英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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上層のダンジョンで

 トン、と靴のつま先を地面につけて、位置を整えた。意外とこういった細かな調整は大事で、バカにしていると痛い目を見る。胸当てや篭手は体の動きの邪魔にならないよう調整してあるから問題ない。

 防具が問題ないと判断したら、最後は武器。椿に打ってもらった剣――銘を『桜老』というそれを一度振って感触を確かめ、鞘に戻す。

 持っていく荷物は毎日きちんと確認しているのでそのまま背負う。行く階層が深くなっていく度に重さを増していくバックパックが、歩んできた道のりの長さを想起させた。

 扉の前まで行ったら振り返り、部屋を見渡す。

 「……行くか」

 鈴の歓迎会を行ってから、二日後の朝。

 シオン達は、再びダンジョン攻略を行おうとしていた。

 

 

 

 

 

 玄関に集合、となっていたシオン達だが、最後に来たのはシオンだったらしい。他の皆は準備を終えていえ、シオンの足音に気づくと、

 「おせぇぞ、シオン」

 「おれの準備はお前よりも面倒なんだよ。それともやる? 薬保存食砥石その他諸々の用意と整理整頓作業」

 開口一番減らず口を叩いてきたベートに反論しておく。まぁこんなのはお互いのコンディションを知るためのじゃれ合いみたいなものなので、これに慣れきっているアイズ、ティオナ、ティオネはやれやれと肩を竦めるだけ。

 鈴は興味深そうにしていたが、結局お互いに本気で言っている訳ではないと判断したのだろう、目線を逸らした。

 そんな鈴に、シオンは手に持っていたポーチを放り投げる。目線を逸らしかけていた鈴は慌てて受け取り、何とか落とさないよう抱きしめた。

 「な、何するんだい。落としかけたじゃないか」

 「受け取れたんだしいいじゃん。それと、そのポーチはちゃんと持っておけよ」

 「……中身は?」

 「回復薬と高等回復薬がいくつかと、干し肉と水が多少。腰に巻きつけるタイプだから、両手は空くしフラフラ揺れないだけマシだと考えてくれ」

 説明したが、鈴はイマイチよくわかっていない。ダンジョンに行ったことが無いのなら仕方のないことなので、もう少し詳しく説明しておく。

 「ダンジョンの基本的な構造は迷路と同じだ。潜れば潜るほどに広く、そして罠やモンスターの種類も豊富に、そして凶悪になる。絶対にはぐれない、なんて保証はできないんだ」

 「ああ……なるほどね。つまりこれは、シオンとはぐれちまった時に最低限自分で何とかするための物資と」

 納得したとばかりに頷く鈴。確かに、一人になってしまった時に体力とエネルギーの補給ができるのとできないのでは大きな差がある。

 保険は大事、ということだ。おんぶに抱っこされているだけでは強くなれないし、次からはこういった細かい部分は自分で覚えて用意するべきだろう。

 「初めてやる事にそこまで求めちゃいないよ」

 「っ。何の事やら?」

 「……ま、最初は生き残る事を重視してくれりゃそれでいい。死ぬなよ、死ななきゃ少なくとも強くなる未来が閉じる事はないんだから」

 ポン、と鈴の肩を叩く。若干の強張りは鎖帷子のせいか、あるいは単なる緊張故か。シオンは鈴の顔を見れば彼女の体調を読み取れる、なんて事はできないので――そうできるだけの時間を過ごしていないのだから当然だが――実はシオンも結構手探りだったりしている。

 そうと悟らせないだけのポーカーフェイズを身につけたのだが、何となくティオナは、シオンの内心を悟っているような気がした。

 優しい笑みを向けてくるティオナに擽ったい物を感じ、それを誤魔化すように一つ咳払い。それで全員の注目を集めたシオンは言う。

 「今日はとりあえずの慣らし、の予定だけど――鈴の様子を見て行けそうなら22層とかにも降りようと思う。ただし、ダメなら速攻帰るからそのつもりで」

 シオン達だけなら22層まで幾度も赴いた経験がある。だが鈴という、言っては悪いが足手纏いのいる状況ではどう転がるかわからない。なので、あくまで予定程度に留めて皆の緊張感を煽るのに使おうと思う。

