英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

48 / 92
落ちゆく光

 順調に道を進み、階層を下っていくシオン達。途中、鈴が慣れないモンスター相手に苦戦し、それをカバーするために多少苦戦したものの、疲労回復の為に回復薬を使ったくらいで、特に問題はなかった。

 ちょこちょこと敵が出にくい場所や、出ても問題のないような所を選んで休憩を取っていたので精神的な疲労もほぼ無い。突発的な危険(アクシデント)も起こらなかったので、荷物を投げ捨てる、なんて状況にも陥らなかった。

 とはいえ階層を降りれば降りるほどに、少しずつその広さを増していくのがダンジョンの恐ろしい部分。地理がわかっていても、初めて訪れれば一度の階層に数時間どころか一日をかける事だってザラだ。

 幾度かの休憩。シオンの体感ではそろそろ夜になるかどうかくらいの時間になっても、彼等がいるのは未だに22層に辿り着く手前くらいだった。

 朝早くから出てこれだ。恐らく今日はダンジョン内で一泊する事になるだろう。一応寝泊りできる場所の目安はあるので、大丈夫だとは思うが。

 しかし火は使えない。光源は視覚に頼るモンスターを引き寄せ、火が燃える音に聴覚の鋭敏なモンスターが近寄ってくる。保存食のような質素な食事になるが、鈴は耐えられるか。

 そう思っていると、返り血と額を流れる汗を拭いていた鈴が振り返り、

 「そもそも気になっていたのだが、このダンジョンの広さはどれくらいなのだ?」

 シオンが考え込んでいる間に誰かと話していたようで、そんな疑問をぶつけてきた。どうして自分に、と思って四人を見ると、わからないから、と表情で答えられた。

 「おれの知る限りでは、でいいなら答えさせてもらうよ。上層は街程度。中層は平均して、大都市一個分になる」

 「それは……広い、な」

 大都市一個分、で伝わらなければ、オラリオと同じかそれ以上の大きさだと考えればいい。大体それで合っているのだし。

 シオンはそんな大都市一個分の地図を、大雑把ではあるものの24層くらいまでは覚えていた。エイナに手伝ってもらったお陰だ、彼女には感謝の念が絶えない。

 ――いずれ礼でもしておかないと。

 「ふむ、それ程広いのであれば、ここまで時間がかかるのも納得か」

 という鈴に、シオンの知る限りという注釈が付けられたのは何故かと説明しておく。

 「ただ地図が完成しているのは上層までで、中層は18層に至るまで。それ以降は虫食いのように探索されていない地域が多いから、実際の大きさは誰も知らない」

 そう、人々が知るダンジョンはまだまだ知らない部分が多すぎるのだ。そもそも新たな階層に行くのであれば下りの階段さえ見つけられれば良いわけで、その反対側に行くのはよっぽどの物好きだけである。

 だから、もしかしたらシオンの知らないモンスターがいるかもしれない。

 「これから寝るための場所に移動するけど、本格的に休めるからって気を緩める事だけはしないでくれよ」

 そう言って念を押しておく。

 ここまでの休憩時間は五分や十分、長くとも二十分程度で、散発的な物ばかり。まともな休憩は少なく、手馴れているシオン達はともかく鈴は微妙な線。シオンの見ていた限りは大丈夫のようにも思えるが――全滅を避けるためだ。嫌われ役くらい、喜んで引き受けよう。

 そうして移動していくシオン達だったが、やはり出てくるモンスターの数が二桁を超える事はそう無い。楽といえば楽なのでいいが、他の冒険者とも出会わないし、誰かが引っ張ってるんじゃないかと邪推してしまう。

 19層で押し付けられたからだろうか。

 とはいえ現時点では何もないし、必要以上に肩肘を張っても疲れるだけなので、六人が横になっても大丈夫な程度の大きさがある樹の洞へと入っていく。

 殿を勤めていたティオネが最後にシオンと共に中へ滑り込むと言った。

 「あ、やっぱりここなのね」

 「人数的に選択肢は多くないからな。他のパーティに使われていなくてよかったよ」

 六人という大所帯が横になっても問題ないような場所は限られる。そういった数少ない、比較的安全地帯で休めるかどうかもダンジョンで生き残れるかどうかの境目になる。

 ふぅ、と息を吐きながらシオンは背負っていたバックパックを下ろす。移動中はベートとアイズを除いた全員が荷物を背負っているのだが、やはり一番大きな物はシオンが背負っているので、肩や背中に負担がかかって辛い。

