全部ティオナは前回からの展開的に無理だったと。
リヴェリアから課題を出された次の日、シオンはダンジョンに潜っていた。リヴェリアが言うにはすぐに指導の内容が思いつかないだろうから、三日で考えてこい、とのこと。それには納得できたので、ダンジョンに潜って考え中、というわけだ。
「それに俺を巻き込んでんじゃねえよ……一人で来い」
「いいだろう、別に。どうせお前だって暇なクセに」
そしてシオンの隣には、悪態をつく狼人がいた。ティオナとティオネの姉妹は見つけられなかったので素直に諦めたため、今シオンとベートの二人だけだ。
二人がいるのは7階層。本当ならもっと深い階層でも問題はないが、普段4人で行っている状態で同じところまで行けば危険だからと自重している。強くなりたいとは思うが、死んでしまっては意味がないのだ。
そんな二人のすぐ傍の壁が蠢き出す。
「モンスターだ、やるぞ」
「言われるまでもねえ」
ドン! という音と共に壁から鋭利な爪が生える。その場所を起点にビキビキと亀裂が走り、そしてモンスターがその姿を現す。
身の丈は一六〇Cと、全体的に見ればそこまでデカくはない。二椀二足のシルエットは迷宮で見た限り最も人間に近い形をしているが、その名の通り全身が黒一色に染まっている。しかしその体には毛や皮膚は存在せず、まさしく異形そのものだ。
違うのは顔にあたる部分にのみ存在する、真円の手鏡のようなパーツ。
『影』、としか形容できないその存在は、『ウォーシャドウ』と言った。
「ホント、昔は苦労させられたよ」
「喋ってる暇あんなら手ぇ動かせ!」
「はいはい、わかってるって」
壁から現れたウォーシャドウを切っ掛けに、どんどん前から後ろから、新たに壁からとモンスターが増えていく。
「おれは前、お前は後ろをやれ」
「わぁったよ」
けれど、二人の顔に恐れはない。
そして二人は動き出す。
ウォーシャドウは新米の冒険者では勝てないモンスターの筆頭だ。
その理由は、異様に長い両腕。そこから先についた鋭い切っ先を宿す『
圧倒的な
――とはいえそれは、一般的な冒険者の話。
「ふっ!」
気合一閃、ウォーシャドウの腕を切り落として、返す刀でもう片方の手首を切り裂く。武器を失い途方に暮れたウォーシャドウの腕を掴むと、
「それ、人工物の武器だ! いい鈍器だろ!?」
ここより下にある枯れ木の棍棒のように、力任せに振り回した。当たり前のように自分の身の丈より大きな物を振り回し、容赦なくモンスターを殲滅する。
「……性格変わってきてねえか、アイツ」
そう呟きながら、
一撃離脱、戦いの流れを変える遊撃手。それがベートの役目。
「俺の【経験値】になりやがれ、雑魚共がぁ!!」
そのために、強くなる。
それがベートの誓いだった。
――インファント・ドラゴンの時のクソみてぇな思いは、二度とゴメンだ。
だからこそ努力する。
「さぁ、行くぜぇ!?」
【ランクアップ】した恩恵を全力で利用し、ベートは駆け出す。
モンスターが全滅したのは、程なくだった。
ダンジョンからの帰り道、ドロップアイテムのみ回収したためそこそこの重みを肩に感じながら歩いていく。
「結局何すればいいのか考えつかなかった……」
「そもそもダンジョンでするような事じゃねえだろ。アホか」
「体動かせば少しはマシになるかと思ったんだよ。頭ほぐすために来ただけだ」
「意味分かんねえ。ったく」
小さく溜め息を吐いて、しかしベートはニヤリと笑みを浮かべた。
「だがまあ、テメェにはちょうどいいのかもな。死に急ぎ野郎をつなぎ止めるんならお守りはいいお荷物になるだろ」
「おい待てなんだ死に急ぎ野郎ってのは。勝手に決め付けるな」
「ハッ、インファント・ドラゴンで死にかけたのはどこのどいつだ。自分の命投げ捨てるような真似されたって迷惑なんだよ」
「それは……」
実のところ、あの時シオンが取った行動を、誰も口にしてはいなかった。
リーダーとしてパーティメンバーの命を助けるのは当然のことだとシオンは思っていたし、もしかしたらそれで救われたかもしれないと考えている姉妹も、気まずさから何も言えず。
しかしベートだけは、憎まれ役を買って出るのを厭わない。
「迷惑なんだよ。勝手に助けられて、勝手に死なれるのは。んなことするなら見捨てられる方がまだマシだ。……テメェのせいで押し付けられた罪悪感を背負い続けるなんて、ゴメンだぜ」
