――オラリオのダンジョン18層、時刻は夜。
パチパチと火花の散るその場所に、狼人の少年が一人待機していた。
背を木に付け、燃え揺れる炎をその瞳に宿しながら、ハァ、とベートは溜め息を一つ吐き出す。適当に集めた木の枝を薪とし、燃える炎の中へ適当に放り込んでいく。
正直こういうのはシオンや鈴の役割だと思う。ボーッとしながら薪をつぎ足すのは、どうしても性に合わない。それでもこの炎は料理や、眠る前に体を温めるのに必要な物だ。適当にやってまた炎を付け直す方が面倒なので、黙々と行っていた。
しばらくその作業に従事していると、ベートの耳にピシッと小石を蹴飛ばした音が届いてくる。それが届くのと同時、ベートは懐から短剣を取り出し、ダラリと持った。それは傍から見れば先程と何も変わらぬ姿勢で、よくよく見なければ警戒しているとはわからない。
――移動速度から考えて相手は徒歩。小石を消し飛ばしたなら大きさはそこそこだな。
ふぅ、と息を吐いて体から力を抜き、弛緩させる。しかしすぐにでも動けるよう、地面を踏みしめる両足には力を入れ直した。
それから一分、二分と経過する。足音は少しずつ近づいてきて、
「警戒お疲れ様。モンスターじゃないから安心していいわよ」
「……そうかい。そりゃよかった」
聞き慣れた声、揶揄う色を含んだそれに肩を落としつつ、ベートは短剣をしまう。その後視線を声のした方に移し、帰ってきたティオネに言った。
「それで? そっちはどうだったんだ?」
「いつも通りの買い叩き。
ベートの言葉に本心から言ったのか、顔を歪ませつつティオネはベートの正面に座った。肩に背負っていた小さな荷物を置き、すぐに両手を炎へ翳す。
「ふぅ、ちょうど良い暖かさね。今日は妙に冷えるし、ありがたいわ」
「一人でダンジョン潜る時に備えて覚えろって言われたせいだがな。性格に合わなくてもやってりゃ嫌でも慣れる」
それはそれとして、
「結局収穫はどうだったんだ?」
「物との交換でトントンってところよ。何とか負けさせて必要な量は手に入れたけど、ここに来るまでに手に入れた魔石とかドロップアイテムは――」
そこで言葉を区切り、肩を竦めた。シオンの予想通り、というかこれを予想して最低限の物を回収したとも言える。
行きで手に入れたアイテムは19層以降邪魔にしかならないし、ここで金か物資と交換するのがセオリーだ。だから全部無くなっても問題ないのだが、必要としていた量ぴったりというのは驚きである。
「まぁ私も値切りには慣れてきたし。ていうか最近のシオンってその辺りも入れて狩りを考えているような……」
「フィンから『少数のパーティならメンバーの事くらい把握しろ』って言われてんのを聞いちゃいたが」
「シオンがリーダーになったのって何となくの部分が大きいけど、今考えると結構英断だったのかもね」
「……シオンに負担行ってんの忘れんなよ?」
「忘れてないわよ。だからこうして色々引き受けてるんじゃないの」
軽く言い合いつつ、二人はテキパキと作業を進める。砥石や投げナイフなんかは別枠で入れて後でシオンに渡すとして、今は肉と野菜を取り出しておく。
「スープの煮出しとかで肉と野菜は少し取っておくんだよな?」
「そうね。半分はいらないみたいだけど、ある程度はお願いされたわ」
18層で取れる食材で味を出す事も可能だが、やはり深みを出すには地上で取れる肉や野菜は必要になる、らしい。
「下手にやって生焼け作んなよ」
「うるさい。私だって少しは練習してるんだから、昔みたいな失敗はしないわよ」
残りはベート達が焼いておいて欲しい、と頼まれている。そんな訳なので、貴重な食材を無駄にしないよう気をつけつつ、清潔にした真っ直ぐな枝に切り分けた肉と野菜をぶっ刺し、火で炙っていく。
「匂いに釣られた奴が来たら?」
「俺が行けばいいだろ。この状況ならお前よりも動ける」
