英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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風宿す者

 「これは、どうしたものかな」

 リヴェリアは手にある手紙を見やる。その中に書かれた内容は驚嘆すべきもので、だからこそ彼女の頭を悩ませる。

 偽物、とは露ほども疑っていない。リヴェリアだからこそ気づいた事実。それが彼女に憂いを宿させる。

 「下手な手を打てば【ファミリア】にも迷惑がかかる。この手紙の内容が単なる悪戯であるのを祈るしかあるまい」

 彼女は一つ溜め息を吐くと、手紙を懐にしまう。後でロキに客人が来ると伝え、明日の用意を済ませなければ、と思っていると、前方から褐色の少女が現れた。

 「あ、リヴェリアじゃん。こんなとこでどしたの?」

 「いや何、お前達の誰かに会いに来たんだ。ちょうどよかった、伝言を頼まれてくれないか?」

 「いいけど、あんまり長いと忘れちゃうかもよ?」

 「お前は、本当に……いや、いい。どうせ一言だけだ」

 あっけらかんとしたティオナの物言いに先のとはまた別種の頭痛を感じたが、それを気にしてもしょうがないと頭を一度振って本筋に戻す。

 「明日の鍛錬は無いとシオンに伝えてくれ。それだけでいい」

 「明日の鍛錬はナシ、ね。了解、これくらいなら私でも覚えてられそう!」

 むしろ覚えていてくれないと困るのだが――とリヴェリアが脱力していると、ティオナは笑顔を浮かべて背を向ける。

 「バイバイリヴェリア! また明日ね!」

 「……ああ、そうだな。また明日、ティオナ」

 仄かな笑みを乗せるリヴェリア。なんだかんだ言って、リヴェリアはいつもティオナの笑顔に心を暖められる。だから頑張ろうと思えるのだ。

 「今度、ティオナ達に差し入れでも持っていくか」

 ティオナとは反対の方を向き、ロキの場所を目指す。その横顔に、数分前までの憂いは欠片も残っていなかった。

 

 

 

 「今日は皆用事があるみたいだ、な!」

 キン、カキン、と鉄がぶつかり合う音が響く。頭を潰そうとしてくる大剣を斜めに逸らした剣で受け流し、左手を掌底の形にして突き込む。ティオナは地面に落ちた大剣を支点にして両手の力で自分の体を持ち上げ回避。

 曲芸のような動きで空を跳んだティオナに呆れつつ、剣をはね上げて追撃。それをグルグルと回転しながらティオナは大剣を振りかぶる。

 「うーん、まあそういう時もあるよ」

 回転という勢いが乗った大剣を受け止めるのは得策ではないと後ろに下がるシオン。それを追わずに自身の体勢を立て直す事にし、下段に構え直す。

 これが真剣勝負であれば追撃をしたが、これはあくまで練習のようなもの。そこまで熱くなる必要はない。お陰で今では大剣に振り回されることなく扱えるようになったティオナ。

 続き続き、ともう一度剣を振り上げたティオナは、

 「そういえばリヴェリアからは何も聞かれてないな。ティオナ、何か聞いてないか?」

 「――あ」

 その問いで昨夜の伝言を思い出し、ついで伝えてないと脳が理解した瞬間、リヴェリアの説教を受ける事になると混乱して。

 剣が、『手からすっぽ抜けた』。

 「ちょ――!?」

 目の前でグルグルと回転する大剣の迫力に、軽く気を抜いていたシオンの顔が強張る。必死に避けようと横に跳んだシオンは、小石を踏んでしまった。

 「いだっ!?」

 グギリ、という嫌な音が響く。顔が歪み、転んでしまったシオンは、反射的に近くにあった物に手を伸ばしてしまう。そしてそれは、シオンに近づいていた人物の『何か』を掴んでいた。

