英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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魔法の欠点

 魔法の効果を確認し終えると、シオンは早々にダンジョンから退散した。求めていた魔法の効果は確認できた。ここでテンションが上がったから精神疲弊するまで魔法を使うだなんて死ににいくようなものだ。

 気絶したところをモンスターに襲われるか、持っている装備を狙った人の追い剥ぎに合うか。どちらにしろ誰かに助けられるなんてこと、早々あるわけがないのだから。

 途中遭遇したモンスターはほぼ一撃で終わらせる。たまに避けようとしたせいで二撃必要とする時もあったが、大差無い。

 やっとダンジョンから外に出たとき、シオンの腹がググゥ~……という音を立てた。そういえば朝食を食べていなかったのを思い出したので、少しだけ懐に入れていたお金を確認。ちょっとくらいなら買い食いできるとわかったので、適当に購入していく。

 ホームに戻る頃には全て食べ終え、小腹も埋まった。門番に話しかけて開けてもらい、そのままロキのところへ直行。

 「――――――――――」

 微かにリヴェリアの声。相談すると言った通り、ロキは彼女のところに来ていたらしい。ノックをして入ってもいいか確認すると、すぐに構わないと帰ってきた。

 「お邪魔します。……って、なんだ。まだ寝巻きじゃん」

 「仕方ないだろう。寝ていたところを叩き起されたのだからな。それに、見ているのがお前ならば問題無いさ。子供に見られて怒るほど私は狭量ではないぞ?」

 肩を竦めて笑うリヴェリアに呆れを返す。確かにそうなのだが、だからといって見せていいわけでもあるまいに。

 「んー、なんやったらうちら外に出よか? 着替える時間くらい待つで」

 「いや、いい。それよりシオン。お前の魔法は何か普通ではないそうだが、ダンジョンに行って何かわかった事があったか?」

 「一応。言うより見せたほうがいいか……【変化(ブリッツ)】、【サンダー】」

 詠唱からの即時発動。一瞬で体から湧き上がった魔力が即座にシオンの手元に集まり、雷状の短剣を作り出す。

 訝しげな視線が集まったのを完全に無視して魔法を解除し、もう一度。

 「【変化】、【サンダー】」

 雷の短剣が解かれ、それが次にはシオンの体に纏われている。武器生成からの付与魔法。

 「簡単な物なら同じ言葉でも特に問題ないのか……」

 が、シオンからすれば今のは単なる確認作業。ポカンと大口を開けている二人をほっぽり出して確かめ終えると、どうだったと言いたげに小首を傾げた。

 やがて細く長く息を吐きながら、リヴェリアは己の手に顎を当てる。

 「私の使う物とは根本から違うようだな……なるほど、『変化魔法』か。だが、魔法とはそう便利な代物ではない。相応の欠点があるはずだ。その辺りはもう把握済みか?」

 「ああ。結構不便な感じだ。調子に乗ると自滅しそうなくらいに」

 「まぁ、それがわかっているのなら大丈夫だろう。内容までは聞かん。だが、どうしてもわからなくて私の意見が聞きたい時は遠慮せず来てくれ」

 軽く微笑むと、リヴェリアはシオンの頭を撫でる。流れに沿うように髪を梳かれ、妙な気持ちよさとよくわからない温かさを感じて、気恥ずかしくなってしまう。

 それでもしばらくは大人しく従っていたのだが、ふとロキから生暖かい視線を向けられているのを察してしまうと、もう我慢できなくなった。

 「いつまで撫でてるんだ? そろそろ離してくれるよありがたいんだけど」

 「む、私はまだ撫で足りないのだが……これが俗に言う反抗期という奴か? 何やらこう、寂しいという気持ちが出てきてしまうな……」

 シオンの言に実際落ち込み気味なリヴェリア。しかし素直に手を引いたので、後ろ髪を引かれながらもそそくさと退室する。

 その姿に、リヴェリアは更に肩を落としてしまった。

 「いつまでも小さな子供ではいてくれないか。もっと甘えて欲しいのだが」

 「無理やろなぁ。特にシオンは弱い自分を許さない。それに引っ張られるように――違うか。置いていかれない様にあの子等も強なる。まるで子供であるという事実を許したくないみたいや」

