英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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星の神託

 アストレアという女神が、正義と秩序を司る存在であるというのは周知の事実である。だが、それだけしか無い、と言い切るのはまた別の話だ。

 神とは、複数の属性が混合した存在。アテナなどは知恵の神であり、戦の神であり、また闇や死をも包括した女神。それと同じく、アストレアも別の属性を有している。

 そして、アストレアの有する属性は、誰もが知っているモノ。

 即ち、星。そして天秤である。

 彼女は宙に座する乙女そのものであり、また、その乙女が手にする天秤も象徴の一つに数えられる。

 彼女の本来の名は星乙女――星の如く輝く者(アストライアー)

 地上に降りた彼女は過去に有したそれらの能力を持っていない。だが、どこかの女神のように、彼女自身である星と、秤という物だけは別だ。

 彼女は、星が視える。その者の有する運命という星が。

 成功する者には眩い輝きが。不幸な道を行く者は澱みが。彼女には見えてしまう。そして彼女の持つ天秤は、善と悪を知るためのもの。

 だから彼女の【ファミリア】には悪人はいない。悪人が来た瞬間わかってしまうからこそ、ここに彼等はいられない――いられないだけで、対処していない訳ではないが。

 とにかくとして、彼女はこの能力でもってシオンの星を視た。

 凄まじく輝く、大成功を果たす者特有の光と――それを打ち消さんとする、酷い闇が。その両極端さにも驚いたが、それ以上に恐ろしかったのは、とても単純。

 ――何故、()()()()()()()なのに平気な顔をしているの?

 シオンの、今にも消えんとする、星。それを持った者は、すぐに死んでしまう。特にシオンのような明滅をした人間は、体にかなりの負担を抱えているはずなのに、だ。

 アストレアが顔を凍らせたのは、このあまりにもおかしな星を初めて視たからこそ。人は必ず成功と破滅の運命を持つが、ここまで歪なのは、シオン以外見たことがない。更に死の運命まで持っているとは、どこまで恨まれているのか……。

 ――言った方が、良いのでしょうか。

 彼女は眷属達に『占いが得意』と言ってはいるが、その詳細は誰も知らない。誰だって知りたくはないだろう、自分が大成するのか、しないのか、なんて。それを、例えアストレア自身からでも言われたくは、ないだろう。

 ――道を選ぶべきは彼等自身。私は、少しその選択肢を増やせるようにするだけです。

 ……アストレアは、言わない事を選んだ。

 「何となくですが、あなたがここに来た理由はわかりました」

 詳細を知らないが故に、ただ知った一つの事実を教えることにのみ留めた。

 「このままでは、あなたは死ぬでしょう。遠からぬ未来、あなたは何らかの要因によって、その未来を閉ざしてしまう。これは、確定事項です」

 「……アストレア様、流石にそれは」

 いくらなんでも言い過ぎです、そう述べようとしたとき、腕を引かれた。腕を引いたのは、死を告げられたはずのシオン。

 シオンにはわかったからだ。それは事実であると。今もなお体を蝕む何かは、薬で誤魔化してもきっと意味はないのだろうと。

 だからこそ、その忠告、否神託を、シオンは慎んで受けることにした。だから、己を案じたサニアに首を振って大丈夫だと伝える。

 サニアは一瞬何か言いたげな表情になったが、すぐに、受け入れてくれた。シオンの頭を一度だけ撫でると、後ろに下がって目を閉じる。

 代わりにシオンは一歩前に出た。

 「死の原因は、私にはわかりません。ただ、既にあなたの死は()()()()()()。――いえ、この表現は正確ではないでしょう。確定しかけている。それを変えられるかどうかは、私にもわかりません」

 「要因を断たなければ、このまま死ぬ?」

 「はい。そこだけは断言できます」

 「具体的には、いつ死ぬのかわかる?」

 「わかりません。いつ消えたとしてもおかしくはない、とだけ。恐らくあなたの――シオンという人間の精神力が耐え続ける限りは、大丈夫だとは思いますが」

 アストレアは、その結果を知るだけだ。原因も、そうなった過程もわかりはしない。それ故にその言葉は予測であり、推測であり、根拠は彼女の視た星のみ。ただそれも、彼女がその事を誰にも告げないため、実質根拠は存在しない。