 「え、ちょっと待って!?」

 そんな悲鳴が聞こえたが、結局倒れ込んだシオンにはわからない。グルグルと回る視界の中で空を数秒見つめ、それからやっと上体を起こす。

 そこで、やっと気づいた。

 「ん? なんだこ、れ……。ッ!!?」

 それは、布だった。大きく広げればタオルか何かに見えるかも知れない程にでかい。だが、シオンは嫌な汗がダラダラと溢れて止まらなかった。

 黄色い、布。それから連想されるのは、たった一つしかなくて。

 「ティオナ、これってまさか」

 恐る恐るティオナを見る。

 「~~~~~~~~~~~~~~!!」

 そこにいたのは、顔を真っ赤に染めて目に涙を堪えたティオナの姿。羞恥に染まった表情を見てシオンは悟る。

 ――やばい、やらかした。

 妙に冷静な思考が脳裏を過ぎる。一応パレオの下にも服を着ているとは言え、その防御力は無いも同然と言えるほどに薄い。

 「シオン、ちょっとあっち向いて!」

 「わ、わかった」

 今更になってぼうっと見とれていたのに気づく。

 ――なんで、こんな。顔が熱くて仕方ないっ。

 顔を逸らし、両目を瞑る。パレオを持った手をティオナの方に向けた。それから警戒するように少しずつ地面を歩く音。それから手に重みが消えると、

 「もう、いいよ。目を開けて、シオン」

 ゆっくりと目を開けて、ティオナを見る。怪我をしたシオンに合わせるためか座った彼女は、未だに赤い顔をシオンに向けると、

 「元々私のせいなんだし、シオンは悪くないから、許してあげる。あ、でも勘違いしたらダメだよ! 次は無いからね!」

 「それはわかってるよ。おれも軽率すぎた、ごめん」

 「なら、いいけど」

 そして一度深呼吸して気持ちを落ち着けたティオナは、恥ずかしそうに笑った。

 「こんな事されたの、シオンが初めて。いつか責任取ってね?」

 その言葉と、笑顔に、少年の動きが止まった。

 「――。……それは、どういう意味で?」

 「もちろん、ダンジョンで私のことを庇ってって事だよ!」

 「あ、そう」

 今度はシオンが大きく息を吐き出す番だった。ガリガリと頭を掻いて、心の中で落ち着けと自分に言い聞かせる。

 ――まだ、早いよね。わかんないから。

 「ん、何か言ったか」

 「んーん、なんでもなーい!」

 ティオナが小さく呟かれた言葉は、シオンには届かない。けれど今はそれでいいと、ティオナは思う。

 いつか、もっと大きくなったら。その時にこの心の形がわかったのなら、言葉にして伝えればいい。

 ティオナ・ヒリュテは、バカみたいな笑顔で、それを伝えられる人間なのだから。

 「それでティオナ、さっきの『――あ』ってなんなんだ?」

 「ああ、うん。リヴェリアからの伝言で、今日の訓練は無い、だってさ」

 「あのさ、ティオナ。おれがお前とこうして剣を交えてから、少なくとも一時間くらいは経ってる気がするんだ」

 腕を組み、額に人差し指を当てて呆れを表現する。それはリヴェリアが本当に『どうしようもないな』と思った時の仕草であり、ティオナの体から汗が吹き出る。

 「――どう弁明するつもりだ」

 「それなら決まってるよ!」

 シオンの言葉にティオナは大きく返事をすると、

 「すいませんでした――!!!」

 その場で、土下座した。

 「「…………………………」」

 ヒュ~……と、風が吹いた。

 あれ、これってやばい? とティオナが不安に思っていると、シオンは本格的に痛くなってきた頭を抱え、だがしょーもないと割り切ってもいた。

 「――ティオナに頭方面(そっち)で期待するのはやめようかな……」

 「酷い!?」

 ガーン、とショックを受けているティオナ。けれど数秒して二人に浮かんだのは、笑顔だった。

 「つまり、今日は一日暇って事だな。ティオネの予定は?」

 「愛しの団長様との時間が無い時はまず暇だね。特に今日はまだ朝早いし」

 「決まりだ。ベートを引きずって来て迷宮に行くぞ!!」

 「了解シオン!」

 パン、と手を叩き合わせる。

 まずティオナがティオネを呼ぶことになった。ティオネは他三人とは違い交友範囲が広く、時間がかかっては他でやる事を見つけて来かねない。

 その間シオンは念の為に用意しておいた回復薬を飲み、足に振りかける。訓練に怪我は付き物だからと用意しておいた甲斐があったというものだ。何度か小さく捻り、痛みが無くなった事を確認してから立ち上がる。

 「さて、ベートを探しに――。……?」

 ふと吹いた風。それは何の変哲もないものであるはずだ。けれど、今日この時吹いた風は、なんだかいつもと違う気がした。

 ――いつもより、優しくて、温かい?

