英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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超えたい存在

 ――泣いて、スッキリした、と思う。

 そもそも涙を流すという行為をしたのは何時以来だろう。記憶が正しければ、義姉が死んだ時――数日前のアレは例外としておく――以来のはずなので、五年ぶりか。

 「……五年、か」

 十歳であるシオンの半分。しかもその大半をダンジョンで過ごし、生きるか死ぬかの境界線を彷徨い続けた。長く感じるのも当然か。

 ダンジョンと言えば、とシオンはふと街の中心にあるバベルの塔を見上げた。昨日ベート達がダンジョンに行って、順調なら今日には帰ってくるはず。

 無茶はしていない――最近自分含めて信用できなくなってきたが――と思う。だが疲れきっているはずなので、濡れタオルと軽い食事くらいは用意しておくべきだろう。

 一度ホームへ戻り、足りないお金を補充し、タオル数枚をカバンへ入れてからそれを持ってまた外へ。そしてバベルの塔周辺広場について、見知った相手を見つけた。

 数秒して相手もシオンに気付いたらしい。フードを被って詳しくはわからないが、口元だけでも端整とわかるそれを軽く緩ませて、シオンに手を振った。

 それに応じつつ、シオンは彼女、リオンの元へ近寄った。

 「数日ぶり。あの時は助かった、ありがとう」

 「礼はあの時に貰いました、もう十分です。それに、私達が役立ったかと言われると……」

 「実際どうだったかなんて些細な事だよ。『助けよう』っていう気持ち自体が嬉しかった、だから何度もお礼を言う、ってだけだしね」

 「……なるほど。では、先の言葉は受け取ります。ですが、やはりそれ以上はいりません」

 お礼以外の報酬も頂きましたしね、とリオンは腰に付けたポーチを叩く。そこにはシオンがリオンとサニアの二人に渡した万能薬が入っている。

 ちなみに自腹である。当然だ、シオンが依頼した事なのだから。

 個人的にはまだ足りないと思っている。Lv.4は世間一般的には一流の冒険者に該当する。そんな人物を二人も雇ったのだから、それこそ倍、三倍、それ以上かかってもシオンは文句など言わなかっただろう。

 「次はおれがそっちの手助けできるといいんだけどね」

 シオンのLvは未だ3、Lv.4となったベートと違って彼女達の手伝いはまだできないだろう。それが少し歯痒い。

 「でしたら、その内【ロキ・ファミリア】との橋渡しをお願いします」

 「橋渡し?」

 「ええ、オラリオでも最大規模の探索系【ファミリア】――そのネームバリューは絶大です。私達【アストレア・ファミリア】には敵が多い。できるだけ友好な相手は多い方がいいのですよ」

 実際に力を借りられなくとも、『もし』という可能性を相手に与えられる。虎の威を借る狐のような行為は嫌いだが、仲間達の命には代えられない。

 「……フィンやロキに言うくらいはできるけど、確約はできないぞ?」

 「それだけでも十分です」

 シオンが言った、それこそが重要なのだ。リオンにはわかっている、この目の前にいるシオンという存在が、【ロキ・ファミリア】にとってどれだけ大事な人間か。

 でなければ【勇者】、【九魔姫】、【重傑】の三人からの指導という、オラリオにいる誰もが妬み羨む物を受けられるわけがない。

 リオンは思わず小さな溜め息をした。

 ――ただ、友人を助けようとしただけなのですが。

 いつの間にか打算的思考に陥っている脳に自己嫌悪する。いや、人間関係に多少の打算が付き物なのはもう十分に知っているが、それでも、嫌なのだ。

 だから、という訳ではないが、リオンは軽く手を差し出した。シオンはその手を見ても不思議そうにするだけで、反応がない。

 シオンはリオンがエルフだという事を知っている。そして、エルフという種族がどういう物なのかも、リヴェリアから聞いて理解している。

 そのせいで、この突然な行為を理解するのに数秒かかってしまった。しかし、リオンはただジッとシオンを見つめ、その体勢で待ち続ける。やがて意を決したシオンがその手を取り、お互いに軽く握り締めた。

