英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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眼醒めし者

 何が起こったのかよくわかっていないシオンは、ただ呆然とベートを見上げていた。だがベートはシオンの表情を見て、自分が今どんな行動を取っているのか思い出したのか、

 「っ……離れろ、気色わりぃ」

 「気色悪いって……」

 いや、確かに男同士だし、ベートの性格上抱きしめるなんて柄じゃないからっていうのはわかっている。

 わかっては、いるのだが。

 「まぁ、うん、ごめん……余計な事させて」

 そんな想いを全部心中で押し殺して謝ると、ベートはちょっとだけ表情を変えた。けれどそれを言葉にすることなく背を向けて、さっさと行ってしまった。

 怒らせちゃったかなぁ、とシオンは思う。

 自然俯きがちになるシオンは、ふと視界の端に光の反射が見えた。

 「おっと?」

 ほとんど反射的に受け取ると、それはシオンのよく知る高等回復薬。飛んできた方を見ると、ベートが背中越しに何かを投げるような動作をしていた。不思議に思いながら彼を見たら、ベートは一つ舌打ちする。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()。火傷してんだろうが」

 「気づいて、たのか」

 「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」

 実のところ、シオンの腕はかなりの大火傷を負っている。

 それも当然の事だった。あんな大火炎を噴出させておいて、何のデメリットもないなんてありえない。

 シオンは、自身の手に目を落とす。

 そこは焼けただれていて、元の白い肌なんて欠片も残っちゃいなかった。一応、薄刃陽炎は発火能力という性質を有しているので、柄は全部耐熱性の金属で作られている。だがあんな炎を出す事を想定していないために、超高温となった柄を握るシオンの手は焼けてしまった。

 加えて炎を振るう時に飛び散った火の粉が腕を這いずり回ったせいで、シオンの腕には真っ黒な焦げ跡が斑についている。傍から見ていても痛々しい。シオンは複雑そうな顔で、その腕に高等回復薬を塗した。

 それで事足りたのか、腕は元の白い肌に戻ってくれる。だが幻痛は消えることなく腕に残り、シオンの脳に激痛を叩き込む。

 それが代償だというのなら、安い物だろう。

 暴走した罰、とは考えない。

 『やりすぎた』とは考えても、『殺そうとした』それ自体を、シオンは後悔していないからだ。これもきっと、シオンが壊れていると言われる所以の一つ。

 どう考えても、そんな行動が【英雄】に相応しくないとわかるだろうに。

 そんなシオンを、ベートはジッと見つめていた。

 ――自覚無し、か。

 自分の優先順位が低い。だから自分の心さえ後回しにする。だから気づかない。だから、本当はどうしようもないくらい後悔しているのを、自覚できない。

 もし彼等を殺していたら、心では泣き叫ぶくらい自分を責めていただろうに。

 「シオン、何時まで呆けてやがる。さっさと行くぞ」

 ベートにできるとしたら、自覚しない心を、少しでも和らげるくらいだ。シオンがついてきているかさえ確認せず、ベートはさっさと歩き出す。

 アイズ達のところへ戻り、シオンがおずおずと聞いた。

 「ティオナは、大丈夫……なのか?」

 「ま、なんとかね。流石に血は戻らないけど、肌色は大分良くなったし、安静にしてれば死ぬ事は無いでしょ。万能薬様々ね」

 ティオネの態度は、いつもと変わらない。

 知らずそれに安心し、ふにゃりと相好を崩すシオン。それを他所に、ティオネは一瞬ベートに視線を向ける。

 ――アレ見たくらいで態度変えるわけ無いでしょうが。

 シオンの後ろで怖いくらいに鋭い視線を向けてくるベートに呆れてしまう。大体、この程度織り込み済みで付き合っているのだ。今更過ぎる。

 フィン達との戦闘で、ズタボロになって――それこそ、腕を切り落とされるなんて当たり前なレベル――いた時に、冷静にフィンに反撃しに行った姿を覚えている。やり返すように、彼の腕を切り落とした時の光景も。

