英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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魔力と魔石、そして■■■■

 そうしてリドと行動をする事になったシオンだが、行動し始めてすぐに舌を巻く思いを隠すのが難しくなった。

 ――強い。

 ただ、それに尽きる。

 恐らく一対一ならフィンと互角、リドの装備次第では圧倒すらできるのではないだろうか。

 元々モンスターは冒険者よりも強い。そんなモンスターであるリドは、恐らくアレと同じ『強化個体』に分類される。

 強い理性があり、戦う技術を学び、人より圧倒的なポテンシャルを誇る、イレギュラー中のイレギュラー。それが彼だ。

 この階層のモンスターが束になっても、意味など無いと鎧袖一触で蹴散らしていく。確かリザードマンは比較的『耐久』が低いはずなのだが、巧みに鱗の中でも特に硬い部分で攻撃を受け止め即座に反撃。拳で相手の頭を掴んで圧縮した。

 ――……いや、素手でモンスターを掴んで握り潰せる握力とは一体……。

 シオンがリドの桁外れの戦闘力に内心ドン引きしつつ、だが彼は味方だという事に安堵もしていた。

 同時に気になっていた事も聞いておく。

 「なぁ、そもそもリドはどうしてこの騒動に気付いたんだ?」

 そう、そこだ。この騒動を起こすにおいて、『闇派閥』は相当計画を練ったはずだ。少なくとも冒険者側でこれを事前に察知できた者はほぼいないはず。

 それはモンスター側も同じなはずなのだが。

 「いや、単純な話だぜ? オレっち達と『闇派閥』の行動経路が似ているからだよ」

 「似ている……?」

 「ああ。何せオレっち達も奴らも、『他人に見られると不味い』っつー共通点がある。だから普通はダンジョン内で行動する時は、人が来ない所を拠点にしているのさ」

 それが、『異端児』と『闇派閥』の行動経路が似ている理由だ。余人に知られるな、というわかりやすい理念を持つが故に、リドは奴等の動きを把握することができたらしい。

 「でも、それは逆の事が言えるんじゃ?」

 「……忘れたのか? オレっち達は外見上同種のモンスターと変わりない。その階層にいても不自然じゃないモンスターの外見をしてる奴に偵察を頼めば、それだけでバレないのさ」

 もちろん全てのモンスターは人を見れば襲いかかる上に、異端児達も、異端であるが故にモンスターから狙われてしまう。

 だが、それでも、例えばシオンが『闇派閥』を偵察するより、バレる可能性は低い。

 「そう、か。そうだったな」

 その事をシオンは失念していた。そして、その理由をどことなく察したリドが、フードの下で鋭い牙を剥き出しにするように口元を緩めた。

 まるで威嚇しているかのようだが、違う。これがリドにとって本当の意味で笑っている事を意味しているのだ。

 ――ああ、コイツは本当にオレっち達をモンスターとして見ていないんだな。

 あくまでリド達を『人』として見ている。それが堪らなく嬉しい。どう見たってバケモノでしかない自分達を、勝手に『友』と呼んでいるだけのモンスターの群れを、友と言い返してくれるのだから。