 「わかった。……教えてくれてありがとう、アストレアさん」

 それを、シオンは信じた。アストレアの眼から、それを真実だと断定した。だから、シオンは珍しくも敬称で彼女の名を呼んだ。

 この人は、尊敬するに値する神物である、と。

 「どうするのですか? あなたは」

 その反応に、アストレアは気になった。過干渉をするつもりはないのに、己の死を告げられても穏やかな雰囲気を保ったままの少年の選択が、知りたくなったのだ。

 好奇心と、心配。どちらも見抜いていたが、シオンは答えた。

 「原因は何となくわかっているから、ちょっと行ってみようかな、と」

 「……その、体で?」

 シオンは少し驚いて、目を見開いた。彼女は戦う者ではない。だからこそ、体の不調を見抜いたその眼力に驚いた。しかも疑問ではなく、確信している。

 誤魔化せない、だろう。

 「どれだけ不調でも、行かなきゃ死ぬんだ。座して死ぬか、無茶して死ぬか。どちらかだ」

 「そう、ですか。他の人に任せる、というのは」

 「別にそうしてもいいんだけど、ね。このまま誰かに任せていても、意味がない気がする。ここでおれが動かないと、もっと嫌な事になるって」

 それは、シオンの直感だった。けれど、絶対に外れないだろうと思える天啓だった。覚悟のできた人間特有の眼に、アストレアはかける言葉を見つけられず。

 「……サニア」

 「はい」

 「彼の手伝い、お願いできる?」

 「……はい!」

 自身には何もできないとわかっているからこそ、できる者に託した。訝しむシオンに、アストレアは今までの真剣な表情から、最初に見せた包みこむような笑顔を見せる。

 「言ったでしょう? 子供は子供らしく。甘えて、我が儘を言ってもいい、と。だから、これは私からのお節介です」

 その言葉に、初めてシオンは照れたように目を逸らした。アストレアは内心微笑ましく思いながら立ち上がると、シオンの頭を撫でた。

 しばらくそれを甘んじて受けていたシオンであったが、いきなり一歩下がると、背を向けて去ってしまう。そのまま扉を開けて出て行った。

 サニアはそれに慌てて礼をすると、シオンを追いかけていく。扉を隔てた先からサニアの言葉が聞こえたが、シオンはきっと謝らないだろう。

 「……彼の闇が、少しだけわかってしまいました」

 子供らしくあれ、我が儘であれ、と言ったのは、愚かだったかもしれない。最初からそうできる環境にいたのなら、彼のような人間にはならないのだから。

 椅子に座り直しながら、思い返す。

 ――彼が去る瞬間、見えた星は。

 光が消え、闇が増した。憎悪の噴出、のせいだろうか。それでもアストレアの天秤は彼を悪人と判断しないのだから、不思議だった。

 「根っからの善人。彼のような人ばかりなら、私は」

 どこかの世界、神の消えた世界で最後まで人に善性を説き、そして裏切られた女神は、どこか疲れたように、顔を伏せた。

 

 

 

 

 

