英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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書き終わってから気づいた。

これ5歳児がやるような事じゃない。


大喧嘩

 ティオネ・ヒリュテは団長(フィン)が好き、否愛している。これは自他共に認める周知の事実である。

 だがここ最近、彼女はめっきり愛しの殿方と過ごす時間が減っていた。理由は四ヶ月程前、唐突に現れた少年が原因だった。

 少し時間ができればその少年のところに赴きアドバイスをしてあげる。時には言葉で、時には手を取って。あの至近距離でいられる事など自分にはそうないのに。何より楽しそうに笑う団長は可愛――ではなくて。

 「あのクソ野郎のせいで、私と団長の時間が……ッ!」

 ガリガリと親指の噛む。歪んだその顔を見た団員達は皆『触らぬ神に祟りなし』とばかりに距離を取って震え上がる。

 リヴェリアとガレスもあのゴミクズに指導している聞いた。その事を羨む団員は多く、直訴していた時期もあったが、それも何時しかパッタリと止んでいた。情けないったらありゃしない。

 だから、ティオネは決めたのだ。

 シオンと名乗る奴に、一言物申してやるのだと。

 ギッと窓の外を睨み、今もなお体を動かす白い少年を見た。

 「995、996、997……」

 アレから四ヶ月が経った。

 毎日毎日フィン指導のもと筋力トレーニングを行い、リヴェリアから知識を叩き込まれ、ガレスにひたすらイジメ抜かれる。その甲斐あって、体には程よい筋肉がつき、無知だった頭には多くの知識と、それを活かす知恵が宿り、根性を持てた。

 もちろん、簡単には行かなかった。血反吐を撒き散らし、ストレスか何かのせいで単なる熱が悪化して風邪を引き、無茶のしすぎで体が壊れかけたこともあった。それを耐え抜いた結果が、今なのだ。

 フィン達に言わせれば『まだまだ甘い』そうだけど、つい先日ダンジョンに潜る日は近いと言われたので、彼らの予想を超えた結果になった。

 ――嬉しい。認められた。頑張ったかいがあった……!

 三人共『成長したな』と褒めてくれた。頭を撫でてくれた。たったそれだけでも、ボロボロになった体に活力が宿り、自分は強くなれたんだと、実感できた。

 「はい、お疲れ様。これタオルと、飲み物! 冷たすぎると体に悪いってリヴェリアに聞いたから、ちょっと温めだけどね」

 素振り1000回を終え、ティオナから布を受け取り汗を拭い、水を飲む。無理をしすぎても逆効果でしかないと教え込まれたため、やりすぎない。

 「ふう、疲れた」

 「よくやるよね、シオンも。毎日毎日さ」

 そのまま木陰に入り、大木の幹に背を預け、座り込む。地味に吹き込む風が涼しい。そこに話しかけてきたティオナに、答える。

 「強くなりたいんだ。誰かを守れるくらいに、強く」

 「ふ~ん……私にはよくわかんないなあ」

 「まぁ、仕方ないよ。おれだって、あんなことがなければこんな事思わなかっただろうし」

 「ん? あんなこと?」

 「いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」

 誤魔化すように笑い、シオンは自身の髪に触れる。ティオナとしてもそこまで意識した言葉ではないのか、すぐに流れてくれた。

 「そろそろ髪、切らないとな」

 「確かになっがい。女の子みたいだよ?」

 「だよね……」

 四ヶ月もほったらかしにしていたせいか、首元までしかなかった髪は伸び、肩を超えるまでになっていた。自身の髪と戯れながら思う。特に邪魔というわけでもないが、縛るくらいはしないと危険かもしれないと。

 「なら――私がその髪、引き千切ってやるよ」

 「な!?」

 「お姉ちゃん!?」

 ドンッ、という衝撃が、真上を貫く。恐る恐る視線を上げると、そこに刺さっていたのは一本の湾短刀(ククリナイフ)

 声と同時に、ガレスが放つような殺気を感じて頭を下げたが、そうでなければこの湾短刀は自身の頭を貫いていた。その事実にゾクリと背筋を泡立てながら、二人は襲撃者を見る。

 「ティオネ・ヒリュテ……?」

 「ああ、名前は覚えていたのか。でも、どうでもいい。てめえはここで死ぬ。それが決まってるんだからな」

 極々自然に、そう告げるティオネ。もう一本の湾短刀を軽々と振り回し、その目をシオンに向けてきた。

 シオンはふと横目でティオナを見る。ティオネの殺気に当てられたのかガタガタと震え、怯えている。当のティオネはシオンしか目に入っていないのか、ティオナの存在に気づいていない。