 自分の知らない何かに包まれているような、そんな風だ。

 「………………」

 ふらふらと、心ここにあらずと言ったように動き出すシオン。扉を開けてホームに入り、道を曲がり、階段を登って、また道を曲がっていく。途中会う人に視線すら向けず、何度もぶつかりそうになりながら、気づけばシオンは一つの扉の前に立っていた。

 「ここ……?」

 部屋の中に誰がいるのか、今どうしているのか。そんな考えなどスッポリと頭から抜け落ちて、ノックすらせず部屋の中に足を踏み入れる。

 「――そんな事を、なぜ私に頼む!」

 そんな怒号を、どこか遠くの出来事として聞きながら、シオンは見た。

 子供のように困った笑みを浮かべる一人の女性。ゆったりとした無地のワンピースを身に纏った彼女は入ってきたシオンに気づくと、不思議そうに頭を傾ける。

 その時さらさらと流れた髪は陽の光を浴びて輝く金色。同色の瞳は透明すぎて、素直すぎた。きめ細かい肌はシオンが見たこともないほど瑞々しくて、繊細な顔立ちはリヴェリアにも劣らないとさえ思ってしまった。

 凡庸な服装を纏った美女。服で己を着飾らないからこそ感じるその人自身の魅力に、子供のシオンは見蕩れていた。

 ――この人、から?

 「もしもの時のためだから、あなたに頼むの。ここならきっと、何処よりも信じられるから」

 耳朶を擽ぐる、綺麗な声。透き通って流れたそれは、リヴェリアに、次いでシオンに届く。普段のリヴェリアなら真っ先に気づいたであろう中に入ってきたシオンに気づかず、リヴェリアは叫んだ。