「耳と鼻はあんたが一番優れてるからね。わかったわ、その時は任せる」
ああ、と小さく返事をしたが、すぐにその必要はないな、と判断した。
「アイズが戻ってきた」
「速かったわね。ここからだと水汲みにも時間がかかるはずなのに」
「行きは修行って事で全力疾走したからね。川近くで多少休みはしたが、それでも大分速かったと思うよ」
ひょい、とベートが背を預けていた木の裏から顔を出してくる鈴。それに一瞬だが肩をはね上げたベートを見て、鈴はイタズラ成功と言いたげに笑った。
「テメェも行ってたのかよ……」
「私一人だとちょっと手が足りなかったから」
「あたいも手伝いを申し出たって訳さ。驚かして悪かったね、気付いてると思ってたんだよ」
どう見てもワザとにしか思えないが、ベートは文句を言わずに飲み込んだ。あまりにもからかわれすぎて、この頃はもう諦めが先行しているせいか、文句さえ出てこなくなってきたのだ。嫌な方向に適応したものである。
ちなみにその反応の薄さにつまらなく感じているのはヒリュテ姉妹であり、その愚痴を聞いたシオンは内心ベートに合掌した。理不尽過ぎると。
「シオンとティオナは? 会った?」
「ううん、会ってないよ。多分別方向に行ったんだと思う」
答えつつ鍋を取り出し、持ってきたばかりの水を入れる。とりあえず準備くらいはしておいたティオナの行う作業の手間を省くためだ。余計な事であれば水を捨てて、また新しく取りに行けばいいのだし。
「それじゃ、先にある程度食べちゃいましょうか。もうお腹ペコペコだし、シオンからも許可は取ってあるから」
「お前、この状況を想定してたな?」
「いいじゃない、どうせあんたも空腹でしょ」
否定はできない。そのためベートは無言で目を逸らし、その間にティオネは焼けた肉をパクリと食べた。
「うん、調味料はないけど十分美味しい。ほら、アイズ達も食べていいわよ」
食器どころか取り皿も何も無い――正確にはスープの分の皿しかない――ので、枝から直接食べる以外に方法は無い。
まぁ食べられる物があるだけマシ、というもの。昔、食糧を集めることができず、水で空腹を誤魔化したことがあった。ひもじい思いをしつつホームへ帰ったという苦い思い出だ。今では笑い話だが、当時は空腹で死にかけるという笑えない状況。
……やはり食べ物は大切だ。身に染みてそう思う。
「真正面から戦って死ぬのならまだ良い方よ。空腹で戦えなくて負けました、なんて、そんな阿呆な負け方したら……」
ティオネの言葉に、全員が何とも言えない表情で目を逸らした。
「おーい、戻ったぞー。……って、何この空気?」
その時戻ったシオンは、お通夜みたいなその雰囲気に、目を丸くさせられたという。
何とか誤魔化して――シオンはわかってて乗っかったのだろうが――空腹を満腹にすると、すぐに眠気が襲いかかってくる。
18層に来るのはもう手馴れた物だが、少し油断すればあっさり死ぬことに変わりはない。神経を張り詰めれば疲れ、疲れれば眠くなる。
「それじゃ、少し眠って英気を養って、19層に行こうか」
シオンもそれはわかっている。苦笑しながらそう提案し、全員が同意すると、毛布を取り出して各々眠りについた。
数時間後、18層に水晶が輝くと同時に全員目を覚ました。まだ寝足りないという体を気力で捩じ伏せ、水を使って顔を洗い、昨日取ってきた果実をもそもそと噛じる。朝食代わりのそれはすぐに無くなったが、それで十分。
全員が防具を着直すと、灰になって燃え尽きる寸前のそれに水をかけて鎮火。土を被せて後処理を終え、歩き出した。
「シオン、今日はどこまで行く予定なんだ?」
「できれば30層――と言いたいけど、29層くらいが目安かな。本来ならもう二パーティで行くところだから、無茶はできるだけしたくないし」
