東方スモールライト   作:にゃっとう

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※息抜き用のなんのひねりもない東方Projectの短編です。


スモールライトの壱

 ――山奥にある辺鄙で小さな土地、幻想郷。文明の基本は明治であり、ただしところどころに平成までの文化、あるいは空想と謳われた技術も不完全ながら存在したりもする。

 博麗大結界と呼ばれる論理的な結界により、外の世界とは隔離された閉鎖空間となっているという、そんな不思議な場所では、さらに摩訶不思議なことに、妖怪や妖精、神などと言った、夢幻や幻想とされている忘れ去られた生物が人間と共存を果たしていた。

 共存とは言っても、完全に和解しているわけではない。妖怪が存在を保つためには人間の恐怖の感情が必須であるため、人間と妖怪たちは表面上は敵対関係――心の奥底から敵と見定めているものも少数ながらいるが――でいなければならなかった。

 人間は妖怪を退治し、妖怪は人間の生活を脅かす。そんなサイクルが形だけでも必要なのだ。

 さて、そんな不安定ながら、かくも愉快な土地である幻想郷の一角、無縁塚。その木に囲まれただけの小さな空間は、縁者のいない人間、身元不明の仏――その大半は神隠し等により迷い込んできた外の世界の人間――の墓地とされていた。春は、本数が少ないものの幻想郷でも随一の美しさを誇る儚くも幽玄な紫の桜が咲き誇り、秋は、数え切れないほどの彼岸の花が咲き乱れる。

 ただし今は夏であるために木々は緑の葉しかなく、彼岸花もなく、どこか侘びしさを感じさせる雰囲気と空間が広がっているだけだった。

 

「てれれてれれ、てれれてれれ、てれれてれれ、てれれれー」

 

 無縁塚は幻想郷と外の世界、そして冥界という異界の三つが交じり合った『ありえない結界の交点』とされており、なにが起こるかわからないために人妖問わず『もっとも危険度の高い場所』として認識されている。普段は人影など一切なく――しかし、太陽の光が爛々と降り注ぐその日は、一つの影がそこに訪れていた。

 

「てれれてれれ、てれれてれれ、てれれてれれ、てれれれー!」

 

 少々クセのある緑がかった灰色のセミロングに、薄く輝いているようにも見える宝石のような翠色の瞳。頭にかぶっているのはボーラーハットのような鴉羽色の帽子で、結び目のある薄い黄色のリボンを巻いている。白の二本線が入った緑の襟と、ちょっと大きなひし形の水色のボタン、それから袖の黒色のフリルが目につく黄色の服を身につけ、下はラナンキュラスという花の柄が描かれたスカートを穿いていた。

 もっとも特徴的なのは、左胸の前に浮かぶ閉じた瞳だろう。藍色の瞼で包み込まれており、その側面から伸びる二本の管はそれぞれ右肩と左肩を通って、前者はベルトのように彼女自身に巻きついてから左足のハートマークに帰結し、後者はぐにゃりと曲がってハートの形を象ったのちに右足のハートマークに繋がっていた。

 小さな体躯と可愛らしい無邪気な笑みが印象的なその少女の名は、古明地(こめいじ)こいし。(サトリ)という、第三の目(サードアイ)を通して心を読むことのできる妖怪の一種であった。

 ただし、こいしは普通の(サトリ)ではない。自身の心を閉ざすことで瞳も閉ざし、他人の心を読むことをできなくしている。加えて言えば心がないために存在感が薄く、まるでそこらに転がる小石のように人の目に留まらない。また、常に無意識下でのみ行動するため、その行動は本人でさえも一切の予測がつかない。

 彼女のことを知る者のほとんどは『考えることをやめることで心を読むことから逃げた』と捉えているが、一部には『心を捨てて、仏教の「空」に迫った』と解釈する者もいるという。ただ、当人たるこいしからしてみれば、真実がどちらにせよ今が楽しければなんでもいいことだろう。

 

「ぺぺぺ、ぺぺぺ、ぺぺぺ、ぺぺぺ、ぺぺぺ、ぺぺぺ、ぺぺぺ、ぺぺぺ」

 

 こいしは墓地にはまったく似合わない明るいリズムを口ずさみ、無縁塚の隅をスキップで進んでいる。今の彼女にどうしてこんな危険にところに来たのか、なんて聞いてみても、「そんなことより歌おうよ!」とでも返されるに違いない。

 無意識で動く彼女の行動はほとんどは「なんとなく」によるものである。今回も例外ではなく、無縁塚を訪れたことにおそらく理由などない。あるいは、思うがままに進んでいただけで、別に無縁塚に行こうとしてたどりついたのではないのかもしれない。