 「しかし『アリア』、君達二人がそんな事をする必要はないだろう! あの子だって、まだ君達の存在が必要だ。今無茶をする意味は」

 「意味ならあるわ。……私にあの子がいる意味だって、あるはずだから」

 悲しそうに笑う彼女に、胸が締め付けられる。気づけば彼女の傍に近づいていた。

 「だからとはいえ初めからそのような――? シオン、いつからそこに!?」

 そして、リヴェリアに気づかれた。何時になく慌てるリヴェリアを横目に、けれどシオンはアリアと呼ばれた女性だけを見ていた。

 「リヴェリア、ここに私がいるのを知ってるのは数人だけのはずだって聞いたけど……」

 「そのはずだ。シオン、何故この部屋を見つけられた?」

 「………………」

 その問いに答えず、シオンは壁に近づき、窓を開ける。

 それから、笑みを浮かべた。

 「やっぱり、あなただ」

 無意識の内に浮かんだ言葉は、今まで使ったことのない敬意を示す二人称。いつも『お前』と相手を呼ぶシオンが、どうしてか違和感無く口にした。

 外から入り込む風に、前よりずっと伸びた髪がなびく。

 「あなたが、この優しくて温かい風を運んだ人?」

 振り返って小さな笑みを浮かべたシオンを、二人は驚いた様子で見ていた。そんな二人にシオンは近づくと、

 「なんでかわかんないけど、今日は少しだけ、いつもと風が違う気がする。風みたいなあなただから、違うのかな?」

 確信と共に、そう告げた。

 驚き冷めやらぬ女性はゆるゆると唇を動かすと、シオンの頬に触れた。

 「この子はとっても純粋なのね、リヴェリア」

 「そう、なのか? いやそれより、早くシオンを外に出さなければ」

 頬に添えられる指の温もりは、フィンとも、リヴェリアとも、ガレスとも違う。その感覚をシオンは知らない。

 「いいえ、構わないわ。ねえ、あなたの名前は、どんな名前なの?」

 「シオン。花の、名前から貰った」

 目を閉じて、その手に頬を押し付ける。どうしてか泣きたくなるくらいに落ち着くそれを、今感じていたい。

 ――あな……ま……………私達の………いと………子供。

 ノイズが走る、顔も見えない女性の声。その人に寄り添う男の声が、遠くから聞こえた。

 「そう、いい名前だね」

 けれどそれはすぐに消えてしまい、目を開けて見えたのは、別の女性の顔。その事実に、どうしようもなく悲しくなる。

 「感受性が豊かで、とても優しい子。あなたなら、多分」

 女性は眉を下げて、ごめんなさい、と口にした。その声はとても小さな物で、一番傍にいたシオンにさえ届かない。

 言葉を呑み込んだ女性は、別のそれを口から出す。

 「あなたは、どんな人になりたいの?」

 「誰かを助けて、みんなを笑顔にできる、そんな『英雄』になりたい」

 それはきっと、子供の願いだ。よほど親しい人でなければ恥ずかしくて口にもできない、そんな望み。シオンは気づけば初対面の人に言っていた事に驚いて、羞恥で顔を赤くする。

 なのに、その人は嬉しそうに笑っていた。

 「私は、あなたの綺麗な願いを、応援する。だから、絶対に諦めないで」

 そして女性はシオンの頭を一度撫で、前髪を横に逸らすと、

 「これは、『祝福』。きっとあなたの役に立つ」

 その艶やかな唇を、シオンの額に押し当てた。

 「あ、つ……!?」

 瞬間、額に熱が灯る。

 だがそれは一瞬の出来事で、すぐに焼けるような痛みは消えてしまった。その差異にキョトンとしながら額に触れても、もう何も感じない。

 「アリア、まさか、今のは」

 「あれは『祝福』だから、そこまで大きな力にはなれないわ。それに私の『寵愛』はもうあの人にあげてしまっているから、『祝福』も、無いよりはいいってくらいだもの」

 「……それは、アリアの感覚でだろうに」

 仕方がない、とリヴェリアは諦めたように溜め息を吐き出す。話の内容についていけないシオンは、先程まで感じていた風と、いつもの風の違いにもう気づけなくなっていた。

 「シオン、そろそろ部屋の外に行ってくれないだろうか。ここにいてもできることはないぞ」

 「う、ん……そうする。お邪魔して、ごめんなさい」

 女性に頭を下げて、シオンは部屋を退出する。

 シオンの居なくなった部屋で、リヴェリアは覚悟を決めて問うた。

 「――決意を変えるつもりはないんだな?」

 「ええ。それが、私のしなければならないことだから」

 躊躇いもなく、アリアは言った。彼女の愛する者全てを置いていったとしても、彼女にはしなければならない事があるのだ。

 そして、それを聞かされたリヴェリアには、もう断れない。何より彼女は、リヴェリアが気にかける子供に『祝福』までくれた。その意味を理解できないほど、リヴェリアは愚鈍ではない。

 「シオンに、あの子を預けるつもりか」

 「私はいなくなってしまう。だから、きっと寂しがるあの子の心を癒せるくらい、真っ直ぐで、綺麗なシオンの心に願ったの。あれは、その代わり」

 瞳を閉じたアリアに映ったのは、可愛い我が子の笑顔。

 その様子を見たリヴェリアには、もう断る術がなかった。

 「そのような悲しい笑顔を浮かべるくらいなら、逃げてしまえばいいものを」

 それができないとわかっていながら、リヴェリアはそう独り言ちた。

 結局リヴェリアは、彼女と約束してしまう。

 いつかそうなった時に、リヴェリアはその約束を果たすと――。

 

 

 

