英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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昔の借り

 ゴゥゴゥと音を立てる炎。その熱がシオンのところまで来ると、上がり始めた体温が熱を逃がそうと汗を流し始める。

 暑くて熱くて仕方がない。このままだと熱気で思考能力さえ奪われる、そうわかっていながらシオンは動けなかった。

 その原因は腕の中の兎、いやモンスター。

 近付いても、触れても、抱きしめても身動きせず、むしろその体を押し付けてくる。まるで普通の兎のように思えて、殺す、という選択肢が出てこないのだ。

 けれど、

 「~~~~~~~~~ッ!!」

 モンスターは敵だ、という『常識』がシオンの手を震わせる。

 油断させて、その額にある角で胸を貫くつもりなのだと、本能が叫ぶ。でも、そうするならとっくにやっていると理性が落ち着かせた。

 そもそも今はアルミラージの不可解な行動より、目の前の炎だ。どう考えてもこれは自然に起きたものじゃない。

 つまり、誰かが行ったこと。

 四方八方、全てを塞がれているせいで先が見えない。だから誰がやったのかもわからないが、どう考えてもこちらを生かすという考えには至らない。

 ――ジワジワと焼き殺すつもりか?

 蒸し焼きなんてごめんだ、と思う。

 効果があるのかどうかもわからないが座る。そうしてからもう一度周囲を見渡し、しかし炎だけが目に届く。熱波によって乾燥しかけた眼球を、瞼を閉じる事で潤す。

 目が良すぎるのも考えものだ。暗闇に慣れた目がいきなりの明かりに驚いているせいで、小さな違和感さえ見つけられない。

 それでもわかった点はいくつか。

 まず、この炎の熱量は相当なもの。

 次に、炎の壁は一定の密度を保っているから、火傷覚悟で突っ切れない。

 仮に何らかの方法で突破できたとしても、火を消そうとしている間に外にいるだろう誰かに殺されるのがオチ。

 ――どうしろってんだよ、この状況!?

 普段は泣き言を言わないシオンが、言いかけた瞬間だった。

 アルミラージが、シオンの胸に体重をかけてきた。それに体を固まらせて硬直し、遂に攻撃されるのかと思ったが、アルミラージは動こうとしない。

 不思議に思ってアルミラージの顔を見ると、薄目になっている。その上息が荒い。この状態に既視感があったシオンは、咄嗟に耳を触る。

 「あっづ!?」

 その耳は、凄まじい熱さを伴っていた。

 普通の兎と同じなのであれば、アルミラージは熱に弱い。当たり前だ、兎は全身を体毛で包まれているのだから。

 ――兎が暑いと思ってるかどうかは耳を触ればわかると本に書いてあったから、これはもう無理だというサインだ。

 シオンの限界とアルミラージの限界は同じじゃない。このまま放っておけば、遠からずアルミラージは高まった体温によって死ぬだろう。

 対処法はわからない。

 ただ、この熱波から逃れる場所を探せば多少はマシになると考えた。

 シオンは片手に拳を作ると、振り上げて、振り下ろした。一撃目は拳が地面に激突したときの轟音と、ピシリと何かがひび割れた儚い音。

 硬い、そう思いながら二撃目。ひび割れた地面を更に割って、欠片となった石を拾っては遠くに投げる。

 投げたら、殴る。

 殴ったら、投げる。

 それを何度か繰り返して、小さな穴を作った。ちょうど、兎が一匹程入る程度の小さな穴。シオンは穴の壁面に触れると、そこまで温かくなって無いのを確認。

 腕の中でぐったりしているアルミラージをその穴の中に入れて様子を見る。

 五分か、十分か。

 気付けば服を脱いでいたシオンは、上半身裸になっていた。汗が流れすぎて服があまりアテにならないと考えたのと、着込んでいる方が暑かったからだ。

 段々朦朧としてきた思考。気を抜けばふらりと倒れそうになる体を根性で耐える。耐えて意味があるのか、という弱気な言葉は、殴り捨てた。

 それから少しして、多少マシになったのか、アルミラージが頭だけを出してきた。けれどその顔を見るに、本当に少し回復しただけだ。

 この炎がいつまで続くかわからない。シオンもそろそろ限界だ。アルミラージも、シオンの後を追って死ぬのだろうか。

 死にたくないな、と思う。

 けれど、生き残れるかと問われれば、無理だと返す。汗を流しすぎれば水分が枯渇してそのまま死ぬからだ。

 ――水分が、枯渇?

