英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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拒む者・求める者

 18層から戻った、その次の日。

 「シオン、この後時間があるのなら僕の部屋に来てくれないか?」

 朝食を食べ終えたシオンに、フィンはそう言った。

 この後の事を考え、しばし黙考するシオン。先の件もあってかなり消費された回復薬なんかを補充しなければいけないし、丸薬の使用感を忘れない内にユリのところにも行っておきたい。

 「それは長引く用事なのか?」

 「いや、そうでもない。長くなったとしても三十分……いや二十分くらいだ。ダメなら夜か、明日に回すつもりだが」

 「その程度の時間なら問題無いよ。さっさと終わらせたいし、今すぐ行っても?」

 この返答にフィンは笑顔で頷き、案内するように背を向けた。

 そうして彼の斜め後ろからついていくと、ふいに感慨のような物を覚える。ここに来た時はずっと大きく見えたフィンが、今では同じくらいの大きさだ。

 ――気づけばこんなに時間が過ぎてたのか。

 あっという間の時の流れに、思うところはある。

 そんなシオンの雰囲気の変化に気づいたのだろう。フィンはちょっと眉を寄せると、

 「シオン、今の君は……幸せかい?」

 「ああ。勿論」

 それを切っ掛けにして、2人は取り留めのない会話をし始める。中身がダンジョンでの戦闘だったり、他【ファミリア】に関する交渉話だったりするのはもういつものこと。たまに通りすがる人がギョッとした顔をするのも、当たり前のことだった。

 ……こういう何気無い会話の中でシオンの知らない内に教育するのは、最早周知の事実である。

 「そんな訳で、今でも【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の影響力っていうのはバカにできないんだ」

 「そりゃ天辺がいなくなった隙にうちやあっちが出てきたところで、素直に従ってくれるとは思わないだろうよ。そもそも二神を追い出したのはロキと、神フレイヤだ。言い方は悪いが、王がいなくなった玉座に座る盗人みたいなもんだろ」

 「確かにそうだね。だけど、もう彼等がいなくなってから二年近くになる。いつまでもいなくなった存在に縋られるのは、迷惑なんだ」

 笑っているフィンだが、言っている内容とその目つきは洒落になっていない。こんなフィンを見たら、ファンの女性は幻滅するかカッコいいと騒ぐか。

 「……ま、数の暴力は面倒だしな。いくらうちでも、Lv.4やLv.5がある程度いるところに結託されたら被害は甚大だろうし」

 負ける、とは言わない。

 ロキの元には【勇者(フィン)】に【重傑(ガレス)】、そして【九魔姫(リヴェリア)】がいる。この3人を中心にして、どんな障害も打ち壊すだろう。

 その事に思うところは、ある。

 羨ましい、と。

 自分も早く、彼等のように強くなりたいと、そう思う。

 誰も失わないように、誰にも負けないように――。

 「だからこそ、求心力が必要だ。それも、『僕達以外の誰か』に」

 そんなシオンの心情を全て見抜いておきながら、フィンは気づいていないかのように振る舞っている。

 ――僕の役目は、見せること。

 フィンは、今のシオンにとって強すぎる。

 支えるには、隣に立つには、余りにも差がありすぎて、できない。だから彼は、決してシオンの弱いところには触れない。

 ――シオンを受け止めるのは、彼等だ。

 「さ、入ってくれ。詳しい内容は、そこでしよう」

 彼にできるのは、シオンを遠くから見守る事だけだから。

 部屋に入ると、用意したのはまず来客用の椅子。そこにシオンを座らせ、フィンは自分の椅子の上へと座った。

 「とはいえ、触り部分についてはもう君に話してるんだけどね」

 「は? まさか、さっきの【ファミリア】間の不和と求心力って、これから話す事に関係しているのか?」

 「その通りだ。付け加えると、噂程度には聞いてるだろうが、『宴』にも関係している」

 瞬間、シオンの顔が少しだけ歪む。それは本当に微かだったが、フィンには即座に見抜ける程の大きな変化だ。

 シオンの脳裏に浮かぶのは、誰彼構わず宴の内容をうるさく聞いてくる人達。プレシスやユリのようにすぐに引いてくれる人は稀で、特に神なんかはとにかくうざい。

 平団員なんだから知るわけ無いだろ……! と苛々が爆発しかけているシオンに、フィンはちょっと圧倒された。

 「と、とにかく、だ」

 コホン、と一つ咳払いして、シオンの意識をこちらへ引き戻す。

 「シオンには、その宴でちょっと頑張ってもらう必要がある、んだけど……どうか、聞いてほしいんだ」

 実質的な拒否権など、あるはずがない。

 シオンは傍から見れば優遇されているように見えるが――フィン達からの指導を受けれる、という意味では正しいが――本当は、違う。というか、指導の中身が死ぬ一歩、いや半歩手前に行くくらいに厳しいので、シオンはそれを実感できないでいた。