 「さ、出発しようか。今日の方針も、死ぬな、ただそれだけだ」

 両手を合わせて告げれば、皆頼もしい顔付きで頷いてくれた。

 まだ太陽の光も人影も疎らな道を歩く。六人、というのは案外道幅を取るので助かっている事は助かるのだが、会話が無いので奇妙な緊張感があった。

 それは一重に鈴の纏う空気のせいだ。戦闘前の集中でもしているのか、戦闘意欲が高まっているせいで感じる闘気か何かがシオン達を刺激してくる。別に自分達を害するようなものがある訳でもないのに。

 ピリピリとした空気が充満する。そこでいきなりベートに肘で脇腹を小突かれた。視線を向けて抗議すると、逆に何とかしろと目で伝えられた。

 ――何とかしろって、おい。あ、投げやがったこいつ。

 ふいっと目を逸らされたので、反論もできないまま歯噛みする。だが実際このまま放っておくとダンジョンに行く前に精神的に疲弊しそうなので、

 「おい鈴、集中するのは良いけど無駄に気配バラ撒き過ぎだ。こっちも影響されて臨戦態勢になりかねないから、せめて抑えてくれよ」

 「ん……ああ、悪いね。外のモンスターとは戦ったことがあるんだけど、ダンジョンの中にいるモンスターは初めてだから、ちょっと緊張するんだ」

 人伝てで聞いたり本で見た程度に過ぎないが、オラリオの外にもモンスターは存在する。ただし外のモンスターは独自の進化を遂げたり、祖先となるモノから生まれ分岐した結果、かなり弱体化している、らしい。

 「外のモンスターもダンジョンの中にいるモンスターも、そう変わんないよ。少なくとも1層とか2層程度なら問題ないはずだ」

 外のモンスターは、強くとも5層程度のモンスターと同じくらいのはず。

 ダンジョン1層のゴブリンやコボルト程度なら『神の恩恵』を授かれば勝てる。外にいるモンスターはそれらと同じくらいの強さ、と考えれば、『恩恵』無しにそれらに打ち勝ってきた鈴はまず負けない。

 「それは知ってるんだけど、最初の頃はやっぱり死にかけた事もあってね。だから、せめて最初くらいは油断も何も持たないように気を張ってたんだ」

 「わからなくもないな。だが、少なくとも最初の内はおれ達にも余裕がある。肩肘張らないでも何とかするし、できる。もっと気を抜いてもいいんだぞ?」

 言い終えると、鈴がシオンの顔を眺め出す。その眼に一瞬過ぎった感情、それに見覚えがあったような気がしたけれど、すぐに消えた。

 鈴は小さく息を吐き出すと、張り詰めた雰囲気を溶かす。

 「……その通り、だな。わかった、もうちょっと気楽に行かせてもらうよ。あたいが失敗したらフォロー、頼むよ?」

 「おう、任せとけ」

 とはいえ、軽く言葉で心境が変わるはずもなく、鈴は未だ高揚したまま。それでもさっきよりは大分マシなので、これ以上はいいかと諦め素直に引いた。

 トラブルとも言えないトラブルのあと、やっと着いた第1層。

 いつもの通りに階段を下り、ダンジョンへ入ろうと足を動かす。しかし目前に広がる横穴を潜る寸前、鈴の体が固まる。その意味を何となく察したシオンが彼女の背中をポンと叩けば、鈴はぎこちなく笑い返した。

 最初の内はモンスターと遭遇する事はまずない。基本的に1層から2層までの道のりまでは人の波が多いからだ。敢えて遠回りすればその限りじゃないが、そうする意味も理由も無い場合は2層からが本番になる。