 その時、周囲にいた仲間達が小さく息を呑んだ。

 リオンが肌に触れる事を許した人間は少ない。サニアと、アストレア。彼等が知っているのはこの二人だけだ。その二人は共に女性で、男性相手はこれが初めて。

 「……握手した後に聞くけど、これの意味って?」

 「……誠意、でしょうか?」

 「いや、こっちが知るわけ無いし」

 とはいえ本人達も理由などさっぱりわかっていない。リオンは手を解くと、自らの掌を一瞥し、そこに嫌悪感が欠片もないのを悟った。

 数日前のことを思い出す。何かもわからぬ悪意に晒され、泣いていた彼の姿を。友の無事に安堵する小さな背中を。

 ――ああ、そうですね。

 力になってあげたい、と思った。その小さな体に背負ったいろんな物をどうにかすることなど、リオンにはできない。

 でも、ちょっとした事を手伝うくらいはしてあげたい、と。そう思ったのだ。

 未だ戸惑うシオンに、仄かな悪戯心を刺激される。微かな笑みをたたえながら、リオンはシオンの頭に手を添え、数度梳いた。

 「リ、リオン……?」

 困惑に揺れる瞳に、しかし嫌悪は無い。手に隠れて顔は見えないが、どことなく楽しげな雰囲気を滲ませるリオンを止めようとも思えず、シオンは素直に任せた。

 すぐにやめるだろう、そんな考えに反してリオンの動きは止まらない。前髪の一部を摘み、くるくると人差し指に巻き、親指で押さえる。親指を離すと、するすると解ける柔らかな髪質が、どこかクセになってしまう。

 そうしてシオンの髪をよく見ると、女神もかくや、というその質に、羨望を覚えた。そして一部にできている枝毛などが妙に気になる。

 時間があれば切ってあげたいのですが、と考えつつ、もう時間だ。ぽんぽん、とシオンの頭を軽く撫で、名残惜しげに手を離す。

 「もう少し、髪に気を遣うとよろしいかと」

 「あ、ああ……え、髪? え?」

 「はい。では、私も時間なのでこれで」

 「わかった……また」

 「ええ、また、その内に」

 リオンが背を向けて、仲間のところへ歩いていく。シオンはその背中に、どこかムズ痒そうな顔をしていたが、やがて溜め息をし、軽く己の頭に触れた。

 ――……なんか、義姉さんを思い出すな。

 あの優しさと慈しみに溢れた手。同じとは言わないし、言えないが、どうしてかリオンの手に、似通った物を感じてしまった。

 その事に、どうしてか嬉しくて――悲しくも、あった。

 

 

 

 

 

 リオン達もダンジョンに行って、一人になるシオン。話し相手もおらず、する事も無いため邪魔にならないところに腰掛け、ブラブラと両足を揺らす。

 体調は万全、だと思う。少なくとも今からダンジョンに行っても問題ないと言い切れるくらいには。

 ――今更ながら、趣味も何も無いんだな、おれは。

 修行、修行、ダンジョン、ダンジョン。とかくそれに類する事しかやってこなかったためか、シオンはこういった時に暇を潰す手段が見当も付かない。思い浮かぶのは今周囲にいる冒険者達の状態や話し声から、今のダンジョンの状況を推察するとかそういった事ばっかりで。

 ――ああ、本当に。

 色んな事を切り捨てているんだ、と、そう強く自覚させられる。

 ハァ、と一つ息を零し、頭を小さく振って意識を切り替える。どことなく鋭くなった視線で、シオンは考えた。

 ――最近ダンジョンの特定層でおかしな事が起こっている。その原因の把握のためにギルドも情報を求めていたか。

 シオンもエイナから一度情報を求められた。とはいえシオンはここ最近まともなダンジョン攻略を行えていないので、何も答えられなかったが。

 ――だけど、正確性の高い情報は未だ得られていない。

 あくまで噂の段階。それに30層まで行ける冒険者のパーティは、オラリオ全体から見てもそう多くない。

 何せ中小規模の【ファミリア】ではそこまで行ける冒険者は希少だ。そんな存在を、危ないとわかっているところに放り込む訳が無い。必然情報も集まらず、確度の高いモノかどうかも精査できずに調査は難航する、と。

 ――だから【アストレア・ファミリア】が動いたのか?

