ゴライアスの両足を斬る! 外から内に、クロスするように!」

 「了解!」

 こうなる前、ベートが飛んだ後を確認する事なくシオンとティオナは打ち合わせる。

 『指揮高揚』がティオナにかかり、その【ステイタス】に大幅な補正。この時この状況だけではあるものの、シオンとは比べ物にならない力を手に入れた彼女と並んでゴライアスに接近する。

 「上ばかり見てると、足元を掬われるよ」

 絶叫が響き渡った瞬間、シオンは左に、ティオナは右へ移動する。

 そして――ゴライアスの脛を、容赦無く切り裂いた。

 ――硬いなぁ、クソ!

 感じた違和感に顔を歪ませる。元々力の値が高く、そこにスキルで補正されたティオナなら、力任せでも問題はない。

 だが逆に、そんな底上げの無いシオンは技術でもって切り裂くしかない。それは大きな負担だったが、それでも、やる意味はある。

 『――――――――――――――――――――ッ!??』

 両目を潰され光を失ったゴライアスは、何が起こったのか理解できない。

 その混乱に乗じるように、後ろに回った2人。着地と同時に足を捻り、そのまま斜め後方――シオンは右足、ティオナは左足、ちょうど十字架を描く(クロスする)ように、内股側の脛を切り裂く。

 例えゴライアスの足が太くとも、シオンの一Mを超える剣、ティオナのニMを超える大剣、合計三Mもの長さで外と内から斬られれば、無事では済まない。

 結果、どうなるか。

 両足を切断されたゴライアスは、無様に『落下』するだけだ。

 「た、退避、退避いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?」

 唖然と見守っていた冒険者達は、足を切断され、それでもまだ数Mある巨体が宙を舞う姿を確認すると、巻き込まれてはたまらないと逃げ惑う。

 直後、音がした。

 ――ドッガアアアアアアアアアァァァァァァァァ――ンッ!

 その光景を見ていたシオンは、ゴライアスが地面に落下したぞと笑って、

 「4人共、後はそいつ等に任せて18層行くぞ! ほら、速く!!」

 手を振り、道を示す。

 慌てて駆け出すアイズ、魔法を撃って疲れたティオネ、両腕が血塗れになったのを気にするベート、そしてティオナとシオンの後を追う。

 そんな、一瞬で戦況を狂わせた子供5人を呆然と見送ってから、まだ終わってないと気づいた冒険者が叫んだ。

 「待て、まだゴライアスは死んでない――構えろ!」

 

 

 

 

 

 17層へと向かう通路。

 そこで5人は必死になって走りながら、それでも堪えきれない笑いを口元に滲ませていた。

 「く、ははは! 見たかベート、アイツ等のあのまぬけ面!」

 「趣味わりぃぞシオン。……全面的に同意するけどよぉ!」

 品が無いが、走りながら笑っているせいで痛む脇腹を押さえながら身を捩る。それでも耐えきれなかったため、もうダメと止まってしまった。

 珍しく笑みを隠そうとしないベートが、シオンの肩に腕を回してふざける。

 「まさかあんなにハマるとは思ってなかったよ。シオンの指示通り、だね!」

 「私としては『指揮高揚』が欲しかったわ。私の魔力値は低いんだから、成功確率なんて無いも同然なんだもの」

 「あ、忘れてたすまん」

 「……殴っていい?」

 「落ち着けティオネ、このバカを殴っても無駄だ」

 真顔でのたまうシオンの顔面を殴ろうと構えるティオネの肩を、ベートはバカにつける薬はないと諭した。

 ひっでぇと笑っているが、気にした様子も見せないシオンに、ティオネは渡されていたバックパックを投げ返して抗議。投げんなよと言い返すと、ぷいっと顔を背けられて困惑。

 そんなシオンに、だったらちゃんと覚えてなきゃダメだよ、とティオナが言う。

 「……凄い、な」

 会話に加わらず、蚊帳の外にいたアイズは思う。

 シオン達が突貫してからゴライアスの両足を切断するまで、恐らく一分とかかってない。綿密な打ち合わせもなく、少しのやり取りでお互いが何をするか理解しあった彼等は、それが互いの信頼の強さを示している。

