英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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※閑話に関する前書きです。

前回ティオネの閑話を投稿しましたが、前半を土曜日、後半を日曜日に投稿しました。しかし元々1話に纏める予定の物でしたので、この2つを統合しております。
もしも前半しか読んでいない、という方は、最初から読み直すあるいはページを半ばより上あたりまでスクロールしてください。

よろしくお願いします。

※この後書きは数日後に削除します。


脈動する悪意

 「――また、失敗したようだな」

 ダンジョン『下層』のどこか。

 光源のほとんどないその場所に響く足音が、人間の来訪を示していた。黒いローブで全身を覆いつくすその人間の特徴は、背が高くガッシリとした体つきであることと、声の低さから男性であるという事くらいしか見て取れない。

 仮面の奥にある目を厳しく細めながら、男は岩に座るもう一人の人間を見やる。

 「いやぁ、これでも頑張ったんですけどね? また、ですよ。後ちょっと、も~少しってところで全員助かっちゃうんですよねぇ」

 苔生した岩に座るその男は、道化のようにケタケタ笑う。その瞳はローブの男を捉えているようで捉えていない。

 もう何日着替えていないのか、ボロボロの服から見える肌は酷く汚い。臭いも相当で、近づきたいとは思わないのだが、こいつには話しておかなければならない事があった。

 「少し、ペースが速くなりすぎている。我等の事を気取られてはいかんのだ。狙うのは構わんが自重しろ」

 「ええ、ええ。わかっていますとも。だからこそここ最近は大人しくしているんじゃありませんか」

 「……ならばいい」

 本当に、わかっているのかいないのか。

 しかしこの男の能力は使える物であり、またこの男自身、ふざけているように見えてちゃんと物事は考えている。

 そうでなければ今頃――この場に骸を晒していただけだ。

 「それより、そんなにも執心するならば何故自ら動かない? 殺すだけなら簡単だろう」

 「そうですよ? ええとても簡単です。だからこそ――それじゃ、つまらないんです」

 「つまらない……?」

 「だって、あっさり首を跳ねたら楽じゃないですか!」

 バッと男が立ち上がる。その時立ち込めた臭いに仮面の下の顔を歪ませ、一歩下がった。それに気付かず彼は続ける。

 「私が見たいのはアイツの苦しむ顔! 全てを失い、悲しみ、怒り、憎み、その果てで絶望し自ら殺してくれと嘆願する様を見て――全てを、暴露する!」

 私が全てを奪った、それを知った時の顔が、どんな色に染まるか……。

 「それを見たいからこそ、あっさり殺すなんてつまらない事なんてしたくないんですよ」

 「……だから、そいつ自身ではなく周囲を狙っているのか」

 そう聞いた瞬間、男は先程までの狂気はなりを潜め、上手くいかない事に拗ねる子供のような雰囲気を纏った。

 「ま、さっきも言った通り失敗続きですけどね。意味がわかりません。どれだけ周到に準備しても、誰一人死んでくれないんですから」

 「確か、そいつがいるのは【ロキ・ファミリア】だったか。『悪神』と呼ばれたロキの眷属だけあって、『悪運』に恵まれているのかも……いや、つまらない冗句だったか」

 「納得できなくもないんですけどねー、それ」

 気に食わないが、危機的状況に陥らない『幸運』ではなく、危機的状況に陥ってから何だかんだで助かる『悪運』なのだろう。

 「ま、そんな『スキル』聞いた事ありませんけど」

 「同感だ。――話を戻そう。我等はこれより『あの実験』を行うつもりだ。上手くいけば地上の連中に大打撃を与えられるだろうさ」

