英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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【ペンタグラム】

 17層にまで辿り付き、恐らく安全である18層は目前。

 だが、それで安心できるほど、シオンは温い思考を持っていなかった。シオンと行動を共にするアイズと、リヴェリアも。幸い18層に来るのが初めてな生徒達も、緊張感を保っている。少なくとも油断して即死、という事は無いだろう。

 とはいえ、このまま相手の行動を座して待つ、というのも性に合わない。

 ――アリアナ。

 『なーに、シオン?』

 だから、頼む。

 ――風を使って索敵できないか?

 普段滅多に頼らない、彼女の力を。

 『うん、できるよ。今回は誰かの為だから、対価はいらない。……じゃ、やるね』

 人には見えない、未だ生じたばかりの精霊。それでも彼女の宿す力は、魔法という分野においてならシオンよりも遥かに上だ。

 『【風よ、流れよ】』

 そっと手をかざし、そこから魔力が溢れ出す。その魔力によって空気が移動し出す。そよ風程度のそれに疑問を感じたのは、やはりアイズとリヴェリア。

 アイズはかつて見た光景を思い出して眉を潜めたが、それでもシオンが必要だと判断したのだから、と沈黙を保ち。

 リヴェリアは、懐かしい感覚――郷愁のようなものを覚え、少しだけ戸惑った。

 生徒達は風が出てきた事に対して疑問を抱けていない。というより、気にするだけの体力があまり残っていなかったのだろう。数人いる魔道士は、シオンから感じる魔力で、シオンが何かしたのだろうと、詳しくは考えなかった。

 ただ、レフィーヤだけが、シオンを見ていた。

 ――詠唱、してなかったような……。

 それに魔力の放出の仕方も違和感がある。そう思いはしたが。

 ――私にわかるわけ、ない、よね。

 シオンの言葉に心をへし折られかけていたレフィーヤは、すぐにその思考を捨て去った。

 数々の視線を感じながらも、アリアナの報告を待つ。索敵範囲はそう広くないから、恐らくすぐにでも終わるだろう。

 『――大広間と通路の一本道。その途中に大きな穴が一つだけあったよ。穴の上はわかんなかったけど、広間にはモンスターがたくさんいた』

 ――やっぱり、か。

 大広間にモンスターがいるのは想定済みだ。シオン達がここまでこれたのは、あくまで道が狭かった事と、十字路を選ばずに来た事が理由だ。

 前と後ろ、それに右か左、どちらか片方。その三方向のみしかシオン達には防げない。強化種が一体も混じっていない、という条件付きであれば生徒達でも相手取れるが、その可能性に賭けるのはあまりのも博打に過ぎる。

 だからこそ、大広間という三六十度全てからモンスターに襲いかかられれば全滅は必須。それを相手方もわかっていたのだろう。

 そして途中にある大穴――これは自然にできたのか、あるいはかつての炎で穴を作ったのかは知らないが、どう考えても奇襲用。大広間に続く道で籠城しようとすれば、容赦無く穴から降りてくるに違いない。あるいは援軍かもしれないが。