 「だけど、騒動を起こすのがわかっても、助けに来るかどうかは別じゃないか?」

 だから、この質問の答えは簡単だった。

 「ああ、そうだな。最初はオレっちだって、来るつもりはなかった」

 異端児で最も強く、賢いのはリドだ。彼が倒れれば、他の異端児達は己の身を守るために、相当な苦労を強いられるだろう。それでもここに来た、その答えは――。

 「――でも、お前が来ると思ったんだ。きっとシオっちなら、この騒動を見逃さないってな。オレっちはよ、他人を助けるシオっちを助けに来たのさ」

 それだけだ。それだけしかない。正直に言って、シオン以外の他人を助けるのは、物のついででしかないのだ。

 だが、理由を聞いたシオンは、意外な事を聞いたとばかりに目を丸くしていた。

 「おれを……?」

 「さっきも言ったろ? 友達を助けるのに理由はいらないって。アレ、嘘じゃないんだぜ」

 照れくさそうに鼻を鳴らしながら、だが真実を告げる。シオンは更に目を丸くしたが、やがて目を細めて、

 「そっか」

 ただ一言だけを、返した。

 そこに全ての想いが込められているような気がして、益々居心地が悪くなる。思わずローブの下で尻尾を二度、三度と揺らしてしまった。

 『――――――――――!!』

 「「ッ!?」」

 そんな穏やかな雰囲気も、遠くから聞こえた怒声でかき消される。

 「リド」

 「おう、行こうぜ!」

 それでも、その怒声に怖じける間もなく即座に戦闘体勢に移れる二人は、やはり根っからの『戦闘者』なのだろう。

 目を合わせると、頷き合い、声の中心へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

  そして、その悲鳴を合図にシオンとリドは相当数の戦いに巻き込まれた。一度巻き込まれればネズミかゴキブリのようにモンスターと『闇派閥』が襲って来るのだ、休む暇もありゃしない。

 「で、またモンスターの群れなんだが……トレインされてないかこれ?」

 「生憎周辺に人がいる気配は無いな。オレっちが片付けるから、回復薬で体力を回復しといた方がいいぜ」

 ゼェゼェと息を荒げているシオンに声をかける。怪我自体は掠り傷を除いて一つも無いが、体力はそうではない。要所要所をリドに任せているとは言え、ほぼ全力で戦い続けているシオンは汗まみれだ。露出している顔や首筋だけでなく、手も汗で濡れている。

 「そうする。……リドは、いいのか?」

 「モンスターの体力舐めんなよ? まだまだ余裕よ」

 そう言って手を振るリドは、確かに空元気ではなく本当に余裕そうだ。やはり単純な身体能力では人間はモンスターに遥かに劣る。その事実を認識しつつ、だがリドは味方だから、と然程気にした様子もなくシオンは回復薬を口にした。

 ……ちなみに、ではあるが。

 こうして話している間も二人はモンスターに襲われている。単純にリドが一騎当千の動きでモンスターの群れを押し留めているだけだ。

 あと、ここまでリドと共に戦っていてわかった事がある。

 それは、リドはモンスターから狙われやすい、という事だ。もちろん目の前で戦っていればそのモンスターはシオンしか狙わない。だが、同じ距離でシオンとリドを視界に入れると、高確率でリドを襲いに行くのだ。

 ――人と異端児じゃ、異端児の方を優先的に狙う、のか?

 その理由を、シオンは漠然と理解していた。恐らく彼等の行動理由は、人のそれと対して変わりないんだろうな、と。

 例えば、肌の色が違う、例えば、髪の色が違う。例えば、話す言葉が違う。そんな、ちょっとした違いに途方もない嫌悪を覚える人間と同じで、モンスターも、自分達と決定的に異なるリド達に強烈な嫌悪を感じるのだろう。

 だからこそ、リドを襲う。いいや、リドだけではない。

 異端児――そう呼ばれる者は、誰一人例外無く、『異端』なのだ。

 ――人からも、モンスターからも疎外され、弾かれる、か。

 シオンが彼等と会ったのは、今回の事を除けばあの一回のみ。だが、そのたった一度の邂逅だけで、シオンは彼等の力になりたいと思ってしまうのだ。

 リドの笑みを思い出す。……子供のような、その純真な笑顔を。

 確かに外見は怖いかもしれないが――でもきっと、子供のような無垢なそれを。

 ――うん、そうだ。

 人だとか、モンスターだとかなんて、関係ない。

 ――おれは、きっと……。

 シオンがナニかに気付きかけた、その一瞬前。

 「シオっちッ、飛べェッ!!」

 その声に導かれるまま、シオンは倒れこむように跳んだ。その直後、シオンは鋭い物が掠めた感覚を覚えた。

 「大丈夫かシオっち!?」

 「ああ……多少髪が、切れたくらいだ」

 「……わりぃ、もう少し早く気付いてりゃあ、切られずに済んだんだが」

 言われて見ると、膝下まであったはずの長い白銀髪の左半分程が、腰上まで切られていた。リドに言われなければ、髪ではなく体を両断されていただろう事を考えれば、安い対価だろう。

