どう見ても体調が悪いと一目でわかるくらい青白かったシオンだが、驚くべき事に歩いている間に回復していた。
本人曰く、慣れ、とのこと。
その回答にアイズは頬を引き攣らせ、リヴェリアは溢れそうになる涙を堪えた。一体どれだけ毒物――いや、副作用の酷い薬を飲まされ続けたのだろう。
というより、シオンの体に影響は無いのか。それが心配になるリヴェリアだった。
色々と心配されているなど思っていないシオンは、リヴェリアの先導についていきつつ、周囲の建物を眺める。
この辺りは全体的に大きな建物が多い。学校に通う以上、外から来る者は寮生活をするのが普通らしい。つまり、あの大きな建物は全て寮生が住んでいるところということだ。
当たり前だが男女別だ。軍隊であれば男女という性別差を意識されるのは邪魔でしかないが、ここはあくまで冒険者育成校。その辺りの分別は存在する。
あまり見たことのない建物にアイズと二人で眺めていると、リヴェリアに肩を叩かれた。前を見やると、一人の男性が門の前に立っている。誰かの出迎えだろう――まぁ、リヴェリアの出迎えしかないが。
そのまま近づくと、あちらも向こうに気付いたらしい。
リヴェリアを見てパッと顔を明るくしたかと思えば、シオン達を見て困惑する。きちんと伝えてあるから、シオン達が来るのはわかっていたはずなのだが。
それでもあちらが無理を言っているのはわかっていたのだろう、何とか表情を繕って笑いかけてきた。
「ようこそお出で下さいました、リヴェリア様。そこのお二方は」
「ああ。こっちがシオン、こちらがアイズだ。外見はただの子供だが――侮っていると痛い目を見るぞ?」
リヴェリアの微笑に顔を赤くしつつも訝しげに二人を見下ろす男性教師。それも仕方ない。二人は外見上華奢な
「……一応言っておくけど、おれは男だからな」
「え!?」
……。
「申し訳ありません、勘違いしていました」
ピシッと表情の固まるシオンに早々謝る。ロキやリヴェリアに言われて髪を長くしている――ちなみにアイズより長い――せいで、ますます男性と思われにくくなってきた。だから、最近は半ば諦めかけだが。
いや、うん、やはり諦めるしかない。
――幼い内はよく見間違えられるみたいだし。大丈夫、成人すれば違うはずだから。
そう言い聞かせるシオンだった。
ちょっとした問題はあったものの、シオン達は校舎の中へと案内される。廊下を歩いている途中リヴェリアを見ようと目を向けていた生徒が何人もいた。その度に男性が注意するも、一向に減る様子が無い。
「リヴェリア様が来ると知って、どうにも興奮しているようでして……後で厳重に言い聞かせておきます」
「構わない。見られるのには慣れている」
良くも悪くも、だが。
過去はハイエルフとしての美貌に尊敬と嫉妬。現在は【九魔姫】としての尊敬と嫉妬。いつも変わらず好意と悪意を向けられ続けているリヴェリアにとって、純粋な好意であれば、不愉快に思うはずもなかった。
一方シオンとアイズも見られていた。二人共タイプは違えど、何も知らなければお人形のようという枕詞が頭に付く程度に綺麗だ。そのせいらしい。
そうして歩き続けるが、途中でふと気付く。
――もしかして、わざと遠回りしているのか?
リヴェリアに目を向ければ彼女は片目を瞑ると、静かに口元へ指を当てた。最初から彼女も気付いていたらしい。気付いていて黙認したのは、あちら側の事を考えてか。
口では謝りつつ遠回りした教師。気付いていて黙っているリヴェリア。これが大人、という事なのだろうか。シオンなら聞いていたはずなので、何とも言えない表情になってしまう。
そんな事をしていると、他の教室よりも設備が整った部屋が見えた。そして、その豪華さ故にここが今日自分達が接する人のいる場所だとわかる。
特待生。
他の生徒よりも優秀であり、努力している者達。才ある者。上手くやれるかどうかわからない。内心不安に思っていると、服の裾をクイッと引っ張られた。
目だけでそちらを見れば、シオンの影に隠れようとしているアイズがいる。そういえば、アイズは結構人見知りするはず。
何故ついてきたのか、というのは野暮だが、ついてきたのは果たして正解だったのだろうか。
結局何も言えないまま、教室の扉に辿り着く。教師は先に入って説明していますと言って先に入ってしまった。
微かな声が漏れてくる中、リヴェリアが言う。
「シオン、言い忘れていたが今回の主役はお前だ」
「……え?」
「私は脇役に徹する。どういう事を教え、経験させるかはお前が決めろ」
「…………………………へ?」
言い終えた瞬間、教師が自分達を呼ぶ声がする。それと同時にリヴェリアはさっさと言ってしまい、取り残されかけたシオンとアイズは慌ててついていく。
が、内心では、
――せめて昨日の内に教えて欲しかったんだけどなリヴェリア!?