 「全くもう、アストレア様に失礼だよ! せめて最後に一言言うのが筋なんじゃないかな」

 何とか追いついたサニアが説教をする。とはいえそれは人として当然の範囲の話であり、それ以上の文句を言うつもりはない。

 「……ああ、そう、だったな」

 無い、のだが、シオンの返答は心ここにあらずというもの。その反応に思わず顔を覗き込んで、息を飲んだ。

 ――シオンの眼は、死んでいた。

 サニアの知る限りどんな時でも光を絶やさなかったその眼が今は澱み、腐りかけている。だが反してその口元は歪に笑い、まるで、そう、まるで。

 憎悪に狂った人間が、やっと復讐するべき相手を見つけたかのような……。

 「子供という立場は、捨てたから」

 けれど、それは一秒後には消えていた。自己暗示のように言われたそれは、自身の本心を覆い隠すもののように見えた。

 シオンが顔を上げると、そこにあるのはいつもの姿。サニアのよく知る彼の姿だ。

 けれど、どうしてだろう。サニアには、シオンのそれが強がりにしか思えない。

 あの感情に気付いていないわけじゃない。目を逸らしているのでもない。気付いていて。直視していて。それでも『間違っているから』と耐え続けている。

 「シオン、君は……」

 「ん、なんだ。何か聞きたいことが? これからダンジョンなんだし、聞きたいことがあるなら先に言ってくれ」

 聞けなかった。その憎悪の根源は何なのか、なんて。必死に耐えている感情に穴を開けてしまうかもしれないのに、言えるわけがなかった。

 代わりに聞いたのは、これからのこと。

 「シオンは本調子じゃないんだよね? つまりまともに戦えないってこと?」

 「多分中層、というか18層辺りまでなら行けると思う。ただそこから先はわからない。反応が鈍くなるから怪我とかミスも多くなるだろうし」

 「それなら回復役はいるかな。同時にシオンを庇える人、なんて一人しかいないか。シオン、どうせホーム戻るんでしょう? 集合はバベルの塔内部。私も用意してから行くよ」

 「わかった。それじゃ、また後で」

 笑みを作って、シオンは立ち去った。その背を痛ましそうに見つめるが、すぐにその感情をリセットして、背後にいた彼女に聞いた。

 「リオン、どう?」

 「事情はわかりませんが、回復と護衛、どちらもこなせる者を求めているのはわかりました。今日は予定もありませんし、行きましょう」

 「うん、リオンのその察しの良さが私は大好きだよ!」

 「や、やめてください」

 思わず抱き着くと、リオンは動揺しながらサニアを押し退けた。相変わらず素っ気無い――素直じゃないとも言うが――対応に、サニアは少し膨れつつ、

 「シオンの準備が終わる前に私達も準備しようか」

 「私はもう終わっていますが」

 「なら私の準備手伝って! いいでしょ?」

 「……わかりました、仕方ないですね」

 渋々という体を装ってリオンは頷いた。本当にエルフは気難しい人が多いなぁ、と内心では苦笑しつつ、サニアは彼女の手を引いて走り出した。

 

 

 

 

 

 ふぅ、とシオンは息を吐き出した。それだけの動作で自身の体調を把握し、そしてかなり劣悪な状況だと理解する。

 ――肉体的には何も感じないけど、精神的にはきつい、か。

 常に集中し、常に警戒し、それでも尚自身の不調を把握されてしまう。正直、疲れた。このまま倒れ伏して休んでしまいたいという気持ちもある。

 ――シオンという人間の精神力が耐え続ける限り――。

 それでも、その選択肢は選べない。選べばきっと、シオンはもう耐えられないから。アストレアという女神の言葉通りなら、それを選んだ瞬間死ぬのだから。

 ――痛くないのに心が折れかけるっていう状況は、味わった事がないな。新鮮だ。

 そう揶揄して己を誤魔化すくらいしかできないことに自嘲してしまう。

 そんな考えをしていても、シオンの足はホームの自室へと向かっていた。その途中、ふと見知った顔を見つけた。

 「ラウル」

 「え? ……げっ」

 シオンがラウルの名を呼ぶと、ラウルは即座に距離を取った。その事に少しショックを受けるも表には出さずにシオンは言う。

 「少し聞きたいんだが、おれ以外の奴が今何をしているか知ってるか?」

 「あ、そっち……。えっと、ベートとティオナは見てない。鈴はまだガレスにしごかれているはずで、ティオネは団長のところ。アイズは、プレシス? って人の所に話を聞きに行ってる、とかなんとか」

 なるほど、とシオンは頷く。そして、それなら大丈夫だろうと判断した。シオンはラウルに向き直ると、

 「情報ありがと。それじゃおれはもう行くから」

 「あれ、今日はやらない感じ?」

 「……やりたいって言うならやるけど?」

 「いいいいいいえ、いいです遠慮します! 遠慮させてくださいっす!」

 思わず三下口調が飛び出るくらいに動揺しながら、慌ててラウルは言った。もうあんな経験はコリゴリだ、と。

 ――死ぬ、冗談抜きで死ぬっす! 絶対シオンはドSだってわかるっす、アレは!