 ――目的はおれか。

 ティオネにバレないようティオナの腕に触れる。ハッと我に返って近寄ろうとするティオナの腕を数度叩き、視線をホームの方へ向けた。

 それだけでシオンの意図を理解したのかイヤイヤと首を振るティオナ。今のティオネは飢餓寸前の獣だ。そんな相手の前にシオンを置いていけるわけがない。

 数秒のやり取りだが、ティオネに何の反応も返さないのはマズい。

 「意味が、わからない」

 「わかる必要はないっつってんだろ。死ねって言ってんのがわかんねぇのか、ああ!?」

 苛立ち紛れに地面を踏みしめ上半身を倒し、シオンを睨みつける。それでもシオンは、彼女に殺気を向け返すことはしなかった。

 まだ隣にはティオナがいる。時間稼ぎに徹するしかない。

 力強い目で彼女を見る。数瞬悩んだ彼女は、けれどこの場に自分がいても意味がないと思い直したのか、瞳を揺らしながら走り去った。

 その事に胸中安堵しつつ、ティオネを見直す。

 「悪いけど、お前と戦っている暇はないんだ。この後出された課題を纏めてリヴェリアに合格を貰って、フィンに新しいトレーニング内容を考えて貰わないと」

 『フィンに――』そこから先を聞いた瞬間、ブチッ、という音がティオネから聞こえた。彼女は一度大きく息を吸い、吐き出すと、シオンを見下すような目を向け、

 「厚顔無恥にも程があるな、てめえ」

 「は? いきなり何?」

 「いつもいつもいつも。団長、リヴェリア、ガレス、誰かに暇ができたらすぐに行って、三人の自由な時間を奪っていく。あの人達は最近やりたいことも満足にできてないんだ、てめえのせいでな!」

 「……あのさ、おれだって程度は弁えてるよ? ダメな時は他のことをして待ってるし、フィン達が何かしたいならって、数日休憩したりしてる。ちゃんと計画(スケジュール)は立ててるから、【ロキ・ファミリア】に迷惑をかけてないはずだし」

 「他のことをして待つ? 計画は立ててる? 迷惑はかけてない、はずだ? てめえは一体どんな教育を親から受けたんだ」

 シオンの言葉を切って捨て、ティオネは嘲る。けれど、シオンにはわからない。

 『親を知らない』シオンにとって、その言葉の意味は、理解できないものだった。

 「誰かのために自分の時間を使う、それが迷惑になってるんだって、私は言ってんだよ!」

 「え――」

 「その顔、本気で知らなかったのか? ハッ、本当にてめえの親が見てみたいよ。てめえみたいな奴だ、()()()()も相当クソなんだろ」

 ――ドクン、と心臓に音が鳴った。

 「今、なんて言った?」

 「あん? クソを育てた奴は、ゴミクズだって言ったんだよ!」

 なんとなく、理解した。

 「ああ……そう」

 シオンはただ、ティオネと戦いたくなかっただけだ。なるべく穏便に済ませて、お互いが傷つけ合わないようにしたかった。

 でも、無理だ。自分をバカにするのはいい。非難したって構わない。自分一人では、強くなれないとわかっているから、迷惑をかけなければ一人前すらなれないと、理解しているから。

 だけど、

 ――義姉さんを貶すのだけは……許せないッ!!

 ギンッ、とシオンの視線が鋭く尖る。常の温和な表情は消え、ただ自分の『敵』を見る目になっていた。

 今の自分をティオナに見せたくないな――なんて、考えながら。

 「黙れよ、嫉妬深いだけの女」

 

 

 

 

 

 逃げたティオナは、焦っていた。

 ティオネがキレた事は今までにも何度かあった。そしてその度に誰かを死ぬ寸前まで追いやらなければおさまらず、今回もその線だと思ったのだ。

 けど、何故だろう。今回のティオネは何時にも増して苛烈だった。本当に殺してしまいそうなくらいに。

 ――誰かに、助けをッ。

 誰でもいい。あの二人に介入できるだけの実力を持った誰か。

 そして、ティオナは見つけた。

 「お願い、今すぐ二人を止めて欲しいの!」

 「……ああ?」

 よりにもよって、狼人の少年を。

 

 

 

 

 

 キレたシオンは、先の言葉から続ける。

 「大層に建前並べまくってるけどさ、どうせ本音は『フィンと一緒にいられない、だからその原因が邪魔』ってだけなんだろ? 人の事言えた口?」

 「んだと!?」

 先程までの受身はどこかに消え、攻勢に食って変わるシオン。その内容の変化は劇的で、一発でティオネの本心を貫いた。

 「違うなら違うって言ったら? 言えないよね? 人に迷惑かけるなって言いつつフィンにいつも迷惑かけてるお嬢さん?」

 「私の想いは純粋だッ! 本気で団長を愛してるんだよ」

 その言葉に、シオンはへぇ――と笑い、

 「なら、教えてあげる」

 ティオネにとって、残酷な事実を告げた。

 「お前はフィンにとって、大勢いる子供の一人にすぎないんだよ」

 「……え?」

 「一言一句、そのままに言うよ。『まあ、僕はここでも比較的有名だし、幼い子が年上に憧れるようなものだよ。その内他の誰かを好きになるさ』だって。残念、だったねえ?」

 クスクスクス、と笑うシオンは、まるで誰かを貶める魔女。

 「う、嘘……嘘だ! 団長が、そんな……」

 「嘘だと思うんだ? 随分とおめでたい頭だね。なら確かめる? ティオネ・ヒリュテという少女は、フィン・ディムナに相手にされてないって、事実を」

 的確に、相手の心を剥き出しにし、言葉のナイフでズタズタに引き裂く。それはかつてリヴェリアに叩き込まれた相手に舐められないための技術。体で劣るシオンが、同業者相手に使うための技だ。もちろん相手は選べと、教え込まれている。