 「それ、私達も同じなんじゃないですか?」

 「使うのは死んでも問題ない連中だ。加入したばかり、且つ使えないゴミはいてもいなくても変わらんのだからな」

 「相変わらず手酷いお方だ。それで、ご要件はそれだけで?」

 その言葉を合図にして背を向ける。

 「……余計な事は、するなよ」

 「へーへい。私だってまだ死にたくありませんからね、大丈夫ですって」

 男は、ローブを纏う者がいなくなり、足音が完全に無くなって、更に数十分以上その方向を見つめ続けた。

 それでも待つ。

 待って待って、本当に誰もいなくなった、その瞬間。

 「いやいやいや、やーるに決まってんでしょう?」

 上司であるはずのその男に、嘲笑の声をあげた。口角を上げ、誰にも――己以外の何者にも届かない、笑い声を。

 「()()()()の時は失敗した。あっさり殺すなんて、本当に馬鹿をしたぜ。だから」

 ――親の責任は、子が負うものだ。

 「お前は、簡単に死なないでくれよ? ()()()()()()

 いいや、今は違う名を名乗っていたか……。

 「――()()()

 

 

 

 

 

 「――クシュッ」

 ゾワリ、とシオンの背筋に怖気が走るのと同時に、くしゃみが出てきた。体調は悪くなく、むしろ万全なはずなのに、と疑問に思っていると、フィンが聞いてきた。

 「シオン、大丈夫か? どこか悪いのなら、話は後にするが」

 「いや、平気だ。それで、続きを頼む」

 今、シオンがいるのはフィンの執務室。あるいは団長室とも言うべき場所だ。

 ちなみに、シオンはここに入るのはともかく、居座って用件を聞く回数は意外と少なかったりする。この部屋で聞く用件はイコール【ファミリア】全体に関わる話だからだ。

 平団員のシオンには聞かせられない話は多い――の、だが。

 今回はその例外の一つらしい。

 シオンは佇まいを直すと、フィンに向き直った。

 「今回の用件は、シオン達に『学区』のボランティアをして欲しい、という事だ」

 「『学区』、ね」

 一応、シオンも名前だけは聞いたことがある。富裕層が自身の子供を鍛えるために入れたり、ダンジョンで名を馳せる事を夢見たオラリオの外の者が来たり。理由は様々だが、一貫しているのはその『学区』は入学者を鍛えるために存在していることだ。

 シオンも最初はそこに入学させられそうだったのだが、フィン達に師事する以上のメリットが無かったので断った。

 「だけど、その学区でおれは何を? ボランティアって言われても」

 何かを教えたりできるとは思えない、というのがシオンの考えだ。これはシオンの『教え方』が原因である。

 一対一、教える相手に注目して何が良くて何が悪いのかを言う、そんな感じのせいか、多数の人間に教える授業形式はシオンに合わない。

 だからこそ困惑していたのだが、

 「端的に言うと、彼等の鼻っ面をへし折って欲しい」

 「……ごめん、意味がわからない」

 「それもそうか。ならわかりやすく説明しよう。学区では面白い流れがあってね。入学した年、つまり一年次においては大丈夫なんだ。色々な事が手探りで、緊張しているからね。三年の場合は卒業、つまり本格的なダンジョン探索が始まるから、これも心配いらない」

 「つまり、二年生が面倒だ、と?」

 「そうなる。一年が過ぎて、緊張が途切れた上に『慣れ』が出てくると、どうしても弛んでしまう者が出てくるんだ。そういった者に『現実』を教え込むのが、このボランティアの意味だ」

 フィンが言うには、そのクラスで最も進んだ階層の二つ程下まで引率するらしい。何故なら、慣れが出てくるというのは余裕ができる、あるいは調子に乗って油断する、そのどちらかとほぼ同義だかららしい。

