英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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『次』へと繋げし結果

 「ぐっ!!」

 蹴りを叩き込んだベートが着地する。しかし、両足に走った激痛に顔を引きつらせ、無様に膝をついてしまった。両手で受身を取ろうとしても、そちらはそちらでまた痛みが凄まじい。

 ――加減を考えねぇと、手足が吹っ飛びかねない、か。

 このパーティメンバーの中で、『耐久』が断トツに低いのはベートと鈴。だから、銃拳の反動に耐えられない。

 まあ倒せたならそれでいいか――と油断して、息を吐いた、その時だった。

 「ベート、腕を出せ!」

 「あ? ――ガァッ!?」

 シオンの叫び声に反応できたのは、ほとんど偶然だった。長年の付き合いで、その切迫した声音を察し、体だけが反射的に動けたのだ。

 だから、助かった。

 「何、が……!」

 両腕の感覚が途切れ途切れになっている。防御はできたが、多分両腕共にイった。かろうじて動く目だけを動かしたベートは、絶句した。

 『――――――――――――――――――――ッッ!!!』

 声無き咆哮。

 それをあげたのは、当然、オークの強化種。

 ――嘘だろ――ッ!?

 全員の心の声が一致した。今のオークは、胴体に砲弾をぶち当てたかのような空洞ができあがっている。

 それでもこのオークは、動いていた。

 そう、シオン達は忘れていたのだ。

 通常のオーク種は『敏捷』に『器用さ』、『魔力』の値がかなり低い。図体がでかすぎて細かな動作が苦手、でかすぎるから動きが鈍い。

 反面、その巨体から放たれる『筋力』は飛び抜けている。

 そして、もう一つ。

 オーク種は、()()()()|『()()()()()()()()()

 だからこそ目の前のオークは、口から、空洞のできた胴体から大量の血が流れ出る。恐らく後一分もせぬ内に、このオークは死ぬだろう。

 でも、その一分があれば、誰かは殺せる。

 誰か一人は、殺しきれる。

 オークの充血した瞳が捉えたのは――鈴とシオン、だった。

 『――――――――――ッ!』

 口から血を吐き出しながら、オークが迫る。動けぬ鈴に、回避する術は無い。どうしようもないと諦めかけた体を動かしたのは、シオンだった。

 精神疲弊と、体力が切れかけた体。それを無理矢理動かして、鈴を斜め後ろに放り投げた。けれどそれは、シオンにとって最後の抵抗のようなもの。鈴を投げると同時、シオンの体が崩れ落ちかける。

 それを堪えて、シオンは剣を顔の前に置いた。それは本当に置いただけ。けれど、たったそれだけの事がシオンを救った。

 剣にオークの拳が当たる。何の力も無いその剣は当然、後ろに吹っ飛ぶ。そして、その吹っ飛んだ剣はシオンの顔面を強打し、その小さな体を弾き飛ばした。それ故本願であるオークの拳はシオンを掠めるだけで済んだ。

 「ぐっ……ァ……!」

 剣の腹が鼻を強打し、嫌な音がした。折れてはいない、でも鼻血くらいは出ているかもしれなかった。無様に転がるシオンを無視して、オークは鈴を見つめていた。

 ――違う。

 そっちじゃない、とシオンは心で叫んだ。でもオークはそんな叫びなど気にせず、そのまま鈴の方へ進んで行こうとする。

 ――また。

 鈴は、死ぬだろう。

 ――目の前で、仲間が――家族が、死ぬ?

 オークの命と引き換えにして。それで、自分達は助かるだろう。

 ――ああ、それは。

 でも、

 ――なんて、胸糞の悪い未来だろう――!

