英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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その靴の名は

 「……おかしい」

 斬っても斬っても敵が出てくる事、ではない。もうその点については諦めている。相手はよっぽど自分達を殺したいらしい。執念深かさがにじみ出ているようだ。

 「どうして、シオンは戻ってこないの?」

 おかしいのは、そこだけ。

 あの大広間の範囲はわかっている。そこにいるであろうモンスターの数も、大体程度ならばアイズにも予想できる。だから、シオンが討伐にかかる時間もわかる。

 その予想した時間を大幅に過ぎても、シオンが帰ってこない。だから戻ってこないシオンに疑問を抱き、同時に不安を覚えてしまう。

 逃げた、とは思わない。あの頑固さの塊が、仲間を見捨てて逃げる可能性さえ、アイズの心中には浮かばない。

 考えるのは、死んでしまったのでは、という最悪の可能性。シオンは神様でも何でもない、ただの人間。そういう事は、ありうる。

 「……ッ!!」

 そして、考えてしまうと止まらなかった。

 最近は表に出していないが、それでもアイズにとってシオンは『仲間』というより『家族』という側面の方が強い。頼りになる兄――そういう風に思っていた。

 そんな人がいなくなれば、それこそ母がいなくなった時と同じかそれ以上のショックを受けるのは避けられない。二度もあんな思いを味わうのだけは、ごめんだった。

 その動揺が、剣筋を鈍らせる。

 ほんの少しだけ剣の振り下ろしにブレが出て、相手の急所である魔石を外してしまった。致命傷ではあったが、一瞬だけ、相手に反撃する隙を与えてしまう。

 しまった、と思っても遅くない。せめてもと、その拳に腕を振りかざして耐えようとしたが、

 「【アルクス・レイ】!」

 一条の光が、アイズの横を通ってモンスターの魔石を貫いた。目線だけを動かすと、荒い息を吐いたレフィーヤが杖をかざしている。

 「大丈夫ですか、アイズさん! 体力が無いなら、一旦戻って下さい!」

 シオンにかなり辛いことを言われていたはずなのに――それでも、戦っている。

 「……今は、忘れよう」

 奇しくもレフィーヤと同じことを考えながら、アイズは冷静に戻り、剣を振った。一方でレフィーヤはホッと一息しつつ、また詠唱に戻る。

 今のはたまたまタイミングが良かっただけだ。次はない。それに他の魔道士は魔力切れ寸前。これ以上の無茶をすれば精神疲弊で気絶してしまう。レフィーヤとて例外ではなく、生徒の中でも抜きん出た魔力量は限界に近かった。

 「アイズさんが倒れたら、全滅しちゃいますよね……」

 シオンがいない今、彼女だけが自分達の希望なのだ。死んでしまえば、全員の心が折れると、直感でわかっていた。

 だけどどうしよう、と思う。敵はまだまだ湧いてくる。終わりが見えないデスレース、心より先に体が折れてしまいそうだった。

 その答えは、レフィーヤではなくリヴェリアが有していた。

 剣戟と魔法の爆音が響く中、その優れた五感によって全てを把握していたリヴェリアは、もう賭けに出るしかない、と考えていた。

 成功すれば全員無事、失敗すれば何人か死んでしまう、という策。普通に全滅できれば良いだろうと思っていたから言わなかった次善策。

 「アイズ、ヘルハウンドだけを優先的に攻撃する事はできるか!」

 「え!? ……一応、できると思う」

 「ならばそうしてくれ。倒し終わったら私に合図を頼む。それと同時にアイズは下がれ」

 敵の攻撃を避けつつ、アイズは、

 「でも、そうしてどうなるの!?」

 「私の出した合図で、全員死ぬ気で走ってもらう!」

 当然の疑問に答えられたそれに、アイズは何となくリヴェリアのしようとしている事を察した。ヘルハウンドだけを倒せ、という内容も、それならば納得がいく。

 「わかった、何とかしてみる……っ」

 ヘルハウンドは後方から嫌がらせのように火炎放射を繰り返していた。その前にいるモンスターに当たって同士打ちをしている時もあったが、それ以上に行動を制限されるのが辛い。かと言って前に出過ぎれば、アイズという壁がいなくなり生徒達は蹂躙されてしまう。