 力を抑えているとは言え、上位の存在、且つ人間を相手に、何の躊躇もなく行動したシオンに衝撃を覚えていたのが、今は懐かしい。

 が、それはティオネの話。

 アイズはどう思っているのか、と目を向けてみると、

 「シオン、怪我、大丈夫? 見えない怪我があったら大変だし、これ飲んでね」

 「あ、ありがとう」

 自然な笑顔で、シオンに残った回復薬を渡していた。そこに含みはなく、本当にシオンの安否を気遣っている。

 しかし当のシオンはどこか居心地が悪そうだった。

 「えっと、さ。アイズは、さっきのおれが怖いとか……そう思わなかったの?」

 「……? どうしてそんな事聞くの?」

 聞いてみたら逆に聞き返された。言葉に窮すると、アイズは首を傾げながら言う。

 「私は、両親を探すのが目的。その途中で人と戦うかもしれない。だから……シオンが人を殺そうとしても、責める資格なんてない」

 ――だって、私もいつかは人を殺すから。

 アイズは自覚していた。

 これが冒険者という存在なのだと。

 『何かを殺して何かを得る』、究極的には略奪者という存在でしかないのだと。

 故にアイズはシオンを責められない。自分の大切な存在が奪われようとしたから、奪われないように相手を殺すのは、仕方がないのだと割り切っている。

 「何というか、半年前のアイズとは全然違うわね。本当に本人?」

 「私だって現実を見てるだけ。あの時は……ありもしない幻想に縋ってたから……」

 ダンジョンへ行くという事も、冒険者として生きるという意味も知らなかった、何も知らずにいれた頃の自分は、相当恥ずかしい過去だ。

 良くも悪くも大人になってきた。

 だから、

 「シオンが『やりすぎた』って思ってるなら、私はシオンを責めたりなんてしないよ。私だけじゃない、皆そう」

 アイズは笑って受け入れよう。

 シオンの壊れた部分を。

 やってしまった行いを。

 「あなたはそう思われるだけの頑張りを、見せてくれたんだから」

 「……!」

 そう信じるだけの背中を見せてくれたから、アイズは彼を、支えたい。

 驚きに目を見開くシオンの背中を、ティオネが叩いた。

 「まったく、言いたいこと全部取られちゃったじゃないの。私だって同じ。あんたが信じられないなら、とっくにどっか行ってるわ。そもそも妹のために怒ったんだってわかってるんだし。シオンが動かなかったら、私がやってたわよ」

 それがフォローであるのは、鈍いシオンでもわかる。

 気にしすぎなのだろうか、と思う。例えシオンが止まらずに彼等を殺し尽くしても、皆はこうして傍にいてくれるのだろう。

 その事が嬉しいと同時に、失いたくない、と思ってしまう。

 ――義姉さんのように、また――。

 「話し合ってる暇はねぇ。さっさとここを移動するぞ」

 と、そこでベートがシオンの頭を叩いてきた。とはいえ体はティオネを向いていて、それで大体察したティオネがアイズに頼んだ。

 「アイズ、ちょっと荷物整理手伝ってくれる? 戻さないといけないから」

 「わかった。でもどこに何があったか覚えてないし、纏めるだけにしておくね」

 さっさと、無造作と言える仕草でバックパックに詰め込んでいく2人。そんな2人から視線をどうにか外すと、シオンは無理矢理視界に入れないようにしていたティオナを見た。

 「……ティオナ……」

 地面に膝をつき、彼女の頬に手を伸ばす。

 何時もの向日葵みたいな笑顔はない。どころか、体温さえ低い。ティオナの体温は普通の人よりも高いから、尚更痛感させられる。

 ぶるりと体が震えた。

 必死に目を逸らしていた恐怖が戻ってくる。

 大切な何かを失う事の意味を、シオンは誰よりも理解している。だから、恐れた。ティオナがいなくなってしまう事を。あの笑顔を見れなくなることを。

 もしかしたらシオンが怒り狂ったのは、それを振り払うためなのかもしれない。

 「あ、そうだ。シオン、ティオナを運んでちょうだい」

 「え? ……お、おれ!? なんでだ!」

 「私、バックパック。アイズ、性別とレベル差」

 それを言われてしまうと弱い。ティオネはもうかなり重い荷物を持っている。アイズは女性という事と、まだLv.1だから、自身と同じくらいの体重を持った人間を運ぶのは辛い。

