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ドキドキと、ざわざわと、胸が高まって、周囲の騒がしさが嫌に耳につく、今の世界は、間違いなく私とそれ以外。
隔絶された世界の中で、どうしても、その緊張だけは自覚せざるを得ない。
もう何度目だろう、手元にデッキを置いて、カードを五枚引く。その内容を確かめて……うん、微妙だ。回らないわけじゃないけれど、勝てると思えないこの感じ。
実に、私の心をナーバスにしてくれる。
どうしよう、どうすればいいのだろう、答えは見えず、ただただ嘆息するばかり、ひたすら早くなる鼓動を一から順に追いかけて、直ぐに追いつけなくなって飽きて放り投げる、携帯を取り出して、意味もなくページをスクロール……せめて、情報を調べたほうがいいとおもった。
そうはいっても、気分が乗らずに直ぐ取りやめる。携帯をしまうと、いよいよ私の前にはデッキ以外のものがなくなっていた。
かばんは足元、なにかあさってみようか……在るのは余りのカードと飲み物だけ、前者はもう飽きるほど見尽くして、後者はそもそもここは飲食厳禁だ。
でも喉は乾いた、少しそれを潤そうかと、店の外に目を向けて――そこで、ふと周りの景色が意識の中に入ってきた。
――人。
人、人、人。そう何十人も許容できないここ、カードショップ「ねこのみー」の店内を、ほぼ満員というレベルで人が集まっている。
それ事態は、これまでにも何度も見てきた光景ではあるけれど……その時の私にとって、それ入ってしまえば風景だった。
単純に、その中に自分がいないのだ。輪の中に入っていない。それが今はどうだろう、まさしく自分もこの中の一員である。溶け込んでいるのだ、飲み込まれているとも言えるだろう。
――どういうことか、原因はつまり、
「……おい、おい! ……大丈夫か?」
声をかけられる、高橋くんだ。いつものエプロン姿、ここではこれが彼の正装だ。見慣れた格好に、私は少しだけ息をつく。
「ごめん、なんだか気負されちゃって」
「最初はそんなもんだ、……うちの大会は参加費無料、何も失うものはない、落ち着いていけ」
緊張するな、と高橋くんは言わずに去っていった。優しげな顔が、私の脳裏にこびりつく、あぁうん、こうやって気遣いをしてくれるのは、ほんとうに有難い。
できないことはしない、させないというのも、なんとなく高橋くんらしい気がした
「大丈夫? こっちの話も聞いてないみたいだけど」
真正面にいたアイカさんが声をかけてくれる。ちなみにキリカちゃんはここにはいない、知り合いに呼ばれて別の人達を相手にフリー……自由に<デュエル>をしている最中だった。
「ごめんなさい、どうしても落ち着かなくて」
「……ま、それは同意するけれど、そうねぇ」
言いながら、アイカさんは何かを考える。そうしながら足元からでかいカードケースを取り出して、何やら漁り始めた。
全てむき出しの、スリーブにいれられていないカード、アイカさんの中のそのカードたちのイメージが想像できる。
「こういうときは、何か意識を逸らすといいのよね。というわけで、はい」
言いながら取り出したのは――一枚のカード。黒枠のそれは、すなわち<エクシーズモンスター>だ。
「これ上げる。ただの雑魚カードだけど、<エクストラ>一枚足りてなかったでしょう、穴埋めには使えると思うの」
「いいんですか?」
「金銭トレードじゃないしね」
カードは基本的に子どもの趣味だ。大人だってできるけれど、圧倒的に大学生以下の子どもの割合が多い、その中で、お金のやりとりというのは非常に危険だ。
多くのショップで、それらは禁止されていることがおおい。また、店の営業を妨害することもあるから、カード同士のトレードも原則禁止だ。ここ、ねこのみーの場合はカード同士のトレードはOKということになっている。
あくまで、カードショップというスペースを売っている店だからだろうか、そこに人が集まって、結果として繁盛すればいい、とかそんな感じの。
「ありがとうございますっ」
