「見事です。まさか一回で的に当たるとは」
海未が感心した様に言って来る。周りを見ると他の弓道部員達も驚き憧れの混ざった視線を送って来る。うん私も当たるとは思わなかったから驚いてる。けど憧れの視線は出来れば遠慮願いたい。
「きっと園田さんの教え方が良かったからですよ。それに他の方が撃つのを見ていましたし」
取り敢えず弓道着から着替え制服に戻る。そして弓道場に戻るとすぐに海未に引っ張られた。
「東野先輩、少し来てください」
「え? ちょ、せめて説明を」
引っ張られるまま連れて来られたのは無人のアイドル研究部の部室。海未はサッとカーテンを閉めると扉に鍵をかける。
え……いきなりどうしたのこの子。
「友実。良いですか? あなたは今日最終下校時刻になるまでここにいて下さい」
「いや、だから説明してよ」
ここまで一切の説明がないまま来たけど、最終下校時刻までいろって言われたら理由を教えて貰いたい。
「……友実」
海未が言い難そうに口を開く。
「友実は今日が何の日か知ってますか?」
「今日?」
海未に言われ記憶から今日の事を引っ張り出す。
「今日は海未の誕生日って事くらいしかイベントは無かったと思うけど」
「……では言い方を変えましょう。一カ月前のこの日、何がありました?」
一カ月前……? 確か放課後にいつも通り図書室でのんびりしてたら遥さんに無言で手を差し出されたな。他にも夏帆さんとか他の役員の子達、それに見知らぬ後輩達も期待の視線を送って来てたな……あ
「バレンタイン……?」
「そうです。友実、翌日に多くの生徒に配りましたよね?」
「まぁ欲しかったみたいだし。別に減るもんじゃないし」
あ、だから今日は朝からあちこちから視線を感じてたんだ。今日はホワイトデーだから。
「でもそれと、私がここにいなきゃいけない理由が繋がらないんだけど」
「友実が多くの人に配ったせいか、お返しを渡そうと狙われてるんですよ」
お返しを渡そうと狙ってるってんな大袈裟な。
「先程弓道場で渡すようにと頼まれた物がこちらです」
「こんなに……」
海未がどこからともなく取り出した袋を覗き込むと、中には色とりどりのラッピングされた箱が入っていた。
「そっちの箱は?」
「こ、これは、その」
「あ~海未も貰ったのか」
海未も大変なんだねぇ~。でも私こんなに弓道部員の子に渡したっけ……?
「お互い大変だね」
「いえ、私よりも友実の方が大変だと思いますよ」
「あ~確かに」
海未の話が本当なら、今日はバレンタインでのお返しで大量のお菓子が貰えるらしいからね。
「まぁなるべく早く帰ろうか」
「そうして下さい」
「なに言ってるの。早く帰るよ」
部室の鍵を開け海未を引っ張り出す。抵抗してるも海未自身も諦めがついてるんだろうね。
さて、これからどれほどの生徒に会わないで学校から出られるか。これってよく友香がやってる潜入系のゲームに似てるな。
「や、友実。何してんの?」
「は、遥さん!」
「三条先輩!?」
後ろから突然遥さんに声を掛けられて揃って飛び上がる。いつの間に背後に回り込まれた!?
「いや~二人揃ってコソコソしてたから気になってね」
「い、一体いつから見てたんですか?」
「えーと、二人がアイドル研究部の部室から出て来た時からだよ」
「つまり始めから見てたんですね……」
まぁ遥さんだからその点に関しては今更だから良いけど、遥さんの持ってる袋の中身が凄く嫌な予感しかしない。
「あの遥さん。その袋の中身はなんですか?」
「ん? これは友実宛ての図書委員からのバレンタインのお返し」
「……わざわざありがとうございます。皆さんにもそうお伝えください」
遥さんから袋を受け取ると、そのまま手を振ってどこかへ行ってしまう。さて、この事で尚更学校に長居するのは拙い事が分かった。
「海未。早く帰ろう」
「ですね」
長居すればする程、人の波が押しかかって来るだろう。海未も人気があるみたいだし、私達が固まってたら目立つんじゃないかな。
「前方、人影多数」
「先に昇降口に回り込まれていたか」
「どうしましょう」
取り敢えず昇降口まで辿り着いたものの、そこには多くの生徒達が
「穂乃果に靴を持って来て貰うってのは出来ないかな」
「いえ、穂乃果は既に帰宅しています」
「なんで今日に限って早く帰ってるんだ……」
穂乃果って普段から早く帰ってたっけ? ほんと、なんで今日に限って……待てよ。他のμ'sメンバーはどうなんだ?