 ベートの部屋を訪ねたシオンだが、当然と言えばいいのか、見つからない。

 「またどっかで自己鍛錬でもやってるのかな」

 ストイックなくらいに自分を追い詰めて強くなろうとするアイツの事だ。用事が無いのならそれくらいはする。そして、その場所も大体決まっている。

 その幾つかを覗いてみたが、見つからない。先約がいたため、別の場所に変えたようだ。となると、シオンが知っている場所は残り一つ。

 「なんてとこでやってるんだよ、本当にさ」

 「テメェに何か言われる筋合いはねえ。どこでやろうと俺の勝手だろうが」

 屋敷の天辺。斜めになった屋根の上で、ベートは素振りをしていた。基本的な構えから双剣を小さく、あるいは大きく、フェイントで蹴りを交えて。

 いつもなら簡単なそれも、斜めとなった場所では一歩間違えれば落ちる。それを耐え切るバランス感覚が重要だ。とにかく防御を捨てた速攻スタイルのベートにとって、どこであろうと最高速度を保てなければならない。

 そのための練習、というわけだ。

 一通り終えたベートがシオンを睨む。

 「いつまで見てんだ。用があるんだったらさっさと言え」

 「ダンジョンへのお誘いだよ。行く気がないならおれと、姉妹だけで行っちまうが」

 「ハッ、もちろん俺も行くぜ。置いてかれるなんてまっぴらだ。置いていくなら大歓迎だがな」

 「悪いがリーダーはおれだ。おれ抜きで行ってもいいが、死んでもしらないぞ」

 「……チッ、クソが。単なる比喩だっての」

 ほとんどシオンが指示するのを請け負っていたため、ベート達はどういう風に動けばいいのかがわからない。自分だけ好き勝手に動いて孤立する、なんて足手まとい以外の何者でもない。全員がほぼ前衛という性質上、視野が広く頭の回転も速いシオンはダンジョン攻略において必須だった。