 「髪なら伸ばせばまた元に戻る。……いや、別におれは伸ばす気なんて無いんだが」

 後半部分だけ小さく愚痴りつつ、シオンは前を睨む。

 ――()()()()

 少なくとも、刃物かそれに準じた物を持った何かがいるはずなのに。シオン、そしてリドの視界には何も見えない。

 「チッ……そこにいんだろうが! コソコソ隠れてねぇで出てきたらどうだ、臆病者が!」

 途轍もなく不機嫌そうなリドが、舌打ちしつつ右前方を睨みながら叫んだ。だが、それでも出てこない、シオンに見えない何かを感じているリドが得物を構えた。

 「出てこないなら、別にいいぜ。オレっちの方から」

 「チッ、マジでわかってんのか。あーあー、俺のこれも完全じゃねえって事かよ。使えね」

 「――ッ!!」

 その声を、シオンは覚えている。いいや、忘れる事などありえない。

 名前は、知らない。だが、だけど、コイツだけは忘れる事など無いと、確信を持って言えるような相手。

 「どう、して」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「お前が、ここにいる――ッ!?」

 全てを呪うかのような達観した瞳が、見下すようにシオンとリドを見つめていた。

 ――けれど。

 「ハーッ。ンなもん相手に教えるバカがどこにいるよ」

 心底どうでも良さそうに、視線さえ外してしまう。

 「……ッ。お前、『闇派閥』の人間だったのか」

 そう返されるのがわかっていて敢えて聞いたシオンは、それでも苦渋を隠さないままもう一つの事を聞いた。

 リドは……黙っている。言葉を交わす役目をシオンに任せたようだ。警戒心を向けたまま、いつでも突っ込めるように腰を落とす。

 「ふん、答えのわかってる質問なんてするのは時間の無駄だぜ」

 言って、背を向ける男。だが、油断は無い。リドも無闇に突っ込むのを躊躇うほどに、危うさを感じてしまう。

 「だから、それに答える代わりに――いいぜ、答えてやるよ。()()()()()()

 「何?」

 目的を教えるのはバカのする事だ、と断じた相手の手のひら返しに、逆に訝しみ、眉を寄せるシオン。そんなシオンの苦悩を、楽しそうに、心底から喜んでいるかのように、ただし、と奴は口を歪めた。

 「貰うもんは貰っとくがな。――そら」

 「……? ……ガッ!?」

 「シオっち? いきなり左腕を押さえてどうした? ――お前、何をしやがった!?」

 突如膝から崩れ落ち、リドの狼狽にも答えられないまま左腕を押さえだすシオン。その額に浮かぶ汗は、どう見ても痛みを堪えるために出てきた油汗だ。

 「ん? 別に答えるのは構わないけどよ。そのまま放っとくと死ぬぜ? そいつ」

 「何言って……!」

 シオンの苦悶の声をニヤニヤと眺めていた男は、リドの言葉にあっさりと返答した。それはどういう意図なのか見抜けなかったが、すぐにバラされた。

 「左腕に仕込んだ呪いさ。魔力と、少しの生命力を、呪いを中心に集める――ただそれだけの、単純なシロモノだ」

 「って事はつまり、シオンは今」

 「魔力と生命力を吸われ尽くしている真っ最中ってワケだ。……さて、さてさて? ここでショータイム!」

 バッと両腕を大きく広げ、堪えきれない嘲笑を混じえながら、男は叫ぶ。

 「その呪いの中心点は左腕! そして、一度発動した呪いはまず解呪できない! だったらシオンを助ける方法はたった一つしか無いよなぁ!?」

 ()()()()()()()()――言外に男はそう告げていた。

 「な、んだと……!?」

 リドが狼狽によって一歩下がり、動揺を隠せないままシオンを見下ろす。今にも気絶しそうなシオンに、剣を持つ手が震えた。

 ――左腕を、切り落とす。

 確かにそれが最善なのだろう。今も苦しむシオンを助けるには、この小さな体の一部を切り離す事こそが、救いになる。

 だが。

 だが、だ!