 リオンの属するそこは、オラリオの治安維持を務めている。その性質上、ダンジョンアタックはあまり行わない。シオンの知る限り、遠征等を行った話も聞かない。

 ――でも、さっきの人数は……いや、おれも【アストレア・ファミリア】の団員を全て知っている訳じゃないが。

 チッ、とシオンは行儀悪く舌打ちした。嫌な予感がする、と思いながら。ただの予感程度でしかなかったが、焦燥感は募る。

 ――ただの気のせいなら、それが一番良いんだけ、どっ!?

 ドゴン、と強烈な一撃が背中を始点に全身に走り出す。あまりの痛みに立ち上がりながらたたらを踏んで、背中を摩った。

 「ッ、げほっ、いったいな、何すんだ!?」

 文句を言おうとして咽て、若干の羞恥を感じつつ攻撃の主を睨む。その相手は、シオンの睨みに思っていた反応と違ったのか、

 「あー、えっと、その・・・・・・こう、眉間に皺が寄ってたから、気分転換に、ね?」

 両掌を見せつつ、悪意は無かったと言い訳したティオナを、シオンはジト目で見つめた。それこそジーッと。

 十秒、再度の言い訳。

 二十秒、引き攣った笑みが崩れる。

 三十秒。

 「……ごめんなさい」

 「最初から素直に謝れ」

 と言いつつ、謝罪は受け取ったのでティオナを許す。そしてシオンはこちらをニヤニヤ見ていたベートとティオネ、鈴に、唆されたな、と大体を悟った。

 これに反応すると泥沼になりそうだったので、後で借りを返すと内心で誓う。その瞬間、三人の顔色が悪くなったような気がしたが、まぁ気のせいだろう。

 少しだけ気を晴らしつつ、シオンは何も知らされておらず、オロオロしていたアイズに歩み寄った。やはりというべきか、汚れている。

 ダンジョンに潜っている以上仕方がないが、やはりモンスターの血、埃や砂、汗に塗れた顔は見ていて良いモノじゃない。シオンは肩にかけていた鞄からタオルを取り出し、軽く濡らして湿らせるとアイズの頬に触れた。

 「……冷たい」

 「それくらい我慢する」

 小声で文句を言うアイズだが、少し身を竦めただけで嫌がりはしていない。それに気を良くしたシオンは、どこか機嫌良さそうに笑顔でアイズの顔を拭き始めた。

 その姿は兄――姉?――が妹の世話を焼いているかのよう。アイズは心底シオンを信頼しているようで、軽く顔を上げて目を閉じると為されるがままにされた。汗やら何やらが拭われる度に爽快感を得られて気持ちがいい。

 ダンジョン攻略は強くなるために必須だが、まともに水浴びもできないので、どうしても体が汚れてしまう。そこは割り切ったが、やはり、清潔でいたいと思うのが人間というものだ。女なのだから尚更に。

 つまり――傍から見ていた四人も、そうである、ということだ。

 「ね、ねぇシオン? 私達にも、その、ね?」

 最初に我慢しきれなくなったティオネが、おずおずと声をかける。それを横目で見つつ、聞こえないフリをしてアイズの世話焼きを続行。段々汚れてきたタオルを袋に入れて、代わりに新しいタオルを取り出し湿らせ、軽くアイズの髪を拭う。取り敢えずこびり付いた埃やらなんやらが取れればいい。残りはホームでシャワーを浴びて貰おう。

 髪も拭き終えると、流石に体までやるのはどうかと思ったので、また新しいタオルを渡して自分でやって貰うことにした。

 「ここは人目も多いし、腕とか脇とか、足とか……見られてもあんま影響無い部分だけにしとけよ?」

 「うん、わかってる。私も、見られたくないから」

 比較的軽装なアイズはそれだけ露出度も高く、汚れてしまった部分も多い。だから一つ忠告しておき、四人の方を振り向いた。

 「……なんだ、まだ帰ってなかったのか? 走りゃすぐだろ」

 「わかってて言ってる? ねぇ、わかってて言ってるんでしょ!?」

 「この後はギルドやら商売人に直接交渉でドロップアイテムを売りつけるんだから、ホームに帰るのは二度手間じゃないか」

 思わず反論したティオネと鈴に、シオンはそうだっけ、とくすくす笑った。

 ――さっきの仕返しか!