「……。それでもきっと、同じことが起きたら、おれはまた同じことをする。だって、三人には死んで欲しくないんだ。もちろん、おれだって死ぬつもりはないぞ? もしもの時に、どうしようもなかったらそうするだけだ」
「チッ、そうかよ。なら精々そんな状況に陥らないよう指示出しやがれ」
シオンはそうおどけて言う。
そうそう意識改革はできないか、とベートは思った。どうにもシオンはベート達よりも一つ下に自分を置く。恐らくベートの知らない過去が原因だろう。
「……テメェの思った通りに指導すりゃいいだろう」
「え?」
「テメェが覚えてることは何だ? 『シオン』って人間が、他人に自信を持って『これだ』と言い切れるような物は何だ? それを教えてやりゃいいんだよ」
なんで俺がこんな事を……と愚痴を吐くベートの横顔を眺める。
「そっか……そうだよ、簡単な事だった。ありがとなベート! やっぱり頼りになるぅ」
「煽てるな。もうちょっと冷静になれば自分で気づけただろうが」
「それとこれとは話が別ってね。おれが感謝したいってだけさ」
悩みが無くなり吹っ切れた笑顔でベートを見ても、鼻を鳴らして顔を逸らされた。なんだかんだで助けてくれるベートは本当に損をしている。素直になればいいのにとも思ったが、素直になったベートはそれはそれで気持ち悪い。
憎まれ口を叩くからこそベートなのだと、この悪友の在り方を再認識した一日だった。
一方その頃、フィンはロキに相談を受けていた。
「どうする、どないすればいいんや……! 一気に上がるなんて聞いてないで!? 『
呆れた事に前回アイズをこねくり回したせいか味を占めたらしい。この三ヶ月というもの、4人の子供達に『比較的マシな』二つ名を付けるために頭を捻っていたのたが、どうにもいい案が出なくてストレスマッハになったせいか。
これで子供大好きなロキは、アイズが怯える程に抱きしめ尽くしたのだ。冷静に戻ってからは落ち込んで反省していたので、今は大丈夫――と、思いたい。
呆れたフィンが頬を引きつらせながら言った。
「僕の時はなんとかなったけどね。あの時は無茶を聞いてくれてありがとう」
実はフィンの『勇者』という大仰な称号、この主神とかつて交わした約定により『それっぽい』二つ名を付けてもらったのだ。
つまりある程度の口の上手さとそれに賛同してくれるだけの神物をある程度用意すれば、ノリと勢いで構成されているバカ神は勝手にオーケーを出してくれる。他にも手っ取り早い方法として神会に参加する神に金を渡して買収、いわゆる賄賂で二つ名を買うこと。
ただしこれには結構な、というか法外な金を要求されるので、辛いところがある。できなくはないのだけれど。
が、それはあくまで一人なら、という話。いくらなんでも4人の二つ名を神々を買収して無理矢理賛同させる、あるいはロキが口車に乗せる、というには無理がある。つまりロキが庇えるのは最低で1人のみ。良くて2人だ。
「でもまぁ、シオン達はあんまり気にしないと思うよ? 【ランクアップ】したときも、二つ名とかどうでもいいって言ってたし」
「そこだけが救いや。そもそも子供等には早すぎてわかってないみたいやし、大丈夫だとは思うんやけどなぁ」
頭を抱えるロキに苦笑いを返す。
ここ最近――というか、前回の神会から向こう、間近に迫った期限に悩み続けているロキ。本当に酷い物になると一体何を示しているのかさえわからない物になるため、その子を持った【ファミリア】の主神はせめて無難な二つ名を付けようと躍起になる。
「うう、なんで神会は三ヶ月毎なんや。もっと間を開けてもバチは当たらんやろ!?」
「そもそも神に罰を与えられる存在はいるのかな」
もっともなツッコミだが、ロキには関係ない。
「ほんま、どないすればええんや……」
ついに頭を抱えてしまったロキに、フィンは表情を変えると姿勢を正す。数週間前ならまだ茶化してもいられたが、本気で悩んでいる彼女を追い詰めるような真似はできない。
「……ロキ、これはあくまで僕の要望だが」
だからフィンは、己の心情を吐露した。
「できればシオンには、――という二つ名を与えたい」