 そのはずが、シオンは『大切な義姉を貶された』という事実によって、リヴェリアの忠告を忘れ去っていた。

 ここまでやれば十分かと思い、口を閉ざすシオン。別にティオネという少女を壊したいわけではない。

 「……る」

 だが、シオンは侮っていた。

 「私の想いをズタズタにしたテメエだけは、許さねえッ。殺してやるよ、テメエの事を!」

 アマゾネスという好戦的な種族のことを。ティオネ・ヒリュテという少女を。何より、恋する乙女の想いというものを。

 「ッ――」

 片手剣と湾短刀が交差し火花を散らす。戦闘態勢を整えていなかったシオンは不安定なまま受け止めるハメになり、顔を苦渋に歪めながら距離を取る。

 「逃がすかぁ!!」

 ティオネはそれを許さない。木に突き刺さっていたもう一本の湾短刀を抜き払い、二本一対の湾短刀をシオンに向ける。

 斬る、払う、打ち上げる。技そのものは大したことではない。フィンの槍、リヴェリアの杖術、ガレスの猛攻。それらに比べれば拙いものだ。

 しかしあくまでそれは彼らと比較した場合であって。

 ――は、やいッ。

 二本の手から繰り出される連撃に劣勢を強いられるシオン。

 「どうしたどうしたどうしたァ!? さっきまでの威勢はどこに行った! 一丁前な口叩くなら反撃くらいしてみろ!」

 剣を斜めに構えて受け流しても、ティオネはその流れに逆らわず、むしろ勢いを倍加させてもう一本を叩き込む。その剣の横っ腹へ向けて掌底を叩き込み、勢いを逸らす。今度こそ無防備になったティオネの腹に蹴りを叩き込んだ。

 「チッ」

 痛みに顔をしかめながら、ティオネはパレオの下、ホルスターに隠していた小さな投げナイフを取り出し、投げる。

 「!?」

 蹴りを叩き込み、体が泳いでいるシオンに、それを避けるのは至難の技。だから十全な回避は諦め、支点にしていた足を崩し、倒れこむ。

 それでもこめかみを掠めていった。ドロリと流れ出る血がシオンの左目を埋め尽くす。ティオネはお腹の鈍痛を無視して足を前へ出す。

 「せやぁ!」

 単純な突き。それでも今の態勢のシオンは避けにくいはず。そう思っていたが、シオンは両手を顔の横の地面へ叩きつけると、それを支点に逆立ちし回転、コマのように回り、両足でもって再び蹴りをティオネへ。

 寸前で回避できたティオネだが、追撃は防がれた。立ち上がったシオンは瞼の上を流れる血を拭わずティオネへ右目を向ける。

 ――血を拭ってくれたら、また投げれたのに。

 「慌てねえんだな」

 「死角は広くなったけど、やることは変わらない。それだけのことだ」

 この時、確かにシオンはリヴェリアの理想を体現していた。何が起ころうとも動じない『大木の心』を得る。図らずもシオンはそれを獲得し始めていた。

 とはいえ急激に狭まった視野は行動に制限を与える。何より遠近感が狂っているのが痛い。先のような蹴りは著しく命中率が下がるだろう。

 一方でティオネもお腹に抱えている鈍痛を持て余していた。クリーンヒットしたそれはティオネの集中力を奪おうと牙を剥き続けている。

 だが、引かない。引くわけには行かない。

 シオンは、義姉を貶された事を。

 ティオネは、団長への想いを侮辱された事を。

 お互いが譲れない想いをバカにされたのに、自分から引き下がれるものか――!

 「ハッ、くだらねえ戦いしてんな、テメェら」

 そこに落ちるのは、戦を止める冷水。嘲りながらその姿を現したのは一人の狼人。

 「ベート……一体何の用だ」

 反りが合わないと、顔を見合わせては睨み合うシオンとベート。殴り合いにならないのは常に誰かが傍にいるからで、二人が自重しているからだ。

 「あ? もう一度言わねえとわかんねぇのかよ? くっだらない戦いしてるっつったんだよ」

 ビギン、という音がした。それはシオンとティオネの頭から響いたもので。

 「黙れ、一匹狼(ボッチ)野郎」

 「孤高(笑)ぶってるけど本当は孤独なだけだろうが」

 「その憎まれ口も単にカッコつけでしょ? 笑える」

 シオンとティオネの連撃。この瞬間だけは、二人の思いは重なっていた。

 「ティオネ、シオン、調子に乗るんじゃねえぞ……!」

 二人から罵倒され、ベートの額に青筋が入る。

 「ハン? いいぜ、こいよベート。ここには保護者(おとな)はいねえ。止める奴はいない。失神する(おちる)まで殺り(ころし)あおうじゃないか」

 「上等だクソ共がァ!?」

 ティオネによっていつもの自重をかなぐり捨てたシオンの挑発。それによって触発されたベートが爆発し、

 「殺す」

 「潰すッ!」

 「ぶっ殺してやらァ!」

 三者三様に叫び、三つ巴に突貫した。

 シオンのスタイルは片手剣と体術。ティオネは二本の湾短刀と投げナイフ。では、ベートはどうなのか。

 ベートはシオンとティオネ、両方を足して二で割ったようなものだ。短剣二本による双剣スタイルと、狼人特有の敏捷さと長い足を活かした蹴りを主武装とする。

 似通ったスタイルは、だからこそお互いの弱点を大いに理解させていた。

 「クソったれが!」

 唾を吐くシオンはベートの蹴りに合わせて蹴り返す。その間自由になったティオネは二人に接近すると湾短刀を振り抜く。

 ベートは即座に離脱したが、シオンは足を戻す前に肩から一気に振り抜かれる。上体を少しだけ逸らしたことで致命傷は避けたが、十分な裂傷だ。

 チャンス、と更に接近するティオネに、シオンは肩の痛みに耐えながらタックル。逆に湾短刀でカウンターしようとするティオネに、体に隠れて見えなかった剣を突く。

 微かに驚き目を開くティオネは、もう片方の湾短刀で防御、しかしそこでベートが双剣でもって湾短刀を受け止め跳ね上げる。そこにシオンの斬り払いがティオネの腹を割いた。

 ――浅い!