 それからの動きも圧巻だった。

 ベートを打ち上げるための勢い確保のために、ティオナが大剣を投げる。

 それを受け取ったシオンが、その運動エネルギーを半回転して受け流しつつ、一瞬減速させてベートを剣の腹に乗せる。

 ベートはそのタイミングを見誤らず、自身に迫る大剣に怯えず乗っていった。

 それを重みだけで確認したシオンは、受け流していたエネルギーを再び乗せて、ベートを打ち上げる。

 それを察知したゴライアスが振り返って反撃する、それまでの時間を正確に測り、ティオネの魔法を炸裂させ、強制停止に追い込んだ。

 そしてベートがゴライアスの両目を抉る――その一巡の流れを見ず、『2人ならやってくれる』と信じてティオナと2人で両足の切断に移行。

 出せる力を全て出し切って、実際に切断してのけた。

 言葉にすれば、たったそれだけ。

 誰かが間違えたら、それだけで破綻する危険な作戦。それでも信じ切って成し遂げたのは、偏に彼等の絆の深さ。

 ――遠すぎる。

 個の強さではない、群の強さ。どちらも得られていないアイズでは、まだあんな動きは絶対できない。

 息をするように、当たり前に動きを合わせる。

 そんな事は――できない。

 ()()()()

 「にしても、惜しいっちゃ惜しかったな。トドメを刺せれば、ゴライアスから結構な量の【経験値】が奪えたんだが」

 「ん? それなら多分、奪えたと思うぞ」

 「は? いや待て、俺達の内誰がんな事……を」

 何かに思い当たったのか、ベートの視線が、アイズを貫く。釣られるようにして、シオン達の視線も集まった。

 その強さに思わず仰け反ったが、手に持った血を滴らせる剣を揚げて、

 「()()()()()()()()、完了しまし……た?」

 コテンと首を傾げながら、そう言った。

 「な」

 一瞬の間。

 「なんだとおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!??」

 「っ!?」

 ベートの咆哮に、アイズの肩が跳ね上がり、背筋が伸びる。ただその時にはベートの視線はシオンの方を向いていた。

 「アイズが自主的にやったとはどうにも考えられねぇ。テメェの指示以外ねぇだろ。つーか今の今まで忘れてたが、あの時『指揮高揚』かけてたのは!」

 「よくわかってる。それによく覚えてらっしゃるようで」

 ニヤリと笑うシオンに、当然だと鼻を鳴らすベート。そんな風にお互いをおちょくるバカな男2人を放って、女性陣2人はあー、と納得の声を出した。

 「なんで目を狙ったのかなーって思ってたけど、布石だったんだ」

 「まぁ詳しい理由はわかんないけどね。そこんとこどうなの?」

 「受け身を取らせないため」

 問われたため、あっさり答える。

 今度はアイズ以外の3人が納得の声を出した。

 「ど、どういうこと?」

 「ふむ。ここは実際に学ばせた方が早いか。アイズ、ちょっと来て」

 ティオネはアイズを呼び、背を向けさせて肩を手で押さえる。それから足を前の方にやって、一気に引いた。

 「――!?」

 悲鳴を出しかけたアイズだが、肩を押さえられていたので、地面に激突することはなかった。

 それでも恐怖を感じたのは事実。抗議の声を出そうとしたが、ティオネの真剣な眼に言葉を呑み込んだ。

 「どう? アイズ、今の手の位置は?」

 「手の位置? それは当然、地面に――あ」

 そう、アイズはほぼ反射的に受け身を取ろうとしていた。何度も投げ飛ばされた結果、体に染みついた動きを再現しようとして。