 「ベ、ベートは……?」

 「……ハッ。この手で持てるかっつーの」

 ならばもう1人の男手は、と彼を見ると、ベートは焼けた手を見せてきた。それはどこからどう見ても、シオンを止める時にできた火傷だ。

 シオンの腕は、火傷していた。

 ならばそれと同じくらい近くにあったベートの手は、焼けていてもむしろ当然。

 「高等回復薬はアレで無くなっちまったしな。回復薬で誤魔化すが、まぁ、最悪痕が残るだろうよ」

 ベートは火傷した手をひらひら振るって軽傷をアピールする。その真意など、シオンは言われなくてもわかっている。

 建前を言うのなら、シオンの怪我の方が酷いから。

 本音を言うのなら、自分よりシオンの怪我を治したかったから。

 ――本当、借りを作りっぱなしだ。

 いつか、返さないといけないんだろうな、と思いながら、シオンはティオナを背負おうと背を向けて、

 「あ、待ちなさいシオン。傷は治ってるけど万が一があるし、背負うのはやめてね」

 「え? いやでも……」

 「や、め、な、さ、い。――いいわね?」

 有無を言わさず押し切られる。

 確かに、ティオナが受けた傷は肩から脇腹にかけてだ。万能薬を使ったのだからまずないが、もし傷口が開けば、もう治せない。

 「わかった。ありがとティオネ」

 そう言い、シオンはティオナの体を抱き起こし、次いで膝に手を通す。その瞬間、幻痛が脳を焼いたが、気合でねじ伏せる。

 常なら何とも思わないような重みに辛さを感じ、けれどその重さにティオナが生きている事を実感させられて、複雑な気分になりながら立ち上がる。

 「……いいなぁ」

 小さくアイズが呟く。

 どこからどう見ても、女の子の憧れ、『お姫様抱っこ』である。あんな大怪我をしてしまったのは同情するが、しかし、だ。

 羨ましいものは羨ましいのであるっ。

 余談だが、可能性をチラつかせて無理矢理やらせた姉のティオネも、自分もフィンにして欲しいなぁ、なんて羨ましがってたかどうかは――定かではない。

 閑話休題(それはともかく)

 移動体勢を整えたシオン達が、モンスターが来ない内に森へ戻ろうとした時だった。

 「あの、さ」

 どこか申し訳なさそうに、シオンが言った。

 「行きたいところあるんだけど……ついてきれくれないか?」

 

 

 

 

 