 即座にシオンの内心を看破したベートは、耐えられることは耐えられるが、と内心思い。

 ――いや、やっぱ不快だ。

 綺麗サッパリした様子のアイズがいるのを見れば、尚の事。もしやシオンは悪いことをしなかったアイズをさり気なく褒めつつ、俺達に言葉のない説教を――!? と、思惑全部を理解した。

 「……チッ、俺は、認める」

 理解したので、言葉足らずに言った。

 「お、良いのか?」

 「そんだけ頭が回るんなら、もう大丈夫なんだろ?」

 「まぁな。心配してくれるのはありがたいんだけど、ね」

 それでもシオンはわかったのか、ベートにタオルを二枚と水筒一つを左腕で放り投げた。それを受け取ったベートは、乱雑に自分をタオルで擦り出す。交渉成立、だ。

 一方、ティオネと鈴は理解できず、頭にハテナを浮かべていた。

 その様子を見ていたベートは、小さく、

 「……()()

 そう呟いた。そこまで言われたやっと二人はわかった。さっきのベートの言葉と、シオンの動作の意味を。

 シオンはつい先日まで、左腕を切り落とされ、呪いを受けていた。

 そして今、シオンは()()()、物を投げた。

 ベートの『認める』とは、もう問題なくなったシオンの『ダンジョン攻略復帰』を認めるという事である。

 「はぁー……これだから男って奴は」

 「でも、認めるしかないってのが癪だね」

 心配する方の身にもなれ、とアイズを羨ましそうに見ているティオナを横目に、ティオネと鈴は両手を上げて降参の意を示した。

 「私達も認めるわよ、全くもう、みみっちいわね」

 「全くだ、肝の小さい男だよ」

 「……あ、たおるなくなったー。でもしかたないよなー、もうぜんぶつかっちゃったしー」

 「「(あたい)が悪かったからタオルを下さい!!」

 棒読みで言いつつ残っていたタオルを全部アイズに渡すシオンに、慌てて二人は謝った。シオンはアイズから貰うんだな、と苦笑し、三枚だけアイズから返してもらうとティオナに近寄る。

 ジーッとアイズを見ていたティオナはシオンの接近に気付くのが遅れたらしく、

 「ん――ってシオン!?」

 ずざざ、と数歩距離を取った。驚きに目を丸くするシオンに、自分が取った行動を理解したティオナは恥ずかしそうに頭を掻きつつ戻る。

 「あ、あはは。私今汚れてるし、臭いとか色々アレだし、つい」

 「そんなの今更だと思うんだが」

 「フクザツな乙女心を理解して下さい……」

 よくわかっていないシオンを余所に、ティオナは両手人差し指をツンツンしながら俯いた。

 ――相手が綺麗なのに自分だけ汚れてると、色々気になるなんて言えない……!

 しかし、

 ――アイズみたいにああやって拭いて貰うのはそれはそれで憧れる……。

 なんて若干嫉妬と羨望の入り混じった感情もある。だがそのためには近寄る必要があり、いやいやそれは、でも、とティオナの頭がオーバーヒート。

 が、最終的に想い人に優しくされたいという思いが勝ったのか、ティオナは羞恥で頬を染めながら言った。

 「えっと、私もシオンに拭いてもらいたいなー……なんて」

 それを聞いたシオンは少し驚き、考え。

 「ふむ、別に大した労力でもないか」

 「じゃあ!?」

 「ああ、ダメだな」

 ニッコリ笑顔で断った。それはさながら、一片の曇りもない太陽のような。そのためティオナは言葉の意味を理解するのに、数秒の時を要した。

 「……ダメ?」

 「ダメ」

 「……アイズだけ?」

 「アイズだけだな、今回は」

 とりつく島も無かった。シオンも特に重要視していなかったようで、あっさりティオナにタオルを渡すと背を向けてしまう。

 「~~~~~~~~~~!!!」

 羞恥を堪えて頼んだのににべもなくフラれたティオナが真っ赤に染まる。

 ――考え事してる時に背中叩かなきゃ良かったッ!

 シオンの思考がティオナには読めていた。要するにからかっているだけだ。悪戯されたのだからそのお返し、というだけで、彼に悪気は一切ない。

 無いのだが……唆した三人の同情の瞳が、ティオナの羞恥心を煽る。それはもう、穴があったら入るどころか、自分で穴を掘って入りたいくらいに。

 ふと、顔を両手で覆ったティオナは、アイズの顔を見た。彼女はいつも通りに見えて、その実ティオナだけがわかる程度に、顔を変えていた。

 無表情の中から覗く、優越感が滲みでたドヤ顔である。

 ――羨ましい羨ましいうーらーやーまーしーいー!