 「……まだ、あの子の傷は癒えないか?」

 「二度も家族を喪ったんや。一度目は無意識で覚えとる。本人はほとんど気づいてないみたいやけど、確かにあった親の愛情が無くなった事だけは、忘れてない。二度目はもっと深刻。目の前で親代わりになってくれた姉が焼け死ねば、なぁ」

 「三度目は無い、か。あの子の心の柔らかい部分を包んでくれる者は、未だ来ず、だな」

 フィンも、ガレスも、ロキも、そしてリヴェリアも。

 親代わりにはなれない。後見者、保護者紛いにはなれても、それ以上は踏み込めなかった。だからこそシオンの心の傷は、目では見えなくとも確かにそこにある。

 「だからこそシオンは――あの魔法を覚えたんやろうし、な」

 「やはりロキもそう思うのか?」

 「せやね。あの『変化魔法』、雷属性ならほぼ制限無しに発動できる、そう言えば聞こえはええんやけど、逆に言えばそれは」

 そこでロキは一度言葉を止め、眉間に皺を寄せると、

 「()()()()()()()()()()()

 そう、重苦しい声で言った。その声音はリヴェリアにも伝わり、彼女はその美貌を歪ませてしまう。

 「遠、近、中、どの距離でも対応できる。単独で行動しても問題はない魔法。シオンが最初に覚えたスキルとは正反対だな……」

 「シオンの意識が、切り替わってきてる証拠や。皆で何かをしようとするんやない、一人だけで誰かを守ろうとしだしとる」

 二人は知らない。

 18層へと行った時に、ティオナが死にかけた事を。その時シオンが暴走し、一歩間違えれば虐殺しかねなかった事を。

 だから、わからない。

 それをきっかけとして、シオンの無意識が誰かを連れて行くのを、恐れ始めているのを。

 「ロキ。これからどうするつもりなんだ?」

 「何もできんわ。シオンでさえ気づいてないままやろうとしてる事を教えたところで、心には響かん。むしろ下手なちょっかいを出せば、それこそ……」

 ロキは言葉を止めながら頭を振る。そして懐から、一つの手紙を取り出した。その手紙は、宴が終わってすぐに届いた物。

 「だから、うちにできるのはちょっとした支援。シオン達が死なないように、人と人との縁を繋いでいくだけや」

 「……?」

 よくは、わからなかった。

 けれどリヴェリアは問わない。信じているからだ。

 このロキという女神は、いつも悪戯ばかりして、周りを困らせているが。

 誰より己の眷属を――自分の子とさえ思っている程に、愛してくれているから。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ったシオンは、倒れこむようにベッドに体を投げ出した。

 「魔力の使いすぎ……精神疲弊(マインドダウン)、かな」

 良くアイズもシオンと魔法アリの戦いで無茶をしては気絶しかけていたのをよく覚えているので原因はわかっている。

 だが、シオンはダンジョンとここに帰ってきてからの合計で四度しか魔法を使っていない。いくら1層目から12層目まで降りたとしても、かかった時間はそう無い。そもそもあの速度で移動すれば、道順を覚えていればすぐに行けるのだから。

 つまり、原因は『イリュージョンブリッツ』そのものにある。

 この魔法の欠点。

 実はこの魔法――()()()()()()()()()なのだ。

 より正確に言えば、常時『最大魔力消費』で維持されている。弱い魔法を使えば魔力の消費は相応に抑えられるのがセオリーだが、シオンの魔法はそれができない。だから、シオンの場合下手に弱すぎる魔法を考えて撃つと、無駄に効率が悪いモノができあがる。