 ――オレっちが、シオっちを、傷つける……?

 異端児にとって、同類である異端児以外全てが敵だ。モンスターは当然、人間であっても会話など夢のまた夢。

 それでも、リド達は外に憧れた。ジメジメとしたダンジョンで、共に戦い、笑い合う人間達と、そんな彼等が住む外の世界に、憧れたのだ。

 だから努力した。助けても襲われて、襲われて、襲われ続けて――そして初めて、異端児を見ても襲わず、恐れず、会話を交わし、笑顔を見せ合った――。

 ――……たった一人の、人間の友達。

 できない。できるわけが、ない。

 「ああ、先に言っとくぜ」

 完全に固まるリドを見て、笑顔を隠せない男は、事実を告げる。

 「その呪い、魔力が切れれば生命力を容赦無く奪うから――後数分で死ぬぜ? そいつ」

 「……ッ!」

 事実だ、とリドは瞬時に悟った。先程シオンにもリドにも見えなかったが、リドは見えずとも感じていたのは、彼の感覚器官が優れていたからだ。特に聴覚を鍛えていたので、声音から嘘ではないのを察してしまった。

 けれど、動けない。

 左腕を斬らなければ、シオンは死ぬ。

 それでも、それでも――リドは、『もしも』の未来を恐れて、動けなかった。

 ――冒険者にとって、五体満足であるのは大前提だ。

 例えば四肢の欠損。例え一箇所であろうとも欠損していれば、冒険者稼業などまずできない。そしてシオンは冒険者であり、左腕を切り落とす、というのは。

 ――()()()()()()()()()()()()という事に、他ならない。

 命は、助かる。

 だが、この齢で冒険者になる事を決意したシオンの覚悟を、捨てさせてしまう。そして、そうなった時のシオンが、左腕を切り落としたリドを恨まない、とは言い切れない。

 初めての、たった一人の友達。

 そんな彼から向けられる、本気の憎悪――それを想像するだけでも、リドは剣を持つ手を動かす事ができなくなってしまう。

 恨まれてもいいから助ける、と言い切るには、リドはあまりにも孤独な時間が長すぎた。

 これが同じ異端児なら、覚悟できても。

 人を相手にすれば、これほどまでに脆いだなんて――……。

 「……リ、ド……ッ!」

 「ッ、シオっち!?」

 動けないリドを動かしたのは、シオンだった。痛みを堪えきれないのだろう、鬱血し、痕が残りかねないほど強く左腕を掴みながら、シオンは言った。

 「左腕を……切ってくれ」

 「な!?」

 「死ぬのに比べれば、ッ、安いもんだろ……」

 震えながら体を起こし、右手を離す。それからすぐに布を口に運んで噛むと、ポーチに入れておいた万能薬(エリクサー)を取り出し、リドの足元に置いた。

 そして、目で告げるのだ。

 ――お前にしか頼めない。

 今の瀕死に近いシオンでは、自分で自分の腕を切り落とす程の力が出ない。中途半端になるのがオチだろう。

 だからこそ、リドだ。リドの膂力なら――綺麗に、ひと思いに、やってくれるはず。

 そう、信じている。

 そして、それを感じ取ったリドも、覚悟を決めた。自身の剣に目を落とし、その刃のボロボロさに苦笑した。これでは綺麗に切れる訳が無い。

 「借りるぜ。剣」

 「……ッ」

 シオンの取り落とした剣。それを拾い、リドは構えた。

 一撃だ。

 一撃で、切り落とす――!