 シオンと同じく体を反らすことで大怪我を避けた。二人の体が攻撃と防御、それぞれの理由で硬直した瞬間、ベートがその牙を向く。

 「死ねやァ!!」

 双剣が太陽の光を反射して煌き、死の一閃を振るう。けれどそこで二人は息を合わせ、投げナイフをお見舞いした。

 瞠目するベートは体勢を変えて躱す。ティオネは元より、シオンも先の一撃はティオネが最初に自分に投げたナイフを回収しただけなので、どうにもできない。

 ――だから、投げた。

 自分の持つ、もう一本の片手剣を。

 「オラァ!!」

 「正気かよ!?」

 自棄になったかと叫ぶベートを無視し、片手剣が飛ぶ先を眺める。今のままなら寸分違わずベートに迫る。だが腐っても狼人、当たってたまるかと回避した。

 これでシオンは武器無し。そう思ったベートだが、横合いから褐色の拳が迫っているのについぞ気付かなかった。

 「潰れろ、ベート!」

 「ガッ!?」

 怒りに染まったティオネの拳が、ベートの顎に叩き込まれる。吹っ飛んだベートは、それでも意地でも双剣を手放さない。

 ティオネは吹っ飛んだベートに目もくれず、武器を失ったシオンに強襲する。シオンを殺せば後はベートをゆっくりやればいい。そう考えて。

 だが、それは甘いと言わざるをえない。

 「遅いよ」

 ティオネの湾短刀を弾き、もう片方はティオネの手首を掴んで止める。

 「は、放せ!!」

 「ヤだね」

 そのままグイッと引っ張り、頭を寄せる。それはまるでキスを迫っているかのようで――

 「や、やめろッ。私の全部は団長のもので、てめえに渡すものなんか」

 「誰が貰うか、反吐が出る」

 しかしシオンは、自身の額をティオネの額に叩き込んだ。お互いの石頭がぶつかり合い、激しい痛みを生む。

 「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!??」」

 予想外の痛みに悶える二人。吹っ飛んだベート、額を庇うようにして距離を取る二人。最初のように三つ巴となる三人。

 「まだ、やれる――!」

 「てめえ等を、潰すまでは」

 「倒れるなんざ、死んでもゴメンだ……!」

 武器を失い、片目は使えず、肩を斬られたシオン。

 何度も腹だけを狙われ、額を打たれて目を回し、虎の子の投げナイフも無いティオネ。

 外見的には比較的軽傷な上武器もあるが、顎を殴られ脳震盪を引き起こしかけているベート。

 誰も彼もが息を荒げる中で、その眼光に浮かぶのはたった一つ。

 ――死んでも、負けてたまるかッ。

 もう一度。そう思い重心を前に倒す。

 一触即発。

 何かあればまた爆発する、そんな三人は、また加速し、接敵する寸前に、

 「もう、やめてよ――――――!」

 そんな言葉が、()()()()()

 「「「ハ――ッ!?」」」

 硬直する三人は、フッと差した影で、何が起こっているのか理解し、その場から離脱する。その直後、

 ――ドッガァァァ!!

 三人の誰でも出せない、そんな一撃が、地面を揺らした。

 「なんだ、これ……誰だ!?」

 「土煙、酷過ぎ……前が、見えない」

 「鼻も使えねぇぞ、おい!」

 三人は誰にも気づかれず強襲してきた人物を睨む。地面がひび割れ、その事実が凄まじい一撃だったと知らしめる。もし食らっていたらと思うと笑えない。

 見えたのは、巨大な剣だった。恐らく2mは超える大剣。ということはつまり、アレを持てるだけの人間が邪魔しに来たということ。

 そして三人に共通して想起されたのは、筋骨隆々のドワーフの男。

 ゾゾッ――と顔から血が引いていく。さすがの三人でも、ガレス相手に戦いを仕掛けるなど無謀にも程があると、身を持って知っていた。

 ガタガタと震えながら土煙が晴れるのを待つ。

 そこにいたのは、

 「もう、三人とも何やってるの! 殺し合いなんてしたらダメなんだからね!」

 快活な声で、非難するように言う、褐色の少女。当たり前か。止めさせるためにベートに頼んだはずなのに、気づけば三人共殺し合っていたのだから。

 「ティ」

 「オ」

 「ナ……?」

 あんぐりと大口を開けて驚く三人。身の丈が自分達となんら変わりない少女が放った、ありえない一撃。

 真っ先に気づいたのは、シオンだった。

 「そうか、上から……」

 開け放たれた窓。そこから大剣を持って落ちてきたのだ。どのくらいの速度で飛んできたのかはわからないが、少なくとも普通に剣を振るうよりはマシだ。

 何十キロという質量がその速度で突っ込んでくれば、威力は途方もないものとなる。

 その上あの大剣、なんらかの力がこめられているらしく、それが加わったのもあるだろう。

 「ティオナ、どうやってあの距離を飛んだんだ?」

 それでも気になるのは、ティオナの落下地点。シオン達が戦っていたのはティオナが飛び降りた窓辺からそこそこ離れている。

 あれだけの物を持って飛ぶには、どうしたってできないはず、と考えていたのだが。

 「え? そんなの()()()()()()、自分が飛んで、()()()()()()()()じゃん」

 「「「………………」」」

 その持論は何かが、いや絶対におかしい。

 まず大剣を投げる。ここまではいい。いやよくはないが、それでもティオナの身長と膂力でまっすぐ正確に飛ばすのは無理だろう。つまり、必然的に大剣はグルグルと回転していた可能性が高くなる。

 それを、動けない空中に自ら飛んでいき、掴んで、振り下ろす?