 「……ごめんね、いつもシオンにばかり。負担をかけて」

 シオンの息が聞こえたのだろう、申し訳無さそうなアイズが言う。そう言われてもシオンとしては生き残る確率を増やすために自分から指示を出した事なので、謝られても意味がない。

 困ったように眉を寄せていると、傍にいたベートが肩を竦めた。

 「謝る必要はねぇだろ。そいつが言い出した事なんだからな」

 「でもやっぱり、何時間もあんな重たい物をシオン達にだけ持たせて、私達だけ何も持たないのは」

 「俺もお前も足の速さで撹乱するタイプだ。んな足引っ張る物持って歩き回る方がよっぽどコイツ等を危険に晒す事になるって気づけ。バカじゃねーだろ、お前はよ」

 ハッとしたような顔をするアイズに訝しげな表情を浮かべるベート。それから胡乱気にシオンの横顔を見つめると、

 「……おい、シオン。テメェまさかアイズに何の説明もしてないのか?」

 「ア、アハハ……」

 「誤魔化すなこっち見ろそれとも一発殴りゃいいか?」

 「いや、いつも『足を殺すな』って言っておいたし、アイズなら気付けるかなって」

 実際は全く気付いていなかったのだが――それでアイズを責める訳にはいかない。最近は冷静さを得てきたアイズだが、その中身は前と同じく感情豊かなまま。笑い、怒り、泣く子供のまま。ティオナの次に顔をよく動かす娘なのだ。

 だから彼女は、シオンに似たのか仲間想いに育っている。何故自分とベートは何も持たされていないのか、シオン達の負担になっていないのか、それで自分達だけ生き残ったら――なんて考えてしまって、シオンの意図を見抜けなかった。

 今気付けて良かった、とベートは思う。

 ベートは以前、シオンが無茶をしない為の鎖になれとアイズに言ったが、あまりに心配性になってアイズ自身が死んでしまっては意味がない。本末転倒にも程がある。

 シオンの方はアイズに対して若干の甘えが出てきた。『アイズになら伝わるだろう』と、言葉で伝える努力を怠っている。

 まぁ、ベートがわざわざ口に出す必要はなかったが。

 「……ごめん、アイズ。次からはきちんと説明するよ。でも、できればアイズからも聞いてきてほしいな。おれ達を気にしすぎたりしないでさ」

 何故なら、シオンが自ずと理解したからだ。自分の悪かった点を。そして、アイズの性格からどう考えたのかを見抜いた。

 この辺りシオンは抜け目ないと、本当にそう思う。間違えた点を即座に把握し、同じミスを繰り返さないよう自分に言い聞かせ、それでも万が一繰り返した場合、同じ状況にならないようアイズにもお願いしている。

 「うん、わかった」

 だからこそ、ベートやティオネはシオンがリーダーで居続けるのに異存無い訳だが。

 「後ベートもありがとう。何か礼でもいるか? つっても今は食べ物しか持ってないけど」

 「いらん。食える時に食わねぇとエネルギー補給できねぇんだから、自分の分は自分で食べろ。お前が倒れたら困るのは俺達なんだからな」

 「あ、そう? なら今度何か付き合うわ」

 「――ふん」

 鼻で笑ってやると、シオンは気にせず自分が下ろしたバックパックの中身を漁り始める。ついでとばかりにアイズの分も用意し手渡す。ベートはその光景を見つつ、既に取り出していた塩をまぶした握り飯を食べ始めた。