 ――だから、ここから動かなくても良い攻撃をする。

 「風よ、貫いて!」

 アイズの必殺技『リル・ラファーガ』とはまた違う、突き技。全身にではなく、剣を覆うようにグルグルと風が回転する。

 「『レイ・ストライク』!」

 その風が、解放された。圧倒的な暴風は、ヘルハウンドと、それの前にいたモンスターの体表を抉り飛ばし、血肉を撒き散らかしながら絶命させた。

 けれど、まだ一体を倒しただけ。残り数体を倒さなければ、リヴェリアには頼れない。

 「次……!」

 

 

 

 

 

 そして、アイズに心配されていたシオンは、轟音の響いている森の中を疾走していた。その目は険しくなりながら前方を睨みつけている。

 ――18層に、こんな音を出せるモンスターはいなかったはず。

 人の力で行われている、という線もあるが、18層でやる馬鹿はいない、と思う。この階層は数多の冒険者が様々な理由で来るため、こんな迷惑行為をすれば吊るし上げされるのは確実。恨みを買う程の行為に躊躇いのない愚か者か、考え無しの無能くらいだろう、やるのは。

 段々近づいてくる音の大きさに、シオンは小さく、だが鋭く呼吸すると、『ライトニング』が途切れないようにしながら再疾走。

 そして、見たのは。

 鈴の一閃によって、オークと思しきモンスターの()()切り捨てた光景だった。

 

 

 

 

 

 腕を切り落とした鈴は、その結果に固まってしまった。

 ――躱、された!

 ガクン、と全身から力が抜ける。そう理解すると同時に、体に圧し掛かる極度の疲労。これは、と思う間もなく膝を付き、地面に倒れた。

 ――このスキルの反動、って奴かい。

 圧倒的格上にも通じる絶大な威力。その代償は、動けない、という一度たりとも外すことを許さないもの。

 オークの視線が鈴を射抜く。自身の腕を奪った獲物――鈴に血走った目を向けたその意味が、わからないはずはない。

 外した時点で鈴の負けだった。

 外した時点で――鈴の死は、確定された。

 ベートは間に合わない。それより速くオークは駆け出し、残った拳を振り下ろしていた。

 ――ああ――情けないったらありゃしない。

 アレだけ何とかすると息巻いていたのにこの結果。無様、と口だけを動かして、自身を潰すその拳を見つめ続けて。

 そのすぐ後に、視界が真っ暗に染まった。

 「……?」

 けれど、痛みはない。どころか、むしろ温かい。もぞもぞと顔を動かして、無理矢理視界に光を取り戻す。

 「ギリギリセーフ……ッ、一秒でも遅れてたら完全に終わりだったぞ今の……!」

 何故かここにいるはずのない、自分達のリーダーがそこにいた。

 「シ、オン……?」

 「話せるのか。なら大丈夫だな。落ちないように抱きつく――のも無理だろうから、暴れないでいてくれ、よ!」

 必殺の一撃に余計な茶々を入れられ怒ったオーク紛いがシオンに突進してくる。けれどそんな意味の無い突進、簡単に避けられた。

 「シオン、まだだ!」

 横に避けたシオンにベートが叫ぶ。それに疑問を覚えたが、横を見ると、オークが直角に曲がるように再度突っ込んでくるのが見えた。

 「慣性無視かよ!?」

 開かれた手がシオンの視界を埋め尽くす。それでも――まだ、届かない。シオンにかけられた付与魔法は、速度上昇完全特化。摩擦で地面を焦がしながら、シオンはもう一度避けた。そのままオークを見つつ、バックステップでベートのところへ。

 「何なんだアレ?」

 「そりゃ俺が聞きてぇ。いきなり襲ってきたんだからよ」

 「ま、そんな簡単にわかれば苦労しないか」

 チラとベートを見て負傷を見抜く。一番大きな負担は腕、それから足。観察されているベートはシオンの全身にある切り傷や擦り傷の細かな傷と、隠しきれていない疲弊を悟った。