「そういえば団長から、信頼できるパーティを見つけて小規模の団体で行くべきだって注意されちゃったのよね」
「でも、知らない人を入れるのは不安、かな」
「だけど死ぬよりはマシだと思うよ? アイズだって死にたくはないよね?」
「そういう問題じゃないんだよ、ティオナ。アイズは、トラブルが起きるのが不安だって言いたいのさ。あたいも同じだけどね」
今の六人が纏まるのでさえかなりの時間を要した。ある程度妥協すれば良いのだろうが、未だに平均年齢が十歳前後のパーティと組もうとするのは奇特な相手ぐらいだろう。あるいは外見から判断した愚か者か。
「命を預け合うのにおれ達の外見は足を引っ張りやすいからなぁ。信頼を得るって点でさ」
「いくらLvが上がってもってか? ……そんな理由で待つなんざごめんだぜ?」
それについてはシオンも全面的に同意である。しかし、ダンジョンを進めば進むほど手数が足りなくなるのは事実であり、だからこそ悩ませられる。
一応、二十四層辺りまでは余裕で来られるくらいの戦力にはなっているが。これからどんどん辛くなっていくのは事実。
「現状は保留、か」
「最悪身内で固めればいいんじゃない? 外よりはマシだと思うわよ」
シオンの呟きにティオネが提案すると、すぐにティオナも追随した。
「ティオネの案に賛成、かな」
他の三人は黙っているが、ティオネの案が現実的だと判断しているらしい。しかし、シオンとしては肩を竦めるしかない。
――身内に頼りすぎてる気がするんだよなぁ、おれも含めて。
なまじ強い者が三人もいて、その人達に師事できている影響か、全員【ロキ・ファミリア】以外のところに目を向けない状況になっている。
――違うか。家族のような関係だから、甘えているのかもしれない。
シオンは最初の方で『やらかした』のでそうでもないが。そういえばティオナ等は料理の件で世話になったりと、色々頼っていた気がする。その辺りが大きいのだろうか。
――全部身内で終わらせると、後々困るし……どうしようかね、これ。
人知れず悩むシオンだが、現状は棚上げするしか無かった。
そんな一幕を挟み数日――既に28層。
特筆して記すことは何も無かった。これが半年前であれば苦労したのかもしれないが、鈴がLv.2となったことで必要以上にフォローしなくてもよくなったのが大きい。鈴以外はLv.3なので、パーティの総合力はかなりのものだ。
その上切っ掛けさえあればシオンとベートはいつLv.4となってもおかしくないくらいの【ステイタス】にもなっている。
とはいえそこまで無理してLv.4を目指すつもりはない。【ステイタス】の伸び代はまだ残っているのだから、勿体無いというのがシオンの考えだ。ベートはわからないが、恐らくシオンとそう変わらない考えのはず。
そこでシオンは思考を終わらせた。ある特徴的な鳴き声――というか吠え声――が耳に届いたからだ。それはシオン以外の全員にも届いたようで、一様に同じ顔をする。
――うわ、面倒くさいのが来た、という表情に。
「ベート?」
「……諦めろ、あいつらだ」
「めんどくさっ」
つい口を吐いて出た言葉だが、全員同じ思いである。何せこれからくる奴等はそれだけ相手したくないのだ。
それでも戦わなければならない。あの吠え声がしたという事は、ここにいるという事がバレて捕捉されたのと同義。
「全員戦闘準備」
幸い、と言っていいのか、ここは三叉路だった。前方左右の通路に注意していれば――後方はティオネに任せている――いいのだから。
全員が武器を構えた数秒後、右の通路から一体の狼が現れた。ただし狼と言っても四足歩行ではなく猫背ながら二足歩行、しかもその手には武器がある。
それが一体、二体、三体四体五体六体――どんどん増える。まだ増える。最終的に二十から三十程にまで膨れ上がった。
――こいつぁどうなんだ?