 『それと……ここの後ろにも、モンスターがたくさんいたよ』

 そこまで聞いて、シオンは目を閉じて顔を天井に向けた。

 ――最悪過ぎる。

 前方後方更に上空から敵が来る。押し寄せる大群という数の暴力、更に強化種が混じっているのは確実だから質も良い。

 全滅する――そう考えてしまった。シオン達だけは生き残れるだろうが、他の生徒は着いてこれても一人か二人。これでは全滅としか表現しようがない。

 いくつか案を考え、破棄し、そして、決めた。

 リヴェリアの元へ移動し、ちょぃちょぃと指を動かして指示。そして前をアイズに任せて自分達は後ろに動くと、聞こえないように声量を下げて言った。

 「大広間、そこまでの道に穴、それから後方にモンスターの大群」

 「っ……精度は?」

 「わからない。ただ、数十は確実。それ以上かもしれないけど」

 下手すれば三桁――言外にそう告げたシオンに、リヴェリアは苦虫を噛み潰したかのようなものを浮かべる。彼女もわかってしまったのだ、全滅しかねない、と。

 「それを私に告げたという事は、案が無いのか?」

 「ある。でもそっちにかかる負担は大きいかな。特に彼等には」

 ピッと人差し指を立てると、

 「まず、おれ一人で大広間に先行する。理由は、わかるよね?」

 その言葉に頷きを返す。

 シオンはその性質上、一人で戦うことに向いている。『変幻する稲妻(イリュージョンブリッツ)』は、臨機応変という言葉そのままであるが、だからこそ他者がいると制限がかかるから。

 何よりシオンは一対多を得意とする。例え強化種が混じっていようとも、大広間のモンスターを全滅させるのは容易い。

 「残りは穴と、後方。後方はリヴェリアかな。『レア・ラーヴァテイン』とか『ウィン・フィンブルヴェトル』でも詠唱しておけば殲滅できるだろうし」

 問題点は詠唱中のリヴェリアは満足に動けない。更に常に後方を警戒しなければならないので、彼女が攻勢に回るのは事実上不可能だろう。

 まぁ、そうする前に出来ることはあるが。

 「先に『ヴェール・ブレス』を使っておいてくれ」

 「わかっているさ。……それで、肝心な部分は?」

 「穴から落ちてくるのは、アイズを軸にして、生徒達にも頑張ってもらう」

 やはりそれしかないか、と口の中で呟くリヴェリア。何となく察していたことだ、手数が足りないのだから仕方ないとも思っている。

 だからこそシオンは『ヴェール・ブレス』を使っておいてと頼んだのだから。

 「少なくとも大広間のモンスターを倒しきっておけば、後は走って逃げてもいい。誰一人死なないように立ち回れれば、いいんだ」

 「……そう、か。わかった、シオンがそれでいいのなら、そうしよう」

 含みを秘めた言い方に、シオンはちょっとだけ困ったように苦笑した。気付かれていないとは思っていなかったが、それでも受け入れてくれた事に感謝する。

 ――この作戦で一番負担がかかるのは誰でもない、シオンだ。

 相手にとって重要なのは『18層に行けない』こと。であれば、その寸前にある大広間に強化種の中でも更に飛び抜けた物を配置するのは当然だ。

 まぁ、それがわかっているからこそシオンはそうするのだが。

 「それじゃ、頼むよ」

 「ああ、わかった」

 早速とばかりに詠唱を開始する。『ヴェール・ブレス』の詠唱は他の魔法に比べればそこまで長くない、あっさりと完成すると、

 「【ヴェール・ブレス】」

 全員に補助防御魔法をかけた。

 その緑光の衣に包まれた者達は最初訝しみ、次いで驚愕した。小さな擦り傷や切り傷が回復していっているのだ。それだけではない、これは物理及び魔力、両方の属性に対して抵抗力を上昇させるものでもある。

 本当ならずっとかけ続けたい物であったのだが、この人数に延々とかけ続けるにはリヴェリアの負担が大きすぎる。今でさえ、大量の魔力を消費させてしまったのだから。

 当のリヴェリアは平然と魔力回復薬を飲んでいるが――シオンにはわかる。精神的疲弊を、その精神性だけで支えていることを。

 本当なら息も絶え絶えなところを、不安を感じさせないために我慢しているリヴェリアに感謝しつつ、それに報いるために前に出る。幸い彼等はリヴェリアを見ていたから、すぐに視線を誘導できた。

 「18層前の大広間、その道に続く途中の穴、そしておれ達の後ろ。それぞれにモンスターが潜んでいる」

 全員の顔に緊迫が宿る。それでも怯えて動けない者はいない、元より覚悟していたのだろう。レフィーヤが少しだけ不安だったが、彼女もせめて足手纏いだけは、と両頬を叩いた。