 どうやらお互い面倒なトラブルに巻き込まれていたらしい。

 「ったく、そんな状況でよくここに来れたもんだ」

 「何か言ったか」

 「いーや、何も? って、おいおい……」

 「うわぁ……」

 二度もシオンに躱されたオークは、頭に血を昇らせつつ、荒い息を吐いて冷静になろうとしていた。それから切り落とされた肩口から血がどんどん溢れているのを理解し――傷口を、その握力で()()()

 確かに血は止まった。だが、あまりにも痛そうである。火で焼くよりも痛いのではなかろうか。あまりの光景に、シオンとベートが絶句させられた。

 そして、そんな二人等お構いなしにオークは突貫してくる。馬鹿の一つ覚えのようだが、その巨躯からは考えられぬ速度と筋力を考えれば、十分に驚異だ。恐らく、一回でもクリーンヒットすれば致命傷になる。

 そう察したシオンはベートから離れるように動く。当然、オークはシオンの――正確には、彼が抱える鈴を追ってきた。疲れきった体にムチ打ってシオンは動く。

 ――速度は大体同じ――でも鈴を抱えている分不利――腕は使えないから軸をブレさせるような動きは不可能――逃げ続けるのは、不可能。

 避ける傍ら、断続的に思考する。出た結論は当然と言うべきもの。最終的に追い詰められ、二人共潰されるだろう。

 それが鈴にもわかる。だから震える腕でシオンの肩に手をかけて、耳に顔を近づけた。

 「あたいを、見捨てろ……!」

 「は?」

 「今のあたいは、足手纏い、だろ? このまま二人共おっちぬくらいなら……」

 死ぬのが怖くない、とは言わない。それでも、二人纏めてオサラバするくらいなら、と思えるくらいに、鈴は彼を仲間だと、そう想えていた。

 仲間などいらないと――思っていたのに。

 あっさり自分を信じたベート。

 仲間の危機に駆けつけてくるシオン。

 そんな二人が死ぬのは嫌だという考えは、今までの思考が何だったのかと言いたくなるくらいあっさり出てきた。

 だから、見捨てろ、と言った。後悔はしないから、とまで言って、体から力が抜ける。もう一歩も動けない体に無理矢理動くようにしたせいで、指一本にさえ力が入らない。完全な脱力をした体はシオンにとってとんでもない重りだろう。

 流石にこんな荷物を背負ってまで避けようとは思わないはず。

 「……ッ!」

 しかし、鈴にとって予想外だったのは、その荷物を歯を食いしばってまで背負おうとする人間がいるという事だった。

 「嫌だ。そんなのゴメンだ、絶対に嫌だ!」

 シオンらしからぬ――子供の駄々のような言葉。嫌だと何度も叫びながら、再び鈴を抱え直して避ける体勢に入る。

 どうして、と問う前に、シオンは言った。

 「目の前で仲間が――家族が――死ぬのを見るなんて、もう二度とゴメンだ!」

 それが全て。

 シオンがかつて抱いた虚無感を、もう一度味わいたくない。だからこそ、シオンは鈴を見捨てたくない。一見合理的なシオンの一番の弱点は――誰かを切り捨てられる強さ(よわさ)を持たないこと。

 「例えおれが死ぬ事になっても、鈴を見捨てて生き延びる道は選べない」

 全員死ぬか、全員生きるか。

 シオンの中にある選択肢はそれだけと、もう一つ。

 シオンを犠牲にして、他の全員を生きさせるか。

 この三つしかない。鈴はもう一度シオンを説得しようとしたが、意思に反して体は動こうとしてくれない。降ろせと暴れることもできない。

 限界に近いシオンは、無茶を通す。例えそれが、傍から見れば愚かと切り捨てられる行為であったとしても。

 「あ……」

 そして、終わりは呆気なく訪れた。小石に足を取られる、なんて普段であれば絶対にありえない失態。一瞬だけ、シオンの体が空中に泳いだ。

 そのあからさまな隙を、オークは哄笑するように口を開けて、切り落とされた腕を()()()()()()()()