見知らぬ相手に教える経験など皆無なシオンは、無表情に反してパニックになっていた。
「リヴェリア・リヨス・アールヴだ。皆期待しているところ悪いが、今回私が直接教える事はほとんど無いと思ってくれ」
全員の視線を一心に集めていたリヴェリアが、開口一番そう言い放つ。全員――教師含めて全員の表情が凍る。
それはそうだ、オラリオでも有数の有名人から教えを請えると思っていたのに、その期待を初端から裏切られたのだから。
「あ、あの……それでは、今日は誰にお教えいただくんですか?」
恐る恐る手をあげたのは、山吹色の髪をした少女。長い髪を後頭部でポニーテールにした少女はリヴェリアと同じエルフ。
同族だからこそ、あるいは同じ魔道士だからこそ、この中でも際立って尊敬の念を抱いているのを感じる。
「教えるのは、そこの白銀の髪をした
え、と全員が口を開けて見た先は、少女――のように見える少年。同い年の少女の何人かがガックリと項垂れていたのは気のせいか。
そして当の本人は、全員の視線など意に介さぬとばかりに口を開いた。
「名前はシオン。苗字は無いから、シオンと呼び捨てで構わない。リヴェリアに言われた通り男で、今日一日指導担当をする、らしい」
リヴェリア、そう言った瞬間誰かの目が小さく細められた。わかるのは、一人二人じゃない、というくらい。
シオンが言い終えると、その背中からアイズが顔を覗かせる。その顔を見て、息を呑んだ音がいくつも届いた。
「えっと、アイズ・ヴァレンシュタイン、です。二人に無理を言ってついてきただけで、教えるのは無理だから、そこだけよろしくお願いします」
実は、シオンから目を離すのが怖いからついてきました、なんて言えるわけがない。その為何がしたいのかわからずじまいな自己紹介になった。
何より、自己紹介が終わったらさっさとシオンの背中に隠れてしまったのがマズい。本人としては頑張ったのだろうが――少年達からの視線が痛い。主に嫉妬的な意味で。
十歳ともなれば性別の違いが出てくる頃だ。同時に結婚を意識し始める年齢でもある。この中の何人かは貴族の可能性が高く、そうなれば許嫁がいたっておかしくないのだし。
まぁ要するに。
綺麗で可愛い女の子が、女みたいな男を心底頼っているのが気に食わない――。
ただそれだけの話である。
だが、ここで一つ問題があった。
シオンの悪評と悪感情だ。流された悪い噂と、今リヴェリアに期待を裏切られて、その原因がコイツであるという悪感情。それがアイズとの関係を見て、振り切れた。
女子は余計な事をと、男子はそれに加えて嫉妬とで。
「――なんでお前みたいなのから教わらないといけないんだよ?」
それが、言葉として現れる。大小、声の大きさに差はあるものの、ほぼ全員の答えは一致していた。
「リヴェリア様の教えが受けられると思って楽しみにしてたのに」
「女の子連れた奴から教わるとか、意味わかんねぇ」
子供だからこそ、容赦が無い。リヴェリアが思わず瞠目するほど、言葉を重ねてくる。
――ここまで、酷かったのか?
ロキとフィンから聞いていたが、シオンの悪い噂はそこまでなのか。確かに彼等の期待を裏切ってしまったが、それでも大丈夫だと考えていたのは甘かったのか。
後悔しかけたリヴェリアが前言を撤回しようとしたとき、
「気に食わないなら、帰りたいのは帰ってもいいよ」
全く堪えていないシオンが、あっさり言い放った。
「どうにも勘違いしてるみたいだからあらかじめ言っておくと。――こっちは教えに来たんじゃない、そっちが
つまり、
「こっちが上で、こっちが下。それくらい理解しておけよ、馬鹿共」
そういうことだ。
だが、まさかここで煽るとは思わなかった。見守っていたはずの男性がオロオロしている。何か言おうか迷っているらしい。
リヴェリアは彼に、黙っておくようにと目で伝えた。
「文句があるか?」
「あ――あるに決まってるだろ?」
「どこに?」
「そ、そりゃ……お前みたいな奴に教わるなんて、ありえないし」
「少なくともおれはLv.3だ。例年通りなら平均してLv.3の人間が来るらしいから、おれが教えたって不思議じゃない。個人的な我が儘を振りかざすなら、下の下だな」
感情で言う相手に正論を叩き込む。それは字面だけで見れば正しいが、現実から見れば間違っている。
それは、火に油を注ぎ込む行為でしかないからだ。
「お前みたいな奴に言われる必要なんかねぇ! あんな噂流されている奴を、信じられるわけないだろ!」
「――あっそ」
立ち上がった少年に、シオンはつまらない物を見たと言いたげな目を向けると、その『敏捷』を最大限に発揮して近づいた。
一瞬、だ。
それこそ瞬きしている間に、シオンが目の前にいて、両目の下に指を添えていた。下がろうとしたが、できない。
そうする事を許されない。
「こっちはさ、教えるんだったら全力で頑張るつもりだったんだよ。でもそっちがそんな態度を取るんなら」
――叩き潰して終わりにするよ?