 とかく、シオンはそれ以外の面では他の団員達と権限は変わらない。フィンは当然、リヴェリアやガレスといった幹部にも頭は上がらないのだ。

 つまりこれは、上司からの命令。拒否すれば今までの恩に仇を売る結果となる。

 「わかった、聞くよ」

 しかし、フィン達に対してタメ口で話せるということが、他とはちょっと違う目で見られる原因となっているのに気づくのは、多分ずっと先の事だろう。

 そして、話を聞き終えてから一分。

 シオンの顔は、これ以上無いくらい引きつっていた。

 「しょ――正気かそれ!? いくらなんでも、それは俺達に放り投げすぎじゃ……失敗したらどうするんだよ?」

 「リヴェリアからも言われたが、全部織り込み済みさ」

 ある意味母代わりの人と同じ事を言っていると指摘されたシオンだが、頭の中に浮かぶのは無理無理無理無理無理という言葉だけ。

 「確かに成功すればこれ以上無いってくらいの求心力になるだろうけど、でもだからって」

 「シオン」

 「っ……」

 絶対に受けたくない、そう言いたげに喚くシオンに、フィンは彼の名前を呼ぶ。たったそれだけでシオンの動きは止まり、ノロノロとフィンを見上げた。

 その顔は真剣で、その瞳はただシオンを射抜いている。

 「内容については僕達で考えているし、何も必ず勝てとは言わない。ただ、見せてほしい。君達の持つ輝きを」

 ……本音を言えば、まだ、うんとは頷きたくない。

 だが、それでも。いつまでもフィンに甘えられないのも、事実。世間一般からすれば、シオンはまだ八歳。だが彼等からすれば、もう八歳、なのだ。

 「わかった」

 「やってくれるのかい?」

 「ああ。【ロキ・ファミリア】はフィン達だけじゃない――それを、オラリオに示してやる」

 それは、宣言。

 この、世界の中心と言っても過言ではない場所に、自分達の名を刻みこむ。

 これは、そういう宣言だ。

 あの時家族を喪って、泣いていた少年の姿を知っているからこそ、フィンは笑った。

 「期待しているよ、未来の【英雄】」

 

 

 

 

 

 フィンと別れ、通路を歩いていた時だ。

 「あ、シオン」

 「ん? ……アイズか、おれに用でも?」

 少し離れた場所にいるアイズが、シオンを見つけて名前を呼んだ。

 「ううん、たまたま見つけたから声をかけただけ。これからどこか行くの?」

 話すには適切な距離でないと判断したのか、アイズがトテトテと近寄ってくる。そうして腕が触れ合う距離にまで来ると、その綺麗な目でシオンを見上げた。

 汚れのない澄んだ瞳に訳もなく圧倒されながら、シオンは答える。

 「切れかけた回復薬の補充にな。次ダンジョンに行くときには、もうちょっと考えて持っていかないといけないし、色々考えてるんだ」

 「具体的にはどんな? 私的には、18層以下に行くならもうちょっと食べ物を持っていかないとダメかなって思ってるんだけど」

 「それも一つの懸案だ。でも一番重要なのは……やっぱりサポーター、かな」

 ああ、とアイズが納得したように頷いた。

 冒険に必要な物や、ドロップしたアイテムを持ってくれる補佐役、それがサポーター。しかしシオンのパーティにはそれが存在せず、仕方なしにシオンとティオネが持ち歩いているのが現状。全員がとにかく『強くなる』を目的としているため、2人だってできれば持ち歩きたくないというのが本当のところだった。