 「むぅ、意外と人が多いのだな」

 「オラリオで有名なのはって聞いたらまず思い浮かぶのはダンジョンってくらいだからな。朝昼夜のどの時間に来ても、人の行き来は途絶えないと思うぞ?」

 人の多い、少ないはあるだろうが、ゼロにはまずならない。なるとしたら、よっぽどの異変がダンジョン内部かオラリオで起きた場合のみだろう。

 「言われてみれば、1層だけは絶対どこかに人がいるよねー」

 「1層にいるモンスターは弱いし、下から来るのもそんなに強くないから、戦闘経験を積むのに適してるのが大きいと思う」

 「逆に言えば、戦闘慣れしてる奴には物足りないんだけど」

 「ふむ、そうなのか。では一気に4層か5層にまで行ってしまうのは」

 「調子に乗るな」

 「……ま、そうしても問題ないとは思うがな」

 それぞれ気楽な姿勢で話し合うが、決して気を抜いてはいない。特にシオンは気配探知、ベートはモンスターが放つ独特の臭いを察知するのに意識を割いている。

 そして、

 「シオン」

 「わかってる、数は……一体だけのところがいるな。そこでいいか」

 「ルート的には?」

 「問題ないよ、すぐ戻れる位置だ」

 ちょうど、鈴の力量を知るのに良さそうな気配を探る。ゴブリンかコボルトかまでは判断しにくいが、大丈夫だろう。

 女性陣を呼び、鈴を前の方に移動させる。その時ちょうど曲がり角からゴブリンが見えると同時にあちらもこっちを視認したようで、奇声を上げながら突っ込んできた。

 「アレを倒せばいいのかい?」

 「ああ。一体だけなら余裕だろ?」

 「余裕というか、なんというか……」

 むしろ拍子抜けした、と言いたげな鈴の顔にシオンが訝しんだ瞬間、

 「弱すぎではないか、これは」

 チン、という音が、鈴の手元から響いてきた。それが響き渡ると同時に、ゴブリンの体が灰になって消えた。

 「え、鈴、何やったの……?」

 困惑した声を出すティオナだが、それは他の皆の心境を表していたらしい。目がジロジロと、遠慮なく鈴とモンスターがいた場所を往復させている。

 「居合術、か?」

 「主はそれだねぇ。多少抜刀術も習っちゃいるけど、我流の部分が多すぎるからさ」

 唯一見抜けたのは、鈴とモンスターを視界内にいれ続けていたシオンだけだ。とはいえシオンも半ば気を抜いていたので、見えたのは線が通った部分のみ。

 刀を鞘にしまった音と、モンスターが灰になって崩れた結果から推測しただけ。

 とりあえず先に進もう、とダンジョン内部で留まり続けないようにシオンが先導しつつ、真ん中の方へ移動した二人が話し合う。

 「で、アレって居合でいいんだよな?」

 「まぁね。その通りさ。本当の達人には遠く及ばないけど、これでも物心着いたときから刀に触ってるんだ。腕には覚えがあるってこと、これで証明できたかい?」

 「……予想以上、とだけ言わせてもらおう。まぁ、ただ居合を見ただけで判断するつもりも無いけどな」

 「それでいいよ。しっかしダンジョンの中にいるモンスターはかなーり手強いって聞いたんだけどそうでもないし。あのゴブリンだけなら外のが強い気がするよ」

 思わず背伸びをして緊張で固まっていた筋肉を解す鈴。

 「言っただろ、最初の内はそんなに強くないって。それから一つ忠告しておくと、ダンジョンで恐ろしいのは『迷宮の孤王』と『数の暴力』だからな」

 「数の暴力はわかるけど、迷宮の――何だって?」

 「『迷宮の孤王』。単純に言えば『質』を極限まで高めたモンスターさ。レイド……何十人という強い冒険者が集まってやっと倒せるほどの怪物。その階層に一体ずつしか存在しえない、孤独な王様だ」