殺気を込めて言えば、彼の顔が強張る。
思い出したのだ、自分達は『所詮』Lv.1なのだという事を。ここにいる全員が一斉にかかったとしても、負ける相手なのだと。
「……すまな、かった。俺が、悪かった、です」
その言葉に、シオンは殺気を抑えて指を離す。そして椅子の上に崩れ落ちる少年。流石にやりすぎたかと、シオンがバツが悪そうな顔をした。
「こっちも、悪かったな。ちょっとやりすぎた。でも覚えておいてくれ。中には容赦無く武器を振るってくる相手もいるってこと」
シオンはどちらかというと優しい方だ。脅すし時には暴力を振るうが、必要以上にやるつもりはない。だが同じLv.3の冒険者に、叩きのめしてから脅し、色々な物を奪う奴もいる。
そんなシオンに、少年は顔をあげて聞いた。
「俺を脅したのは、なんでだ?」
特に意味のある言葉ではなかった。そもそも意味など考えていなかった。
「お前が一番強かったから、かな?」
「何?」
「剣士とか魔道士とかそういった区別抜きに、一対一ならお前が一番強い。だからクラスでリーダーみたいなのをやってるんじゃないのか?」
理由はない、そんな答えが返されると思っていたのに、実際に帰ってきたのはまともな答え。思わずシオンの顔を見つめてしまう。
恐怖は未だ宿っているものの、一周回って悪感情がリセットされている顔を向けてくる。
「なんで、わかったんだ?」
「見てればわかるだろ?」
普通はわからない。当のシオンはリヴェリアに言っている。
「学校じゃ教わらないの? 強いのと弱いのの見分け方」
「お前は血反吐を吐くまで体に叩き込んだからわかるだけだ。学校はそこまで厳しくない」
「……え、血反吐を吐き出してからが本番じゃないのか!?」
初めて知った、と驚くシオン。アイズもさり気なく驚いている。何せアイズも血反吐を撒き散らすような訓練ばかりしてきた。
学院とはまさかそこまで甘っちょろい場所だったとは。
そう思うものの、だからといって今更優しい訓練なんてできるわけがない。やり方なんてサッパリわからないのだから。
「んー、なら仕方ない。おれなりの方式に従ってもらうってことで。反論は受け付けないからよろしく」
少し悩んだが、シオンはあっさり切り捨てた。そしてそう言ってのける。
先程の『血反吐を吐く』と『反論は受け付けない』という言葉。それに猛烈な嫌な予感を感じた生徒は、さっきまでの自分を殴りたくなった。
「とりあえず、18層に行こうか? 大丈夫、死ななければどうとでもなるからさ」
ニッコリ笑ってそう告げたシオンに、彼等は内心で絶叫させられた。
しかしシオンは一切取り合わない。満面の笑みを浮かべ続けるのみだ。そこで、やっと彼等は気づいた。
――怒ってる。
シオンは人形でも機械でもない。人間だ。いきなり参加させられて最初にかけられた言葉が罵倒であれば、気に障って当然。
「武器と防具は持ってきているのか? あるならさっさと用意しろ」
「そ、それは……」
チラと教師に視線を移す。
学院では武器や防具の携行は許されていない。それは素人が好き勝手に武器を振り回さないようにするためだ。初心者の頃が一番怪我をしやすいのだから。
そのため、武器防具は学院に預けておくのが一般的になる。渡されるのは訓練やダンジョンへ行く時のみ。教師に視線を移したのは、その許可を得るためだ。
教師はリヴェリアに懇願するような目を向けたが、リヴェリアは取り合わず、肩を竦めるのに留めた。教える役目はシオンに放り投げた、自分はその補佐をするだけ。
「私に何かを求められても、何かをするつもりはないよ」
「そ、そんな……」
ガックリと項垂れて、移動し始める教師。18層へ行くなんて事をするだなんて思ってもいなかったのだ。
ここにいるのは全員Lv.1の生徒のみ。才能が花開くとしても、まだ先のこと。だから、いくらリヴェリアの力があっても、何十といる生徒を全員守るのは不可能だと思っている。
――シオン達を戦力に数えていない時点で、この教師は二人を侮っているのだが。
見た目で判断してしまえば、それも無理はないだろう。
移動した後、各々更衣室へ移り着替え始める。出てきた時の格好から、誰がどんな役目を担っているのかがわかってしまう。