 「でも今更サポーターを誘うってのも無理だと思う。それに、ロキは不用意に他のところの人と組むなって言いそうだし」

 「それがなぁ。その内ロキが連れてきた新人団員でも誘うってのも一考、か?」

 そうやって悩みながらホームを出て、シオンとアイズがまず向かったのは、【ディアンケヒト・ファミリア】だった。

 ミアハのところで回復薬を買う時もあるが、基本的な効能はプレシスが作る物の方が優れている事もあって、滅多にそちらには行かない。それについてはミアハも了承していて、むしろ笑って許容していた。懐の深い神様である。

 逆にディアンケヒトは性格が悪い。医療の腕はいいし、商業をしているので契約は絶対に守るのだが、素の性格は、お世辞にも良いとはいえない。

 女性人気はどちらがいいか、なんてのは、言うべきじゃないのだろう。

 同じ医療系の【ファミリア】という事もあって2人の仲は――主にディアンケヒトが目の敵にする事もあって――悪い、のだが。

 ――あれ、もしかしてそれも原因とかいうオチ……?

 モテる男とモテない男。その差は……これ以上考えるとマズそうなのでやめておく。

 「いらっしゃいませ。今日はどの様な……あ、シオンさん」

 出迎えたのは、プレシスではない少女。

 「久しぶり、アミッド。今日はお前が店番してるのか?」

 「ええ、そうです。本当は自分でもお薬を作りたいんですけど、まだ子供だからダメだーって言われちゃって。だから、シオンさんが本当に羨ましい」

 苦笑している彼女と談笑していると、シオンの袖が小さく引かれる。そちらに視線を向けてみると、不思議そうに彼女を見ているアイズがいた。

 「そういえば、自己紹介をしてませんでしたね」

 その動きで、彼女もアイズと初対面だという事に気づいたのだろう。小さく頭を下げて、自らの名を名乗った。

 「私はアミッド・テアサナーレと申します。【ディアンケヒト・ファミリア】では治療師……という扱いですが、現実は店番になります」

 スッと静かにお辞儀をする彼女の外見を一言で言い表すなら、人形、だろうか。

 シオンは当然、アイズよりも小柄。

 だが彼女の目を何より引いたのは、その頭から流れる()()()髪。

 それはアイズが誰より尊敬してる、兄のような人と同じ髪色だった。流石に顔立ちはかなり違うのだが、その共通点が、2人をより兄妹『らしい』ように見せた。

 アミッドは大きな双眸を細めると、

 「それで、そちらの綺麗なお嬢様は、シオンさんとどのような御関係で?」

 「ああ、彼女はアイズ。おれの友達で、仲間で、弟子で……妹?」

 「アイズ・ヴァレンシュタイン、です。えっと、よろしくね、アミッド」

 おずおずとシオンの後ろから頭を下げてくる彼女が人見知りなのは、初対面になるアミッドでもすぐにわかった。

 気になった事や聞きたい事は多いが、それでも彼女は笑顔を浮かべる。

 「はい、こちらこそよろしくお願いします。新たな世界記録保持者(ワールドレコーダー)さん」

 「……何で、知って」

 「お得意様だし、多分ロキかフィン辺りが昨日ギルドに報告にでも行ったんじゃないか?」

 例え昨日の話だとしても、この短い年月で最速記録を新たに塗り替えれば、注目を集めるのは当然の事だ。

 大手の医療系【ファミリア】である彼等が知らない可能性は、まずないだろう。

 「そうですね。それに、元々アイズ()()()は皆から注目されていましたし」

 「アイズ、ちゃん?」

 「お嫌でしたか? ではアイズさんと」