 ――これ以上、私のせいで誰かが傷つくのは見たくないから、今だけ全部忘れよう。

 イーシャが倒れた事を無駄にはしない。そうするためには落ち込んではいられない。元来の性格によって、レフィーヤは強くシオンを見つめた。

 それをさり気なく見て安堵していたのを押し隠し、

 「言わなくてもわかるだろうが、このまま大広間に行けば、全滅する。かといってこのままここにいてもジリ貧だ。だから」

 「シオンが先に行って殲滅する。途中で来るモンスターは後ろをリヴェリア、穴からくるのは私と、私に協力して何とかして……かな?」

 呆れたように続きを持っていったのは、アイズだった。シオンは目を丸くして驚いていたが、それを見たアイズの呆れは更に強くなった。

 「わかるよ、いつも一緒にいて、いつも見てたから」

 シオンの性格と、この状況。それに言い回し。たったそれだけで、アイズは簡単にシオンの思考を言い当ててみせた。

 それが何だか可笑しく、でも嬉しくなって、シオンは笑った。邪気のないその笑顔は、この場に似つかわしくないものであったが、誰もが見惚れるくらい綺麗だった。

 「信じるよ、アイズ」

 「任せて、シオン」

 だから、ハッと気づいた時には反論している暇がなくなっていた。シオンは既に前へと移動していたので、どうしようもない。

 「死ぬなよ、死ななければ後は全部おれ達に投げ渡せるからな」

 その言葉だけを残して、シオンは視認できない速度で駆け出した。

 残された者達で、アイズは何かを堪えるように腕を握り締めると、すぐに息を吐いて脱力する。

 「それで、俺達はどうすればいいんだ」

 「クウェリアは、そのままでいい。イーシャに攻撃が向かないように意識してて。それと、誰か二人を守れる壁役の人を、三人くらい」

 意識のないイーシャと、彼女を背負うために両腕が塞がれたクウェリアは、自分達にとって大きな弱点。相手がモンスターだから、という理由で何の対策もしないのは馬鹿すぎる。

 「位置はなるべく後方寄りの中心部分に。多分、後ろの敵はリヴェリアを引き止めるために動かないと思うから、そっちの方が安全」

 ついでに魔道士もその辺りに移動させておく。逆に前の方に配置するのは体力がある前衛と残った壁役だ。

 そうやって配置換えをしている時に、それらは降ってきた。

 「アルミラージ、ウォーシャドウ、ミノタウロス。それにヘルハウンド。ハード・アーマードもいる……」

 確認しつつ、配置を変えている途中で来られて浮き足立っている彼等を静める。念の為先に『エアリアル』を唱えていたのが幸いした、これで前に出ても集中力が途切れない。

 それにしても、と思う。相手は本格的に殺しに来ている。

 何せ小型(アルミラージ)中型(ウォーシャドウ)大型(ミノタウロス)遠距離砲台(ヘルハウンド)、更には壁役(ハード・アーマード)と大盤振る舞いだ。今までのような雑多な組み合わせではない。