その言葉に、ロキの動きが止まった。そしてフィンの顔をまじまじと見つめる。けれどフィンの顔に変化はなく、本気なのだとロキは理解した。
「……普通なら、まず無理や。そもそもそれは」
「そうだね、誰にも渡したくはない名だ」
「――本気なんやな? それを誰かに継がせる事の意味も、全部理解して?」
「ああ、よくわかっている。だがシオンならば――そう思わせてくれるんだ。近い将来、僕は本格的に『もう一つの使命』を遂行しなければならなくなる。それを成す為にも、必要なんだ」
聴き終えたロキはしばらく吟味するように目を閉じる。
恐らく、参加する神々はほぼ確実に賛同する。面白そうだ、という単純な、アホらしい理由で。だから名付ける事自体は簡単だ。
問題は、その先だった。
「だけどな、フィン。
「それも込みだ。考えられる可能性は、あの二人と話し合っている。その上で頼んでるんだ」
「っ、シオンの同意は? 勝手に面倒に巻き込まれるあの子の想いはどないするんや」
苦渋に歪んだロキの顔を見て、フィンは言う。
「――絶対にシオンは受け入れる。『英雄になる』と心に刻み込んでいるあの子は、例え名前だけでも名乗れるのなら、全ての
その目は、ロキを見ていない。
メリットとデメリット。それを天秤にかけ【ファミリア】の先を考える、団長としての姿。彼が見据えるのは、遥かな未来だ。その為になら利用しよう、使ってみせよう。
シオンという人間の、純粋な想いさえ。
「――僕達の間に交わした『約束』を、忘れないで欲しい」
それでも渋るロキに、ついに虎の子の言葉さえ持ち出す。悩みに悩んだロキは、ついに諦める様に溜め息を吐き出し、
「……わかったわ。シオンの二つ名はそれに、決まりや」
納得のいっていない表情と声で、そう言った。
たった一人の小さな子供に押し付けられる重圧に、重苦しい溜め息を吐きながら。
フィンとロキが不穏な会話をしている事など露知らず、ダンジョンから戻ったシオンは自室に戻っていた。
ベッドに座り、テーブルの上に置いてあった物を睨みつける。
「……渡すタイミング、完全に無くした」
二人に贈ろうと用意した装飾品。帰りにアイズとぶつかり、そして失神した彼女をホームに連れてくることになったため、機会を逸していた。
「どうしよっかなぁ。このまま持ってても仕方がないし。かと言ってどうやって渡せばいいんだろう」
あの時はテンションが上がっていて思いつかなかったが、冷静になると恥ずかしい。ゴロゴロとベッドの上を転がり悩むこと数分。
「……普通に渡せば、いいかな」
結局無難な選択に落ち着いた。
部屋の外に出てホームを歩き回る。今は午後を少し回ったくらいの微妙な時間だ。ティオナとティオネの二人が外に行っている可能性もあるので、そうなったら夜に渡せばいいだろう。
無駄に歩き回るのも嫌なので、一度門にまで移動する。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、ティオナとティオネ、どこに行ったか知らない?」
「アマゾネスの姉妹の事か? それなら足りなくなった投げナイフを補充しに行くと言っていたが……妹の方は暇だから付き添いらしい。別れているかもしれんぞ」
「そっか、ありがと! おれは二人を追っていったって事で。陽が沈む前には戻るよ!」
「おう、気をつけて行ってきな」
情報をくれた門番に言伝のような物を言い、迷宮都市を走る。北のメインストリートに出て、そこから一気に走り抜ける。
「多分、二人がいるならあそこかな、と!」
ついでに鍛錬だ、と言わんばかりに全速力を出し、行き交う人々の間を行く。まだ小さいシオンはあまり目立つ事はない。こちらが気をつければ驚かれることなく走れた。
シオンが目指すのは都市の象徴にして中央。
白亜の塔『バベル』、多分そこに姉妹がいる。
走り続けて数分、バベルの存在する
この中央地区はバベルをぐるっと囲むような円形になっている。各所に緑木や噴水が存在しており、公園という表現もできる。だがここに来たら、決してそんな言い方はできないだろう。
その理由はここにいる彼ら冒険者の存在。剣や槍などを携えた彼らは途切れる事なくバベルを目指して歩いていく。目も眩むような数が存在するというのに、この中央地区が飽和する様子は微塵も無かった。
