東方スモールライト   作:にゃっとう

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スモールライトの弐

 さて、ところ変わって地霊殿。幻想郷でも相当な嫌われ者のみが棲まうとされる地底の中心にある、もっとも忌み嫌われていると言ってもいいくらいの嫌われ者、(サトリ)妖怪のお屋敷である。

 そこの主である古明地さとりは、いつものように、自室で本を読んで一日を過ごしていた。

 地霊殿には数多くの動物たちが住んでいる。さとりのペットである動物たちはさとりを等しく最大限まで慕っているのだが、その部屋を訪れる者は驚くほど少ない。

 というのも、さとり自身が望んで心を読むことを好まないことが影響している。かつては地上の妖怪の山と呼ばれる場所で暮らしていたが、心を読むことが嫌だったから地底に逃げ込んだ。そしてその地底の嫌われ者たちにも忌まれたために、自宅たる地霊殿の中にずっと引きこもっている。ペットたちはそんなさとりに気を使って、自分たちからは必要以上に訪れないようにしているのであった。

 もっとも、そのせいでさとりは「ペットたちに怖がられている」――とても慕われながらも、進んで会ってこない程度には飼い主としてひどく恐れられている――と思い込んでいるのだが、心を読めない動物たちにはそんなことはわからない。

 さて、そんなこんなで今日も静かにイスに座って読書に勤しむ彼女のもとに、しかし今は訪れる人影が一つあった。

 

「おねーちゃーんっ!」

「ん……あぁ、あんたか。おかえり。珍しいわね、いつも勝手に帰ってきては勝手にどこか行っちゃうのに、私のところに来るなんて」

 

 それに妙にテンションが高い、とさとりは心の中で付け足す。なにかいいことでもあったのだろうか。

 こいしと違ってさとりの第三の目(サードアイ)は開いているが、あいにく、心を閉ざしてしまった妹の心を読むことはできない。

 本を閉じる。案外久しぶりの妹との対面なので、いつでも読める本なんて後回しにしておく。

 

「それで、どうかしたのかしら? またなにか地上で面白いことでもあった? それとも、なんとなく来てみただけ?」

「えへへー、こんなもの拾ったの」

 

 こいしが差し出したのは懐中電灯らしきなにか。さとりは首をひねりつつ、それに手を伸ばす。

 と、さとりが触れる寸前でこいしはそれをすっと引いた。手が空振り、さとりは恨めしげにこいしを見据える。

 

「これはもう私のだもん。お姉ちゃんにも渡さないよ」

「なら、そもそも差し出さないでよ。それで、その懐中電灯がどうしたって言うの?」

 

 はぁ、と小さくため息をつき、さとりは机の上に置いてあった白いカップに手を伸ばす。その中身のコーヒーを少しだけ味わって、改めてこいしに視線を向けた。

 こいしは、なぜか懐中電灯の半球のガラス部分をさとりの方へ掲げていた。光はまだ放たれていないが、さとりは少し叱るようにこいしをたしなめる。

 

「こら、そんなものを姉に向けたりしないの。光が当たったら眩しいでしょうが」

「ふっふっふ、これは普通の懐中電灯じゃないのよ」

「なにそれ。もしかして地上の河童が作ったもの? 余計向けないでよ、そんなへんてこなの。いい加減にしないと怒るわよ」

「食らえー! お姉ちゃんー!」

「話を聞きなさいって」

 

 こいしが謎の懐中電灯の赤いボタンに手をかける。しかしその瞬間、ばんっ、と強く部屋の扉が開いた。

 

「さとりさまぁ! お(くう)が! お(くう)がちっちゃく――」

「わぁっ!?」

 

 ちょうど勢いよく開いた扉が、さとりの全身に光を当てるために扉側に寄っていたこいしに直撃し、その衝撃でこいしの手から謎の懐中電灯が飛んでいく。壁に激突したそれは、ちょうどその時にスイッチを刺激してしまったらしく、放たれた光がこいしの全身を覆った。