 シオンが行きたい場所は、そう遠くないところだった。だがそこは、今のシオンからすれば行きたくない場所になるはずのところ。

 否、とは言えない。

 少なくともこの行動は、シオンにとって良い事だから。

 シオンは一度、抱っこしているティオナをアイズとベートに任せる。手を怪我しているベートでも、アイズと2人でなら問題なく支えられるはず。

 最悪もう一度横たわらせればいいのだから、安心して任せよう。

 それから木々の乱立し始める森へ入り、そこで、彼等を見た。

 「――クショウ、薬足りてねぇ! 怪我してねぇ奴は服破いて包帯の代わりにしろ! なるだけ清潔な奴だっ、それも足りなければ血が出ないように手足なら圧迫させておけ!」

 今日少しだけとは言え聞き続けた、シギルの声。

 そう、ここは逃げた彼等が来た場所だ。

 シオンは一度逡巡する。けれどすぐに顔を上げ、その場所へ足を踏み入れる。

 最初に気づいたのは、シオンに剣を振るった彼だった。

 「なっ……!? まさか、ここまで追ってきたのか!?」

 絶望に近い叫びに、シオンは自分がそこまで思われるような人間になっていたのか、と自覚させられる。

 そんなシオンの内心など露知らず、彼等は痛む体を押して逃げようと立ち上がった。

 それに慌てたのはシオンだ。今のシオンに、彼等をどうこうしようなんてつもりはない。ここに来たのだって別件だ。

 「テメェラァ! 逃げるんだったらちゃんと相手の目を見てから逃げやがれ!」

 そこに一喝が振り落とされる。ビクッと震えた彼等は、一斉にシオンを見た。

 逆に驚かされたのはシオンだ。30人近い人数から目を向けられて、その視線に少し圧倒されてしまう。

 けれど、それで気づいたのだろう。今のシオンは、暴走なんてしてないのだと。

 それでも先程の姿が脳裏に過ぎるのか、警戒心は残っているが、それはもう仕方ないと割り切るしかなかった。

 「……そんで? わざわざ何の用だ。見てわかる通り、こっちは忙しい。顔見せだけならさっさと消えてくれるとありがたいんだが」

 その言葉は容赦がない。彼の仲間を殺そうとしたのだから、この対応ももっともだ。シオンが怒ったように、彼だって怒っている。

 それでもシオンは、最低限、やると言ったことを決めてから帰るつもりだった。

 この中でも一番重症の人間。全身を燃やされた者と、通常の回復薬ではもう二度と治せない腕を抱えて泣き崩れる彼、か。

 2人のいるところへ赴き、その横に座る。泣き崩れていた彼は、シオンに気づくと恨みのこもった目をして睨んだ。

 痛みで動けず、声も出ないのだろう。それ以上は何もしてこない彼の焼けた手と腕を手に取ってくっつけ、そんなシオンを止めようとしたシギルが動いたのを横目に。

 シオンは、万能薬を振りかけた。

 何の原理か、みるみる内に治って――いや再生されていく腕。物の数秒で完治した腕を呆然と見ていた彼は、数度動かし、何の問題もないとわかると、泣き叫んで、そして幻痛に呻き、それでもまだ喜んでいた。

 その姿に圧倒されながらも、シオンは残った万能薬を、全身火傷した彼に飲ませる。こちらもすぐに治り、自分の体をただ見下ろしていた。

 「おいシオン、その手に持ってるもんは、まさか」

 「お察しの通り、万能薬だよ。基本的にうちのパーティは二本用意してあってね。これは、最後の一本だけど……」

 そしてシオンは、持ってきた普通の回復薬を数本、シギルに渡す。

 「悪いんだけど、高等回復薬はうちも使い切ってて無いんだ。帰りの分を考えると、回復薬でも渡せる量はこれだけ。全員を治せる量は無いけど、すぐに治療しないとマズい人は、これで足りると思う」

 そこでやっと、シギルはシオンがここに来た目的を悟った。警戒心はまだ残っているが、それでも苦笑を浮かべられる程度の余裕が出てくる。

 だが、周りはそうじゃない。これが何かの策だと、益々警戒しだす者もいた。

 これが策だというのなら、アホみたいな値段の万能薬を使う理由なんて無いだろうに。

 「ちょっと、離れようぜ。ここじゃ作業の邪魔になる」

 「わかった」

 離れると言っても、本当に少し離れただけだった。彼等の視界に入る距離で、多分、話し声も聞けるんじゃないだろうか。

 「正直、悪かったな。利用するような真似して」

 「利用、ね。『人を斬る経験を積ませる』ためにか?」

 「……気づいてたのか?」

 驚くような顔をするシギルに、心外だと言いたげな表情を返すシオン。

 「あの時の言葉、嘘じゃないんだろうけど対人戦闘が下手すぎる人間があまりにも多かった。できるのは精々数人……Lv.3と、それに近い奴くらいかな」

 「はぁ、大正解だ。悪いとは思ったんだが、少しくらいは人の血を浴びるって事を覚えてほしかったんだよ。まさかあんたがあそこまで戦えるなんて知らなかったから、騙されたぜ」

 わからなくもない。シオンの容姿はどう見ても戦いが得意には見えない。そんな人間が容赦なく人を斬っていく様は、どんな風に見えたんだろう。

 「――『自分よりも小さい奴が成功してるのが気に食わない』とかいうアホな理由の嫉妬で突貫しようとした奴とかがいてな。オラリオで騒動起こせば大問題。放っておけばダンジョンで騒動起こしてこれも問題。仕方ないからそういう奴等集めて教えたかったんだよ」