 なんと考えなしの豪胆な行動か。

 驚き呆れ硬直するシオン達に、ティオナはそんな事よりと大剣を握る。

 「これ以上やるなら、三人纏めて私が相手してやるんだから!」

 そう、勇ましく宣言して。

 けれどわかってしまう。威勢良く叫ぶティオナの体は小さく震え、言葉の端々に恐怖が滲んでいるのを。

 当たり前だ。ティオナはシオン、ティオネ、ベートとは違い、まともな戦闘訓練を受けていないのだ。大剣を持ち出したのだって、技術を持たないが故。

 それでも割って入ったのは、三人が大切で、殺し合ってなんて欲しくないから。

 複雑な顔で、ティオナを間に挟んだ三人は顔を見合わせる。

 真っ先に矛をおさめたのは、ティオナの友人であるシオンだった。

 「……やめた。ティオナには剣を向けたくない」

 背を向け、投げ飛ばした剣を取り鞘へしまう。そこにはもう敵意はなく、本当にこれで終わりだと言外に告げていた。

 「私も、やめとく。妹に手を出すほど落ちぶれてないし」

 次に言ったのは、ティオネ。興奮も収まったのか口調は戻り、というか猫を被り、熱い溜め息を吐き出す。

 「……興醒めだ」

 最後はベート。つまらねぇと吐き捨てると双剣を戻し、ふらつく頭を堪えながらホームへ戻ろうと足を向ける。ティオネもそれに倣って戻っていく。

 けれど、シオンだけは別だった。

 「シオン? どうしたの、どこか痛いの?」

 胸元を押さえているシオンに、ティオナは心配そうに言ってくる。だが、痛いわけではない。過去に受けた傷や、修行内容に比べれば遥かにマシだ。

 感じているのは、心。

 拭い去れない違和感がしこりとなって、シオンの心を蝕んでいる。

 ――もしこれを、放っておいたら……。

 そう考えてしまったシオンは、気づけば口にしていた。

 「なあ二人共。これで終わり、なんて、考えたくないよな?」

 「え?」

 「ああ゛?」

 「シオン!?」

 ティオネとベートが振り向いていくる。終わったと思っていたティオナはシオンを止めようと一歩出てきたが、彼女に一瞥だけし、大丈夫だと眼で告げる。それを理解したのか、渋々と引いてくれた。大剣を握る手に力は入っていたが。

 「俺はさ、終わったなんて思えないんだよ。ティオネに対するイラつきも、ベートに対する敵意も、全然おさまってない」

 ギロリ、と二人に目を向ける。それだけでわかった。

 ティオネは、団長への想いを貶されたことを。

 ベートは、自分の在り方を否定されたことを。

 納得なんて、これっぽっちもしちゃいない。ただティオナに手を出すのは筋違いだと思って、一時的に手を引いたに過ぎない。

 だけど、それではダメだとシオンは思った。このしこりは後々まで残る。今解消できなければ、将来的に大きな事になってしまう。そう予感したのだ。

 だったら、今この日この時に、全てを清算させる。

 「殺し合いは、さすがに行き過ぎた。だから提案だ。フィン監視の元、おれ達三人で、刃引きした剣を持って戦い合う。お互いが納得行くまで、存分に」

 「へえ……いいじゃない、私は乗った。ベートは?」

 「いいぜ、乗ってやる。だができんのか? フィンを説得できませんでした、とか言ったら興醒めとかいうレベルじゃねえぞ」

 「なんとかなるよ、そこらへんはね」

 ニッコリと笑うシオン。だがその目に笑みはなく、ただ思う。

 ――『早く目の前の人間をぶちのめしたい』、と。

 「どうして、こうなっちゃったの……」

 止めに入ったティオナは一人、止められなかった自分を責めた。なんとなく空を見上げる。

 「青いな……空は」

 彼女の事は、結局最後まで無視された。

 「……模擬戦?」

 そして、今。

 三人は、いやティオナも含めて四人は、書類仕事を行っているフィンへ直談判をしにきた。代表して話すのは、提案を持ちかけたシオン。

 「ああ。おれは強くなったと思う。でもやっぱり、物差しになる誰かがいたほうがもっと実感できると思うんだ」

 「だけど、君たちはまだ子供だ。剣を持って切り結ぶには経験が足りない。手加減なんてできっこないだろう?」

 その返しに、ティオネとベートから『おい、どうすんだ』的な視線を向けられる。

 「だから、刃引きした剣を使わせて欲しい。ガレスと打ち合っていた時にそういった物を使っていた時期があるから、無いとは言わせないよ」

 が、それも予想の範囲内。要するに『殺し合い』がダメなら『戦闘の真似事』であれば許されるだろうという考えからだ。

 フィンは一度悩むように言葉を切り、シオン達を見る。

 回復薬等を使って既に傷を治し、服についた血も替えの服で後は残っていない。体に付着した血は水で洗い流した。

 なのに、何故だろう。誤魔化せている気がしないのは。

 「ハァ……下手に目の届かないところでやられないだけマシか。いいだろう、君たちの提案を受け入れる。ただし、僕の目の届くところで戦ってもらうけどね」

 やはり誤魔化せていない。痛みで鈍る体の動きか、あるいは単なる直感か。フィン程の冒険者を騙せると思い上がってなどいないが、こうもあっさりと見抜かれるとは思わなかった。

 けれど、案は押し通せた。

 後は、単純。

 ――目の前の相手を、ぶちのめす!!