彼らに倣いシオンもバベルを目指し歩き出す。大人、あるいは青年程度の人が多い中でシオン程度の背丈は珍しかったが、どうやら小人族とでも思われていたのか、そこまで視線は集まらなかった。
バベルの入口は少々特殊で、東西南北から来る冒険者に配慮して台形の門が一階部分にぐるりと張り巡らされている。これなら大勢の人間が同時に行き交う事が可能だ。門を潜ると白と薄い青を基調にした大広間が目に入る。ここがバベルの玄関のようなところだ。
本来ならここから地下へ行きダンジョンへ潜るが、今日の目的はそこじゃない。バベルの塔はその高さの通り多くの広間があり、各階層は様々な用途に利用されている。そのため主要な施設は二階から。三階には一応存在する換金所があったが、フィンの指令によって未だ一度として利用したことはない。そろそろ許可を貰いたいところだ。
実はバベルの塔に存在する階段は多くない。三階から上に行くには、ある装置を利用する。広間の中心へ行き、いくつかある円形の台座へ行く。硝子とはまた別種の透明な壁が取り付けられていて、グラスのようだ。
中にある装置に触り、階層を指定。する寸前で、少し悩む。
――二人がいるのは、八階かな。でも見るだけなら四階にいる可能性も……。
驚くべき事に、四階から八階まである店全て【ヘファイストス・ファミリア】の出している物なのだ。そして四階はまず自分達では手が出せない武具。逆に八階にあるのは、【ヘファイストス・ファミリア】の見習い鍛冶師達が作ったもので、自分達でも買える物が置いてある。
――八階に行くか。運が良ければ何かいい物が見つかるかもだし。
七階にある物は少々お高い。Lv.2になったばかりの自分には早かった。階を選び、押す。少しの時間の後、台座が地面から離れて、上へと昇り始めた。
これもダンジョンから持ち帰った魔石の恩恵の一つ。どういう原理なのかは不明だが、石から生じる魔力を浮力に転換しているらしい。もちろん魔石の持つ魔力にも限度があるので、定期的に入れ替える必要性はあるが。
しばし待機。この奇妙な浮遊感に違和感を覚えつつ、自分で登るよりは大分マシだと割り切るしかない。この塔の最上階までまともに登るとなると、何時間かかることやら。
遂に八階に辿り着く。やはりというべきか、人は多い。武具は自分の命を預ける相棒のような物なのだから、厳選は大事だ。さもありなん。
開いている店の中を適当に見て歩く。姉妹を探すのが主だが、ちゃんと商品を見ていくのだって忘れない。
三ヶ月前――【ランクアップ】を果たした直後は、多くの鍛冶師と会った。良くも悪くも子供というのが響いて有名になりすぎたせいか、顔合わせだけでも、と言われたのだ。
シオンは世間を知らない。一分でも速く強くなりたいと願い、それにフィン達が応えた結果、知識担当のリヴェリアからは最低限の常識と知識以外、ほぼ全てダンジョンの事を中心にして叩き込まれた。その反動か、『その周辺』にまつわる事は何もわかっていなかった。
Lv.2になった冒険者はLv.1とは違う。本当の意味で『一歩』を踏み出せた彼らはいつか大成してくれるかもしれない。そんな彼らの武具を作れれば自ずと有名になれる。
言ってしまえば広告塔。しかし鍛冶師にとっては重要なことだ。
例え相手が子供でも関係はない。いいや、むしろ子供だからこそ『自分と』という人間は多かった。わずか六歳という人間が【ランクアップ】した事実は、それだけ迷宮都市に響いていたのだ。その恩恵に預かりたかったのだろう。
しかし、シオンは誰一人として直接契約をしなかった。
直接契約とは通常の物より強固な物で、冒険者が素材を直接鍛冶師に持っていき、持ってこられた鍛冶師はそれを使って冒険者の武具を作り、格安で渡す。
ギブアンドテイク。お互いの助け合い。
けれど何よりも――鍛冶師が特定の誰かのために作った武具は、他にない威力を発揮する。
それを知っていて契約しなかったのは、理由があった。
――見つけた。
槍を主に扱っている店。その中でも一際目立つ場所に置かれた、一本の槍。
他の何色も存在しない真紅の槍。ただ一色のみのそれはまるで血を求めているかのようだ。
値段は――十二七〇〇〇ヴァリス。
やはり高い。この階に置いてある物の中でも抜きん出て。それだけの目玉商品でもあるというわけだが、結構前に見かけたのにも関わらず置かれたままなのは、やはりこの値段に尻込みしてしまうからだろう。