 「……アレで良いのか? ベートの対応は随分と杜撰に思えるが」

 「あの二人はアレでいいのよ。一々気にしてられないし、放っておきなさい」

 「そうそう。男の子ってあんなんで通じ合えるから不思議だよねー」

 どうせ聞こえているだろうからと、普通の音量で話し始める鈴、ティオナ、ティオネ。その話題は鈴が始めたシオンとベートの会話はあんなのでいいのかというもの。

 確かにあの二人の会話は、主にベートが原因で険悪な物に見られる事が多い。

 「それにベートのあの話し方はもう病気みたいなものだし、うちじゃもうあの口調じゃなきゃベートじゃない、なんて言われてるくらいだから」

 「シオンがいなかったら普通に口が悪くて敬遠されてたと思うけど。その辺り多少の悪口じゃめげないシオンに感謝してたりするんだよね、ベートはさ」

 そもそも誤解とは接する経験が少ないからこそ生じやすい。長く付き合えばその人間の良さは何となくでも伝わってくるものだ。だから、最初こそ怖がられていたベートも、シオンとの会話を遠巻きに見ていた子の一人がベートの言葉の真意を理解して言ったシオンの言葉から、自分達が勝手に怖がっていただけなんじゃないか、と気付いた。

 そのお陰なのか、数こそ少ない物のベートに話しかける同年代の子供は多くなった。

 「一匹狼気取ってるけど、別に心が無いわけじゃないって事よ」

 「つまり、何だかんだ寂しがり屋……と? 可愛いところもあるのだな」

 「お前等人の事勝手に決めつけてんじゃねぇ。殺すぞ」

 ギロリ、と。

 鈴の一言が癪に触り、怒りのゲージがMAXになったのか、ベートの声音が一段低くなる。何だかんだLv.1の鈴は思い切り睨みつけられ、咄嗟にティオネの後ろに隠れてしまった。

 「はいはい、こっちが悪かったからそれは抑えなさいベート。あんたの本気に鈴が耐えられるわけないでしょ。それとも弱い者いじめが好きなの?」

 「……チッ。ならせめて俺が聞こえないところで言え。陰口ならどうせ俺には聞こえないんだからどうでもいいが、聞こえりゃ癇に障るんだよ」

 ティオネに言われて殺気を押し留めたベート。だが、それは彼の『雑魚に構っていられない』という心境からに過ぎない。

 言っては悪いが、ベートにとって鈴は仲間であると同時に、まだ完全には信じられない弱者だ。わざわざ踏みつけて行ったところで自分が強くなるための糧になるとは言い難い。

 だからこそ、今回は許した。次同じ事を言えば、どうなるかはわからないが。

 「流石に今のは鈴が悪いと思うよ?」

 「む、す、すまない。つい、な」

 ベートの沸点が低すぎるというのもあるが、ティオネも鈴もちょっと言いすぎだ。特にベートは過去に数神から『ぼっち(笑)』とかその他諸々を言われたせいか、その辺りでからかおうとすると色々ヤバい。

 鈴は知らなかったので仕方ないが。

 「ティオネも、説明するにしても棘がありすぎ」

 「う、ご、ごめんなさい……」

 ティオネとしてはいつも通りなのだろうが、からかうにしても方向性が悪かった。

 「ねぇ、シオン」

 「何だアイズ」

 「最近ティオナって、妙な貫禄出てきたよね……」

 二人に正座させて叱りつける彼女は、妙にサマになっているのだった。

 「……何だこの茶番は」

 尚、今のは最初から最後まで全てを見ていたベートの感想である。割と本気で呟いていた。

 何とか落ち着いた頃には、全員どこか疲れたような顔をしていた。もそもそと乾パンを口に放り込み、水で押し流す。女性陣には18層で取ってきた甘い果物を渡し、男性二人は肉を貰った。

 シオンはバックパックの中身を覗き込み、残りの食料から、無茶をすれば何日くらいは大丈夫だろうかと逆算。

 ――モンスターの襲撃にもよるけど……この量だと、二日も無理だな。

 明日は22層に行き、できれば23層に足を踏み入れたら即座に戻ってくる予定だ。念の為18層で一日を過ごすとして、木の実の回収をすれば問題ない、という結論に至る。

 最悪あのボッタくりの街で物を買えばいいのだし。

 ある意味食料と同じくらい大事な回復薬が入った瓶が割れていないかも確認する。戦闘時は相応に動くため、荷物を背負った状態では中身が揺れて瓶同士がぶつかり、割れる可能性があった。一つ一つ確かめて大丈夫だとわかったら、また入れ直す。