受け取ったカードは……まぁ、確かにこれならアイカさんは使わないと思う。私だって、<エクストラ>が余っていなければいれないだろう。
それなりにゲームになれて、必須カードも少しずつ集まってきて、それでそのあたりも、なんとなく解るようになってきたのだ。成長である。
「ま、そう緊張することもないわよ。慣れればいいの、人付き合いだって、そんなものでしょう?」
「あはは、説得力すごいね」
随分とフランクになってくれたアイカさんを見ていれば、それはまったくもってその通りだと思う。
だからこそ、アイカさんのくれた一枚は、確かに私にとっての息抜きになって、とりあえず適当に取り出したスリーブにそれを収めた。
そうすることで、意識が切り替わったことを自覚して――
「それではぁ、今日の<遊戯王>大会、はじまぁーす」
のんびりとした、この店の店長である猫宮さんの声が店に響き渡ったのだった。
◆
――ショップ大会。
どのショップでも週末には行われる、言ってしまえばカードゲームのメインイベント、コレのために毎日<デュエリスト>たちは<デュエル>に没頭し、もしくは週末にイベントに参加することで余暇を満喫し……などなど。
多くの場合、一番カードをじっくりプレイできるこの週末に、大会という形で周りとゲームを楽しむというのは、実に理にかなったことなのだ。
それは私だって感じている、これまでは外からアイカさんやキリカちゃんのデュエルを眺めているだけだったけれど……
このたび、私もそれに参加することになった。
事の発端は、キリカちゃんの一言。
「そろそろアユム先輩も大会に参加したらどうですかー?」
その一言に、アイカさんも高橋くんも乗っかってきた。さすがにそれを断ることはできず――私自身、かなり興味があったこともあり――参加することに決めたわけだけれど。
始まる前から、もうドキドキが止まりません。
アイカさんに少し落ち着けてもらったけれど、それは百度の温度で沸騰していたお湯が、八十度くらいの、ギリギリ沸騰しない程度にまで下がっただけで。
――触れれば、やけどしてしまうのは、きっと変わらない。
とくれば、相も変わらず私は右往左往するしかないわけで。
「……大丈夫ですか?」
見ず知らずの男性にも、そんなことを聞かれてしまうくらいだった。
「い、いえ、大丈夫でひ!」
全然大丈夫じゃない! いや、そんなことはいいのだけれど、まったくもっていいのだけれど……あぁ、頭がぐるぐるする。
「落ち着いてくださいよう! まさかこれから受験が始まる、ってわけじゃないんですから!」
ちょうどそんな私に覚えがあるのか、キリカちゃんがそう呼びかけてくれる。……まぁ、確かに、キリカちゃんのそんな声は、とんでもない説得力を伴っているのだった。……受験生とはさすがに比べられないよね。
キリカちゃんの場合、それなりの名門を、それ一本で本命にしていたわけなんだから。
……あれ? それは私にも言えると思うのだけど、昔私はどうしていたっけ?
「……うぅん、そっか、こんなものなのかも」
そう考えたら、緊張は何処かへ飛んでいた。
“こんなもの”なのだ、何事も初めては、どうしたってそうなるのだから。
だから、もう仕方ないと覚悟を決めて……その直後、猫宮さんは名前を呼び始めた。
「じゃあまずは、サエグサさんとバルトさん」
――サエグサ、アイカさんの苗字兼ハンドルネームを読み上げた直後、私の近くの男性がひっじょうに微妙そうな顔をした。
サエグサかー、と明らかに落胆顔……まぁそれもそうだろう、相手はあのアイカさんなのだから。
そして、
「遊さんとー」
――呼ばれた、私の名前。
相手は、キリカちゃんじゃない、別にそれでも構わないのだけれど……相手は、見知らぬ男性だった。先ほど声をかけてくれた人でも在る。
どうやら、ここに来て、始めて誰かと――アイカさん、キリカちゃん、そして高橋くん以外の誰かと、<デュエル>することになるようだった。
「お、お願いします」
席について、一言。