 そう、教えたかったのだ、彼は。自分の後任になる、若者達に。

 「たかが七歳前後で【ランクアップ】して、こんな階層に来る奴が、生半可な想いで生きてる訳が無いって事を。……俺が七つの頃にゃ親元でバカやってたんだぜ? 比べる対象が間違いすぎなんだよ」

 「おれは、ただ強くなって、もう失わないようにしたかっただけさ。言い訳になるが、だからティオナが斬られた時は、その、我を失ってな」

 「こっちだってうちの奴等が数人やられるのは覚悟してたさ。だから俺を含め、何人かLv.3を連れてきたんだからな」

 その言葉で、シギルは決して数の暴力を過信していたわけではないと知る。だが疑問なのは、ならば何故、彼は【ロキ・ファミリア】を襲ったのだろう。

 「そうだな、『現実を見せる』ためさ」

 「……現実、を?」

 「ああ。俺達とお前達の才能の差。それを見せたかった。そこで挫折して諦めるなら、そいつはそこまで。逆に奮起してのし上がろうってんなら背中押すだけだ……ってな。少なくともただ増長してるよりは死ににくくなんだろ」

 それは、そうかもしれない。

 だが、彼は肝心の事を話していない。何故、シオンを襲ったのか、その理由を。ロキが自分の眷属に向ける情愛は深い物だと、知っているだろうに。

 「少なくともあんたなら、話を拗らせないでくれると思ったからだ」

 「は? なんだそれは」

 「『俺の先導に騙されてあんたを襲った』……そう言えば、俺の首一つで済む」

 誰かの息が詰まる気配がした。

 「正気か。その言葉だと、お前は」

 「まー死ぬだろうな。でも、いいんだよ。【ファミリア】に必要な事は遺書に書いてあるし、もう俺はいらん。たった1人の家族も、俺に向けるのは憎悪だけ。少し……疲れちった」