当然だが、魔道士は少ない。エルフの少女はある種当然として、他には片手で数えられる程度の人数だ。これでも多い方なのかもしれないが。
ほぼ全員が集合すると、その中から一人、おずおずと進み出てきた。
「あ、あの……」
「何だ」
「今日は、本当に18層にまで?」
その顔には『嘘ですよね?』と言いたげな色が宿っている。視線を動かせば、声には出さないまでも同じことを思っていそうな者が多くいた。
「おれは、物心ついてから嘘を言った事が無いのが自慢なんだ」
それを真っ向からへし折るセリフ。彼女はシオンの横に立つアイズを見たが、彼女はシオンに従うように一歩、近づいた。それで察したのだろう、ガックリと絶望したように項垂れる少女は、失礼しましたと言って下がる。
ちなみにだが、シオンは無理そうだったら行ける者だけで18層に行くつもりだ。途中で脱落しそうならリヴェリアに頼んで地上に連れて行ってもらう。
そう考えているのだが、言わなければわかるはずもない。
シオンは手を叩いて全員の視線を集めると言った。
「それじゃ今から出発する。――前に、携行食と回復薬程度は持っていく。持っている者は持ってきて、無い者は大至急買ってこい。費用くらいは出してやる。後払いになるが」
指示に従い、各々散っていく生徒達。その顔にはやる気どころか悲壮感しかない。どう見ても後悔だけが宿った顔だ。
「リヴェリア様、お願いです。どうにかしてくれないでしょうか?」
見かねた教師が頭を下げるも、リヴェリアは受け入れるつもりなどない。
「先程も言っただろう。私は見ているだけだ。シオンからの指示が無ければ動くつもりはない」
どうしてこうなったと頭を抱える教師を尻目に、リヴェリアはシオンの横顔を眺める。そこにはいつも通り――いや、まだ少しだけ怒っているようだが――の態度。
これからどうするのか、見物だった。恐怖支配は士気が上がりにくく、何より敵対心を募らせるだけ。絶対的な力量差故にどうしようもないだろうが、これはあくまでボランティア。死なせてしまえば自分達だけでなく、【ファミリア】にまで迷惑が行くだろう。
アイズはひたすら傍観している。彼女だけは――かつてシオンの『訓練』を受けた事がある彼女だけは、その意味を理解していたからだ。
どうしても敵を作りやすいシオンが手っ取り早く自分を認めさせる、その方法を。
ただそれが危険を伴うことも予想していたので、アイズは持ってきた剣を鞘から取り出し、刀身を見つめる。
光を反射する剣に刃こぼれは見当たらない。18層までで出現する敵程度であれば、折れる可能性は無いと思っていいだろう。
「シオン」
「どうしたアイズ」
「いつか
力技過ぎるやり方は、どうしても心にしこりを残す。だからアイズはこのやり方を好まない。だが、話し合いで説得できるような状況でもなかった。それだけあそこにはシオンへの悪感情があったから。
それ故願うのだ。
いつか誰からも認められて。悪い噂があってもすぐに否定されるような。そんな、シオンが憧れる『英雄』になって欲しいと。
「……そう、だな」
何とも言い難い表情をするシオン。それは一体どういう思いからきたものだろう。アイズにはわからない。
「そうなると、いいな」
ただ、自分の手を撫でるシオンの手には優しさだけがあった。
前回更新できず申し訳ない。小テストと課題が重なってしまいました。7月入ったらテストとかもあるから休む週が増えるかもしれません。
ある程度点取らないと単位落とすから、趣味は後回しになるのです……。
それはそれとして。
シオン達見てると価値観狂いますが、普通の子供ってもっと感情的ですよね。
だからリヴェリアという憧れから授業を受けられると思って期待していたところに、悪い噂をよく聞くシオンが現れたら――そう思ってください。
普段だったらもうちょっと理性的です。うん。
まぁわかりやすく言うと『初期のアイズ』を今の彼等だと考えればいいのかも。
シオンだって出来れば
次回はベートと鈴の行動を書くと思います。
ぁ、そうそう。それと原作の方の6話も何となく書いてます。私が想定しているライン超えたら適当に投稿すると思いますが、ネタバレ前提で読んでください。
現状はそうでもありませんが。
……ボソッ(やっぱり元の文章ある方が乖離させやすいです