 勝手に突っ走られて死なれるよりは、あらかじめ誰かが引率して調子に乗って伸びた鼻をへし折る方が保護者的にマシだそうだ。

 「まぁ、へし折れた心をケアするハメになるが。諸々の事情を差し引いても、やっておいた方が最終的にはプラスになるんだよ」

 「理由はわかったけど、それでおれが参加する意味は? へし折るなら、外見的におれは不利だと思うんだが」

 「その辺りは、大丈夫だと思うけどね。僕としては」

 シオンが不思議そうに小首を傾げると、フィンは小さく笑い、

 「それに、このボランティアは他にもいくつか意味があるんだ」

 「というと?」

 「あの学区は、入学した者の多くが将来的に多数の【ファミリア】に入団する。その時僕達がやった行いの意味を理解すれば貸しが作れるのさ」

 「青田買いか何かかと思ってたけど、それ以外にも理由があったのか」

 「それも間違いじゃないけどね。言い方は悪いが塵も積もれば――一人くらいは、将来有名になるんじゃないかな」

 【ロキ・ファミリア】には未だ敵が多い。こういった小細工も重要なようだ。

 納得がいったところで、シオンは承った。元々断る理由がないし、できない。シオンがフィン達に作った多くの借りは、まだまだ返せていないのだから、そう思ったところでふと気付いた。

 ――ああ、貸しを作るって、こういうことか。

 なるほど断りにくい、そう思いながらシオンは部屋を出た。

 扉がパタンと閉まる音を聞き終えると、黙って書類の処理をしていたリヴェリアが顔をあげる。

 「それで、シオンはどこに?」

 「シオンは特進クラス――最も優秀な者達が集められたクラスを担当させるつもりだ。リヴェリアもついていってくれ」

 「私は構わないが、いいのか? あのクラスは例年手を焼かせられる事で有名だが」

 「だからこそ、だよ。シオンには今の内に多数の人間を相手取る事を覚えて欲しい。対処の仕方もね。リヴェリアはフォローを頼んだよ」

 「……了解した」

 そんな会話があった事など露知らず、部屋を出たシオンはヌッと視界に入ってきた金の海にギョッとしながら数歩下がった。

 「ア、アイズ……驚かせるな。頼むから普通にしてくれよ」

 「ごめんなさい。それで、フィンは何て?」

 誤ってはいるが、アイズに反省の色は無い。一応扉の横に立って待っていてくれただけ、前より随分とマシになったのだが。

 「ああ、なんか学区のボランティアを頼みたいって」

 「私も行く」

 「え、それはフィンに聞かないと」

 「私も行く」

 「あくまでフィンからの要請だし、おれの一存じゃ」

 「私も行く」

 「あの……アイズさん?」

 「私も行く」

 「……後で、フィンに言っておくよ」

 「よろしくね」

 最近、アイズが怖いと感じてきたシオンだった。

 

 

 

 

 

 その場所はカーン、カーン、という一定の音が響いている。それだけなら、そんな音がするなとしか思わないだろう。しかし歩き続ける事数分、その音が幾重にも重なるようになると、途端に不協和音の大合唱となった。

 「……うるせぇ」

 ペタン、と狼の耳を伏せる。それでもベートの耳は、その打音を届かせてしまう。とはいえ最初の頃よりはマシだし、この炎が燃えた後特有の臭いも大分慣れた。ベートはふん、と小さく鼻を鳴らすと、一つの鍛冶屋に入った。