 ふいに、ピンと来た。

 シオンはポーチに触れると、ガサゴソと漁る。そこから取り出したのは、一つの瓶。何故か残されたそれは、極小量の万能薬。一口飲めばそれで終わる程度。

 それを持ったまま、まともに動かなくなってきた体を引きずってアルミラージのいる穴のところまで移動する。

 暑そうにしながら、それでもシオンの顔を見上げるアルミラージの前に片手を差し出す。不思議そうに顔を傾けるアルミラージに答えず、シオンは瓶を傾けて手のひらに作った皿に万能薬を垂らした。

 「飲め」

 喉が乾燥したのか、掠れた声が漏れる。

 だが、届いたはずだ。なのにアルミラージは小さく首を振って、拒否を示す。

 「さっさと飲め。溢れる」

 それでも拒否。そして片手を伸ばすと、シオンを指差す。それはまるで『シオンが飲め』と言っているようで、小さく笑ってしまった。

 「これ飲んだって、焼け石に水だ。死ぬまでの時間が延びるだけで、もっと苦しみを味わう事になる」

 だからお前が飲め、そう言って手のひらをアルミラージの顔の下にやる。幾度か逡巡していたアルミラージだが、シオンに飲む気が無いと悟ると、渋々舌を出して舐め始めた。

 微かに感じる舌の感触に、訳のわからない感傷を覚える。

 そして、気付く。どうして自分がアルミラージを殺そうと思わなかったのか。

 ――そっか。こいつは、おれに敵意も、殺意も持ってなかったのか。

 シオンは、好意に鈍い。

 ただその代わりに、悪意に対してかなりの鋭さを持っていた。あらゆるところでトラブルを起こしまくったのが理由だろうか。

 あるいは、義姉が死んだ原因である、あの男のせいか。

 シオンは敵意か殺意を抱く人間に剣を向けるのを厭わない。実際――殺した事だって、ある。けれどそのどちらもない相手を殺すのは嫌だ。

 人でも、獣でも――モンスターであっても。

 単純な理屈だった。

 シオンはただ、殺意や敵意を向けられなければ、生き物を殺す自分を肯定できない臆病者。それを違えれば、自分はきっと狂い始める。

 極限状況、故にこそ悟った自身の本性に、内心で笑ってしまった。

 そうして自嘲している間にアルミラージは万能薬を飲み干していた。体調を万全にする万能薬を飲めば、熱さもどうにかなるだろう。

 その間に、もう一工夫。

 シオンはアルミラージを抱き上げると、一度穴の外へ出す。

 暴れるかと思ったが、不思議と暴れず、どころか運びやすいように体を密着させてきた。今のシオンは相当汗臭いと思うのだが、気にならないのだろうか。

 そんなくだらない思考をしなければ意識をつなぎ止められない。唇を噛み締めると、シオンは小さな穴に再度拳を叩き込む。

 地面が割れる。破片を投げる。ある程度の深さになったら壁面を殴る。また破片を投げる。縦の穴に横穴を作り上げたシオンは、そこにアルミラージを入れた。

 「これなら、多分……お前は生き残れると思う」

 本格的にダメになってきた喉を押して話す。

 「兎は、体質的に汗を流せない。だから、この熱気をどうにかできれば、水分が枯渇して死ぬことは無い、と、思う」

 獣医ではないシオンには、聞き齧った知識で何とかするしかない。

 そう、シオンは初めから自分が生き残る選択肢を入れていなかった。だって、先程自覚した自身の欠点が、シオンだけが助かるという選択肢を潰してしまうから。

 だから、残った選択肢は二つ。

 どちらも死ぬか、アルミラージだけを生き残らせるか。

 シオンは後者を選んだ、それだけの事だ。

 横穴から顔だけを出すアルミラージに、シオンは手を振って引っ込ませようとする。けれど、その前にふと思い立ち、投げ捨てていた服を持ってくる。

 ほとんど這うようにして服を取り、戻ると、シオンは親指を噛んだ。痛みと共に吹き出た血を服に押し付けて、文字にする。

 あまり長い文章は書けない。だから、単純なものを。

 『無茶せず、無理せず、生き続けて、幸せを掴め。シオン』

 自分が言うべき言葉ではないが、これでいいと思ったシオンは文字を乾かす。乾ききったら服を引き裂き、文字の書いた部分が汚れないよう、引き裂いた物で包み込む。

 それを手を伸ばして縦穴の底に置くと、言う。

 「これを、おれの仲間に、渡してくれないか? できればで、いい」