 そんな事を、許せる訳が無い。

 「おい、このクソオーク!」

 動かせない体を無理矢理動かす。軋む体を無視して立ち上がり、剣を構えた。笑みを顔に貼り付けて、余裕を演出して。

 「その汚ねぇ鼻っ面に、剣先ぶっ刺してやらァ!」

 敢えて、挑発する言葉を投げかける。言葉が通じずとも、意思は通じた。オークの目が鈴から外れシオンを中心に入れる。

 『―――――――――――――――ッ!!』

 そしてオークは、突貫してきた。その突進は最期だからこそ、速かった。例え万全の状態でも避けられたとは言い難い。

 指一本、動かせられない。

 ここで死ぬんだろうな、と思うと、奇妙な笑みが浮かんできた。その笑みのまま、ベートに顔を向けて、

 「後は、任せた」

 「シオ――まてッ!!」

 その二つの要因で全てを察したベート。死ぬ気だ、とわかって叫んでも、もう間に合わない。鈴もベートも、そしてシオンも。

 三人揃って限界なのだ。

 オークの拳がシオンに迫る。その拳を前に、シオンは穏やかな表情で瞳を閉じ。

 ――諦めるのはまだ早いよ、シオン。

 ティリアの声。それと同時、シオンの髪が風に揺れた。

 「『リル……ラファーガ』!」

 ブチィ、と何かがちぎれた音がした。疑問を抱いてそっと目を開けると、

 「シオンは絶対、やらせない!」

 腕を風を纏った突きで吹き飛ばし、

 「だから、あなたはここで、死んで!」

 返す刀で、オークの胴体を、分かった。

 目を見開くシオンに、荒い息を吐きながら彼女、アイズは振り返った。

 「シオン、大丈夫!? 生きてるよね? 生きてるよね!?」

 涙目でシオンを見つめるアイズを見て、やっと現実感が追いついた。どうしてアイズがここにいるのかという疑問、全員生き残れた歓喜。何より、死なずに済んだ安堵。全てが綯交ぜになり、緊張の糸が切れてしまったシオンは……そのまま気絶した。

 「シオン? ――え、きゃ!?」

 咄嗟に抱き抱えたアイズは、慌ててシオンの呼吸と心音を確かめる。とてもか細いけれど、それでも確かに感じるそれらに、ほっと安心した。

 「良かった……間に合って。本当に」

 そのアイズの言葉は、鈴とベートにも聞こえた。それによって、二人の意識も途切れてしまう。今モンスターに襲われてしまえばひとたまりもない。

 「皆が来るまで、私が守らないと……」

 さっきまで戦闘音響き続けていた。それがやめば、モンスターはまた戻ってくるだろう。疲れているのはアイズも同じ、きっと大変な戦いになる。

 それでも今は、皆が生き残れている事実に、口元を緩めた。

 

 

 

 

 

 そもそもアイズがここまで来れたのは、リヴェリアのお陰であった。全てのヘルハウンドを討伐したアイズはリヴェリアに叫ぶと同時、すぐに皆のところへと下がると、

 「【レア・ラーヴァテイン】!」

 全てを滅ぼす暴虐の炎が、一切を灰燼と帰した。

 「っ、皆、走って!」

 これが、リヴェリアの言っていた『合図』だろう。そう判断したアイズは、呆けている彼等を叱咤し走り出させた。

 それと同時、慌てるように穴からモンスターが降りてくる。それを降りてくる前からリヴェリアと協力して屠っていくが、数は多い。殿を努めつつ後退し、ひたすら逃げた。

 ――シオンが全滅させてくれてたら、私達の勝ち。

 逆にまだ戦っている最中であれば、最悪の状況に陥るだろう。転びそうになりながら、全員最後の力を振り絞って走り続けて。

 大広間に出て見えたのは、誰もいない、ガランとした空間。

 「な……あ、あの野郎、逃げたのか!?」

 つい、零れおちたような言葉。しかし、そうでなければシオンが戻ってこない理由はない。一方のアイズはシオンが逃げるとは露ほども考えていなかったので、ただただ疑問を覚えていた。