 これは、下手をすると突破されて誰かを殺されてしまうかもしれない。そう考えた自分を叱咤しつつも冷や汗を拭ってしまった事実は隠せない。

 「――【前方に流れるは万物の源、星の恵み】」

 そこに届いたのは、朗々とした声をあげる少女の声。敵が来たと即座に察した彼女は、何も考えずにただ『アイズの助けをする』ことだけ考えていた。

 「【右方にありしは万象を灰燼と為す終焉、彼の怒り】」

 これを使えば満足に動けなくなる、けれど、これが最後であれば。後は任せた、と信じられる仲間がいるから。

 「【左方に示すは生命の根、全てを包む母なる癒し】」

 魔力を流す彼女に、強化種であるモンスターが一際強い反応を見せる。その反応を見て、アイズは倒すべき敵を即座に見抜いた。

 エアリアルを纏った刀身の射程は、長い。『斬る』という意味では精々一M前後、だが吹き飛ばして牽制をするのであれば、便利だ。

 「【後方にありしはこの世の元素、世界を覆う大いなる一】」

 その風さえ乗り越えてきた物が強化種。それを切り捨てていけばいい。大丈夫、この風を纏っている間は、彼女に斬れぬモノなどありはしない。

 「【頂点に座するは転輪する魂。生まれ、巡り、死する物】」

 ふ、と息を吐き出し、

 「【ここに五つの頂点を刻む】」

 告げた言葉と同時に、アイズの前に五つの点が生まれた。

 ある物は青く、ある物は赤く、ある物は緑に、ある物は黄、そして恐らく頂点は、眩い光。

 「【それは聖なる五芒星、空に浮かびし星の象徴(シンボル)】」

 それぞれを線で繋ぎ、浮かび上がるのは星だった。悪寒を感じたアイズは即座にその五芒星から離れる。仕草で全員を下がらせるのを忘れない。

 「【我はここに、その星を奉ろう】」

 そして、彼女は唱えた。

 「【ペンタグラム――ファイブクリエイト】」

 青色の象徴が、浮かぶ。その象徴が中心へと移動すると同時、そこに踏み込んでいたモンスターの全てが、芯から凍りついた。

 少女がトン、と杖の先で地面を叩く。すると、凍っていたそれらは粉々になった。魔石すら壊れたのだろう、灰も残っていない。氷が消えると、ギリギリの位置で、しかし腕や足先などは凍っていたのか、免れていた物が痛みに絶叫している姿があった。

 だが、そこは所詮魔物。魔法が終わったと思うや、すぐに駆け出してきた。

 ――それこそが、その短絡的な思考こそが、彼女にとって思うツボだったのに。

 「まだ、終わりじゃないよ?」

 赤色の象徴が、中心に動く。そして一瞬歪み――爆発した。五芒の形をした大炎上。全てを焼き尽くす焔だ。

 けれど、それでも、この魔法は()()()()()

 炎に紛れて、緑の象徴がそろそろとモンスター達の後ろに動き出す。そして全てのモンスターを追い越すと、地面に潜り、隆起した。

 それに気付いても、もう遅い。

 「これで袋小路、逃げ場はない――アイズさん、今です!」

 四つ目、黄色がアイズの前に現れる。それにアイズは何かを感じ取り、剣を構えた。そして、その黄色を、風を纏った剣で思い切り突き刺した。

 アイズの風。それを起爆剤として、黄色の象徴は暴風を出現させた。その暴風はアイズの必殺技である『リル・ラファーガ』と同じかそれ以上の風を生み出し、前方へ射出される。

 炎の中に風という燃料をブチ込む――そうしたら、どうなるか。

 かつてシオンがアリアナの力と薄刃陽炎と同じ結果を、引き起こす。逃げようとしても真後ろには土の壁、どれだけ叫んでも、目の前にある『死の壁』からは逃れられない。

 一体、また一体と灰燼となる。その壁は、奥の土壁を消失させるまで止まらなかった。

 「……凄い」

 ポツリと、アイズの口から賞賛の言葉が零れおちた。Lvという部分で絶対的な差があるから仕方ないが、それでもリヴェリアのようだ、と思ってしまったほどに。

 振り返ってその魔法を放った人物を見ようとしたが、その少女はドサリと倒れ伏した。精神疲弊(マインドダウン)で気絶している。

 「星奈!」

 咄嗟に抱き起こすも反応がない。アイズは誰かに彼女を背負ってもらい、守るように指示。それだけの功績をしたのだから、これ以上働かせるのは酷だ。

 黒髪、という事と名前の響きから、鈴の同郷だろうか。そう考えたが、通路から響いてきた声にアイズは剣を構え直す。

 『グル、ゥ……』

 「……ヘルハウンド」

 弱々しいが、それでもまだ生きている。強化種である事と、ヘルハウンド自体が炎に耐性を持っている事、更にミノタウロス辺りを肉壁にして少しでも炎から逃れた事で生き残れたのだ。