 手馴れたように歩いて部屋の戸を開ける。

 「む、女子の家にノックもせず入るとは。マナーがなっておらんぞ、マナーが」

 「お前相手にノックなんざしても意味ねぇだろ、この男女」

 「はははっ、それもそうだ! ではこの事をティオネ辺りにでも」

 「最近報復が陰湿すぎんだろ椿!?」

 知られたら絶対に怒り狂いそうな相手を持ち出されて、ベートは仰け反った。ティオネは団長に操を捧げるのを心情としているので、裸体を異性に晒すのを忌避している。

 友達? 仲間? それより大切な事がある、だそうだ。

 容赦なく殴ってきたティオネの形相を思い出し、ベートはチッと舌打ちすると、椿に謝って対面に座った。

 胡座をかき、テーブルに肘を乗せてニヤニヤとしている椿を睨む。

 「そんで、呼ばれて来たができたのかよ」

 「試作品ではあるがな。とりあえず、と言える物はできたぞ」

 先程までの悪ふざけはどこへやら。

 職人特有の真剣な顔に変わると、椿は立ち上がり、どこからか箱を持ってきた。ドスン、という音がその箱の重さを示している。

 椿は箱の蓋を開けた。そして出したのは肩から肘の半ばまでを覆う籠手と、脛当てと一体となった靴の二組。

 「……これが?」

 「うむ、試作品第一号だ。言われた通りの仕上がりにしているつもりだが、誤った寸法にしている可能性もある。気をつけてくれ」

 「まぁ、いいさ。あっさりと完成できるなんざ思っちゃいねぇしな」

 それで代金は? と聞いてみれば、結構な値段を提示された。しかし、その値段を見たベートの眉は別の意味であがる。

 「安い、んだな」

 「これでも十分ぼったくってると思うのだが」

 「俺としちゃこの倍くらいは言われると考えていたんだが。安いほうがいいから、今のままでいいけどな」

 「何、一見相手ではないのだ。人を選ぶ権利は鍛冶師にもある、この値段は椿・コルブランドがベート・ローガを信用していると思ってくれればいい」

 「……そうかい。ありがとよ」

 感謝の言葉は横を向き、且つ小さいもの。それでも椿は聞き逃さず、嬉しそうに笑うと、その笑のまま手を差し出した。

 「では、商品の代わりに代金だ! その金で新しい物を作るのでな」

 「思いっきり台無しだ」

 愚痴を言いつつ素直に金を差し出す。

 籠手と靴を箱にしまい直し、ベートは毎度有りー! と笑って手を振っているのだろう椿を想像してため息を吐いた。

 「とりあえず、使えるかどうかの確認だな。誰か誘ってダンジョンにでも行くか……」

 半年前の出来事を、二度と起こさないためにも。

 ――俺は、強くならなきゃいけねぇんだ。

 

 

 

 

 

 コトコトコトコト、と煮詰められている鍋を、ティオナを眉間に皺を寄せながら間近で睨みつけている。

 中身はただの野菜スープ。野菜を切って、適宜鍋に入れて適切な調味料を入れれば完成する、簡単な料理だ。しかしティオナは、それこそダンジョンで戦闘しているんじゃないかと言わんばかりの眼力で鍋を見ていた。

 「あ、あの、ティオナ? そんなに鍋を睨んでも、味は変わらないよ?」

 そう言ったのは、黒猫の猫人(キャットピープル)であるアキだ。

 いつもはユラユラと自由に揺らしている尻尾の先が、彼女の困惑を表すように地面へと垂れている。しかしティオナは一言返事をくれるのみで、目を離す様子はない。アキはヒューマンであり友人のナルヴィに目を向けるも、

 「自由にさせてあげたらいいんじゃない? 私達みたいに仕事じゃなくて、料理の練習をするためなんだからさ」

 それに、私達も最初はああだったでしょ? と言われてしまえば、アキとしても言い返せない。何よりティオナは二人と違い、既にLv.3となっている。

 如何に年下だとしても、未だLv.2である二人にとって、ティオナの歩んできた道のりを思うと躊躇してしまうのだ。

 そんなアキに、ナルヴィが近づくと、

 「そ、れ、に」

 何やら面白おかしい話を聞いて、それを誰かに言いたくて仕方がないという顔をすると、

 「あの料理――【英雄】さんのために作ってあげてるんだって」

 「え? 確か【英雄】って、男の人なはずじゃ」

 「もう、察しが悪いなアキは。女が男に手料理を振舞ってあげるんだよ? しかもティオナの二つ名は【初恋】って神様にも認められるものなんだから! 自由にさせて然るべき」

 「ナ、ナルヴィ声! 声大きすぎ――」

 ティオナより年上とはいえ、未だ幼い少女。特に恋話大好きな年頃の少女だ。熱中してしまうのも無理はない。

 ヒートアップしかけた友人を止めようとしたアキだが、その前に、ガシリと肩を掴まれた。

 「料理を教えてくれるのは、嬉しいけど……ね? ちょっと、声が大きすぎかなぁ」

 ギギギ、と声がした方に顔を向ける。

 そこにいたのは、顔を真っ赤にしていたティオナ。それが羞恥と、何より怒りによるものなのはすぐにわかった。

 ナルヴィは言い訳をしているが、アキは諦観と共に全てを受け入れた。思ったのは、一つだけ。

 ――ああ、なんで私がこんな目に。

 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!??」

 その後、しばらくアキに謝るナルヴィの姿が見受けられたようだが、その理由を知るのは三人のみである。

 