 ちなみに六個だけ持ってきた万能薬は、割れないように特殊な素材で梱包してある。だからこれが割れる事はまずありえない。割るとしたら、シオンがモンスターに狙われた時だろう。

 鈴に武器の研ぎを頼み、その間に薄い布を引っ張り出す。小さくなるよう折り畳んであってそれを広げると、二枚をティオナ達に、一枚を自分達のところへ置く。敷布なんて物は無い。ゴツゴツとした地面にあった小さな石は除去してあるが、横になれば痛かった。

 しかし誰一人として文句は言わない。体にかける布があるだけマシだからだ。鈴が武器を研ぎ終わるのを確認すると、各々が武器を取り出しやすい位置に調節し、横になる。

 言葉は交わさない。どうしても眠れない状況を除き、不必要に会話して睡眠時間を削るような愚行はしない。

 ダンジョンで眠り、起きるのは、快眠とは程遠い。遠くから聞こえるモンスターの遠吠え、眠るという無防備な状態になる事への命の危機感、仲間がいるとはいえ暗闇に身を落とす恐怖――理由は多々あるが、深く眠れる訳が無い。できたらそれは大物かただのバカだ。

 それでも一人、また一人と浅い眠りについていく。

 その中でシオンは一人――起きていた。

 傍から見ればシオンも同じく眠っているように見えるだろうが、シオンは目を瞑りながらも、ひたすら起き続ける。

 一時間か、二時間か。どれくらいはわからないが、おもむろに立ち上がると、剣を持って洞の外へ出た。

 「――ま、いるよなぁ……」

 ふぅ、と吐き出した息は、モンスターの大群が放つ足音に紛れて消えてしまう。

 「リザードマンとガン・リベルラが合計四十くらい。問題なさそうだ」

 どちらも群れて行動するモンスター。一体一体の質を量で補うタイプのモンスターなので、今のシオンなら普通に倒せるレベル。

 「【変化せよ】」

 とはいえ、それは戦闘が長引かない、という訳じゃない。戦闘音を聞かれるのは、シオンとしても困るのだ。彼女達が起きてしまうから。

 ――火力が足りない。

 「【裂き誇る雷、鳴り響く音と共に切り捨てん】」

 ――ならば足せばいい。

 「【付与(エンチャント):雷鳴剣】」

 容赦はしない。

 開幕速攻で右足を前に出して、雷が付与され光輝く剣を横に振る。それと共に伸びた刀身が、リザードマンの大半を切って捨てた。

 無事だったのは武器を持たないが為に地面へ身を投げたのと、バックステップで咄嗟に後ろへ下がったリザードマンのみ。盾を構えた奴は、それごと切り捨てられた。

 シオンの持つ剣は、椿が鍛え上げた物。

 未だに第一線で使えるとは言い難いレベルではあるが、しかしLv.3の冒険者が使う武器と考えれば最上位クラスにあたる。

 たかだか中層程度にある天然武器の盾で受け止められるなんて――そんな甘っちょろい考えが通用する訳が無い。

 返す刀でシオンは地面へ身を投げたリザードマンを叩き斬る。これで残るはリザードマン数匹と面倒なガン・リベルラのみ。最も当たる可能性が高いガン・リベルラの群れに剣を向けるも、反射的に避けたものは多く、考えた以上に被害は少ない。

 何より痛いのは、今ので敵にバラけられた事だ。これでは一匹一匹殲滅するしかない。

 ――なんて面倒な事、する訳無いだろう。

 シオンは残ったリザードマンの所へ移動する。避けようとしたリザードマンだが、生憎と遅すぎて話にならない。シオンは跳躍するとリザードマンの頭を引っ掴み、そのままガン・リベルラの一匹へと放り投げた。

 元々リザードマンごとシオンを殺そうと思ったのだろう、そちら側にいたガン・リベルラの発射した弾丸が、シオンの投げたリザードマンに当たる。手や足を使って庇おうとしたリザードマンだったが、それはむしろ苦痛を長引かせるだけだった。