 多分これは、シオンが『アイツ』に言った事が原因だ。

 自分は強気を見せてるだけ。身も蓋もなく表現すれば、騙している。そして、シオンは誰より知っていた。

 そう、誰かを騙すためには、手を抜けないという事を。

 手を抜けばそれだけ綻びが生まれる。それに気づかれてしまえば後は一瞬。だから、絶対に手を抜いてはいけない。

 その性質がこの魔法にも現れている。随分嫌な性質を引き継いだものだ。

 「使い勝手、悪すぎだろ、これ……」

 強い事は、強い。

 だがシオンは、先の事実からもっと嫌な現実が予測できてしまった。この魔法の、ある意味最も最悪な欠点。そしてそれは、シオンのトラウマを抉る部分でもある。

 この魔法は常に最大魔力消費を維持。それだけなら問題ないのだが――これは、()()()()()()()()()()

 例えばリヴェリアが『並行詠唱』時に超長文詠唱を唱える時、常に魔力を張り巡らせている訳じゃない。炎を燃え上がらせるために、最初は火種の状態で保たせている。完成するにつれて魔力の解放具合を上げていっているからこそ、そんな事ができるのだ。

 それができないシオンは、いわば爆発寸前の爆弾を抱えた状態で詠唱(いどう)し、魔法(ばくだん)完成させ(なげ)なければならない。

 それに失敗すればどうなるか。

 簡潔に言おう。

 魔力爆発が起きる。

 そう、シオンの魔法は、他の誰より()()()()()()()()()()()

 リヴェリアのように、あるいはフィンとの戦闘時のように。

 七節の文を言いながらそれに並行して攻撃、防御、回避をしろと言われても、できない可能性が高いのだ。

 短文詠唱で済ませようとすれば、無駄な魔力消費をする割に威力が低く効率が悪い。

 長文詠唱でそれをカバーしようとすれば、魔力爆発の危険性が高まっていく。

 一面だけ見れば万能にしか思えないシオンの魔法。だが内実はかなり扱いにくい、器用貧乏なものだ。それがバレれば、危ない。

 ――救いがあるとすれば、それが明記されてないところか……。

 もし何かあって背中の【ステイタス】が見られたとしても、そこはわからないはず。なら、大丈夫だろう。

 使いこなせるかどうかは本当に自分次第。この魔法を自分で望んだのだ、泣き言なんぞ言わず使い方を学ぶだけだ。

 当面の目標はひたすら魔法を使うこと。戦闘時じゃなくても、魔力を消費すれば魔力の値は伸びていく。現状ほぼ0なのだから、上がり幅は大きいはず。

 今の自分の【ステイタス】では、何かきっかけがあればLv.3に上がってしまう。その前にDくらい、できればCを目指すべきだろう。

 「だけど……」

 やっと、手に入れられた。

 強者に対抗するための、一発逆転の手段。きっと、自分の頑張り次第ではリヴェリアの使う大魔法並の威力が出せるはず。

 なら――そこまで頑張るだけだ。

 今まで、そうしてきたように。

 

 

 

 

 

 結局あの日はそれ以上何もできなかった。初めて感じた魔力消費後特有の疲労感によって動く気力が奪われたのだ。ご飯に呼ばれて連れて行かれた以外は部屋を出なかったほどだから、おおよそ察せられるだろう。

 そして、次の日。

 まだ若干精神的な疲れが取れないながらも、ロキに呼ばれてシオンは彼女を訪ねに行った。そして彼女を視界におさめると、ロキはどこかイヤらしく笑いながら近づいてくる。何となく気圧されて一歩後ろに下がるも、その動作を逃さずロキはシオンの肩を掴み、顔を近づけた。