――まだマシな方。
――……こいつら狼じゃなくてゴキブリなんじゃねぇのか……。
一瞬のアイコンタクト。しかし告げられた事実に、一応は同じ『狼』であるベートは嫌そうに尻尾を揺らした。
「――先手必勝ってな」
が、気分とは無関係にベートの刃が真っ先に飛びかかってきた一体の首を切り落とした。
それを合図に、郡狼が迫り来る。全員ではなく、ある程度の数が
――ホンットに、面倒くせぇ。
この狼の正式名称は『ウォーウルフ』という。別に複雑な理由で付けられたものではない。単純明快にこいつらの習性を考慮して付けられた名前だ。
まずウォーウルフは最低二桁からなる群れで行動する。その群れの総数はまちまちで、どうやって増えていくのかは冒険者にも未だわかっていない。ただギルドで把握している限りでは、最大で三桁を超える事すらあったという。
とにかく、それによる数の暴力が基本となるのだが、ウォーウルフはある程度のチームワークを発揮してくる。それぞれの個体はLv.2からLv.3程度だが、このチームワークによってウォーウルフはLv.4相当の扱いを受けていた。
通常のモンスターは量より質なのだが、このウォーウルフは質より量。
まぁ、ここまではいい。多少面倒だがそれだけだ。毛嫌いされるほどでもない。
問題は――こいつら、
そのフロアの近辺にいるウォーウルフを呼ぶ。最悪声に惹かれた別種のモンスターも呼ぶ。とにかく呼ぶ。しかも好き勝手呼んだ挙句呼んだモンスターに殺される事もある。全くもって意味がわからない。
冒険者とモンスターが入り乱れた乱戦を生み出す迷惑者――そこからついたのが『
だからこそ冒険者はできるだけこのモンスターとは相対しないようにし、もし相対すれば嫌々ながらも援軍を呼ばれないよう気をつけつつ戦う。
「――全員ウォーウルフの習性わかってるな!? 半分以下になったら吠えようとする奴を殺しにいけ! 何を置いても殺せ! 首を落とせッ!!」
一度でも援軍を呼ばれればわかる恐怖。それ故にシオン達は全員一致で考えた。
――吠えた奴から、首を置いていってもらう。
その殺気に最も臆病且つ敏感なウォーウルフが体を震わせた。まだ半分を下回っていないが、何か感じるものがあったのだろう、援軍を呼ぶ独特の声を出そうとし、
「――テメェから死ぬか?」
背後から聞こえた声と共に、声を出せぬまま意識を閉ざした。
その脚力を利用しての超接近。最近益々速度に磨きがかかってきたせいか、もはや遊撃というよりも暗殺に近くなっている。
そこに思うところがないでもない。だが、些事だ。ベートは気配を消しつつ、一番奥の方にいるウォーウルフに狙いを定めた。
「よいっしょっとぉ!」
上段からの大振りな一撃が、構えた盾ごとウォーウルフを叩き潰した。肉の塊をハンバーグにするように。ほいっと一声出して大剣を持ち上げると、妙な音と共に大量の血が垂れた。
それを気にせず下段に剣を構えると、前から飛びかかってきたウォーウルフの腹に向けて横薙ぎを叩き込む。またもグシャッと嫌な音がするも、もう慣れた。『力』の値が伸びすぎたのと、大剣の性質上大抵の敵は挽肉にしかなってくれないのだ。
しかし、やはりというべきかティオナの大剣の技術はそこまでではない。相変わらずの力任せ故に、一撃の威力はあっても隙は大きい。
現に、この隙を突いて後ろから奇襲をしかけるウォーウルフに反応できていない。
「――任せた、鈴」
「あいよ、任された」
それをカバーするのはティオネ――ではなく鈴。後方から投げナイフで援護するには限度があるからと、代わりにフォローするようになった鈴の手が瞬く。
一閃。
長年染み込んだ技術によって、鞘にしまわれた刀が神速で打ち抜かれる。油断すればシオンでも捉えきるのが難しいそれは、たかがウォーウルフ程度に見切れるはずがない。
隙を突いた、と思っていただろうものは、その油断を突かれた。
「ま、あたいは一人じゃどうにもできないんだけど」