 何となく、本当に漠然と、シオンは理解した。

 こいつ――自滅するためにおれを巻き込んだのだ、と。

 「死にたいんだったらどっかモンスターでやられろよ。その方が手っ取り早いだろ」

 「ははっ、わかってるだろ。んな勇気が無いから俺ぁあんたを襲ったんだ。圧倒的な存在から殺されりゃ諦めもつく」

 こいつは、シギルは、余程人間らしい。

 生きるのに疲れ、だが死ぬのが怖い。だから、こいつはこんなアホな事をやらかした。

 「……こんな事なら情けなんてかけるんじゃなかったか?」

 「確かに、あそこで灰になっても俺は文句言わなかっただろうなー」

 笑うシギルだが、そこには疲労が募っていた。

 多分、最初に出てきた『弟の好きな女性を俺が』という言葉。

 アレはもしかして、結果的に奪ったのではなく……結果的に、殺してしまったんじゃないだろうか。

 もしも付き合い、結婚し、子を産んでいるのなら、こんな自棄なんて起こさないはず。あるいは妻子を失ったからかもしれないが、どちらにしろあまり変わらない。

 だからシオンは、彼にかける言葉が無かった。自分の数倍生きている人間。多分、大切な人を喪ってきた男。

 シオンとは違うが、シオンと同じ、喪ってきた者――。

 なりたくない、と思った。

 大切な人がいなくなって、こんな風になんて、なりたくないと。

 「話が、長引いたな」

 「そういやそうだな。そっちにも都合あんだろ。手打ちにしてくれるってんなら、今すぐ俺の首を持ってってもいいぜ?」

 「いらんわ」

 笑えない冗句をピシャリと跳ね除けると、シオンはジッとシギルを見た。

 殺すのは簡単だ。今も持っている薄刃陽炎で切り落とせば終わる。だが本当に、それでいいのだろうか。

 死を求めてる人間を殺して――だから、何になるのか。

 少し考えて、シオンは言った。

 「……できれば痛み分けで終わらせたい。そっちは経験が得られて、痛みを受けた。こっちは主にお金かな。使った費用は多分一〇〇万ヴァリス超えてるし」

 その言葉に、全員の顔が引きつった。

 確かに、万能薬を二本も使えばそれだけのバカみたいな金になるかもしれない。懐が痛むという意味で、シオンは彼等よりよっぽど苦痛を与えられている。

 「殺しは……しないのか?」

 「黙れ。御託を並べるなら今すぐ金をよこせ。そしたら考えてやる」

 無理だ。そんな大金、あっさり用意できるわけがない。

 実質的に殺すつもりはない、と言い切ったシオンに、シギルは言い返す術を持たなかった。

 「……あんたがそう言うんだったら、俺に否なんて言葉は吐けない。手打ちにしてくれるんだったら、ありがたく受け入れさせてもらう」

 これ以上やり合ったところで得られる物はほぼない。弟の頼みは果たせなかったが、言うことは聞いたのだから義理は果たした。それでいい。

 【ファミリア】のメンバーをこれ以上傷つける訳にはいかない。撤退一択だ。自分の望みは聞き届けられなかったが、それを望むのは傲慢だ。

 まぁ、人の口に戸は立てられない。この話は、仲間内でそれとなく広がるんだろう。教訓か何かとして。

 「……できれば、あんたとは敵対したくねぇな」

 「そう? まあ、無駄な戦闘はしたくないってのは同感だけど」

 もうやる事はやった。ここに残る意味はない。

 それに、シオンがいたら気を抜けない人は多いだろう。さっさと去るべきだ。

 「聞いたかてめぇら! あいつは義理を果たした。こっから先不用意にあいつを挑発するような真似するんじゃねぇぞ!」

 こうした事は無駄じゃない。そう信じながら。

 

 

 

 

 

 「で、用事は終わったのか?」

 「ああ。単なる自己満足だから、これで逆恨みされても文句を言うつもりはない。なるようになるだろうさ」

 待ってくれていたベートに言う。アイズからティオナを受け取ってまたお姫様抱っこをしなおしてから、シオンは口を開いた。

 「やんないよりはマシ、その程度だよ。金はまぁ、自腹だけどな」

 「ま、いーんじゃない? どうせあの万能薬はシオンが手に入れた物なんだし、使い道なんてあんたが勝手に決めればいいのよ」

 「……普通のパーティなら恨み言の一つも言われそうなんだが」

 「知るか。他所は他所ってのは常識だろ。少なくともうちじゃこれが普通なんだよ」

 ゴン、とベートの頭突きを後頭部に食らう。軽めとはいえ結構痛い。ティオナを抱き抱えているため痛みを逸らすために撫でる事もできない。

 「お前達がそういうんだったら、別におれもどうこう言わないけど」

 と言いながら、実は少し気にするのがシオンだったりする。

 虎の子の万能薬が無くなってしまったので、もしまた万が一が起きたりすれば、今度は治せないんだよな、とかなんとか、色々考えているのだろう。

 「そういえばシオン、ティオナが斬られた時、我を忘れるくらい怒ってたじゃない」

 「……? ああ、そうだな」

 そんな雰囲気を察したティオネは、

 「もしかして、ティオナの事が大好きだから――とか、そんな理由?」

 「「――!!」」

 特大の爆弾を、叩き落としてきた。

 アイズとベートがそれぞれの意味で硬直する中、シオンは、

 「うん、大好きだけど?」

 ――えええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!??

 内心絶叫するアイズなぞ知らないとばかりに、シオンは平静なままだ。思わず圧倒されながらティオネが聞く。

 「そ、そう……即答されるとは、思わなかったわ」

 「即答なんて当然だろ。おれはティオナの事も、勿論皆大好きだからね」

 ――……?

 一瞬意味がわからなかったが、それを知らずにシオンは続ける。

 「アイズも、ベートも、ティオネも。フィン達だって大好きだ。もし仮に斬られていたのがティオナじゃなくても、きっとおれは、ああなってたと思うよ?」

 「……あ、そう……」

 拍子抜けした。

 ――『好き』って、恋愛じゃない純粋な好意の方なのね……。

 なんだ、と溜め息を吐いたティオネは、今度は一気に咳き込まされる。

 「まぁ、ティオナの向日葵みたいに輝く笑顔が見れないと思ったときは、足元が崩れるくらい怖くなったけどな」

 「……っ、ゲホッ、ゲホッ!?」

 ティオネが吹き出したのに驚き、シオン達の足が思わず止まる。もう先の雰囲気なんて欠片も残っちゃいない。

 とりあえず、わかった事、というか再確認させられた。

 シオンは天然。且つ無意識で人を驚かす。

 それから――どうしようもないくらい、たらしという事か。

 それと、もう一つ追記しておく。

 シオンにお姫様抱っこされているティオナの頬が真っ赤になっていたのは、どうしてなのだろうかと。

 

