穂乃果は機嫌が悪かった。なぜなら今日は穂乃果の誕生日。なのにだ、朝から一緒に遊んでいる二人の幼馴染みの海未とことりが、何事も無いかの様に目の前で談笑しているのだ。穂乃果も高校二年になるので目に見えて不機嫌になる事は無いが、どうしてもいつもの様に笑えない。
一方前を行く海未とことりの二人も、穂乃果の機嫌が良く無い事はなんとなく分かってはいる。
「(海未ちゃん。やっぱり穂乃果ちゃん怒ってるのかな?)」
「(そうですね。今朝も友実からプレゼントを貰ってない事をそれとなく言っていましたから)」
二人はそーっと後ろを見る。後ろでは左右に置かれている水槽をキョロキョロと見ている穂乃果がいたが、いつもの様な元気が欠けているのが見て分かる。
「穂乃果、少し早いですがお昼を食べながらアシカショーを見ましょう?」
「うん」
いつもなら笑って喜ぶ穂乃果が少し寂しげに笑うのを見て二人の心がズキリと痛む。
「(海未ちゃん。やっぱり言っちゃおうよ)」
「(ことり。私も心が痛みますが、今朝友実に言われた事を思い出して下さい)」
海未の言葉にことりは今朝穂乃果へのプレゼントを預けた時に言われた言葉を思い出す。
「二人とも穂乃果に弱い所があるから一応言っておくね? パーティの事は"絶対に"言っちゃダメだよ?」
満面の笑みで言う友実に二人は頷くしかなかった。
「(私は笑顔は本来威嚇目的に使われるという話を聞いた事がありますが、今朝ほどそれを実感した事はありませんでしたよ)」
「(友実お姉ちゃん怒ると怖いもんね)」
海未とことりの頬を冷や汗がツーっと流れる。
その頃話の中心になってる友実はくしゃみでペーキングパウダーを撒き散らしたとかなんとか。
「穂乃果ちゃん何食べたい? 私が買ってくるよ」
「え、でも悪いよ。私も一緒に買いに行くって」
「ではこうしましょう。私がお昼ご飯を買ってきて二人はその間にアシカショーの席を確保して下さい」
海未が提案すると穂乃果はしぶしぶ頷いて海未に注文すると、ことりと一緒に三人分の席を確保し海未の帰りを待つ。
「ねぇことりちゃん」
「なぁに穂乃果ちゃん?」
「穂乃果なにか悪い事しちゃった?」
「? 穂乃果ちゃんなにか悪い事しちゃったの?」
「分からないよ。でもことりちゃんも海未ちゃんもちょっと様子が変だったから、もしかしたら何か二人を怒らせる様な事しちゃって嫌われたのかなって…」
「それは違うよ! 私や海未ちゃんだけじゃなくて、μ'sの皆や友実お姉ちゃん達だってそう。簡単に穂乃果ちゃんの事なんて嫌いにはならないよ!」
「ことりちゃん…」
「そうですよ。それに本当に嫌いになったのならこうして遊びになんて誘いませんよ」
「海未ちゃん…」
「ほら、これを食べていつもの穂乃果に戻って下さい」
海未は買って来たお昼ご飯を二人に渡し、アシカショーが始まるまで他愛のない話をして過ごした。
☆☆☆
「いや〜やっぱり水族館っていつ来ても楽しいね〜」
「うん。ペンギンさんも可愛かったし」
「アシカショーの後に見たイルカショーも素晴らしかったです」
夕方三人は帰路につきながらその日の水族館での思い出を話す。
「それでは穂乃果。私達はこちらですので」
「うん…」
「穂乃果ちゃん…」
「ことり、行きますよ」
いつも別れる分かれ道に着く。ここから左に行くと穂むら、右に行くと海未やことりの家に着く。
海未は落ち込んでいる穂乃果を心配そうに見つめることりの手を引っ張り右の道を行く。
一人になった穂乃果はトボトボと俯いて歩き出す。
「穂乃果、前を向いて歩かないと危ないぞ」
昔から聞き慣れた声が聞こえ顔を上げると、夕日をバックにした友実が立っていた。
「友実お姉ちゃん…」
「やっ」
穂乃果が名前を呼ぶと友実はニッコリ笑い手を挙げる。
※※※
「やっ」
穂乃果に呼ばれたのでいつもの様に笑い手を挙げる。目の前の穂乃果は目に見えて元気がない。
「どうした? 元気がないぞ〜?」
「そ、そんな事ないよ」
ふむ。取り敢えずわしわしでもするか? あれって豊胸作用があるとかないとか。でもやられるの嫌なんだよなぁ。
「取り敢えず暗くなってきたし、帰ろ?」
「うん……ねぇお姉ちゃん」
「なぁに?」
「あのさ、昔みたいに手、繋いでも良いかな」
「もちろん良いよ」