当たり前か。下手をするとこの槍、この階にある
なのに、妙に心惹かれるのは何故だろう。
理由はわからない。ベートに聞かれた事もあったが、何となく思ったのだ。
――『執念』みたいなのを、感じたから。
それだけ。鼻で笑われて終わったが、本当にそう感じたのだから仕方がない。銘を『紅椿』としたそれに刻み込まれた【Hφαιστοs】というロゴ。
――椿・コルブランド。
自分自身の名を武器に付けるほどの自信作に、シオンは引き込まれた。そしてシオンは、決めてしまったのだ。
この
シオンには目的がある。誰かが聞けば笑ってしまうような、そんな幼稚だろう夢。だから自分と関わる人は、どんなに小さくてもいい、何か目指すものを持っていて欲しい。
ベートのように、強くなること。
ティオネのように、団長の為に行動すること。
ティオナは――よくわからない。一度聞いてみたら、真っ赤になって俯かれてしまい、もう一度聞きなおす事はできなかった。でも、目的はあるとだけ、答えてくれた。
それでいい。何か目指すものがあれば頑張れる。それを身を持って知った。
けれど、ふと思ったのだ。
もっと狂おしい程の想いを――執念を持った人が、近くにいて欲しいと。
そうすれば自分ももっと先まで行ける。方向性は違えど切磋琢磨し合える。それができるのはきっと、この人だと、そう思ったから、求めた。
――欲しい。
それに何より。
――この人の手で作られた武器が、欲しいっ!
これ程の獲物を、振るってみたい。
全ての理屈を吹き飛ばしたその先に残ったのは、そんな単純な感情だった。
けれど、面会を求めてきた鍛冶師の中に、この人は来なかった。
だからシオンは、未だに直接契約を結べていない。
いつまでそうやって武器を見つめ続けていただろうか。
「――シオン?」
「ん……ティオネか」
気づけば、真横でジッと自分の顔を見つめるティオネがそこにいた。ティオネは数秒シオンの顔を見ていたが、視線を移してシオンが見ていたものを自分も見る。
「やっぱりこの人か。そんなに気に入ったの? この人が作った武器」
「ああ……なんというか、『使ってみたい』って思わせられるんだ、どうしてもな」
「ふーん」
そんな気のない返事に脱力させられながらも、当初の目的を思い出したシオンは腰に吊るしてあった物入れから一つの袋を取り出す。
その様子を見ていたティオネは、シオンが何か買い物でもするのだろうか、と思いつつ見ていると、
「はい、プレゼント」
「――え?」
目の前に置かれた袋に、驚かされた。
一度シオンの顔を見つめたが、浮かべられた笑顔は真っ直ぐ自分に向けられている。それでやっと意味を理解したティオネは目を白黒とさせながら受け取り、少し躊躇ってから、袋を開けた。
取り出してでてきたのは、ちょっと大きな紫の石が付けられた御守。それをちょっとお洒落なヒモで纏っただけの、装飾品としては随分と簡素な物だった。
「……どうして、こんな物を私に?」
「似合うと思ったから、じゃダメかな?」
質問に質問を返されて、ちょっと困ってしまうティオネ。実は内心バクバクだったシオンに、何故か悪戯っ子の笑みを浮かべたティオネが御守を突き返してきた。
余計なお世話だったか、と顔には出さず意気消沈していると、ティオネはくるりと背を向け、
「シオンが付けてくれたら、団長から以外の装飾品でも付けてあげる」
そう、楽しそうに言ってきた。
「……なんでもフィンが中心か」
「当然。他の人から贈られた物をつけて勘違いされたらたまんないもの。それを我慢するんだから、ちょっとくらい我が儘聞いてくれても構わないでしょ?」
「わかったよ。仰せのままに、お嬢様」
苦笑をこぼしながらそう返すと、ティオネから楽しそうな笑い声。興が乗ってきたせいか、手渡されたそれをティオネの首の後ろでリボン結びをするとき、いつもより距離を近づけてしまった。ティオネはそれを察しつつ、集中するためかと思い、何も言わなかった。
――遠くでそれを、ガーンとショックを受けていた少女が目撃していたと気づかずに。
(何、何なのあの状況!? なんかティオネ嬉しそうだしっ、シオンもなんか楽しそう? どうなってるのー!??)