 いいや、例え一般人でも手をつく。『転べば痛い』という、至極当前の事実を回避しようとするために。

 それはゴライアスだって変わらない。完全な転倒を防ごうと、手を突き出す行動を取る。

 「でもね、痛みはそういった当たり前の事さえできなくさせちゃう」

 痛みは脳を、動きを鈍らせる。

 「しかもゴライアスは両目を潰された後に両足を切断された。どちらが上でどちらが下なのかさえわからず、叩き落される。まぁ、恐怖かなんかで混乱してもおかしくねぇ」

 人も、ゴライアスも、外部からの情報の大部分は目に頼っている。そこを潰されて宙に放り出されれば、脳が正常な判断を下さなくてもおかしくはない。

 最後にシオンが、全てを明かした。

 「例えおれの『指揮高揚』で【ステイタス】にかなりの補正を付け加えても、元がLv.1で、しかも力の値が低いアイズには焼け石に水だ」

 シオンの感じた通り、ゴライアスの皮膚は、硬い。

 「だけどそこに自分の自重を加えた落下速度に、その正反対の位置から勢いを乗せた剣で思い切り突けば、ギリギリ貫けるかもしれない。そのための条件として、勢いを和らげる受け身行動はさせられなかった、ってわけだ」

 剣が耐え切れずに壊れる、と考えなくもなかったが、武器が健在である以上、大丈夫だったのだろう。

 しかしシオンが『多分』と言ったのには理由があって。

 「――そもそもアイズはどこを狙ったんだ? どこに転ぶかわかんなくて、どこを狙えと言えなかったんだが」

 結局のところ、切断してどこに倒れるかは謎だ。そういった不確定要素を恐れて、補正が制限されるような事を言わなかったのだが。

 例えば『心臓を突け』と指示を出したら、頭何かを狙った瞬間補正が切れる。こういった部分をうまく把握しないと『指揮高揚』は効果を発揮し得ないのだ。

 今回は運良く重心を前に倒していたため、結果的にアイズ達のいる方へと倒れこんだが。

 「えっと、『喉』だよ。心臓は胸板が厚すぎたし、頭も脳に届かないかなって。でも喉ならうまくやれば出血多量でいけるかなって」

 「……あ、うん、そうか」

 「シオンが『一撃で殺せる場所の一つ』って教えてくれたから、できたんだ」

 ……背中にザクザクと視線が突き刺さったが、気のせいだと思うことにした。

 この雰囲気なので言えなかったが、シオンは別に失敗しても構わないと考えていた。それはそれでいい経験の一つになるだろう、と。

 だから、『できたよ、褒めて』的な感じにキラキラとした眼を向けられると、何だか変な罪悪感がふつふつと……。

 シオンに倣ってティオネも言わなかったが、実はアイズ、シオンの『ゴライアス討伐』という言葉を成し遂げるために、必死で位置を調節していたのだ。だから褒め言葉の一つでもあげなさいよという意味を込めて背中を叩くと、

 「……ふぅ。よくやった、アイズ。本当に強くなったよ」

 「……ッ! うん、私、頑張ったよ!」

 まぁ、この純真な笑顔が見られるのなら、褒めるのも悪くはない。なんて、内心上から目線で照れ隠ししておいた。

 どうにも気恥ずかしさが先行するシオンをフォローするように、ベートが言った。

 「つー事はよ、俺達思いっきり【経験値】泥棒してんな」

 確かに、そうかもしれない。

 魔石とドロップアイテムは譲ったが、実際に討伐したと言えるのはこの5人だ。モンスター討伐の貢献度に応じて【経験値】が分配されるのだとしたら、彼等の【ステイタス】はほとんど増加しないだろう。