 

「ちゃらららららららららららら、どんっ! どんっ! ぱぱっぱ」

 

 リズムに合わせて小さく跳んだり、回ったり。いかにも楽しそうに身体全体を動かしながら彼女は歩く。たまに石や無縁仏を蹴飛ばしたりするが、こいしは一切気にしない。

 無縁塚に眠る死者たちからは、彼女はどのように映っているのだろう。報われぬ死を迎えた自分たちを癒やす無垢で明るい太陽か、自分たちと違って幸せそうでいることを羨み妬む対象か。少なくとも、なにも感じないことはありえない。

 ただ、まぁ、こいしにとっては、死者が自分にどんな印象を抱こうがどうでもいいことだろうけれど。

 

「こんなこといいねぇー、できたらいいねぇー、あんな欲こんな欲たっくさんあるーけどー」

 

 前奏が終わり、歌に入った。こいしはスキップをやめ、その場で踊ることをメインにし始める。

 ちょうど無縁塚の中心で立ち止まったので、まるで無縁塚そのものがこいしのために用意されたステージに化していた。無縁塚に眠る者たちも、どこかそれを祝福しているようにも見える。

 

「ぜんぶぜんぶぜんぶ、叶えてくれるー、おかしなスキマで叶えてくーれーるー、いぇいっ!」

 

 いぇいっ! の段階で足元に転がっていた宝塔らしきものを蹴飛ばしてしまい、その宝塔の先端から謎のレーザーが射出され、はるか上空を漂っていた泣き顔の毘沙門天の化身の頬を掠めたりもしたが、こいしはそんなことは一切気にしない。

 ちなみに彼女が歌っているのは、最近幻想郷で流行っているという『スキマ妖怪のうた』である。作曲は九尾の狐とその式神の猫の妖獣によってされたとかなんとか。

 

「そっらを自由に、飛べるんだぁー。いらないっ! へりこぷたー!」

 

 外の世界では常識のごとく教えられているらしい乗り物、へりこぷたー。それがどんなものなのかこいしは知らない。というよりも、幻想郷においては知っている者の方が圧倒的に少なかった。

 それでもこいしはまるでその存在を知っているかのように、くるりくるりと何度も回りながら空を仰ぐ。というか、回りながらその風圧で飛んだかのごとく少し浮いた。実際は妖怪として備えている妖力で飛んでいるのだが。

 そろそろ歌が終わる。再び地面に着地すると、こいしは帽子を掴み、それを後ろへ放り投げながら、しゅぱっとポーズを決めた。

 

「にゃん、にゃん、にゃんっ! とっても大好きっ! ねこまんまぁ!」

 

 ぴたり、とこいしが動きを止める。彼女はなにかをやり切ったような晴れやかな顔で、大きく両手を広げていた。

 ちなみに、今の歌詞の部分の二番は「こん、こん、こんっ! とっても大好きっ! あぶらあげぇ!」である。ただ、こいしは今回は二番を歌う気はないようで、後奏を終えると口ずさむのをやめた。

 風が強く吹き、まるで拍手のように木々をざぁざぁと揺らす。こいしもそれを感じたのか、その口元は満足気につり上がっていた。

 

「えへへー。あー、楽しかったぁ」

 

 スキマ妖怪が叶えてくれるとか言っているのにヘリコプターをいらないと言ったり、最後に至ってはスキマ妖怪がまったく関係していないことなど、こいしは気にしない。そもそもスキマ妖怪というのがどういう妖怪なのかわかっているかも怪しい。

 それでもこいしからしてみれば歌うのが楽しいのだからなにも問題はない。どうにもクセになるリズムなので、こいしは最近よく口ずさんでいた。

 

「あれ? 帽子がない……」

 

 こいしが頭に手を当てて、こてん、と首を傾げる。歌と踊りの最中に帽子を投げ飛ばしたことなど覚えてはいなかった。

 どこかに落としたのかなぁ、とこいしは周囲を見渡す。だが、それがすぐに見つかることはないだろう。さきほど木々を揺らすほどに強く吹いた風のせいで、帽子はどこかに飛んでいってしまっていた。見つけるのはかなりの手間である。

 むー、と唸りながら、きょろきょろと無縁塚をさまよい歩くこと数分。そろそろ探すことにも飽きてきたこいしは、「どうせ自宅に予備があるし、いいかなぁ」と諦めようとしていた。それでもあと少しだけ探してみようと、ふらふらと足を動かす。