 「い、嫌じゃないよ! 初めてそう呼ばれたから、驚いただけ」

 シオンの後ろから飛び出してくるアイズの顔は、どこか嬉しそうに見えた。

 思えばアイズは、同年代且つ同性の友達がほとんどいない気がする。ティオナとは某かの対抗意識が働いてるみたいだし、ティオネは姉のようなもの。

 単純な意味での友達は、もしかしたら1人もいないのではないだろうか。

 そうして2人のやり取りを、シオンも笑みを浮かべながら見ていると、

 「アミッド、話ばかりではなくちゃんと薬の販売もしないと。いくら顔見知りだからって限度はあるんですから」

 「ようプレシス。久しぶりだな」

 「って、話し相手はシオン? なら、別に構いませんか」

 「おい」

 アミッドに注意を促したプレシス。しかし相手がシオン達だとわかるとあっさり手のひらを返して奥に引っ込んでいった。

 「申し訳ありませんが、しばらく待っていてください。ユリに頼まれていた物を、配達してほしいんです」

 「あ、なら私も手伝う」

 勝手知ったるというように、アイズがプレシスの後ろへついていく。

 「いいのか? あれ」

 「流石に1人でしたらダメですけど、プレシスさんも一緒ですので。変なところには行かないでしょう」

 それを誰も止めないので、念の為にアミッドに聞くと、そう返された。

 やはりというべきか、プレシスはかなりの信頼を置かれているらしい。そうでなければ他【ファミリア】の人間をついていかせるなんてできないはずだ。

 そんな相手と友好を得られているのは、一つの財産であるという言葉が脳裏に浮かぶ。しかしそれを過信しすぎれば身を滅ぼすという事も、フィンから教わった。

 いつもより少し多めの注文になってしまったため、包装に手間取っているアミッドを見る。シオンは彼女が優秀な人間だと知っていた。そして、ふとした拍子にそんな事を考える自分に、ちょっと思うところがある。

 ――できればアイズには。

 そんな事を考えないでいられる友達がいれば、いいんだけど。

 一通りの作業が終わったアミッドに、シオンは声をかける。

 「なぁ、アミッド。できたら……アイズと、話してあげてくれないか?」

 「はい?」

 シオンは彼女に、アイズと友達になってしてほしいとも、仲良くしてほしいとも言わない。2人共優しく思いやりのある人だと知っているが、友達になれるとは限らない。

 だから、せめて。

 話す事を厭わない関係には、なってほしい。

 「……私が感じた限り、あの子はとても素直で、見ていて眩しく思えます。そのような方と話せるのは、私としても良い経験になります」

 迂遠な表現。

 だがそれは、肯定の返事でもあった。

 「アイズちゃんと友達になれるかはまだわかりませんが、シオンさんに言われずとも、話してみたいと思ってますよ」

 「そう、か。余計なお世話だったかな」

 ふぅと溜息を吐くシオンに、クスクスと笑ってしまうアミッド。心配症なんですねとからかうように告げれば、うるさいと少し赤くなった顔を隠すように返された。

 その様子は遠くからも見えて、アイズは何となくプレシスの後ろに隠れてしまう。

 「アイズ?」

 「……見たく、ない」

 シオンが誰と仲良くしていようと、アイズに干渉する理由は無い。しかし、アミッドだけは……彼女だけは、どうしてか嫌だった。

 シオンとアミッドを並べて真正面から見た限りでは、よく似た他人、程度になる。だが横や後ろから見れば、仲の良さそうな兄妹――シオンの場合は姉にも見えるが、それは決して言ってはならない――にしか見えない。