 最初に使っていたダンジョンから得た棍棒ではない。それよりも遥かに丈夫で、圧倒的な威力を有する自身の腕を武器にする。

 持ちやすい手首の部分を握り、未だ避けられないシオンに、腕の部分を振り下ろした。

 「俺を――無視してんじゃねぇぞテメェ!」

 そこを、ベートが奇襲する。シオン達に意識を割き過ぎて忘れられていたベート。シオン達の隙はそのままオークの隙にも当てはまる。いつもであれば防御できた事でも、この一幕だけはどうにもできなかった。

 ベートの体が、オークの眼前に入る。そこまで来てやっとベートの存在を思い出したが、もう遅い。

 「もう一つは無理だが――その鼻、へし折らせてもらうぜ!」

 体を捻り、オークの鼻に向けて蹴りをかます。無論、空中なんて踏ん張れない場所で、オークの頑丈な鼻を折るなんてできない。

 だが、忘れてはならない。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ベートの踵から、爆発音が響く。それによって加速された足先がオークの鼻に触れて――ゴキ、とわかりやすく何かが折れる音が足に伝わった。

 『――ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!??』

 顔を押さえてオークが後退する。その口からくぐもった叫び声が聞こえたが、無視。いつの間にか尻餅をついていたシオンの元にいたベートは、

 「シオン、あいつ倒せる策はあるか?」

 「情けない話、無いな」

 聞くもそうあっさりと言い返された。わからなくもない、シオンの攻撃は大部分がコイツに通じないのに、今は鈴を背負っているし、体力も限界。流石に厳しすぎる。

 「体力はなくても、魔力はあるか?」

 「あ? ……まぁ、後一回か二回くらいってところか」

 ちなみにそれは無理をすれば二回撃てるのであって、二回撃てば気絶する。シオンの声のトーンからそれを察したベートは、

 「一回撃てりゃ十分だろ。だったら威力の高い魔法を準備してくれ。後は全部俺がやる」

 そう言ってのけた。ベートに何かしらの策がある、という事だろう。だが、いくつかの問題が立ちはだかっていた。

 「アイツの足止め、どうするんだ? 多分ベートを無視してこっちに来ると思うが」

 「あー……ま、全力で止めてやるよ。どっちにしろこのままじゃ全滅だぜ?」

 「それも、そうか」

 シオンが新たな魔法を使うには今かけている『ライトニング』を解かなければいけない。そしてそれを解けば、速度に劣るシオンはもう逃げられない。一度でも接近を許せば、鈴諸共死んでしまうだろう。

 だが――そこでシオンは口元を緩めた。

 ――言った事は、通さなきゃな。

 この、状況。レフィーヤに言った言葉にそのまま当てはまる。魔道士(シオン)が、前衛(ベート)を信じなければ生き残れない、という状況だ。

 だからシオンは、短く答えた。

 「信じるぜ」

 「ああ、任された」

 短い答酬を終えると、ベートは一歩前に出る。オークは満足に呼吸できないのか、口と肩を大きく動かして息をしていた。

 「さて、と。付き合ってもらうぜ豚野郎」

 ベートが前に出るのとほぼ同時、シオンの体から魔力が熾る。

 「【変化せよ(ブリッツ)】」

 その瞬間、唯一見える片目を血走らせてベートを見ていたオークの視線がシオンに映る。どれだけ感情が怒り狂っていても、やはり本能に忠実だ。モンスターらしいといえばらしいが。