 とはいえその感情を誰かにぶつけることもできず、ティオナは内心で叫ぶのみだった。

 

 

 

 

 

 所変わって、【ロキ・ファミリア】ホーム修練場。そこでシオンは、久方ぶりにフィンと一対一で向き合っていた。

 その二人を観戦するように眺めるのは、ティオナ、ティオネ、ベート、鈴、そしてアイズ。更にはリヴェリア、ガレス、ロキが、さり気なく屋内から見守っていた。

 「こうしてフィンと向き合うのも、数ヶ月ぶりか」

 「個々人で最低限の強さを持つのは当然のこと。ダンジョンで一番重要なのは、チームの連携だからね」

 フィン達の指導は、彼等の経験則に従って行われていた。だからこそ、最初の内は自分の力を荒いながらも磨けるだけ磨き、後はチームを組ませて役割を固定させた。

 それこそが、ダンジョンで生き残り、強くなるたった一つの正解だから。

 ダンジョンでソロを続けるのは自殺行為でしかない。5層前後までならそれでも問題無いが、それ以降は食料、回復薬、武器、ドロップアイテムの回収、敵との戦闘、休憩等の様々な部分で釣り合いが取れなくなる。

 どうあっても、ダンジョンでは人と人との助け合いが必要になる。コミュニケーションの取れない人間は、それだけで一流にはなれないと言い切っていい。例え個人としてどれだけの武を持っていたとしても、だ。

 ――実際、最初の頃の【ロキ・ファミリア(僕達)】はそうだった。

 背が低く、小人族故に信用もされにくかったフィン。世界に出たばかりで、プライドばかり高かったリヴェリア。頑固で偏屈だったガレス。自分含めて一癖も二癖もある人間ばかり。ロキもさぞ苦労しただろう。

 駆け出し時代は、黒歴史の山だ。

 そんな彼等が超一流と呼ばれるようになったのは、散々馬鹿にしあった彼等のお陰だった。

 だからこそ胸を張って言い切ろう。

 冒険者として最も大事なのは――誰かを信じ切れる事である、と。

 その点で言えば、シオンは合格だ。余程合わない相手でなければ、信じ、受け入れ、共に歩む事ができる。

 ――だからこそ失いたくない。

 ヒュッ、と軽く槍を振って構える。

 それに追従するように、シオンも剣を構えた。

 「もう一度確認だ。これは怪我をしたシオンがどれだけ戦えるか、あるいは鈍っていないか。それを確かめるために戦う」

 「わかってる。怪我が治ってなくて戦えなければ論外、体が鈍っていたら鍛錬し直してからダンジョンに行く事を許可する、だろ?」

 「理解しているなら大丈夫だ」

 それを合図に、フィンは目線を鋭くする。彼からは動かない。ハンデの一つとして、先手は必ず彼等に譲ると決めてあるから。

 シオンもそれをわかっている。

 ――例え身体能力を同じレベルまで下げていても、フィンの方が圧倒的に上だ。

 フィンは、もう少しで四十を超える。彼がオラリオに来た年齢は知らないが、十代で来たならその戦闘経験は二十年以上。実践経験が四年程度しかないシオンの、優に五倍である。侮れば即死で間違いない。

 「【変化せよ(ブリッツ)】」

 下手な魔法も無意味。

 「【ライトニング】!」

 速度重視の『付与魔法』を使って、後は勝ちに行くしかない。

 ほんの刹那、シオンの一歩が加速する。体の制御を度外視したその速度は、シオンの初手を予測していたフィンを上回った。

 けれど、それだけである。体をまともに制御できないシオンは、剣を突き出す動作程度しかできなかった。『次』が無い一撃など知れている、フィンは片手を槍から手放すと、剣の腹に掌底をぶつけて逸らした。

 その勢いを利用して片手で槍を打ち出す。剣を打ち払われたシオンの体はフラつき、泳いでしまっている。このままなら腹に槍が突き刺さるだろう。

 ――この程度じゃないんだろう?

 ――ああ、当たり前だ!