緊張にまみれてはいるものの、今の私は大体温度五十度くらい、大丈夫、いける。心に何度も呟きながら、デッキのシャッフルが始まった。
◆
遊河峰の初ショップ大会、参加費無料、ルールはダブルエリミネーション方式、つまり二回負けたらそこで終了の勝ち抜き大会。。
TCGでは割りと基本的な方式だろう。
ともあれ、その中に放り込まれた遊河峰からしてみれば、そんなものは知ったことではないのかもしれないが。
さて、俺の役割はジャッジ、いわゆる審判である。ルールの解らない点があればそれに答え、何かルール違反があった場合は、最悪その違反者を失格にする。まぁそんなことはほとんど無いが。
しばらくはそんな大会の行く末を見守りながら、ぼんやりと知り合いの様子を観察していく。といっても、大半は遊河峰のことなのだが。
――キリカは、とにかくドラゴンという種族にこだわったデッキ構築をする。そのため、時期によって大会の強さで波があるのが特徴だ。今は割りとヤバメな方、最悪な時には、<全盛期征竜>をぶん回ししていたりもする。
ハンドルネーム「ドラゴンキリー」……この間それを高らかに宣言していた気もするが、何の事はない、自作自演である。というか、一文字変えるとキラーになるがいいのだろうか。と突っ込んではいけない、そこまで含めてあいつのネタである。
――アイカは、まぁ言ってしまえばガチデッカー、とにかくデッキに強さを求めていくタイプ、それもプレイングではなくデッキ作りに主眼を置いた「デッキビルダー」。なんということはない、ウチのショップ最強は間違いなくこいつだ。というか、この辺り一体でもこいつ以上となると、<CS>入賞常連を連れてこないといけない。……とうのアイカもまた、<CS>入賞常連なんだが。
強いデッキなら、とりあえず作って回してみる。という、なんともブルジョワなあいつらしいプレイスタイルだ。羨ましいとは思うまい、俺の場合TCGとなればとりあえず手を出す悪癖のせいで金欠なだけだ、自業自得である。
さて、そして今回初出場の遊河峰は――まぁ、案の定かなり初心者らしいプレイングであった。
「えっと、じゃあ<ブリキンギョ>の効果でさっきサーチした<シャドー・ミスト>を特殊召喚、それで……」
「何もないです」
「あ、はい。えっと<シャドー・ミスト>の効果で<マスク・チェンジ>を手札に」
そこまで考えて、ふと手が止まる。何やら考え事をしているようだが――そこで、対戦相手であるうちの常連が声をかけた。
「あ、<シャドー・ミスト>の効果は一ターンに一度だから、この後<マスチェン>うってもサーチはできませんよ」
「……え? そうなんですか?」
珍しい……鼻の下が伸びてやがるな、道理で親切なわけだ。――見た目は割りとチャラいのに、恋人もできないガチオタ常連の1人である。中身は割りといいやつではあるが、同時に単純なのだ。
……そこでそれを教えると、遊河峰の手が変わってくるぞ、親切に変わりはないが……ここでそれは致命的だ。
「……あ、じゃあえっと、三体のモンスターで<オーバーレイネットワーク>を構築! <エクシーズ召喚>!」
「あ、<プトレ>か、……あれ? でもそれだと俺の<フェルグラ>は突破できねーと思うんだけど……」
……違う、そいつはさっきアイカから、“あるカード”を譲り受けていたんだ。これで詰んでるぞ。
「――<覚醒の勇士ガガギゴ>を召喚!」
「……え?」
「……え?」
お互い、それで完全に硬直してしまった。
「……なんでそのカード入ってるんです?」
「え? ……たまたま、かな」
初心者だからな、……わかっていたのにまぁ大丈夫だろうと慢心していたツケだ。そのまま痛みも知らず安らかに死ぬがよい。
「じゃあ、次に<融合>で<アブソルートゼロ>を……」
「……あれ? これ俺負けてね?」
南無三。
……結局、それから遊河峰はニセット目を落とすものの三セット目を恐ろしいほどの強運でもぎ取り、マッチにおいて勝利した。大会初参加、初勝利である。
ちなみにアイカは危なげなく勝利、<カオドラ>を使っていたキリカは相手のガチデッキに対応しきれず敗北、となった。