左手を差し出すと穂乃果はゆっくりと右手で握り返してくる。そう言えば昔もよくこうやって手を握って穂むらに行ったなぁ。
「なんか懐かしいね」
「だね〜。穂乃果ったら中学に上がった途端に手を繋いでくれなくなったし…」
「だ、だって中学生になったら手を繋ぐなんて恥ずかしいし…」
「その割にはことり達とはよく繋いでるよね……」
よよよ、と泣き真似をすると穂乃果は慌てた様にわたわたしながらフォローの言葉を連ねていく。
「ふふ、穂乃果ったら本当に可愛いんだから」
「泣き真似なんて酷いよ〜!」
「酷くないよ〜っだ」
「ひ〜ど〜い〜」
「まったく、昔みたいによしよししてあげるから機嫌直せって。な?」
「昔ってそれ、小学校低学年の頃の話じゃん!」
抗議してくる割に頭を撫でると気持ち良さそうにするんだよな穂乃果って。現に今も頭撫でたら目を細めてるし。
「ってそうじゃなくて!」
「何がどうなってそうじゃないのか分からないが、穂むらに着いたぞ」
「え、あホントだ。じゃあねお姉ちゃん」
「いやいやついでだし中にお邪魔するよ」
中に入らないと参加できないしね! これ重要だよ。
「たっだいまー!」
「こんにちはー」
さっきまでいたにも関わらず挨拶する私って常識人〜。なんて事は言わないよ。
穂乃果の後に続いて無人のカウンターを通り越し、穂乃果が居間への襖に手を掛ける。私はその間にバレないようにポケットからあるものを取り出す。
「ただい…」
『happy birthday! 穂乃果!!』
襖を開けた途端に響く十四の祝福メッセージとクラッカー。穂乃果は入り口で惚けている。
中を見ると海未とことりもいた。良かった、ちゃんと間に合ったみたいだ。私が穂乃果を迎えに行ったのは二人が穂むらに着くまでの時間稼ぎの意味もある。
「ほらほらボーッとしてないで早く入った入った」
後ろから穂乃果を押すと抵抗なく前に進み、肩を掴んで座らせるとストン、とその場に座り込んでしまう。
あ、これ完全に脳が処理落ちしてる。仕方ない。再起動させる為には
「希。やっちゃって」
「お、ええの?」
希の質問に頷き返すと静かに穂乃果の後ろに行き、脇から手を入れて穂乃果の胸をわしわしし始めた。
その際絵里は亜里沙ちゃんを、誠さんが雪穂を、目隠ししたのを確認した。え、友香? 友香は私がしましたよ。中学生にはまだ早いからね。まぁ、対象年齢も知らないけど。
穂乃果はわしわしされる事数秒で元に戻った。その時に驚きの声を上げたのは言うまでもない。
「じゃあ改めて穂乃果の誕生日パーティを始めるわよ!」
『おー!』
と言うわけで始まった穂乃果の誕生日パーティ。前座として伴奏真姫、歌い手はμ's一の歌唱力を持つ花陽による誕生日を祝う歌。この時、三年生'sは獣耳をつけた。
次に出て来たのは十六個のカップケーキ。私が今日作ってきたものだ。感覚としてはバースデーケーキの類のものだろう。
「十六個?」
「友実ちゃん一個多く作って来ちゃったのかにゃ?」
「おっちょこちょいね」
おおう言ってくれるじゃないか一年生's。あと言っておくが先輩禁止に私は含まれてないぞ? まぁ気にしないけど。
「まぁあれだ。十六個がちょうど切りが良かったんだよ」
「お姉ちゃんでもそういう事あるんだ〜」
友香、お前は作る時一緒にいたから理由くらい知ってるだろ。まぁ良いけどね。
「ま、取り敢えず一人一個好きなの選んで食べよ?」
「そうね。せっかくだし頂くわ」
裕美香さんに続いて誠さんや雪穂達も取っていく。私は一番最後で良いかな。
「さ、皆取ったね? じゃあせ〜ので食べるよ。せーの!」
皆手に持ったカップケーキを一口食べる。さて当たりを引いたのは誰かな?
「あ」
皆が美味しそうにカップケーキを食べる中、ことりが小さく声を上げた。どうやら当たりを引いたみたいだね。
「ことりちゃんどうしたの?」
「私のカップケーキの中にイチゴジャムが入ってた…」
「おめでとうことり。これから一年あなたに幸あれ!」
ポケットに忍ばせておいたもう一つのクラッカーを鳴らして伝えると、ことりが目を潤ませた。そこまでして喜んでくれると製作者冥利に尽きるよ。
「友実お姉ちゃんの作った普通のが食べたかったぁ〜」
違った! これ喜んで潤わせてんじゃなくて単純に悲しんでる!