 予備があるにせよ、一応はいつもかぶっているお気に入りの帽子だった。あまり、なくしたくはない。

 ふとそんな時、がしゃんっ、となにやら機械的な音とともになにかが足に当たった感触がする。そこらに転がる両手で持てる程度の石や無縁仏とも違った感触に、なんだろう、とこいしは足元を見下ろした。

 そこにあったのは、先端に半球型のガラスのついた筒状の形のなにか。筒の部分は黄緑色、半球の周りだけは青色でできており、大きさはちょうど片手に収まる程度である。

 

「なんだろー? これ。かいちゅーでんとー?」

 

 拾って掲げ、きょろきょろと四方八方から観察してみる。こいしが知識として持っている懐中電灯とは細部が違ったり嫌に目立つ外観をしているものの、大半は同じだった。持ち手の部分にボタンがついていることも共通している。なぜか、赤と青の二つのボタンがついているが。

 こう、謎の物体にボタンがついているとどうしても押したくなるのは当然の心理だろう。おそらくは懐中電灯だから暗いところで使った方がいいだろう、とこいしは暗いところがどこかにないかと辺りを見渡した。しかしあいにくながら、殺風景に無縁仏と少ない木々が広がるだけの無縁塚に、暗いと言えるほど闇に包まれた場所は存在しない。せいぜい、木の下が少し暗いくらいだろうか。

 

「ま、いっか」

 

 早くボタンを押したくてうずうずしているこいしは、少しでも暗ければいいか、と木陰に向かおうとする。

 

「なにがいいんですか?」

 

 しかし、そんな彼女の前に、一つの人影が降り立った。

 金と黒の混ざった虎の色の髪の上に、少し大きめの花を模した飾りを乗せている。どことなく中華的なデザインの服や虎柄の腰巻きを身につけ、羽衣のようにも見える白い輪っかを背負っていた。左手にはその背丈よりも長い(ほこ)を持っている。

 その少女は、心なしか神聖的な雰囲気を放っているようにも見えた。こいしは知らないが、彼女の名は寅丸星(とらまるしょう)と言い、つい十数分前にこいしの蹴飛ばした宝塔のレーザーで打ち抜きかけた毘沙門天の化身であった。

 その頬にヤケドのような傷があることに首を傾げつつ、こいしは彼女のすぐ目の前にひょこひょこと歩み寄った。

 

「今、あなたの後ろにいるの」

「……目の前にいるように見えますが」

「もしもーし! 後ろにいるつもりですー!」

「は、はあ」

「あははー」

 

 星から離れ、無邪気に笑いながらくるくると回る。完全にマイペースなこいしの様子に、話しかけたのは間違いだったかも、と星は若干後悔する。

 だが話しかけてしまったものはしかたがない。星は当初の目的を果たそうと、意を決してこいしに向き直った。

 

「あの、こーんな形をした、光る球のついたものがこの辺りに落ちていませんでしたか? さきほど光が飛んできたので、この辺りにあると思うのですが……」

「ひかりー?」

 

 と、星がジェスチャーで形作ったのは宝塔である。宝塔とは言っても現実でよく表現される実物大の仏塔のことではなく、一重塔の円筒部分に宝玉を据え、それを手で持てる程度に小さくした道具のことだ。

 こいしは小首を傾けつつ、なにを思ったか懐中電灯らしきものの先端を星へ向けた。

 

「はい、ひかりぃ!」

「え、いったいなにを――わっ!?」

 

 こいしが赤のボタンを押すと、持っていた懐中電灯らしきものの半球部分から光が放てられ、星の全身を覆い尽くす。その瞬間、なんとも不可思議な現象が巻き起こった。

 なんと、星そのものが急激に小さくなり始めたのである。こいしよりも明らかに上だった星の身長――どころか、全身――は一気に縮まり、手のひらサイズの、まるで小人のようになってしまった。

 その結果に、さしものこいしも目を瞬かせざるを得なかった。

 

「……これ、すごい」

「あ、あれ? どうして……こ、これはなんですか? 元に戻して――」

「やばいっ! すごいっ! えへへー、私の宝物にしよっ!」

 

 謎の懐中電灯に夢中になったこいしの視界には、すでに星の存在などかけらも映っていない。ついでに帽子のことも忘れている。

 こいしは早速この懐中電灯を持ち帰ろうと無縁塚に踵を返した。

 

「ちょ、ちょっと!? 待ってください! 行かないでくださいー!」

 

 取り残された星のことなど、こいしの頭の中にはない。




 「スモールライトの弐」は2015年7月13日00時00分更新。
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