「うぅー、アイカ先輩もアユム先輩もずるいですー! 私の超強力ドラゴン軍団を拝むことができないなんてー」
「大会で勝つつもりが在るなら<征竜>持って来なさいよ。ま、それで勝てるっていうなら驚くしかないけど……」
などと、アイカとキリカはそれぞれで会話中、遊河峰は、なにやら対戦相手と雑談をしている様子だった。どうやらそのままフリーに移行するつもりらしい、まだ時間はあるのでいいが、中途半端にならないだろうか。
「……あ、高橋くん」
と、そこでこちらの視線を遊河峰が向けた。……おい、恨みがましい目をするな、だったらもっと積極的に声をかけろ、俺とこいつはただの同級生だぞ。
「よう、調子はどうだ?」
「あ、聞いてくださいよぉー」
「……見てた。で、どんなかんじだ?」
言いたいことは解る、が、横から声を駆けてきた野郎はスルーだ。負け惜しみにしか聞こえん、見苦しいぞ。
「あ、うん。えっと……楽しかった!」
ぱぁっと、華のような笑顔を遊河峰が浮かべる。メガネをかけていない今日は、どうにもそれが野に咲く小さな花に見えた。言ってしまえば、こいつらしい。気がする。
「とはいえ、プレイングには少し疑問が残ったな。その辺りはアイカも割りと適当だから……」
「……あー。タカくん?」
更に横から声がかかってくる、少しだけ猫なで声の、気持ち悪いったらない男の声。
「何だQED、あと気持ち悪いタカくんは止めろ」
QEDはこいつのハンドルネーム。もしくは大会に参加する際のリングネームか。ちなみに俺は基本的にタカ呼ばわりだ、昔からその名前がハンドルネームなので、自然としっくり来る。
「その娘もしかして、サエグサの調整受けてるの?」
「そうだが?」
「まじかー、道理で強いと思ったら」
サエグサ――アイカの強みはデッキビルド、とにかく強いデッキを作るのが得意。そんなアイカがつきっきりで調整に付き合ったのだ、強くなくて何だというのか。
ま、そんなことよりも個人的には――
「こいつはそのアイカのデッキ作りを間近で見ながらプレイングに叩き込んだ。まだまだ粗いが、こいつの評価点はその辺りだな」
「え? そうなん?」
QEDが目を瞬かせながら、こちらの会話に割って入れない遊河峰の方を見る。先ほどまでの下心たっぷりの目ではなく、あくまで純粋に関心したような表情で。
遊河峰も、その辺りは意外だっただろう。急に声をかけられて驚いたというのもあるだろうが、きょとんとしている。
「へぇ――すごいじゃないですか。あのタカにプレイング褒められるとか、そうそうないですよ?」
「そう……なんですか?」
「褒めてない褒めてない、マダマダこれからだと言っているのだ」
対する遊河峰は……じっくりと、こちらをまじまじ覗きこんでくる。真剣な表情、なんだ、何だというのだ。別に何か思うところがあるわけではないだろうが――おかげか、少しそれに見入ってしまう。
にしても、きれいな目をしているなと、そんな不埒なことを考えたところで――
「……ありがと、高橋くん」
小さな声で、遊河峰はそういった。
何故礼を言われなければならないのか、俺としてはまだまだだが頑張れと、少し失礼なことを言った覚えがあるのだが――そもそも、声をかけて、蔑ろにしたのは俺の方だぞ。
……よく解らん。
「さてさて、フリーをしている所悪いが――」
ちなみに、いいながらもデュエルは継続中であったりする、ちょうどQEDがあと一歩で詰めに入る、というところだ。
「――次の組み合わせを発表する。まずはサエグサだな。それと――――」
現在席を外している店長に変わり、俺が対戦の組み合わせを発表する。
かくして、大会は第二回戦、一回戦なら運で勝ちをもぎ取れるかもしれない。だがその次は――? 俺はそんなことを考えながら、やがて遊河峰の名前を呼んだ。
◆
……高橋くんは、なんだかすごい人だ。
何かとこっちに気を配ってくれるけれど、決してそれは特別扱いなんかじゃない。当たり前のように、他の人と同じように、こちらを心配してくれている。
