「うそ、だろう?」
誰が最初に言い出したのか分からなくなるほど、衝撃的なことが起こっていた。
「あぁ、危なかった。不意をついた一撃はなかなかのものでしたよ。久しぶりです、ここまで追い込まれたのは。あ、これってなんだか悪役みたいですね?」
葵は何事もなかったかのように、そこにいた。
「直撃、したはずだ」
「えぇ、確かに“直撃はしました”よ?これにね」
そう言って指差す先には爆散し床へと落ちていった何かが。
よくよく見てば葵の周りを浮遊するさっきまではなかった11個ある、1メートルほどの正六角形が。
...............まさかそれに防がれた?
「織斑様の考えている通りですよ。これで防いだんです。私の知らないお嬢様の一手で隙を作りそこに一撃必殺を決める。確かに有効な手です。普通のお方だったら間違いなく撃墜できた」
「...............アンタ自分は特別だと言いたいの?なんか妙に自信ありげだけど」
「いえ、決してそういうわけではありません。ご存知の通り私は亡国企業に所属、つまり裏社会に生きていました。無論そこでは幾度となく殺し合いが行われ、ありとあらゆる策が練られていた。私が言いたい事は皆様には残酷のように聞こえるかもしれませんが、このような手は私にとっては日常茶飯事でしたので」
「葵さんは本当に人間なんですの?」
「えぇ、人間ですよお嬢様。ありとあらゆる不測の事態に対応できてこその執事兼ボティガードですので」
ウィンクされたセシリアはぼんっと顔を真っ赤にしてあたふたし始める。
...............こんなところで言うような事じゃねぇけど、お前らもうくっ付けよ。明らかに相思相愛じゃん。
「セシリアはとんでもない奴を雇ったみたいだな。ノヴァバスターによく反応できたもんだよ」
「実を言うとですね?一瞬光ったのに気づいたのでとっさに展開したんですよ」
「...............」
「...............」
「...............」
なんかもうなんて返せばいいのかよくわかんなくなった。
あたふたしてどうしようもないセシリアを除けば鈴と箒も同じような顔をしている。
とっさに気づいて展開したというけど、言葉にすれば簡単かもしれないけど実際は不可能に近い。
セシリアのBTレーザーは偏向射撃と呼ばれる技術を使うためどちらかというとビームに近いけど、ノヴァバスターは違う。
なんせノヴァバスターは超高威力といっても実態はレーザー、撃ち出しているのは紛れも無い光だ。
光の速さは1秒で地球を7周半するとか言われているからその速さがわかるはずだけど問題はそこじゃ無い。
光速で飛来するレーザーを俺と葵との距離僅か200メートルで避けたという事。
大雑把に計算してみれば僅か0.00066秒くらいだ。
気づく気づかないの問題以前の事のクセして、気付いたから避けたよ?みたいなノリで言うのはやめてほしい。
なんか俺たちの方が狂ってるって思うから。
「ふん。葵さんが自分の実力を鼻にかけて傲慢な態度をとる人じゃないってのは知ってるけどさ。それなに?見た感じじゃ浮遊感型実体シールドみたいだけど」
「一応試合中なので簡潔に説明させて頂きますと、第三世代に分類される私の主武装です。時に身を守る盾、時には相手を攻める武器として、ね。この防御を突破したければ、先ほどのようにノヴァバスターか、零落白夜を持ち出すといい。さて、そろそろ試合を決めさせていただきすよ」
にやりと笑う葵の顔は、なんというかすごいサディスティックだったとだけ言っておく。
「ちくしょーまけたーっ!」
「..............どこが人間よ。完全に人外じゃない!!」
「...............た、太刀筋が全く見えなかった」
「...............FCSを使わず亜音速戦闘化のISに百発百中なんてありえません。ありえませんのに...............」
葵と十夏たちの試合が終わり、様子見にとピットに来てみればさっきから変わらずこの調子だ。
だが、それも無理はないと思える。
己の一番得意とする戦法、つまり鈴と箒であれば近接格闘、オルコットと十夏であればそれぞれスナイパーライフル、ライフルを用いた射撃戦に葵が合わせた上で、グゥの音も出ないほど圧倒的実力差で負けたというわけだ。
十夏と箒は候補生でないにしろ、射的と剣道にそれぞれにおいては相当な腕を持ち、鈴とオルコットも世界中の候補生の中でもトップクラス、国家代表と比べても遜色ない実力者だ。
だがそれ以上に感嘆すべきなのは、そこまでの実力者4名を同時に相手してなお一撃も食らわない葵の視野の広さと操縦技術の高さ。
そんなことを成し遂げられるIS操縦者は世界中を探しても見つからないと言っていい。目の前にいる葵と、あのIS操縦者を除いて。
はっきり言ってしまえば葵の実力は異常としか言いようがなく、そしてその桁違いの実力は世界に少なからず与えてしまう。
ISを操縦できるのが女だけというからこそこの世界は女尊男卑という風潮が成り立つこの社会。
だが、2人目の男性操縦者である葵は世界最強と言っても差し支えない。