 

 

 

 

 拠点にしよう、と決めていた場所に戻った彼等が、まずした事は単純だ。

 「――シオン、体洗ってきなさい」

 「え?」

 「『え?』じゃないわよ。あんたの体すっごい臭うの。焦げた肉とか、血とかが色々合わさってかなり臭い。だから、川で洗い流してこい!」

 と言われて、すごすごと川に来たシオン。

 あんな形相のティオネに言われれば逆らう気など起きやしない。素直に従っておくのが吉というものだろう。

 ――そんな臭いのする奴にティオナを運ばせるって、なんでだ?

 とか思ったのは、内緒である。

 一方ティオネはというと。

 「で、わざわざお姫様抱っこさせてあげた感想は?」

 まだ横になっている妹を見下ろしながら、煽るような事を言っていた。しかしティオナは動こうとしない。

 あくまで寝たふりを続行するティオナに、ティオネは少し悩んでから、

 「『大好き』、『向日葵みたいな笑顔』、あと昔言われた――」

 「うにゃあああああああああああああああああああああああっっ!??」

 「あ、起きた」

 慌てて飛び上がってティオネに口を塞ごうとするティオナ。若干涙目になっているのはご愛嬌、だろうか。

 しかし病み上がりに近い体で激しい動きをしたためか、すぐにフラついてしまう。咄嗟に支えてくれたティオネだが、原因は彼女のためなので、感謝する気は起きなかった。

 「鬼、悪魔、大魔王」

 「あんたねぇ、それが恩人に言うセリフ?」

 「それについては感謝してるけど、それはそれ、これはこれ!」

 そう、妹は姉の玩具じゃない。

 言うことを聞く義理なんて無い――

 「あ、そう。ならもうシオンを唆すような言葉は言わないわ。それでいいのよね?」

 「すいませんでした調子こきましただからお願いします手伝ってくださいお姉様」

 「わかればよろしい」

 訂正。

 妹は、姉に勝てなかった。

 情けない自分に涙しながら、ティオナは素直に言った。

 「嬉しいけど、複雑。男女一緒くたに大好きって事は、私のこと、まだ女の子として見てくれてないんだろうし」

 一見すれば、それは弱音に見えるだろう。

 「そうなるのかしらね。でも、喜んでるんでしょ?」

 「……あったりまえ! 少なくともシオンは大好きだって思ってくれてるんだもん。後はその想いを、『女の子として』大好きにすればいいだけなんだから!」

 だが侮ってはならない。

 恋する乙女は、強いのだから!

 そして川についたシオンは、服を脱ぎ、まずは水洗い。着替えは持ってきているが、臭いは取らないとまた自分に戻ってくる。

 洗い終えたら適当に干しておき、やっと自分が川に入る。誰もいないので深いところに移動すると、シオンは深く潜った。

 そこで胎児のように丸まって、ぷかぷか浮いてみる。

 今だけは、何も考えずにいたかった。

 一分、二分、と時間が過ぎる。まだ息は続くが、若干の息苦しさを感じた時だった。

 『良かったネ。仲のいい友達がいてサ』

 ――誰だ!?