 懐から一通の手紙を取り出し、シオンの前にひらひらと揺らす。

 「んっふふ~。実は超凄い良い話があるんやけど……」

 「別にいい」

 「え~? 気にならん? 気にならん? 勿体無いなぁぜっっったい、後悔するで?」

 「……本題に入らないなら、帰りたいんだけど」

 顔を背け、ぶっきらぼうに答えると、ロキはニヤニヤ笑いを更に深めて、

 「この手紙の主――椿、いうんやって」

 「――ッ!?」

 「本当に、気にならん? そんなら仕方ないなぁ、あの子には悪いけど、お断りの手紙をしたためてく」

 ニヤニヤニヤニヤニヤニヤ。

 そんな擬音が付きそうな程の笑みに、シオンの頭からプツン、という音が聞こえ、その体がロキの視界から掻き消えた瞬間、

 「ほい」

 「ぐぺっ!?」

 足がロキの足に絡みつくと引き倒し、崩れた彼女の背後に回ると腕を引っ張って後ろでロック。そのまま地面に押し倒すと、

 「ほれ、ほれほれ。もっと引っ張っちゃうぞー」

 「いだ、いだだだだだあだだあだああだあぁ!? ちょ、洒落になってへんから! うちの腕が引っこ抜けるうううううううううううううう!??」

 「大丈夫だって。そんな下手な事はしないし――仮に『引っこ抜けて』も、万能薬はそこそこ余りがあるから、ね?」

 「ね? じゃないいいいいい!? すまんっ、ホントすまんかった! うちが悪かったから許してシオオオオオン!??」

 「えい」

 「ぐほぉ!?」

 グギッ! という音とともに、ロキの背骨から嫌な音がした。それから解放されたロキだが、すぐには起き上がれずに腰に手を当てて呻いていた。

 「い、たたたたた……ほんま容赦無いなシオン」

 ぷるぷる震えて痛みに涙目になる。そんなロキにシオンは冷ややかな目を向けるだけだった。ちなみにシオン、これで結構余裕がなかったりする。精神疲弊の影響があって、ロキの悪ふざけに付き合う精神的余裕が皆無なのだ。

 「で、その椿って人からの手紙はなんなんだ? おれに関係でも?」

 「し、心配の一つすらなし……これが頑張ったうちへの対応なんか……!?」

 「ロキ、もう一コース追加しとく?」

 「すいませんでしたもうやめてくださいお願いします何でもしますからじゃないと死んでしまいますはい」

 本気の殺意を込めた笑顔をチラつかせると、ロキが土下座をしてきた。

 一体どうしたのだろう。もう一度腰骨をボキッと折った後にいらない事ばかり言う口をひっつけるだけだというのに。

 「おれ、結構疲れてるんだ……さっさと用件、話してくれる?」

 「はいわかりました。これです、椿・コルブランドっちゅー子からの手紙です」

 不可解に思いながら、両手で差し出された手紙を受け取る。それを開くと、見慣れぬ達筆――初めて見たが、恐らくは墨で書かれている――が目に入った。

 内容は色々あったが、あまり関係無いので省く。

 しかし、最後にあった一文。

 『――もしよろしければ、ロキ殿の眷属、シオン殿達と専属契約を結ばせていただきたい――』

 それが、ロキの先程の態度の意味を示していた。

 「え、嘘、これ本当……?」

 そしてシオンは、ひたすら戸惑わされていた。

 ロキに詳しい説明を求めると、何でもこの手紙は昨日届いていたらしい。恐らく宴が終わってすぐに書かれたモノのようだ。伝えるのが今日になったのは、事の真偽を確かめるため。相手方にもきちんと確認を取り、本当の事だとわかったからこそ今、シオンに教えられた。