葵がするとは思えないが、もし男を誘導したならば社会は崩壊してしまう。
(...............イレギュラー。秩序を乱し、破壊しかねない異端者、か)
過去、歴史の転換期に存在したと言われるイレギュラー。
例を挙げるなら戦国武将織田信長や豊臣秀吉に徳川家康といった三大武将、近代では新撰組で知られる近藤勇と土方才蔵、剣術の達人と言われた沖田総司。坂本龍馬などきりがないほど存在する。
誰もがそれまでの長い歴史に終止符を打ち、新たなる日本を作り上げた歴史に名を残す偉人たち。
葵がもしかしたら現代におけるイレギュラーの可能性はないとは言えず、むしろそうだと言い切れる自信がある。
「あーぁ。なんで葵はそんなに強いんだか。羨ましいよ」
「ただ単に皆さんより長くISに関わっているだけです。大体4年ぐらいですかね。その差が大きいだけで、皆さんもいつか私を簡単に越えることができると思いますよ?」
「4年かぁ。そう簡単に言うけど、経験だけじゃ強くはなれないのよねぇ」
「確かにな。反復練習も同じくらい大切だからな」
「ここにそれを実践する馬鹿がいるけどね」
「...............なんでみんな俺を見んだよ」
「まぁ、葵さんと十夏さんは特別ということですわね」
「特別ではなく、人外といったほうがいいかもしれんが」
ウンウンと、納得の行かなそうな複雑な表情をしたと男2人を除く3人。
口にこそ出さないものの肯定はしておく。
葵はさっき考えていた通りだが十夏はだった数ヶ月、眠っていた時期を考えると一ヶ月もないのにここまで実力をつけた。
昔から体を鍛えることに関しては一切手を抜かないといのは分かっている上に私も納得の上だ。
可能性の化け物とは言ったものの、流石にここまで短期間で実力をつけたとなると、流石に異常としか言いようがない。
それを言うのであれば箒もその中に当てはまる。
もしかしたらこの2人もイレギュラーに値する存在なのだろうか。
「さて、そろそろご夕食のお時間ですよ?お話しするのも結構ですが、時間を考えると厳しいのでは?」
「だな。織斑、特にお前にとっては死活問題だろう?」
「ってうわマジで!?嫌だ飯抜きとかになる位だったら死んでやる!こうしちゃいられねぇっ!」
擬音で表すならピューン!という感じに、光のごとくピットから姿を消す十夏。
そして我に帰ったものからすでに姿が見えない十夏を追いかけて行く4人。
小娘たちはともかく十夏の慌て具合は身に染みて分かっている。
少なくとも2、3人前は食べないとまず持たないような奴だからだ。勿論三食を。
昔から体を鍛えていたためによく食べるのは理解できるが、誰が小学生のうちから大人でも残しかねない量をぺろっと食べてしまうとは誰が信じられようか。
しかし、そのせいで生活が苦しく.......何てことはなかったものの、流石に1度の食事で5合も炊いた米を釜を抱えながら、しかも完食した時は目を疑ったものだ。
なんせその前に腹減ったと言ってカップ麺を2個ほど平らげていたのだから。
と、十夏の食欲ぶりを思い出していた居所だったが、今はそれ以上に気になるべきことがあった。
「葵。さっきから気分が優れないようだが、大丈夫なのか?」
「ははっ。流石に貴方には気づかれましたか..............ぐっ!?」
「葵っ!?」
最後の一人、オルコットがピットから出て行ったのを確認すると、葵は急に苦しそうな声を上げロッカーを背に崩れ落ちる。
「全く、気づかれないよう、取り繕うのも...............一苦労ですね」
「一体、どうしたというんだ」
肩で息をするように呼吸は荒く、痛みを堪えるかのように歪められたその顔には大粒の汗が浮かぶ。
そして左手は服にシワができることを考えていないくらい強く心臓のあたりをつかんでいた。
言葉どころか息をするのすら苦しそうにする姿。
その姿に頭の片隅に残っていた、とある事について思い出す。
「まさかとは思うが、シンクロ率はどれくらいだ?」
「ご想像の、通りですよ。たったの7%です..............」
「...............IS病か。全く、あいつたちの前では我慢してたというのか?」
こくりと言葉なくうなづく葵。
すでに話すどころか体を動かす事すら厳しそうだった。
IS病。
それはISに乗る事がないならば日常生活には一切影響はなく、逆にISに乗るならば影響が大きすぎると言う病気であり、その正体はIS適正に対するシンクロ率が異様に低いことで引き起こされる、神経の異常興奮が原因だ。
通常ISに搭乗するためにはIS適正というものが必要となる。
ISを乗り回すには大した差がない適正に比べーー流石にSとEの差ともなれば無視できない差ではあるーーシンクロ率は非常に重要だ。
シンクロ率とは読んで字のごとくISとの同調率を表し、ISから送られる莫大な情報をどれだけ処理できるかという物差しでもとなる。
通常であればIS適性があるものには、最低限のシンクロ率50%以上は備わっているが、ごく稀にそれを下回るシンクロ率を持った適正者があらわれる場合があり、現時点で100人程度が確認されているという。