 聞きなれない声。楽しげな笑い声だが、しかしそれで油断はできない。一度潜り、地面に足をつけると一気に飛び上がる。

 浅いところに行ってから再度ジャンプ。着替えのところに戻り、最低限下着と、後は薄刃陽炎を構えて周囲を警戒する。

 『そんなに慌てなくてもいいのにナ。私はシオンに危害なんて加えたりしないヨ?』

 「……っ、だったら姿くらい見せたらどうだ? 声だけするなんて、不審者としか思えないぜ」

 名前を知られている。

 その事に焦るシオンだが、声の主はあっさり言った。

 『それもそっカ。なら、見せてあげル』

 「え? ――うわっ」

 突然の突風。

 反射的に両腕で顔を庇い、風から身を守る。吹き飛ばされないようにするだけで精一杯だが、その風はすぐに消えた。

 そしてシオンは、見る。

 「初めまして、だネ? 私は風の精霊。あなたに風を使わせてあげてる存在だヨ?」

 風を纏った、小さな小さな存在を。

 恐らくこの世界の神秘の中でも、最上位に位置する彼女は、困ったように言った。

 「とりあえず――服、着たラ? ちょっと、目のやり場に困る、かナ」

 「……あ」

 最後まで締まらない邂逅だったけれど。




今回はいつもより短め。1万文字届いてない。
最後に出てきた彼女の説明は次回。ちゃんと設定考えてるんで、批判とかはできたら次回読んでからお願いします?

まぁそれはそれとして。
お気に入り2000件突破、総合評価3000PT突破です! これも皆さんのお陰、感謝!
これ記念でなんかやろうかと考えたんですけど、最近また時間無いんで御免なさい……。
か、代わりと言ってはなんですけど、後のほうにおまけがあるんで許して。

それと、前回書いてから思ったことを一つ。

→感想が一気に増えた件。

――本当皆ベート大好きやな!(作者歓喜)
何なの、皆ツンデレご所望なの。男のツンデレ大好き系なのか!?
まぁ私も好きだけど!
でも原作ベートってツンが大きすぎるし隙が無さすぎだから皆に嫌われてるからこっちは盛大にデレを出そうと思ってできたのがこちらのベートで子供の内からちょうきょ、教育すればきっと彼は一人前のツンデレ狼になってくれ――(殴
ちょっとヒートアップしたけど問題ないよね、うん。

とりあえず解説解説ぅ!
ベートのデレ
初っ端からこれ。
抱きしめたのを恥ずかしがってます。そしてそれを隠すために突き放してます。でもシオンがちょっと落ち込んでるのを見てさり気なく励ましてます。
――やっぱツンデレいいよな、皆!

皆の態度
理由は様々ですが、あの程度で態度変えるような柔い絆じゃないんです。そう思われるだけの時間を一緒に過ごしてるんです!

シギル達のところへ行った理由
読者の方から感想貰ったので、もっと詳しく描写しました。弟への義理を果たしつつ、【ファミリア】メンバー成長のためにシオンを利用したってのが本音。
本当はシオンとやり合ったら、彼に慰謝料を渡す準備とかしてたり。まぁ全部ご破産になっちゃいましたけど。
今回は『痛み分け』で終了ってこと。
これ以上は終わらない恨みの連鎖になるので、お互い思うところはあれど投げ捨てました。
追記11/24
読者様の指摘から何故わざわざ【ロキ・ファミリア】を襲った理由が欠けていたので、そこ付け加えました。

シオンの大好き
まぁ好感度でいえば両親と義姉が最上位、そっからティオナ、アイズ、ベートとティオネにフィン達、と続いていくんですけど……。
その辺りの機微はまだ彼女達にはわからない様子。

ティオナはめげない
この程度で落ち込むような、そんな恋する乙女(ティオナ)じゃないんです!

風の精霊について
実はとっくの前から伏線張ってるんです。彼女が出てきた理由は、まぁ次回に持ち越し。

で、こっから先は先程述べた記念代わりのおまけ的な要素。
ぶっちゃけ本編に関係ない上無駄に長いので、読みたくない人は飛ばしてください。あるいはそのまま閉じちゃってください。
OK?

じゃ、なんか感想で言われたせいかこの5日で勝手に考えてしまったプロットをば。
即ち、シオンBAD END√のあらすじ的な物を書いていこうじゃないか!

……と思ったら、なんかそこそこの分量でできちまったんでもう更新しちまおう。
ただ個人的には大雑把すぎて微妙。ネタバレしないように色々省いてるから仕方ないね。ちゃんとしたものはまた後日。

更新は今日の11時くらいにしとくんで、暇あったら見てください。


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