 特にティオナ辺りが勝手に突貫して行きそうだ、なんて失礼な思考をベートが展開しているとは知らず、シオンはベートに笑いかける。

 「十分で支度しろ。それを過ぎたら置いてくぜ」

 「いらねーよ、十分もな。戦闘準備ならいつでも終わってる」

 そう言って小さなバックパックから回復薬を取り出し、重さに慣れるためかずっと足に仕込んでいる鉄を見せる。

 そしていつも振るう双剣。確かに準備は終わっていた。

 「なら、ティオネ待ちか。おれも準備は終わってるし」

 先の場所に大体の装備は置いてある。

 屋根からホームへ戻り、装備を取りに行って、外へ出る。門番になっていた団員達に挨拶しておくのも忘れない。

 「そういやシオン、換金はまだ俺達だけでしちゃダメなのかよ?」

 「ダメみたいだね。外見上仕方ないけど、侮られやすいからな。冒険者になったばかりの奴から見て、大金ジャラジャラさせた子供なんて鴨に見えるんだろう」

 「ケッ、これだから雑魚は。敵と自分の力の差程度は把握しろっての」

 吐き捨てるように言うベートに苦笑いを返す。そういう言い方をするから敵を作るのに、それでもやめない彼は本当に素直じゃない。

 「ま、そう言うなって。Lv.2以上から見れば、おれ達もまだまだなんだから」

 「わーってるっての。だが、俺は侮られるなんて死んでもゴメンだ。見下されるのなんざ本気で吐き気がする。さっさと強くなって、存分に見下してやる」

 「ホントお前は、会った時から変わんねえな」

 「テメェが言うな。わざわざ雑魚を守りたいだなんて甘いこと吐かしやがって。自己犠牲野郎ってか? ア?」

 ベートの真意を聞く前のシオンだったら、多分激昂していたかもしれない。けれど今のシオンは彼の言葉の裏がわかる。

 ――それで死んだら許さねえぞ。

 睨みつけるベートに笑いかけて、シオンは言う。

 「おれは自己犠牲なんてゴメンだね。最高の結末(ハッピーエンド)は、誰かが死んでちゃなりたたないだろ?」

 「……ハン、ならいい」

 それから他愛も無い雑談をしていると、ティオナとティオネが手を振って近づいてくる。そして4人は、久方ぶりのダンジョン攻略をしに、バベルの中へと姿を消した。

 そして今、彼らの姿は『12層』にある。

 「ティオナ、オークの相手を!」

 「りょーかい!」

 一際巨大な体躯で迫るオークに接近するティオナ。子供と大人以上の体格差に自身の有利を確信したオークの顔が歪む。

 その手に持った武器を上段から一気に振り下ろす。

 「オークの足にナイフ」

 「了解シオン」

 その瞬間、どこかから飛来したナイフがオークの足を貫いた。唐突な激痛に武器を落とし、膝をつくオーク。

 そしてその隙を、巨大な大剣が襲う。

 「その首貰い!」

 ザン、とオークの首が空を舞う。体格差を物ともしないティオナの力は、その断面図から察せられる。

 その間に遊撃手となったベートは周囲を駆けずり、小蝿のように煩く飛び回るインプの群れを蹴散らしていく。

 『ギイ、ギャ!!』

 「うっせえんだよクソが!」

 双剣で脳天から切り裂き、鉄を仕込んだ足で踏みつけ潰す。しかし数匹殺したと思ったら同じかそれ以上に増えていくインプはキリがない。

 「チッ、少しそっち抜けたぞシオン!」

 「全部をお前一人で押さえられるなんざ思っちゃいねえっての!」

 一番奥で指示を出しているシオンが司令塔だと気づいたのだろう。ベートも、途中すれ違うティオナとティオネさえ無視して迫ってくる。

 「一、二、三、か」

 しかしインプは群れをなす性質上連携してくる魔物だ。たかが三匹、されど三匹。ティオネから預かっているナイフを二本取り出し指の間に挟む。

 後は十分に引きつけ、引きつけ――

 「これでも食らっとけ!」

 腕を引き絞り、投げる。

 片手で投げられた二本のナイフは寸分違わず中心に命中。悲鳴をあげることさえ許されないまま二匹のインプは絶命した。

 後はもう消化試合だ。意地で突っ込んできた最後のインプを切り裂いて終わらせる。そして残身のままに回転し、

 「不意打ち上等だぁ!」

 『オオオオオッ!』

 体を丸めて突進してくる魔物、『ハード・アーマード』に剣をぶつける。

 ハード・アーマードは大体少年あるいは青年程の体躯を持つ鎧鼠(アルマジロ)だ。短い二本の足で歩行し、前足には鋭い爪がある。だが何より特徴的なのは、『鎧』の名の通り背中に背負った甲羅。下から頭の天辺まで覆うそれは頑丈であり、生半可な武器では貫けない。

 単純な防御力だけで言えば上層の中でも最硬レベル。力が強いと言われるドワーフの攻撃さえも跳ね返すその硬さは、白兵戦においてLv.1では勝てないとまで言われている。

 ――普通にやれば、だけどね。

 どんなモンスターにだって弱点は存在する。このモンスターの場合は、鱗に覆われていない腹や胸。しかし丸まって回転してくるという単純な攻撃はその弱点を隠してしまう。

 だからシオンは、普通なら狙わない、いや狙えない弱点を狙った。

 甲羅の継ぎ目。唯一硬い鎧の中でも比較的脆い――あくまで比較的であって、十分に硬いが――そこを狙う。

 ガキン!! と火花が散る。しかしそれも一瞬、鎧が剥がれ、剥き出しの背中から一気に剣を振る。が、残念な事に振り抜く事はできない。シオンがハード・アーマードの鎧を貫けたのはあくまで継ぎ目を狙ったからで、それがなければ無理だ。

 中途半端に刺さった剣を、モンスターの体を押さえつけて引き抜く。ふと視線を戦場に戻せば、ティオナとティオネの姉妹が三匹の『シルバーバック』と対峙していた。

 筋肉質な体を持ち、白い体毛で包まれたその体は野猿を想起させる。だが野猿と違うその獰猛さと身体能力は、ハード・アーマードと並ぶ上層の看板。

 力と敏捷に差がありすぎて、やり方次第では一方的に嬲れるオークと違い、総合的に高く纏まったそれは、()()、故に()()()()