双子の妹、ティオナはその光景を見て咄嗟に隠れ、壁越しにシオンとティオネを見ていた。
「よし、うまくできたかな。どんな感じなんだ?」
「うーん、鏡が無いからうまく自分じゃわかんないわね」
(すっごい似合ってるよティオネ! ていうか褐色の肌に紫ってなんか妖しい感じがしてくるんだけど、それが何かちょうどいいって感じで……)
気づけば両手がワナワナと震えだし、認めがたい現実を前に目眩までしてきた。ティオネがシオンの方に振り向いて、どんな感じなのかと聞いている。
「ティオネによく似合ってる。なんていうのかな、綺麗って思うよ」
「そ、そう? そう言われると、悪い気はしないかな……」
そんな風にちょっと頬を赤らめて照れるティオネは、一年前の粗野な感じは全くしない、綺麗な女の子という感じで、
「ず」
ティオナは思わず、駆け出していた。
「ずーーーーーーーーるーーーーーーーーーいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
初めて感じた『嫉妬』というには可愛らしい感情の爆発のままにティオネに突撃して、彼女の肩を揺らす。
「ティオネだけズルい! 私だってシオンから何か貰いたいのに、ティオネだけ!」
「ちょ、ま、落ち着きなさいよあんた、揺らさないでって!?」
ぐらぐらと揺らされたティオネはたまらない。とはいえティオナの行動の理由を、同じ恋する乙女として察したティオネは大きく言い出せなかった。
どこか涙目になっているティオナには、なおさらだ。
「はい、ティオナ」
そしてティオナが突撃して来た事に驚いていたシオンは、すぐに冷静さを取り戻し、自分に背を向け叫ぶ彼女の髪を整え髪留めを付けていた。
「え、あれ?」
混乱冷めやらぬまま、シオンに髪を撫でられているという事だけ理解したティオナの動きがピタリと彫像のように止まる。
これ幸い、とティオナの顎に手を回して上を向かせ、髪留めを付けたティオナを見、
「うん、やっぱりティオナにはこれが似合うね。可愛い」
逆さの世界で、そんな嬉しそうな笑顔を向けられたティオナは、
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!??」
ボフンッ! と顔から真っ赤になり、顎に添えられた手を振り切って俯いてしまう。そしてそのまま逃げ出そうとしたが、逃げられない。
目の前にはティオネがいて、軽くではあるがシオンから抱きしめられているような体勢。何よりこの反応を姉に見られていた現実に、ティオナの意識は遠のきかけていた。
けれど、
「あ、そうだ。ティオナもシオンに渡す物があったんだった。ね? ティオナ」
「そうなのか? ならホームに戻ったらおれの部屋に来てくれれば」
「違う違う、もう物は持ってるから。ほらティオナ!」
ティオネはティオナの肩を掴んでくるりとシオンの方を向かせる。未だ羞恥心に苛まれていたティオナは瞳を潤ませながら俯くが、それを許さずとティオネが背中を押し出してきた。
「あ、えっと、その……う……」
オロオロと周囲を目まぐるしく見ながら、ついに逃げ場は無いと察した――諦めた、ともいう――ティオナは、
「はいこれ! シオンにプレゼント!?」
両手に持っていた、かなり大きな袋を手渡してきた。
それを受け取ってみると、結構重い。金属の類のようだ。視線で開けても? と尋ねると、コクコクと頷き返された。
開けてみると、出てきたのはティオナの瞳と同じ色のプロテクター。細長いそれはシオンの腕よりも大きかったが、篭手に付けるだけなら取り回しに問題はない。
「どうして、これを?」
疑問なのは、何故わざわざこれを贈ってきたのか、ということだ。
「えっとね、シオンってさ、今片手にしか篭手つけてないでしょ?」
そう、ダンジョンに潜っていた最初期は両手にちゃんと篭手を付けていたシオン。だが途中剣を振り回すのに不便だからと、剣を持つ方の篭手は外してしまった。
それ以来シオンはそれでやってきていたのだが、ティオナはずっと気にしていた。