刀をしまい、ティオナの邪魔にならない位置で待機。ウォーウルフの単体の戦闘力は、最低でも鈴以上。だから、無理はしない。あくまでフォローに徹する。
それでいいのだ。シオン達は能力以上の結果を求めていない。だからこそ、鈴は緊張せずに戦える。
ここまでが右側の通路で戦っているメンバーだ。
左側の通路で戦っているのはシオンとアイズの二人。
ティオネは後方から少数で来る別種のモンスターを相手しているのでまた別となる。基本的に投げナイフによる援護が目立つ彼女だが、本気になった近接戦闘能力はかなり高い。単純な力押しならシオンやベート以上――流石に大剣を操るティオナには負ける――なのだから、心配する必要もない。
だから、今は自分の事に目を向ける。
アイズはまだ魔法を使っていない。最初から魔法を使っては、危機感を覚えたウォーウルフが援軍を呼ぼうとするかもしれないからだ。戦闘音を出しているせいで、近くにいるモンスターを呼び寄せてしまうかもしれないのに、これ以上増えてはやってられない。
こちらは二人しかいないのだし、無理に全力を出してガス欠になるより良い。
まぁ、問題はない。
シオンとアイズはオールラウンダー、魔法等を使わなければ特筆するべき点はあまりない。ベートのような速度も、ティオナのような怪力も、鈴のような技術もない。
無い無い付くしではあるが――だからこそ安定する。基礎スペックを高めた結果、爆発力は無いが継戦能力には優れているのだ。
そう――余計な横槍さえ、無かったら。
『――――――――――ッ!!』
遠くから通路を震わす叫び声が聞こえた。その叫び声はウォーウルフのそれとは違う。シオンの記憶が正しければ、これはブラッドサウルスと呼ばれるモンスターのものだ。
「アイズ!」
「ッ、わかってる!」
シオンの声に応じ即座に戻ってくるアイズ。ウォーウルフだけなら前に出てもいいが、数が増えればその『万が一』がありえる。ブラッドサウルス一体程度なら、シオンが魔法を併用してすぐに倒せばいいのだから、一旦戻るのが正しい。
もし二体以上なら――アイズと協力すべきだろう。無茶はしない。
「……はい?」
そう考えていたシオンは、それを視認して、戦闘時に出すには似つかわしくない声をあげた。それから何度か瞬きし――その間もウォーウルフの相手をしつつ――驚愕した。
「うっそだろっ!??」
――ウォーウルフがブラッドサウルスに騎乗している、だと!?
手綱は無い。ブラッドサウルスも嫌々乗せているようにしか見えない。だが、確かにそのウォーウルフはライダーとなっていた。
ブラッドサウルスは高さ五Mの紅の肌を持った肉食の恐竜。だから、モンスターでさえも餌とするのだが……何故かあのウォーウルフは、その恐竜を従えていた。
意味がわからない。だが状況は待ってくれず、そのウォーウルフライダー――便宜上ライダーと呼称する――は、ブラッドサウルスから飛び降りると剣を掲げた。その剣は迷宮の武器庫から手に入れた物ではなく、恐らく死んだ冒険者の遺品であっただろう剣だった。
ここまで来る冒険者の持っていた剣だ、切れ味は勿論、耐久力も相応だろう。何よりあのライダーはそこらのウォーウルフとは異なる威圧感を発している。
――強敵だ。何よりあのライダーに他のウォーウルフが従っているのが痛い。
頭が優れていれば駒も動ける。顔を歪ませ、シオンが相手をしようとした瞬間、ブラッドサウルスが突っ込んできた。
自身の五倍近い相手からの突進は流石に受けれない。咄嗟に避けると、すぐにライダーが指示を出し、残りのウォーウルフ全てがシオンに襲いかかった。
「シオン!」
すぐに助けに行こうとしたアイズだが、足を止めて剣を構え直す。その直後、ライダーの剣と鍔迫り合いになった。
「……ッ……重、い!?」
やはりこの個体は他のウォーウルフとは違いすぎる。戦闘力も判断力も。何もかも。シオンとアイズの戦闘力を察知し、与し易い相手を片付けようとしているのだ。
――確かに、私はシオンより弱いけど……ッ!