 ただそれだけを胸に秘め、三人は再び相見える。

 刃引きした片手剣、湾短刀、双剣を持ってそれぞれの立ち位置に移動する。そこは先程まで同様三つ巴。あくまで『先の続き』というスタンスを崩さない三人は真っ向から睨み合う。

 その様子を遠くから眺めつつ、フィンはハラハラと三人を見守るティオナに聞いた。

 「それで、あの三人はどうして喧嘩なんてしたんだい?」

 「え……な、なんでそれを!?」

 「体幹がおかしい。まるで大きな怪我を負ったかのように体の節々を庇ってたからね。気づかない方がおかしいよ」

 「え~と……」

 「まあ、大体はわかってる。本気で殺しあったんだろう? ティオネの気性も、想いも、僕はよくわかっている、つもりだったんだけどね」

 額を押さえて呻くフィン。まさかここまでとは思ってもみなかった。思い返せば初めてティオネと会った時のシオンの微妙な反応も、今ならなんとなくわかる。

 刃引きされているとはいえ、当たりどころか悪ければ普通に死んでしまう。それなのにあの三人の間に遠慮というものは存在しない。

 本気で、相手を殺そうとさえ思っている。

 シオンがティオネに攻撃を仕掛ければベートが追随し、ティオネがシオンの反撃すればその隙を逃さずベートが双剣を叩き込もうとする。だがシオンとティオネはそこで反転しベートを狙う。好機が一転危機に変わったベートは顔を歪めつつも受け止める。

 敵かと思えば味方に、味方と思えば敵に。彼らにしてみれば隙を狙ってるだけなのだろうが、そのどこか息の合った姿には苦笑が漏れる。

 「もう僕の事なんて眼中にない、か。ティオナ、少しお願いがあるんだ。頼まれてくれないか」

 「難しくないことならいいよ」

 「いや何、実はまだ書類仕事が終わっていなくてね。万能薬を三つ用意しておくから、彼らが戦い終わるのを代わりに見ていてくれないか」

 「え、でもそれは」

 「大丈夫だ。もう相手を殺すってところにまでは発展しないよ」

 そう言った矢先、シオン達の持つ武器にヒビが入る。

 「――あんな無茶苦茶な使い方をしていれば、武器が壊れるのは当然のことだ」

 そして、粉々に壊れた。

 「「「――!!」」」

 一瞬の硬直。これで終わりかな、と思ったティオナだが、しかし先程言ったフィンの言葉に矛盾していると気づく。

 「さて、本番はここからかな。後は頼んだよ、ティオナ」

 フラリと姿を消したフィンがそう言い残したすぐ後の出来事だった。

 「武器なんて」

 「いらないわよ!」

 「オラァ!!」

 粉々に壊れ柄だけとなった得物を手放し、拳を握って突貫する。そして驚くことに、三人共決して()()()()()()()()

 「え、嘘まさか」

 ティオナの予想通りの出来事が起こる。

 技術も駆け引きも知ったことかと、殴り殴られ蹴り合う。顔に腹に腕に足に打撲が出来上がっていくが、止まらない。

 ティオネの拳がシオンの鼻に当たる。嫌な音が響き渡るが、それを無視してシオンはベートの腕を掴んでティオネに投げる。

 ベートはその勢いを利用してティオネの横腹に蹴りを叩き込んだ。息をつめらせたティオネの隙を逃さまいとベートの体を叩きつけ、ティオネに接近する。

 だが倒れ込んだベートは空気を求める体をねじ伏せシオンの足を掴む。前のめりに倒れ込んだシオンは、けれど意地でティオネの腕を引っ張りこんで彼女も倒れ込ませる。

 自由に動く手足だけを動かして相手を殴り蹴る。更にボロボロになっていく三人は、やがて力が抜けた瞬間すぐに起き上がって距離を取る。

 荒い息を吐き出し、最早まともに立てない体に鞭を打つ。青く、あるいは紫にまでなった痣を各所に抱えながら、歯を食いしばる。

 そしてまた、相手に近づく。

 「「「ウアアアアァァァァァ――――――ッッ!!!」」」

 叫んだのは、最後の力を振り絞るため。

 握り締めた拳が交差し、三人の顔面をそれぞれぶん殴った。

 「グッ」

 「アッ」

 「ガッ」

 呻き声を上げ、意識が飛ぶ。それは、倒れこむ事を意味している。それでも重なり合うのはゴメンだと、最後の力で多少離れた場所に倒れこむ。

 もう、立てなかった。無理に無理を重ねた結果、三人全員が限界を超えた。空を見上げ、ただボーっとしていることしかできない。

 「よ、よかった、誰も死ななかった……」

 そんな、人知れず誰よりも心を揺らしていた少女が安心しているのを、シオン達は気づかない。そして試合は終わったとフィンに報告するため、ティオナはホームへと走り出していく。