 「【響き散れ、それは既存の枠組みとは外れし物】」

 シオンに夢中になっているオークが動き出す前に、もう一度目線を戻すため、ベートは足に付けられたギミックを再度起動させる。

 また踵から響く爆発音。元から速いベートの足が更なる加速によって、シオンでさえ捉えるのが難しい速度を生み出す。

 その速度を維持したまま接近し、オークの腹、鳩尾辺りに拳を叩き込んだ。叩き込む寸前、腕のギミックを作動させて威力を上昇させるのを忘れない。

 二度の爆発、二度の加速。それによって足と腕にかかる負担が、ギシギシと体の芯を、骨を壊そうとしてくる。鈍い痛みに眉を顰めるが、無視。

 「【凝固せず、揺蕩うものでもなく、また常に我らの傍には存在し得ぬもの】」

 腹を全力で殴られたせいで胃に負担がかかったのか、口の端から唾液ではない何かを零しているオーク。正直汚い。

 だが、一番重要なベートに視線を向けさせる、という目的は達した。シオンを食い殺す前に、まずベートを殺したほうが早いと判断したらしい。

 いきなり腕だけを振るい、棍棒と化した自身の腕を叩きつけようとする。膝をつき、上体を下げた事で何とか避けたが、オークは腕の力で無理矢理もう一度振るってきた。

 「チッ」

 避けようにも避けられない。ベートは不安定な姿勢で腕の火薬を爆発させて、その反動で体を動かす。ブチィ、と何かが千切れる音が聞こえてきたが、無視。

 「【粒達よ踊れ、それこそが第四を起こすための糧となる】」

 何とか踏ん張って体勢を立て直す。その間にオークも体勢を戻していたらしい、油断なくベートを睨んでいた。

 そして、一人と一体が同時に動く。

 「――ォァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 『――ゥォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 オークが振り下ろした棍棒を、加速させた拳で受け止める。拳から嫌な音がしたが、無視してもう一度爆発。受け止めた棍棒が、真上に跳ね上がった。

 その瞬間、オークの体も蹈鞴を踏んだ。

 ――今しかねぇ!

 足元を爆発させ、地面を小さく陥没させながらベートはオークに近づいた。

 「【第四たるそれは決して強くはない。小さく弱く、だからこそ、集まる】」

 速度はある、が決してそれをベートが制御できる訳ではない。今回は失敗し、脇に逸れていってしまう。だからそのまま、腕のところを爆発させて向きを直しつつオークの脇腹に拳を突き刺す。脇腹を思い切りやられ、オークが声にならぬ声をあげた。

 オークの巨体が一瞬、浮く。空に浮いたオークは、腕を引いて肘を纏わりつく虫であるベートに向けた。それをまた避けるも、耳元で鳴る音はかなりのもの。獣人であるベートはその音に思い切り顔を顰め、同時に動きが鈍くなる。

 「【集え、纏まれ。結合し、驕りし者の命を穿て】!」

 そこを、棍棒を離して握りつぶそうとしたオークの手が迫った。ベートは顰めた顔を更に渋面にするも、躊躇う事無く踵のギミックを作動し、オークとシオンの間、直線上になるよう移動した。