 「……シオン達が何十人いて、やっと倒せる相手?」

 「そう考えてもらうのが一番手っ取り早い」

 シオン達の強さ。それは数日前に鈴が見た通りだろう。そんな冒険者が数十人いて、やっと倒せるような相手。

 思わず昔本で見たような怪物の姿を描いてしまう。

 「もしかして、ここにも?」

 「いや、あいつ等が出てくるのはもっと先だ。でも万が一がある。もし万が一遭遇したら、ひたすら逃げろ。今の鈴じゃ勝てない」

 言い切るシオンに、鈴の喉が鳴る。それを誤魔化すように鈴は続けて聞いた。

 「……数の、暴力は?」

 「ダンジョンでは常にそこらの壁からモンスターが『産まれて』くる。今話している間にも横の壁が盛り上がってモンスターが出てくる可能性があるんだ。外とは違って、な」

 外のモンスターは、周辺にいるのを倒せばそれ以上出てくる事はない。だがここのモンスターはダンジョンそのものが母体である。倒しても倒しても、また産まれる。

 「場合によっちゃ、周辺にいたのが集まって何十と囲われたその上に周辺の壁が盛り上がって倍に増える、なんて状況もあった」

 「よく生きてるね、あんたら」

 「倒さなきゃ生き残れなかったんだ。やるしかないだろ?」

 当時は生きた心地がしなかったが、そういうものだ。シオンは鈴に視線を向けると、

 「――潜れば潜るだけそんな危険性は高まる。最初の内は相手が弱いから気を抜いても何か言うつもりはないが……中層や下層に行ってもそれなら、いつか死ぬぜ」

 本気の殺意を込めながら脅すように言うと、鈴は体を仰け反らせながら、それでも顔だけは笑みを作る。

 「大丈夫だって、そんな腑抜けた事はもうとっくの昔に経験済みさ。二度はしない、死にたくなんてないからね」

 「……あっそ」

 そんな会話を挟みつつ、シオン達と鈴はどんどん下に降りていく。

 鈴はタイプ的にはスピード特化型。ベートと同じだが、彼とは違い鈴は手数ではなく一撃を重視する刀なので、意外にもある程度モンスターを殲滅できていた。

 武器の強さ、というのもあるだろう。

 シオンは家宝か何かを持ってきたんじゃないか――というより、武器のレア度から考えればそれ以外にまずありえない――と考えているが、とにかくあの刀、切れ味が良すぎる。

 少なくともそこらの刀じゃ、上層で一番の硬さを誇るハード・アーマードの甲羅をあっさり真っ二つにできるはずがないのだから。

 もちろんだが鈴の腕前も十二分に凄い。【ステイタス】上では格上の相手に、一歩も引かないどころかむしろ押している。旅に出てからの戦闘経験はかなりあると聞いていたが、その話には少しの誇張も無さそうだ。

 ウォーシャドウの爪の切り裂きを、逆に爪を抉りとってやった鈴が刀を振り払うその姿は、異様なまでに様になっていた。

 余りにも問題なく戦えてしまっているせいか、シオン達は特に苦戦する事なく、鈴が加入する前かあるいはそれ以上の速度でダンジョンを潜っていく。かなりのハイペースで進んでいるはずなのだが、鈴に疲れた様子が無かったためだ。

 またウォーシャドウを斬って捨てた鈴に近づき、聞く。

 「鈴、体力は大丈夫なのか?」

 「まだまだ行けるさ。山ん中の獣道を走るのに比べたら、こんな平坦な道、一日二日歩き通しでも疲れやしないよ」

 ……なんだかんだ、シオンは侮っていたのかもしれない。

 外にいる人間は、オラリオにいる人間よりも軟弱だと。結局のところ外に存在するモンスターなどダンジョン内部にいるそれより遠く及ばないほど弱体化している。そんなのを討伐したところでたかがしれている、そう思っていたのではないか。

 ――単純な強さじゃおれの方が上でも、負けている部分はあるんだ。

 最近、順調にいっているから知らず知らず思い上がっていた可能性がある。シオンは一度パンと頬を叩き、気を引き締め直した。

 そしてよし、と顔を上げ直したシオンは、

 「後ろだ鈴っ!」

 「へ?」

 今まさにその拳を振り下ろそうとしているシルバーバックの姿を見た。咄嗟に振り返った鈴が影に呑まれ、けれど反射的に挟み込んだ刀によって命を繋ぐ。

 「……っ、気付かなかったよ」

 単純な速さ。全員の視界外から一気に加速し飛び込んできたシルバーバックが接近したのに気付かなかったのは、気が抜けていたとしか言えない。

 ベートはまだ戦闘中で、しかも近くに別のモンスターがいたのも要因だろう。助けに入ろうとしたシオンだが、通路の奥から団体さんが並んでいた。

 「任せた、鈴」

 「あいよ。ま、速いくらいなら何とでもできるから、心配なさんな」

 そう軽く言い放つと、鈴はバックステップでシルバーバックから距離を取る。それでもなお後ろに下がるのをやめない鈴。

 途中視界の端っこにティオナやアイズの顔が見えたが、話しかける余裕はない。敢えてハード・アーマードやオーク、キーラアントなんかのすぐ傍を通って障害物とし、シルバーバックが一直線に進めないよう誘導していく。