 しかし今のシオンは【ライトニング】を纏っている。速度――正確には足の動作に関与するこの魔法によって、シオンは地面を踏みしめ、片足をあげる。加えて剣を持たない方の腕、肘を使ってフィンの槍を挟み込んだ。

 だが槍の勢いは止まらず、肘と膝が擦りむき、血が滲む。その血が槍を濡らし、滑りを良くしてしまう。

 それも想定の内。一瞬止まればそれでいいのだ。シオンは上体を下げると、転ぶようにして槍を避けた。そんなシオンを追うように槍を払い、その槍を更に避けるようにシオンは受身を取り、側転、片手で跳躍、蹴りまでの動作を流れるように行った。

 その蹴りをスウェーで躱しつつ、フィンは腰に隠し持っていたナイフを取り出す。そしてシオンの死角を穿つように投げた。

 それをシオンは見れなかったが、何となく危ない気がして剣を背後に回した。同時、剣に衝撃と何か硬い物を弾く音がした。

 ――ナイフ。

 一瞬でその正体を看破し、同時にフィンがそんな小細工を使ったことに驚いた。驚きつつも体は動き、地面へ着地、フィンへ向き直る。

 フィンはシオンへ追撃せず、その場で構え直す。

 ――正確には、しないというよりできない、が正しいが。

 フィンはハンデとして、一定歩数以上動いてはならない制限がある。その歩数、何と十。だからこそフィンは無駄な追撃を行えない。十歩以上動けば容赦なく敗北というルールだからだ。

 だが、シオンはそのルールがありながら、フィンに()()()()()()()()

 先手を譲り、身体能力を落とし、歩数を制限し、魔法も――フィンの魔法は実質使えないようなものだが――使わない。

 それでも尚、シオンは、シオン達は勝てない。

 何故なら、

 ――フィンはまだ、()()()()()()()()()

 片足を動かしている以上は一歩動いている計算になる。だが軸足を動かしていないのなら、それは動いていないも同義である。

 情けないと思わば思え。それはフィンの槍捌きを見たことがない愚か者の感想だ。

 小人族故に小柄で、間合いが短く、体力も、力も、耐久も低い。だからこそ彼等は弱い。そんな固定観念が粉々に打ち砕かれる程の強者がフィン・ディムナという冒険者である。

 ――ああ、クソ。

 そんな彼に、シオンは油断の欠片も無い目を向けられている。認められている、とすぐにわかる程強烈だ。

 ――勝ちたいなぁ。

 認められているからこそ、勝ちたい。こんなルールに縛られたフィンではなく、何の縛りも無い十全の彼と。

 そして、勝つ。

 純粋に、シオンは、そう思った。

 

 

 

 

 

 ――結局シオンは負けた。

 あの後何とかもう一歩動かすことはできたが、そこでシオンの魔力が切れた。気絶する事は無かったが――リヴェリアに気絶しない境目を叩き込まれた――『付与魔法』無しで勝てるほどフィンは甘くない。

 「ッ……ッハ、ゼ……ァ……」

 地面に大となり、過呼吸寸前に陥りながら意識を保つシオン。そんなシオンを心配そうに見つめつつ、ティオナは水とタオルを持って近寄った。

 ティオネは流石団長! と恋心を顕にし、ベートは顔を険しくしつつ、脳内でフィンと戦う自分をシミュレート。鈴はレベルの差によって戦いを全て把握できず、そんな己を情けなく思いながら強くなることを誓い。

 アイズは、後で自分も稽古を付けてもらおうと、フィンを見ていた。

 「僕を二歩動かしたんだ、合格だよ。怪我している間も、考える事はやめなかったみたいだね」

 「それくらいしか、できなかっただけだ」

 ティオナに上体を起こしてもらいながら水を飲み、失った水分を補給する。汗塗れのシオンと違いフィンは然程疲れていないらしく、そもそも準備運動にすらなってないかもしれない。

 もう少しくらい善戦したいと思いながら、シオンはつい言った。

 「フィン」

 「何だい?」

 「――いつか、超える」

 『勝つ』、ではなく『超える』という言葉に、フィンは心底嬉しそうに笑った。

 「ああ、期待してるさ。心からね」




 投稿しなくなってから半年も経ちました。今更投稿したクソ野郎、ハイ私です。
 書かなくなるとやばいですね。一月以上経つと何か書く事自体が億劫になるというか。他作品の作者様方の気持ちがわかります。

 久方ぶりに感想欄見て『待ってる』と言われたので書きましたが、次回は未定。ダメだこいつ。

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