 未だに顔を出すアルミラージに、お願いする。

 「おれと同じくらいの背丈の狼の少年と、金色の髪をした女の子と、褐色肌の三人娘。それがいるパーティに、渡して」

 あくまで自分の命を最優先に。

 身勝手ながらもそう願うと、手を伸ばしたまま、シオンの体が力尽きるように脱力する。消えかけた意識が、ふと呟いた。

 「本当は……おれだけが助かる方法は、あったんだ」

 それはもしかしたら、じっとシオンを見つめるアルミラージの疑問に答えるためだったのかもしれない。

 ――どうして自分を助けたのか、という、疑問に。

 「お前の体をバラバラに引き裂いて、血を全身に浴びれば、炎の壁を突っ切れた。炎に焼き尽くされずに、生き残れた」

 絶対に助かるとは言えない。でも、助かる可能性が高い選択肢。

 ただこれを選ぶには、『アルミラージを殺す』という事が前提条件。そしてシオンは、敵意も殺意も持たないこの兎を殺せなかった。

 「死にたく、ないなぁ……」

 ふと、頬を伝う涙。それがシオンを更に追い詰めるとわかっていても、勝手に流れてしまう。そうして、シオンの意識が途切れた。

 ポタポタと降り落ちる涙がアルミラージの顔に当たる。横穴から這い出たアルミラージは、ダラリと揺れるシオンの指に顔を近付けると、舌を伸ばして舐めた。

 動かない指を、ずっと。

 

 

 

 

 

 「――で、あんたはこれで満足かよ?」

 「フン。所詮ハアノ人間ノ気紛レ。ソレダケノ事ヨ」

 「信じられないっつーから、オレっちだって嫌々やってやったのにまーだ言うか」

 「当然。……ダガ、約定ハ約定ダ。貴様ガスル事ニ干渉シナイト誓オウ。シカシ」

 「しかし? んだよ?」

 「アノ人間ト接触シタ責任ハ、貴様ガ取レ。他ノ者ヲ巻キ込ムナ」

 「わかってるさ。関わる関わらないはオレっち達の自由。その結果命を落とすとしたら、オレっち一人で終わらせる」

 「……愚カ者メ」

 「こんなとこに留まり続けるよりも、外に出るための努力がしたい。そのためなら、あんたが言う愚か者で十分さ」

 

 

 

 

 

 サニアの剣閃がリザードマンの体を斬り捨てる。魔石ごと両断され灰となるリザードマンに目もくれず、サニアは走った。

 小さく頭と目を動かして戦況を把握。そして比較的近く、更にちょうど良くバグベアーの拳を大剣で受け止めていたティオナの元へ。接敵する寸前に小さく地面を蹴り、縦に回転。同時に視界も回るが慣れたもので、サニアはバグベアーの頭を輪切りにした。

 ――アイズは問題なし、ティオネもきちんと距離を取ってる。

 ティオナも前衛壁役として申し分ない。子供だから仕方ないとか、そういう理屈はダンジョンで通じないので、正直ホッとした。やはりLv.3になったという事実は伊達じゃない。

 常に目を向ける必要は無い、と判断すると、サニアはティオナと協力して襲いかかってくるモンスターを処理し続けた。

 基本的に魔石は回収しない、高く売れそうなドロップアイテムだけ回収――魔石を取り出すのに時間をかけたくない――している。そういう方針だから、サニア達は情け容赦なくモンスター共の急所である魔石を狙っている。

 例外的にその急所を狙いにくいモンスターだけは首を狩っているが、亡骸はそのまま無視していた。

 「ほっと」

 気の抜けそうな掛け声。しかしその一撃は正確で、ガン・リベルラ数匹を十字に切り裂く。縦横無尽に駆け巡る彼女の足が止まるのは、相手を全滅させた時のみ。

 ――まるでベートみたい。

 ただベートと違うのは、サニアが敏捷以外に力もきちんと伸ばしているところか。短剣二刀使いではなく双剣使い。遊撃どころじゃない勢いで敵の命を刈り取る姿は死神のよう。

 サニアの姿が消える。元々の動体視力が良いはずの三人でも、初動が見えない。速度どうこうではなく、技術的な問題だ。

 移動する時、本来なら風圧で揺れるはずの髪がほとんど揺れない。その事実が、サニアの歩法の凄まじさ、その一端を覗かせる。移動速度でどうしても劣るアイズ達は、サニアと比べて殲滅速度がイマイチだった。

 一度モンスターの波が引くと、息を吐いて脱力する。緊張は途切れさせない。脱力から全速を出すための緩急のつけ方は覚えているが、緊張が途切れていてはそれができないからだ。