 「椿・コルブランド……か。彼女も、宴に……」

 「本当の事か確認を取るときに、元々彼女の目的はシオンとアイズだったみたいやね。やけど、あの戦いを見て五人全員の武具を作りたくなったみたいや」

 シオンが見惚れた武器を作る、彼女と専属契約できる。

 単純な『腕』で見るだけなら、椿の作る武具よりもっと強く、上手い物は見つかる。だが、シオンが椿の武器に惚れ込んだのは、それ以外の部分。

 勝手な想像だが、彼女の武器に対する心意気――それに、惚れた。

 そんな彼女に認められる問現実感の無さに、足元がふわふわする。驚きに目を見開いて硬直するシオンに、ロキは優しい笑顔を浮かべてポンポンと頭を叩いた。

 「一応、先方とアポは取って今日は大丈夫って確認済みや。だから、もうちょっと時間経ったら皆で行くとええ」

 「え……あ、そ、そうか。……あー、そのーえっと……」

 「?」

 「あ、ありがと……ロキ」

 「――。どういたしまして、や」

 その後、ロキから椿のいる工房までの道のりが書かれた案内図を受け取り、別れる。朝食を先に済ませておいて、大人数は迷惑だろうと考えたのでアイズを誘いにホームを彷徨う。

 「アレは――アイズと、ベートか」

 鍛錬の場の一つに二人の姿を発見。両者共に刃引きした剣を構えている。お互いの技術力を高めるための模擬戦をしているのだろう。

 「おーい、アイズ、それにベート。一端それやめて、こっち来てくれ」

 緊迫した空気を気にせず割って入ると、二人共毒気が抜かれたかのようにキョトンとし、状況を理解すると苦笑しながら剣をしまった。

 「んだよ、シオン。そんな緊急の用事か?」

 「いや、そうでもない。でも誘いはかけておいた方がいいと思ってな。――アイズ、椿って人から手紙が来て今から行くんだけど、ついてくるか?」

 「――!」

 「……?」

 椿、という名前に対する反応は正反対だった。

 理解したベートは驚愕。

 理解できないアイズは疑問。

 それぞれの反応を見せたが、シオンの問いに対する答えは一致していた。

 「うん、私も行く」

 「シオン、俺も行かせろ」

 「ああ、わかった。って、ベートも? 何しに行くんだ?」

 「いいだろ。アイズがいなくなるなら俺は暇になるんだからよ」

 確かにそれはわかる。のだが、それ以外にも理由があるような気がした。

 けれど聞けない。ぶっきらぼうながらも目の奥に真剣な色を宿した彼に、無粋な問いかけができなかった。

 

 

 

 

 

 そうしてシオン、アイズ、ベートという珍しい組み合わせで椿の元へ訪ねる事になった。三人なら別に大人数でもないし、とシオンが思った結果でもある。

 椿の工房のところにつくと、まず代表してシオンがノック。数度叩いて彼女の名を呼ぶと、すぐにガチャリという音がして扉が開いた。

 「む、やはりか。ようこそ、手前の工房へ。知っているとは思うが、手前が椿・コルブランド。一度会った事があるのだが……そちらの少女は、覚えているかな?」

 「え――……あ、もしかして、あの時ぶつかった……?」

 「うむ。どうやら無事助かったようだな。よかったよかった」

 と言いながら、彼女は扉を大きく開き、中へとシオン達を案内する。アイズが覚えていてくれたのが嬉しかったのだろう、笑顔を浮かべながら。

 「汚いところだが、まぁ気にせずどこにでも座ってくれ。ところで、そちらの狼人の少年は? 初顔合わせだと思うのだが」

 「俺はベート・ローガ。役割的には斥候職ってのが、一番伝わりやすいか?」

 「なるほど、周囲の警戒と遊撃か。通りで」

 「あん? 何がだ?」

 「いや何。手前もフィンとの戦いを見ていてな? ベートの動きは速く手数が多い。どう見ても前に出て敵を薙払うでも後ろで支えるようにも見えない。なればこその判断だ。それに、肉の付き方でも大方の予想はできるものだぞ」

 へぇ、とベートの片眉が上がる。腕のある鍛冶師というのは間違っていないらしい。そう素直に感心していると、椿がさて、と声をあげて手を叩いた。

 「ここまでわざわざ来てくれた、という事は、手前との契約を考えてくれていると思ってもいいのかな?」

 「ああ。今おれ達は誰とも契約を結んでいない。皆どうしてか『シオンが選んだ人を信じる』と言って誰とも結ばないんだよ。別に気にしないでいいのに」

 個人個人で専属契約を結んでいる相手が違うなんておかしな話じゃない。例え同じパーティなのだとしてもだ。そもそも作る武具に得意不得意がある人間が大多数なのだから、当然の話でもあるのだが。