 その瞬間、さとりの前の前でなんとも摩訶不思議なことが巻き起こる。

 光の中でこいしの全身が急に服ごと縮み出し、手のひらに乗る程度のサイズにまで小さくなってしまったのだ。さらに小さくなるかと思われたそれも、懐中電灯が嫌な音を立てて地面に衝突し、光がなくなるとともに止まった。

 さとりともう一人、ちょうど扉を開けて現れた火車の妖獣、火焔猫燐(かえんびょうりん)ことお(りん)は目を丸くして、小さくなったこいしを見つめる。

 

「おぉー。お燐とお姉ちゃん、でっかくなってるっ」

「……あんたが小さくなってんのよ」

 

 なにが起こったのかはわからないが、厄介事だということは理解した。さとりは頭を抱えつつ、イスから立ち上がって、地面に転がる謎の懐中電灯のもとに向かった。

 お燐は気まずい顔で、さとりと小さくなったこいしに交互に目線を向けている。

 

「え、えっと……あたい、なにか余計なことをしちゃったでしょうか」

「いえ、いいのよ。お燐がこいしの邪魔をしなければ私がこうなってたでしょうし……むしろお礼を言わなくちゃね。ありがとう、お燐」

 

 謎の懐中電灯を拾いながら、もしもこうして自分が小さくなっていれば、と想像してみる。その場合、調子に乗ったこいしに誰も歯止めをかけることができず、地霊殿の動物たちをどんどん小さくして回っていたことだろう。

 お燐の言うお空――さとりのペットである霊烏路空(れいうじうつほ)のこと――がちっちゃくなった、という報告も、こいしがしでかしたことに違いない。

 さとりは、拾った謎の懐中電灯の先端を天井に向けながら、赤と青のボタンをかちかちと押してみる。光は出ない。小さくできるのなら元に戻すこともできるだろうと思っていたのだが、どうやら壊れてしまったようだ。

 はぁー、とこれまでで一番深いため息を吐く。久方ぶりに妹が帰ってきたかと思えば、これだ。

 さとりはお燐と、ちっちゃなこいしに向き直る。さて、これからどうしたものか……。

 

「……とりあえず、お燐はお空を私のところに連れてきてちょうだい。灼熱地獄の管理はとりあえず他の地獄鳥に任せればいいから」

「わ、わかりましたっ! えっと、それからこいしさま、扉を当ててしまったすみませんでした!」

 

 失礼します! と急ぎ足で去っていくお燐を見送り、さとりは小さくなったこいしを見下ろした。

 元凶たる妹は、ありとあらゆるものが大きく見えるゆえか、姉の部屋を未知の世界のように目を輝かせながら眺めている。

 

「……はぁ。因果応報なんだから受け入れなさい、なんて言ってやりたかったけど、本当にこの妹は……」

 

 さとりは手を伸ばし、ひょいっ、とこいしを拾う。それからこいしと目を合わせた。

 

「む、むむむ。か、体が動かないぞぅ」

「どうやら、力も見た目相応になっちゃうみたいね」

「私をどうするつもりだー、でっかいお姉ちゃんのおばけー」

「誰がおばけよ。どうするもなにも、こんな姿になっちゃった妹を黙って放っておくわけにもいかないでしょうが」

 

 さきほどまで座っていたイスのもとに戻り、座り直すと、こいしと壊れた謎の懐中電灯を机の上に置いた。

 こいしは謎の懐中電灯にとてとてと歩み寄り、ぽちぽちと赤と青のボタンを押す。さきほどさとりが試した時と同じように、謎の懐中電灯は一切の反応を見せない。

 さとりは今がチャンスなのではないかと、ついさっき言いたかったセリフを口にすることにした。

 

「因果応報なんだから受け入れなさい」

「むぐぐ」

 

 肘をつき、悔しそうにする妹の頬を人差し指でつつく。こいしはやり返そうとさとりの頬に腕を伸ばすが、いかんせん体が小さすぎる。まったく届いていない。

 