 苦痛の悲鳴をあげながら耐えたが、一発がたまたま人間でいう心臓にあたる魔石を穿つ。それによって灰になろうとしたリザードマンだが――完全に灰となって消える前に、一匹のガン・リベルラにぶち当たった。

 シオンの『力』によって投げられたリザードマンは、それこそ砲弾のようなもの。リザードマンに当たったガン・リベルラは壁まで押され、圧殺された。

 「次」

 あまりにあんまりな死に方に、一瞬止まってしまうリザードマンとガン・リベルラ。けれど、シオンは容赦しないと既に言っている。

 ――死刑宣告は済ませた。後は殺すだけ。

 未だに動かない近くにいたリザードマンの腕を握ると、また投げる。殺されると逃げようとしたリザードマンの足を掴み、心無しか恐怖に歪んだように見える顔を気にせずまた投げる。

 投げる。

 投げる投げる投げる。

 リザードマンという名の砲弾を投げる合間に剣を振るってガン・リベルラを真っ二つにしていけば、気付けば砲弾も的も、全て無くなっていた。

 援軍が無いのもきちんと探ると、シオンは雷鳴剣を解く。

 「……疲れた」

 戦闘時間は一分とかかっていないが、できるだけ音を出さないようにと考えていたので思った以上に気を遣った。

 シオンは腰のポーチから高等精神回復薬を取り出す。一分程度とは言え、常に最大魔力消費を強いられるシオンにとって魔力の消費量は相当な物になる。だから精神回復薬は手放せない。

 感覚的に結構消費させられたと思いながら瓶の中身を飲み込む。

 数十秒程気配を探索し直し、何も無いとわかると、やっとシオンは洞へ戻った。

 シオンが洞に戻り息を潜めて誰かが起きていないか確認する。パッと見程度ではあるが、恐らく問題はない、だろう。

 実際にはわからない。シオンには演技をするスキルはあっても、演技を見破るスキルは学んでいないからだ。まぁ起きていたら起きていただ、と割り切って中へ戻り、ベートと半分で分け合っていた布の中へ滑り込む。

 そしてまた眠るフリをした瞬間、

 「テメェはもう寝ろ」

 寝ていたと思われたベートにそう囁かれて、心臓がドクンと跳ね上がった。薄目を開けてそちらを見れば、ベートの狼特有の瞳がシオンを貫いている。

 「……起きてたんだな。とっくに寝てたと思ったんだけど」

 「不寝番の役目を決めないまま寝れば何となく察せられるんだよ。それと誤魔化すな。テメェ、ハナっから寝るつもり無かったな?」

 ベートが問えば、シオンは困ったように笑うだけ。しかし決して離されない瞳に根負けしたかのように肩を竦めると、口を開いた。

 「今日は鈴がいたからな。あんまり無茶はさせたくないし、あっちが動くような事態にはさせたくなかったんだ。俺達の方が入口に近いのもそれが理由」

 流石に今日だけの予定だが、ベートとしては納得できるモノでは無かったらしい。

 「もう一度言うぜ。シオン、お前はもう寝ろ」

 「いや、だが……不寝番は誰が?」

 「決まってんだろ。俺はもう十分寝たしな。さっきの戦闘音で起きただけだし、ちょうどいいから変わってやる。それに」

 「……それに?」

 「お前が寝不足で指示ミスって死んだ、なんて情けねぇにも程があんだろ」

 こうまで言われれば、ベートは本気だとわかってしまう。最後に言った言葉は照れ隠しなのだろう。

 「……ありがと。頼んだわ」

 「ああ。任せとけ」

 少し、肩の荷が下りたような気がする。

 何だかんだ疲れていたシオンは、吸い込まれるように自然と意識を暗闇へ落とす。ベートはシオンが完全に寝たのを確認すると、風邪をひかない程度に布から体を出した。

 それからベートは、シオンが起きるまで代わりに不寝番を務め続けた。

 

 

 

 

 

 ――ベートも、そしてシオンも気付かなかったが。

 「…………………………」

 実はもう一人、起きていたりするのだが……結局彼女は一言も話さなかったので、蛇足だろう。

 

 

 

 

 