 「ふむ、そうか。幸い手前は何でも作れるから問題は無さそうだが……。アイズ、ベート。二人共気になるのならそこらに置いてある物を見ても構わぬぞ」

 先程から会話に加わらず、散乱している武器の類に目を寄せていた二人に声をかける。特にアイズなどはこの部屋に入ってからずっと武器に注目していて、椿達になど目もくれない。

 なのでそう提案すると、アイズは少し恥ずかしながらも立ち上がり、武器――主に剣の類――を手に取り触っている。その顔はどことなく明るく、だが何より真剣だった。

 それに続くようにベートも短剣を一つずつ真剣に見比べる。

 「武器は自分の命を預けるもの。手前の物とは言え、いやだからこそ、ああも真剣に見られて確かめられると恥ずかしいものだな」

 「やっぱりそういう感情はあるのか?」

 「この辺りにあるのは失敗作も混ざっているのでな。そういう物を見られるのは恥ずかしい。自信作なら胸を張れるのだが……」

 物の作り手と矜持にも関わるものだと言われれば納得するしかない。シオンとて、この分不相応な二つ名を、胸を張って名乗れるかと聞かれれば疑問が残る。

 方向性は違うが、そんなものなのだろう。

 そう思っていたら、いきなり後方の扉が開き、誰かが突入してきた。その誰かは走った体勢のままシオンの傍にまで来ると、いきなり抱きしめてきた。

 「……!?」

 「やあやあ! 今日も遊びに来させてもらったよ椿君! ってアレ、なんか硬い――ていうか小さい? あれ……?」

 驚き硬直するシオン。相手に邪気が無いから反応できず、素直に抱きしめられてしまった。だがその誰か、恐らく女性は不思議そうに目を閉じたまま、シオンの体をペタペタ触りだす。

 「……ヘスティア殿、手前はこちらだ」

 「ああ、そういう事かい。そもそも抱きしめたのが別の人なら納得だよ。……え?」

 聞き慣れた声にパッとそちらを振り向くと、苦笑している椿の姿。それに顔を明るくしたヘスティアと呼ばれた人物は、これまた明るい声で声をかける。

 が、すぐに自分の状況を思い出す。

 椿は目の前。

 なら、今抱きとめているのは誰なのだろう?