 たかが一体。だがアイズは決して油断せず、屠ろうと足を踏み出しかけたところで、グチャリ、と何かが潰れた音がした。

 「……え?」

 その声は、誰が漏らしたのか。

 『――ルオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 穴から降ってきた()()()モンスターの群れ。

 数は、少ない。それでも弛緩しかけた空気にこれは奇襲すぎる。

 「全員戦闘準備し直して! 数は少ないから、さっきみたいにできれば大丈夫!」

 危なかった、とアイズの背筋に冷たいものが走る。もしもさっきの戦闘でアイズの体力が限界まで削られていたら。星奈という少女の魔法が無ければ、やっとの思いで全滅させたところで油断して、死んでいた。

 けれど、そうはならなかった。

 「――シオン、足手纏いなんかじゃなかったよ」

 確かにアイズ達の方が強い。

 けれど――彼等だって一端の『冒険者』なのだと、今なら言い切れる。

 「後輩が頑張った。だから、今度は私の番……!」

 星奈達のために、アイズが報いようと動き出す。

 

 

 

 

 

 時は戻り、シオン。彼はほぼ全速を出して走り、一分と経たずに大広間に到達していた。

 「……? 本当にモンスターがいるのか?」

 そこで感じたのは、強烈な違和感。シオンにはどうしても、この先に『大量の生物』が潜んでいる感覚が感じられない。

 ただ――奇妙な圧迫感だけは、シオンの体に伸し掛って来たが。

 『……ごめん、シオン。大量のモンスターは()()()()()いた』

 じゃあ今は、そう聞こうとして、すぐに答えられた。

 『今は――()()()()()

 シオンの呼吸が止まる。その言葉は端的に全てを表現していた。そしてシオンの頭は、これまでの推移から目前にあるモンスターの正体を、どことなく理解してしまう。

 「数の暴力より、最高の一かよ」

 一歩、二歩。進むごとに大広間の入口が大きくなる。それと共に、シオンの目には一つのシルエットが入ってきた。

 大きさは――座っているからわからないが、三Mから四M。予想より小さい。けれど、だからといって油断していい道理は無い。警戒しつつ更に近づくと、その巨体がバリバリと何かを貪っているのが見えた。

 食っているとはまさしくそうだ。骨は残っていないが、アリアナが確かにモンスターの群れがいたと感知していた――であれば、全てあのモンスターの胃の中か。

 「一人で、倒せるかね」

 『一人じゃなくて二人、って言いたいけど……』

 アリアナが余計な真似をすれば、この状況を作り出した者に気取られるかもしれない。

 シオンは未だに一つしか魔法を覚えていないが、それが真実かどうかを知るのはロキと、自分のみ。ブラフまで使ってフィンを追い詰めた『宴』での一戦のお陰で、風の索敵を使っても大丈夫だったが、流石に『変幻する稲妻』と合わせて使用すればおかしいと思われる。

 魔法は、二つ以上同時に唱えられないのだから。

 ほぼ、自力。シオンは空笑いだとわかっていても無理に笑みを浮かべ、自分を鼓舞した。

 「――やる。やれる。だから……相手してもらうぜ、()()()()()