 だから、険悪な雰囲気が広がりかけていたのを見過ごした。逃げたのか、という言葉をきっかけにして、シオンに対し疑惑を抱いた人間が増えていく。

 元々彼等は理不尽にシオンにここまで連れてこられた立場にある。それを一時払拭できたとしても、しこりが完全に消える訳ではない。

 それが再び再燃しかけた、その寸前、

 「ふざけないでください!」

 耐え切れない、と言いたげに、レフィーヤが叫んだ。

 「シオンは、彼は私にああ言っておいて、逃げた!? そんなはずない! そんな人に説教されたくない! だから――だから!」

 あの言葉がウソだった、なんて思いたくない。

 だから、逆説的に何かがあるんだ、とレフィーヤは思った。思わなければ、シオンに何を思うのかわからなかったから。

 「ならば、お前達は先に行くといい」

 そこに、リヴェリアはあっさりと言った。後ろから迫り来るモンスターと睨み合い、杖を構えて対峙している。

 「ここまで来れば私一人でも問題ないさ。18層に強化種が大量にいるとも考えられん、先に行って真実を確かめればいいさ」

 そう言われても、と言いたげな困惑が集中する。リヴェリアは一つ息を零し、

 「舐めるなよ」

 今までモンスターだけに向けていた気迫、その一部を彼等に向けた。

 「たかがこの程度でどうにかなるほど、私は安くない」

 あまりの存在感。見たことはないが『迷宮の孤王』にも勝っているのではないか、そう思わせられるほどだ。

 「行こう」

 リヴェリアに感謝しつつ、アイズは真っ先に足を向けた。このままここにいても、自分達では足手纏いだ。そんな本音を隠しつつ、

 「シオンが本当に逃げたのかどうか、確認しに行こう」

 建前を言って、全員を18層に連れて行った。

 後はほぼトントン拍子に進んだ。18層に行き、何度も響く爆発音に何かあると察し、皆に謝り木上を跳んでその場へ急行。今まさに殺されかけていたシオンを見つけ、急いで救出した。

 そしてその場でリヴェリア達が来るのを待って――そして、全員でリヴィラの街へ行き、宿を取って死んだように眠った。

 これが、今回起きた危機の全て。

 一体ダンジョンに何が起きたのか、あるいは何者かの手引きか。ほとんどわからないまま、終わってしまった。

 

 

 

 

 

 天井の明かりが消え、実質的な夜となった18層に、その二人はいた。

 「……申し訳ありません、失敗してしまいました」

 「いやいや、構わないさ。こっちも失敗した、あの雑草共を一人も間引けなかったしな」

 全身を黒い外套で覆っているため外見はわからない。わかるのは二人共高身長であることと、声から男女であることくらい。

 その片割れ、男が言う。

 「それに実験してみてわかった。今までの奴全部失敗した理由がわかったぜ」

 「はぁ……理由、ですか?」

 女は男が今まであの少年にやってきた工作、その全てを知っている。

 人を使い噂を流し、悪評を蔓延させた。巧みな言葉で彼にやられた者をだまくらかし、弱みのあるという兄に頼んで殺しに行かせたりもした。ダンジョンに連続で続く穴を作って、叩き落としたりもした。

 そして、今回。本命のあのオークをパーティメンバーに向かわせ、足止めするために雑多な強化種を彼等に襲わせた。

 その全てに、理由がある、と?

 「ああ、あるぜ。そもそも俺がここまでやって何もうまくいかない、なんて――そんなもん物語の主人公によくある『御都合主義』くらいなもんだろ」

 「……? それが理由、ですか?」

 「荒唐無稽だろ? でもよ、考えてみろ。オークの強化種に負けかけていた仲間に()()()()追いつけて、自分がやられかけた時にも()()()()仲間が最後の一撃をやってくれて、なんて――そんなもん、御都合主義でしか考えられないだろ?」