 アイズは、シオンを兄とも慕っているが、誰から見ても兄妹には見えない。だから、アミッドが羨ましい。

 「……大丈夫ですよ」

 ポンポンと、プレシスはアイズの頭を小さく撫でる。それは杞憂なのだと教えるために。

 「私は多少、読唇術の心得があります。それで読み取った限りでは、シオンはあなたの心配をしているだけのようです」

 「私、の?」

 「ええ。だから、あなたが羨ましがる必要はありません。ですが、私はこれからアイズに酷い事を言います」

 この事で、自分がアイズに嫌われるかもしれない。そうとわかっていながら、彼女は酷な事を告げると決めた。

 膝を折り曲げ、幼き少女と目を合わせる。

 「あなたとシオンは、決して兄と妹にはなれません」

 「――――――――――!!」

 ビクッと、アイズの体が揺れる。それだけではない、その澄んだ瞳までもが、今にも壊れそうなくらいに震えていた。

 「兄妹に近しい姿にはなれるでしょう。ですが、どれだけ望んだとしても、あなたが本当に臨んだ形には……『兄妹という家族』には、なれません」

 人の価値観はそれぞれ違う。そんな事は無い、と言ってくれる人もいるだろう。

 だが、ダメなのだ。例えアイズが受け入れたとしても、その相手。即ちシオンが、アイズを受け入れてくれない。

 極限にまで家族を求めているシオンは、だからこそ家族を求めない。

 何人もの患者――精神に傷を負ってきた彼等を診てきたプレシスだからこそ見抜けたこと。それを誰にも伝えるつもりはないが、せめてアイズには、伝えておきたかった。

 だってこの子も、家族を求めているのだから。

 両親を喪い、その後誰かに拾われ、また喪ったシオンは、求めていながら拒絶する。

 だが、ただ両親がいなくなっただけのアイズは、シオンと違いただ求め続ける。

 その違いは、やがて2人を分かつかもしれない。拒む者と望む者。余計なお節介だとわかっていても、その事実を指摘したかった。

 「わ、私、は……っ」

 俯き、泣きそうになっているアイズの肩を掴む。反射的に逃れようとした事に、怖がられているというのを認識させられて、プレシスは困ったように笑うしかなかった。

 それを見てか、アイズの動きが止まる。あるいは、この言葉でか。

 「だから、アイズは『違う形』を望みなさい」

 「違う、形……?」

 「今はまだ、兄を求めていたっていい。でもあなた達は、男で、女。いつかきっと、その想いが別の物になる。……その時に、認めてあげてね。自分の想いを」

 シオンを取り巻く事情が複雑怪奇なのは、見ていてわかる。きっとシオンを本気で好いている者もいるだろう。

 その中でプレシスは、彼女を――アイズ・ヴァレンシュタインを、応援しよう。

 「困ったことがあったら来てください。こんな酷い事を言う私を、信じてくれるのなら」

 例え嫌われていたとしても、この小さな女の子の力になりたいから。

 

 

 

 

 

 「ん、アイズ、戻ってきてたのか。言ってくれれば切り上げたんだけど」

 「大丈夫、私もプレシスと話してたから」

 そう言うアイズは若干目元を隠している。それを不思議に思っていたら、何となく彼女の目が赤くなっているのに気づいた。

 ――泣いていた、のか?

 そこまで酷くはないが、よくよく見ればわかるくらいにはなっている。まさかプレシスに何かされた、と考えて、まずありえないという結論に落ち着く。

 グルグルと悩むシオンの気など知らず、アイズは何かを隠すように笑って、

 「行こう、シオン。用事も無いのにずっといたら迷惑だよ」

 「あ、ああ。それじゃ、次はユリのところに行こうか」

 結局聞くに聞けず、シオンは素直に従うしかなかった。

 「――やぁやぁいらっしゃいシオン! ん、そっちはアイズって子だったかな。いやぁ、久しぶりだねー」

 「お、お久しぶりです」

 特に会話らしい会話も無いまま【ミアハ・ファミリア】のホームに着き、ユリのいる部屋にまで行った結果がこれだった。

 グイグイと押してくるタイプのユリに圧倒され、慣れぬアイズが後退る。だが、ユリのお陰で変な空気がぶち壊れたので、それに感謝しつつシオンは言う。

 「今日もアイディアの提供と、報酬を貰いに来たよ」

 「ついでに実験も受けてくれると嬉しいんだけどねー。あれからまた幾つかできたから」

 「……わかった」

 物凄い嫌そうな顔で了承するシオンに驚きながら、アイズは2人の後について部屋に入った。

 意外にもユリの部屋は綺麗に整頓されている。その事に今日一番驚愕させられ、それを察したユリは苦笑いしながらお茶を出した。

 「そんなに意外? 私が部屋を整頓してるの」

 「その性格とズボラな服装を見直して発言するのをオススメしようか」

 ユリの性格は良く言えば快活、悪く言えば杜撰。しかも服装は適当で薬品の臭いがどことなく漂ってくる物。これで実は家事全般が得意だと言われても、正直信じ難い。

 「ちゃんと整理しておかないとどこに何があるのかわかんなくて困るのは自分だから、ちゃんとやってるだけなのにー」

 「……想像できない」

 アイズにまで言われてガックリと項垂れるユリ。しかしすぐに頭を振ると、シオンに笑いかけながら言った。

 「と、とりあえず! シオンの言ってたアイディアって何なのかな?」

 逃げたな……と思いつつも、これ以上ユリをからかうと話が進まなくなるので、素直に話題逸らしに従う。

 「まぁ、アイディアって言ってもホントに単なる思いつきなんだけど……」

 「いいっていいって。シオンの提案であの丸薬とかできたんだしさ。あ、そうだ。結局あの丸薬ってどうだった?」

 「そうか、報告し忘れてたな。じゃ、そっちを先にしよう。その間、アイズは」

 「私は横で聞いてる」

 「ならお菓子出すから、静かにしててねー」

 そうして2人は、アイズの事など忘れたとばかりに話に没頭する。

 丸薬の効果はとユリが聞けば、

 「まず口内に小さな物を仕込むのは違和感がありすぎる。おれはもう慣れたけど、人によってはかなりのストレスになるから、行軍中ずっとは無理だ。軽傷をすぐに癒したり、強敵との戦いなら隙がほとんど無いまま継戦時間を伸ばせるから便利なんだけど……」

