英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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日常に潜む詛

 「本当、ほんっとーにシオンはいっつも無茶ばかりするんです!」

 「まぁ、そうでしょうね。むしろ無茶をしない彼の姿を想像できないほどですし」

 ダンダン、とテーブルの台を叩くアイズに反論せず、むしろ同意を示すように頷きながら、プレシスは手元の作業を進めていく。自身の作業に集中しながらそれと並行して話すことなど、彼女にとっては容易いこと。

 それを知っているから、アイズも彼女に愚痴を言い続けることができた。

 「昨日のダンジョンだって、腕切断されるなんて大怪我しちゃってたし……」

 「そうですか、腕を切断――え?」

 「その前のダンジョンだと、大丈夫って言ってたのに猛毒状態になってて危ない状況になったこともあったし」

 うんうん頷いていたプレシスは、途中から跳ね上がってきたその内容に固まった。確か彼等が潜っている階層において、彼の腕を切断できるような腕を持つモンスターも、『耐異常』を貫通できるモンスターもいなかったはず。

 「それは、一体どういうことですか?」

 「え? よくわからないけど、最近『怪物進呈』を押し付けられる事が多くて、その分の負担がシオンに行ってるから」

 必然、シオンが負う怪我は多くなる。

 何となくシオンはその原因を察しているようだが沈黙を保っているせいでアイズには何一つわからない。

 ただ、彼はアイズに対して何も言ってくれない事が多い。その理由がわからなくて、どうしようもなく不安で、何より――怖い。

 シオンの考えがわからない。少し前まではそんな事無かったのに。戦闘時はともかく、平時はもう、彼の考えが、少しもわからなかった。

 一度作業をしている手を止めて、アイズのいる方へ視線を移す。声の具合から彼女が今何をどう思って感じているのかはわかっている。しかしやはり、姿を見たほうがわかる情報は多い。

 その得た情報で、プレシスは意識して優しい、穏やかな声を出した。

 「そう心配する必要はありません。不安に思う必要もありません」

 「それは、どういう」

 「シオンがあなたに何も言わないのは、単純です。()()()()()()、というものですよ」

 確か、シオン達は十歳を超えて、後少しで十一という年齢になるはず。言葉通りの『子供』という区分を乗り越え、『男』と『女』を意識し始める年代だ。

 その頃にやっと男の子は女の子に対し自分がどう見られているかを意識し始める。そのせいで見当違いな事をしてしまうことが多々あるが――それはさておき。

 「元々シオンには意地がありました。それは私達から見れば『子供の』意地で――今のアイズから見たシオンは『男の』意地なんですよ」

 「……わからない」

 「でしょうね。私とて偉そうに言える程経験はありませんし」

 これがシオンと同じ男性ならもっとわかりやすく言えるのだろうが、あいにくここにいるのは二人共女だ。

 ただ、今まで共に組んだパーティメンバーから察するに言えるのは、

 「男がバカな意地を見せる時は二つ。女の前で良い格好を見せたい時か――」

 もう一つ、

 「大切な女の子に心配をかけたくない、という――私達からすれば見当外れな時だけでしょう」

 男の意地等女の視点から見ればいつもバレバレで、だからこそ一層心配させられるのだという事をわかっていない。事実、アイズもそうさせられている。

 同じ心配させられるでも、ちゃんと話してくれた方が良いという事に気付いてくれない。そこにやきもきさせられる。

 まぁ、気付いてくれないからこそ――男の意地、なのだろうが。

 「大、切……って」

 そんな事を考えている内に、アイズは何かを思い出したのか、俯いていた。しかしプレシスの視界には、耳まで真っ赤になっている姿がよく見えた。

 「ふふ、耳まで真っ赤です。シオンの事ですから何とも言えませんし、あくまで私の想像に過ぎませんけどね」

 「か、からかわないっ!」

 赤い顔のまま威嚇してくるが、可愛いものだ。子猫の威嚇のように見えてしまう。その優しい視線に気付いて益々顔を赤くするアイズは、プレシスからすればまだまだ子供だった。

 けれど、思う。昔のアイズはここまで露骨に反応しなかった。

 ――意識するのは男の子だけじゃないのですよ、アイズ。

 少しだけ遅かったが。

 アイズにも『女の子』としての意識が芽生え始めていることに、どこか寂寥を感じてしまうのはどうしてなのか。

 そこは、考えないようにした。主に自分の年齢的に。

 まだ、自分に子供はいないのだし――。

 

 

 

 

 