 前情報であれば本来まだ現れないはずの、『迷宮の孤王』ゴライアス。それがどうして目の前にいて、しかも本来より数Mも小さいのか。

 疑問は尽きない、だが――強化されているそいつに、余計な思考は邪魔だ。

 狙うは短期決戦。

 「【変化せよ(ブリッツ)】」

 ドン、とシオンの体から魔力が溢れ出す。それに反応したゴライアスは、振り向くとシオンを発見し、凄絶な笑みを見せた。

 その目に浮かぶのは、新たな食べ物を見つけた捕食者のもの。

 油断、しきっている。

 「――【ライトニング】」

 ならば、そこを突くだけだ。

 シオンの両足に稲妻が宿る。それは本来の『付与魔法』とは違うものだ。本来であれば全身と武器に纏わせるが――これは、足のみ。

 『特化型付与魔法』、シオンがそう名付けたもの。本来の『サンダー』に比べて攻撃力は上昇しないし、雷による耐久の増加も無い。

 これの効果は、『ライトニング』の名の通り。

 『敏捷』を凄まじく強化する――それだけだ。それだけしかない。でも、シオンにはそれだけで十分だった。

 トン、と小さな足音が響く。その一瞬後には、シオンの姿はゴライアスの顔の前にあった。

 「まずは――その目」

 剣の先が、ゴライアスの目を抉り取る。ベートの十八番であり、彼がいるなら任せるところなのだが、今はいない。

 「時間が無いんだ」

 数の暴力の方が、むしろ最悪だった。シオンがどれだけ一対他が得意でも、数十もいれば倒すのに時間がかかる。

 けれど、たったの一体だけなら。

 本来のゴライアスに比べて急造であり、それを補うために魔石を食わせていたとしても。

 「お前は、おれより弱い」

 だから、一撃喰らえば死ぬとわかっていても、速度を、手数を求める。

 「――さっさと死んでもらうぞ。待たせているんだ、彼等を」

 言葉を紡ぎつつ、ゴライアスの背後に回って背中を斬りつける。だが、やはり硬い。ティオナレベルの怪力があれば良かったのが、無い物強請りをしても仕方ない。

 その勢いのまま飛び降り、人体で言う向こう脛に刀身を叩きつける。斬るのではなく、衝撃を通して痛みを想起させるのだ。モンスターの構造は人のそれと遥かに違うから、効果がない事も視野に入れていたが、

 『ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッ!?』

 一定の効果があったのか、そこを抑えて蹲ってしまう。

 「――弱すぎる」

 致命的な隙だ。痛みで動けないなど下の下、シオン達は骨折しても動けるよう、フィン達に慣らされたというのに。

 前へと回り込み、ゴライアスの足先、正確には小指と爪の『間』を狙って短剣を投擲。それは寸分違わず突き刺さり、同時、ブチ、と何かが千切れる音がした。

 爪それ自体はともかく、爪の生え際には神経が密集している。そこを無理矢理剥がされれば、まぁ大の大人でも立っていられない。

 目、爪。硬い皮に覆われた体を殺しきるために、痛みで動けなくさせる。

 「次はどこをやろうか。脆いところ、斬りやすいところ、痛みが大きなところ――人体構造と同じだと、簡単に終わるんだけど」

 端的に言って、シオンがやっているのは拷問と変わらない。それでも情けはかけない。恨むのなら自分を無理矢理起こした人間を恨め。

 ――だから……その眼を向けないようにさせてもらう。

 鏡を見ているようで嫌な気分になる眼を冷たい眼差しで抉る。これで視界は封じた。後は耳を削ぎ落として、視覚と聴覚を奪えばほぼ戦闘力を封じれるだろう。

 戦闘、否拷問は、ゴライアスの反抗心が完全に叩き折られるまで続いた。実質的な時間は僅か数分程度だろうが、本当にシオンは容赦無かった。

 ――嫌な予感がする。

 根拠はない。生徒達に対するものか、あるいは他の何かかはわからないが、とにかく時間をかければ後悔するという勘が動いている。

 「これで、終わり」

 それに従い、シオンは壁を蹴って天井に移動する。元より必要だから拷問紛いの事をしただけであって、遊び気分は欠片も無い。

 「本当は、使いたくなかったけど」

 この技で最後をしめくくるのは、アイズを侮辱しているようで嫌だった。それでも、速攻でゴライアスを殺しきるなら、この技が一番。

 「リ・エクレール」

 アイズの『リル・ラファーガ』、その雷版。【ライトニング】という雷速移動によって、本家に勝るとも劣らないその突きはゴライアスの心臓――魔石を貫き、灰にさせて終わる。