 振り向いたサニアは、特に違和感なく歩いてくる三人を見て頷く。痛みを庇っている様子は無さそうなので、休息はいらないだろう。

 「それじゃ、次の穴を飛び降りようか」

 コクリと頷き返す三人。

 そして、四人は眼前に広がっていた下層への穴へと、躊躇なく飛び降りた。

 下層から上層へ行くのと違い、上層から下層へ行くのは比較的簡単だ。今四人がしているようにダンジョンの各地に点在する穴を飛び降りればいい。が、それはただ『行く』だけの場合。前提として『安全』に行くのであれば、今いる階層と、その一つ下の地図をある程度覚えている必要があった。

 「あの、飛び降りてから言うのもなんだけど、本当に大丈夫なの? 迷ってないわよね」

 「大丈夫だって。その為に移動速度を落として道を確認してるんだからさ」

 今、四人はちょっと早足程度の速度しか出していない。現在位置がわかるのがサニアただ一人しかいないので、頼れるのは彼女の記憶のみ。正規ルートを使わないのがこれ程までに不安を覚えるのかと思うティオネだが、そう考えているのは彼女だけらしい。

 アイズとティオナは前しか見えていなかった。

 ふぅ、と小さく息を吐くティオネ。正直なところ、ティオネはサニアを信用できていない。【アストレア・ファミリア】の名は知っているが、罠を警戒しない理由はどこにもないからだ。

 だから、聞いた。

 「どうしてサニアは私達を助けようとしてくれたの?」

 ティオネは覚えている。この依頼を受ける寸前、サニアが奇妙な事を聞いたのを。借りがあるのに、まるで一度も会ったことがないと言いたげなあの言葉。

 できるだけ不信感を出さないよう、不思議そうな声音を出すのに苦心したが、その甲斐があったのか、サニアはあっさり答えてくれた。

 「なんて言えばいいのかな。単純にお詫び、とでも答えればいいのか」

 「お詫び……?」

 「そ。何年か前にさ、うちの子達が君達のリーダーにちょっかい出した事があるの。それを許してくれたから、借りがあるって訳」

 明言しなかったが、あの頃のシオンは良い噂と悪い噂が錯綜していた。そのせいで、『火のない所に煙は立たない』と逸ってしまった団員数名がシオンのところへ押しかけた事がある。

 詳しい問答は聞かせてくれなかったが、結果から言えばシオンと戦闘を開始してしまい、人数差から殺してしまう寸前までやってしまったのだ。……こちらも半分近くが大怪我をさせられてしまったのだが。

 騒ぎに気付いた団長が行かなければ、怒り狂った彼等はシオンを殺し、その後【アストレア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】の報復で地上から消滅していただろう。そうでなくともその悪い噂は真っ赤な嘘で、完全にこちらが悪い状況。

 何をされても文句は言えない――正義と秩序を掲げているのに。やったのは何の罪もない冒険者を半殺し。最低だった。

 トドメがオラリオの住民達からの非難。シオンはその時までに相当数の人助けをしていたからなのか、住民達からかなり信頼されている。

 もしあの時、シオンがフィン・ディムナと住民達を収めてくれなければ。いくら【アストレア・ファミリア】と言えども、その後の活動は酷くやりづらくなっただろう。

 逸った団員は当然解雇(クビ)。彼にお詫びの金はもちろん、その他にも走り回る必要があった。

 ――この一件がシオンと、目の上のたん瘤である【アストレア・ファミリア】を一気に消すための策だと気付いたのは、半年以上経ってからだった。

 オラリオのどこにでもいる闇派閥。そんな悪に対抗するための【アストレア・ファミリア】。だから自分達が狙われるのはわかる。

 ――でも、どうしてそこにあの子を巻き込んだんだろう?