 プレシスのところから逃げ――部屋を出たアイズは、ふらふらと街を歩いていた。アテはなく、ただ歩いているだけ。ただ、時折手に持った袋の存在を確かめるようにギュッと強く握りながら歩いていた。

 ――シオンへの餞別です。帰ったら無理矢理にでも飲ませてください。

 逃げようとしたのを察し、すかさず薬入りの袋を手渡してきたプレシスには色々と勝てる気がしない。戦闘経験ではそろそろ勝ってきたかもしれないが、人生経験では遠く及ばないと思い知らされる。

 「ハァ……」

 「どうした嬢ちゃん、溜め息なんてして」

 「おじさん」

 重苦しい溜め息を吐き出すと、それを見とがめた人物がいた。それはアイズ、というよりもシオンと親しい人。確かシオンが恋のキューピッドとなり――人選ミスにも程があると思ったが、彼は他人の恋は得意らしい――見事相手を射止めた、という話を聞いたことがある。

 名前は知らない。ただ、自分も相手もお互いシオンを知っているので、近況報告をし合う程度の薄い関係だ。

 中年男性と幼女の密会、と言うと警備兵を呼ぶ沙汰だが、生憎とアイズの方が強い。どちらかというと衛生兵を呼ぶ沙汰になる。この男性は妻となった女性を愛しているし、その女性と会ったこともあるアイズはそれを知っていた。女性自身も夫の交友関係を阻む気はなく、そのためそんな自体になることはありえないが。

 「つっても、嬢ちゃんが溜め息をする理由なんてのはシオンのことしか思い浮かばんが」

 「やっぱり、わかる?」

 「嬢ちゃんの心を乱す相手がそれしか思い浮かばないってのが一番の理由だけどな」

 そもそもこの人は【ロキ・ファミリア】のメンバーはシオンと、アイズと、ベートしか知らないのだという事を思い出す。

 そして、アイズは基本的にシオンにベッタリで――否定、できなかった。

 「詳しい事は聞かんが、何か気になる事があるなら答えはするぜ」

 気を遣ったのか、そう言ってくれるおじさん。大丈夫、と答えようとしたが、ふと、プレシスが言っていた事を思い出す。

 ――女にはわからない、男の意地。

 そう、彼女達は女性。けれど、目の前にいるのは男性。それを聞くには打って付けの相手ではなかろうか。

 やがて、アイズはおずおずと尋ねた。

 「あの。自分の大切な女性(ひと)のためなら……おじさんは、自分の腕を切り捨てられる?」

 「は?」

 余りにも予想外な質問だったのか、呆気にとられた顔を見せる。やはり質問するにしても変すぎたか、と後悔していると、何かを察したのか、半笑いを浮かべた。

 「そうか、シオンが腕を切り落とすような事があったのか」

 「何で、そんなにあっさり」

 「質問が変すぎる。普通『命を賭けられる』じゃないか? 聞くにしても」

 良くも悪くもアイズは素直だから、その辺も関係しているが。

 それにしても、と今度は呆れをあらわにする。

 「腕を切り落とされるような自体があって、それを選ぶ事を決められるって。アイツ本当に十歳なのか……?」

 正直に言えば、自分なら怖いし嫌だと思う。それが普通の反応で、そうじゃないシオンは異常と言える。ただ、前提条件があるならば。

 目の前の少女を守るためであれば、腕を賭けられる大馬鹿者(おとこ)は大勢いるのではなかろうか。

 男は所詮美女や美少女に弱い生き物なのだし――。

 話が逸れた。

 「大切な女のために自分の腕を切り捨てられるか、か。まぁ、はっきり言っちまうと、痛いのは嫌だな。俺は戦った経験なんてないし、喧嘩もガキの頃にしたくらいだ」

 「そう、なんだ」

 参考になりそうにない、と言いたげな顔に苦笑が溢れる。額面通りに言葉を受け取りすぎだ、悪い奴に騙されそうでおっかない。

 そこはシオンが守るだろうから良いとして。

 今は彼女の質問に答えよう。

 「だけどな、それでアイツが助かるならくれてやるさ」

 「え?」

 「流石に命まではくれてやれない。命をやったらアイツが一人になっちまうからな」

 そこはシオンに説教された。何故だかわからないが、シオンは命を投げ捨てるという行為をとにかく嫌う。足掻いてでも生き残れ、と言われたのだ。

 残された人間は絶対にその時の事を後悔するから、と。

 「だから腕一本くらいなら、痛くても、怖くても、耐えてみせるさ」

 「……それは、男の意地?」

 「おう、意地だ。バカな男のな。女から見れば理解できなくても、同じ男には理解できる、頑固さだ」

 そういうもの、らしい。やっぱりアイズには理解できない。というより、理解したくない、という方が正しいだろうか。アイズは戦う人間だから、自分の身くらい自分で守れる。

 「それでも守りたいと思うのが、男ってもんなのさ」

 あっけらかんと、おじさんは笑う。不満そうにするアイズを見るに、理解はまだまだ遠そうだった。

 