 そこでちょうど、シオンの詠唱が終わる。否、終わったとわかったからこそベートはここに移動したのだ。

 「ベート!」

 「ここでいい、俺を気にせずそのまま撃てぇ!」

 シオンは訳が分からないと言いたげな顔をしたが、ベートを信じる、と決めたのだ。これが彼の策の一つと信じ、詠唱の最後を叫んだ。

 「【ダストプラズマ・クラスター】!!」

 そう唱えた瞬間は、何も起こらなかった。しかし一秒、二秒と経つ毎に、シオンの手の先に少しずつ稲光が見えた。

 少しずつ、少しずつ、少しずつ――その稲光が、大きくなる。やがてその光を放つ物体は球体となった。周囲にある物がその球体に触れた瞬間、消滅する。

 圧倒的な殲滅力を有するその球体がある程度の大きさになると、シオンはそのまま発射した。

 動きは、遅い。

 当たり前だ、シオンは詠唱速度と実際の威力に重視しすぎて、それ以外を切り捨てたのだ。当たれば殺せる――だが、当たらない。そんな、使えない技。

 けれど、シオンは何となく、()()()()()、と考えたのだ。

 ベートが求めていた物は、威力が高い魔法なのだ、と。

 「ハ――いいね、最高だぜシオン!」

 その予想に違わず、ベートは満面の笑みを浮かべた。それはともすれば猟奇的とも取れるくらいの笑みだが、シオンにはわかる。

 アレは、最高に喜んでいる時の笑顔だと。

 「これでどうにもならなかったらぶん殴るぞ!」

 どうにもならなければ死ぬだけだ。それがわかっていながら、シオンも笑った。

 「そんじゃ、どうにかしてみせるさ!」

 接近してくるオーク。シオンの魔法は見えているが、あの遅さならいつでも回避できる、とでも思っているのだろうか。

 その考え――()()()()

 ベートはオークから逃げるようにバックステップ。下がって下がって――シオンの放った魔法に触ってしまいそうなくらいまで、下がる。

 そこでオークの動きが止まった。あわや自殺する、というところまで下がったのだ、モンスターであっても困惑してしまうのだろう。

 そこが、狙いなのだとも知らずに。

 ベートの履いた靴は、ただの靴ではない。火薬を爆発させて加速したり蹴りの威力を上昇させるなど、本来の用途にもう一つ上乗せしただけ。

 その靴の、本来の用途。その靴の呼び名は、

 「起きろ(行くぜ)――フロスヴィルト!」

 ベートが片足を『ダストプラズマ・クラスター』に触れさせる。それは本来なら足を分解させるだけの行為だ――そう、本来なら。

 フロスヴィルト、そう呼ばれたこの特殊なミスリルブーツには、ある特性がある。それこそが、ベートの本当の切り札。火薬に頼らない、魔法を使った切り札だ。

 これを使うにはシオンかアイズ等の魔法を使える人間がいるため、さっきまでは腐っていたが、今は違う。

 その特性は単純明快。

 『魔法効果を吸収し、特性攻撃に変換する』というもの。

 炎ならば相手を燃やしながら蹴れるようになり。

 風ならば相手を切り裂きながら蹴れるようになる。

 では、この『ダストプラズマ・クラスター』はどうか。

 とてもわかりやすく、とても酷い物だ。

 完全に魔法を吸収したフロスヴィルトを降ろす。けれど、その足で地面に触れた瞬間、その地面は消滅した。

 『触れた場所を消滅させる』――それが、今のベートの足だ。

 速度は遅い、だが威力はある。そんな欠点を、ベートであれば埋められる。

 魔法を纏わない方の足を曲げる。そこでやっと、オークは不味い状況にあると気づいたらしい、だが遅い、遅すぎる。

 ベートの足が、地面から離れる。そのまま加速装置を作動させ、更に加速。

 後先考えない加速は、オークの目にも止まらない。だが、オークは本能に従い転がっていた腕を蹴り飛ばし、その反動で脇に逸れる。そして、ベートはそこを通ってしまった。

 避けられた――避けた――シオンとオークがそう思う。

 けれど、両者には違いがある。

 シオンは信じていた。

 オークは油断していた。

 まだ続きがある、と信じていたシオンと、もう終わりだ、と思っていたオーク。

 そして、ベートが応えたのは――シオンの、信頼だ。

 「まだまだァ!!」

 急加速を、まだ火薬を使っていない、魔法を宿したフロスヴィルトで方向転換させる。ベートの体にかかる圧力に、体がバラバラになるような錯覚を覚えながら、

 「油断するのは相手が死んでからって覚えときな、三流!」

 全てを消し去るその一撃を、相手の腹に叩き込んだ。




と、言う訳でフロスヴィルトお披露目。
椿に作ってもらったのは両手と『両足』なのを忘れてなかったよね。……書いてあったよね!?(ォィ
冗談はさておき、先週更新できず申し訳ありません。夏休みが夏休みしてなかった。休みが一日だけとかどうなってるんすかねぇ。むしろ大学ある時より忙しかったんだけど。

とりあえず今回はここまで。
魔法についての説明は面倒くさ――しなくてもいいよね、気になるのでしたら感想で聞いてくれれば答えますよ、うん。

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