「シオンって防御するとき、いっつも剣を盾に使うんだもん。剣ごと折られちゃうんじゃって、ヒヤヒヤしてたんだよ」
剣は斬るための物であって、決して何かを受け取めるようにはできていない。ティオナの扱う大剣のように大きければ別だが、そうでないシオンの剣はどうしても不安だった。
「だからプロテクターを? これを篭手につければ盾代わりになるし」
「それもあるんだけど、そのプロテクター、短剣が一本くらいならしまえるんだって。インファント・ドラゴンの素材から作ったアレがあるから、便利かなぁって」
よく皆からおバカだと言われるティオナだが、別に本当に頭が悪いわけではない。単にその場のノリと勢いと感情に従った結果、後先考えないで行動してるだけだ。ちゃんと考えられるだけの頭は存在する。
えへへ、と恥ずかしそうに笑うティオナは、これ以上何かを言うつもりは無さそうだった。
――言わないつもり、なのかしら。
ティオナがあのプロテクターを選んだ、
気づけ、気づきなさいシオン、と念を送る。そのまましまったら許さない、と。
当のシオンは短剣をしまえると聞いてプロテクターを弄り回していた。そして本当に短剣がしまえると確認し、確かにこの大きさなら、と思ったところで、ふと気づいた。
――何か、彫ってある?
隅っこに小さく、文字が刻まれていた。その名を見た瞬間、シオンの名前が見開かれる。
「――つば、き? これ、まさか」
彫られた名前は、苗字の無いただの椿。
しかしシオンには、それだけでわかった。椿なんていう珍しい名前を持つ人間はこの都市にはそういない。そしてそれを持つ鍛冶師は、シオンの知る限り椿・コルブランドのみ。
「ティオナ、これって」
「あ、あはは、気づいちゃった? なんかね、それ、元々は防具についてたんだけど、買った冒険者はいらないからって、プロテクターだけお店に返しちゃったんだって」
「でも、高かったんじゃないか。この人が作る物って、どれも出来がいいから」
「う……」
それを聞かれると弱い。思わず口ごもると、ティオネが容赦なく口をはさんできた。
「ま、確かに高かったわね。それ単品だけなのに、性能だけ見ればかなり良いからって結構ボッたくられたわ」
呆れたようにティオネが言う。実のところ、ティオネがティオナに付き合ったのではない。むしろその逆で、プロテクターを見つけたティオナがシオンに贈ろうと勇んだはいいものの、値段が届かず断念し、意気消沈しながら帰って来たのを見つけたティオネが金を渡しただけだ。
いつも助けてもらっているから、せめて私もそれに関わりたい。そんな想いは告げないで。
「ま、でも気にしないで。装備強化は必要な事よ。あんただって防御面の強化が必要だったんだから、ちょうどいいって感じに受け取りなさい」
「わかった。でもさ、これ見つけるのに一体どれだけ苦労したんだ? なんか、釣り合ってないような気がするんだけど」
しかし聡いシオンは、次の点まで見つけてしまう。二人に贈った物は何となく目に入った露店で購入したもので、そこまで高くもない。
どこか落ち込んでいるように見えるシオンに、慌てながらティオナは言った。
「たまたま見つけだけだよ!? だからシオンは気にしないで! そ、それに」
と、一瞬口ごもったティオナは、意を決したように、
「シオンの喜ぶ顔が見たかったって、だけだから、その……笑ってくれると、嬉しいな」
恥ずかしそうに頬を染めて、照れ笑いでそう言ってきた。
「そうそう、贈り物に大事なのは気持ちよ、気持ち。私達だってシオンがくれた物で喜んでるんだから、これでいいの。わかった?」
ティオナの肩に両手を乗せながら、後ろから覗き込んできてニヤリと笑うティオネに、苦笑いを返す。
「そう、だな。うん、そうだ。変に言うのも不満があるみたいだし、素直になるよ」
そしてひと呼吸置いて、
「ありがとう、ティオナ、ティオネ。嬉しいよ。この人の作った武具を使えるなんて思ってなかったから、本当に嬉しい」
ただ純粋な笑顔を、彼女達に返した。