「とりあえず、あんたは元に戻るまで外出禁止。というか私の前から消えるの禁止」

「えー」

「えー言わない。そんな姿で外を出歩いたら危ないじゃない」

「いつ戻るの?」

「そんなの私が知るわけないわよ。数日もすれば戻るんじゃない?」

「えー。そんなにー?」

「そんなに言わない。いつも勝手に出かけるあんたにはいいお仕置きよ」

「むぐぐ、もし戻らなかったら?」

「地上の河童にこれの修理を頼むしかないわね。期間は、それが帰ってくるまで」

「えー。あいつらがこんな面白いものの修理をまともにするわけないじゃん」

「そんなの、鬼を通して依頼すれば大丈夫でしょ。どうせあいつら地底の鬼には逆らえないんだし」

「でも、修理って時間かかるよね」

「そうね。河童は気まぐれだから、どんなに早くても五日くらいは必要かもね」

「そんな長い間外出禁止なんてやだやだやだー!」

「やだやだ言わない。私なんていつも館にいるんだから、それくらい大丈夫よ」

「引きこもりニートのお姉ちゃんと一緒にしないでよ! 私はいつも外で遊ぶ健康優良児なの!」

「はあっ!? このっ……!」

 

 振り上げた拳を、ぷるぷると震わせながらもなんとか押さえつける。今の小さなこいしにこれはあまりに痛すぎるだろう。

 代わりに、その手でこいしにでこぴんを食らわせた。こいしはのけぞり、「いたぁ!」と額を抑える。

 

「ほんっとうにこの妹は……あんたいつもそんなこと思ってたの?」

「ううぅ……そんなことって?」

「引きこもりニートとかなんとか。というかよくニートなんて単語知ってたわね。私だって最近本で読んで知ったばっかりなのに」

「外の世界の話をしてくれるって話題になってる、うさぎなんとかって人間が言ってたのよ。『働かないで家でぐうたらしてるやつはニートって言うのよ』って」

「うさぎ? なんでもいいけど、私はちゃんと働いてるわよ。閻魔さまに頼まれた通り、地上に怨霊が出ないように管理してるし、灼熱地獄の熱もきちんと調整してる」

「でも、それしてるのってお燐とお空であって、お姉ちゃんじゃないよね」

「……飼い主として二人を管理して」

「あれ? 数年前にお空がなにか異変起こさなかったっけ? 言うほどちゃんと管理できてるー?」

「……お燐とお空は私のペットよ」

「でも、お姉ちゃんじゃないよね」

「…………お燐とお空は優秀だから、私がなにかしなくても全部やってくれるのよ」

「それってつまりお姉ちゃんは働いてないってことだよね? ニートってことなんだよね?」

「ああもうっ! うるさいわねっ!」

 

 憤慨するさとりを指差し、こいしは笑う。

 

「あははー、お姉ちゃん怒ったー。図星ー」

「ほんっとうに、この妹はー……!」

 

 こいしの頬を右手と左手で摘み、ぐにゃぐにゃと動かす。「ひはいほほへえひゃんー(いたいよおねえちゃんー)」なんて声が聞こえるが、無視だ。

 

「いつもどこをほっつき歩いてるのかと思えば変なもの拾ってきて、それをあんたのお姉ちゃんにまで向けて……あまつさえ心配してるお姉ちゃんを引きこもりニート呼ばわり……反省なさいっ! はーんーせーいー!」

わたひのひひょひほんはひははいほん(わたしのじしょにそんなじはないもん)!」

「問答無用っ! ほんっとあんたのイタズラ好きは昔から変わらないんだから……いい加減、お姉ちゃんの手を煩わせないくらい大人になりなさい!」

ほれひゃたのひくはいほんっ(それじゃたのしくないもんっ)!」

「あんたはねぇ――――」

「あのー、さとりさま?」

 

 こいしではない第三者の声が聞こえ、さとりははっとしてこいしの頬からぱっと手を離す。声のした方向、つまり扉のある方向へ向き直った。

 お燐が呆気にとられた表情で、こいしを叱るさとりの様子を眺めていた。

 さとりは普段、飼い主として恥ずかしくない威厳ある姿をペットたちに見せるようにしている。しかし今、自分は――さとりは一瞬でその顔を真っ赤に染め上げつつ、無理矢理に自分を落ち着かせるため、また気まずくなった空気を切り替えるために、こほんっと一つ咳払いをした。




 「スモールライトの参」は7月13日19時00分に更新。
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