 「……まぁ、いいんじゃないか。命を失うよりはマシだろ」

 「テメェは時々考えなしになるよな。そのクセ改善しろや」

 「まーまー。何とかなるから、大丈夫だよ!」

 「ティオナ、あんたのその楽観ぶりもどうかと思うわ」

 「そこがティオナの、いいところだと思う」

 その場のノリとテンションでやったのは否定できない。恨まれているかもしれないが、そこはもう知らんぷりして誤魔化す事にした。

 何より――もしかしたら、これのおかげでアイズが【ランクアップ】しているかもしれない。

 糠喜びをさせたくないので言わないが、シオンだけでも期待していていいだろう。

 ゴホン、と咳払いを一つ。

 誤魔化しなのは否定しないが、シオンは真剣な顔をして、言った。

 「今回は無茶したが、これが毎回通用するとは思っちゃいない。おれ達の他にゴライアスを引き付ける冒険者達がいたこと、周りのモンスターがそう多くなかったこと。偶然がいくつも重なった結果でしかない。次はちゃんと情報を集めておいて、もうこんな無茶はしないようにするから、4人もそれに従ってくれ」

 ゴライアスは本来二週間の間隔を空けて出現する。だからシオンも前回出現した日を確認してから来たのだが、どうもいつもより速く産まれたらしい。

 そこはシオンの判断ミスだ。だからこそ、次は間違えないようにする。

 それがリーダーとしての務めだから。

 「無茶をしないテメェの姿がまず考えられねぇんだが……まぁ、わかったよ」

 本来シオンに噛み付く役目――いわゆる諌め役――のベートが真っ先に了承したので、アイズ達も頷き返した。

 反省点を見つけ、それを改善するための手段も考えた。

 するべき事は、ただ一つ。

 17層から18層へ続く傾斜路を完全に降りて、

 「さぁ、着いたぞ――18層に!」

 目的地点へと、到達した。




今回はあっさり目。ガッツリ書くと蹂躙される未来しか見えなかった。

ティオネの魔法
公式でも出てる魔法なのですが、肝心の詠唱がわからない。来春出る6巻でわかる可能性はあるけどそれまで待てないので。ちなみに冒頭部分は勝手に考えた。わかったら完全に修正するかも。
ていうかこの束縛魔法、フィンに纏わりつく女性に嫉妬して、独占欲発揮した結果フィンを逃さない的な意味で発現したのかと邪推してしまう……。

『指揮高揚』の有無
最初にかけたりかけなかったりはちゃんと理由があります。

ティオナの投擲は繊細な制御が必要。一瞬でもタイミングが狂えばシオンが受け止められませんし、そもそも『力』をはね上げたら掴めずに引き摺られます。
両足切断する時は単純な腕力依存なのでかけましたが。

ベートも同様。飛び上がる時に飛び上がりすぎてゴライアスの遥か上空に行かないようにするためかけませんでした。眼球を抉るだけならかけなくても問題ありませんし。

ティオネの場合は完全に素。そもそも彼女の魔法、基本ダンジョンだといりません。『対象』と書いてあるのを見るに単体専用。雑魚戦では魔法を使うよりも投げナイフ使ってる方が速いですし。並行詠唱する価値があるかどうか。
そこまで重要じゃない魔法なので、成功確率が『魔力』依存なのを忘れていても不思議じゃないかな、と。

逆にアイズはただ落ちてきたゴライアスを迎え撃てばいいだけ。

要するにシオンの『指揮高揚』は技術で攻撃するなら不要、単純な力で攻撃するなら必要って事です。
かけるかかけないか、そこまで考える必要があるからこそ『頭を使う』スキルってわけでした。

アイズの疎外感。
原作見る限り、彼女が突っ込んでいくのを周りがフォローする事が多いです。なのでこっちでは逆にしてみたらこうなってしまった。
まぁその後の決意見る限り大丈夫でしょう、うん。

次回は18層到達。ここに来るまで何話使ってるんだ……。

それにしても最近文化祭やら大学進学のための理由書とかが色々重なって忙しい。まだストックあるから大丈夫ですが、遅れる可能性あります。

なるだけ頑張りますが、あらかじめ言っておきますね。

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