「よかったわね、ティオナ」
「うん、うん! ありがとうティオネ。ティオネのお陰だよ!」
「私のことはいいの。ほら、シオンと一緒に帰りなさい、と!」
感極まっているティオナにそう言うと、彼女は赤くなった顔で礼を言う。そんな妹の肩を押してシオンに突き飛ばし、二人だけで帰るように言うと慌てるのだから面白い。
その後更に変な注目を集めている――ある程度年取った独り身の男性と女性が血涙流しているのに驚き――と知ってリンゴのように赤くなった顔を見たシオンに心配されているのには、ちょっと心配になったが。
「それにしても」
シオンはもしかして、狙ったのだろうか。
ティオナは気づいていないが、よく本を読んでいるあの子の事だ、自室に戻って鏡を見るか、あるいは髪留めを見た瞬間、思い出すだろう。
あの髪留めのモチーフにされた花――『ひまわり』の花言葉を。
ひまわりは様々な花言葉を持つが、この場合はこの三つだろうか。
愛慕、あなただけを見つめる、情熱――どれもこれも、お熱い言葉だことで。
「……ま、シオンのことだしありえないか。ホント、どーんかん」
そんな溜め息を吐き出しつつ、ティオネは少し寄り道してからホームへ戻った。
ちなみに。
「何やってんのよあんたは」
気になってティオナの部屋へ寄ってみると、何故か布団に包まって芋虫になっていた。布団を剥ぎ取り嫌がる彼女を引きずり出すと、
「うう……私、恥ずかしすぎてシオンの前に顔見せられないよぉ……!?」
嬉しさと恥ずかしさが綯交ぜになった
更にちなみに。
「なあティオネ、おれ、もしかしてティオナに嫌われた……?」
「あんたもなの!??」
妙に暗い顔をしたシオンを見かねて声をかけた結果、ティオネは貧乏くじを引いたと悟る。
溢れた想いを押し込めて話を聞いたところ、帰る道中店を流し目で見ていたティオナは唐突に立ち止まると、いきなり何も言わずダッシュで逃げたらしい。
「追ったら『ついてこないで!』って叫ばれたし……何かしたかなぁ……」
ガックシと項垂れテーブルに額を押し付け落ち込むシオンに、ティオネは言いたかった。
――もうあんたら付き合ったらどうなの?
とはいえそれは余計なお世話と言う他なく、溜め息を何とか殺して、
「大丈夫よ、あの子はちょっと深読みしただけだから」
そう、慰めるように言う。
なおシオンが元に戻ったのは、ティオナを自室から引きずり出した数時間後だったらしい
はっはっは……こんなんでいいのかと頭抱えている作者です。色々狙いすぎた感がしてあざとくなったかもしれない。
ていうか前回からの引きが足を引っ張って2/5近くがシリアス、5/1が姉妹探しで、ティオナメインとは言い難いという。
さり気にティオネ巻き込んじゃってるし、どーしよーもなーい。
あとアクセサリーの下りはこの後の展開で割とあっさり目に書く予定を急遽変更したから仕方がないと言っておこうか。だが、しかしその前に。
そもそも私はっ!
――恋愛描写が苦手なんじゃあああああああああああああああ!!(今更)
ラブコメ苦手! コメディはもっと苦手! ドシリアスな展開しか書けないダメダメな人なんですよ!!
くっ、魅力的なヒロイン書きたいのにどうしようのないこの表現力の乏しさが今は凄まじく恨めしい。
いっそしばらくラブコメ封じてしまおうか!?(錯乱)
と、一通り嘆いたところで。
誤字脱字報告ありがとうございます。展開の見直しで何度か読み直してるんですが、それでも抜けがあるので大変ありがたいです。
それと前回の感想で『シオンのステイタスはどんな感じなのか?』と問われたので此方にもお書きしますが、その内容は今回含めず恐らく三話後です。
どうして恐らくかって?
答えは単純、できていないからです。
次回更新の9/5の21時投稿予定『彼らの二つ名』でおもっきし大苦戦。シオンとティオナは決まってるのにベートとティオネが思いつかない。
いや何となくは決まってるんですけど明確な名前にならないという……。
な、なんとか間に合わせますけどストックができない……ホントにどしよ……。