 『グルルルル……』

 中々思うように進めないシルバーバックが苛立つような声をあげる。それに鈴は、顔に出さないようにしながら内心で笑った。

 やがてモンスターの群れを通り抜け、直線ができあがる。その事に歓喜したのはシルバーバックの方だ。これでやっと思う存分に走れる、と。

 己の獲物を今度こそ逃がさないよう、シルバーバックが地面を踏みしめる。その足が踏みしめられたのを見て取った鈴は刀を抜き放ち、斜めに構え峰部分を押さえた。その構えを取った時にはもうシルバーバックを鈴へと飛びかかっていた。

 鈴はシルバーバックが振りかぶっている拳の先をひたすら注視する。その視認するのも難しい速度で迫り、拳が当たる体に当たる寸前、刀をそっと拳と体の間に置いた。

 ――斬れる。

 たった一言思い、鈴は確信していた。

 鈴の刀は、第一線で使えるほどの切れ味を持った刀。そもそも刀は『折れず、曲がらず、良く切れる』という性質を持っている。

 もちろん振るわなければ何かを切るのは不可能。が、それは、()()()()()()()()()()()()()()そのまま切れる可能性も示唆している。

 だから――角度さえ合わせておけば、後は自滅してくれる。

 『ガアアアアアァ!?』

 思い切り突っ込んでたシルバーバックに止まる術はなかった。伸ばされた腕の半ば以上にまで切り裂かれた腕が、その結果を証明している。

 「チッ」

 しかし絶命するには至らない。鈴は刀が抜けなくなる前にシルバーバックの横を通って、刀を引き抜く。ズルリ、という異音が腕から響いたが、鈴には関係のない事だ。

 そのままもう一度距離を取りたかったが、それを選ぶにはシルバーバックの身体能力が高すぎて無理だった。鈴は顔をしかめると、刀を鞘に入れ直して走り出そうとした、が。

 「――はい、お疲れ」

 その前にもう敵を全滅させたらしいシオンが、シルバーバックの首を切り落としていた。

 「遅いじゃないか。死ぬかと思ったよ」

 「とか言いつつ結構追い詰めてたような気がするんだけどね。というか一つ気になったんだが、どうしてあそこで刀を引き抜いた後、シルバーバックを斬らなかった? 多分、それで勝てたと思うんだけど……」

 そこまで言いかけて、シオンがふと気づいた。

 「その前に、治療が先みたいだな」

 シルバーバックの攻撃を受け止めようとした時にできた腕の怪我。若干捻った程度のようだが、ちゃんと治しておくべきだろう。

 「この程度、少し放っておけば治るよ?」

 「ダンジョンでは常に万全になっておくべきだ。いいからいいから、使っとけ」

 それでもごねた鈴の口に無理矢理回復薬を突っ込んで回復させたあと、シオン達は魔石を回収してバックパックの中に放り込む。

 そして移動し、ついに12層へ、というところへ来た時に、

 「鈴、後で詳しい事情を教えろ。お前、抜刀術をまともに扱えるのかどうか、とかな」

 「…………………………!」

 固まってしまった鈴の背中を押して、シオン達は中層から18層へ向かった。

 流石に中層から先のモンスター相手は厳しかったようで、鈴はとにかく怪我をしないようにするだけでも神経を使った。他の四人と決めてシオンがずっとフォローに回っていたが、それでも矢面に立ち続ける鈴の疲労は、上層とは比べ物にならない。