 

 

 

 

 「……とまぁ、こんなところだ」

 「うーん、やっぱりお互いピーキーな性能してるねぇ」

 ゼェハァと荒い息を吐いてぶっ倒れている鈴と、鈴程ではないものの胸を上下させ、痛みを堪えるように腕や足を捻るベート。二人は半年前に使ったあの武器とスキルをそれぞれ使い、練習していたのだが、極端過ぎるそれは練習するにも体を酷使する。

 鈴の『魔力閃・開放』は完全に溜めてから発動すると一時間近く失神するし、ベートの火薬を仕込んだ手甲や靴は、下手な動きをすると四肢がもげる。ダンジョン内で使わないと周囲に被害が出るというのに、そのダンジョン内でやると自分達が危ないという悪循環。

 「はいはい、これでも飲んで体を休めなさい。全く、何で私が付き合わされなきゃいけないのよもう。私は団長の手伝いっていう崇高な仕事が――」

 「ティオネ、そのフィンから休暇を言い渡されたんだから、口を閉じて手伝ってねー」

 だから他の者に手伝いを頼むのは、ある種当然だった。しかし交友関係が狭い二人、頼める相手なんて、同じパーティメンバーくらいしか思い浮かばなかった。それ故に、ベートにとって天敵である姉妹にわざわざお願いして付いてもらってきたわけだ。

 その光景を見ていたフィンからの後押しもあり、ティオネは渋々、そんな彼女を無理矢理引っ張って快く引き受けたのがティオナ。最近姉妹の力関係が逆転してきたのは気のせいではない。ティオナに変な貫禄が出始めているせいか、無駄に圧倒されるのだ。

 ちなみにティオナは昼食の用意をしている。ティオネはその手伝い。

 「無駄に口を開くと唾とか飛んじゃうかもしれないから、黙々と切ること。二人は休んでいていいけど、食べ終わったら洗い物くらいしてね」

 『りょ、了解……』

 その貫禄に押され、鈴とベートは同時に頷いた。それからしばらくしてできたのは簡易なスープと握り飯、それからサンドイッチ。肉を焼いたものと野菜が少々。ダンジョン内部では豪勢な食事には期待できない。むしろこれで豪勢な方である。

 四人は黙々と食べ進める。彼等がいるのは18層。モンスターが壁から産まれない階層といえども、モンスターが出現しないわけじゃない。

 人は食事時と睡眠時に警戒心が薄れる。だからこそ会話せず、薄れそうになる警戒心を引き締めて周囲を警戒するのだ。

 「そういえば、ずっと不思議だったんだけど」

 ふと、真っ先に食べ終えたティオナが言う。味見としてちょこちょこ口に入れていた彼女は、あらかじめ量を少なめにしていた。だからこそ食べ終わったのだろう。

 そんな彼女は続けて、

 「鈴って、どうしてまだ()()()()()()んだろうね?」

 そう、不思議そうにいった。

 ――カザミ・鈴という少女はまだ二つ名を貰っていない。

 それは【ロキ・ファミリア】において周知の事実となっている。ロキがきちんと『恩恵』を与えているのでLv.2になったのは知っているのだが。

 だからこそ、よりいっそう不思議に思ってしまうのだ。

 鈴自身は理由を知っているそうで、特に残念がっていないのが、それを助長させた。

 「――情報が無いから、だそうだ」

 「へ?」

 「あたいが刀を振るって戦う事以外に目立った情報がない。そのせいで、二つ名決めに意見が飛び交いすぎて纏まらず、どうしようもなかった――と、ロキは言っていた」

 実際はオモシロオカシイ二つ名を付けようとしたが、ロキに睨まれてできず。かといって無難な物にしようとすれば、やはり特徴的なモノにはならず。

 結論として、もう少し情報を集めてから決めよう、となったわけである。鈴自身二つ名にはあまり興味が無かったので、これ幸い、とのこと。

 「そんな事も、あるんだねぇ……」

 「纏め役がいれば決まっていたとも言ってたけど。ま、あたいは二つ名が欲しいなんて思っちゃいないし、いつでも構わないよ」

 まぁ、本音を言えば。

 「どっかの誰かさんみたいに『初恋(ラヴ)』が二つ名ってのも、恥ずかしすぎるし……」

 「う゛っ!?」

 グサリ、と『どっかの誰かさん』に槍が突き刺さる音がした。ぐふぁ、と口から血を吐いて――いるように見える――倒れ伏した。

 「あーあ、折角忘れてたのに……直球過ぎて本人も使いたくない二つ名だからね」

 ティオネ自身もちょっとアレな感じだが、ティオナ程直球ではない。その分だけまだマシではあった。ティオネの場合それでからかってきた相手はその拳で粉砕してきたので、からかう相手は既にいなかったりする。