 

 

 

 

 「ふん! そらそら、どうした! 最初よりも腰が引けておるぞ、もっと前に出てこい!」

 そう怒鳴りつけてくるガレスに、無茶を言うなと叫び返したかった。けれど肺は酸欠の体に空気を取り込む事に精一杯で、声を返すだけの余裕をくれない。

 「来ないのか? では、こちらから行くとするかの!」

 何より、そんな余裕ができるほど、相手は待ってくれなかった。

 ガレスが肩にかついでいた大槌を握り直すと、片手で振りかぶる。それは間合いの外であるはずなのに、鈴は急いで、倒れこむようにその場から離れた。

 そのすぐ後、大槌が振るわれる。目視できない速度で振るわれた大槌の後を追うように風が吹き荒れた。

 ――この、化け物めっ!

 それが鈴の感想だ。何故力任せに振るわれた大槌から風が発生する。切り裂くというほどの鋭さは無いが、力任せ故のそれは、まるで台風に巻き込まれた紙切れのように鈴の体を吹き飛ばそうとするのを知っている。何故なら、既に食らっているからだ。

 ――守っていてばかりでは……。

 「ッァ!」

 動きが鈍い体をそれでも動かし、できるだけ『刀』という武器が最大限の威力を発揮する流れを作る。

 普通なら、それで終わる。

 しかしガレスは、普通じゃない。オラリオの生ける英雄の一人であり。

 ――鈴にとっては、生涯最大の壁だった。

 「効かぬわ!」

 重苦しいはずの大槌を巧みに動かし盾とする。キン、という音は鳴るものの、その大槌には傷一つつかない事実に鈴は歯噛みする。

 そして、その動作がガレスにとっては大きな隙だった。

 「歯噛みする暇があるのなら、『次』を考えるべきだったの」

 トン、とガレスの空いた大きな手が、鈴の小さな体に触れた。たったそれだけ。しかしそれだけで、鈴の体は吹っ飛び、壁にぶつかるまで止まらなかった。

 ズルズルと崩れ落ちながら、痛む胸を押さえ、咳き込みながら立ち上がろうとする鈴に、ガレスは一つ頷いた。

 「うむ、気概は合格。一度休憩じゃ、これ以上は意味がないからな」

 「りょ、了解……です」

 そして、今日もまた鈴に黒星がついた。

 しばらくして鈴の痛みが引き、汗をタオルで拭いた後、毎度恒例ガレスの教えを聞く。ガレスは胡坐、鈴は正座でだ。

 「ある程度刀を抜いた状態で戦えるようにはなったが、あれじゃな。妙に型にハマりすぎている気がするぞ」

 「父の弟子達の動きを真似したのですが、駄目だったのでしょうか」

 鈴にとって、ガレスは己の父や爺やに並ぶ程の存在だ。それ故自然と敬語を使ってしまう。

 ちなみにフィンやリヴェリアも自分等比べ物にならないくらい強いのを知っているが、敬語は使っていない。鈴にとって、フィンやリヴェリアよりもガレスのような戦い方が好ましかった、その差だ。