シンクロ率が低いというのはそれだけ情報処理ができないという事であり、激痛、意識障害もしくは麻痺などが起こる。軽ければそれで済むものの、下手をすれば死ぬ。
が、この病気がタチが悪いところはIS適性が変動する可能性があるのに対し、シンクロ率は一生変化がないという事。
だからこそ、IS学園では少なくともシンクロ率が低い生徒は入学させない。
「馬鹿者目が。耐えられるのような痛みでもないだろうに。...............少しでも楽な態勢になったほうがい、動けるか?」
「...............えぇ、すこし、だけなら」
「それなら十分だ」
葵の腕を背中に回し応急的にだがベンチにへと座らせる。
「しばらく待っていてくれ。医務室から薬を取ってきてやる」
「いえ...........そこの、カバンの中に、一回分だけ...............」
言われるままにカバンの中を調べてみればそれらしき入れ物があり蓋を開ければ、小型の無針ジェット式注射器と、無色透明な薬剤が入った瓶。
確かに一回分だけはあった。
「...............準備がいいな」
そう私は呟くと注射器に薬剤をセットしていく。
従来型の無針ジェット式に比べ非常に小型でそれこそ片手で操作できる程度には。
今まで死ぬかもしれないという恐怖に耐えながらISを使い続けて来たということくらい、さすがの私でもこれをみればわかる。
しかし、私に何でそんなことをしたのだと攻め立てる権利はどこにも無い。
そうさせたのはまぎれも無い私自身だ。
「よし、今から打つぞ。歯を食いしばったほうがいい」
「今更、痛いもなにも、無いでしょうに......」
葵の袖をまくりながら聞くも、その心配は無駄なようだ。
全身が痛いのに今更痛い思いをしても大した差は無いとでも言いたげで、口は相変わらず減らない。
そうかと返事をすると腕に突き立ててトリガーを引いた。
バシュンという音とともに薬剤が葵の体に打ち込まれる。
無針ジェット式注射器は小さいながらも穴を開けてそこを通じて注入するが、穴を開けるのは無理やりなためかなりの激痛を伴う。
だが、葵が言うようにIS病で全身を蝕まれている状態では大した差は無いのだろう、特別痛そうにはしなかった。
「...............すみません。手を煩わせたみたいで」
「いや、そんなことは気にするな。だがまさかお前がIS病だとは。そんなのでよくあそこまでできたな」
しばらくし薬が効いてきたようで少し楽になったらしく、葵らしい答えが戻ってくる。
「............今回は少しばかり長く展開しすぎただけです。1試合ほどだったらなんともなかったのですが」
「やりすぎた、か?」
「いえ、元々こなす予定でしたので、やりすぎたとかではないですね。ただ、強くなりたいと思う彼らを無下にはできなかった」
「優しいな、お前は。いや、優しすぎるといったほうがいいか」
「ははっ。なんとでも言ってください。私はあくまで約束のためにしただけに過ぎませんよ」
「約束があるからという理由でそこまでできたら誰も苦労はしないだろう?」
「さぁ?私は私なりに考えて行動しただけです。彼らの目標になるというのは些か高くしすぎたかもしれませんがね」
「確かにな。だが、むしろ打倒を掲げて頑張っているのを見るとありがたい」
少なくとも十夏は葵を倒すために決意したようではあった。
越えられ無い壁かもしれないが、それでも這いつくばってまでも努力することだろう。
いい刺激になったと言うべきか。
「...............少しだけ寝させてください。薬が回りきったみたいで」
不意に葵がそんなことを言う。
「構わんさ。好きなだけねるといい」
「すみません」
その原因が分かりきっている身としては断る理由もないし、むしろ断っても寝るはずだ。
葵が言う通り薬の影響、詰まる所副作用だ。
IS病の薬は異常興奮した神経を落ち着かせるために使うのだが、人によっては効きすぎるようで睡魔に襲われるという。
きっと葵は薬が効きすぎる体質なのだろう。
今は寝かせておいてやるべきだ。
ただ、最後に聞いておかなければならないことを思い出す。
「寝る前に一つだけ聞かせてくれ。お前が私たちを守るためといって世界に公表したが、それは転入予定のとある生徒のことも関係しているのか?男として入ってくる予定だった奴の」
「さぁ?そう言われましても私にはさっぱり」
「...............そうか。じゃあゆっくり休め」
「はい。遠慮なくお言葉に甘えさせていただきます」
しばらくすると静かな吐息が聞こえてくるが、それを確認して私は深いため息をついた。
本当にこいつは、葵は優しすぎる。
シンクロ率が7%であそこまでの長期間展開ははっきり言って自殺行為のなんでもなく、その数値はIS適性のない男たちとなんら変わりない。
だが、そこまでしても成し遂げたいという約束ならば、死ぬかもしれないのに止められないということはとても歯がゆいが、私が止めたりやめろという権利はない。
だから私は静かに眠る葵に上着をそっとかけた。
今の私にできることは見守るだけだから。