「ことりも穂乃果と一緒に帰宅してしまいました」
「絵里達三人は帰りに買い物に行くと言ってたな」
「さすがにあそこに一年生を送り込むのは躊躇われますね」
あれ? これ詰んでない? いや、待て。まだ案はあるはず。考えろ。考えるんだ。使える手を考えるんだ。
「……友香」
「友香がどうしたんですか?」
「友香が使えるんじゃ……いや、やめよう」
今から友香を呼んでも来るのに時間がかかる。それまでの間に見つかって大騒ぎになる可能性は高い。
「あの、三条先輩に頼むのはどうでしょう」
「遥さんに?」
「はい。先程お会いした限りでは特に問題はなさそうでしたし」
確かに遥さんなら問題はないだろうけど、一つだけ問題がある。
「今から電話して遥さんに繋がるか、よしんば繋がっても遥さんが来てくれるか……」
「あぁ……」
遥さんに至っては協力してくれるかどうかは、遥さんの気分次第なんだよね。偶に協力してくれなかったり、協力以上の事をしてくれたりしてくれるんだよね。
「そうすると、いよいよ打つ手がなくなりましたね」
「もうここは覚悟を決めて特攻するか」
「特攻、ですか」
特攻って言ったけどやる事は簡単で、あの集団に突っ込むだけ。突っ込んだら最後、あちこちからチョコを渡されるだろうけど、何とかしないといけないのには変わらない。
「それにいつまでもあの状態を放って置くと、他の生徒達にも迷惑だからね」
現にさっきからちらほらと無関係な生徒達が通り難そうにしている。
「海未、覚悟を決めて」
「うぅ……仕方ありません。では友実。ご武運を」
「海未も健闘を祈ってるよ。それじゃあ学校の外でまた会おう」
握手すると共に私達は隠れていた場所から出て行き、昇降口に歩き始める。出た瞬間すぐに集団に捕捉される。途端に迫る人と言う名の壁。
「東野先輩これ受け取って下さい!」
「私のも受け取って下さい!」
「むしろ付き合って下さい!」
「私のお姉さんになって下さい!」
耳栓が欲しい。そう思える程集って来る人だかり。鞄や袋にチョコを突っ込まれる。ちょ、鞄にはもう入らないって。
「ちょ、通りたいので、道を……道を開けて下さ、い」
何とか人と人の間を通り外へ。すぐに物陰に隠れ鏡で容姿を確認すると髪がやや乱れ、リボンも曲がっていた。
「まったく。鞄の中もごちゃごちゃになってる。これは整理が大変そうだ」
鞄の中を整理していると携帯が震える。携帯の画面を見ると「園田海未」と表示されていた。そう言えば海未と合流場所の打ち合わせてなかったな。
「もしもし?」
『もしもし友実ですか?』
「そうだけど、海未は無事抜けれた?」
『はい何とか。友実は今どこにいるんですか?』
海未の言葉に私は今いる場所を伝え、最寄りの人の少ない場所を思い浮かべ、そこを合流地点として別々にそこに向かう。
それにしても海未の声も疲れてたな。やっぱり海未も大変だったんだな。
「さてと。じゃあ私もこれ以上見付からない様に行きますか」
「あ、あの東野先輩!」
「……はい」
「こ、これ!」
振り返った先にいたのは後輩の一年生。リボンの色から一年生って判断したけど、多分関わりは無い。だって見覚え無いもん。
一応受け取るけど身に覚えのない物を貰うのは少し抵抗があるよね。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って受け取ると後輩ちゃんは嬉しそうに顔を輝かせると、トテトテと走り去って行く。
それから特に問題もなく海未との合流場所に着く。そこには既に海未が来ており、やや
「海未お待たせ」
「友実。いえ、そんなに待っていませんので」
「それじゃあ帰ろっか」
海未の手を取り公園を出て海未の家へと歩き出す。道中音ノ木生と遭遇することなくゆっくりと歩く事が出来た。
その時、不意に海未が小さく笑い声を発した。
「どうしたの?」
「友実とこうして一緒に帰るのは久しぶりなので」
「言われてみれば確かに。手を繋いだのは小学校の時以来だね」
中学に上がってから手を繋ぐ事はしなかったからね。昔は穂乃果の無茶に付き合わされてよく泣いた海未の手を引いて帰ったなぁ。今となっては良い思い出。たとえ木の枝に上って落っこちそうになったとは言え、あれも今となっては良い思い出……のはず。
「さて海未。実はこのタイミングで渡すの凄い躊躇われるんだけど」
「はい?」
手を離し振り返りながら鞄に手を入れる。さっき整理した時に無事な事を確認したから大丈夫。いや~チョコや人混みに破かれたりされなくて良かったよ。
「はいこれ。私から海未へ」
鞄から包装された青い袋を取り出すと、海未に差し出す。海未は包装された袋を見た途端、少し顔を引きつらせる。
あっとこれについて説明しないとだよね。
「海未。これはホワイトデーのプレゼントじゃないよ」
「と、言いますと?」
「今日海未の誕生日でしょ。他の誰がホワイトデーで騒いでても、お姉ちゃんの私は海未の誕生日って覚えてるからね」
「友実……」
まぁ幼馴染みの二人も忘れないだろうし、今年からはμ'sの皆も祝ってくれるでしょ。
「取り敢えず、はい。誕生日プレゼント」
「あ、ありがとうございます」
海未は包装された袋を受け取るとこっちを見て来る。どうしたんだろ? あぁそうか。
「開けていいよ」
「では失礼します」
海未が丁寧に包装を解いていく中、私は黙ってそれを見る。
「これは……」
海未が袋から取り出したのは青色のマフラー。ちなみに私の手作りでもある。
「あの、一つお願い聞いて貰えますか?」
「ん? 私に出来る事だったら聞くよ」
「よろしければ、その、マフラーを巻いて貰っても良いですか?」
なんだ。マフラーを巻くだけか。それならお安い御用。
海未からマフラーを受け取ると、目を瞑って顔を差し出している海未の首にきつくない
程度に巻く。
「はい、出来たよ」
「ありがとうございます!」
マフラーを巻き終わった事を伝えると、海未は満面の笑みで抱き着いて来る。
普段は体力面とかの関係から抱き着かれるのはあまり好きじゃないが、まぁ偶にならこういうのも悪くないか。
私は抱き着いて来た海未の頭を一撫でする。
「海未、誕生日おめでとう」
う、嘘はついてないよ!