 「駄目とは言わんが、わかりやすすぎるな。儂やフィンにとって、相手がこれからどうしようとするのかを体の動きで何となく察せられる。フェイクも無しでは通用せんのじゃ」

 「フェイントは、まだ取り入れられる程の余裕が」

 「わかっておる。その辺は要練習、じゃ。シオンも言っておっただろう」

 シオン、と聞いて鈴の握る手に力がこもる。知らず知らず刀を持ち上げ、胸元で留める。

 元々シオンに帯刀状態から居合斬りしかできない自分の戦い方を改めろ、そう言われて始めた事だが、未だ鈴は彼等を信じきれていなかった。

 手にこもった力は、そのまま鈴のやりきれない想いを表していた。

 「シオンは……」

 「む?」

 「どうして、ああも他人を信じられるのですか?」

 そこで、我を取り戻す。無意識の内に聞いてしまい、後悔しかけた鈴だが、言ってしまった言葉は取り消せない。

 「何と、言えばいいのか。あまり詳しくは言えないが、それでもよいか?」

 「はい。構いません」

 これはシオンに聞けばわかる事だが、と前置きし、ガレスは言った。

 「シオンは二度、家族を失っておる」

 「――――――――――」

 鈴は、言葉を失った。

 確かにシオンの――否。このパーティで親兄弟の話を聞いた事はほとんどない。偶然だろうと思っていたが、その理由があったとまでは思ってもいなかった。

 「一度目はシオンも幼すぎて覚えていないらしい。ただ『愛されていた』という自覚を持っているだけだ。二度目は――義理の姉を、殺された」

 「殺され、た?」

 「うむ。親の事を覚えていないシオンにとって、唯一の家族だった」

 何も言えない。鈴は己を狙われた経験があれど、故郷に戻れば親も、弟妹もいる。だからこそ他人を信じずとも、信ずる拠り所は残っていた。

 しかしシオンは、家族を奪われ、その理由が殺人。他人、だ。

 無条件に信じられるだろう家族はいない。他者の悪意にも晒された。

 ――それでどうして、他人を信じられるのだろう。

 「友人のフィンがシオンを一人にしなかった。それも大きかったのじゃろうが……ふふ」

 「……?」

 「いや何、当時のシオンを思い出しただけじゃよ。ほとんど他人を信じようとせず、フィン、リヴェリア、そして儂のみと戦いに明け暮れた当時をな」

 「そんなに、酷かったのですか?」

 「血を流さない日はなかったくらいにな。……しかし、シオンは変わった」

 どうやって、と叫びそうになった鈴を手で抑え、ガレスは続けた。

 「ティオネやベートがシオンと全力でぶつかったから。何よりティオナのお陰じゃな」

 ティオナがシオンの友人となり、ティオネとベートがシオンの隣に並び立つ戦友とも呼ぶべき仲間となった。

 それを切っ掛けとして、シオンは変わり始めた。張り詰めた糸が、少しだけ弛み、余裕ができるようになったのだ。

 「人は、一人で変わるなぞできん。仮に出来たとしても、それは凄絶な経験を経なくては無理だろう」

 それは、鈴にも覚えがあった。

 昔は無条件で誰かを信じられた。それが変わったのは、裏切られたからだ。信じたとしても、それをあっさり手放す者がいると、知ってしまったから。

 「鈴、お主が心無い誰かのせいで信じられなくなったのなら、誰かを信じられるようにしてくれるのもまた、誰かなのだよ」

 「……そう、だといいのですが」

 「うむうむ。今はまだだとしても、いずれはな。とりあえずのところでは、そうだな」

 ふと、ガレスは微かな匂いが近づいてくるのを感じた。そちらに目を向ければ、鍋と皿を持って近づいてくるティオナの姿。

 「ねえねえ! ちょっと料理作ってみたんだけど、味見してくれないかな!?」

 ちょうどいい、とガレスの顔に笑みが浮かび上がる。

 「ティオナの料理はうまい、そう信じるところから、始めてみんかの?」

 「そう、ですね。そうしましょう」

 芳醇な香りを漂わせる皿を受け取りながら、鈴は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 「ふ~ん、なるほどね。ダンジョンに異変あり、と」

 「はい。まだ未確定情報ですが、モンスターの動向がおかしいそうです」

 ティオネとエイナは、ギルドに各所ある個室のような小さな部屋で話していた。というより、エイナからダンジョンの事を――各階層の地図にモンスターの出現範囲と傾向、特徴等――教わっていた時に、ふとした話題としてでてきたのだ。