 スッ、と、斬られたという事実を遅れて認識するほどに、あっさりとシオンの左腕は肩口から切り落とされた。腕が宙を舞い、血が吹き出た瞬間、シオンは痛みを知覚する。

 「――――~~~~…………!??」

 あまりの激痛に左腕を押さえかけるも、それを意思一つでねじ込む。今下手に傷口に触れれば痕として残りかねないと、わかっていたからだ。

 リドに渡しておいた万能薬が塗りつけられるまでの時間が、あまりにも長く感じる。そうして長くなった時間の中で、痛みによって反射的に浮かんだ涙で揺れる視界の端。

 飛んでいった腕を回収する男の姿が見えた。

 けれど、それを止める事も、言葉で言う事もできない。

 今万能薬で治療しなければおれは死ぬと、誰に言われるまでもなく気付いていたからだ。液体が傷口に振りかけられる激痛。布を噛んでいながら、それを噛みちぎって血だらけになった口元に飲み込まされる激痛。

 痛みには慣れている、というのにも限度がある。そしてこれは、その限度を超えていた。

 獣のような声を間近で浴びながら、それでも暴れるシオンを抑えて冷静に万能薬を使ったリドの心境は如何ばかりか。

 シオンにはわかるはずもなく、意識が暗転し――数秒で、起きる。

 「ッ……ノド、いた……洒落、なってない……」

 万能薬を飲んでおきながら、未だに痛む喉を右腕で押さえる。リドに背中を支えられてようやく上体を起こせたシオンの体に、左腕は、もうなかった。

 「中々面白い見世物だったぜ」

 「テメェ! ぶっ殺してやるからそこ動くんじゃねぇ!!」

 怒りによって遂に口調が乱れたリドの殺気は、並の冒険者では出せない相当な濃さ。それを受けても涼しげに笑いながら、男は約束だ、と言った。

 「俺の目的を教えてやるよ」

 それを聞いても、シオンは鈍い反応しか返せない。頭の中で鈍痛が止まず、言葉を言葉として認識するのも辛い状況だからだ。

 そんなシオンをつまらなそうに一瞥すると、それでも律儀に続けた。

 「ま、目的っつっても単純だ。シオン……あるいは、シリスティア。お前にこれ以上ないってくらいの惨めさを教えてやりたいだけだ」

 「シリスティア……? シオっちの事か?」

 「そいつの本当の名前だ。母親の名前はイリスティア。オラリオ(ここ)じゃイリスなんて名乗っていたから、知ってるのは俺を入れても少数だろうよ」

 「……父さんと母さんを殺して、それに飽き足らずおれも、か。精神破綻しすぎ、だろ」

 言い終えた瞬間咳をし、同時に血が溢れる。傷は治っても、流れた血は体内に残留したまま消えていないからだ。

 「安心しろ、自覚はしている。――で、だ。あまりにあっさりとそいつの両親殺しちまったせいかねぇ? 足りないのさ。この怒りが、恨みが、憎しみが! まだまだ向けたりねぇって叫んじまう! だからこそ考えた!」