 まずありえない。どうしたってどこかで不都合が出てくる、それが現実というものだ。それなのにシオンが関わった時だけ、全てが良い方向で終わっている。

 どれだけ最悪な状況であったとしても、傷つきはしても死にはしない。

 ふと、前に上司である者と交わした冗句が思い浮かぶ。

 ――『悪神』の眷属だけあって、『悪運』に恵まれている……。

 あの時はつまらない冗談だと流してしまったが、冗談ではなかったのかもしれない。今更ながらに笑えてくる。

 「それでは、どうするのでしょうか」

 「単純だ。どれだけ御都合主義があったとしても、そりゃあいつの周りだけ。だったらあいつの知り合いで、且つ御都合主義の範囲に適応されない人間を殺し尽くす」

 そうして、シオンの心をへし折っていく。

 「どんな御都合が発揮されたとしても、あいつの心が死んでたら意味ねぇだろ。だから、ま、しばらくはそのための仕込みだな」

 「畏まりました。お手伝いいたします」

 今手を出したとしても、意味はない。そもそもリヴェリアがいる時点でどうにかするのは自殺行為だ。

 「また半年か、一年か。ま、気長に頑張るとしますかね」

 束の間の平穏を――と言って、二人の影は去っていった。

 

 

 

 

 

 朝――あくまで18層の朝だが――になって、目が覚めた。天井を見て、そこが洞窟内、恐らく宿だとわかった。

 宿は高い。地上の高級宿と比べても良いくらい高い。それを借りてくれたのは、十中八九リヴェリアだろう。

 後でお礼をしなければ、と考えていたら、部屋の扉が開いた。そこから現れたのは鈴。二人分の握り飯は、きっと鈴とシオン用なのだろう。

 「あ……起きた、んだね」

 「ああ。どれくらい寝ていた?」

 「ここじゃ、時間の流れがわからないからあたいにもさっぱり。多分五時間だかそこらなんじゃないかな」

 結構寝ていたが、精神疲弊寸前だったのを考えれば仕方がないか。よくよく見れば鈴も寝起きなのだろう、髪がざっくばらんになっていた。

 鈴はテーブルの上に握り飯を置き、それをシオンが寝ていたベッド近くに移動させた。それから椅子を持ってきて、自分も座る。

 「…………………………」

 「…………………………」

 沈黙。

 お互いに何も話そうとしない。時折鈴はシオンに視線を向けるが、腹が減りすぎたシオンは敢えて無視して握り飯を口の中に突っ込んでいた。

 程良い塩の味は疲れきった体に染み渡り、美味しい。

 元々数は多くない上に、かなりの速さで口に入れたためすぐに無くなってしまった。それは鈴も同じようで、何か言いたげに皿を見つめていた。

 それでもすぐに首を振ると、ジッとシオンを見つめ、言った。

 「どうしてあそこで、あたいを庇ったんだ?」

 「ん?」

 「最後のところさ。放り投げて、拳を受け止めたこと。その後立ち上がって、オークの目線を自分に引き付けたこと。……どうして自分から、死にに行くような事を?」

 嘘を許さない、と目に力を入れて睨みつけてくる。少し考え、塩のついた指を舐めてから、シオンは答えた。

 「見たくないからさ」

 「見たくないって、意味わからないよ」

 「誰かが死ぬのを見たくない。そんなワガママって奴」

 その言葉と共に目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、焼け焦げた義姉の姿。そんな姿になっても自分を守ってくれた人の最期。

 鈴も、ガレスからその話は聞いていた。だから、わかる。その心情を推し量るくらいの事は、できるのだ。

 「それでも、あたいは。あんたが死んでまで生き残らされたいなんて、思えない」

 鈴は少しだけ目を逸らして、

 「やっと、仲間だと心から思える人達と出会えたのに。……そんな終わり方は、嫌なんだ」

 「……!!」

 仲間が信用できないと言っていた彼女は、そう言った。それだけでも十分に嬉しい。嬉しいからこそ、自分がやった事はやはり独りよがりのワガママなんだとわかってしまう。

 「鈴、おれはさ。このパーティのリーダーなんだ。リーダーは。組織の長は。時に自分の命を賭ける時がある。今回の事はそれで」

 「いい、なんて割り切れるわけないだろう!? ……わかってるさ、あたいがあの時決めきれていればこんな問答も無かった。あたいが弱いのが悪いって、自分でもよくわかってる。だから!」

 キッと顔を上げてテーブルに両手を叩きつけて、鈴は立ち上がり、シオンに人差し指を突きつけた。

 「あんたがそうしなくてもいいように、強くなる!」

 そう言って強気に笑う。それはさっきまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすような、良い笑顔だった。そしてあっさり背を向けて、部屋を出て行ってしまう。