 二対三では分が悪い。そう思って助太刀しに行こうとしたが、

 『ブゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォッォォォォッッ!!』

 「タイミングの悪い……!」

 いきなり背後の壁が蠢き、オークがダンジョンから産み落とされる。

 ――これが、ダンジョンの恐ろしさ。

 下に行けば行くほど産み出されるモンスターの数は爆発的に増えていく。それに如何に対処していくかが、冒険者としての腕を問われる。

 「仕方ない、そっちは任せたぞ、ティオナ、ティオネ」

 チラと横目でインプを処理し続けているベートを見てから、シオンはオークへ突っ込んだ。

 「全くもう、簡単に言ってくれるわよね」

 クルクルと湾短刀(ククリナイフ)を回すティオネがシオンの独り言に返答する。シルバーバックという驚異を目にしても彼女から冷静さは奪えない。

 「それじゃ、頑張りましょうかティオナ」

 「うんうん、張り切ってシオンに褒めてもらうよー!」

 大剣を構え、ティオナは二体のシルバーバックに突貫する。当然、数で勝るシルバーバックは嫌らしい笑みで迎え撃った。

 『ギイィ……!』

 『ルァッ!』

 一体が先んじて前に出ると、ティオナの大剣に合わせるように腕をぶつける。オークに劣るとは言えその怪力で少し腕が痺れたティオナは顔をしかめると、打ち合うのはやめて受け流すことに徹した。

 その間にもう一匹はすぐ傍にあった枯れ木に近づくと、

 『ガァァア!』

 その腕力でもって、引き抜いた。

 単なる枯れ木でしかなかったそれは、モンスターの腕力によって自由自在に振り回される棍棒へと成り代わる。

 『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』と呼ばれるそれは、見つけたのなら即座に破壊したい物だ。人が剣や槍等の武器を持てば強くなるように、モンスター達のためだけに用意された天然武器(ネイチャーウェポン)

 その棍棒を数度振り回したシルバーバックは凶悪な笑みを浮かべて、ティオナに向かって突進してきた。

 「あーもう、これ以上下がれないのにい!」

 後ろではティオネがもう一匹と相対している。これ以上は、引き下がれないのだ。

 「少しくらい耐えなさいな。こっちはもうちょっとで終わるから」

 『フゥー……フゥー……』

 一方でティオネの目の前に立つ――否、膝をつくシルバーバックは、死にかけだった。致命傷だけは必死に避けた結果、血塗れになったモンスターはそのギラつく瞳をティオネに向け続ける。荒い息を口から漏らし、それでも諦めない闘争本能。

 ティオネは湾短刀をクルクルと回し続ける。それを忌々しそうに見ていたシルバーバックは、唐突に()()()

 「……?」

 「ティオネ、危ない――!」

 その叫びは、誰のものだったか。

 気づけばティオナを迂回して迫ったもう一体のシルバーバックが、ティオネの頭に拳を振り抜いていた。

 「せっかく人が苦しませないようにしたのにさあ――」

 けれど、ティオネは慌てない。

 「人の温情無下にしてんじゃねえぞこのクソモンスター共がァ!!?」

 一本の湾短刀を目の前に放り投げ、そのまま後ろを見ずに二本目を投擲。更にホルスターに仕込んでおいたナイフを取り出し追加で投げる。

 それらが突き刺さったシルバーバックが痛みで悲鳴を上げようとしたが、

 「地獄で寝てこい!!」

 刺さったナイフを掴んで、『捻る』。体の中で肉が骨が内蔵が掻き混ぜられた魔物は息をつめらせ、更にティオネは容赦なく顔面に拳を叩き込む。

 自分の体を顧みない一撃は重く。シルバーバックの顔面を凹ませ絶命させた。

 「ええー……」

 ティオネの所業に引きつつもティオナは自身の仕事を果たす。結局のところ、棍棒の材料は枯れ木でしかない。大剣でスッパリと真っ二つにし、返す刀でシルバーバックを両断する。

 元々【ステイタス】では優っているのだ。一対一で負ける道理は無い。

 既にシオンもオークを殺している。警戒心は残しながら休憩していると、

 「テメェらサボってねえでインプ共殲滅すんのに協力しろやぁ!?」

 「「「あ、忘れてた」」」

 「インプの前にテメェら殺したいとか思った俺は悪くねえよなぁ……?」

 ブチ切れ寸前のベートを助けるために三人は突貫する。既にベートの足元には大量のインプの死骸が転がっている。踏みつけないように注意しつつかなりの速度で接敵していると、数体のインプが向かってきた。