 「値段がネックなんだよねー。どうしても小さな丸薬だと入れられる量も少量になるから、最高品質の万能薬じゃないとほとんど効果が出ない。手間暇かかって作るから、どんなに安くなったとしても万単位……おいそれと手は出せない、か」

 「うちでも多分、早々買おうとは思わないだろうね。フィン辺りは念のために十個くらいは買っていきそうだけど」

 たかが十個のためにわざわざ時間をかける必要性はない。他の物を作って売ったほうが楽だし簡単だ。

 「手を使わず、隙も晒さない薬なんていう便利な物は無い、のかな。やっぱり」

 「いや……一応、改善案はある」

 「へ? あるの?」

 つまらなそうに天井を見ていたユリが起き上がり、シオンを見つめる。シオンは、案と言えるのかもわからないけど、と前置きしてから、

 「丸薬自体を薬に変えればいい」

 「……? あ、あー! そういう事か!」

 一瞬理解できなかったが、流石というか、すぐに理解したらしい。

 シオンが言いたいのはこうだ。

 現状のやり方では丸薬を作り、その中に空洞を作って万能薬を注入する。しかしこれでは効果がほとんど無い。ならばいっそ、万能薬を使って丸薬にしよう、という物だ。それ自体を何らかの方法で固形化し丸薬にできれば、かなり便利になるはず。

 「でも溶けると思うんだけど」

 とアイズが思った事を口に出せば、

 「「周りをコーティングすれば問題無い!」」

 と息ピッタリに返される。

 その後ユリが出されたアイディアに、更に自分なりのアレンジを書き加えてメモ。目をキラキラさせている彼女は本当に楽しそうだ。

 一通りメモして満足したのか、次の案に胸を踊らせながらシオンに問う。

 「それで、元々考えていたアイディアは?」

 「ん、ああ……こっちは本当に突拍子も無いんだけどさ」

 シオンは少し逡巡する。この案は、普通に考えてバカバカしいと一蹴される類の物だ。しかしユリは真面目な顔をして、言った。

 「シオン、今更私が誰かをバカにできると思う?」

 狂人、と呼ばれる人間は、むしろユリだ。

 その才能を愚かな物に向けていると人は言い、最初は蔑む事しかされなかった。心が折れかけた回数は覚えていない。

 それでも彼女は折れず、むしろ他を圧倒する程の功績を作った。

 ユリの【奇妙な薬品(ゲテモノ)】という二つ名は、それを皮肉った物なのである。要するにバカにしていた人間の嫉妬やら何やらが神に伝えられ、面白半分で付けられた物だ。

 「何にしろ、全部聞いてからじゃないと判断もできないよ?」

 「……それも、そうか」

 ふぅ、と息を吐き出す。

 そして顔をあげて、こう言った。

 

 「ユリ、()()()()()()()()()()()()()()()事って――可能か?」

 

 「……え?」

 何を言われるのかと覚悟していたユリも、聞いていたアイズも。

 どちらも動きを止め、理解できない言葉を言い放ったシオンの顔を見つめる。だがシオンはそれから目を逸らす事無く続けた。

 「精神力回復薬は、文字通り人の精神力を回復させる。そして回復した精神力で魔力を生成し、魔法として放つ」

 「――そう、か。そういうこと!」

 ガタッと机を揺らしながらテーブルに両手をついて立ち上がるユリ。その両目はシオンの顔から一瞬たりとも離れない。

 「精神力回復薬から精神力を回復させて魔力を生成するのも、元からあった精神力から魔力を生み出すのも、原理的にはそう変わらない。工程に一つ付け加えるものがあるだけで……!」

 そう。そうなのだ。

 精神力回復薬から精神力を回復、そして魔力の生成。

 満タンの精神力から魔力の生成。

 この二つは、通る道が一つ多いかどうかの違いしかない。つまり、精神力回復薬によって精神力が回復するのと、人の精神から魔力を生成するプロセスがわかれば。

 精神力回復薬によって魔力を生み出す事ができる――!