 一人部屋に残されたシオンはベッドの上で横になると、

 「強いなぁ、鈴は……」

 そう言って、自嘲するように笑みを浮かべた。

 その後しばらくベッドで横になっていたが、溜め息をして起き上がる。外に出て、空から降り落ちる明かりに目を細める。

 「シオン……さん」

 「――……レフィーヤ」

 外に出て偶然出会ったのは、自分に悪感情を抱いている少女だった。

 しばらくその場でお互い見つめ合っていたが、やがて意味が無いと思ったのだろう、レフィーヤは背を向けると、

 「話が、あります。ついてきてくれませんか?」

 返事も聞かずに行ってしまう。まるでついてきてもこなくても、どちらでも構わないと言っているようだった。

 どうしようか悩んだが、する事は何も無い。どんな言葉を叩かれてもいいように覚悟しながら、シオンはその華奢な背中をついていった。

 レフィーヤが行った先は町外れの、18層を見渡せる場所。この場所に来る者はほとんどおらず、また周囲に何も無いので、誰かが来ればすぐにわかる。

 そんな場所で、レフィーヤはシオンを睨みつける寸前のような表情で見つめていた。何か言いたげな顔をするも、すぐに頭を抱えてぶんぶん首を振り、また――と百面相を披露している。普通の人間ならドン引きな仕草なのだが、エルフであるレフィーヤにはそれさえ愛嬌として映る。……可愛いというのは得である。

 「シオン、さん!」

 「あ、ああ。……何だ?」

 「聞きました。アイズさんと、ベートさんから。全部!」

 そう言えば、レフィーヤは自分を呼び捨てにしていたはず、とここで気付く。レフィーヤに心境の変化でもあったのだろうか。

 レフィーヤは恥ずかしさを隠しきれず、その長い耳の先まで真っ赤にしながらシオンを指差し叫んだ。

 「私は、魔道士として――冒険者として、何もかもあなたに劣っています! でも、だけど! アレだけ言われて引き下がれるほど、私は腐ってません!」

 だから、と。

 「いつか絶対、あなたを見返してみせます! その時吠え面かかないように、私の先達(あこれが)として走り続けてください!」

 言うだけ言って、レフィーヤは脱兎の如く走り去ってしまった。真っ赤になった顔を隠すように俯いて、シオンの横を通っていって。

 止めようと思えば、止められた。だけど、止めようとは思えなかった。

 「走り続ける、か。できるのかね」

 「できなきゃ終わりだ。あの女に言ったみたいに、冒険者をやめろ、そんだけだろうが」

 唐突に聞こえてきた声は、辛辣なものだった。その辛辣さに苦笑しつつ、聞き慣れた声の主の方を振り返る。

 「……ベートか。レフィーヤに何言ったんだ?」

 「別に。お前は俺を信じて詠唱して、魔法を放ったっつっただけだ」

 それこそが一番重要な部分だったのだが。なるほど、レフィーヤの心境の変化はそこか。確かに口先だけの説教と、実体験を経て聞くのでは重みが違う。

 その重みの差を考えて――彼女は、あの覚悟を決めたのだろう。

 「それよりさっさと帰るぞ。お前のために果実を取ってきたアイズが『シオンが見当たらない、どこに行ったの』って泣いてるんだが」

 「泣くって、流石にそれはないだろ」

 最近めっきり泣かなくなったアイズを想像してシオンは苦笑した。ベートも苦笑を浮かべるかと思いきや、真顔でボソリと呟いた。

 「……そうだったら、よかったんだがな」

 「ん、何か言ったか?」

 「いいや、何も。ほら、戻るぞ」

 脳内で涙を浮かべていたアイズを思い返して、苦労しやがれと、若干怒りの籠った声でベートは言った。

 「……俺だって、心配してたんだからよ。多少は思い知れ」

 結局ベートが何を言っているのかわからなかったシオン。眠って回復したとは言え、その体に伸し掛かる疲労は消えていない。五感も鈍っていたので、聞こえなかったのだ。

 戻ったシオンは、ベートが嘘を言っていなかったと知る。若干泣きかけていたアイズに抱きつかれて怪我をしていないかと体を触られ、その光景を生徒達やレフィーヤに見られ、生暖かい目を向けられた。