 それからしばらくして、ティオネがシオンの方を見て言った。

 「ねぇ、シオン。どうして私が殺そうとしたときは何もしなかったのに、親をクソだゴミクズだって言った時に、あんなに怒ったの?」

 「いきなりなんだよ。意味がわからないんだけど」

 「いいから、答えて」

 頭を動かし、ティオネを見る。逆さの世界で、ティオネの顔はまっすぐだった。

 「……おれさ、親の顔なんて知らないんだ。物心着いた時から、両親は死んでるって、教わったから、多分そうなんだと思う」

 ティオネの呼吸が、止まる。傍で聞き耳を立てていたベートも、居心地悪そうに体を動かした。その様子に苦笑を漏らしつつ、

 「別にそこまで気にして欲しくないな。だけど、まあ、そんな身寄りの無いおれを引き取って育ててくれた人がいてね。同じパーティメンバーのよしみだって、言ってたけど」

 本当に、今よりもずっと小さい頃、一緒に来ると問われて、ついていった。小さな家の中、二人一緒に過ごした日々。

 「だけどね、『誰もいない』おれの傍にいて、頭を撫でて、抱きしめて、一緒に寝てくれる。それだけで幸せだった。不安なんてひとつもなくって、他には何もいらないくらいだったよ」

 「だった……って」

 「【ロキ・ファミリア(ここ)】にいる時点で、察してほしい」

 とはいえ、ここもここで幸せだ。比べるような物ではない。自然暗くなる空気。それを吹き飛ばすように、シオンはカラカラと笑った。

 「いいんだよ、別に。義姉さんが死んだ時のことは今でも思い出せるけど、だからこそ、思えたんだから」

 「シオンは、何を思えたのよ」

 「誰かを助けたい」

 それだけは、何よりも力強く言う。

 「義姉さんはおれを庇って死んだ。だけど、そんなの最高の終わりじゃない。おれは、誰かを助けて、自分も生き残る。最良の結末を目指せる、そんな『英雄』になりたいんだ」

 「あ……っそ」

 「あっそって、聞いたのはそっちだろうに」

 ティオネが居心地悪そうに体を揺らし、そして、

 「悪かった……わよ」

 「ん?」

 「だから、あんたの大切な人をバカにして悪かったって言ったのよ!」

 「~~~~~!??」

 いきなり体を近づけられ、耳元で叫ばれる。頭に響いた怒声に悶絶しつつ、だが彼女の言葉を理解して、呆然とした。

 「謝られるとは、思ってなかったよ」

 「私にだって大切な人はいるもの。気持ちは、わかるから」

 「なあ、ティオネ。なんでお前はフィンの事が好きになったんだ?」

 「そっちこそ、いきなりなによ」

 「いや、気になっただけ。それも違うか。お前の想いの大きさが、知りたかったから、かな」

 ティオネは何かを思い返すように口を噤む。シオンはなんとなくベートを見ると、彼はこちらに背を向けていた。話を聞く気がないのか、他の理由か。

 ティオネの話を聞いたら、ベートにも聞いてみよう、と思いながら、彼女を待つ。

 「私さ、アマゾネスじゃない? だからまあ、偏見持たれたりすることもあったのよ」

 別にティオネは自身がアマゾネスであることそれ自体を気にしたことはない。実際アマゾネスはそんな人間ばっかりだ。だがしかし、誰も彼もがそういうタイプであるわけでもないのだ。

 「ホームから外に出て、遊んでた時にね。悪ガキの大将みたいな私は、良くも悪くも目立ってたから、目を付けられたの。しかも柄の悪い大人。あの時は良くわかんなかったけど、さ。言われたんだ」

 ――アマゾネスなら、ヤっちまってもいいよなぁ?

 そう言われたティオネは、その意味がわからずとも、恐怖した。だが、大人相手に子供が叶う訳もなく、組み伏せられてしまった。

 周りの人は誰も助けられず、わずか四つのティオネは大人の悪意に呑まれかけたのだ。

 「そこに、団長が来てくれたの」

 ――僕の【ファミリア】に手を出すのなら、命は無いと思え。

 「本当に、カッコ良かったんだぁ……」

 ――種族である事を理由に自身を正当化するな! ティオネは僕の『家族』なんだ!