 ――シオンは、あっさり殺してやらなきゃいい、と。

 「義姉を殺した。人殺しの道に引きずりこもうとした。噂を利用して孤立させようとした。友を殺そうとした。――大半は失敗に終わったが、それでも、散々苦労しただろう?」

 「…………………………」

 「これもその一貫さ! ああそうだ、随分前から念入りに準備していた! ――使えねぇ駒のせいで予定が狂っちまったがな」

 シオンの反応は、やはり鈍い。それでもなお、もう気にする必要など無いとばかりに男は笑い続ける。

 「――さて、ここで一つ授業をくれてやる。シオン、オラリオの便利な生活は魔石によって支えられているのは知っているな?」

 「……何を、今更……」

 「ふむ、反応ありがとう。なら、魔石が魔力の塊なのも言わずとも知れたことだ」

 上機嫌に告げながら――後ろ手に隠し持っていた、シオンの左腕を掲げる。呪いを宿したというシオンの左腕は――黒に染まっていた。

 「だが、そこから先は誰も考えない。例えば、そう――人の魔力も、一箇所に集められるなら()()()()()()()を宿すんじゃないか、とかな」

 まぁ、考えてもまず不可能なのは言うまでもないが。魔力が液体だとして、それを体内に宿したまま一箇所に集め続けるなど、リヴェリアでさえできない事だ。

 ……けれど。

 外部から、それを可能にする機能を付け加えれば。

 例えば――そう、例えば。

 呪いによって、『魔力と生命力を強制的に吸収する呪い』を埋め込めば――不可能は、可能へと成り代わる。

 「さあ授業の答えだ! 呪いによって湧き続ける魔力を一点集中! 長時間集めに集めたそれは深層のモンスターの純度を遥かに超えた擬似魔石となるわけだ!」

 特に、

 「シオン、お前はLv.3ながらそこらの魔道士に勝るとも劣らない魔力を持つ。超難度の魔法を常用してきた結果だろうが――だからこそ、この左腕は凄まじい魔力を宿すわけだ」

 さて、さてさて。

 「そして、これまでの『実験』で得た擬似魔石が、ひとーつ、ふたーつ、みーっつ。と、数はあんま揃えられなかったが、こんだけある」

 ()()()()が、本番である。

 「んでもってこっからが重要だ。この擬似魔石は、擬似とついちゃいるがモンスターが宿す魔石と機能は変わんねぇ、とさっきも言ったな?」

 「……待て。待て、お前、まさか……!?」

 「リド……?」

 リドが、固まる。まるで理解し難い人間を見つめるかのような目で、その縦長の瞳を見開いた。恐らくリドの正体などとっくに感づいていながら、男は壁に近づき、虚空に手を置いた。

 ――いいや違う。

 それは、シオンが虚空だと思っていた物だった。

 それは、リドの五感さえも欺いて、そこにあった物だ。

 それは――巨大な卵のように、ドクン、ドクンと振動していた。

 「さあ――ここに、階層主がいる。見ればわかるが、まぁ、出現間近だな?」

 それを見れば、シオンもわかる。この男が一体何をしようとしているのか。一体何を考えて、擬似魔石を作り上げたのか。

 そんな、信じられない物を見たかのようなシオン達にバレないよう詠唱し、魔法を唱える。それを即座に完成させ、『自分とシオン達』にかけた。

 それに気付かぬまま、シオン達は見た。

 巨大な卵が割れる様を。

 そこから出てきた、卵の威容に恥じぬ巨大な体を。

 階層主の出現を告げる咆吼をあげるために、その口元を大きく開いた、その瞬間。

 「さぁて――ショータイムの始まりだ」

 そこに、四つの擬似魔石が、放り込まれるさまを。

 ――シオン達は、何もできないまま、見つめるしかなかった。

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!!!!』




一月ぶりの更新、遅くなって申し訳ありません。忙しさどうこう以前に暑すぎてやる気が起きない……休みの日の半分以上寝て過ごしている有様です。

まぁ何とか更新は続ける予定。
ちなみにタイトルの■■■■は擬似魔石。人の体を犠牲に作り上げるシロモノです。わかりにくいなら、ちょっと古いですが鋼の錬金術師の賢者の石あたりを想像するといいかも?

次回は……内容あんまり考えてません。割と大雑把進行になりつつある(描きたいシーンが多すぎて)。
実は今回もシオンとリドが他の冒険者助けるシーン一つ二つ書きたかったんですが、気力的に書けなかった。低クオリティすみません。

……こんな無様な有様ですが、次回もお楽しみに!(していて下さい、はい)

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