 「……感性の違いかねぇ……」

 ちなみに、ベートはそこそこ自分の二つ名を気に入ってたりする。言ったら姉妹に何か言われそうなので、口の中だけで留めておいたが。

 しかし、やはり、どうにも違和感が強い。その違和感に気付いていながら、誰も、決して口にはしない。

 シオンがいないと、調子が狂う、と。

 

 

 

 

 

 そのシオンは、といえば。

 「……ッ」

 「ほら、我慢して! 傷自体はもう治ってるんだし、その痛みは錯覚だよ!」

 切られた腕を手で覆い、ありえないはずの痛みに耐えていた。幻痛だ。切り落とされた後に万能薬でくっつけ直してもシオンを襲うその痛みは、洒落になっていない。常に何かに切られているような、あるいは炎で焼かれているような、そんな激痛だ。

 だからこそベート達はシオンを誘いたくても誘えず――アイズには知られたくなかったから、彼女はそもそも知らない。

 ダンジョン中は耐えた。家に帰っても耐えられた。そして、一人になって――顔中に脂汗を浮かべて、叫んだ。

 それに気付いたベートが真夜中だというのを承知の上でユリエラの部屋を強襲し、無理矢理連れてきて、今に至る。

 しかし彼女にできることはそう多くない。肉体的な不備は何も無いのだ、できる事は精々睡眠薬を飲ませて一時でも痛みから遠ざけるのみ。それだって何度も服用させればシオンの高すぎる『耐異常』によって無効化される。

 こういった類の事はユリエラの専門分野ではない。寝ずの番をしているが、果たしてどれだけの効果があるのか。

 もう一度薬を飲ませて落ち着かせたが――もう、ほとんど効果は無い。後数十分程持続させるのが限界か。それが終われば、もう効果は出ないだろう。

 「おかしいって、絶対に! 幻痛にしたって痛みが強すぎる……! それに、なんか切られた部分に妙な物を感じるし」

 それが具体的になんなのか、と問われると答えに窮する。単なる個人の勘でしかなく、だからこそアテも何も無い。

 ただ、彼女の勘は、こう叫んでいる。

 ――放っておくと、手遅れになっちゃうよ!

 だからこそ、尚の事焦らされる。ユリエラは、プレシスと並んでオラリオで最も腕の立つ薬師として名を馳せている。その彼女がわからない事は、ほぼイコールで他の誰もが知らない可能性が高いということ。

 「あぁ、もう……こんな時のために知識を付けて、経験積んだっていうのに……役立たないんじゃ意味がないよ」

 はしたなくも親指の爪を噛み締める。それからすぐにやめて唾液を拭い、溜め息を吐き出してすぐ傍にあった椅子に座る。

 それから、目を閉じる。もう眠い、眠すぎる。だから、少しだけ目を瞑って――トントン、というノックの音に気付き、目を覚ました。

 窓の外を見れば、薄暗い。結局数時間程寝ていたらしい。シオンを見やれば、睡眠薬関係なく寝ているようで、少しホッとした。

 「はーい、ちょっと待ってねー」

 それからすぐに扉を開けて、対応する。相手の顔を見ようと思ったら、いない。すぐに視線を下に向ければ、見慣れた金髪。

 「……アイズ?」

 「……ユリ?」

 お互いに予期せぬ相手が出てきたことに、一瞬硬直する。アイズは何故シオンの部屋にユリがと思い、ユリはアイズにシオンの状況を知られてはマズい、という焦りから。

 「どうして、ユリが?」

 「うーん……シオンには黙ってって言われてたんだけど、ま、仕方ないか」

 流石にユリがなんの理由も無くここにいるというのは不自然すぎる。そもそもシオンはつい先日怪我をしたばかり、そこに薬師がいるとなれば、すぐに気付くだろう。だから、隠すだけ無駄な事だ。