 「でも、モンスターなんかの動向がおかしくても普通じゃない? そもそも理性なんて無いんだから」

 「確かにモンスターには理性はありませんが、本能はあります。例えば『強い敵には恐怖を感じる』といった基本的な物などが。そう言った場合、その階層にはモンスターに『恐怖』を与えるだけの強者がいる、という事を示しています」

 「なるほど、つまり『迷宮の孤王』の出現を教えてくれるのね」

 「はい。そして今回の場合ですが……申し訳ありません、よくわからないんです」

 ちょっと申し訳なさそうなエイナに、ティオネは鉛筆を横において姿勢を変え、改めて彼女に問い直した。

 「よくわからないって、どうして?」

 「それが……何でも一部のモンスターが、殺し合っている、と」

 「は? それって同族同士?」

 「いえ、違う種族、らしいとの報告です」

 「別にその程度なら、珍しいとは言え不自然じゃないでしょ。私も何度か見たし」

 ちなみにティオネ達を視認した途端、それまで殺し合っていた相手と協力して襲いかかってきたのだが。

 「確かにそうなのですが……何でも、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』、と」

 「……何よ、それ」

 モンスターの魔石とは、つまるところ心臓だ。壊されれば死ぬ。まぁ、所詮モンスターだと割り切れるが。

 しかしそれを人間に置き換えてみよう。自分が殺した相手の心臓を食らう。想像しただけでも吐き気がする。

 モンスターは、それをしていた。

 「殺したモンスターの魔石を食うなんて行動、してる奴なんて見た事ない。……ッ! だから動向がおかしいのね?」

 「はい。それも報告では一体二体ではないそうです。魔石を食らったから何がどう変わる、というのはまだわかりませんが、留意しておいた方がよろしいと思いまして」

 「そう……情報ありがとう。でもいいの? 未確定って事は、不用意に話していい内容じゃないと思うんだけど」

 「構いませんよ。ティオネさんは、シオンの仲間ですよね? 私は個人的な友人を心配して、今の情報を伝えるためにティオネさんに話しただけですので」

 何というか、ちょっと黒い。が、それくらいの方がティオネとしても付き合いやすい。

 「……一つ借りができたわね。何を返せばいいのかしら」

 「ギルドの職員が冒険者の無事を祈るのは当然の事ですよ。……ですが、そうですね。『ギルドの職員』ではなく、『エイナ・チュール』としては、シオン達が生きて帰り続ける事を望んでおりますとだけ」

 「なるほど。それなら安心なさい、私達は死んでなんかやらないから」

 ニヤリと笑い、そこで話は終わった。

 「さ、生きて帰るためにも、もっと情報を教えてちょうだい」

 「ええ、構いませんよ。ビシバシと教えちゃいます」

 何だかんだ気が合うのか、二人はお互いをからかいながら勉強会をし続けた。




金曜日は寝腐ってて土曜日は連休だからと掃除に駆り出されておりました。そのため日曜日投稿です。
今回はそれぞれのシーンを細かく分けて描写しています。そのため視点が結構飛び飛びになっておりますね。
しかしシオン主体と違い、それぞれの関係が描けるのでこういうのも楽しい。……新しい関係性を作る=私の頭がパンクしそうになるって事なんですけどね!

それとレフィーヤ出すかどうか悩んでます。実はこの頃ってレフィーヤまだオラリオに来てない可能性大なんですよね。
原作だと『アイズ達と同年代』且つ『学区卒業時にLv.2となって【ロキ・ファミリア】の門徒を叩いた』とか描写されていますが。
個人的予想だと11歳くらいにオラリオ来たんじゃないかと思ってます。他にも散りばめられた情報から推察するに。
そして現時点でのシオン達は『10歳前後』です。
一年ズラすか否か。まぁズラしたところでレフィーヤを出す頻度はそう高くないんでどうしようもないんですけど。

とりあえず次回、お楽しみに。

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