「舐めないで! 【
本気を出せば、ライダーにも勝てる、そう判断した――
剣を振りかぶっていたはずのライダーが、剣を下ろし、肩からタックルをしてくる。それは剣で斬られるよりも軽い威力であったが、タイミングが、まずかった。
――あ……魔力、が――。
詠唱が、途切れる。魔法名を言う前にタックルをされ、ほんの一瞬だが、意識が乱れた。その結果起きたのは、小規模の魔力爆発。超短文詠唱であったのが幸いし、爆発もそう大きなものではなかったが、しかし、この戦闘において致命的だった。
意識が混迷する。
一撃目は、偶然耐えられた。
二撃目は、倒れる事で避けられた。
三撃目は、持っていた剣を投げて相手を回避させた。
四撃目――無理だ、もう、避けられない――ッ!
死を、覚悟する。
歪む視界に、剣が見えて。
「アイズ――ッ!」
「ぐぇ!?」
首根っこを引っ掴まれて、放り投げられた。服を引っ張られたせいで首が締まり、何度か咳き込んでしまう。けれど助かったことに変わりはない。
「し、シオン、ありが――」
慌てて礼を言いながら立ち上がろうとして、気付いた。
――何、この、赤い、の?
アイズの足から上半身を斜めに横切るように、転々とした血があった。だがおかしい。この血の付き方は、普通じゃありえない。
嫌な、予感がした。
バッとシオンのいる方を見て、けれど気のせいだと判断した。
シオンは五体満足だ。怪我をしたならそうとわかるはず。
予感が外れたと安堵し、だから、気付かなかった。
本当に五体満足なら――どうして
その意味を、考えられなかった。
アイズを安全圏に移動させてシオンが行ったのは、雷を伴った掌底だ。それをライダーの腹にぶち当てた。当然のように持っている剣で防がれたが。
その上勢いのままに後ろへ飛んだので、衝撃もほとんど流されただろう。距離を取らせるのが目的だったとは言え、ちょっと笑うしかない。
このまま戦闘になったら厳しいか、そう思うも、ライダーはブラッドサウルスのいる方を見た。そこにはウォーウルフ全てを
ライダーがシオンを見てくる。
「……ああ、ウォーウルフならブラッドサウルスに攻撃を誘発させたら勝手に殺し合って勝手に食われてたよ?」
元々同士でもなんでもないのだ。本来餌に過ぎない相手に攻撃されれば、ライダーに従わせられていただけにすぎないブラッドサウルスは、当然、怒る。味方だと思っていた相手が自分達を食い始めれば、それに抵抗しようとする。その結果がアレだ。
しばらくブラッドサウルスを眺めていたライダーは、通路の先、ベート達の方の戦闘音が途切れたのに気付いたのだろう。短く声をあげると、ブラッドサウルスを呼び寄せ、その背に飛び乗るとそのまま去っていく。
それを油断なく眺め、その姿が影すら見えなくなると判断した瞬間、シオンは腕を抑えた。それでもボタボタと流れ落ちる大量の血液。
――命があるだけ儲けもん、だよな?
シオンの腕は、肘から先が無くなっていた。その先があるのは、アイズの倒れている場所の更に後方。斬られた腕がグルグルと回転しながら飛んでいったのだ。アイズの体に斜めに付着した血液はこれのせい。
腹の中から急激に何かがせり上がってくる気持ちの悪い感覚。どう見ても血が足りない。それでも耐えようとして、フッと意識が飛んだ。
――あ……これ、ヤバ……。
不幸中の幸い、なのか。
本来感じるはずの激痛を感じなかったことだけが、マシと言える事だった。
うーん、二話更新したいなぁとか考えていたけど甘い考えでした。FGOの7章は木曜日に終わらせたんですけど、休みの一日使い潰した皺寄せががががが。
とりあえず今章の起の部分を書きましたが、何となく後の話との矛盾がありそうな予感。今日はこのまま見直しとかしてちょくちょく修正します。
次回は普通に最新話戻ります。彼女の説明もきちんとやりますよー。