神髄の狭間   作:F少佐

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小説、神髄

 授業が終わった。 

 まだ2時間目なのだが、金曜日というだけでいつもより肩が軽い。授業の難易度や量は毎年変わるが、この気持ちばかりは小学校のころからちっとも変わらない。寧ろ、一般論に近い。

 気だるい授業を終え席を立ったとき、俺は列の先頭にいる澤野の丸い背中が視界に入った。どうやら授業が終わってもなお、澤野は右手を動かしているらしい。俺は、澤野に近づき澤野が没頭しているなにかを知ろうとした。列の最前にある澤野の席まで行き、横から覗く。原稿用紙? 

「ん? なに書いてんだ? 」

澤野は驚く様子もなく俺を見る。

「なにって、小説だよ」当然のように言って、また右手を動かす。「今、佳境なんだ」

「ふうん、そうか……。」

俺は、しばらく黙って澤野を見守ることにした。

 高校に入ってもう2年が経ち、同級生のほとんどが進路だなんだの言って青春の全てを勉強に傾けているとき、俺の親友であるこの澤野はいま将に小説に全てを注いでいた。

 澤野が小説を書いてる姿を見たのはいまが初めてではない。小説を書いてることを知ったのは中学1年のときで、恐らくもっと前から、言ってしまえば物心ついたときから書いてるのではないかと思っている。世間に言わせるところの所謂文学オタクで、本といえば俺はまず澤野を思い浮かべる。

 そこで、せっかくの機会だと思った俺は、澤野の小説を読んでみることにした。

「澤野、その小説ちょっと俺に読ませて」

すると、澤野の右手が止まった。顔がこちらを向く。

「いいけど、別に大層なものじゃないし、あくまで趣味的なものだから批評とかはよしてよ? 」

「わかってるって」笑いながら答えるが、半ば一読者として読んでみることにした。「こういうの、俺はうるせえぞ? 」

 俺はまず、タイトルを確認する。

 「インフィニットストーリー? 」

 訝しむほかなく、眉根に皺を刻みながら俺は本編を読み進めた。

 

 

 インフィニットストーリー

 

 俺が目覚めると、そこは辺り一面純白に覆われていた。

 ここに至る前に俺の身になにが起こったのか、思い出そうとはするが記憶がない。

 俺は、死んだのか。そう考えた途端、目の前に一人の老人が現れ、すぐにその考えを打ち砕いた。

「ここは、白層圏じゃ。つまり、お前さんはこの世界の裏側、一般人は立ち入れられぬ世界に来てしまったのじゃよ」

 なにを言っているのかわからなかった。白層圏? 世界の裏側? 頭がショートしそうになった。

「ここは、どこだよ……」

とりあえず、今は冷静になるのが肝心だった。

「それは今儂が言ったじゃろう。ここは白層圏、常人が易々と立ち入れる世界ではないと」

「それはわかった。……じゃあ、俺はどうしてここに? 」

 「儂が直々に招いたのじゃ。実はな、いま白層圏は混沌としておる。そこで、竜神の血を引くお前さんにこの白層圏を治めてもらいたくての」

 さらに頭がショートしそうになった。竜神の血? 親にすら聞かされたことのないことをなぜこの老人が知っているのか、謎が謎を読んだ。

「お、おい! ふざけるなよ! なにが竜神の血だよ、俺は正真正銘人間の血を引いてるだろ! 」

「まあまあ、信じがたいのもわかるが、とりあえず、儂の話を聞いてからにしてくぬか? 」

そう言って老人は、俺の言葉を挟ませる隙もなく話し始めた。

「白層圏を収めるといっても、竜神の血だけでは混沌は鎮まらぬ。そこで、まずお前さんには紅竜アメノヌシノカミを倒してもらいたのじゃ」

 

 

 「しかし、まあ……よくこんなの書けるよな」

 俺は、原稿用紙の束を澤野の机上に置いた。

「やっぱり、面白くない? 」

「いや、なんて言うか、小説を読んでる気がしないんだ」あまりにストレート過ぎたせいか澤野の顔が曇ってきたので、慌てて言い直す。「悪くはないんだ。悪くはないんだけど、ちょっとラノベ臭いなと思って……」

「ラノベ、ね……」

その言葉に反応を示した理由はわからなかったが、ラノベに対するなんらかの気持ちがあるのは確かだった。

「ラノベが、どうかしたのかよ」

「僕にとって、小説は特別なんだ。僕の書く作品は小説じゃなきゃいけないんだ。でも、ラノベは小説じゃない。あんなの小説を冒涜するために生まれた読み物じゃないか! 」

澤野が俺に涙を見せたのは、このときが初めてだった。悔しさに滲んだ涙が頬を伝ったとき、漸く俺は澤野のにとって言ってはいけないことを言ったのだという自覚が生まれ、澤野の言葉の真意を重く受け止めた。

 澤野が原稿用紙に書いていたもの、そして書きたかったものは間違いなく小説という文学至上におけるひとつの書物にして、最も難解で、最も趣向的な人間の心情伝達手段のひとつだった。そして、俺が澤野に向けて言ったのは、小説の在り方を批判した、澤野にとっての一種の小説を侮辱した言葉だったのだ。覆りようのない侮蔑行為、撤回のできない浅慮な一言、それらは全て、小説に対して向けられたと共に、澤野に対しても向けられた言葉の矛であると、俺が考えたとき、澤野は机上に原稿用紙を残したまま席を立っていた。

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