 リヴェリアだけは、全てを知っていると言いたげな優しい眼差しをしていたが。実際口だけを動かして『お前の意思を尊重しよう』と言っていたし。

 その後、戻る時にまた一悶着あったのだが――それは蛇足だろう。

 

 

 

 

 

 「勝手なことをするな、と――そう言っておいただろうが!」

 「がっ!」

 頬を殴られた男が吹き飛び、背後にあった本棚を巻き込んで床に落ちる。吹き飛ばした方の男は床に落ちた男を何度か蹴り、頭に靴底を押し付けて言った。

 「貴様のせいで『強化種』の事がギルド側に知られてしまった。しかもどう見ても自然現象ではなく人為的な物だとわかるように! 貴様の力は確かに有用だ――だが、絶対必要な物でも無いということを忘れるなよ」

 言外に、殺しても構わないと告げる男は部下数人に向けて命令した。

 「おい、コイツを地下にぶちこんでおけ。……数ヶ月程入れて頭を冷やせば出してやろう」

 ハッ、と短い返答と共に連れて行かれるのを見送りつつ、顎を指で触れつつ悩む。

 ――どうする、計画を踏み倒すのは難しい。時期を見て情報を流し、実行に移すしかない、か?

 「下手な情報を流せば逆にこちらがやられかねないな。全く、本当に余計なことを……」

 一方で連れて行かれた男は、素直に地下へ連行されていた。数人に囲まれていようと、Lvの差は大きい。その気になればいつでも逃げられるが――『闇派閥の幹部』という地位は、まだ惜しい。少なくとも利用しきってから捨てるべきだ。

 それは相手も同じことを思っている。お互いどこまで出し抜けるか――そこが大事だ。そう考えている内に地下牢へ入れられた。鎖は付けられる。その気になれば力ずくで引っこ抜けるが、だからこそ『大人しくしていたか』どうかの判断基準になる。

 引っこ抜かずに生活していれば出してやる――という事だろう。笑って素直に受け入れ、牢屋に座り込んだ。

 「んじゃ、お疲れさん」

 男達は無言で帰っていく。ここでストレス解消的に殴りかかってきてもどうにでもできるが、無い方が楽だ。

 しばらく待って待って、待ち続けて。やがて、一人の人物が現れた。

 「……ここに来い、とはそういう事でしたか」

 その人物は呆れながらも牢屋の鍵を開け、中に入る。そのまま流れるように男の手首から鎖を解放すると――()()()()()()()()()

 「おう、んじゃ後は頼むぜ。数ヶ月程度で許してやるだとよ」

 「……わかりました。もし殴られかかったら?」

 「俺が素直に受けるタマだと? 殺さない程度に嬲ってやりな」

 そう言って、詠唱を開始する。それはとても手馴れた物で、すぐに終わる。終わると、変化は劇的だった。

 男の姿は女の姿に変わり――逆に女の姿は男の姿に変わる。

 「言う必要は無いが、こりゃあくまで幻術だ。触られんなよ?」

 「触られれば感触でわかるから――わかっています。気を付けますよ」

 鍵を受け取り、鼻歌をしながら牢屋の鍵を閉め直し、外に出る。やる事はたくさんある、大前提としてバレてはいけない制約はあるが、どうにでもなるだろう。

 「さて。どうやればシオンの心をヘシ折れるか。まずはそっから考えますかね」




今回の騒動は全部『次』を見据えるためのものです。噂を流しても、人を動かし殺すように仕向けても、罠を張っても全部すり抜けるので、更なる無理ゲー吹っかけてみてどういう原理なのかを探ってました。
そしてシオンの『悪運』が発動して、見事誰も殺せなかった。

だから、それを踏まえて次の準備をする――そんなところですね。

次回は閑話予定。全く出せなかったヒリュテ姉妹側かなぁ。

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