 だが、その意味を理解できてない少女がここにはいる訳で。

 「……そんなに凄いの?」

 「凄い、なんてもんじゃないよ! もしかしたらこれ、技術的な革命になるかもしれないくらいの大発見なんだから……っ!」

 頭の上にハテナを浮かべるアイズに、ユリは説明した。

 「いい? 今世界で使われてるのは魔石。魔石から取り出した魔力を使って、私達は日々を生きている。だけどこれは、オラリオでしか取れない。オラリオに遠い国であればあるほど、輸出によってかかる費用は跳ね上がっていくのに」

 もし魔石が無ければ、今のシオン達の生活レベルは段違いと言っていいほどに下がるだろう。だからこそ人々は魔石とそれによる恩恵を手放せない。

 「でも、精神力回復薬から魔力が生み出せるようになれば。ある程度の材料と、一定以上の技術力があれば、魔石に頼らず魔力を作り出せる……!」

 言ってしまえば魔力とは電気。

 だが今の自分達は、その電気を生み出す手段を一つだけしか持たない。もし何らかの理由で魔石が取れなくなれば、一瞬で原始的生活に逆戻り。

 しかし、もう一つの手段が生まれれば?

 それはどれだけ便利な事だろう。

 「やっぱりシオンは凄いよ! どうやったらこんな小さな頭から、私達の常識を破壊するような考えが生まれるのかな!?」

 「ちょ、おいユリ抱きつくな――胸を押し付けるな! 見えないから!」

 喜びのあまりシオンを抱きしめるが、シオンは離れようとして藻掻く。けれどユリはLv.4の冒険者でもある。逃げられる訳が無かった。

 そんな2人を見て、やっぱりシオンは凄いんだ、と誇らしく思う。

 誰より尊敬する人が、このオラリオの有名人に認められる。それはきっと、誰もができるような事じゃないのだから。

 2人の終わらない会話を聞きながら、アイズは知らず笑みを浮かべていた。

 そうして話が終わり、ニコニコと、それはもう満面の笑みを浮かべるユリは、別れ際に、

 「はいこれ。万能薬二十本! もちろん全部私の手作りで最高品質ね」

 「……は?」

 基本的な万能薬の最高品質は、【ディアンケヒト・ファミリア】の物で五〇万程。ユリの作る物の場合は大体それの五割増し。

 つまり、これだけで一五〇〇万という恐ろしい値段になるのだが。

 「いーのいーの! これから私はアレのために試行錯誤して多分誰とも会わなくなるし。使わないままは勿体無いからね。それでも納得できないならアイディア料! 正当な対価だよ」

 と言って、ユリは笑って許してしまう。成功するとは限らない物なのに、随分とまぁ太っ腹な物である。

 「それに、こうして良いところ見てせおけば、シオンはまた私のところに来てくれるでしょ?」

 なんて打算的な思考を見せて、シオンの心情を軽くする言葉までくれて。

 「ありがたく、使わせてもらうよ」

 やっぱり大人にはまだ勝てないな、と思わせられる。

 「それとアイズに一言。……プレシスと同じで、私も味方してあげる。何かあったら私のところに来てね~」

 「!??」

 そう思っている間にユリがアイズに何かを言ったらしい。ボフンと赤くなっているアイズは、一体何を囁かれたのか。

 よくはわからないが、悪く無いことなら、別にいいかな。

 帰り道。何時の間にか日が暮れる寸前の赤い夕日を背にして、2人は帰路につく。何だかんだアイズについてきてもらったのは正解だった。何せ荷物が多い。この量を1人で運ぶのは、冒険者の力があっても厳しいものがあった。