 恐らく朝という時間帯になると、自然に全員が起き上がる。体内時計が完全に整っている証だ。頭をハッキリさせ、満腹にならない程度に飯を詰め込むと洞を出た。

 そして22層の階段へと足を向ける。

 元々22層目前というところにまで来ていたので、簡単にたどり着いた。シオン達は22層に来るとすぐに周囲を見渡し、警戒する。

 そんな折に、鈴がシオンへと問う。

 「そういえば気になっていたのだが」

 「何だ?」

 「シオンは何故、22層にまできたのだ? あたいっていう足手纏いを連れていきなりダンジョンに泊まるなんて正気じゃないと思うんだけど」

 ああ、とシオンは思う。そういえば目的を言ってなかったな、と。

 「今日ここに来たのは、とあるモンスターを見て欲しくってね」

 「モンスター……そんなにも手強いのか?」

 「ああ。上層にいる『新米殺し』の名前を継いだ『上級殺し(ハイ・キラービー)』って二つ名? で有名だよ」

 「その名前からすると、もしや蜂?」

 「そうそう。よくわかるね」

 「あんな感じの?」

 ピシッと鈴が指差した方向は天井。そこにいたのは、逆様になって天井に張り付いて羽休めをしている、黒くて、とても、とても大きな大きな――蜂。

 それこそ重鎧かと思うような硬そうで黒い攻殻。昆虫故に鋭角な体型(フォルム)だが、そこから感じる印象に優しさはなく、禍々しい。

 そして蜂であるが故に当然存在する、恐らく人間でいうところの口にあたる大顎、巨大な大鋏があった。

 だがこの蜂が有する物で最も存在感を放っているのは、その体の先端にある毒針だ。成人ヒューマンの平均的な大きさであるこの蜂は、当然、毒針もありえない大きさになる。

 正直に言おう。どんなに頑丈な鎧を着込んでも当たれば死ぬ。掠っても死ぬ。『耐異常』が無ければ毒でも死ぬ。

 まさに死のオンパレード。生き残りたいなら攻撃を避けて一撃を叩き込むしかないのだ、が。

 このモンスターが恐れられる最大の理由は、とても単純。

 ブ、ブブブッ、と羽休めをしていた蜂が羽を震わす。だが、それは一つだけじゃない。二つ三つと数は増え、とんでもない不協和音が生まれていく。

 鈴が見つけた蜂の名は『デッドリー・ホーネット』という。

 自然界の存在する通常の蜂や、ダンジョン内にいるリザードマン、ガン・リベルラと同じく――()()()()()()()()()()()()

 「……あんな――感じだな」

 思わぬ不意打ちに、シオンの声が引きつった物になる。

 ジャキン、という音が、羽ばたきの音に紛れて聞こえてくる。それはどう見ても、『弾丸』を装填した物にしか思えない。

 「で、シオン。どうするんだよおい」

 確認した限りでは数はあまり多くない。多分だが、なにかから逃げてきたのかもしれない。ただ問題は、

 『キュルァア!』

 羽ばたきの音によって引き寄せられる、魔物の群れ。

 「逃げてもデッドリー・ホーネットが目印になって引き連れるだけだ! おれが全力でデッドリー・ホーネットを倒すから、全員は他の魔物を足止めっ、頼んだぞ!」

 『了解!』

 「鈴はとにかく生き残ることを最優先っ、守ってる余裕なんて無いからな!」

 「承知した!」

 出し惜しみは無し。19層では使わなかった『指揮高揚』を使って全員の【ステイタス】を底上げしておく。

 「【変化せよ】!」

 後はもう、形振り構っていられない。

 遠くから接敵されるのは予想していたが、まさか羽休めされていた上に気配を絶っていたのは予想していなかった。シオンの落ち度だ。

 「【サンダー】!」

 雷速となってシオンは駆ける。

 今のシオンは獣。そう思って敢えて剣を抜かず、ほぼ天井付近にいる一体を壁を走って追い縋り貫手を作って首を抉る。

 ――まず一体。

 魔石を貫いた訳じゃないので、空中に留まる体を蹴って近くにいたもう一体へ。反動で地面へ落ちた死体には目もくれず、体当たりで腹へぶつかる。

 威力はないが、相当な帯電状態のシオンがぶつかれば感電する。トドメはベート達に任せてシオンはまた別の個体へ行こうとしたが、そこで全てのデッドリー・ホーネットの毒針がシオンへ向けられた。