 「シオンって腕切られたでしょ? そこをくっつけ直しても、『切られた』っていう感覚は意外に残るものなんだ」

 そのせいでシオンは今、常時『切られ続けている』感覚を味わっている。それを何とかするためにユリはここにいる――と、嘘ではない説明をした。

 「そう、なんだ……」

 聞き終えたアイズは、ユリの言葉に顔を落とした。影に隠れて見えないその顔は、ユリには想像できない。そもそもシオンが怪我した状況を知らないのだから、当然だが。

 「あの、これ。プレシスさんから、シオンに飲ませろって、私に」

 「ん? シスっちから? ほーい、了解了解。シオンは今寝てるから、起きたらきちんと飲ませておくねー」

 プレシスから、と聞いて一瞬目を鋭くさせる。しかしそれも一転、すぐに笑顔を浮かべて受け取ると、

 「シオンに伝言とかある? 無いなら私は看病の続きに戻るけど」

 「……自分で伝えようと思うから、大丈夫」

 顔を上げたアイズの顔に、影はなかった。シオンに伝える言葉は自分の口から、という覚悟を持っている。

 ユリはそれ以上聞かなかったし、アイズも言うつもりはなかった。ただ肩を竦めると、苦笑を浮かべてユリは扉を閉じた。

 それからすぐに椅子に座り、近くにあったテーブルの上に袋を乗せ、すぐに開ける。出てきたものは一本の瓶。ただ、かなり毒々しい色をしていた。傍から見ればただの毒薬、薬だとわかっているユリでも飲もうとは思わない。

 と、そこで気付いた。この袋は二重――否、三重底だ。ユリが気づけたのは単純で、この瓶の底に張り付いていたシールの『色』だ。

 「『手紙を入れてあります』、ね……」

 アイズはそれを知らない。ということは、知られてはマズい情報でも書いてあるのだろうか。わからないが、ユリは手紙を取り出し、開ける。

 小さな紙には、視認できるギリギリの大きさで、こう書いてあった。

 『シオンの腕が切られた、との事でしたので、アイズに薬を渡しておきました。

 ユリの担当する人は大体が病人だと思いますので、今回のようなケースは苦手だと判断したためです。余計なお節介だとは思いますが、素直に受け取ってください。

 この薬の効果は単純で、痛み止めです。ただし、かなり強力な、という枕詞が付きますが。

 人が痛みを感じるのは、五感の中でも触覚による作用です。ですから、私はその触覚自体を無くす事で痛みを抑制するという薬を作りました。

 この薬を使えば、恐らく今シオンを襲っているだろう幻痛は無くなります。

 問題は、シオンの持つ高い『耐異常』。これを突破するために、いつも作っている物よりかなり高い効果にしてしまいました。副作用は無いと思いますが……。

 他にもあります。一時的に触覚を無くす、というのは、想像以上に辛いものです。幽体離脱を味わっている、というのが表現として適切でしょうか。触れているのに触れていない。その差異は凄まじい違和感となり、日常生活ですらおぼつなくなる。

 ――使うかどうかは、あなたに一任します。

 一番大事な部分を人任せにするのはどうかと思いますが、あなたを信頼してのことです。

 彼を、頼みます』

 そこで手紙は終わっていた。読み終えたプレシスは瓶を手に取り、悩む。悩んでいると、シオンが微かなうめき声を上げた。

 近づいてみると、シオンの顔や首周りが赤くなっている。触れてみると、熱い。痛みによる発熱だろうか、とにかく彼の体は異常を検知している。いくら精神的に痛みに強くとも、程度はあるだろう。

 放っておけば、危うい。

 「……っ。恨むなら、私を恨んでね」

 そう判断して、ユリは、その薬を投入すると決めた――。




言い訳はしません。
今回はサークルとか大学が忙しかったとかじゃあありません。
単にFGOでクロを手に入れるために二日かけて最終再臨させて、その後ふと見つけたSAOのメモデフでユウキを手に入れるために一日十時間以上のリセマラを三日続けていたら更新できなかっただけです(最終的に友人巻き込んで友人が出したユウキ垢を奪――貰いました。軽く四十時間かけて出た大当たりがキリト三人、友人五時間でユウキ――いや、何も言うまい)。
感謝してるんですけどこの虚無感。

更新自体は忘れてはいません、ただ『あとちょっと、もう少しだけ』の欲求に従っていたら更新しなかっただけです。
――尚悪いとか言わないで、自覚してる。

とりあえず今回は導入部分。
序盤だから穏やかに済ませると思った? 割といつも通りなので読者様もそろそろ『あ、普通だな』とか思ってると想像中。

次回は未定。ノシ

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