 オーク、ハード・アーマード、シルバーバックといった驚異が存在しない以上、ただ数が多くてウザいだけのインプなぞ雑魚だ。

 湧いて湧いて湧いて――どこから来るのか、台所に出る黒の驚異のように次から次へと出現するインプを相手していたが、ふとシオンは気づいた。

 ――違う、こいつらはおれ達に集まってるんじゃない。

 試しに一体を見逃してみる。するとその一匹はシオンに目もくれず逃げ出した。その一匹はティオネのナイフによって刺突され、逃げ切る事は叶わなかったが。

 「なにやってんのよシオン! らしくないわね」

 叱咤してくるティオネに、シオンは深刻な顔で答えた。

 「いや、それよりも、逃げたほうがいいかもしれない」

 「どうして? 魔石とか回収して、運が良ければドロップアイテムもあるかもしれないのに」

 ティオナはその大剣で数匹のインプを纏めてバッサバッサと斬りながら言う。ベートも速度を落としながら視線を寄越していた。

 「いや、なーんかこんな感じの現象をフィンから聞いたことがあってな……」

 戦う事が生き甲斐とでも言うべき魔物が全力で逃げる。

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ではないだろうか。

 そして、とびきり嫌な事に、シオンはこの階層にいる『それ』に、心当たりがあった。思いついた瞬間即座に指示を示す。

 「ッ、ここから全力で逃げるぞ! 魔石もドロップアイテムも捨てろッ、命が惜しいならさっさとこの階層から――」

 可能性を一笑に捨てず、実行に移したシオンはリーダーとしての素質があるかもしれない。

 『――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』

 だが、死神は、シオン達を逃さない。

 「嘘だろ、オイ……」

 珍しくこぼれた、ベートの呆けた声。

 12層全体に立ち込める霧を突き破り現れた、琥珀色の鱗。

 睨まれただけで身が竦む蛇の瞳、一度振るえばあらゆる物を薙ぎ倒す尻尾、あっさりと物を貫く鋭い爪と、それを噛み砕く無数の牙。

 体高は約一五〇C(セルチ)、体長は見上げるほどで――恐らく、四M(メドル)

 『上層の迷宮の孤王(モンスターレックス)』と呼ばれる化け物。

 『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!』

 『インファント・ドラゴン』と呼ばれる怪物が、絶叫した。




……前回の感想でアイズ登場を期待していた方々、申し訳ありません。まだアイズは出せないんですううううううううううう。

ちなみにこうなった理由を下記に纏めます。読まなくても大差ありませんが一応。

アイズがどうやって【ロキ・ファミリア】に入団したのか原作にも描かれておりません。

ですが、アイズの回想では両親と自分が【ロキ・ファミリア】の面々と親しくしているような様子が書かれています。

問題点は現状アイズは無所属であり、しかし両親と自分は【ファミリア】と親しい。そしてダンまち世界の世界観。

だったら自分達が何かあった時のために、親が自分の子供を親しい【ファミリア】に頼んだとしても不思議じゃないのではと考えた結果、アリアさん登場。リヴェリアさんが一番相手に相応しいかなと対談相手に。

シオンを放り込んだのはご都合主義的な感じですがそこはお許しを。彼は風に『愛された』と思ってください。

タイトルコールの意味は原作既読者に気づいて欲しかったのですが、アイズは風を『纏う』のであって『宿す』のとは違います。『宿す』のは母親であるアリアです。個人的解釈なので、わからない方が多いとは思いますが。
それでもこのニュアンスの違い、察せた方がいると嬉しいですね。

まぁ実を言うと本当はアイズ出せたのですが、それだとダンジョン部分がどうしても削らなければならないんです。折角幼少期を書けるのにアイズを出すためだけにどんどん飛ばすのは本末転倒なのではないかと悩みに悩んだ結果です。

次回は目前に現れた『インファント・ドラゴン』との対決。窮地に陥ったパーティがどのような行動に出るか、お楽しみに!

あ、タイトルは今度こそ『風纏う者』です。16日19時ジャストに更新予定!

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