 ふと、思い出した事をアイズに言った。

 「ああ、そうだ。もしかしたら使うかもしれない」

 「そう、なの?」

 「本気――いや、全力で行くのなら。その時は頼んだよ、アイズ」

 シオンは冗談のように、

 「おれの背中を、守ってくれ」

 笑いながら言われたその言葉に、アイズは電流が体を走り抜けた気がした。

 ――背中を、守る。私が、シオンを。

 シオンの周りには多くの人がいる。隣を駆けるライバル。隣を歩く少女。相談役になってくれる姉のような人。常に見守ってくれる大人。

 そんな中で、アイズができる事はそう無い。

 だけど、でも。

 シオンの背中を守れるなら。

 いつも突っ走り続けて、いつか壊れてしまいそうな人を救えるのだろうか。

 「……任せて。私がきっと、シオンを守るから」

 今はまだ、彼を兄としか思えない。

 それでもこの、守りたいという気持ちは本心だった。

 そんな事があってからの一ヶ月は、ダンジョンに行く機会が吹っ飛ぶ程の忙しさ。

 『神の宴』を開くのは神だが、それの準備は団員の仕事。しかも【ロキ・ファミリア】としての意地か何かか、規模がありえないくらいの物になった。

 要するに、ゾンビが散発的に登場するくらいの多忙さになったのだ。

 「……いくらなんでもやりすぎ」

 とか呟いたのは、誰だったか。

 だが団員達の苦労――ちなみに大部分は男性。女性に良いところ見せようとしたバカが多かったためだ――と引き換えに、デキは胸を張れるほど。

 そうして開かれた『神の宴』、【ロキ・ファミリア】のホームに足を踏み入れた神は、ただ一言のみ、

 「すっげぇ……」

 と言う他無かったという。

 それを、遥かな高みから見下ろしながら、ロキは笑った。

 「掴みは上々。後はうちらの魅せ方次第――ってな」

 彼女の後ろにいたフィンも笑う。

 「そうだね。ここまでやったんだ、彼等には虜になって貰わないと、困るよ」

 さぁ――楽しい『宴』の開幕だ。




基本的にはシオンとアイズの関係を見直すための話かな。感想でアイズが不遇とか言われてましたけど、彼女の魅せ場はそろそろなのでお楽しみに!

後精神回復薬を魔力に生成し直すっていうのは私独自の解釈なんで、原作にはこの設定一切ありません。わかりにくい部分あったら教えてくれると嬉しいです。直せるので。

それにしても日常回ではあんまり解説とか無いのが少し寂しい。でも書かないとイベント起きた時の深みが無いし伏線貼れないし、だから仕方がないと諦め。

あ、でもアミッドさん出せたのはちょっと嬉しい。本編でもほとんど出番の無い彼女ですけど、出せるのなら出したいのが書き手の心情という奴です。

解説代わりに今回は雑談的な物を。

えー、まずは最初の言葉なんですが。

皆さんのベートきゅん愛が凄過ぎてドン引きです……。
いやだって今まで細々とPT伸ばしていたのに、前回のアレから一気に500以上も増えてるんですもの。どれだけ好きなんですか。
それ以外の方もきちんと評価してくれてると願いたい……信じていいよね!?

どっちにしろどうせ書くのはもっと先だろとか余裕ぶっこいてた私がバカみたいじゃないか!

それでこれは感想でも返信させていただいたんですが。

皆さんのあまりの熱意に(怖くなって)追い立てられた結果。





――()()()()()()()()()()(テヘ✩)

あ、やめて石投げないですいませんでも気づいたら書いちゃってたんです。
前回の後書きのアレにちょっと付け加えたのをベースに二時間くらいで一気に書き上げました。

内容は普通(!?)に恋愛(ラブ)話……になるのかな。書き手側だとこれが何のジャンルなのかたまにわかんなくなる不思議。
少なくとも恋愛活劇(ラブコメ)じゃない、のだろうか。本当にわからない。

一応友人に読んで感想聞かせてーって無理矢理読ませたところ。
「何か全体的に甘ったるい」
「下手するとティオナよりヒロインしてる」
とか言われたんで、恋愛話になってるとは思うんだ。

でもまぁ読者様方ご存知の通り、恋愛描写苦手な私が書いた拙い物ですので、過度な期待だけは厳禁でお願いしますマジで!

にしても、完成させたせいか投稿したいって思いが強すぎて困りもの。これも書き手のかかる病なのか。
まぁ約束は約束なので、それまでは悠々自適に待ちましょう。

さて次回はやっとこさ『神の宴』になります。
タイトルは案の定未定。お楽しみに!

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