 誰よりも小柄で、だけど誰よりも『勇気』を持つ小人族の男性。今より幼かったティオネは憧れて、そしていつしか恋をした。

 恐怖を体験した少女は、しかしそれ以上の想いを、得たのだ。

 シオンは、押し黙るしかない。だが、黙っているのは男として、ダメだ。意地がある。

 「ごめん、ティオネ。あなたの心を引き裂くような真似をして」

 「今更ね。だけど、わかってもいたのよ。私が団長に相手されてないことくらい。何歳離れてると思ってるの?」

 「……20、くらい?」

 「それ以上。だからまあ、やっと決められた。私がまだ子供だから、相手にされないってだけ。もっと大きくなったら、私は団長に言うんだ」

 ――あなたに助けられたあの時から、ずっとずっと好きでした。

 そう言って、もし受け入れられたなら。きっとその瞬間、ティオネは気絶するくらい喜んでしまうかもしれない。

 けれど、失敗したのなら。考えたくもないが、そうなったら。

 「もし、そうなっちゃったらさ。慰めてくれない? きっと、一人じゃ立ち直れないから」

 返答なんて、期待していない。ただ、ちょっと疲れていただけだ。フィンに相手にされていないという事実は、少女の心を落ち込ませていた。

 「わかった。何時になるかはわからないけど、きっと。ティオネを支えるよ」

 だからシオンは、約束する。

 「……ありがと」

 そしてティオネは、フィン以外に見せない柔らかな笑顔を、浮かべていた。同時に頭を動かし視線を合わせる。

 それからすぐに、この場から立ち去ろうとしていたベートを掴んだ。

 「それでさベート、ずっと気になってたんだよ」

 「どうして私達の戦いを『くだらない』なんて切って捨てたの?」

 「ちょ、放せテメェ等! 俺が話すことなんてもうねぇだろうが!」

 嫌がるベートを、しかしニッコリ笑顔で放さない二人。言うまで逃がさないと言いたげなその笑顔に、一瞬苦渋で染まった顔をし、ついで溜め息を吐き出した。

 「クソったれが。……殺し合いなんて()()()()()真似をしてただろうが。それを笑ったんだよ」

 「「……はい?」」

 つまり、なんだ。

 ベートはシオン達が戦っていたことや、譲れない想いを嘲笑ったのではなく。

 容赦ない殺し合いをしていた、それ自体をしょうもねぇと言った、ということか?

 「死んだら終わりだろうが。やるんだったら精々殴り合いまでだ。同じ【ファミリア】ならなおさらな」

 「あー……なるほど、フィンがそういうわけだ」

 「私もよーっくわかったわ」

 そして二人、息を合わせて、

 「「ツンデレ」」

 「誰がツンデレだぁテメェ等!?」

 真っ赤に染まった顔で叫ぶベート。だがそれは必死に誤魔化しているようで。

 「……クッ」

 「フフッ」

 「「アハハハハハハハハハハッ!!」」

 「そのイラつく笑いを止めろ、ぶん殴るぞ!?」

 「いやだってさ、どんだけテンプレみたいなツンデレさんだよ!? 今時お前みたいな奴がいるとか想像できねぇって!」

 「今までアホみたいに目の敵にしてた私達の方が悪いみたいじゃない! 素直に言ってくれればいいのに!」

 お腹を抱えて笑う二人は、笑いすぎて体の節々がいてぇ、いてぇと泣いてしまう。ベートは歯噛みしながら、しかし同じく動かせない体を恨む。

 「あー! なんでみんな笑い合ってるの!? ズルいズルい、私も混ぜてよー!」

 そこに帰ってきた、何かを抱えているティオネが、走り寄ってくる。だがしかし、彼女は忘れていた。

 「――あ」

 砕けた剣の破片がちらばっている、という事実を。

 「え」

 「ちょ!?」

 「マジかよ!?」

 砕けた破片を踏み、バランスを崩すティオネ。そこから放り投げられる、何かの液体が入った瓶。放物線を描いたそれらが、降ってくる。

 避けられない三人は、まともにその一撃を食らった。

 「「「グフッ」」」

 しかも、よりにもよってお腹に。悶絶する三人は、痛みで涙目になりながら瓶の中身を理解し、飲み干す。

 みるみる内に回復されていく体。がしかし、先程の痛みは残っている。

 「ティ~オ~ナ~?」

 「ご、ごめんティオネ、ワザとじゃないから!? だから許して、ね!?」

 「ワザとで許せるかぁ~!!」

 「いーーやーーーーー!?」

 怒るティオネと、追いかけられるティオナ。

 「なんというか」

 「しょーもねぇな……」

 呆れ果てる男二人。顔を見合わせ、シオンは言う。

 「おれは謝るつもりはない。お前相手には、特にな」

 「ケッ、必要ねぇよ。テメェから謝られるなんて虫唾が走る」

 言葉だけを捉えれば、険悪そのものだ。

 しかし二人の顔は、笑っていた。

 「……これから頼むよ、ベート」

 「しょうがねぇ、付き合ってやる」

 それから、二ヶ月。

 「君たちはよく頑張った。僕達の訓練に弱音を吐かずついてきて、ここまでになった。僕達ももう文句は言わない。――君達の『迷宮攻略(ダンジョンアタック)』を許可する!」

 『応!!』

 シオン達の『迷宮攻略』が、始まった。




と、いうわけで前回とは正反対とか言えないレベルでティオネの出番がマシマシです。ベートも出していますがなんかティオネメイン回。

ベート出すためだけにティオナ出したようなもんですし。ていうかティオナがベート呼んだシーン無いとご都合主義だよなあとか思ってシーン追加しただけなんですが。

原作ティオネの仮面剥がれた時の口調をもっと知りたかったんですが、原作でも仮面剥がれた回数が私の覚えている限り2回だけなんで無理でした。なんか違和感あったらご指摘頂けると泣いて喜びます。

あと付け加えるとティオネの団長を好きになった云々は捏造です。アレ、原作ではないシーンなので、もしそこらへん詳しく出たら変更するかもしれません。

子供のティオネに手を出そうとした変態ロリコンクソ野郎はその後フィンによって制裁を加えられたのを記しておく。安心してくれ諸君。

ちなみにフィンの言葉は昔小人族故に侮られてたんじゃないかなぁってことと、原作でも【ファミリア】を家族であり、愛着を持ってる云々で決めました。

後ベート君を着々と調きょ……教育開始。ツンデレとしての立ち位置を確立していきたいところ。

次回は『初迷宮攻略』予定。ただ今回予想外にも15000文字超えちゃったので、いつもより間を開けて来週の8月3日にします。こちらの都合ですがすいません。

(ていうか5日事投稿の予定なのに前回の更新思いきり間違えちゃったんだよなぁ……)

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