 それが、サニアと相棒、団長の疑問だった。邪魔な自分達の排除はともかく、関係ないはずの子供を利用した訳。でも今なら、わかる。

 ――闇派閥は、彼を狙っている。それも執拗に。

 理由はわからないが、そもそも狂人の集団である闇派閥にそんな事を問うことが無意味だ。サニアは三人の顔を見る。

 「そろそろ次の穴、降りるわよ」

 あまり時間はかけられないし、と言ってサニアはまた穴へと落ちていく。

 今は必要以上に闇派閥を考えない。今のサニアに求められている役割は案内人。まずはその役目を果たすべきだから。

 およそ三時間から四時間。ありえないペースで四人は25層にたどり着いた。しかも24層から25層への道は正規ルート――つまり、階段で降りていた。

 「もしかして、19層からずっとあそこでグルグル回ってたのって」

 「24層から25層へ繋がる階段のところに行くためだよ」

 その回答に舌を巻くティオネ。流石Lv.4というべきか。熟練冒険者(ベテラン)の名は伊達じゃない。

 「そんなのどうでもいいから、速く25層の案内をして!?」

 アイズがサニアの服を引っ張る。その顔には今まで堪えていた分が溢れるような焦燥感が満ち満ちていた。

 それも、仕方がないのだろう。シオンが落ちてから既に十数時間。本心ではアイズだってわかっているはずだ。

 シオンは、もう――。

 それでも諦めきれないのはティオネにだってわかる。認めたくないし認められない。だからこそサニアに頼み込んでまでここに来たのだから。

 「はい、一旦落ち着く! 助けたいのはわかるけど冷静さは大事。その人を助けられても、君が大怪我してたら悲しまれるんだからさ」

 「大怪我なんてどうでもいいよ……シオンが死ぬのに比べたら」

 こりゃ重症だ、とサニアは天井を仰ぐ。何を言ってもこの子には意味がない、そう判断すると彼女の頭に手を置いて、撫でた。

 不思議そうに見上げてくるアイズに言う。

 「仕方ない。お姉さんがフォローしたげる。それなら大怪我しないで済むだろうからね」

 「あ、ありがと……」

 「そっちの二人もね」

 「十分間に合ってるわ。ティオナのフォローは私がするし。……目の届かない部分だけ、お願いするけど」

 「アハハ……私はそもそも目の前しか見ないから。皆に任せるね」

 ある意味自然体の二人。内心どうあれ、冷静さは忘れていない。アイズに注意していれば問題はなさそうだ。

 遂に踏み入れた25層。雰囲気が変わったように見えるのは気のせいか。単にアイズ達の心が影響しているのか。

 わかるのは、モンスターがアイズに蹂躙される、ただそれだけだ。

 「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァッッ!!」

 今まで抑えに抑えた感情を爆発させるように惜しみなく魔法を発動させる。体力的には限界でも魔力的には余裕がある。後先考えない彼女は、今だけサニアよりも活躍していた。

 それもサニアが敢えてモンスターを引き付けているところを襲撃しているからなのだが、アイズにとってはモンスターを全滅させて先に進めればそれでいい。

 ――さて、どう行くべきなのかな。

 アイズが敵を倒している間に少しだけ思考をこの先へ向ける。

 ――シオンがこの階層に行くのは、彼女達の言葉が間違っていなければ確実。

 だが25層の広さは相当なものだ。全てを回ろうとすれば一日二日では足りないだろう。運良く見つけられるかどうか。

 そもそも彼が死んでいたら。わかる程度の死体があればともかく、ただの肉塊になっていたらもうどうしようもない。

 ちなみにシオンが自力で24層へ上がった線はあまり考えていなかった。ダンジョンはそんな甘っちょろい場所じゃないから。

 冷たい話ではあるが、サニアはシオンの死体があればめっけもの。その程度の思考でここまで来ていた。

 貸し借りを返す。闇派閥がいるのかどうかを探る。もしかしたら今回の一件で【ロキ・ファミリア】の力を借りれるかもしれない、そんな大人の思考で。

 だから――本当に驚いた。

 十字路の奥から飛んできた一匹のデッドリー・ホーネット。それを十字路の横から飛んできた人影が膝蹴りを叩き込んで胴体を引き裂く。

 「ふぅ……後少し、と」

 その人影は、こちらに気付いているのかいないのか。首を鳴らし、小さく呟いている。

 「ぇ……あ……!」

 白銀の髪を揺らす小さな子供。それを見たアイズは、言葉にならない声を出し、ふらふらと近づいていった。それで、サニアは悟る。

 ――もしかして、あの子が?

 「しお……シオン!」

 「ん、誰だ?」

 振り向いた横顔は、いつもアイズが見上げるそのもので。

 「――アイズ?」




4/1から今日まで大学休みなし。体バッキバキで気力がヤバいです。新学期が始まった、あるいは新入社員で会社に行き始めた人も辛いでしょうね。

さて、今回はシオンを見つけたところまで。
シオンが炎の中で倒れた後の話と、再開シーンは次回。若干クオリティが下がっている気がするのは気のせいではない。
気力体力が削られすぎてやばいのですよー!

時間が無いからゲームも小説読むのも書くのもまともにできないし、速く落ち着きたいものです。

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