 「……何か、ちょっとイラっと来たんだが」

 「気のせいでは!? それじゃまた!」

 ひぃぃぃ、と恐れ慄きながらラウルは走っていった。それはもう全力で。そこまでシオンに修行を付けられたくないのだろうか。

 アイズはきちんとついてきてくれたんだけどなぁ、と不思議に思いつつ、シオンは自室へと戻った。

 ――ちなみに。

 数年後、アイズから『シオンの修行はいっそ死にたくなるくらいイヤラシイよね』と言われてショックを受けるのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 準備を終えたシオンがバベルの塔にたどり着くと、そこには既にリオンとサニアが話しながら待っていた。

 どうやら待たせてしまったらしい、と小走りにそこまで行く。

 「ごめん、待たせたか」

 「別にいいよ? こっちはシオンを待たせないように急いだだけだし」

 「ええ、そのために私も手伝いましたので。そのことを気にする必要はありません」

 それなら、とシオンは意識を切り替えて二人を見つめた。リオンの武器は恐らく短剣、サニアは双剣だろう。二人が魔法を使えるのかどうかわからない現状、どういう隊列を組むべきか。

 「基本的には私が前かな。シオンは中間、リオンが後ろね。シオンの体調がいつも通りなら話は別なんだけど、そうでもないんでしょ? ていうか、今どんな感じなの?」

 「そう、だな。敵を見て、動いて、攻撃するのに数秒の遅れが出る状態っていうのが一番わかりやすいか」

 「なるほど、わかりました。それで18層なら、と言ったのですね」

 基本的にモンスターの強さはダンジョンの層によってわかりやすく決まっている。1層から11層まで、12層から17層まで。

 そして19層から……と、あるところを境に一気に強くなる。シオンの現状で問題なく戦えるのは17層までなのだろう。

 「それならやっぱりこの隊列かなぁ。代わりに回復薬をたくさん使っちゃうかもだけど、そこは許してね?」

 そこに異論は無い。そもそも前衛が一番モンスター達の懐に行くのだ。体力はもちろん、集中力が試されるし、怪我もする。体力と怪我を癒すそれを使うのを惜しんで彼女が倒れてしまっては意味がない。

 「シオンはできれば程度に戦って。確か魔法が使えたから、それだけで援護に徹するのも一つの手かな。リオンは後方注意。後は私が回復できない状況になったらお願いね」

 「ええ、それで良いかと。ただし、提案したあなたが真っ先にやられないで下さい。冗談にもなりませんので」

 「あっはは、大丈夫だって。私の強さは知ってるクセに」

 「今回の場合は護衛任務のようなものでしょう。いつも通りに考えては失敗します」

 とは言うも、そこまで苦労はしないだろう、と思っている。シオンは自身の不調の内容をきちんと把握しているようだし、あまり出しゃばらないでいてくれるはず。

 一応もしもの場合を想定しつつシオンを見れば、シオンは大丈夫だと言いたげに頷いた。

 三人共問題はない。無言で、しかし同時にダンジョンへ向けて歩き出した。




FGO最高でした(更新しなかった事実から目を逸らしつつ)。

さて今回出てきたアストレア。彼女の持つ『人の星(運命)を見抜く眼』は、どこぞの美を司る女神と似て非なる能力です。

成功するか否かはわかっても、それがどのような形として成るのかはわからない。また天秤を用いて善悪のみを判断し、【ファミリア】を作ったなどなど(この天秤には他にも用途がありますが、恐らく出てこない(かも)ので割愛します)。

しかし、彼女は原作でも名前についてしか言及されておりません。そのため原作の設定は謎であり、ここにいるアストレアは今作オリジナルの独自設定となっております。ご了承ください。

後シオンの反応ですが……まぁ家族奪われて憎まないとかおかしいよねって話。その復讐心を表に出さないためにシオンは甘えていられる子供の立場を捨てた、と。
大人という立場にいれば、自分の感情を優先するのは難しくなる。そんな感じでしょうかね。

最近結構空いたりしてますが、チマチマ更新は続けるので気が向いたら読みに来てくださいな。

ではまた次回ノシノシ

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