 「なんか……一気に、強くなりすぎじゃないかい?」

 「そもそも初期の【ステイタス】で、倒せないまでも中層を相手にできるってのが既に凄いんだけどな」

 「うちの爺やの方がもっと強いよ? 本気出したら――まぁ、見た事無いんだけど――シオンよりも強いんじゃないか、ってくらいに」

 「何だその怪物。でも納得だ。鈴は『勝ち残る術』よりも『生き残る術』の方が得意な訳か」

 まぁ、それはそれとして。

 「そのお爺さんから居合術を学んだって事かな? 抜刀術を教えられないまま」

 「……何が言いたいんだい?」

 「いやぁ、ここまでずっと戦いを見てたんだけどさ。鈴って、刀を抜き身のままにしてる時間がとても短いな、と思ってね」

 言うなれば抜刀状態よりも帯刀状態でいる時間の方が長い。その帯刀も居合のためにしているだけに過ぎず、鞘に入れたまま攻撃をする、という訳でもなかった。

 「居合術は理路整然とした、時を重ねた『流派の重み』を感じる。でも鈴の抜刀術は、ほとんど滅茶苦茶だ、適当に振ってるようにしか見えない。……違うかな?」

 コテンと頭を傾けて言えば、鈴は手元、刀の柄を見、顔を上げ、それから唸りながら髪を掻き毟りだした。その凶行に固まっていると、

 「あーもう、七面倒臭い腹の探り合いは嫌いなんだよ! ああそうさ、私は爺やと父から居合術を教わったけど、それだけだ。抜刀術はちょこっとしか齧ってない。だから私の主な攻撃方法は帯刀からの抜刀、神速の一太刀しかないんだよ!」

 弱点を晒すみたいだから言いたくなかったんだ、と不貞腐れる鈴。

 「爺やも速く抜刀術を教えて欲しいって頼んでも全然教えてくれないし、でも外には行きたかったから見て盗んで……ちょこっと練習したら家を出たんだ」

 「――おい待て。それ、まさか家出じゃ……」

 「二年間追いつかれなかったんだ。大丈夫だって」

 ――二年間……『追いつかれなかった』って? まさか、鈴……。

 今のセリフ、どう考えても『追いかけてくる人がいる』という前提から話している。さっきから話に出ている『爺や』とやらが可能性が一番高い。

 しかし、そもそもとして『爺や』という存在がいること。刀を持って振るい、刀術を学べる環境にいたこと。

 何より、何だかんだ鈴の所作には一定の品と呼ぶべきものが垣間見えること。

 ――もしかして鈴は、そこそこ良い家の出、だったりするのか……?

 もしかしたら道場か何かに通っていたとか、そういう可能性もある。あくまでシオンの妄想に過ぎない可能性の方が高い。

 できれば、知りたい。知らないから対策できませんでした、は一番話にならない事だ。

 実際シオンは、義姉が闇派閥の人間を殺して回っていた過去を知らないまま人質となり、最後はあんな結果を引き起こした。

 知らない、では済まされないのだ、現実は。

 シオンが思わず考え込んでいたら、鈴がまたあの奇妙な目を向けていたのに気づく。その目はダンジョンに潜る前に浮かべていたアレと同じ。

 その目の奥にあるのは――不信感。

 そう、不信感だ。

 シオンが身に覚えがあるのも頷ける。何故ならその瞳は、シオンが【ロキ・ファミリア】の団員達から向けられているものだからだ。

 「……ま、これ以上は聞くつもりはないよ。いつか教えてくれればいいさ」

 鈴と出会ったのは数日前。その程度の時間でズカズカと内心に踏み込ませてくれるはずがない。そう考え直したシオンは素直に引いた。

 「聞かない、のかい? 何か気付いたみたいだけど」

 「気付いたよ? でも無理に聞いても意味がないし。すぐに聞かなきゃいけないほど切羽詰まった状態ならいざ知らず、そうでもなさそうだからさ。ま、せめて一年くらいで教えてくれると、個人的には嬉しいかな」

 言い終えるとシオンは、気不味い雰囲気を吹き飛ばすように敢えて快活に笑うと、右手の人差し指を立てた。

 「それより一つ提案があるんだけどさ」

 「提案? ……どんな?」

 先の件が尾を引いてるのか、若干距離を取る鈴。その事実に、無意識に探りすぎたのを後悔しつつもシオンは言う。

 「抜刀術、教えようか?」

 「は? ……え、できる、の? え?」

 シオンの武器である剣と己の武器である刀を交互に見やる。しかしどれだけ見てもお互いの武器の姿が変わるはずもなく、残ったのは戸惑いのみ。

 そんな鈴に、シオンは笑うと、

 「大丈夫だって、ちょっと刀は扱ったことあるし、それに……」

 鈴にとって、とんでもない事を言ってきた。

 「()()()()()()()()()()?」

 ……全然違う、と叫ばなかった自分を褒めてやりたい鈴だった。




中層まで書こうかと思いましたけど、どうせだからと区切りました。久しぶりのダンジョンなので勘を取り戻すため的な感じに割とあっさりめです。

次回こそは中層。それとシオンのとんでもセリフの意味も次回。

……いや、似てるからって流石に刀は使えませんからね? 次回から鈴の刀借りて敵をバッサバッサ薙ぎ倒す、なんて超展開はありません。

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