 ――いいぜ。こいよ。

 挑発するように顔を歪める。その顔を崩そうと発射された毒針。それを視認し、死体から飛んだシオンは、()()()()()()体勢を変えて、デッドリー・ホーネットの群れの中心へ飛び込んだ。

 「【解放(リリース)】」

 とんでもない避け方に固まる彼等に、シオンは言う。

 「【雷電無双(タケミカヅチ)】!」

 威力は当然、無い。

 だが全方位に向けられた雷はデッドリー・ホーネットを襲い、攻殻の隙間から侵入し、その巨体を感電させて動きを止める。生きたまま落下したデッドリー・ホーネットは、運が良いものは生き残り、運が悪いものは頭から潰れて死んだ。

 「ハァッ、ッ、ァ――……」

 焦った。本当に焦った。

 もう少し数が多ければ、絶対に無理だった。速くモンスターを食い止めているベート達に参戦したいが、デッドリー・ホーネットにトドメを刺す必要があるし、消費した魔力を回復しなければならない。

 シオンは高等精神回復薬を取り出して飲み込む。それから瓶を片付けるのも惜しいとばかりに投げ捨てると、アイズ達の方を見た。

 いくらシオンがいないとはいえ、そもそもの地力で勝っている。油断さえしなければ、特に問題はない。

 これならデッドリー・ホーネットを倒してから行っても大丈夫だろう、そう思って視線を外しかけた瞬間だった。

 ゴウ、という音と共に、()()()()()()()()に炎が噴出した。

 「ア、アイズ――!?」

 

 

 

 

 

 アイズは油断などしていなかった。

 何時も通り冷静に、何時も通りに敵を倒す。上空にデッドリー・ホーネットというとんでもない敵はいるが、シオンは『やる』と言った。なら最低限の警戒を向ける以上の事はしないし、する必要もない。

 そして事実、シオンは全てを倒して――ほんの刹那、アイズは安堵した。

 それはどうしようもない隙になる。

 アイズが『下方から』熱を感じた時には、余裕を持って回避する術が無かったのだ。ほとんど反射的に足を前に向けてそこから逃れた瞬間、背中に熱を感じた。

 それが、恐らく23層から自分を狙った炎なのだと気づく間もなく、アイズはふと、ある事に気付かされる。

 ――私は、前にいた敵と斬り合っていた。

 そして今、アイズは前方に移動している。アイズは剣を前に出していて、結果的に、それがアイズの命を救った。

 ――あ、れ?

 だが、それは『命を』救っただけだった。

 衝撃にアイズの体が浮かび、今度は後ろへと体が流される。着地しようとして足を必死に伸ばしたものの、地面を押した感触は、無かった。

 ――もしかして、私は……。

 傾く体、モンスターの顔から体、足と見える範囲がどんどん落ちていき、最後には壁しか見えなくなる。

 ――落ちて、る?