学校で高橋くんを見ていると、そんなことが解るようになった。
彼はとにかく裏方に回るのが巧い、他人の力を引き出すのが巧い、気の配り方が、これまた抜群だ。そんな彼は、自然と周囲から慕われている、何かあった時にとりあえず高橋くん、というのはどうかと思うけれど、それを苦もなくこなしてしまうのだから、そうなってしまうのも当然である。
カードショップでもそれは変わらない、私だけでなく、常に周りを見ている。視野が広いというか、なんというか。
ともかく――そんな彼に背中を預けて、私は大会で戦った。
結果は二勝二敗、二戦目の時点で敗北し、そのあとキリカちゃんと戦った。相性の関係でこれには快勝したものの――次の戦いで、あっというまにボロ負けだ。
相手はアイカさん。……こちらのデッキを完璧に知り尽くしていると言わんばかりに、事実その通りなのだけど――あっけなく二敗、ダブルエリミネーションというよくわからないルールに従い、二回負けた時点で敗退となった。
「悪いわね、カモにする形になっちゃって」
「アイカさんに頼りきりだったこっちが悪いんだよ」
結局そのままストレートで全勝したアイカさんが優勝で大会は終わりを告げた。私の最初の大会は、そんな当たり前のような結果で幕を閉じたのである。
今はアイカさんとキリカちゃん、三人で反省会の最中。先に負けてフリーでのデュエルを繰り返していた私とキリカちゃんに、アイカさんが加わる形である。こっちはデッキを一つしか持っていないし、そろそろアイカさんに変わってもらおう。
「とりあえず、これで処女航海は終了ですねー、いやぁよかったよかった」
「しょ……キリカ、変な言葉遣いはやめなさい」
「えぇー? 別にふつうじゃないですか、何もおかしなことは言ってませんよぉ?」
ムキー! と睨みをきかせるアイカさん。その様子は、大会の最中とは打って変わって、実に自然体なものだった。
……強者には、それ相応のオーラがあると思う。真正面から戦っていて、果たして自分は勝てるだろうか、そんなことを考えてしまうのだ。実際の勝率は大体向こうが六割程度だとしても、その一回は――まるで地獄のような瞬間である。
「それで、どうでした? 初めての大会」
「……緊張でした」
もう、それしか言えない、アイカさんとの戦いは、きっとそれが最高潮に達していた瞬間だっただろう。アイカさんのオーラに呑まれていたというのも大きいが。その前のキリカちゃんとの戦いがどれだけ気楽だったことか。
「そう、だったらそうね……」
そこまで言って、アイカさんの口が止まった。……言葉に迷っているのだろうか、なんとなくそんな気がする。
「それなんだがな――」
と、そこで高橋くんが声をかけてきた。
何事か、振り返ると今もエプロン姿で、高橋くんはこちらを見下ろしている。おそらく、言いたいことは一緒だろう。
ただ、遮った高橋くんを、更に遮るように――
「高橋くん! ちょっといいかしら。こっち、人数が少ないのよ」
そんな猫宮さんの呼びかけが、騒がしい店内に響き渡った。
途端に、しん……と、店の中は、完全に静寂へと変わってしまった。――どういうことだろう、視線が高橋くんに集中している。
まるで、この店の空気が、猫宮さんと高橋くんに支配されてしまったかのような。
ちらりと見ると、目を輝かせるキリカちゃん、アイカさんは――変わらずいつものすまし顔。
つまりどういうことか。
アイカさんが教えてくれた。
「今から、別の大会が始まるの。ただそれはちょっとマイナーだから、参加者が少ない。多分、五人とか七人とか、そのくらい。偶数だったらそのまま始まるんだけど、奇数だと――」
「――不戦勝を出さないために、数合わせとしてセンパイが参加するんです」
つまりそれが、それほどすごいことなのだろうか。
高橋くんは、なるほど、と腕組みをして頷いて……
「分かりました。そういうことなら、俺も出ます」
端的に、そう伝えた。
それだけで静まり帰っていた店内にざわめきが生まれる、けれどもそのどれもが――高橋くんに向けられたものだった。