 恐る恐る視線を下ろすと、突き刺さりそうなくらいに圧力を持ったジト目をした少年の姿。

 「……間違いはあるから別に怒らないけどさ。そろそろ、降ろしてもらってもいいかな……?」

 「あ、ああごめん! 椿君のところに人がいる事なんて滅多に無いから、つい」

 「さり気なく手前を孤独(ボッチ)扱いしないでもらいたいのだが」

 二人から冷たい目線を向けられたじたじになるヘスティア。この状況が落ち着くまで、数分の時間を要したのは言うまでもない。

 「なるほど、つまり二人は仕事でここに?」

 「だからこそ今日は用事があるからダメだと伝えておいたのだが……通ってなかったのか?」

 「うん。最近ヘファイストスも『そんなに椿のところにいるのがいいならあっちに住んじゃえばいいと思うわよ』って。あんまり話もできてないんだ……」

 いやそれ、拗ねてるだけなんじゃ、とは言わない。ヘファイストスの甘さは人伝てに聞いて知っているが、ちょっと度が過ぎてるのではないだろうか。

 と感じたシオンを他所に、落ち込んでいるヘスティアを慰めるべく椿が言った。

 「主神様には手前から伝えておこう。数日はダメかもしれないが、必ず話ができる時間は作らせよう」

 「本当かい? それはありがとう」

 若干明るくなったヘスティア。やはり神友とあまり話ができないという状況は堪える物があったらしい。

 「それにしても、まさか君がシオン君と契約を結ぼうなんてね」

 「ヘスティア殿は反対なのか?」

 「いいや、ボクは大賛成だよ。もしボクが眷属を作るなら、彼みたいな純粋で真っ直ぐな子にしたいと思わせられたくらい、シオン君を気に入ってるくらいだからね」

 「え、と。あ、ありがと?」

 「ふふ、戸惑ってる戸惑ってる。可愛いなぁ」

 いきなり話を振られたシオンが困惑しながら礼を言うと、ヘスティアはほんわかしながらシオンの頭を撫でてくる。

 なんか小動物とか弟みたいな扱いだな……と感じた。

 「なら、神ヘスティアも眷属を作ればいいんじゃ?」

 「いやぁ、ボクは今の生活に満足してるからね。神友のヘファイストスの厄介になってる方が楽なのさ。働かずに美味しい物を食べて友達と会話できる、今の生活がね」

 ――あ、これダメ神まっしぐらな気がする。

 なんて、初対面でシオンが悟った事など露知らず、

 「それじゃ、ボクはそろそろ別のところに行かせてもらうよ。できればあっちの二人にも会いたかったけど、下手にあのペッタン貧乳女の子に話しかけてガンつけられたくないからね」

 「へ?」

 「また今度、暇な時に呼んでくれたら嬉しいな!」

 ペッタン貧乳女……? という新たな疑問を残して、ヘスティアは去っていった。そんな嵐のように来て去っていった彼女を見送り、椿が呟いた。

 「……どうすればいいと思う? 巷で噂の()()()神を矯正するには」

 「いっそ放り出してみれば? ただそれだとどっかで野垂れ死にそうだし、住むところと働くとこの紹介くらいはした方がいいと思うけど」

 「――……ダメ元で提案してみるのも一考か」

 ――このままでは完全に堕落する。

 そんな意見が一致するくらいには、ヘスティアはダメ神だったらしい。

 幸いそんな彼女を見たのはシオンと椿だけで、途中でどこかに行ってしまったアイズとベートは知らずに済んだ。

 「……苦労してるようで」

 「手前には関係無かったはずなのだがな……」

 項垂れる彼女の顔には、苦労人特有の物が浮かんでいた。

 「とりあえず、契約の話に移る?」

 「良いのか? まだ詳しい話をしていないが」

 「専属契約がどういう物かはLv.2になった時に散々聞いたからもう覚えてる。ここに来たのは契約を結ぶためだ」

 最初からシオンは契約を結ぶつもりしかない。途中乱入があって言うのは遅れたが、多少遠回りしただけだ。

 だから、これでいい。

 そう思いながら手を差し出すと、椿はそれに目を落とすだけで動かない。やがて動き出すと、彼女は近くにあった刀を手に持った。

 その動作を不思議に思いながら見ていると、

 「人の話を聞かずに契約する、などと言うべきではないな」

 「……!?」

 神速の抜刀で刀を抜き放ち、シオンの首筋に抜き身の刀を突きつけた。




一応報告です。総合評価4500PT超えました。後400PTであの話を投稿する事になります。
……嬉しいんですけど……なんでだろう、最近増えていく総合評価のPTが死へのカウントダウン的な何かにしか思えない。

い、今更ベート女体化話投稿しないとか……できませんよね、ハイ。

さて、今回はシオンの魔法の欠点と椿さんとご対面。ただ前者はともかく後者はヘスティア出したかったんでちょっと薄っぺらくなっちゃったかな。
そもそも家族がひいた風邪が私に感染ったのか、現在風邪気味。ちょっとぼうっとした頭で何とか投稿しようと書いた物なので、もしかしたら手を加えるかもしれません。

風邪の影響もあるんで今回は解説無し。感想で質問があったらお答えします。

次回は引き続き椿さんとのお話。
どうして椿がシオンに刀を向けたのか、不思議に思いながら続きを待っていてください。

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