「こ、ことり! これ食べて!」
「あむ……はぁ美味しぃ〜」
ふぅ。念の為一個多く作っておいて良かった〜。まさかことりに当たるとは。
「えっと、友実。これは?」
「ガレット・デ・ロワって言うフランスとお菓子で公現祭の時とかに出るんだけど、これはそのカップケーキ版だよ。本当はパイ菓子で、中に入ってるのも餡子じゃなくてフェーヴって呼ばれる小さな陶製の人形を入れるんだけど、今回は穂乃果の誕生日という事でイチゴジャムにしてみました〜」
絵里の質問に対し答えていると、皆が黙々と食べながら聞いてくれた最初は餡子にしようと思ったんだけど、流石に誠さん辺りに怒られそうだったからやめたよね。
「さて、次はなにかな?」
「次は皆から穂乃果への誕生日プレゼントよ」
にこの進行でまずは裕美香さんと誠さんが穂乃果に包みを渡す。穂乃果が包みを開けると、出て来たのはアルバム。
「これに皆との思い出をたくさん詰め込みなさい」
「お母さん…お父さん…ありがとう!」
アルバムを胸の前でギュッと抱き締めて喜ぶ穂乃果。次に雪穂と亜里沙ちゃんが前に出る。
「穂乃果さん。これ」
「お姉ちゃん。大事に使ってね」
二人が渡したのはシャープペンやボールペンなどの文房具セット。確かあれってそれなりの値段がした様な……。
それから凛、花陽、真姫、にこ、友香がプレゼントを渡す。
「はい穂乃果。あなたこういうの持ってなかったでしょ?」
絵里が渡したのはハートのネックレス。穂乃果は嬉しそうに受け取る。
「ねぇ開けていい?」
「ええ良いわよ」
絵里が頷くと穂乃果は丁寧に箱を開けてネックレスを取り出す。
「ねぇ絵里ちゃん、これ付けて」
「し、仕方ないわね」
「絵里照れてる〜」
「うるさいわよねこみ!」
「誰がねこみだ!」
あれか、ネコ耳つけた友実だからねこみってか!? 語尾に「にゃ」とか「にゃん」を付けろと? 凛とキャラ被るじゃん!
「それじゃあ次はウチかな?」
一人心の中でツッコんでいると、希が少し大きめの箱を渡す。中身は白いテディベア。店で触った感じだとふわふわしていてとても気持ち良かった。
「わ〜柔らか〜い」
「ふふ、寝る時に抱いたりするとちょうどええかもよ?」
「うん! そうするよ!」
これから毎晩穂乃果の腕の中にはテディベアが抱かれるだろう。さて、そろそろ私も渡すかな。
「穂乃果。私からのプレゼントなんだけど」
「うん」
「実はさっきのガレット・デ・ロワ(カップケーキver)がプレゼント…」
「え…」
「な、訳が無くて。こっちがプレゼントだよ」
穂乃果が一瞬悲しそうな表情になるも、正方形の包装された箱を渡すとパァッと笑顔になる。
「開けて良いよ」
穂乃果が聞いてくる前に言うと、今までのプレゼント同様そっと包みを開ける。出て来たのは赤いリボン。
「ほら、穂乃果っていつも黄色のリボンしてるから。それに穂乃果って赤が似合いそうだし……」
「お姉ちゃん大好き!」
「ちょ、いきなり抱きつくなー!」
頬を擦り付けててくる穂乃果を引き剥がそうとするも、なかなか剥がれない。クソ、これが常日頃から運動している者としていない者の差か…
穂乃果を何とか引き剥がし、海未とことりの前に立たせる。二人は何を用意したのかな?
「はい穂乃果ちゃん」
「私達からはこれです」
二人が渡した物は数着の洋服とメッセージカード。とてもシンプルだが、服はことりが一から考え前々から作っていたものだとか。海未のメッセージカードにはこれまでの思い出とこれからの事を綴ったとか。
二人がプレゼントを渡した事でお渡し会も終わり、その後は夜遅くになるまで穂乃果の誕生日を盛大に祝った。
パーティの最中に私と凛、希の小芝居が始まったり、穂乃果がことりからのプレゼントでファッションショーをしたりと色々あったが、まぁそれは別の話として話す時が来るでしょ。それじゃあ最後に改めて一言。
穂乃果、誕生日おめでとう。
いや〜まさか前後編になるとは思いませんでしたよ。
実は穂乃果の誕生日回当初書くつもりが無かったのですが、まぁ色々と触発されまして結局書けちゃいました。
今週中には新話を投稿できると思いますので、楽しみに待っててください。
では!