 そう理解した瞬間、アイズの体は強張り、しかし、彼女には何もできなかった。

 だからこそ、もし彼女を助けるのであれば、第三者以外にありえない。

 ガシッと、彼女の体が完全に落ちきる前にその手が掴まれる。しかし落ちかけた勢いに急制動をかけられたアイズの腕には負担がかかり、ビキンと嫌な音が聞こえた。

 「い、っぁ……!?」

 「う、ぐ……」

 呻き声を上げながら何とか顔を上げれば、そこにいたのはシオン。

 けれど、その顔はほとんど見えない。光源が無いせいだ。そこでアイズは、自分がもう穴の半ば近くまで落ちていたのだと知る。

 「あ、ありがと、シオ……」

 礼を言いかけたアイズの口は、そこで止まった。

 ポタ、ポタタッという音と、何かがベッタリと顔に付着したからだ。それが口の中へ入り、とんでもない鉄臭さに顔をしかめ、同時に、それを察した。

 「シオン、もしかして血が……!?」

 アイズは最初に気付くべきだった。

 穴の半ば、捕まるところ、でっぱりがほとんど無い場所で、どうやってシオンが己とアイズの体を支えていたのか。

 答えは、体のほぼ全てで、だ。

 足の指先を、甲を、脛を、膝を、腿、腰を、上半身を、腕を、肘を、掌を。ありとあらゆる部分を引っ掛けて支えていた。

 だが多少デコボコした壁にそんな事をすれば、どんどん擦れる。その擦れは服を破り、皮膚を抉って血を流していく。アイズの顔にかかったのは、そんな血の一部。

 だが、暗闇に目が慣れれば、見えてしまう。

 ダラダラと流れ落ちる、シオンの血が。

 「シオン、ダメ。そんな事をしたら……!?」

 「うるっさい。ちょっと、黙ってろっ!」

 ――アイズが穴へ落ちていくのを見た瞬間、彼女を助けるために、シオンは荷物を全て投げ捨てて身を投げた。自分も巻き添えになるなんて考えもしなかった。

 壁に体を密着させて、彼女の手を受け取った瞬間は、とんでもない痛みがあった。それでも、耐える。

 「アイズだけが落ちるなんて、ダメだ……!」

 アイズは、気付いていない。シオンだけが気付いている。

 葛藤するシオンに気付かぬまま、アイズはどうやってシオンだけでも助けようかと悩んでいた。無理矢理振り解こうとしてもシオンごと落ちてしまう。それはダメだ、許容できない。

 思い悩む彼女の顔を見て、シオンは自身の葛藤を投げ捨てた。

 「アイズ、お願いがある」

 「シオ、ン?」

 「魔法を、使ってくれないか? それで、風の力で下から、上に」

 話すだけでも辛いのか、苦痛に歪むシオンの顔。だがそこまででもアイズには理解できた。風の力で自分の体を押し出して軽くするのだ。

 「【風よ(テンペスト)】」

 アイズの行動は速い。

 「【エアリアル】!」

 数秒と経たずに風を己の体に纏わせ軽くする。この間にシオンだけでも助けよう、そう思ったアイズだが――一歩、遅い。

 呼ばれて見上げたアイズ。

 「必ず助ける、アイズだけでも」

 「え?」

 そこで見たのは、今まで見たこともないくらい優しい笑顔を浮かべた、シオン。その顔が、最後に見た母の顔と重なる。

 「ダメ、そんなの――!?」

 暴れかけたアイズだが、その前に、グイッと体が持ち上げられる。だがありえない。今の状態で持ち上げるには、必ず何かの代償がいる。

 自身の横を、何かが通った。

 それがシオンの体だと、すぐに気づいた。

 アイズの体を持ち上げる、その代償に、シオンは己の体を落としたのだ。

 「ちょっと痛いけど、我慢して」

 耳に届くそんな言葉。

 「【変化せよ】」

 シオンの魔力が膨れ上がる。下を見たアイズは、シオンの瞳に射抜かれ動きを止められる。どこか満足そうに笑いながら手を突き出した格好のシオンの手には、渦巻く魔力。

 「【インパクト】!」

 そして、放出される。雷はほぼ無く、アイズを守る下方の風にぶつかり、衝撃が襲う。その衝撃のままアイズの体は浮かび上がる――そう、()()()()()()

 反射的に目を閉じたアイズは、意思の力で目をこじ開ける。

 「シオン……?」

 だが、そこにシオンの姿はない。

 アイズを一瞬持ち上げるために、シオンはその体を落とした。

 なら――アイズを穴から叩きだすには、どれだけの代償を必要とした?

 その答えは、もう、豆粒のように小さくなっていく、シオンの姿が示していて。

 「イ、イヤアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!??」




申し訳ありません、素で更新日時間違えました。本当は昨日でしたね、投稿。気付いたの今日の0時でしたので諦めて今日に変えました。

ほのぼのの後には超シリアス。まぁ、今までの話し見てくれてた読者様方にはもうおわかりだと思いますが。
落ちたのは『アイズにとっての光』って事でシオンです。

次回はこの状況からスタート!
取り残されたベート達、そして自分を助けるために代わりに落ちたシオンを見たアイズはどうなるか。

タイトルは未定。それと次回か次々回か、個人的な事情で休む可能性があります。申し訳ない。
ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。