 敵を完全に消滅させると、小さく息を吐き出す。そしてアイズ達のところへ戻ろうとして、ふいに音が聞こえた、ような気がした。

 気のせい、だと思う。音という程のものではなかった。

 ただ、何というか、振動、のような何かだと思う。シオンはそれを感じていた。

 「下で、何かが暴れている……?」

 ただの勘。しかしその勘が、先程のものと同義だとしたら。

 理性は戻るべきだと言っている。少なくともまだ戦っているアイズと生徒達を助けに行くのが正解だと。

 本能はそれを否定する。早く行けと絶叫している。

 シオンは一度目を閉じ、

 「アイズ達は、きっと大丈夫」

 即断即決。

 そうできるくらいにアイズとリヴェリアを信じていた。生徒達だって、ここまで着いてこれたのだ。イーシャのような者だっている。信じたっていいはずだ。

 だから、

 「おれは、18層に行く」

 そう決意を込めた言葉を吐き出して、シオンは急降下を飛び降りた。




言い訳します!
テスト終わったのが29日、土曜日はテスト勉強から開放されて遊び放けていて、少ししか書いておらず。
31日は大学の夏祭り準備があったのを忘れていて急遽仕上げようとしたのですが、まさかの難産で合計5時間以上かかってしまいました。
はいすいません! 言い訳でした!

……コホン、今回は新技というか新魔法出たのでちょっと解説

使用者・星奈
魔法名【五芒星(ペンタグラム)五つの創造(ファイブクリエイト)
ちなみにこれは日本の五行思想ではなく、魔術的な物なので水金地火木ではありません。水火地大気に霊を加えたペンタグラムになります。
魔法式
【流れるは万物の源、星の恵み。右方にありしは万象を灰燼と為す終焉、彼の怒り。左方に示すは生命の根、全てを包む母なる癒し。後方にありしはこの世の元素、世界を覆う大いなる一。頂点に座するは転輪する魂。生まれ、巡り、死する物。ここに五つの頂点を刻む。それは聖なる五芒星、空に浮かびし星の象徴(シンボル)。我はここに、その星を奉ろう】
作中では8節の超長文詠唱。威力は作中通り。
効果は1~5までそれぞれ発動可能、効果を組み合わせて、とかもできるんですが。
一つを発動させるのに大量の魔力を要するため、完全に『扱いこなす』のであればリヴェリアレベルの魔力量が必須になります。
他にも裏設定があるんですが、実は何となく出しただけなのでこれから先出るかは未定。多分でない。よくあること。

そしてシオンの方は圧倒的ですけど、これは相手が悪い。後ろに『大切な人達』がいて追い詰められていた時のシオンの馬鹿力と容赦の無さを見抜けず油断するとか殺してくださいと言っているようなもの。
ちなみにまともに戦ったらシオンが苦戦します。だからこそあんな事したんですが。

ここまでで既に超長ったらしいんですが、もう一つ報告。
ベルの登場する原作本編なのですが、一旦削除させていただきます。私個人は1巻どころか2巻3巻書いても大丈夫なくらい妄想してるんですが、過去のシーンとかを想起させるようなところで若干書く幅を狭めそうなので。
勝手に投稿して勝手に削除は自己中心的ですが、申し訳ない。

代わりに50万UA突破しそうなので、短編書きます! 一応純恋愛風――の、予定!

時期は10歳現在から15年後の25歳となります。

カップリングはシオン×○○○○○

後者に当てはまるのが誰か、考えてくださいな。
ヒント・感想のどっか。見なくてもいいけどお楽しみに!
尚投稿日は明日か明後日。夜中書けばいいかな……。

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